冬木にたどり着くまでの経緯になります。
冬木の港、あるいはその近郊の寂れた工房。
そこには、自らの魔術師としての「格」と、召喚したサーヴァント(メディア)との修復不可能な亀裂に絶望し、焼死するのを待つばかりの男――アトラム・ガリアスタがいました。
彼は「効率」と「打算」の魔術師。しかし、神代の魔女のプライドを買い叩こうとして、逆に全財産(魔術師としての生命)を失おうとしていたのです。
【冬木:債務整理(サルベージ)】
「……っ、馬鹿な……。私の計画は、完璧だったはずだ……。あんな女、私のリソース管理に従っていれば……!」
燃え盛る工房の中、アトラムは這いつくばりながら、迫りくる死の熱に怯えていました。メディアに裏切られ、令呪も失い、魔術師としてのキャリアはここで「破産(倒産)」を迎えるはずでした。
そこへ、パチパチと爆ぜる炎を割って、一足の汚れなき靴が歩み寄ります。
「――あら。随分と派手な『赤字決算』ですわね、アトラムさん」
ミネア・ミーティアは、煙の中でも咳一つせず、聖女のドレスを翻して彼の前に立ちました。
「……だ、誰だ……!? 聖堂教会の使いか……!?」
「いいえ。私はただの、『事業再生コンサルタント』。……貴方のその、無残に燃え尽きようとしている『命』。……今なら、私が『買い叩いて』あげてもよろしくてよ?」
ミネアは、アトラムの胸元にそっと手をかざしました。
その瞬間、彼を焼き尽くそうとしていた炎が、ミネアの周囲数センチで物理法則を無視して「保留(サスペンド)」されました。
「……助けてくれ! 私はまだ、終わるわけにはいかない……! 資金も、人脈も、まだ残っているんだ……!」
「ふふ。残念ながら、貴方の『社会的地位』や『資産』は、先ほどメディアさんが全て焼き払ってしまいましたわ。……今の貴方に残っているのは、その震える『命』という名の、たった一つの現物資産だけ」
ミネアの瞳に、透徹した計算の光が宿ります。
「提案ですわ。貴方の『命』を、私の『管理信託』に預けなさい。……代わりに、私が今この瞬間の『死』を、五十年後の未来へ強制送金(スワップ)してあげます。……つまり、貴方は今ここで、絶対に死ぬことはありません」
「……あ、ああ……! 頼む、契約だ! 契約させてくれ……!」
「――『救済執行』。……アトラム・ガリアスタの全債務(死因)を、私が一時肩代わり(プロテクト)します」
ミネアが指先を鳴らすと、炎は一瞬にして鎮火……いえ、アトラムの認識から「消滅」しました。彼は、火傷一つ負っていない状態で、瓦礫の中に放り出されました。
「……助かった。……助かったのか……?」
「ええ。命『だけ』は助けてあげましたわ。……ただし、貴方の魔術回路、資産、家系の権利、そして冬木での記憶。……それらはすべて、私の『救済手数料』として差し押さえさせていただきました」
ミネアは、すでに用済みとなった「元・魔術師」を見下ろし、慈悲深い微笑みを浮かべました。
「さあ、行きなさい。……これからは、ただの『人間』として、私の利子を払い続けるために精一杯働きなさいな。……貴方が生きている限り、私の魔力は減りませんから」
アトラムは、自分が何を失ったのかも理解できぬまま、夜の冬木の街へと這い出していきました。
ミネアは、彼から奪った(保護した)魔力リソースを掌で転がしながら、満足げに頷きます。