お姉様と紅い瞳の弟   作:主人公こそ最高のヒロイン説

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「魔法科高校の劣等生」「NARUTO(写輪眼)」の設定に矛盾が生じているかもしれませんが、ご了承ください。


1話

 熱い。全身が焼けるように熱い。

 死というものが迫っているのか。

 

 意識が混濁する中で、最期の記憶が鮮明にフラッシュバックする。

 出産による影響か病気から母を亡くし、絶望を浮かべた父。

 仕事一筋となり、家庭の暖かさというものが失われていたあの日。

 状況を変えたくて、日々勉学に励む……というより現実から目を背け、漫然と医者を目指した人生。

 そして医学部に合格し安堵して、家に帰った日。

 宙ぶらりんに浮かんでいた父の姿。

 

そのあとは記憶がなく、ただ大学病院を行き来し知識を身に着けていく日々。

 そんな代わり映えない日々だったはずが、通学中に子供がなぜか車道に飛び出していた。

 そして俺はなぜか意識するまでもなく道路に飛び出した子供を突き飛ばし、大型車の鉄塊に飲み込まれていた。

 

(……ああ。結局、俺の人生は何だったんだ)

 

誰かを救いたかったのか。それとも、父のように独りになるのが怖くて、その前に自分を終わらせたかったのか。

 暗転していく意識の先で、そんな冷めた自問自答を繰り返し俺の人生は終わった。

 

 

―――はずだった。

 

「――生まれました。元気な双子です、深夜様」

 

鼻を突く消毒液の匂い。だが、それは病院のそれとは違う、どこか古めかしく、しかし厳かな空間の気配。

 肺に流れ込む冷たい空気が、強制的に産声を上げさせる。

 だが、俺の意識はそれどころではなかった。瞼の裏側で、心臓の鼓動とは別の「爆ぜるような熱」が渦巻いている。

 

(なんだ……この、頭が割れそうな感覚は……!?)

 

前世で味わった「親を失った孤独」と「死の直前の衝撃」によるフラッシュバック。その強烈な精神的ストレスが、この新しい身体の奥底に眠る「何か」を無理やり叩き起こしていた。

 

「...双子? どういうこと、計画では一人の娘のはずよ」

 

司波深夜。絶世の美女である母親が、震える腕で俺と、そして隣で泣きじゃくる深雪を抱き上げる。

 その瞬間、限界まで高まった脳内の熱が、行き場を求めて「両目」へと突き抜けた。

 

ドクン、と視界が爆ぜる。

 俺の双眸は、ドロリとした紅蓮の色に染まり――その中に、「二つの勾玉」が鮮烈に浮かび上がった。

 

「――ッ!?」

 

その場にいた全員が、息を呑んだ。

 深夜の傍らに立つ妹、真夜。その背後に控える執事・葉山。

 そして、部屋の隅で静かに状況を見守っていた二人の父・元造が、弾かれたように身を乗り出した。

 

「お姉様……見て。この子の、眼を」

 

真夜が息を呑み、深夜の腕の中にいる俺を凝視する。

 赤ん坊の黒い瞳は、ドロリとした鮮血のような紅に染まり、その中に不気味な二つの勾玉が、まるで脈動するように回転していた。

 

(なんだ、この『光景』は……!?)

 

俺の脳内はパニックに陥っていた。

 医学生ではあったが前世の知識では説明がつかない。網膜に飛び込んでくるのは、単なる光景ではない。人影に流れる何か謎の奔流、そして室内の空気に混じる情報の粒子までもが、恐ろしい解像度で脳に直接書き込まれてくる。

 

「これは... 魔眼か? だが、一体何を宿している?」

 

二巴の魔眼は、無慈悲に世界をスキャンし続ける。

 前世で学んだ解剖図よりも遥かに鮮明で、暴力的なまでの「真実」が、未発達な赤ん坊の脳に強制的に流し込まれてくる。

 

(やめろ……。見たくない……。脳が、溶ける……ッ!)

 

限界だった。視神経が焼き切れるような激痛とともに、俺の意識は急速に遠のいていく。

俺はそのまま泥のような闇に落ちた。

 

「……意識を失ったか。葉山、この子を別室へ」

 

元造の冷徹な声が、眠りに落ちる寸前の意識に響く。

 

「お父様、この子をどうされるおつもりですか? この眼は、あまりに異質です」

 

深夜の不安げな問いに、元造は椅子から立ち上がり、部屋の窓の外を見つめた。

 

「私にも分からん。ここにいる者の手に余る代物だ。……葉山、すぐに英作を呼べ。この赤子が宿したものの正体がわかるはずだ」

 

「承知いたしました」

 

 

――これが、俺の二度目の人生、司波鏡也(しば きょうや)の始まり。

 医学でも魔法でも説明のつかない「紅い眼」を宿した赤ん坊が生まれた。

 

 

 

それから、数年の月日が流れた。

 

四葉英作による幾度もの解析を経て、俺の眼は一つの結論に達した。

 それは、対象の魔法式や肉体の動きを瞬時に読み解き、さらには視線を通じて相手の精神領域に直接干渉する、複合的な精神干渉系魔眼。

 

 その紅い輝きと、瞳の中に浮かぶ不気味な紋様から、いつしかそれは一族内で「写輪眼」と呼称されるようになった。

 

 

四葉家当主候補。

 双子の妹である深雪と共にそう呼ばれ、過酷な英才教育を施される日々。前世の経験がなければ、とうの昔に精神を病んでいただろう。

 

「……鏡也、少しお話がありますの」

 

訓練の合間、深雪が周囲を警戒するように声を潜めて近づいてきた。

 普段は完璧な淑女として振る舞う彼女の瞳に、隠しきれない困惑と、ほんの少しの恐怖が混じっている。

 

「どうしたんだ、深雪。そんな顔をするなんて珍しい」

 

俺は手にしていた魔法工学の資料を閉じ、彼女に向き直った。

 

「……噂を聞きましたの。このお屋敷の奥、決して近づいてはならないと言われている『実験棟』に……私たちには、もう一人の()()()がいらっしゃると」

 

俺は眉を動かさずに彼女の言葉を待った。この四葉という一族について知るうちに、隠し子や実験体の一人や二人いても驚きはしなくなった。だが、深雪がこれほど動揺している理由は別にあるはずだ。

 

「そのお姉様は、生まれながらに『感情』というものが存在しないのだそうです。四葉の調整に失敗したのか、あるいは……。とにかく、心を持たない人形のような方だと、使用人たちが怯えておりましたわ」

 

感情がない。

その言葉に、俺の写輪眼がドクンと拍動した。

そして、俺はその顔も知らない姉をどこか羨ましいと思ってしまった。

この魔法を扱う世界で、写輪眼は大きなアドバンテージをもつが、この力の発動には強い怒り・悲しみといった負の感情が必要不可欠であることがわかった。

つまりこの力を発動するため、俺は前世でのあの絶望感、死の恐怖を想起させなければならず、いつまでたってもこの力には慣れていなかった。

 そんな写輪眼だが精神干渉の極致の一種の力である。試したことはないが恐らく他者の感情を読み取れる力も持つだろう。

 だが、もし「読み取るべき感情」が最初から存在しない人間がいたとしたら?

 

前世の知識と、今世の魔眼が同時に疼く。

 周囲が「化け物」と忌避する存在に、俺は奇妙なシンパシー、あるいは純粋な知的好奇心を抱かずにはいられなかった。

 

「…鏡也?  とにかく行ってはなりませんわよ。鏡也は強いとはいえ、そのお姉さまは戦闘魔法師を難なく殺したとか…」

「…わかっているよ、深雪。そんな危険な真似はしない」

 

俺はいつものように、感情の起伏を感じさせない穏やかな笑顔で深雪を宥めた。

 

(戦闘魔法師を難なく殺した、か……)

 

感情を去勢され、殺戮の道具として最適化された個体。四葉という歪な系譜が生み出した、究極の「無」。

 この眼を回すために、毎回あれらの記憶を抉り出さねばならない俺にとって、それは一種の救いのようにさえ思えたのだ。

 

 

 

 

数日後。

 深夜、警備の死角を縫って、俺は本邸から離れた実験棟へと足を踏み入れた。

 そこは、四葉の栄華とは切り離された、墓場のような静寂に包まれていた。

 一室の扉を開ける。

 月明かりだけが差し込む部屋の真ん中、一人の幼い少女が椅子に座り、ただ光の方を見つめていた。

 深雪を少し凛々しくさせた顔立ちでありながら、その瞳には光の一片も宿っていない。

 

「……誰」

 

向けられた声には、敵意も、警戒も、ましてや生気すらなかった。

 

「……司波鏡也。君の、弟だ」

 

俺は極めて冷静に、努めてフラットな声で答えた。

 

 

「……弟。 お母様が言っていた。双子の妹と弟がいると。 私はその2人を守護しなければならないと」

 

その幼い少女は感情の乗らない声で呟き、ゆっくりと視線を俺に向けた。

 

「……どうして、ここに?」

 

その問いに、俺は少しだけ沈黙した。 正直、俺はなぜからしくなく熱に浮かされて動いている自覚がある。

 

「……君がどういう存在なのか、気になって見に来たんだ。噂では、感情がない、化け物……なんて言われていたからね」

 

俺は極めて正直に、そして皮肉を込めて答えた。前世で多くの患者を見てきた俺の目から見ても、目の前の少女は異質だった。生命体としての熱を感じさせない、精密な彫刻のような静寂。

 

「……そう。私は、欠陥品。だから、ここにいる」

 

幼い少女は自虐する風でもなく、ただ客観的な事実を述べるように淡々と言った。

 

「欠陥品か。……なら、俺も同じようなものだ」

 

俺は苦笑し、目元に手をかけた。

医学的にも、魔法学的にも説明のつかないこの「眼」。それを発動させるために、毎回前世の絶望を反芻しなければならない呪い。

 

「見せてあげるよ。四葉が期待する『最高傑作』の片割れが、どんな化け物を飼っているのかをね」

 

俺は両目を開き、力を発動した。

 

ドクン、と心臓が跳ね、網膜に熱い血液の色が混ざる。

二巴の写輪眼が、暗闇の中で紅く、妖しく拍動を始めた。

 

俺は写輪眼の出力を最大まで引き上げ、彼女の深層へと意識を滑り込ませた。

だが、それが致命的なミスだった。

 

(……っ、なんだこれは。バカげている、ほんとにこの子は人間か?)

 

視界に飛び込んできたのは、静寂などではなかった。

彼女の体内には、一族の誰よりも、世界中の誰も彼も凌駕しかねないほどの、底知れない「想子(サイオン)の深淵」が渦巻いていたのだ。

感情という逃げ場を失った器の中に、圧縮され、荒れ狂う規格外の想子量。

 

写輪眼はそれを無慈悲に、そしてあまりに詳細に読み取り――未発達な俺の脳へ、濁流のように叩き込んだ。

 

「あ……が、はっ……!」

 

脳が、物理的に沸騰する感覚。

「知覚」という回路が耐えきれず、ショートした。

視界が真っ白に染まり、俺の意識は糸が切れたように途絶えた。

 

 

 

 

 

……どれくらいの時間が経っただろうか。

重い瞼をゆっくりと開けると、後頭部に柔らかく、しかしどこかひんやりとした感触があった。

 

「……起きた」

 

上から覗き込んできたのは、先ほどの彼女だった。

彼女は俺を自分の細い膝の上に乗せ、無機質な瞳でじっと俺の顔を見つめていた。

 

「……すまないね。ひどいものを見せた。……こんなはずじゃなかったんだけど」

 

俺は片手で熱を持った目元を覆い、自嘲気味に吐き捨てた。

 脳を焼くような情報の奔流が、ようやく凪いでいく。

 

「……私の何を視たの?」

 

「…全て、かな。君という存在がどういうものなのか、良くないことだとは思っても抑えきれなかった」

 

俺はゆっくりと手を離し、紅く染まった「写輪眼」を彼女へと向けた。

 二つの勾玉が刻まれた、血のように禍々しい色。

 

「皆はこの眼を視ると、皆一様に顔を強張らせる。無理もない。この眼は、相手の魔法式を暴き、筋肉の収縮から数秒先の未来を視せ、視線一つで精神の髄まで泥足で踏み荒らす。……言わば、他者の尊厳を踏みにじるための眼だ」

 

俺の声には、隠しきれない嫌悪が混じっていた。

 この眼を回すには、負の感情が必要だ。父の自死、事故の瞬間……それらを燃料にして起動するこの眼を、俺自身がどこかで「おぞましい」と忌避していた。

 だからこそ、無意識にこの眼を他者に向けることで、周囲を遠ざけようとしていたのかもしれない。この呪い(ちから)を怖がってくれれば、自分という「化け物」に深く関わらずに済むのだから。

 

「怖くないのかい。こんな、人の心を引き裂き、踏みにじるためにあるような色が」

 

挑発的に、あるいは拒絶を期待して問いかける。

 だが、少女は逃げるどころか、吸い込まれるような虚無の瞳で俺の魔眼をじっと見つめ返した。

 

「……怖くない。あなたが何を言っているのか、私には感情がなくてわからないから」

 

彼女の声は、凪いだ湖面のように静かだった。

 

なんというか、落ち着く声だ。

俺はこんな幼子に安心感を覚えないといけないほど幼稚だったのかと軽く絶望する。

 

「…でも」

 

彼女の眼が俺とまっすぐ視線を合わせる。 久々にこんなに人の顔を近くで見た気がする。

 

「綺麗だった。貴方の眼が光ったとき、この暗い部屋に、見たこともない鮮やかな紅が流れてきた。……私には、それがとても、美しく思えた」

 

――綺麗だ。

 

 その一言が、前世からずっと俺の胸の奥に澱んでいた「冷たさ」を、一瞬で溶かした。

 

 他者の術式を盗む泥棒の眼でもなく、精神を壊す兵器でもなく、ただ「綺麗」だと。

 「心がない」と言われ、四葉の道具として置かれている彼女だけが、俺の「呪い」を、ただの「光」として受け入れてくれた。

 

「……そうか。君にそう言われると、この呪いも少しはマシなものに思えてくるな」

 

俺は少しだけ、今度は本気で笑った。

 恐怖を煽って逃げようとしていた自分が馬鹿らしくなる。前世の医学でも、今世の魔法でも測れない彼女の深淵を、もっと深く知りたいと思った。

 

「……名前を、教えてほしい。俺の、姉さん」

 

俺の問いに、彼女は微かに唇を動かした。

 

「……真冬(まふゆ)。」

 

「……真冬、か。いい名前だ。……真冬、君は化け物なんかじゃないよ」

 

 四葉が「調整」の失敗作と切り捨てた、感情のない器の少女。だが、俺が先ほど視たのは、そんな単純なものではなかった。

 

「……嘘。私は、欠陥品。お母様も、お祖父様も、そう言っていた。……心がない、化け物」

 

真冬は感情の乗らない声で、だが頑なに対話を拒むように呟いた。

 

「四葉の人間が言う『心』なんて、魔法を効率よく扱うための道具に過ぎない。……俺は、もっと別の、根源的な『熱』のことを言っているんだ」

 

俺は、再び写輪眼を起動させた。

 先ほどのような無差別な解析ではない。もっと深く、精神の最深奥、四葉が「演算領域」と呼ぶ場所のさらに先へ、意識を滑り込ませる。

 

「証明してあげるよ。君の中に、まだ消えていない『火』があることを」

 

「……何、をするの」

 

「精神の接続を試す。……少し、触れるよ」

 

俺は写輪眼を通じて、俺自身の感情――目の前の少女に向けられた奇妙なこの温かい感情――を、彼女の虚無へと流し込んだ。

 それと同時に、俺の意識を彼女の「演算領域」へと深く沈めていく。

 

(……っ、これは、酷いな)

 

彼女の精神世界は、氷河のように凍てついていた。

 だが、その奥底。四葉による度重なる精神調整魔法によって、ボロボロに引き裂かれ、今にも崩壊しそうな場所。

 そこに、本当に小さな、けれどもしっかりと鼓動する「小さな火」が視えた。

 

(……見つけた。これが、君の……感情の残滓か)

 

それは、四葉への憎しみでも、孤独への恐怖でもなかった。

 もっと原始的な、生まれたばかりの赤ん坊が母を求めるような、ただ純粋な「誰かと繋がりたい」という願い。……愛、とでも呼ぶべき、歪な四葉には不必要な感情。

 

だが、その火はあまりに脆弱だった。

 肥大化した魔法演算領域が、常にその火を飲み込もうと、周囲を凍てつかせている。俺が今、この「接続」を絶てば、数日と持たずにこの火は完全に消滅するだろう。

 

(……消させない。この火は、俺が初めて触れた、君の『本物』だ)

 

俺は決意した。

 この小さな火を、俺の写輪眼で「守る」。

 

「真冬、離さないで。……この熱を、感じ取るんだ」

 

俺は写輪眼の出力をさらに高め、彼女の小さな火を、俺の感情の奔流で包み込んだ。

 俺の熱が、彼女の氷を溶かし。彼女の虚無が、俺の熱を鎮める。

 

 

「……。これは、なに? 貴方のもの、が……私の中に、満ちていく」

 

真冬の瞳が、初めて微かに潤んだ。

 氷河が溶け出し、彼女の顔に、月明かりとは別の、内側からの温かさが灯る。

 

「……そうだよ。真冬。君は化け物なんかじゃない。 こんなにも暖かいものを持っている人が化け物なんてありえないよ」

 

俺は確信を持って、断言した。

 写輪眼を通じて流れ込んでくる彼女の「芯」の部分。それは四葉の調整魔法ですら消し去ることができなかった、生命としての根源的な叫びだ。

 

「……暖かい。鏡也、が……私のなかに、いる」

 

真冬は自分の胸に手を当て、そこから伝わる俺の感情の残滓を確かめるように、何度も深く呼吸を繰り返した。

 その瞳には、先ほどまでの虚無ではない、夜明け前の空のような微かな光が宿っている。

 

「……不思議。世界が、さっきまでと違う。……色が、ついているみたい」

 

真冬の声が、わずかに震えた。

 魔法演算領域という「冷徹な計算機」に支配されていた彼女の世界に、俺の写輪眼が「情動」というノイズを叩き込んだのだ。それは彼女にとって、白黒の映画がいきなり極彩色に変わるほどの衝撃だったに違いない。

 

「……ああ。よかった。真冬の笑み、とても綺麗だ。どんなものよりも」

 

俺は慎重に精神の供給を止めて、瞳を閉じた。

 急激な精神干渉の反動で、こめかみが激しくズキズキと脈打つ。だが、目の前の少女が初めて見せた「人間らしい」戸惑いの表情を見れば、その代償など安いものだと思えた。

 

 

 

長い休憩をとり、日が明ける前に戻ろうと出発する。

 

「……待って」

 

部屋を去ろうとした俺の裾を、真冬の小さな手が掴んだ。

 

「この熱が……消えるのが、怖い。鏡也がいないと、また私は、冷たい『化け物』に戻ってしまう」

 

俺の写輪眼が彼女の演算領域を書き換えたわけではない。ただ、閉ざされていた回路を開き拡張して、感情という「情報」が流れるルートを再構築したんだ。この火は、彼女が自分自身の経験を積むことで、これから少しずつ大きく、確かなものへと成長していくはずだ。

 

だが、それを口にしたところで、今の彼女の不安は拭えないだろう。

 この「熱」を維持するためには、外部からの安定した供給――つまり、俺という存在が彼女の側に居続けることが、今の彼女には不可欠なのだろう。

 

「……大丈夫だ。この熱は、もう消えたりしない。俺が保証する」

 

俺は掴まれた手を優しく包み込み、ゆっくりと諭すように言った。

 

「それに、君が化け物に戻るなんて言わせない。もし君がまた凍えそうになったら、何度だって俺がこの眼で、君を救う。 つらい感情が育まれたなら俺が共有して一人にさせない」

 

それは、弟としての約束であり、一人の人間としての宣戦布告でもあった。

 世界が彼女を「欠陥品」と呼ぶのなら、俺はその定義を根底から覆してやる。彼女の感情を守り、育て、一人の人間として生きる。それが、この呪われた眼を手に入れた俺の、今世での存在意義なのかもしれない。

 

「……約束、してくれるの?」

 

「ああ。約束だ。……真冬」

 

俺の言葉に、彼女は感情の萌芽を感じさせる微かな、本当に微かな微笑を浮かべて頷いた。

 

 紅い眼に映る彼女の姿を、俺は一生忘れないだろう。

 たとえこの先、この眼がどんな凄惨な未来を映し出そうとも、最初に「綺麗だ」と言ってくれた彼女の手だけは、決して離さないと誓いながら。

 

 

 

 

 

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