設定がややこしいキャラクターを書いてみたくなって設定をかなり捏造しました。
用語についてはあえて本来の意味と違えたりしてます。
1話だけ文字数が多いのですが全体としてはそんなに長くなりません。
気が向いたら読んであげえください。
冬木に潜む「影の国」の門が開く。
それは神秘の再演ではなく、未来の破綻を担保にした強引な「前借り」だった。
冬木の高台に位置する洋館。
その地下室には、本来そこにいるはずのない二人の女がいた。
一人は、魔術協会から派遣された執行者、バゼット・フラガ・マクレミッツ。
鋼のような意志を持つはずの彼女は今、その瞳を虚ろに潤わせ、目の前の少女――ミネア・ミーティアの手に縋り付いている。
「…信じていいのですね、ミネア。あなたが提示した『全人類救済計画』のポートフォリオ。そこに、私の、フラガの悲願も組み込まれていると」
「もちろんです、バゼットさん。あなたの忠誠心という信用を私に預けてください。利子は…そうですね、世界を書き換えた後の特等席で払いましょう」
ミネアは聖女のような微笑みを絶やさず、バゼットの背後に回ってその肩を優しく抱いた。
実のところ、ミネアが語った計画の九割は、未来の成功を前提にした空手形だ。
だが、起源「救済」が放つ癒やしの魔力と、星属性の回路が織りなす正しい未来への予感は、孤独な執行者の心を容易く溶かした。
バゼットが所有していた令呪、そして最高級の触媒。
それらすべてを共同出資という名目で巻き上げ、ミネアは魔法陣の前に立つ。
「さて…まずは運転資金(リソース)の調達といきましょうか」
ミネアは右手をかざす。
本来、英霊召喚には莫大な魔力が必要であり、未熟な魔術師なら一瞬で干からびる。
だが、彼女は自らの回路を回さない。
「――『先払(プリペイド)』。一万年後の私、あるいは私の末裔が捧げるはずの祈りを、今ここに一括決済」
回路が軋む。
いや、回路ではなく「世界」の帳簿が悲鳴を上げた。
未来永劫、ミーティア一族が星に捧げるはずの魔力。
その総量を担保にした、あまりにもあくどい詠唱の前借り。
三節にも満たない短縮詠唱。
だが、そこに込められた密度は数時間の儀式を凌駕する。
魔法陣から溢れ出したのは、黄金の光ではない。
「返済不可能な負債」が放つ、どす黒いまでの期待の輝き。
「…ふむ。招かれたのは、死を望む隠者か。あるいは、死を与えぬ教師か」
渦巻く魔力の中から、紅い槍が突き出された。
影の国の女王、スカサハ。
神域に達した武の化身は、現界した瞬間に眉をひそめた。
彼女は卓越した洞察力で、この召喚の「不自然さ」を即座に見抜いたのだ。
「サーヴァント・ランサー。召喚に応じ…。…小娘。貴様、私の現界コストをどこから持ってきた? この魔力、どこにも『根源』が見えぬ。あるのは『穴』だけだ」
ミネアは可憐に首を傾げ、聖女の如き慈愛を込めて告げる。
「ご安心を、ランサー。それは『希望』という名の負債です。あなたが私を勝たせてくれれば、すべては帳消し(魔法)になります。――さあ、私と一緒に、この世界を『もっと素敵な破産』へ導いてくれませんか?」
スカサハは手にした魔槍を軽く回し、呆れたように、しかしどこか愉快そうに口角を上げた。
「師を騙して月謝を踏み倒そうというのか。いいだろう、面白い。その空虚な積み木細工がどこまで保つか、見届けさせてもらおう」
こうして、第五次聖杯戦争に史上最大の不良債権が参戦した。
「…さて、バゼットさん。あまりここに長居しては、協会の追っ手にこの『聖域』を悟られてしまいます」
ミネアは、心酔しきった様子のバゼットの手を優しく取り、その指先に小さな、しかし精巧な「星」の刻印を施した。
もちろん、これもまた未来の魔力供給を約束するだけの、中身のない受領印だ。
「一流のホテルを手配しました。そこなら結界も強固です。あなたはそこで、来るべき『清算の時』まで英気を養ってください。…私を信じてくれますね?」
「ええ…。あなたの導きがあるなら、私は、どこへでも」
執行者としての鋭さを霧に溶かされたバゼットは、夢遊病者のような足取りで地下室を後にした。
彼女が支払ったのは令呪と触媒、そして「ミネアこそが救済である」という狂信。
ポンジスキームにおいて、最初の出資者を満足させて帰すのは鉄則である。
地下室に残されたのは、ミネアと、影のように寄り添う紫の影――ランサー、スカサハのみとなった。
「…ふん。あのような手合いを扱うのは手慣れているようだな、マスター。情を餌に、魂まで質に入れるとは」
スカサハが冷ややかな、しかし関心の色を隠さない視線を向ける。
「人聞きの悪い。私は彼女に目的を与えただけですよ。…さあ、邪魔者がいなくなったところで、本格的に借金を増やしにいきましょうか。ランサー、まずはあのアインツベルンの城を目指します」
「ほう? いきなり最大手と取引(殺し合い)か」
「ええ。第5次聖杯戦争。聖杯という莫大なリソース。それを担保に入れれば、世界(アラヤ)から引き出せる融資枠はさらに跳ね上がる。…私が死なない程度に、世界を『生命の危機』で脅し続けなければなりませんから」
ミネアは聖女のような微笑みを浮かべたまま、夜の冬木へと踏み出した。
その背中には、目に見えないほど巨大な「負債の尾」が、彗星の如く引きずられている。
彼女が一歩歩くごとに、世界の運用リソースは数秒ずつ、確実に削り取られていく。
「――おや。向こうから『お買い物』に来てくれたみたいですね」
坂道の下。
街灯の下に立つ、赤いコートの少女と、その傍らに立つ銀髪の騎士。
遠坂凛とアーチャー。
ミネアは反射的に、聖女としての完璧な仮面を被った。
「こんばんは、遠坂さん。こんな夜更けに物騒な格好をして、一体どうされたんですか? …あら、そちらの素敵な騎士様は、もしかしてあなたの『守護者』かしら」
心中では、遠坂家の家財や宝石、そして凛が持つ「宝石魔術」のリソースをどうやって自分のポートフォリオに組み込み、債権を押し付けるかを計算しながら。
ミネア・ミーティア。
彼女の聖杯戦争は、他者を脱落させることではない。
全参加者を「運命共同体」という名の連帯保証人に引きずり込むことから始まるのだ。
「――ッ。…な、んで…」
遠坂凛は、思わず一歩後退した。
隣に立つアーチャーが、即座に彼女を庇うように位置を変え、双剣を構える。
その視線は、ミネアの後ろに立つ紫の影――ランサーに注がれていた。
「…何故、貴様が凛の名を知っている? …否。マスターか」
「あら、ごめんなさい。あまりに『有名な』家系の方でしたから、ついお名前が口から」
ミネアは上品に口元を隠し、申し訳なさそうに眉をひそめた。
その一挙手一投足は、どこからどう見ても、育ちの良い、慈愛に満ちた聖女そのものである。
「…有名な? …聖堂教会の、シスター?」
凛は眉をひそめたまま、ミネアを値踏みするように睨む。
シスターの服装ではない。
だが、彼女から漂う、鼻につくほどの「清廉さ」と、その背後に渦巻く、理解不能なほど「膨大」な何か。
…凛は、かつて言峰綺礼から感じたような、形容しがたい不気味さを感じていた。
「ふん。猫を被るのはその程度にしておけ、小娘。…貴様の背後にあるのは、清廉などではない。…底なしの空虚だ」
アーチャーが冷徹に告げる。
その言葉に、ミネアは「くす」と可憐に笑った。
「失礼ですね、騎士様。空虚だなんて…。これは無限の可能性と呼んでいただきたいわ。…そう、例えば、貴方たちの願いを叶えるための、莫大な融資枠のような」
「…融資枠? …何を言っているの?」
凛は混乱した。
魔術師の戦い(聖杯戦争)の最中に、唐突に飛び出した経済用語。
「遠坂さん。貴女は聡明な魔術師だわ。…宝石魔術というのは、膨大なリソースを浪費するでしょう? …もし、貴女が今持っている全ての宝石を、私に投資してくださるなら…。私は、貴女に聖杯よりも確実な、未来の成功を約束します」
ミネアは、凛に向かって、優雅に、しかし魅力的な契約を提示するように手を差し伸べた。
「私の固有結界…『ミーティア(流星降る丘)』。それは、この世界に対する、莫大な債務の証明。…私を『主軸』として、全人類が『等しく幸福な明日』を前借りする…。そのための、壮大なプロジェクトに、貴女も参加しませんか?」
「…固有結界? …全人類救済の、プロジェクト…?」
凛は呆然と口を開けた。
固有結界というだけで、とんでもない魔術師だ。
だが、その言っている内容は…。
あまりにスケールが大きく、そしてあまりに…。
「…詐欺だ」
アーチャーが断じた。
「…何を言うかと思えば…。凛、騙されるな。こいつが言っているのは、ただのポンジスキームだ。…自らの存在そのものを担保に、世界からリソースを前借りし続けている…。その穴を埋めるために、さらに他者から信用を巻き上げようとしているだけだ」
「…なッ…!」
凛は、思わずアーチャーを振り返った。
アーチャーの言葉は、魔術師としての凛の直感に、ピシャリと適合した。
「…貴女…。…聖女のフリをして…。とんでもない詐欺師じゃない…!」
「まあ。詐欺師だなんて、心外ですわ」
ミネアは、心底傷ついたように、胸に手を当てた。
「私はただ、私自身の『起源(救済)』に従って、私を含めた全人類を、少しだけ前借りという形で幸せにしているだけ。…だって、苦しいのは嫌でしょう? …だったら、明日から幸せを借りてくればいい。…明日が来れば、またその次の明日から借りればいい…。…そうやって、永遠に続けていけば…。それは、救済と何が違うのかしら?」
ミネアの微笑みは、もはや聖女のものではない。
それは、底なしの深淵へ、他者を誘う、悪魔の誘惑だった。
「…さて。遠坂さん。…投資(協力)してくださる? それとも…。貴女も、私の債務(破滅)の一部として、ここで清算(脱落)される?」
その瞬間。
ミネアの背後に立つランサー、スカサハが、魔槍を静かに構えた。
影の国の女王の気迫が、冬木の夜を凍らせる。
「…チッ。凛、下がれ! こいつは…!」
「…ええ、わかってるわよ! …とんでもないバカに絡まれたってことくらい…!」
凛は、自分のポケットにある宝石を、震える手で握りしめた。
聖杯戦争の初夜。
凛は、最悪の「破産者」と対峙することになったのだ。
「…いいえ、遠坂さん。そんなに怖がらないで」
ミネアは困ったように眉を下げ、一歩、たおやかに歩み寄った。
その足元から、パキパキと音を立ててアスファルトが凍りつく。
冷気ではない。
世界が彼女という負債を支えきれず、因果の強度が変質しているのだ。
「私はただの提案をしているだけ。…ランサー、槍を下げて。彼女は大事な見込み顧客なんですもの」
スカサハは鼻で笑い、殺気を霧散させた。だが、その瞳は依然としてアーチャーの双剣を見据え、一瞬の隙も許さない。
「…ふん。投資だの融資だの、魔術師が口にする言葉じゃないわよ」
凛は冷や汗を拭い、強気に言い返した。
だが、指先が微かに震えている。
魔力感知能力に優れた凛には見えてしまっていた。
ミネアの背後に、冬木の夜空を塗りつぶさんばかりの巨大な虚無の渦が、星々の光を吸い込んで肥大化していく様が。
「魔術師とは、真理を求める者でしょう? 私はそのプロセスを効率化しているだけ。…いいですか、遠坂さん。第五次聖杯戦争の勝者は一人。でも、敗者は全員死ぬか、何も得られない。…あまりにリスクが高すぎると思いませんか?」
ミネアは、まるで放課後の相談に乗る先輩のような、親しみやすい声音で囁く。
「そこで、提案です。貴女の勝ち目を私に預けてください。私が聖杯を手に入れた暁には、貴女が費やした宝石の十倍…いえ、百倍の魔力資源を、将来の根源到達権を担保に発行して差し上げます」
「…根源到達権を、発行…?」
「ええ。私が魔法使いになれば、ルールは私が決めます。貴女の家系が何代かけても届かなかった場所に、私の優先株一枚で招待してあげられるわ」
凛の思考が停止した。
あまりに不遜。
あまりに荒唐無稽。
だが、ミネアが放つ「星」の魔力は、それが不可能ではないと、本能に訴えかけてくる。
「…凛、聞くなと言ったはずだ」
アーチャーが苦々しく介入した。
「そいつが魔法に至るためのリソースは、今この瞬間も世界から盗み取っているものだ。…いいか、そこの聖女様。貴様がやっているのは救済ではない。破滅の先送りだ」
「あら、先送りが永遠に続けば、それは存続と同じではありませんか?」
ミネアは、小首を傾げてアーチャーを見据えた。
「正義の味方さん。貴方も、救いたいのでしょう? 目の前の悲劇を。…だったら、私を助けるのが一番手っ取り早い。私が世界の一年分の運用リソースを借り切ってしまえば、阿頼耶識は私を死なせないために、あらゆる災害を未然に防ぐしかなくなるんですもの」
「――人質か」
アーチャーの瞳に、明確な嫌悪が宿る。
この女は、人類の抑止力そのものを連帯保証人として監禁しようとしている。
「さあ、遠坂さん。どうする? 今ここで、私のランサーとやり合って、無駄に宝石を散らす? …それとも、この『夢のプロジェクト』に名前を連ねて、安全な場所で高みの見物を決め込む?」
ミネアは、そっと凛の耳元で囁いた。
「…契約金は、そうね。今持っているその一番綺麗な宝石一つでいいわ。…どうかしら、凛ちゃん?」
「…っ…!」
凛の葛藤。
魔術師としての矜持が「拒絶しろ」と叫び、経営者としての冷静さが「ここで戦うのは損だ」と囁く。
その様子を、ミネアは可憐な聖女の顔で、楽しげに眺めていた。
「…っ、ふざけないでよ!」
凛は、耳元に寄せられた甘い囁きを振り払うように叫んだ。
手の中にある宝石——父の形見である、最高純度の魔力が充填された逸品。
それを奪われることへの恐怖ではない。
この女が提示している「救済」の形が、魔術師としての、あるいは遠坂としての美学に真っ向から反していることに、生理的な嫌悪感を覚えたのだ。
「そんな、明日を食いつぶすだけの自転車操業を救世だなんて…! あんた、自分が何を言ってるか分かってるの!?」
「ええ、痛いほどに」
ミネアは、凛の拒絶を受けてもなお、悲しげな聖女の微笑みを崩さなかった。
「分かっているからこそ、私一人の負債では足りないのです。…世界を『救う』には、世界そのものを共犯者にするしかない。ねえ、遠坂さん。貴女が守ろうとしているその倫理観で、一体何人の人間が救えますか?」
「それは…!」
「私は、今この瞬間も、何万人という人々の絶望を担保に、彼らの今日の平穏を買い叩いています。…ほら、耳を澄ませて。阿頼耶識が、私というバグを消せないがゆえに、世界を必死に存続させようとしている歯車の音が聞こえませんか?」
ミネアがそっと指を立てる。
その瞬間、夜の静寂が、不自然なほど完成された安寧へと変質した。
街灯の瞬き、風の揺らぎ。
すべてが、ミネアという巨大な損失を確定させないために、世界が必死に帳尻を合わせている――そんな歪な調和。
アーチャーの眉間が険しくなる。
「…チッ、論理が破綻している。だが、事象(結果)だけが先行して確定しているのか」
「…そう。私の勝ち馬に乗れば、貴女もその恩恵に…」
「――そこまでだ、詐欺師」
鋭い声が、二人の間に割り込んだ。
夜の影を切り裂いて現れたのは、青いジャージを羽織った一人の少年。
衛宮士郎。
その手には、強化された身近な日用品――ではなく、ただの正義感という名の、あまりにも純粋で、この場に不釣り合いな武器が握られていた。
「士郎!? なんであんたがここに…!」
「遠坂、下がれ。…こいつは、危ない」
士郎は、ミネアを見据えたまま、その場に立ちふさがった。
魔術師としての技量は、凛やミネアの足元にも及ばない。
だが、彼の内側にある理想という名の歪みが、ミネアの持つ空虚という名の歪みと、激しく反発し合っていた。
ミネアは、士郎を一瞥し、その「中身」を瞬時に査定した。
(――あら。…何かしら、この子は。…担保価値(自己犠牲)だけは一人前だけど、利回りが悪そうね)
「こんばんは、士郎くん。貴方も、私に投資しに来てくれたのかしら?」
「投資なんて知らない。…けど、あんたがやってるのは、誰かを救うことじゃない。…ただ、誰かの苦しみを、もっと大きな絶望に変えて、未来に投げ捨ててるだけだ」
士郎の言葉は、拙く、しかし核心を突いていた。
ミネアは一瞬、完璧な仮面の裏側で、前世の記憶に触れるような苦笑いを浮かべた。
「…正論ですね。でも、士郎くん。…今、死にたくないと泣いている人に、百年後の人類のために死ねと言えるほど、私は強くないのですよ」
ミネアは、一歩後ろに下がり、優雅にスカートの裾を持ち上げた。
「さて、予定より債権者が増えてしまいましたね。…ランサー、ここは一度、彼らに試供品を見せてあげましょうか」
「ほう。ようやく私の出番か、マスター」
スカサハが、愉悦に満ちた笑みを浮かべて前に出る。
紅い槍の先端が、士郎と凛に向けられた。
「安心してください。…私は、慈悲深い聖女ですから。…一撃だけ、私の誠意(暴力)を預けます。…それを凌げたら、貴方たちを優良顧客として再査定してあげますわ」
ミネアの瞳が、漆黒の輝きを放つ。
固有結界の一端が、冬木の住宅街に、物理的な絶望の雨を降らせようとしていた。
「――ランサー。まずはその士郎くんから処理なさい」
ミネアの冷徹な指令。
聖女の微笑みはそのままに、言葉だけが残酷な現実を突きつける。
士郎が守ろうとしている倫理も理想も、彼女の帳簿の上では、ただの不良債権だ。
「承知した。…まずは、威勢だけの小僧からだな」
スカサハが、赤い魔槍を風車のように回す。
神域の武が解き放たれようとした、その瞬間――。
「――そこまでだ、ランサー!」
夜空を切り裂くような、凛烈な声。
士郎の背後から、疾風のごとく飛び出した影があった。
青と銀の甲冑。
黄金の髪をなびかせ、見えない剣を構えた少女。
セイバー。
彼女は迷いなく、士郎と凛の前に立ちふさがり、スカサハの放つ圧倒的な殺気を、真正面から受け止めた。
「…ほう」
スカサハは、動きを止めた。
その瞳に、初めて明確な歓喜のの色が宿る。
「…影の国の女王を相手に、引けを取らぬ気迫。…まさか、現世で貴様のような骨のある英霊に出会えるとはな。…サーヴァント・セイバー。貴様こそ、我が槍を捧げるに相応しい」
「光栄な言葉だが、私の剣は主を守るためのもの。…邪な魔術師に仕える槍など、受けて立つ!」
セイバーの不可視の剣が、風を巻き起こす。
騎士王の威圧感が、スカサハの殺気とぶつかり合い、冬木の住宅街に、物理的なプレッシャーとなって吹き荒れた。
「あらあら…」
ミネアは、驚いたように、しかし楽しげに片手を頬に当てた。
「…セイバー、ですか。最高位のサーヴァントですね。…ええ、とても素晴らしいわ」
ミネアは、セイバーを値踏みするように見つめる。
その視線は、もはや見込み顧客を見るものではない。
…より巨大な、より価値のある担保(人質)を見つけた詐欺師の、底なしの欲望に満ちていた。
「(…アールヴ(星)の加護を持つ騎士王…。彼女の『存在強度』を私のポートフォリオに組み込めば…。世界(アラヤ)から引き出せる融資枠は、今の十倍…いえ、五十倍に跳ね上がる…!)」
ミネアの内側で、前世の男の記憶が、全速力で損益計算を始める。
セイバーという莫大な資産を、いかにして自分の負債の一部として連帯保証人に仕立て上げるか。
「セイバー、下がれ! こいつは、俺が…!」
士郎が前に出ようとするが、セイバーはそれを手で制した。
「…下がっていてください、シロウ。…このランサーは、貴方がどうにかできる相手ではありません。…そして、そのマスターも。…彼女から漂う気配は、魔術師というより…。底なしの呪いのようです」
「呪い? 心外ですわ、セイバー」
ミネアは、たおやかに、しかし確実な呪縛を紡ぎ始めた。
「私はただ、貴方たちを救いたいだけ。…騎士王様。貴方にも、叶えられなかった願いがあるでしょう? …私なら、それを前借りという形で、今すぐ叶えて差し上げられますわ」
ミネアの足元から、今度は冷気ではなく、黄金の、しかしどこか歪んだ光が溢れ出した。
「星」属性の魔力が、彼女の起源「救済」と混ざり合い、相手の心の奥底にある欠落へと干渉する。
『…ランサーをセイバーにぶつけて時間を稼ぐ間に…。私は、この場の全リソース(凛の宝石、士郎の理想、セイバーの願い)を担保に…。儀式魔術を前借りで発動させる…!』
「――させないわよ、詐欺師!」
凛が、ポケットから宝石を数個、ミネアに向かって投げつけた。
宝石が空中で弾け、魔力の矢となってミネアを襲う。
「…無駄ですわ、遠坂さん」
ミネアは、眉一つ動かさず、ただ指をパチンと鳴らした。
「――『前借(ローン)』。この攻撃(事象)を、一秒後の未来へ先送り」
凛が放った魔力の矢が、ミネアの直前で、まるで時間が止まったかのように静止し、そして――。
その場から消滅した。
否、消滅したのではない。
ミネアが世界から時間を前借りし、攻撃が着弾するという結果を、未来へ押しやったのだ。
「…なッ…!?」
「さあ、お遊びはここまで。…まずは、皆さんの信用を、私が預かります」
ミネアの背後に、虚構の「流星雨」が、現実に形を成そうと蠢き始めた。
固有結界『ミーティア(流星降る丘)』。
物理的な破壊力を伴う流星雨が、冬木の街に降り注ごうとしていた。
それは、ミネアが世界から借り切った、あまりにも巨大な「破滅の前払い」だった。
「…何…!?」
セイバーは、自身の直前で消え失せた凛の攻撃に、微かな驚きを見せた。
魔術による無効化ではない。着弾するという「事象」そのものが、未来へと押し流された――そのような、時間の因果に直接干渉する、理外の魔術。
「セイバー、気をつけて! そいつの魔術、普通じゃない…!」
凛が叫びながら、新たな宝石を構える。
その瞳には、得体の知れない存在への恐怖と、魔術師としての闘志が入り混じっていた。
「…了解した、凛。…シロウ、貴方は下がっていてください。…この場は、私が!」
セイバーは、不可視の剣を構え直す。
風の魔力が渦巻き、彼女の周囲の空気を切り裂く。
「あら、そんなに警戒しないで。セイバー。…私はただ、皆さんにより良い明日を提案しているだけ」
ミネアは、上品に微笑みながら、そっと右手を掲げた。
その指先が、星々の光を集めるように輝き出す。
「――『前借(ローン)』。固有結界の展開コスト(魔力)を、一万年後の私から一括決済」
ミネアの言葉と共に、彼女の背後に渦巻いていた虚無の渦が、一瞬にして爆発的に肥大化した。
本来、一魔術師が維持できるはずのない、膨大な魔力。
それが、未来永劫続く「ミーティア家」の祈りを担保に、今ここに現実に具現化しようとしていた。
「(…アラヤ…。…私の死を望まないなら…。この破滅の雨を、貴方の運用リソースで支えるがいいわ…!)」
ミネアの内側で、世界(アラヤ)に対する「脅迫(ポンジスキーム)」が、全速力で実行に移される。
「――来るぞ、セイバー! こいつ、固有結界を…!」
アーチャーが叫び、凛を庇うように前に出る。
「…固有結界…!?」
セイバーは、信じられないものを見るかのように、ミネアを見つめた。
魔術の極致。心象風景を現実に具現化する、禁忌の大魔術。
ミネアの背後の夜空が、一瞬にして、漆黒の闇から、無数の流星が降り注ぐ「流星降る丘(ミーティア)」へと塗り替えられた。
それは、美しい光景ではない。
物理的な破壊力を伴う、絶望の雨。
一発一発が、中規模の魔術に匹敵する、破壊の塊。
「…さあ。…皆さんの『願い(リソース)』を、私が預かります」
ミネアが、優雅に手を振り下ろす。
その瞬間。
夜空を埋め尽くしていた流星群が、一斉に、士郎、凛、セイバーに向かって降り注いだ。
「――っ! …シロウ、凛! 私の後ろへ!」
セイバーは、見えない剣を頭上に掲げ、風の魔力を爆発させた。
風王結界(インビジブル・エア)による、全方位への防御。
ドォォォォォン! ドォォォォォン!
降り注ぐ流星が、セイバーの風の壁に激突し、凄まじい爆発音と共に、周囲のアスファルトを粉砕する。
「…くっ…! …なんて、威力…!」
セイバーは、歯を食いしばりながら、風の壁を維持する。
降り注ぐ流星の一発一発が、凄まじい衝撃となって、彼女の体を打ち据える。
「…あら、凌がれてしまいましたか。…さすがは、騎士王様」
ミネアは、固有結界の中央に立ち、降り注ぐ流星雨を、まるで祝福の雨のように浴びながら、聖女の微笑みを浮かべていた。
その微笑みは、もはや聖女のものではない。
それは、底なしの深淵へ、他者を誘う、悪魔の誘惑だった。
「…さて。…セイバー。…貴方の『願い(リソース)』を、私に預けてくださる? それとも…。この破滅の雨の中で、無駄に消費(脱落)される?」
ミネアの瞳が、漆黒の輝きを放つ。
固有結界『ミーティア(流星降る丘)』。
それは、ミネアが世界から借り切った、あまりにも巨大な「破滅の前払い」だった。
流星の轟音が夜の帳をずたずたに引き裂く。
一発一発が儀式魔術級の質量。
それが「前借り」という名の無限の弾倉から掃射される。
セイバーの風王結界が火花を散らし、防戦一方で削られていく。
「…くっ、この魔力…供給源(パス)がどこにも繋がっていないというのか!?」
セイバーは驚愕した。
通常、これほどの術式を維持すればマスターの魔術回路は焼き切れ、即座に自壊するはずだ。
だが、目の前の少女――ミネア・ミーティアは、涼しい顔で歌うように言葉を紡いでいる。
「ええ、繋がっていませんとも。私はただ、一万年後の私たちが支払うはずの祈りを、今ここで換金しているだけ。…ねえ、セイバー。未来の私が困るだけで、今の私はちっとも痛くないのですよ?」
ミネアは、爆風に髪をなびかせながら、慈愛に満ちた手を士郎の方へと差し伸べた。
「衛宮くん。貴方のその理想、ここで使い潰すにはあまりにも惜しいわ。…どうかしら、私にその理想を信託してくれない? 貴方が救いたい人々の分まで、私が未来からリソースを引っ張ってきてあげる」
「…断る。…そんな、誰かに借金を押し付けるような救い方…俺は認めない!」
士郎は、震える足で一歩前に出た。
投影魔術の端緒、その熱が彼の内側に灯る。
「あら、残念。…でも、交渉決裂というわけではないわ。だって、貴方たちがここで死ねば、私の連帯保証人が減って、世界(アラヤ)への脅しが効かなくなってしまうもの」
ミネアは困ったように小首を傾げ、ランサーに目配せをした。
「ランサー。彼らを殺さない程度に、でも『私がいなければ立ち行かない』程度に…徹底的に叩いて(分からせて)差し上げて」
「…フフ、承知した。死なぬ程度に、神域の片鱗を刻んでやろう」
スカサハが紅い槍を構え、流星雨の合間を縫ってセイバーへと肉薄する。
最強のサーヴァント同士の激突。だが、状況は圧倒的にミネアに有利だった。
なにしろ、彼女の背後には「未来の世界」という名の、底なしの財布が控えているのだから。
「――ストップ。そこまでよ、詐欺師聖女様」
凛の声が響いた。
彼女は手に持っていた宝石をすべて、地面に叩きつけていた。
「あんたの前借りの理屈、なんとなく分かったわ。…未来の価値を今に持ってくるなら、そのレートを狂わせてやればいいのよね?」
「…おや、遠坂さん?」
「アーチャー! 狙撃! 私はこの場の魔力流通を物理的に詰まらせる!」
凛の宝石魔術が、地面に一時的な魔力のダムを形成する。
ミネアが未来から引き込もうとするリソースの導管に、無理やりノイズを混入させる戦術。
「…ふふ、あははは! 素晴らしいわ、遠坂さん! さすがは宝石魔術の正統後継者。…私の負債に利子を上乗せしようだなんて!」
ミネアは歓喜に瞳を輝かせた。
敵対さえも、彼女にとっては取引の活性化に過ぎない。
「いいでしょう。…なら、さらに融資枠を拡大します。…第三節――『救済は、私を含めた全債務者のために』」
固有結界がさらに加速する。
流星の色が、黄金から、星の終焉を思わせる白銀へと変色した。
「さあ、第五次聖杯戦争の皆さん。…共に、世界を破産(救済)させにいきましょう?」
ミネア・ミーティア。
彼女はこの夜、冬木の聖杯戦争を「生存競争」から「史上最大のマネーゲーム(命懸け)」へと書き換えた。
「――そこまでにしておきなさい、我が主(マスター)。これ以上の過剰融資は、観測者たちの計算を狂わせすぎる」
スカサハが槍を払い、セイバーとの間合いを強引に引き剥がした。
彼女の足元では、凛の放った宝石魔術のノイズが火花を散らしているが、ミネアの展開する固有結界はその不純物すら将来の利息として呑み込み、肥大化を続けている。
「あら、ランサー。せっかくマーケットが盛り上がってきたところなのに」
ミネアは不満げに頬を膨らませたが、その視線の先――夜の闇の向こうから歩み寄る黒い影に気づき、慇懃に会釈した。
「…こんばんは。主の教えを預かる、迷える羊の導き手様」
現れたのは、冬木教会の司祭、言峰綺礼。
その死んだ魚のような瞳が、ミネアという歩く負債を凝視し、口角をわずかに吊り上げた。
「…素晴らしい。魔術協会から報告のあったミーティアの詐欺聖女とは貴公のことか。なるほど、阿頼耶識の帳簿をこれほどまでに汚染させるとは、正に救いがたい」
「救いがたいだなんて。私は今、ここで彼らを救っていたところですよ?」
「…言峰…!」
凛が忌々しげに声を漏らす。
教会の監督役が登場したということは、この場での私闘は一時中断を余儀なくされる。
「遠坂。そして衛宮士郎。剣の英霊。…剣を引きなさい。この娘――ミネア・ミーティアは現在、聖堂教会において『第八の秘跡』を体現する聖女として認定の手続き中だ。魔術協会との管轄争いがある以上、ここで彼女を害することは、教会への宣戦布告と見なす」
「なっ…! 嘘でしょ!? こんな胡散臭い女を聖女だなんて!」
凛の叫びに、言峰は無感動に答える。
「実績は事実だ。彼女が立ち寄った紛争地、飢餓に苦しむ村々…。そこでは例外なく明日から食料を前借りするという奇跡(詐欺)により、死ぬはずだった数万の命が今日を生き延びている。阿頼耶識が彼女を保護対象から外せない以上、教会もまた、彼女を否定することはできん」
ミネアは、士郎たちに向かって、これ以上ないほど可憐で、無垢な、そして中身のない聖女の微笑みを向けた。
「そういうわけです。…遠坂さん、衛宮くん。今日のところは、この流星の試供品で勘弁してあげますわ。…でも、忘れないで? 貴方たちが生きているこの一分一秒も、私が世界から借りてきた負債の上にあることを」
ミネアが指を鳴らす。
すると、降り注いでいた流星雨が、まるで巻き戻されるビデオテープのように空へと吸い込まれ、夜空は元の静寂を取り戻した。
「…撤退だ、マスター。あのアサシンのような司祭、あまり長く付き合うとこちらの影まで腐りそうだ」
スカサハに促され、ミネアは優雅に踵を返した。
「では、またお会いしましょう。…次の取引(バトル)の時には、もっと大きな担保を用意しておいてくださいね。…例えば、そう、貴方のその曲げられない理想とか。…ふふ、あははは!」
鈴の鳴るような笑い声を残し、彼女は夜霧の中へと消えていった。
残されたのは、粉砕されたアスファルトと、拭い去れない世界の違和感。
そして、自分たちの明日が、あの少女の手に握られているという、不吉な予感だけだった。
冬木の高級ホテルの最上階。
ミネア・ミーティアが拠点として借り上げたスイートルームは、今や一つの魔術的特区と化していた。
部屋の隅々には、聖堂教会から贈られた聖遺物が並び、中心にはバゼット・フラガ・マクレミッツが、魂の抜けたような表情でソファに腰掛けている。
「…お帰りなさい、ミネア。首尾は、どうでしたか」
「ええ、大成功ですわ、バゼットさん。素敵な新規出資者候補が何人も見つかりました」
ミネアは、聖女の微笑みを湛えたまま、バゼットの隣に座り、その冷えた手を両手で包み込んだ。
バゼットの掌にある令呪の痕跡は、ミネアが施した「星」の刻印によって、今や彼女自身の魔力バイパスへと作り変えられている。
「…私のフラガの力が、本当に、あなたの言う全人類の負債帳消しに役立つのですね」
「もちろんです。後から出すものが先に来るものに勝つ…フラガラック。その概念こそ、私の前借りを完成させる最後のピース。…貴女が私に全てを預けてくれたからこそ、私は魔法の門を叩けるのです」
ミネアの言葉は、バゼットにとって究極の福音だった。
孤独な執行者として生きてきた彼女にとって、自分の存在がこれほど巨大な救済の一部として肯定されるのは、麻薬に近い快楽だ。
「…さあ、少しお休みになって。明日は、もっと大きな『負債』を世界に押し付けに行かなければなりませんから」
バゼットを寝室へと促し、一人リビングに残ったミネアは、窓の外に広がる冬木の夜景を見下ろした。
その瞳から、聖女の光が消え、前世の「男」の冷徹な計算が表出する。
「…ふう。…パゼットさん、本当にチョロ…いえ、純粋で助かるわ。彼女の後出しで勝つ概念を、私の先出しで踏み倒す術式と直列で繋げば…」
ミネアは、宙に指を走らせ、目に見えない帳簿を更新した。
資産
第五次聖杯戦争の全リソース(予定)
フラガラックの概念強度
セイバーの「願い」の優先交渉権
負債
世界運用リソース 1.2年分
未来の一族が捧げる魔力(完済不能)
阿頼耶識の「損失回避」の意志
「…今の私の負債は、もはや一つの特異点。…私が消えれば、冬木どころか極東一帯の因果が破綻する。…ここまで極大化すれば、抑止力も手出しはできない。…残るは、魔法への到達」
彼女が狙うのは、第五魔法の領域。
「時間」を消費し、「熱量」を操作する魔法。
もし彼女が魔法使いになれば、積み上げた莫大な債務を「存在しなかった過去」に書き換えるか、あるいは「返済期限を宇宙の終焉(ヒートデス)まで先送りする」ことができる。
「…おや、主(マスター)。まだ算盤を弾いているのか」
背後の影から、スカサハが静かに現れた。
「ランサー。…貴方の望み、覚えていますよ。…死なぬ貴方に、相応の終焉を与えること。…それも、魔法のリソースで前払いしてあげますから」
「ふん。…詐欺師の言葉を鵜呑みにするほど、私は若くはないが。…だが、貴様が世界を相手に仕掛けているこの大博打、観客としては最高に面白い」
スカサハは、窓の外を指差した。
遠く、深山町の屋敷から、微かな魔力の胎動が聞こえる。
「…衛宮士郎。あの小僧、まだ諦めていないようだな。…貴様の穴を埋めるために、自らを生贄にする覚悟を固めつつあるぞ」
「…あら、それは困りますわ。…彼には死ぬまで私のために働き続けてもらうという終身雇用の契約書(呪い)を送りつける予定なんですもの」
ミネア・ミーティアは、再び聖女の顔に戻り、可憐に笑った。
「さあ、次は誰を保証人に立てましょうか。…アインツベルンのホムンクルス、あるいは、あの金色の王様…。…彼らの持つ富を、私の負債で溶かしてあげるのが、今から楽しみです」
あとがき
なるべくコンスタントに投稿していきたいと思います。
よろしくお願いします。