因みに私は彩葉推しです。大人彩葉めちゃめちゃ好きやなぁ。
バタフライ・エフェクト。
ほんの僅かに過去を変えることでも、巡り巡って未来に多大な影響を与える。『ブラジルで飛ぶ蝶の羽ばたき』が『テキサスで竜巻を引き起こす』というような、一見なんの関係性もないものでも、極僅かな誤差や行動で未来に大きな影響を及ぼす。
例えば、10年前に少年が見ていたマンガ本がジャンプではなく、サンデーだったら。少年は交通事故に合わずに生きていたかもしれない。たらればの話にはなるものの、その影響は誰にも図れない。
ならば、本来死ぬはずだった人間が生き延び、ましてや不死身となってしまったのなら、世界の均衡は崩れるのか。はたまた何も起こらないのか、それとも未来すらも────。
◆◆◆
「──よし。俺は歴史を元に戻すために今からちょっと死んでくる」
端的にそれだけを伝えて出て行こうとする玲翔を、かぐやは彼の服の裾を引っ張りながらなんとか引き止めようとした。
「ちょっと待って待って! なにがよしなわけ!? 話が急展開過ぎるってぇ!」
叫びながら引き止めていると、玲翔は目に涙を浮かべながら振り返る。勢いに任せて「いやだってさぁ!」と駄々をこねる子供のような台詞を吐きながら頭を抱えた。
「絶対に原因は俺でしょ!? 放射能とかぐやの宇宙の力でわけ分からん再生能力を手に入れちゃった人間なんて、歴史上誰もいないやんか!」
「だからって、なんで死ねば解決すると思ってんの!?」
服の引っ張り合いで、両者は互いに譲らずの攻防を繰り広げる。なぜ手のひらサイズのウミウシが人間と互角の力で引っ張り合えているのか、それはさておき──服が離れて、玲翔は部屋の隅まで転がった。
「あぁあぁぁああ! 本来あそこで死ぬはずだった俺が、今もまだこうして生きてる! しかも目の前の宇宙人に唆されて未来にあった技術もちょっと教えちゃったし! 完全に歴史改変の原因は俺しかいないでしょ!」
早口でまくし立てるように言い放った玲翔は「よし、だからちょっと今から死んでくるよ」と、冗談とは言えないような声色でその場からそそくさ逃げようとする。だが、かぐやはそれを阻止する為に、ダンボールに突進して玲翔の足下に直撃させた。
態勢を崩した玲翔の身体が斜めに傾き、そのまま力なく倒れる。ぶべ、という情けない悲鳴が聞こえたが、かぐやはそんなことを気にする間もなく玲翔の眼前に映り込んだ。
「話が飛躍し過ぎだって。それに今更死んだってなんも変わりないし、そもそもこーいち死ねないじゃん」
「社会的に死ぬ」
「ダメ」
「かぐやを売る」
「なんで!? ダメに決まってるじゃん!」
1945年に起きた日本への原爆投下。その影響で数え切れないほどの人が死んだ。築き上げた創造物も何もかもが、あの一瞬によって全て破壊された。玲翔──浩一も、その内の犠牲者の一人である。
本来の歴史上では、浩一もまた、名も残らぬ犠牲者となるはずだった。だが、おおよそ100年後の未来からやってきたウミウシ──かぐやの介入によって、浩一は本来死ぬはずだった現実が書き換わり、不老で不死の肉体を得てしまった。
「俺の身体を売れば、歴史元に戻るかなぁ……」
「え、今さら遅いって。てか絶対にダメ」
「俺の能力を売れば、人が放射能に苦しむ事も無くなり、目の前の宇宙人の魔の手からも逃れられる……一石二鳥か…?」
は? とかぐやは呆れの意味も込めて声を漏らす。その一言にも満たない一文字には「こいつマジで何言ってんだ」の意味すら込められているようだった。
今の玲翔はまるで壊れてしまったかのように頭を抱えたまま前後にヘドバンしている。明らかに情緒不安定だ。かぐやは肺の中にある息を全部吐き出すように深い溜め息をついた。
どうするべきかと思考を巡らせていると、かぐやはふと思い出したことを吐露した。
「そういえば、典子ちゃんは?」
その名前を聞いた瞬間に玲翔の動きが止まる。頭から手を離して「あー」と思い出したように座り込み、息を大きく吸ってから覚悟を決めたように答えた。
「亡くなったよ。老衰だって」
「…………そっか」
かぐやはなんて返すべきか言葉が見つからなかった。予想はしていたが、自分で振った言葉に返すこともできず、かぐやと玲翔の間に沈黙が降りた。
数十秒がゆったりと流れていき、気不味い静寂を先に破ったのは玲翔の「まあ」という溜めだった。
「86歳だったかな。大往生でしょ。息子にも孫にも囲まれて、多分だけど幸せだったと思うよ」
そう語る玲翔の声色はどこか他人事のようで。向けられた視線の先は壁ではあったものの、その意識はまるで遠くに向けられているようだった。
表情は悲しみともなんとも言えないもので、100年近く一緒にいる玲翔の考えをかぐやは感じ取ることができなかった。
「こーいちは、悲しくなかったの……?」
かぐやはさっきとはまるで違う落ちた声色で問いかける。だが玲翔は「うーん」と顎に手を置いてから少しの間だけ考え、自分の感情を整理していた。
「さあ、分かんないや」
「人間ってそういうものなの?」
浩一という人間にとって、典子という女性は自分の命と同等の存在だった。昔からずっと一緒にいた幼馴染で、少なくとも80年前──彼は彼女に、彼女は彼に恋をしていた。
かぐやは、何度も彼と彼女の恋愛相談に乗った。
それだけ愛し合っていたし、お互いにお互いを尊重している尊い関係だった。
なのに彼は、彼女の死に対して驚くほど無関心だった。
「いや、どうなんだろう……」
かぐやの疑問に対して、玲翔の答えはあまりにも適当なものだった。かぐやは僅かに目を伏せる。彩葉も、そうだったのだろうか。そんな厭な考えが脳裏に過ぎった。
だが玲翔は「でも」と言葉を付け足した。
「俺の感覚がおかしくなったんだと思う。俺に不老不死の力が目覚めて最初の頃は、典子への気持ちは変わらなかった。けど、自分が不老だと気付き始めて、俺は人と同じ道は歩めないと思った。だから典子から離れた。それが、典子の幸せだと思ったから」
玲翔は床に寝転がった──「それに」と言葉を付け足し、
「典子はあそこに残った────俺は逃げたのに」
かぐやは今でも覚えている。故郷が原爆によって全て無へと変えられたのにも関わらず、典子は彼の手を取らずに故郷に残った。
「全部忘れようとした。家族が死んだのも、友人が死んだのも全部」
彼女はたった一言だけ──「私には、ここなの」と。それだけを言い残し、バスケットに大量に入った花を持って、人々の花になろうと売っていた。
「こーいちは、自分を責めなくて良いと思う」
「かぐや、君は本当に変わったよね。前より冗談が減ったし、笑わなくなった。前の君だったら、
「もう、昔の最強のかぐやちゃんはどこにもいないよ」
かぐやの声色が更にワンオクターブ落ちた。
言葉の選択肢を互いに間違え、二人の間に再び沈黙の時間が訪れる。互いの呼吸すらも鬱陶しく聞こえる空間で、かぐやは窓の外に広がる景色を見つめてから沈黙を破った。
「私は、何千年も人間を見てきた。好きになった人もいたよ? 命を賭して生きる人たちの覚悟を、私は愛してたんだ」
私みたいな月人には無い感覚だから、とかぐやは懐かしむようにぼんやりと呟く。玲翔も隣に腰を下ろしてから、FUSHIを抱き抱えて自分の頭の上に乗せた。
「ありがと。それでもね、皆いなくなっちゃうんだ。助けられなかった人たちのことを思い出すと、こう、なんていうか……胸を掻き毟りたくなる」
声が僅かに震えているような気がする。だが玲翔は、何も言わずに窓を開けて、網戸をずらしてそのままベランダへと出る。冷たい夜風が肌を撫で、空を見上げると都市の光で星が掻き消された暗黒の夜闇が広がっていた。
「何もできないんだよ、私。歌う、のはできるけど……踊れないし、誰かを助けることも、何もできない。弱い自分から、逃げられないんだ」
頭上から溜め息が聞こえる。それは、安堵ではない。自分の無力さに呆れた自分に対する溜め息のようで、かぐやはかつての快活明朗さを完全に失っているようだった。
かぐやは黙る。玲翔の出方を伺っているのか、それともただ吐き尽くした言葉に圧し潰されてしまいそうなのか、玲翔には彼女の顔すらも見えない。
だから、玲翔は彼女を摘んで手のひらに乗せた。
真っ直ぐに見つめる。綺麗なまん丸の黒い瞳が玲翔を映す。100年前と何ら変わりない風貌に、過去の凄惨な光景が記憶に蘇ってきた。
玲翔は黙り込むかぐやにデコピンをかました。
「痛っ!?」
「なに言ってんの? 今、目の前にいる男は誰だと思う?」
こーいち、と名前を答えるかぐや。だが、玲翔は首を振る。「正解だけど正解じゃない」と矛盾の言葉を告げて、ニッコリと笑った。
「君に──かぐやに助けられた男だよ」
ハッ、と息を呑む。なぜか分からないが、脳が否定しようと「でも、それは……」と言葉を続けるが、そんなことお構いなしに玲翔は笑いながら言った。
「あの時、気がいなかったら俺はあそこで死んでた。焼かれて、対して人生を満喫できずに終わってた。まあ、その代わりに死ねなくなったけど。それでも、君を恨んだことは一度もない。君には感謝しかしてないんだよ?」
優しい声色で囁かれて、かぐやは彼の精悍な表情に溢れでそうになる弱音を呑み込む。玲翔はとにかく笑う。その表情に、その声に、かぐやはとある花魁と彼を重ねていた。
似ているわけでも、ましてや彼女の子孫というわけでもない彼と重なったのは、恐らく人柄が似ているからなのだろう。思わずかぐやも笑ってしまった。
「そうだった。あーあ、初めて助けた人が不老不死になったりなんかしなかったらなー」
「なったから一緒にいられるんだよ」
「そうだね。こーいちがいてくれたおかげで、私はまだ
ありがと、と小さく言った感謝に玲翔は笑顔で返す。かぐやを肩に乗せ直してから、ぼんやりとベランダの柵にもたれかかる。軋む音が夜闇に溶け込み、玲翔はかぐやが落ちないように手を貸した。
「さ、ネガティブな発言は終わり。今は前を見よう。これからどうするのか、考えよう」
「うん、そうしよ。じゃあ、なにから話す?」
二人で腕を組みながら「うーん」と思考を巡らせる。数秒間二人で悩んだ末に、そういえばと先に口を開いたのは玲翔だった。
「月見ヤチヨって、8000歳っていう設定あるんだよな」
「そうだよ。歌って踊れて分身もできる」
「相変わらずめちゃめちゃな設定だな……」
玲翔はかぐやを見つめる。かぐやの記憶を通して見た『かぐや』の姿と『月見ヤチヨ』の姿を重ねる。どこか雰囲気が、いや、容姿の問題だろうか、引っかかった疑問が徐々に膨らんでいった。
玲翔がじっくりと見つめてくるのに対し、かぐやは彼の名を呼んで首を傾げる。そこでようやく彼がおずおずと口を開いた。
「なんか、かぐやとヤチヨって似てるような……」
「え、私が?」
「うん。もうちょい背を高くして、色っぽいお姉さんみたいにしたら、見えなくもない」
「それって全然見えないってことじゃん!」
悪ふざけだと思ったかぐやは声を荒らげるが、どうも彼の様子はおかしい。本当にそう思っているかのような、まだ確信は得られていないが、心のどこかで本気で信じている──そんな顔だった。
「このもと光る竹って、CIAの人が盗み出したんだよな」
「そうだよ。こーいちがしくじって色んな人に追われてたから」
ぐ、と玲翔は悔しげな苦い表情を浮かべる。コホンとわざとらしい咳をしてから、玲翔はかぐやを見つめた。
「そん時にかぐやって『仮想世界に大きな広場を作りたい』って言ってたよね」
「うん。みんなが好きなことして、殺し合うこともなく、誰も孤独にならない。いつでも温かい返事が貰えるような場所」
「それって、
そこまで玲翔が言って、かぐやの朧げになっていた記憶が一気に蘇る。全て、総て、すべて、何もかもが眠っていた記憶を呼び覚まして線を築きあげていく。何かに気がついた様子のかぐやを見て、玲翔は笑った。
「月見ヤチヨの8000歳って設定が引っかかってたんだ。かぐやとヤチヨの8000年は偶然じゃない。ずっとキャラの設定だと思ってたけど、実際に8000年を過ごしてきたんだ」
「は────」
笑いの端が、口から溢れでる。吐息のように漏れる空気に似た笑いが、静寂の中で漂っていき────、
「…………バカだったなぁ……」
そんな言葉が、最初に吐露した。
かぐやは目を伏せる。小さな身体を震わせる。それは絶望でもなんでもない。自分の馬鹿さ加減に呆れた──いや、喜びそのものだった。
その答えは、かぐやの消えかけていた心に灯火を与えてくれるものだったからだ。
「わたしが、ヤチヨになるんだ……」
目を輝かせるかぐやを見て、思わず微笑んでしまう。玲翔はかぐやを抱き抱えて、消えていたはずの星空を自分よりも近い場所で見つめさせた。
大地の心拍が眠りにつこうとする中で、隠れていた星空が、黒い絵の具をぶちまけたような空に輝き始める。
「やることが決まったね」
「うん。わたしがヤチヨになって、ツクヨミを作る。そして彩葉と再会して────」
二人は見合って、微笑みながら同時に言った。
「「────
彩葉って実家が京都で、酒寄家は実力史上主義なところもあって、言葉遣いも厳しいときていますが、どこの禪院家なんですかね。彩葉が8000年の記憶流し込まれて耐えてるから、やっぱまこーらの適応を持ってるんですかね。