守屋 仁はしがない会社員だ。
今年で年齢は25歳、まだ会社員として少し慣れてきた彼に突然の連絡があった。
父と母が車の事故で亡くなったというものだった。
そこからは忙しさに追われる毎日だった、仁が両親の1人だけの子供であったことも災いした。
遺産相続や土地の譲渡で親族たちと揉めた。特にうちが代々管理をしていた社がある山は親族全員で売るべきだと主張され、叔父の声も大きかったので同意するほかなかった。
何故か皆、あそこのせいで祖父母や両親に不幸があったのだというのだ。
あんな時代遅れの社を管理しておいても一銭にもならないと言われたが、仁は納得できなかった。
何故なら、彼は幼い頃、その社に"声"という友人がいたのだ。
彼にとって幼い頃から声が聞こえるこの社は不気味ながらも癒しの場所であった。
いつだって重々しく聞こえても楽観的な声は話し相手としてとても気軽だったのだ。
そしていつだってその声の言うことはうちの家族を案じた提言であったのだ。
管理をしていた祖父を目が悪くなってきてることを最初に気づいたのも"声"であるし、父もその昔一言だけ助言を聞いたらしい。
だが土地を管理する一族として祖父母も亡くなり、父と母も事故で突然の離別となった。
もう声は聞こえないが、25歳という年齢でここの費用を負担しながらは無理だという思いのもと、土地ごと売却するのだ。
(それにだって金がかかるんだけどな、くそったれ)
他の親族は皆、財産の美味しいところのみ狙い、厄介なところが自分だ。
少しだけ疲れてしまった。
「どこか、別な場所にでもいけないものかな」
乾いた笑いと共にそんな言葉が溢れでる。
『なら、新しい場所を与えてやろうか?』
思ってもいなかった返答に驚きで辺りを見渡す。
それでも人影のようなものはどこにもない。
『おいおい、久しぶりで俺のことを忘れたか?
俺にとっては10年なんていうのは少し目を閉じた程度だがな』
「あんた、声、、なのか?」
14歳ごろから断片的にしか聞こえなくなり、それからはもう近況を話しかけるしかなかった声がそこにはあった。
『おう、声様だ。で、さっきの戯言はお前の願望で良いのか?』
戯言とはどこか別の場所といったことだろう。
俺は怯え半分に身構える。
「軽い冗談みたいなもんだよ」
それを嘲笑うかのような低い笑いが空間を包む。
『いや、俺には見えるし、わかるね。肉親を失った悲しみを、親族に見捨てられた諦観も、愛しい色をしてるなお前は。
それでも憎悪の色が薄いのは少し拍子抜けだが』
少しの間、何かを値踏みするような沈黙がある。
『小僧という点を加味すれば、それも俺好みだ』
昔と全く変わらないその物言いに俺も苦笑いが出てしまう。
「昔からあんたは正しいとか間違ってるじゃなくて、好き嫌いでしか言わないよな。
今はそんなあんたが羨ましいよ」
そして俺も素直に答えられるような感覚がした。
「ああ、少し疲れたみたいだ、どこか別の場所にいきたいって思うよ。本当に」
声が色めき立つ。
『同意は取れたとするぜ!安心しろ、仁!何も悪くしようとは思わない。
それじゃあ一言、復唱しな。
我、ケティアスの名の下に、誓う!』
なんだか仰々しいなと思いつつ、同じ言葉をなぞる。
「我、ケティアスの名の下に、誓う」
その言葉をした瞬間に何かが揺れた音がした。
いや音はしてない、自分の頭上で何かが割れた。
それは黒だった。
禍々しい泥がスライムのように垂れてきているのだ。
仁はただ唖然とするしかない。そしてその瞬間に
黒い泥から2つに割れたように大きな口が開かれ、
守屋 仁はその身体全てを怪物に食べられた。
後日、新聞で1人の男性が山で行方不明になった報道が流れるのだった。