簒奪魔剣/Sickness. Sword. Successors.   作:龍川芥/タツガワアクタ

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なんて、最悪な出逢い/Encounter ④

 

 

 その後。どこで話を聞いたのか、心配して駆け付けたシロネに付き添ってもらい。バイトさえ休んで、俺は負傷兵のように帰宅していた。

 自室、三辻坂(ミツジザカ)の安アパート。

 泊まりで看病するなどとバカなことを言い出したシロネを何とか日没前に帰らせ、以来、俺はベッドで横になったままである。

 

 意識も落ちないまま、気付けば時刻は二十時。

 すっかり太陽を忘れた冬の夜は、カーテンを閉めた部屋の中にも容赦なく入り込んでいる。

 エアコンもストーブもない貧相な部屋は、薄い壁を貫通する十二月の夜気に襲われて、ほぼ冷蔵庫状態だ。

 とはいえ、寒さなんて布で解決できる程度の問題で。

 俺を目下悩ませているのは、使い道を失って宙ぶらりんになった時間の手触りだけ。

 

「……何も、バイトを休むことはなかったかもなぁ」

 

 電気を消した部屋で、天井に向かって独り呟く。

 とはいえ、それが強がりであることは、ベッドから起き上がれない俺自身が一番身に染みて理解していた。

 

 そうだ。

 俺は確かに数時間前に嘔吐したとはいえ、それは別に体調不良のせいではない。

 だが……精神的な要因(ショック)で吐いた、というのは俺にとって初めてのことで。

 その事実は回り回って、問題のないはずの肉体にまで影響(フィードバック)していた。

 ひどい顔色、とはシロネの談。

 どこも悪くないのにあちこちダルいし、胃の中はカラなのに食欲も湧かない。

 例の精神病を鼻で笑えない、というか……精神と肉体が直結しているという店長の言葉はどうやら本当のことらしい。

 なにせ()()()()を思い出すだけで、どうにも体から力が抜ける。

 

 本当に、ショックだ。

 人前(がっこう)で嘔吐してしまったことが、ではない。

 だって俺は、あの事故から生還した家族が自分だけだと知った時ですら吐かなかったのに。

 これではあの転校生が、それよりも凄まじい悲劇だったようではないか―――。

 

「……人でなしだな、俺も」

 

 漏れた呟きは自嘲の響き。

 家族を喪った事故よりも、転校生の在り方の矛盾の方が自分にとって重かったという場合も。

 あるいは転校生の在り方が、本当に事故よりも痛ましかったと断じる場合も。

 どっちにしたって人でなしだ。

 いや、あるいは。

 今更言われずとも、最初から俺は()()だった―――。

 

「―――ちくしょう」

 

 右手に流れる血液が、真っ黒な汚泥(コールタール)になったような錯覚に襲われて。

 歯噛みして、強く右手を握った。

 強く、虚空を握る腕の先へと際限なしに力を込める。

 筋肉が骨を圧殺することを願うように。

 骨が筋肉を惨殺することを望むように。

 血管ごと形状が破裂しても。

 神経ごと機能が破綻しても。

 全て構わないと、五指にあらん限りの力を籠める。

 

「……っ」

 

 これはいつもの、お決まりの儀式。

 自罰であり自己愛の。

 現実逃避にして代償行為。

 右手を壊れんばかりに握りながら、俺はいつも己の半端(よわ)さを嗤う。

 腕を落とせない覚悟の無さを。

 命を絶てない意気地の無さを。

 耐えきってみせると、それすら誓えない情けなさを。

 そんな自己嫌悪すら痛みで漂白するように、右手を強く握り続ける。

 

 それは、家族を喪った事故の後遺症と言えばその通りの。

 あるいは全く別の精神疾患。

 普段にも増して力の籠っていく右手、その白い(いたみ)に身を委ねながら、俺は。

 

「―――ああ、でも」

 

 今日の苦痛の元凶、完璧ゆえに悍ましい少女の顔を思い出して、ふと、思う。

 

 こんな、全てを■いたい(ひとでなし)だけど。

 あれほど嫌悪した相手ならば、もしかすると―――なんて。

 

 ああ、笑ってしまう。

 俺が愛していい人間(モノ)はどこにも居ないと、思い知っているハズなのに。

 

「ホント―――何の為に浜矢邸を出たんだよ、バカ野郎」

 

 己を罵倒せずにはいられない、そんな最低の気分が教えてくれる。

 俺に過ちは赦されない。

 何も望まない。

 どこにも手を伸ばさない。

 それこそが、決して間違えない唯一の生き方。

 それだけが、草薙カイリの『正解』なのだ―――。

 

 

 不出来な己を水底に沈めるように、眠りに落ちるその間際。

 ――――――それは、死を呼ぶ凶兆のように。

 どうしてか、巷を騒がせる魔剣病(とおりま)の噂を思い出した。

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