神権剥奪   作:蒼天美茶

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 予想だにしない門からの異常は、大都市『セレン・フォレスト』に混乱と警戒を広めた。

 石畳が敷き詰められた聖大通り。その中央を、ジンは一歩、また一歩と踏みしめるように進む。腰に下げた鉄棍が、歩みに合わせてカチリ、カチリと金属音を立て、それが死神の秒針のように周囲の空気を凍らせていった。

「不法侵入者だ! 門番は何をしていた!」

「総員、得物を抜け! 魔力強化急げ!」

 通りの各所から、白銀の甲冑に身を包んだ指衛士たちが沸き出すように現れた。その数、およそ二十。彼らは一糸乱れぬ動きでジンを包囲する。

 彼らは「御手」のように神気を直接練れるほどの加護は持たない。しかし、神殿で洗練された魔力運用による肉体強化と、幾重もの付与魔法が施された長槍を操る、文字通りの精鋭たちだ。

 ジンの前方に立つ三人の衛士が、同時に床を蹴った。

 魔力によって爆発的に高められた脚力が、石畳を撥ね飛ばす。

「死ね、狂人が!」

 三方向からの同時刺突。長槍の穂先が魔力の光を帯び、空気を焼く音を立ててジンの急所へ殺到する。

 ジンは、あえてその中心へと踏み込んだ。

 鉄棍のリーチは短い。懐に潜り込まねば、この武器の真価は発揮できない。

 紙一重。ジンの首筋を、脇腹を、魔力の刃がかすめていく。だが、確信がある、この程度では自分は傷つかないという予測と三日間の強行軍で極限まで研ぎ澄まされたジンの感覚は、それらすべての軌道を「止まって」見えるほどに捉えていた。

「……まずは一人」

 ジンは最も右側の衛士の懐に沈み込み、鉄棍をその腹部へ「押し当てた」。

 振りかぶる動作すらない。ただ、腕に溜まった「脈動」を、鉄の質量と共に解き放つ。

 ――ドォォォンッ!!

 それは打撃音ではなく、大砲の射撃音に近かった。

 魔力で強化されていたはずの甲冑が、接触面から一瞬でひしゃげ、衛士の巨体は「く」の字に折れ曲がって後方の民家へと弾き飛ばされた。レンガの壁を貫通し、砂塵が舞い上がる。

「なっ……なんだ、今の腕力は!?」

 残る二人が驚愕に目を見開くが、ジンに止まる気配はない。

 背後から迫る長槍の風切り音。ジンは振り向くことなく、半身を翻してそれを回避すると、空いた左手で槍の柄を掴み、強引に引き寄せた。

 

 引き寄せられた衛士の顔面に、ジンの右手に握られた鉄棍の柄頭(つかがしら)がめり込む。

 ガッ、という短い音と共に、男の意識は一瞬で闇に沈み、そのまま石畳を数メートル転がっていった。

「包囲を緩めるな! 数で押せ!」

 指揮官らしき男の号令と共に、残る十数人が一斉に魔法障壁を展開し、盾を並べて突撃してくる。

 四方八方からの包囲。ジンは目を細め、腰を深く落とした。

 一人が突き出す。ジンはそれを最小限の動きで避け、カウンターの膝蹴りで沈める。

 左から斬りかかる。ジンは鉄棍の側面でそれを受け流し、その勢いのまま、鉄塊の質量を相手の鎖骨へ叩き落とす。

 バキ、という嫌な音が響き、衛士が崩れ落ちる。

 

 避けては打ち、打っては避ける。

 無駄な大振りは一切ない。リーチの短さを、恐るべき踏み込みの速度と、一度触れれば確実に部位を破壊する鉄棍の質量で補っている。

 魔力による強化など、圧倒的な膂力の前では、薄い紙細工と変わらなかった。

 最後の一人――指揮官の男が、絶望に顔を歪ませながら剣を振り上げた。

「化け物め……! 神の加護があるこの街で、なぜ貴様のような者が!」

「加護、か」

 ジンは、男の剣筋を鉄棍の腹で弾き飛ばし、その無防備な胸倉を掴み上げた。

「……ハーレウトとやらに祈っていろ、多少はマシにすむ加護が与えられるようにな」

 ジンの瞳には、もはや怒りすらなく、ただ氷のような冷徹さだけが宿っていた。

 ジンは、男を無造作に放り投げ、最後の一振りを加えた。

 

 ドッ、という鈍い衝撃。

 指揮官の体は、聖大通りの奥にある噴水まで一直線に吹き飛び、水柱を上げて沈んだ。

 静寂が戻る。

 石畳の上には、ピクリとも動かない精鋭たちの残骸が転がっている。

 ジンは、血に汚れた鉄棍を一度だけ鋭く振って、付着した脂を振り払った。

 

 顔を上げると、白亜の神道の突き当たり――教会大聖堂のバルコニーには、今しがたの惨劇を、まるで舞台鑑賞でもするかのように見下ろしている男がいた。

 ボーゼンライト・ゲールウィン。

 その隣には、シアに肩を抱かれながら、愕然としてこちらを見つめるジェシカの姿もあった。

 ジンは鉄棍を肩に担ぎ、冷徹な殺意を湛えた瞳で、高所に座す「神の代理人」を射抜いた。

「――そこか」

 ジンの声は、ただ確認するかのように無機質だった。

 何人も彼の歩みを止められない。

 神の恩恵溢れる地で獲物はどちらなのか、それを知る者はいない。

 

 

 

聖大通りの噴水に沈んだ指揮官を背に、ジンは止まることなく神殿の階段を駆け上がっていた。

 背後からは増援の足音が響いているが、今のジンに彼らとまともに付き合う余裕はない。最大限、戦闘を避けつつ、獲物が待つ場所へ最高速度で辿り着かなくてはならない。

「逃がすな! 大聖堂の回廊で仕留めろ!」

 追っ手の声を、ジンは背中で聞いた。彼は正面の重厚な扉を鉄棍の石突きで突き破り、神殿内部の螺旋回廊へと飛び込む。

 装飾過多な廊下を、最短距離で突き進む。立ちふさがる数人の衛士を、止まることなく弾き飛ばし、あるいは鉄棍のいなしで退け、ジンはひたすらに「上」を目指した。

 だが、大聖堂の中層、光が差し込む大回廊に出た瞬間。

 ジンの本能が、全身の毛を逆立てるほどの殺気を感知した。

「――やはり来たか、人間の紛い物が」

 回廊の中央。五年前、オーガの襲撃に派遣されてきた隊の隊長であった男――以前とは違い白銀の重装甲を纏い、、バルカスが立っていた。

 彼の纏う空気は、先ほどまでの衛士たちとは一線を画している。その全身からは、薄らと、しかし確かな質量を持った青白い炎のような渦が立ち上っていた。

「五年前、オーガ討伐の褒賞として与えた慈悲を、貴様は踏みにじった。……今度は、その汚らわしい命ごと葬ってやろう」

 バルカスが腰の長剣を抜く。その瞬間、渦が剣身に収束し、空気そのものが震えた。

 ジンは無言で鉄棍を正眼に構える。右腕の血管が浮き上がり、鉄塊の質量がジンの重心を深く、鋭く固定した。

 激突は、瞬きの一撃だった。

 バルカスが踏み込んだ。魔力強化を超えた「神気」による加速。ジンの動体視力をもってしても、それは一条の光にしか見えなかった。

「が……っ!」

 ジンは反応できずに強い衝撃を腹に感じた。ドゴォ!と鈍い音が響き、ジンの身体は後方の石柱まで吹き飛ばされる。柱に亀裂が入り、頭上から砂埃が舞った。

「……木偶に相応しく硬いではないか」

 バルガスは同時に戦慄していた。神気で練り上げた必殺の一撃で切り裂くことが叶わなかった事実に。

 ジンは痺れるような熱さを腹から胸にかけて感じていたが、斬れていないことを確認したあとは痛みを無視した。ただの物理攻撃ではない。剣を通じて直接、神経を焼くような神気の衝撃が叩き込まれたのだ。

「驚いたか? これが『五本指』にのみ許された、神の一端に触れる力だ。貴様の振るう泥臭い暴力など、この輝きには届かん」

 バルカスの追撃。流麗な剣筋が、ジンの回避を先読みするように四肢を狙う。

 ジンは鉄棍を振り回すが、バルカスはその質量に触れることすらさせない。最小限の動きでかわし、空いた隙間に神気を込めた刺突を叩き込む。

 ジンは戦士としての経験値の差を如実に感じていた。

 度重なる斬撃にジンの頬が裂け、肩から血が噴き出した。

(速い……それに、この妙な膜はなんだ……!)

 ジンの鉄棍がかすっても、バルカスの纏う神気の壁が衝撃を霧散させてしまう。五年間、ガイゼンの元で狩人として培った技術が、神の理に守られた「本物の戦士」を前にして、初めて壁にぶつかっていた。

「終わりだ。地の底で後悔するがいい」

 バルカスが剣を高く掲げる。神気が渦を巻き、必殺の一撃が形成される。

 その絶体絶命の瞬間、ジンの心臓が、これまでで最も大きく跳ねる。

 脈動――。

 それは恐怖への反応ではない。壊すべき「強者」を前にした、心の奥の魂の飢えだった。

 右腕に集中していた熱が、一気に全身を駆け巡る。視界から色が消え、バルカスの纏う神気の「揺らぎ」だけが鮮明に浮き上がった。

「なにぃっっつ!」

「――おおぉぉぉ!!」

 ジンは逃げるのではなく、バルカスの剣の振り下ろしに合わせて、自ら懐に飛び込んだ。

 死を覚悟した特攻ではない。神気の壁が最も薄くなる「攻撃の瞬間」を狙った、観察ゆえの突進。

 剣がジンの左肩を深く切り裂くべく、迫るがジンの身体から発される神気により表面を滑るだけに止められる。

 空いた右腕。限界まで捻り上げた腰の回転。そこに、ジンの全存在を乗せた鉄棍が振り抜かれた。

 ――ガァァァァァンッ!!!

 神気の防壁ごと鎧を粉砕する衝撃が広間にひびく。

 鉄棍はバルカスの側腹部を直撃し、神の加護が施された重装甲を、中の肉体ごと文字通り粉砕した。

 バルカスの勝ちに驕っていた顔が驚愕に歪む。彼は言葉を発する暇もなく、回廊の壁を突き破り、神殿の外壁へと叩きつけられた。

 静寂。

 ジンは荒い息をつきながら、虚脱感を無視して立ち上がる。

 全身が熱をもってるかのように熱く、高熱にうなされているかのように怠さが残る。だが、その代わりに手元に残ったのは、神の理を打ち破ったという確信だけだった。

「……待ってろ、ボーゼンライト」

 ジンは、壊れた壁の向こうに広がる最上階のテラスを見上げた。

 

 

 ジンは血に濡れた鉄棍を握りしめながら、最後の大階段を一歩、また一歩と踏みしめていく。

 獲物はもう、目と鼻の先にいた

 

 

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