悔いなき選択 ※休止   作:Jefflocka

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ベート加入後、レックスたちはガネーシャ・ファミリアとの巡回協力を兼ねて、アストレア・フィットネス周辺の街を歩いた。

アストレア・フィットネスに関わる各ファミリアへ感謝と現況報告を行い、支払い・契約・巡回・医療・補給の線を確認する中で、レックスたちは裏路地に遺棄された死体を発見する。

レックスは死体を前にして足を止め、自分がまだ死の現場に慣れていないことを痛感した。
一方で、ザイロ、パトーシェ、ベートはそれぞれの役割で現場を支え、レックスは「止まった時に誰へ任せるか」を学ぶ。

さらに水路橋付近で、ベートが油、血、湿った石の臭いを拾った。
レックスは、地上と地下を繋ぐ闇派閥の連絡線の存在を推測し、いずれ敵の出入り口、そして鍵を押さえる必要があると判断する。

だが、全員が前々話の負傷を完全には癒せていない。
動くべき線は見えた。
しかし、今すぐ走れる体ではなかった。


第18話 星屑の庭、神々を招く日

第18話 星屑の庭、神々を招く日

 

 数日が経った。

 

 怪我は、少しずつ引いている。

 

 だが、消えてはいない。

 

 レックスの頬の布は取れたが、腹の奥にはまだ鈍い痛みが残っている。

 深く息を吸うと、内側に残った打撃の芯が、まだ小さく返事をする。

 

 ザイロは肩を回すたびに、露骨に顔をしかめる。

 本人は「寝違えた」と言い張っているが、寝違えで肩口に青黒い痣は残らない。

 

 パトーシェは歩き方こそ崩さない。

 だが、足首に巻いた布を隠すように、いつもより少しだけ立ち位置が慎重だった。

 

 ベートは「何ともねぇ」と言い続けている。

 そのわりに、壁へ背を預ける角度がいつもより浅い。

 たぶん、背中の傷が響いている。

 

 つまり、星屑の庭には珍しく、休養日らしい空気が流れていた。

 

 戦闘訓練は禁止。

 深い巡回も禁止。

 ダンジョンも当然禁止。

 

 アストレア様の命令である。

 

 食堂では、男三人がそれぞれ違う形で腐っていた。

 

 ザイロは椅子に浅く座り、肩を押さえながら天井を見ている。

 

「暇だな」

 

「暇ではない」

 

 パトーシェが即座に返した。

 

「傷を癒やすことも任務だ」

 

「説教臭ぇ」

 

「事実だ」

 

「パトーシェ、お前は朝から硬ぇな」

 

 パトーシェの眉が動く。

 

「その呼び方を茶化しに使うな」

 

「名前で呼べって言ったのはお前だろ」

 

「利便性を考えて許可しただけだ」

 

「便利に使ってる」

 

「その便利の方向性が不愉快だ!」

 

 レックスは帳面を閉じた。

 

「食堂で呼称論争は禁止にする」

 

 ベートが壁際で腕を組み、心底嫌そうな顔をする。

 

「また規則増えたぞ」

 

「食堂で殺すぞ禁止よりは平和だろ」

 

「あれもお前が勝手に決めたんだろうが」

 

「採用済みだ」

 

 パトーシェが真顔で言う。

 

「採用するなよ」

 

 ベートは吐き捨てた。

 

 アストレア様は、そんな四人を見ながら穏やかに茶を飲んでいた。

 

 穏やかだった。

 

 あまりにも穏やかだった。

 

 こういう時のアストレア様は、だいたい何かを考えている。

 

 レックスは嫌な予感を覚えた。

 

 戦場より当たる経験則だった。

 

「アストレア様」

 

「なにかしら」

 

「何か、決めた?」

 

 敬語が抜けた。

 

 自分で言ってから、少しだけ引っかかる。

 

 アストレア様が、ほんの少し嬉しそうに目を細めた。

 

「今の言い方、いいわね」

 

「え?」

 

「少し肩の力が抜けた」

 

「……そういう問題?」

 

「そういう問題よ」

 

 アストレア様は茶器を置いた。

 

「レックス。今日から少し、敬語を外してみなさい」

 

 食堂が妙な沈黙に包まれた。

 

 ザイロがにやつく。

 

「お、いいじゃねぇか」

 

 パトーシェは真面目に眉を寄せる。

 

「しかし、外部の神々や他ファミリアの幹部に対しては礼節が必要では」

 

「礼節と敬語は同じではないわ」

 

 アストレア様は柔らかく言った。

 

「レックスは、丁寧に話そうとすると少し自分を隠しすぎる。今日みたいな場では、むしろ少し素の言葉で話した方が伝わるかもしれない」

 

 レックスは嫌な予感を覚えた。

 

 今日みたいな場。

 

 まだ何も聞いていないのに、言葉の中に不穏が混ざっている。

 

「アストレア様」

 

「なに?」

 

「今日、何をする気?」

 

 アストレア様は微笑んだ。

 

「神の宴よ」

 

 食堂が止まった。

 

 ザイロの眉が上がる。

 パトーシェが姿勢を正す。

 ベートが露骨に顔をしかめる。

 レックスだけは、一瞬で必要物資量と導線を計算し始めていた。

 

「神の宴」

 

「ええ」

 

「どの範囲で」

 

「ロキ、フレイヤ、ガネーシャ、ヘファイストス、ディアンケヒト、ヘルメス、ミアハ、ゴブニュ、デメテル」

 

 そこまでは、まだ分かる。

 

 分かりたくはないが、関係のある神々だ。

 

 アストレア様は、そこで少しだけ楽しそうに続けた。

 

「それから、セト、ハトホル、セクメト、セルケト、ダミアー、ラートリー。来られる範囲で声をかけているわ」

 

 レックスはゆっくり目を閉じた。

 

 休養日は死んだ。

 

 いや、死んではいない。

 だが、少なくとも穏やかな休養日は棺桶に全身で入った。

 

「急だな」

 

「急ね」

 

「認めるんだ」

 

「認めるわ」

 

 ザイロが吹き出した。

 

「いいな。アストレア様、強ぇ」

 

「笑うなザイロ」

 

 レックスは額に指を当てる。

 

「場所は」

 

「星屑の庭」

 

「人数は」

 

「各ファミリア、主神と眷属三名まで」

 

「料理は」

 

「デメテルに少し相談するわ。こちらでも出すけれど」

 

「警備は」

 

「ガネーシャにも相談するわね」

 

「受付は」

 

「レックス」

 

「うん」

 

「息継ぎ」

 

 レックスは黙った。

 

 ザイロが肩を震わせている。

 

「お前、宴会の話で作戦会議みてぇな顔になってるぞ」

 

「実質作戦だ」

 

「宴だろ」

 

「神が十柱以上来る時点で、宴の皮を被った作戦だ」

 

 ベートが壁から背を離した。

 

「神がそんなに来るのかよ」

 

「来る可能性がある」

 

「帰る」

 

「駄目だ」

 

 パトーシェが即答した。

 

「貴様は新入りだ。最低限、顔を見せろ」

 

「何でだよ」

 

「アストレア様の眷属だからだ」

 

「面倒くせぇ」

 

「面倒から逃げるな」

 

「うるせぇな騎士女」

 

 ザイロがにやにやしながら割り込む。

 

「いいじゃねぇか。神だらけの宴。面白そうだ」

 

「ザイロ、お前は馴れ馴れしくしすぎるな」

 

 レックスが釘を刺す。

 

「誰に言ってんだ」

 

「特にヘルメス」

 

「神に呼び捨てかよ。敬語解除早すぎんだろ」

 

「事故だ」

 

 アストレア様が小さく笑った。

 

「ヘルメスとは、話が合うかもしれないわね」

 

「アストレア様までそれ言うのか」

 

 レックスは本気で頭を抱えた。

 

 パトーシェは真顔で言う。

 

「ザイロ。くれぐれも神々へ不敬を働くな」

 

「へいへい」

 

「その返事がすでに不敬だ!」

 

「まだ誰にも言ってねぇだろ」

 

 ベートがぼそりと呟いた。

 

「俺、絶対行かねぇ」

 

「行く」

 

 レックスが言う。

 

「何でだよ」

 

「お前はロキ・ファミリア、ガネーシャ・ファミリア、フレイヤ・ファミリアの主力に顔を見られる。逃げる方が後で面倒だ」

 

「余計行きたくねぇ」

 

「分かる」

 

 レックスは即答した。

 

 ベートが目を細める。

 

「分かるのかよ」

 

「俺も行きたくない」

 

「じゃあやめろ」

 

「でも必要だ」

 

「最悪だなお前」

 

「知ってる」

 

 アストレア様は、静かに四人を見渡した。

 

「これは、ただの宴ではないわ」

 

 その一言で、全員が少しだけ静かになる。

 

「今まで、星屑の庭は忙しすぎた。建てて、走って、守って、傷ついて、また走ってきた。けれど、助けてくれた人たちへ、ちゃんと顔を合わせて礼を言う時間を作れていなかった」

 

 アストレア様の声は柔らかい。

 

 だが、誰も茶化さなかった。

 

「感謝は、後回しにしすぎると形を失うわ」

 

 レックスはその言葉を、静かに受け取った。

 

 支払いはした。

 報告もした。

 契約も結んだ。

 

 だが、顔を合わせて礼を言うこととは違う。

 

 そこを軽く見ていたかもしれない。

 

「それに」

 

 アストレア様は微笑む。

 

「あなたたち、少し外の人に慣れた方がいいわ」

 

 四人が黙った。

 

 ザイロだけが不満そうに言う。

 

「俺は慣れてるだろ」

 

「ザイロは慣れすぎない練習ね」

 

「どういう意味だよ」

 

「近づき方が雑なの」

 

 パトーシェが深く頷いた。

 

「まったくその通りです」

 

「パトーシェ、お前あとで覚えてろ」

 

「その呼び方の時だけ素直に聞こえるのが腹立たしい」

 

 ベートがぼそっと言う。

 

「変な連中だな、本当に」

 

 レックスは小さく息を吐いた。

 

「分かった。準備する」

 

 アストレア様の目が少しだけ柔らかくなる。

 

 敬語を外したその返事を、彼女は黙って受け取った。

 

「ありがとう、レックス」

 

「ただし、今日中に全体設計だけは固める。招待状、料理、警備、案内、会場配置、怪我人の離脱導線、神々の座席、眷属の待機場所、揉めた場合の隔離場所」

 

「揉める前提なの?」

 

「神々が集まるなら、揉めない前提の方がおかしい」

 

 アストレア様は困ったように笑った。

 

「頼もしいわ」

 

「褒められてる気がしない」

 

「褒めているわ」

 

 こうして、休養日は宴会準備日に変わった。

 

 穏やかな朝は、神々を招くという名の大嵐へ向かって滑り出した。

 

 

 星屑の庭は、昼から妙な熱気に包まれた。

 

 住民スタッフたちは追加の机を運び、厨房では保存食と生鮮品の確認が始まり、アストレア・フィットネスの一階は臨時の受付導線へ変えられた。

 

 レックスは帳面を持って歩き回る。

 

 走ると腹に響くので、早歩きだった。

 その姿をアミッドが見れば叱っただろう。

 いないので助かった。

 

 ザイロは机運びを手伝っていた。

 

 ただし、手伝い方が雑だった。

 

「ザイロ、床を傷つけるな!」

 

 パトーシェの声が飛ぶ。

 

「傷つかねぇよ」

 

「今、音がした!」

 

「床が強くなった音だ」

 

「意味不明なことを言うな!」

 

 ベートは椅子を運ぶ係にされた。

 

「何で俺がこんなこと」

 

「速いから」

 

 レックスが答える。

 

「俺の速さを椅子運びに使うな」

 

「適材適所だ」

 

「殺すぞ」

 

「準備中に殺すぞも禁止にする」

 

「増やすな!」

 

 パトーシェは意外にも、会場整理がうまかった。

 

 机の配置。

 通路幅。

 神々の導線。

 眷属の待機位置。

 警備の立ち位置。

 

 全部を真面目に見ている。

 

「パトーシェ」

 

「何だ」

 

「助かる」

 

 レックスが言うと、パトーシェは一瞬だけ黙った。

 

「当然のことをしている」

 

「それでも助かる」

 

「……そうか」

 

 ザイロが遠くからにやつく。

 

「お、褒められて嬉しそうだな、キヴィア」

 

「ザイロ!」

 

「何だよ、距離を置いた呼称だろ」

 

「今は距離を置く必要がない!」

 

「じゃあパトーシェでいいのか?」

 

「そういう問題ではない!」

 

 ベートが椅子を抱えたまま呟いた。

 

「何だこの会話」

 

「慣れろ」

 

 レックスが返す。

 

「慣れたくねぇ」

 

 それから、レックスは一度だけ厨房へ消えた。

 

 誰にも見られないように、棚の奥へ紙包みを隠す。

 

 じゃが丸くんだった。

 

 緊急用である。

 

 誰の緊急かと問われれば、アイズの緊急であり、自分の緊急でもある。

 

 腹が減ると判断は鈍る。

 糖質は必要だ。

 だからこれは備品だ。

 

 そういうことにした。

 

 自分でも少し無理があると思ったが、帳面に書かなければ問題はない。

 

 レックスは紙包みを棚の奥へ押し込み、何食わぬ顔で食堂に戻った。

 

 ちょうどアストレア様と目が合った。

 

「レックス」

 

「何?」

 

「今、何か隠した?」

 

「緊急用」

 

「何の?」

 

「後で分かる」

 

 アストレア様は少しだけ目を細め、それから小さく笑った。

 

「悪い顔」

 

「そんなことはない」

 

「少しだけ、楽しそうよ」

 

 レックスは返事をしなかった。

 

 たぶん、少しだけ楽しみにしていた。

 

 騒がしいのは嫌いではない。

 

 自分が中心に立つのは苦手だ。

 だが、誰かが騒ぎ、誰かが笑い、それを少し離れた場所から眺めている時間は悪くない。

 

 それを言うと、またアストレア様に見透かされそうだったので黙った。

 

 

 夕刻。

 

 星屑の庭の灯りが増えた。

 

 本館前の広場には布飾りがかけられ、食堂には大きな机が並び、庭には簡易の立食席も用意された。

 アストレア・フィットネス一階は受付兼見学導線になっている。

 

 そして、最初の神が来た。

 

 門の向こうから、先に声だけが飛んできた。

 

「俺がガネーシャだ!!!!」

 

 星屑の庭の空気が、到着前から揺れた。

 

 レックスは帳面から顔を上げた。

 

「……来たな」

 

 ザイロが肩を揺らして笑う。

 

「自己紹介で建物揺らす神、初めて見たぞ」

 

 パトーシェは真顔で姿勢を正した。

 

「失礼だぞ、ザイロ。だが、声量は確かに凄まじい」

 

 ベートは耳を押さえた。

 

「うるせぇ……神って全員こうなのかよ」

 

 アストレア様は困ったように、けれど少し楽しそうに微笑んだ。

 

「いいえ。ガネーシャだけよ」

 

 門をくぐってきたのは、ガネーシャ。

 シャクティ。

 アーディ。

 もう一人、警備担当の眷属。

 

 アーディは手を振りながら入ってきた。

 

「やっほー! すごい、ちゃんと宴だ!」

 

 パトーシェが丁寧に頭を下げる。

 

「ようこそお越しくださいました、ガネーシャ様。シャクティ殿、アーディ殿」

 

「堅い堅い! パトーシェ、もっと楽にしていいよ!」

 

「楽にと言われてもだな」

 

 アーディが近い。

 

 やはり近い。

 

 パトーシェの肩が少し上がる。

 

「ち、近い! 貴様、相変わらず距離が近い!」

 

「今日も可愛い!」

 

「かわっ……!? 違う、私は警備導線の確認をだな!」

 

 ザイロが横で吹き出した。

 

「始まったな」

 

 レックスは小さく頷いた。

 

「始まった」

 

 次に来たのはミアハだった。

 

 穏やかな笑顔と、ナァーザを連れている。

 

「今日は招いてくれてありがとう、アストレア」

 

「こちらこそ、来てくれてありがとう」

 

 ミアハの空気はやわらかい。

 一瞬で場の角が取れる。

 

 続いて、ゴブニュ。

 

 無口な神と、職人たち。

 彼らは宴の料理より先に壁と床を見た。

 

「……補強は持っているな」

 

 職人の一人が呟く。

 

 ベートがぼそっと言う。

 

「蹴ったら分かるか」

 

「蹴るな」

 

 レックス、パトーシェ、ザイロの声が重なった。

 

 職人がベートを睨む。

 

「蹴ったら修理費は三倍だ」

 

「何でだよ」

 

「精神的損耗費だ」

 

 ザイロが笑った。

 

「職人も言うじゃねぇか」

 

 その後、ヘファイストスが来た。

 

 椿を伴っている。

 

 ヘファイストスは落ち着いた気品をまとい、施設を見上げた。

 

「良い形で回っているようね」

 

「あなた方のおかげです」

 

 アストレア様が礼を言う。

 

 椿は豪快に笑った。

 

「鍛える器を作った以上、ちゃんと使えよ! ただし壊すな!」

 

 その視線がザイロとベートを刺す。

 

「何で俺を見る」

 

 ザイロが言う。

 

「何で俺も見る」

 

 ベートが言う。

 

 椿は笑った。

 

「壊しそうな顔をしてるからだ!」

 

「否定できねぇな」

 

 ザイロは肩をすくめた。

 

 ベートは不満そうに舌打ちした。

 

 ディアンケヒトとアミッドが来た時、レックスとベートは同時に少しだけ姿勢を正した。

 

 理由は明確だった。

 

 怒られるからだ。

 

 アミッドは入ってくるなり、四人を見た。

 

「まだ全員、完治していませんね」

 

 第一声がそれだった。

 

 レックスは目を逸らした。

 

 ベートも逸らした。

 

 ザイロは笑って誤魔化そうとした。

 

 パトーシェだけが真面目に答える。

 

「はい。ですが、本日は戦闘ではなく宴のため」

 

「宴でも無理に動く人はいます」

 

 アミッドの視線がレックスへ向く。

 

「特にあなた」

 

「俺?」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

 ベートが小さく笑った。

 

 アミッドの視線がそちらへ移る。

 

「あなたもです」

 

「……」

 

 笑いが消えた。

 

 ザイロが肩を震わせる。

 

「いいねぇ、治療師様は容赦ねぇ」

 

「あなたも肩を悪化させていませんか」

 

「してねぇ」

 

「本当に?」

 

「……少しだけ」

 

「あとで見ます」

 

「宴だぞ?」

 

「宴です。治療行為はできます」

 

 ディアンケヒトは満足そうに頷いた。

 

「うちのアミッドは優秀だからな」

 

 レックスは内心で思った。

 

 優秀なのは知っている。

 怖い。

 

 次にヘルメスが来た。

 

 にこやかな笑顔。

 どこか胡散臭い足取り。

 そして、その後ろにアスフィ。

 

「やあやあ、アストレア! 招待ありがとう!」

 

「来てくれてありがとう、ヘルメス」

 

 ヘルメスは場を見渡し、レックスたちへ目を向けた。

 

「いやあ、いい庭になってきたねえ。若い眷属も増えて、灯りも増えて、なかなか賑やかだ」

 

 ザイロがぼそっと言った。

 

「胡散臭ぇ神だな」

 

 レックスは即座に肘で小突いた。

 

「ザイロ」

 

 だが、ヘルメスは笑った。

 

「ははっ、いいねえ。正直な子は嫌いじゃないよ」

 

 ザイロが口元を歪める。

 

「俺も、胡散臭い奴は嫌いじゃねぇ」

 

「ザイロ!」

 

 パトーシェが青ざめる。

 

 ヘルメスは腹を抱えて笑った。

 

「最高だ。君、名前は?」

 

「ザイロ」

 

「覚えたよ。ザイロ君」

 

「覚えなくていい」

 

「そう言われると覚えたくなるんだよね」

 

「面倒な神だな」

 

「よく言われる」

 

 アスフィが頭を押さえた。

 

「ヘルメス様。初対面で悪化しないでください」

 

「アスフィくん、彼とは話が合いそうだ」

 

「最悪です」

 

 レックスは小声で言った。

 

「だから言っただろ。相性が悪い意味で良い」

 

 パトーシェが真顔で頷く。

 

「即刻監視対象だ」

 

 ザイロは楽しそうだった。

 

 非常に楽しそうだった。

 

 たぶん今日一番、本調子に近い。

 

 そして最悪なことに、ヘルメスも楽しそうだった。

 

 レックスは帳面に小さく書いた。

 

 ザイロ・ヘルメス接触時、要監視。

 

 アスフィが横から覗き込んだ。

 

「それ、私も同意します」

 

「助かる」

 

「助かる前に止めてください」

 

「努力する」

 

「努力では不安です」

 

 まったくその通りだった。

 

 

 その後も、神々は次々と来た。

 

 セトは砂色の外套をまとった眷属を連れてやって来た。

 寡黙だが、目が鋭い。

 礼儀もあり、必要以上に騒がない。

 

 パトーシェが珍しく安心した顔をした。

 

「ああいう落ち着いた者たちだけなら、宴も悪くないな」

 

「すぐ隣を見ろ」

 

 レックスが言う。

 

 隣ではガネーシャが大声で笑っていた。

 

「俺がガネーシャだ!!!!」

 

 パトーシェは目を閉じた。

 

「……現実は厳しい」

 

 ハトホルは艶やかな笑みを浮かべ、デメテルと料理の香りについて話し始めた。

 セクメトは妙に荒っぽく笑い、怪我人だらけの星屑の庭を見て「血気が多いわね」と言った。

 セルケトは薬草と毒草の話でミアハと静かに盛り上がり、ナァーザが少しだけ引いていた。

 ダミアーは場の華やかさに似合わず、やたらと現実的な物資管理の話をレックスへ振ってきた。

 ラートリーは小さく笑いながら、神々の席の端で全体を観察していた。

 

 ソーマは来なかった。

 

 代わりに、一人の眷属が無言で酒樽を置いていった。

 

 レックスはそれを見て、帳面に記録する。

 

「ソーマ・ファミリア、酒樽一つ。感謝状を後で出す」

 

 ザイロが横から覗く。

 

「律儀だな」

 

「酒は高い」

 

「そこかよ」

 

「そこも大事だ」

 

 ベートは神々が増えるたびに壁際へ後退していった。

 

 最終的には、ほぼ壁と同化していた。

 

 ただし、料理の皿だけは増えている。

 

 不思議だ。

 

 

 ロキ・ファミリアが来た時、空気が変わった。

 

 ロキ。

 フィン。

 リヴェリア。

 アイズ。

 

 眷属三名までという条件なら、これ以上なく濃い。

 

「おー、アストレア! えらい立派な宴やんけ!」

 

「来てくれてありがとう、ロキ」

 

「そら来るわ。なんや面白そうな匂いするしな!」

 

 ロキの目が、すぐにレックスへ向く。

 

「で、君がうちのアイズたんをじゃが丸くんで釣る男か」

 

 レックスは一瞬で固まった。

 

 なぜ知っている。

 

 答えはすぐ横にあった。

 

 アイズが、ロキの隣からまっすぐこちらへ歩いてきた。

 

「レックス」

 

「……来たのか」

 

「来た」

 

「見れば分かる」

 

「うん」

 

 アイズはそう言って、当然のようにレックスの隣に立った。

 

 誰に許可を取るでもない。

 遠慮もない。

 まるで最初からそこが空席だったかのような自然さだった。

 

 その自然さのせいで、逆に周囲が不自然になった。

 

 ロキが目を見開く。

 

「ちょ、アイズたん? 近ない?」

 

「近い」

 

「自覚あり!?」

 

 フィンは口元に笑みを浮かべていた。

 

「なるほど。話には聞いていたけど、これは予想以上だね」

 

 リヴェリアはアイズを見て、それからレックスを見た。

 

「珍しいな」

 

「俺に言われても困る」

 

 敬語を外した返しに、リヴェリアの目がわずかに細くなった。

 

 怒ったのではない。

 観察された。

 

「少し変わったか」

 

「変わったかもしれない」

 

「悪くはない」

 

「それはどうも」

 

 ロキがにやにやする。

 

「お、なんや君、前より口が砕けとるやん」

 

「今日から少し外せと言われた」

 

「誰に?」

 

「アストレア様」

 

「ええやん。おもろい」

 

 アイズはレックスの横で、じっと彼を見上げる。

 

「疲れてる」

 

「全員疲れてる」

 

「あなたは別」

 

「何が」

 

「頭が疲れてる」

 

 レックスは一瞬だけ言葉を失った。

 

 ザイロがにやりとする。

 

「剣姫、刺すじゃねぇか」

 

 アイズはザイロを見る。

 

「あなたも疲れてる」

 

「俺は肩だ」

 

「口も」

 

 ザイロが止まった。

 

 パトーシェが吹き出しかけて、咳払いで誤魔化す。

 

 ベートが低く笑った。

 

「いいぞ、もっと言え」

 

 アイズは今度はベートを見る。

 

「あなたは速そう」

 

「……あ?」

 

「でも、止まれなさそう」

 

 ベートの眉が跳ねる。

 

「てめぇに何が分かんだよ」

 

「分かる」

 

「分かるって何だよ」

 

「似てる」

 

 ベートの顔から笑いが消えた。

 

 レックスは即座に割り込む。

 

「アイズ、初対面の相手を一撃で刺すな」

 

「刺してない」

 

「言葉で刺した」

 

「……ごめん」

 

 アイズは素直に謝った。

 

 ベートは居心地悪そうに顔を背ける。

 

「気に食わねぇ女だな」

 

「あなたも」

 

「喧嘩売ってんのか」

 

「売ってない」

 

 リヴェリアが額に手を当てた。

 

「アイズ、もう少し言葉を選べ」

 

「選んだ」

 

「選んでそれか」

 

 フィンは楽しそうに見ていた。

 

 レックスは本気で疲れた。

 

 宴が始まる前から、すでに消耗している。

 

 

 最後に、フレイヤが来た。

 

 場の温度が変わった。

 

 静かに。

 しかし確実に。

 

 美しい神だった。

 

 ただ美しいだけではない。

 視線が向くだけで、そこにいた者たちの呼吸が半拍遅れる。

 男も女も、神も眷属も関係なく、場そのものが彼女を認識してしまう。

 

 フレイヤは、オッタル、アレン、ヘディンを伴っていた。

 

 アストレア様が迎える。

 

「来てくれてありがとう、フレイヤ」

 

「招いてくれて嬉しいわ、アストレア」

 

 声まで静かに整っている。

 

 ザイロが小声で言う。

 

「すげぇ神だな」

 

「声量を落とせ」

 

 レックスが返す。

 

 ベートは腕を組んだまま、不機嫌そうに目を逸らしている。

 ただし、完全に無視はできていない。

 

 フレイヤの視線が、レックス、ザイロ、パトーシェ、ベートを順に撫でた。

 

 不思議な感覚だった。

 

 見られる、というより、透かされる。

 

 レックスは背筋を伸ばした。

 

 本調子ではない。

 場慣れもしていない。

 敬語も外れたばかりで、言葉の置き場が少し危うい。

 

 だが、崩れるわけにはいかない。

 

 フレイヤは微笑んだ。

 

「面白い庭ね」

 

 それだけだった。

 

 それだけで十分だった。

 

 ヘディンが静かに周囲を見ている。

 アレンは明らかに退屈そうだ。

 オッタルはただ立っているだけで圧がある。

 

 ベートがその圧に反応した。

 

 獣の本能が、強者を見たのだろう。

 

 オッタルもベートを見る。

 

 何も言わない。

 

 だが、そこだけ一瞬、空気が硬くなった。

 

「やめろ」

 

 レックスが小声で言う。

 

「まだ何もしてねぇ」

 

 ベートが返す。

 

「する前の顔だ」

 

「気色悪ぃな、お前」

 

 アイズが横から言った。

 

「強い」

 

 オッタルを見ている。

 

「そうだな」

 

 レックスは答える。

 

「戦う?」

 

「戦わない」

 

「そう」

 

「少し残念そうにするな」

 

 リヴェリアが遠くから頭を押さえていた。

 

 ロキが笑っている。

 

「ええなあ、今日はおもろいなあ!」

 

 宴はまだ始まったばかりだった。

 

 なのに、レックスはすでに少し帰りたかった。

 

 

 アストレア様の挨拶で、神の宴は正式に始まった。

 

「今日は来てくれてありがとう」

 

 食堂と庭の間に設けられた広い場で、アストレア様は穏やかに立っていた。

 

「星屑の庭は、まだ小さなファミリアです。けれど、アストレア・フィットネスを立ち上げ、街の中で少しずつ役割を持ち始めました」

 

 ガネーシャが腕を組んで頷く。

 ヘファイストスは静かに聞いている。

 ヘルメスはにこにこしている。

 ロキは興味深そうに目を細めている。

 フレイヤは微笑んでいる。

 ミアハは穏やかに。

 ゴブニュは無言で。

 デメテルは料理の並びを少し誇らしそうに見ている。

 セトは寡黙に、ハトホルは笑みを浮かべ、セクメトは腕を組み、セルケトは杯の中身をじっと観察していた。

 

「それは、私たちだけではできなかったことです。建ててくれた人、器具を作ってくれた人、薬を届けてくれる人、治療の線を繋いでくれる人、巡回に協力してくれる人、知恵を貸してくれる人。たくさんの手があって、今の庭があります」

 

 レックスはその言葉を聞きながら、少しだけ目を伏せた。

 

 そうだ。

 

 全部、線だ。

 

 自分たちだけで立っているわけじゃない。

 

 ザイロは斜め後ろで腕を組んでいる。

 パトーシェは真面目に立っている。

 ベートは壁際で不機嫌そうにしている。

 だが、三人とも黙って聞いていた。

 

「今日は、そのお礼を言うための宴です」

 

 アストレア様は微笑んだ。

 

「どうか、ゆっくり過ごしていってください」

 

 拍手が起きた。

 

 神々の宴が始まった。

 

 

 最初は、ちゃんとした宴だった。

 

 少なくとも、最初だけは。

 

 ガネーシャは声が大きい。

 ヘルメスはどこにでも顔を出す。

 ロキはアイズをからかい、リヴェリアに叱られ、フィンは全体を見ている。

 ヘファイストスとゴブニュは建物と器具について話し込み、椿と職人たちは負荷の耐久性で盛り上がる。

 ミアハとデメテルは料理と薬草の話をしている。

 ディアンケヒトは医療費と契約の話になると急に商売の顔を見せ、アミッドはレックスたちの怪我をじっと見ている。

 セクメトはザイロを見て「目つきが良い」と笑い、ザイロが「褒め方が物騒だな」と返した。

 セルケトはミアハの薬草に興味を示し、ナァーザがなぜか小さく緊張していた。

 ハトホルはアーディと並ぶと、場の華やかさが少し増えすぎて、パトーシェが目を泳がせた。

 

 レックスとベートは、本調子ではなかった。

 

 理由は単純だ。

 

 神が多すぎる。

 

 レックスは敬語を外したせいで、逆に言葉の置き場が分からなくなっていた。

 

 丁寧語なら逃げ道がある。

 定型文に入ればいい。

 だが、素の言葉で神々と話せと言われると、急に足場が泥になる。

 

 ベートはそもそも神々の空気が苦手らしく、壁際からほとんど動かない。

 

 アストレア様がベートに近づいた。

 

「食べていますか?」

 

「……食ってる」

 

「美味しい?」

 

「……悪くねぇ」

 

 その返事を聞いたアーディがにやにやした。

 

「ベート、アストレア様には素直なんだ!」

 

「うるせぇ」

 

 ロキまで食いつく。

 

「ほーん? 狼くん、神嫌いっぽい顔しとるのにアストレアには素直なんやなあ」

 

「殺すぞ」

 

「宴で殺すぞは禁止」

 

 レックスが遠くから即座に言った。

 

「また増えた!」

 

 ベートが吠える。

 

 ガネーシャが笑う。

 

「よい規則だ!」

 

「よくねぇ!」

 

 場が笑いに包まれる。

 

 ベートは完全に不機嫌になった。

 

 しかし、料理の皿は手放していない。

 

 食べてはいる。

 

 悪くないらしい。

 

 その時だった。

 

 ザイロが、何の前触れもなく言った。

 

「なあ、駄犬」

 

「あ?」

 

「食ってばっかで動かねぇのか。脚が速いだけで、腕は弱ぇのか?」

 

 ベートの耳が動いた。

 

 レックスは茶を飲みながら、その瞬間を見た。

 

 あ、釣れた。

 

「誰の腕が弱ぇって?」

 

 ベートが低く言う。

 

 ザイロは笑う。

 

「お前の」

 

「殺すぞ」

 

「宴で殺すぞは禁止」

 

 レックスが言った。

 

「じゃあ殴る」

 

「殴るも禁止」

 

「蹴る」

 

「料理台から三歩以内では禁止」

 

「細けぇんだよ!」

 

 ガネーシャが立ち上がった。

 

「ならば腕相撲だ!」

 

 その声が、庭に響いた。

 

 場が止まる。

 

 ザイロが笑った。

 

 ベートが鼻で笑った。

 

 ロキの目が輝いた。

 

 ヘルメスが杯を掲げた。

 

 セクメトが楽しそうに笑った。

 

 アーディが飛び跳ねた。

 

 アスフィはすでに頭を押さえた。

 

「始まったな」

 

 レックスは茶を置いた。

 

 アストレア様が隣に来る。

 

「止めないの?」

 

「まだ壊れてない」

 

「基準が物騒ね」

 

「壊れたら止める」

 

 そう言いながら、レックスは少しだけ口元を緩めていた。

 

 腕相撲台として、頑丈な机が中央へ運ばれた。

 

 ゴブニュの職人が机の脚を確認する。

 

「この机なら耐える」

 

 ヘファイストスが静かに言う。

 

「床を傷つけないこと」

 

 その声だけで、ザイロとベートが少しだけ姿勢を正した。

 

 怖い。

 

 鍛冶の女神の圧は、物理的な重さがある。

 

「第一回!」

 

 ガネーシャが叫ぶ。

 

「星屑の庭、腕相撲大会だ!」

 

「勝手に大会名をつけるな」

 

 レックスが遠くから言う。

 

「ならば、ガネーシャ杯だ!」

 

「だから増やすな」

 

「俺がガネーシャだ!!!!」

 

「理由になってない」

 

 ザイロとベートが向かい合う。

 

「負けたらどうすんだ、駄犬」

 

「てめぇが負けたら、その口縫え」

 

「いいぜ。お前が負けたら椅子運び百脚な」

 

「殺すぞ」

 

「禁止」

 

 レックスが言う。

 

 アイズが横から見上げる。

 

「楽しそう」

 

「楽しいのか?」

 

「たぶん」

 

「腕相撲に興味あるのか」

 

「少し」

 

「参加は駄目だ」

 

「どうして」

 

「ロキとリヴェリアが倒れる」

 

 アイズは少し考えた。

 

「じゃあ見てる」

 

「それでいい」

 

 開始の合図は、なぜかガネーシャが担当した。

 

「始めるぞ!」

 

 腕が組まれる。

 

 ザイロの目が笑っていない。

 ベートの牙が見えている。

 

 怪我人同士で何をしているのか。

 

 アミッドの視線が、すでに冷たかった。

 

 だが、始まった。

 

 机が軋む。

 

「ぐっ……!」

 

「てめぇ、腕も意外と重ぇな」

 

「てめぇこそ、細いくせに粘るじゃねぇか!」

 

 ロキが大笑いする。

 

「ええぞええぞ! 狼くん押せ押せ!」

 

 ヘルメスが叫ぶ。

 

「いや、ザイロ君は粘りがいい! これは読めないねえ!」

 

 アスフィが即座に言う。

 

「賭けにしないでください」

 

「まだ言ってないよ」

 

「顔に出ています」

 

 セクメトが杯を掲げる。

 

「血気があっていいじゃない!」

 

 ハトホルが笑う。

 

「若いって華やかねえ」

 

 パトーシェは眉を吊り上げていた。

 

「このような場で、怪我人が力比べなど」

 

 アーディが横から言う。

 

「パトーシェ、止める?」

 

「当然だ」

 

「でもちょっと見たいでしょ?」

 

「見たくない」

 

「本当に?」

 

「……安全確認のために見る必要はある」

 

「見たいんだ!」

 

「違う!」

 

 ザイロの腕が少し倒れかけた。

 

 ベートが笑う。

 

「終わりだな」

 

「馬鹿が」

 

 ザイロの手首がわずかにずれた。

 

 力ではなく、角度を変えた。

 

 ベートの力が机へ逃げる。

 

「っ、てめぇ!」

 

「真正面だけだと思ったか」

 

 ザイロの腕が戻る。

 

 パトーシェが思わず言った。

 

「ザイロ、今の角度は良い!」

 

 場が止まった。

 

 ザイロがにやりとする。

 

「応援か?」

 

「ち、違う! 技術的に見てだな!」

 

 ベートが叫ぶ。

 

「騎士女、どっちの味方だ!」

 

「私は正しい動きを評価しただけだ!」

 

 レックスは茶を飲んだ。

 

「相乗りしたな」

 

 アストレア様が笑う。

 

「嬉しそうね」

 

「まあ」

 

 机が鳴った。

 

 最初は、ぎしり、だった。

 次は、みしり、だった。

 最後は、誰が聞いても分かる音だった。

 

 ばきん。

 

 ザイロとベートの肘の下で、机の天板が割れた。

 

 沈黙。

 

 ゴブニュの職人が、ゆっくり目を閉じた。

 

 ヘファイストスの眉が、静かに上がった。

 

 ベートが言った。

 

「……古かったんじゃねぇのか」

 

 ザイロが即座に乗った。

 

「そうだな。寿命だ」

 

「新品よ」

 

 ヘファイストスが言った。

 

 二人は黙った。

 

 レックスは帳面を開いた。

 

「机一つ、死亡」

 

「死亡って書くな」

 

 ザイロが言う。

 

「事実だ」

 

「壊したのは俺だけじゃねぇ」

 

「共犯だな」

 

 ベートが舌打ちした。

 

 ヘファイストスは静かに言った。

 

「修理費」

 

 ザイロとベートは同時に目を逸らした。

 

 アミッドはその横で、静かに言う。

 

「それと、肩と腕を見ます」

 

「宴だぞ」

 

 ザイロが言う。

 

「机を割るほど力を入れた怪我人に、宴という免罪符はありません」

 

 ザイロは黙った。

 

 強い。

 

 治療師は強い。

 

 

 腕相撲は終わった。

 

 しかし、騒ぎは終わらなかった。

 

 むしろ、始まってしまった。

 

 椅子運び競争が発生した。

 

 理由は、ザイロが言った一言である。

 

「じゃあ次は椅子運びだな。駄犬の速さを有効活用しようぜ」

 

 ベートは当然のように噛みついた。

 

「俺の速さを何だと思ってんだ」

 

「便利」

 

 レックスが言った。

 

「お前もか!」

 

「盛り上がる」

 

「止める側じゃねぇのかよ!」

 

「危険度は低い」

 

「低くねぇよ!」

 

 アーディが手を上げた。

 

「私もやる!」

 

「アーディ殿!?」

 

 パトーシェが目を剥く。

 

「何故参加する!」

 

「楽しそうだから!」

 

「理由が軽い!」

 

 ガネーシャがまた叫ぶ。

 

「第二競技、椅子運びだ!」

 

「競技を増やすな」

 

 レックスが言う。

 

「ガネーシャ杯第二種目だ!」

 

「杯を定着させるな」

 

「俺がガネーシャだ!!!!」

 

 場はもう止まらなかった。

 

 ベートが十脚。

 アーディが十脚。

 ザイロは肩が痛いので審判と言い張った。

 パトーシェは止めるつもりで立っていたが、アーディに「パトーシェもやろうよ!」と言われて固まった。

 

「私は警備を」

 

「負けるのが怖い?」

 

「何だと」

 

 ザイロが横から煽る。

 

「おいパトーシェ、言われてんぞ」

 

「ザイロ、貴様」

 

 レックスが静かに言った。

 

「パトーシェ、通路幅の確認になる。参加は合理的だ」

 

「レックスまで!?」

 

「安全確認だ」

 

「便利な言葉にするな!」

 

 結局、パトーシェも参加した。

 

 アストレア様は微笑んでいた。

 

 ヘファイストスは床を見ていた。

 

 アミッドは怪我人を見ていた。

 

 アスフィはヘルメスを見ていた。

 

 リヴェリアはロキとアイズを同時に見ていた。

 

 真面目組の負担が、目に見えて増えていた。

 

 椅子運び競争は混沌だった。

 

 ベートは速い。

 圧倒的に速い。

 だが雑だった。

 

「ベート、角度!」

 

 レックスが言った時には遅かった。

 

 椅子の脚が床を擦り、次の瞬間、椅子が一脚だけ手元から抜けた。

 

 飛んだ。

 

 綺麗に飛んだ。

 

 誰も褒めていないのに、妙に美しい放物線だった。

 

 椅子は壁に当たり、飾り棚を巻き込み、置かれていた皿を三枚ほど道連れにして沈黙した。

 

 場が止まった。

 

 ベートが言った。

 

「……今のは床が悪い」

 

 レックスは茶を置いた。

 

「無理がある」

 

 ザイロが腹を抱えた。

 

「床に謝れ、駄犬」

 

「てめぇが煽ったんだろうが!」

 

 ハトホルが口元に手を当てた。

 

「あら……宴で椅子が飛ぶのは初めて見たわ」

 

 セクメトは笑っていた。

 

「いいじゃない。生きてるわね」

 

 デメテルは、割れた皿を見て静かに言った。

 

「料理皿が死にました」

 

 その一言が、一番怖かった。

 

 ベートが小さく言う。

 

「皿は……悪かった」

 

 デメテルは微笑んだ。

 

「次からは料理より遠くで暴れてくださいね」

 

「暴れる前提なのかよ」

 

 ザイロが言った。

 

「あなたが言いますか」

 

 アスフィが刺した。

 

 ザイロは黙った。

 

 パトーシェは、意外にも美しく椅子を運んでいた。

 

 背筋を伸ばし、無駄なく、机や壁に一切触れず、椅子を置く角度まで揃っている。

 

 アーディが目を輝かせた。

 

「パトーシェ、綺麗!」

 

「椅子運びを褒めるな!」

 

 ザイロが手を叩く。

 

「おー、騎士女が椅子運びで本気だ」

 

「本気ではない!」

 

「本気の顔だぞ」

 

「違う!」

 

 レックスは離れた位置で、茶を飲んでいた。

 

 アストレア様が隣で言う。

 

「止めないの?」

 

「まだ面白い」

 

「本音が出たわね」

 

「危険ではない」

 

「椅子が飛んだわ」

 

「見誤った」

 

「素直ね」

 

 レックスは少しだけ目を逸らした。

 

 少しだけ、楽しかった。

 

 

 騒ぎの裏で、別のものも動いていた。

 

 ザイロが杯を置いた。

 

 それだけで、レックスは気づいた。

 

 何か見つけた。

 

「誰」

 

 レックスは正面を向いたまま、小声で聞いた。

 

「庭側の柱の陰」

 

 ザイロの声も低い。

 

「デメテルの荷運びに紛れてる男。料理を見てねぇ。出入口と四階への導線ばっか見てる」

 

「敵?」

 

「雑魚だな。けど、誰かに売る目だ」

 

 レックスは息を変えなかった。

 

 表の場は笑っている。

 ガネーシャが声を張り、ロキがからかい、ヘルメスが杯を振っている。

 ベートは椅子を抱えて不機嫌そうにしている。

 パトーシェは「私は本気ではない」とまだ言っている。

 

 ここで騒げば宴が壊れる。

 

「騒ぎにするな」

 

「分かってる」

 

「アスフィとシャクティに流す。お前は退路だけ塞げ」

 

「へいへい。表の礼は任せたぜ、参謀長」

 

「裏の掃除は任せた、ザイロ」

 

 それだけで、二人は別々に動いた。

 

 レックスはヘルメスへ近づいた。

 

 近づくと言っても、宴の流れを壊さない。

 皿を取るついでに、横へ並ぶ。

 

「ヘルメス」

 

「おや、どうしたんだい?」

 

「庭側の柱の陰。あなたのところじゃないなら、アスフィに回して」

 

 ヘルメスの笑みが、一瞬だけ薄くなった。

 

「……へえ」

 

「宴を壊したくない」

 

「了解。アスフィくん」

 

「またですか」

 

 アスフィはため息をつきながら、すでに動いていた。

 

 次にレックスはシャクティへ視線を送る。

 シャクティはすぐ理解した。

 

 その頃、ザイロは柱の陰へ向かっていた。

 

 まっすぐではない。

 料理を取る。

 椿に何か言われて返す。

 アーディの声に顔をしかめる。

 その全部のついでに、退路へ立った。

 

 男がわずかに動く。

 

 ザイロは笑った。

 

「帰んのか?」

 

 男の肩が跳ねる。

 

 ザイロは笑っているだけだった。

 

 だが、男は一歩も動けなくなった。

 

「宴はまだ途中だぜ。せめて、誰に売るつもりだったかくらい置いてけよ」

 

 男が口を開きかける。

 

 その前に、アスフィが横へ立った。

 

「お話を聞きましょうか」

 

 反対側にはシャクティ。

 

「騒げば外では済まない」

 

 男の顔から血の気が引いた。

 

 数呼吸の後、彼は静かに連れていかれた。

 

 誰も大声を上げなかった。

 神々の笑い声は続いている。

 料理の皿は回っている。

 宴は壊れていない。

 

 レックスは戻ってきたザイロへ小さく言った。

 

「助かった」

 

「お前もな。表を止めなかった」

 

「止めたら負けだ。今日は宴だから」

 

「裏で誰かが動いててもか」

 

「だからお前がいる」

 

 ザイロは少しだけ黙った。

 

「……そういう言い方、気持ち悪ぃな」

 

「褒めてる」

 

「なおさら気持ち悪ぃ」

 

 レックスが表の灯りを消さないように言葉を選ぶ間、ザイロは灯りの外へ逃げる影を見ていた。

 

 二人は見ているものが違う。

 

 だが、守っているものは同じだった。

 

 少し離れた場所で、フィンがその一連の流れを見ていた。

 

 口元に、薄い笑みがある。

 

「面白いね」

 

 レックスは嫌な予感がした。

 

「何が」

 

「君たちは役割が違う。レックス君は全体を整える。ザイロ君は、整えたものが崩れる場所を見る」

 

 フィンの声は穏やかだった。

 

「なのに、見ている盤面は同じだ」

 

 ザイロが片眉を上げる。

 

「よく見るな、勇者様」

 

「職業病だよ」

 

 レックスは、フィンの言葉をそのまま褒め言葉としては受け取れなかった。

 

 見抜かれた。

 

 それは評価である前に、情報の露出だった。

 

 隣でザイロが小さく笑う。

 

「やっぱ勇者様は見るとこ見てんな」

 

「笑うな。見られてる」

 

「だから笑ってんだよ」

 

 フィンは楽しそうに頷いた。

 

「小さな庭だと思っていたけれど、どうやら中身はもう少し複雑らしい」

 

 レックスは返事をしなかった。

 

 宴は、やはり作戦だった。

 

 そして、騒ぎもまた、煙幕になっていた。

 

 

 煙幕は、さらに濃くなった。

 

 原因は、ソーマ・ファミリアから届いた酒樽だった。

 

 誰が開けたかは分からない。

 

 ただ、ヘルメスが笑っていた。

 ロキも笑っていた。

 ガネーシャは声がさらに大きくなっていた。

 セクメトは杯を片手に「いい酒ね」と言っていた。

 

 犯人はだいたい分かった。

 

 レックスは飲まなかった。

 

「レックス君も一杯どうだい?」

 

 ヘルメスが杯を差し出す。

 

「飲まない」

 

「おや、つれないね」

 

「酔った俺を誰が止める」

 

 ヘルメスが一瞬だけ黙った。

 

 ザイロが笑った。

 

「自覚あるのかよ」

 

「ある。だから飲まない」

 

 アミッドが静かに頷いた。

 

「正しい判断です」

 

「ほら、正しい」

 

「そこで勝ち誇らないでください」

 

 酒が入った神々は、少しずつ人間臭くなった。

 

 ロキはアイズを抱こうとして避けられた。

 

「アイズたーん、こっち来てやー!」

 

「いや」

 

「即答!?」

 

 ヘルメスはザイロと肩を組もうとした。

 

「ザイロ君、君とは一度じっくり悪い話を」

 

「悪い話って自分で言うのかよ」

 

「正直だろう?」

 

「嫌いじゃねぇ」

 

「ザイロさん」

 

 アスフィの声がした。

 

 ザイロは即座に手を離した。

 

「俺は無関係だ」

 

「遅いです」

 

 ガネーシャはなぜか皿を積み始めた。

 

「第四競技、皿積みだ!」

 

「増やさないと言ったでしょう?」

 

 アストレア様が微笑む。

 

 ガネーシャは胸を張った。

 

「皿積みではない。皿の安全確認だ!」

 

「言い換えても駄目です」

 

「俺がガネーシャだ!!!!」

 

「名乗っても駄目です」

 

 セクメトはベートを煽った。

 

「狼の子、まだ動けるでしょう?」

 

「煽んな」

 

「いい脚をしているもの」

 

「見るな」

 

「見えるもの」

 

「最悪だな神って」

 

 ザイロは少し飲んでいた。

 

 泥酔ではない。

 だが、口はさらに悪くなっている。

 

 パトーシェはほんの少しだけ飲んだ。

 

 それがよくなかった。

 

「私は酔っていない!」

 

「酔ってる奴の定型句だぞ、パトーシェ」

 

「私は正常だ! だからこそ、この椅子運び競技の採点基準を明文化する必要がある!」

 

「悪化してる」

 

 レックスが言う。

 

「悪化ではない! 規律だ!」

 

「酔ってる」

 

「酔っていない!」

 

 アーディは笑いすぎて机に突っ伏していた。

 

「パトーシェ、かわいい!」

 

「かわいくない!」

 

「かわいい!」

 

「かわいくない!」

 

 ザイロが横から言う。

 

「かわいいらしいぞ、パトーシェ」

 

「ザイロ、貴様まで!」

 

 そこでパトーシェが一歩踏み出し、壊れた机の脚に足を取られかけた。

 

 レックスが反射で支える。

 

「大丈夫か」

 

「問題ない!」

 

「酔ってる」

 

「酔っていない!」

 

 アミッドの視線がさらに冷たくなった。

 

 たぶん、全員あとで診られる。

 

 

 騒ぎの裏で、レックスが隠していた紙包みも見つかった。

 

 アイズが、突然こちらを見た。

 

「レックス」

 

「何」

 

「持ってる」

 

「何を」

 

「じゃが丸くん」

 

「持ってない」

 

 アイズは無言でレックスの懐を見た。

 

「……持ってる」

 

「緊急用だ」

 

「緊急」

 

「今は違う」

 

「今」

 

「違う」

 

「今」

 

「交渉するな」

 

 ロキが大声で笑った。

 

「アイズたん、じゃが丸くん探知しとるやん!」

 

「してない」

 

「しとる! 完全にしとる!」

 

 レックスはしばらく黙った。

 

 アイズは見ている。

 

 じっと見ている。

 

 すごく見ている。

 

 レックスは負けた。

 

「一個だけだ」

 

「二個」

 

「交渉するな」

 

「二個」

 

「……一個半」

 

「二個」

 

「強いな」

 

 レックスは紙包みを取り出した。

 

 その瞬間、ベートが反応した。

 

「何だそれ」

 

「じゃが丸くん」

 

「食い物か」

 

「緊急用だ」

 

「食い物だろ」

 

 ザイロが横から手を伸ばす。

 

「俺にも一つ」

 

「駄目だ」

 

「何でだよ」

 

「用途が決まってる」

 

「俺の腹も緊急だ」

 

「嘘だ」

 

 パトーシェが真面目に言う。

 

「食事の奪い合いは品位に欠ける」

 

 その時、アーディが言った。

 

「パトーシェも食べたい?」

 

「なっ、私はそういうわけでは」

 

 レックスは一つ渡した。

 

「パトーシェ」

 

「何だ」

 

「食え」

 

「何故だ!」

 

「顔が食べたそうだった」

 

「そんな顔はしていない!」

 

 アーディが笑う。

 

「してた!」

 

「していない!」

 

 アイズは静かに二個受け取った。

 

「ありがとう」

 

「釣られてるぞ」

 

「釣られてない」

 

 ロキが転げそうになって笑っていた。

 

 リヴェリアは疲れた顔をしている。

 

「アイズ、あとで食べ過ぎるな」

 

「うん」

 

「返事だけは良いな」

 

 その横で、ベートがじゃが丸くんを見ていた。

 

「欲しいのか」

 

 レックスが聞く。

 

「いらねぇ」

 

「そうか」

 

「……余ってるなら食う」

 

「欲しいんだな」

 

「殺すぞ」

 

「じゃが丸くん絡みで殺すぞは禁止」

 

「どこまで増やす気だ!」

 

 レックスは一つ渡した。

 

 ベートは受け取り、顔を背けて食べた。

 

「……悪くねぇ」

 

 アイズが言った。

 

「分かる」

 

 ベートは一瞬だけ複雑そうな顔をした。

 

「そこで分かるな」

 

 レックスは少し笑った。

 

 自分が中心にいるわけではない。

 だが、周囲が騒いでいる。

 

 ザイロが煽り、ベートが噛みつき、パトーシェが怒り、アーディが笑い、アイズがじゃが丸くんを食べる。

 

 悪くなかった。

 

 本当に、悪くなかった。

 

 

 悪くなかった。

 

 そこまでは。

 

 騒ぎが限界を超えたのは、ヘルメスが余計なことを言ったからだった。

 

「せっかくだし、次は誰が一番美しく椅子を運べるか競うのはどうだい?」

 

 アスフィが即座に言った。

 

「やめてください」

 

 しかし、遅かった。

 

 ハトホルが笑った。

 

「美しく? それなら少し興味があるわ」

 

 アーディが手を上げた。

 

「パトーシェ優勝だよ!」

 

「何故私が!?」

 

 セクメトが笑う。

 

「狼の子は速さ、騎士の子は姿勢、面白いじゃない」

 

 ガネーシャが叫ぶ。

 

「第三競技、美しき椅子運びだ!」

 

「競技を増やすな!」

 

 レックスが言ったが、今度は少し遅かった。

 

 ベートが「くだらねぇ」と言いながら椅子を持つ。

 ザイロが「俺は審判だ」と言いながら明らかに煽る位置へ立つ。

 パトーシェは「私は参加しない」と言いながら、椅子の持ち方がすでに綺麗だった。

 アーディは笑いながら走る準備をしている。

 ロキは実況席を勝手に作ろうとしている。

 ヘルメスは本当に賭け札を作ろうとしている。

 ガネーシャはもう声だけで大会を成立させている。

 

 レックスは、止めようと思えば止められた。

 

 だが、少しだけ見たかった。

 

 その一瞬が、敗因だった。

 

「レックス」

 

 アストレア様の声がした。

 

 柔らかい。

 

 柔らかいのに、背中が冷えた。

 

 レックスは振り返る。

 

 机が一つ割れた。

 椅子が二脚死んだ。

 皿が五枚、帰らぬ皿になった。

 飾り棚は片足を失い、料理台にはデメテルの手による緊急防衛線が張られていた。

 

 そして、酒樽は半分空いていた。

 

 その惨状を前に、星屑の庭の空気は静かになった。

 

 理由は簡単だった。

 

 アストレア様が微笑んでいた。

 ヘファイストスが腕を組んでいた。

 アミッドが無表情だった。

 アスフィが眼鏡の奥で目を細めていた。

 リヴェリアがロキの首根っこを掴んでいた。

 デメテルが割れた皿を見ていた。

 

 階層主より怖い沈黙だった。

 

「まず」

 

 アミッドが言った。

 

「怪我人が走らない」

 

「はい」

 

 ザイロ、ベート、パトーシェが同時に答えた。

 

「家具を壊さない」

 

 ヘファイストスが言った。

 

「はい」

 

 今度はザイロとベートだけが答えた。

 

「料理台に近づいて暴れない」

 

 デメテルが言った。

 

「はい」

 

 ベートが小さく答えた。

 

「宴を賭場にしない」

 

 アスフィがヘルメスを見た。

 

「僕はまだ賭けてないよ」

 

「賭け札を作っていました」

 

「準備は大事だろう?」

 

「反省してください」

 

「はい」

 

「眷属を煽らない」

 

 リヴェリアがロキを見た。

 

「うちは見守っとっただけや」

 

「煽っていた」

 

「はい」

 

 最後に、アストレア様がレックスを見た。

 

「レックス」

 

「俺は飲んでない」

 

「止めてもいないわね」

 

「危険域までは」

 

「机が割れたわ」

 

「……見誤った」

 

「楽しかった?」

 

「少し」

 

「正直でよろしい」

 

 褒められた気がしなかった。

 

「それと」

 

 アミッドが静かに言った。

 

 レックスは嫌な予感がした。

 

「全員、傷を見せてください」

 

「今?」

 

「今です」

 

「宴だぞ」

 

「宴で家具を壊すほど動いた怪我人を、放置できると思いますか」

 

 誰も言い返せなかった。

 

 最初にザイロが捕まった。

 

 肩口の痣を見られ、アミッドの眉がわずかに動く。

 

「これで机を割る力比べをしたのですか」

 

「いや、まあ、成り行きで」

 

「成り行きで肩は悪化します」

 

「……はい」

 

 次にベート。

 

 背中と腕の傷を見られ、彼は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「見るな」

 

「治療師です」

 

「うるせぇ」

 

「壊れてから文句を言わないでください」

 

「壊れねぇよ」

 

「そういう人が一番壊れます」

 

 ベートは黙った。

 

 次にパトーシェ。

 

 足首の布を見られた瞬間、パトーシェは少しだけ姿勢を正した。

 

「これは軽傷です」

 

「軽傷なら走らないでください」

 

「私は走っていない。椅子を運んだだけだ」

 

「椅子を運ぶ速度ではありませんでした」

 

「……はい」

 

 そして、レックス。

 

 レックスは逃げようとした。

 

 逃げる前に、アストレア様に肩を掴まれた。

 

「レックス」

 

「俺は飲んでない」

 

「怪我の話よ」

 

 アミッドが近づく。

 

「腹部を見せてください」

 

「大したことない」

 

「その言葉は信用しません」

 

 アミッドは淡々としている。

 

 だが、その淡々が怖い。

 

 レックスは観念して、腹の布を少しだけ緩めた。

 

 薄く残った痣が見えた。

 

 周囲の空気が、少しだけ変わった。

 

 アストレア様の目が細くなる。

 パトーシェが唇を結ぶ。

 ザイロが笑うのをやめる。

 ベートも、少しだけ目を逸らした。

 

 アミッドは静かに言った。

 

「これで、今日はずっと動いていたのですか」

 

「走ってはいない」

 

「質問に答えてください」

 

「……動いてた」

 

「なぜ休まないのですか」

 

「宴の運営があった」

 

「あなたが全部やらないと回らない宴なら、最初から設計が間違っています」

 

 刺さった。

 

 かなり刺さった。

 

 レックスは少しだけ黙った。

 

 アミッドは続ける。

 

「自己犠牲を、美徳みたいに扱わないでください」

 

 その声は大きくない。

 

 けれど、場の中で妙に通った。

 

「あなたは、自分が少し無理をすれば済むと思っている。ですが、あなたが倒れた場合、誰が次の判断をするのですか」

 

 レックスは答えられなかった。

 

 ザイロが視線を逸らす。

 パトーシェも黙る。

 ベートは舌打ちしたが、何も言わない。

 

「戦うなと言っているわけではありません。動くなとも言っていません。ただ、自分を削る判断を、簡単に正当化しないでください」

 

 アミッドはレックスの腹の痣に処置布を当てた。

 

「あなたの代わりがいない場面は、これから増えます。だからこそ、あなた自身を消耗品にしないでください」

 

 沈黙。

 

 レックスは、少しだけ息を吐いた。

 

 あの裏路地の死体を見た時と似ていた。

 

 違うのは、今見ているのが他人の死ではなく、自分が無意識に選んでいる消耗の先だということだった。

 

「……分かった」

 

「本当に?」

 

「分かった」

 

「なら、今日はもう片付けの指揮だけにしてください。重いものは持たない」

 

「でも」

 

「持たない」

 

「……分かった」

 

 アミッドはそれでようやく少しだけ目を伏せた。

 

「お願いします」

 

 その言葉が、怒りよりも効いた。

 

 レックスは、少しだけ頷いた。

 

「ありがとう」

 

 アミッドは一瞬だけ目を上げた。

 

「礼を言う場面では」

 

「ある」

 

 レックスは短く言った。

 

「止めてくれて助かった」

 

 アミッドは数秒だけ黙り、少しだけ視線を逸らした。

 

「……なら、次は止められる前に止まってください」

 

「努力する」

 

「努力ではなく実行してください」

 

「はい」

 

 敬語が出た。

 

 ザイロが小さく笑ったが、今は茶化さなかった。

 

 アストレア様は、静かにそのやり取りを見ていた。

 

 柔らかく、けれど少しだけ寂しそうな目だった。

 

 

 叱られた後の宴は、少し落ち着いた。

 

 少しだけ。

 

 ザイロとヘルメスは距離を取らされ、アスフィが間に立った。

 ベートは料理台から三歩以上離された。

 ガネーシャは実況禁止になった。

 ロキはリヴェリアの隣へ固定された。

 アイズはじゃが丸くんを二個持ったまま、レックスの隣にいた。

 パトーシェは「私は反省している」と言いながら、アーディに「でも楽しそうだった」と言われてまた固まっていた。

 

 レックスは食堂の端に座っていた。

 

 茶を片手に、少しだけ静かになった庭を見る。

 

 神々がいる。

 眷属がいる。

 笑い声が残っている。

 怒られたばかりなのに、誰も帰りたそうではない。

 

 星屑の庭は、まだ小さい。

 

 けれど今夜、その小さな庭には、神々が呆れるほどの声があった。

 

 血の匂いではない。

 死体の沈黙でもない。

 誰かが怒り、誰かが笑い、誰かが呆れ、誰かがこっそりじゃが丸くんを隠す。

 

 それもまた、生きているということだった。

 

 アストレア様が隣に座る。

 

「楽しかった?」

 

 レックスは少しだけ考えた。

 

「まあ」

 

「素直じゃないわね」

 

「楽しかった」

 

 アストレア様が驚いたように瞬きした。

 

 言った本人も、少し驚いた。

 

「自分が中心に立つのは苦手だ。でも、誰かが騒いで、誰かが笑って、それを少し離れた場所から眺めている時間は悪くない」

 

「そう」

 

「たぶん、俺はこういう場所を守りたいんだと思う」

 

 綺麗な正義ではなく。

 静かな秩序でもなく。

 

 騒がしくて、面倒で、少しだけ規則を破る余白のある場所。

 

 誰かが帰ってきて、怒られて、笑って、また次の日へ行ける場所。

 

 アストレア様は、何も言わずに聞いていた。

 

「それは、とても良い理由ね」

 

「そうかな」

 

「ええ」

 

 少しだけ間が空く。

 

「ただし、次から競技を増やす前に相談してね」

 

「……はい」

 

 敬語が戻った。

 

 アストレア様が笑った。

 

 

 宴は夜更け前に終わり始めた。

 

 神々はそれぞれに挨拶を交わし、眷属たちは名残惜しそうに料理を片付けたり、最後の会話をしていた。

 

 星屑の庭は、いつもよりずっと賑やかだった。

 

 だが、嫌な賑やかさではない。

 

 灯りが増えた。

 線が増えた。

 名前が少しだけ街の中へ沈んだ。

 

 そんな夜だった。

 

 ただ、一つ問題があった。

 

 アイズが帰らない。

 

「アイズ」

 

「なに」

 

「帰らないのか」

 

「帰る」

 

「動いてない」

 

「今から」

 

「前も聞いた」

 

「うん」

 

 レックスは小さく息を吐いた。

 

 ロキ・ファミリアの面々は門の方にいる。

 ロキは面白そうにこちらを見ている。

 フィンは笑っている。

 リヴェリアは少し困っている。

 

 助けてほしい。

 

 誰も助けない。

 

 レックスは懐から紙包みを出した。

 

 アイズの金色の瞳が、わずかに動く。

 

「じゃが丸くん」

 

「……」

 

「帰るなら渡す」

 

「帰る」

 

 即答だった。

 

 レックスは紙包みを渡す。

 

 アイズは両手で受け取り、少しだけ満足そうに頷いた。

 

「釣られてる」

 

「釣られてない」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 本人の中では、たぶん違うのだろう。

 

 たぶん。

 

 ロキが遠くで叫ぶ。

 

「アイズたーん! 完全に釣られとるでー!」

 

「釣られてない」

 

 アイズは紙包みを大事そうに持ったまま、ロキ・ファミリアの方へ歩いていった。

 

 リヴェリアがレックスへ軽く頭を下げる。

 

「すまない」

 

「慣れた」

 

「慣れたのか」

 

「少し」

 

 フィンが楽しそうに笑う。

 

「また会おう、レックス」

 

「ああ」

 

 レックスはそこで一拍遅れて、少しだけ背筋を伸ばした。

 

 返事が砕けすぎたか。

 

 だが、フィンは気にしていないようだった。

 

 むしろ、少しだけ面白そうにしている。

 

 その言葉の奥に、違う含みがあった。

 

 ただの宴の挨拶ではない。

 

 フィンは何かを見ている。

 まだ核心ではない。

 だが、星屑の庭がただの小さなファミリアではないことには気づいたのだろう。

 

 ロキ・ファミリアが去っていく。

 

 次に、ヘルメスがザイロへ手を振った。

 

「ザイロ君、また話そう!」

 

「気が向いたらな」

 

「向かせるよ」

 

「胡散臭ぇ」

 

「褒め言葉だね」

 

 アスフィが深くため息をついた。

 

「お願いですから、二人だけで話さないでください」

 

「俺もそう思う」

 

 レックスが言った。

 

「お前ら、失礼だな」

 

 ザイロは笑っていた。

 

 どう見ても楽しんでいた。

 

 危険だった。

 

 

 すべての客が帰った後、星屑の庭は一気に静かになった。

 

 机の上には空いた皿。

 庭には踏み固められた土。

 食堂にはまだ料理と酒と神々の気配が残っている。

 

 そして、片付けが残っていた。

 

 全員である。

 

 ザイロは肩を押さえながら皿を運ぶ。

 ベートは椅子を運ぶ。

 パトーシェは床を確認しながら布を畳む。

 レックスは帳面と残飯量と壊れたものの有無を確認していた。

 

 ただし、重いものは持たない。

 

 アミッドに言われたからだ。

 

「疲れた」

 

 ベートが椅子を抱えながら言った。

 

「珍しく素直だな」

 

 ザイロが返す。

 

「神が多すぎんだよ」

 

「それは同意する」

 

 レックスも頷いた。

 

 完全に疲れた。

 

 戦闘ではない疲れだ。

 むしろ戦闘より質が悪い。

 

 パトーシェは最後まで姿勢が崩れていない。

 

 だが、顔は少し赤い。

 アーディに振り回され、リヴェリアに見抜かれ、ザイロに茶化され、軽く酒まで入ったせいだろう。

 

「パトーシェ、大丈夫か」

 

 レックスが聞く。

 

「問題ない」

 

 少し間を置いてから続ける。

 

「……少し、疲れた」

 

 ザイロが笑う。

 

「素直でよろしい」

 

「貴様に言われる筋合いはない!」

 

 アストレア様が食堂へ入ってきた。

 

 その顔は、少しだけ満足そうだった。

 

「みんな、お疲れ様」

 

 四人はそれぞれ返事をした。

 

 ばらばらだった。

 

 でも、返事はあった。

 

 アストレア様は静かに言う。

 

「良い宴だったわ」

 

「疲れた」

 

 レックスが正直に言う。

 

「ええ。そうでしょうね」

 

「神々の相手は、戦闘とは別の負荷がある」

 

「それも経験よ」

 

「できれば頻度は低めで頼む」

 

 アストレア様は微笑んだ。

 

「考えておくわ」

 

「それ、考えるだけのやつだ」

 

「ふふ」

 

 ザイロが皿を置く。

 

「まあ、悪くはなかったぜ。胡散臭ぇ奴もいたしな」

 

「ザイロ、ヘルメス様との接触は今後も要監視だ」

 

「まだ言ってんのか」

 

「当然だ」

 

 パトーシェが真顔で頷く。

 

「私も同意する」

 

「お前らなあ」

 

 ベートがぼそっと言った。

 

「飯は悪くなかった」

 

 アストレア様が嬉しそうに笑う。

 

「それはよかった」

 

「……神が多いのは最悪だったけどな」

 

「次は少し慣れるわ」

 

「次があるのかよ」

 

 ベートの顔が本気で嫌そうになる。

 

 その反応に、珍しく全員が笑った。

 

 星屑の庭に、笑いが落ちる。

 

 血の匂いではない。

 死体の沈黙でもない。

 神々の残した、妙に賑やかな余韻。

 

 その灯りの中で、レックスは思った。

 

 今日は進んだ。

 

 剣を振ったわけではない。

 敵を倒したわけでもない。

 オーブを奪ったわけでもない。

 

 だが、線は太くなった。

 

 ロキが見た。

 フィンが見た。

 リヴェリアが見た。

 フレイヤが見た。

 ヘルメスが笑い、アスフィが警戒し、ガネーシャが叫び、アミッドが睨み、ヘファイストスが修理費を見積もり、ゴブニュが机の死因を確認した。

 マイナーな神々も、星屑の庭の名を覚えた。

 

 そして、ザイロが影を止めた。

 レックスは宴を止めなかった。

 

 表と裏。

 

 どちらか片方では、庭は守れない。

 

 アストレア様は、それを分かっていたのだろう。

 

 だから急に宴を開いた。

 

 急すぎたが。

 

 そこは本当に急すぎたが。

 

 壊れた机。

 欠けた皿。

 説教された神々と眷属。

 隠し損ねたじゃが丸くん。

 

 その全部が、妙に眩しかった。

 

 昨日見た死体の沈黙とは違う。

 ここには声がある。

 怒る声も、笑う声も、言い訳する声もある。

 

 たぶん、レックスはこういう場所を守りたいのだ。

 

 完璧な正義ではない。

 汚れ一つない秩序でもない。

 

 少し壊れて、少し怒られて、それでも誰かが帰ってきたいと思える場所。

 

 星屑の庭は、今夜、神々に呆れられるほど生きていた。

 

 だが。

 

 その余韻を、最後まで甘くしてくれるほど、暗黒期のオラリオは優しくなかった。

 

 片付けがほとんど終わった頃、シャクティが戻ってきた。

 

 宴の警備を終えた後の報告だと思った。

 

 だが、顔が違った。

 

 騒ぎを見た呆れでもない。

 壊れた家具への苦笑でもない。

 

 任務の顔だった。

 

「アストレア様」

 

 シャクティは短く言った。

 

「少し、耳に入れておきたい話があります」

 

 食堂の空気が、静かに変わる。

 

 アストレア様が頷く。

 

「聞かせて」

 

 シャクティは周囲を見てから、声を落とした。

 

「最近、闇派閥の間で妙な名が流れています」

 

 レックスは帳面を閉じた。

 

 ザイロの目が細くなる。

 パトーシェの背筋が伸びる。

 ベートの耳がわずかに動く。

 

「アルフィア」

 

 その名が落ちた。

 

「それから、ザルド」

 

 空気が重くなる。

 

 直接会ったわけでもない。

 姿を見たわけでもない。

 

 それでも、その二つの名だけで、食堂の温度が下がった。

 

「さらに」

 

 シャクティは続けた。

 

「エレボスの名も、また出始めています」

 

 笑いの余韻が遠のいた。

 

 壊れた机。

 欠けた皿。

 じゃが丸くん。

 神々の笑い声。

 

 その全部の向こう側から、暗い足音が近づいてくる。

 

 レックスはゆっくり息を吸った。

 

 宴は終わった。

 

 次の章が、近づいている。

 

 第18話 星屑の庭、神々を招く日 了




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

今回は、前話の負傷を受けて、戦闘ではなく神の宴の日常回にしました。

17話でレックスたちは死体を発見し、敵の地上側連絡線らしきものを掴みましたが、全員がまだ怪我を抱えています。
その状態で翌話すぐに戦闘や奪取作戦へ進むと少し無理が出るため、18話では一度「交流」と「休養」に舵を切っています。

ただし、完全な休憩回ではありません。

今回は、アストレア様が急に神の宴を開くと言い出し、星屑の庭へ各ファミリアを招くことで、これまで忙しすぎて描けなかった外部との関係を一気に整理しました。

ロキ・ファミリア、フレイヤ・ファミリア、ガネーシャ・ファミリア、ヘファイストス・ファミリア、ディアンケヒト・ファミリア、ヘルメス・ファミリア、ミアハ・ファミリア、ゴブニュ・ファミリア、デメテル・ファミリアに加え、今回はセト、ハトホル、セクメト、セルケト、ダミアー、ラートリーなどの神々も顔を出しています。

メインの戦闘回では出しづらい神々を、宴という形で自然に出すことで、オラリオという街の広がりを少し見せる狙いがあります。
星屑の庭が「主要ファミリアとだけ繋がっている場所」ではなく、「さまざまな神々が存在を認識し始めた場所」になった回です。

また、今回からレックスの敬語を少し外しました。
完全に礼儀を失くしたわけではありませんが、アストレア様の言葉をきっかけに、少しだけ素の言葉で話すようになっています。
レックスはこれまで丁寧語を使うことで自分を隠していた部分があるため、この変化は今後の人間関係にも少しずつ影響していく予定です。

そして今回は、レックスの「真面目すぎない面」も意識して書きました。
レックスは作戦や契約ではかなり硬くなりますが、常に真面目一辺倒ではありません。
一人の時はのほほんとしているし、誰かが騒いでいるのを少し離れた場所から眺めるのも嫌いではありません。
必要ならルールも破るし、今回は密かにじゃが丸くんも持ち込んでいます。

ザイロとベートが騒ぎの中心になり、パトーシェとレックスも止める側に見えて途中から普通に相乗りする。
騒ぎ好きな神々もそこに乗っていき、家具破壊レベルまで発展する。
最終的にはアストレア様、ヘファイストス、アミッド、アスフィ、リヴェリア、デメテルといった真面目組にまとめて絞られる。
今回はそういう「星屑の庭の騒がしい日常」を描きました。

ただ、日常回でも物語は進めています。

宴の最中に紛れ込んだ偵察者を、レックスが表の場を壊さずに処理し、ザイロが裏で退路を塞ぐ。
レックスは表の線を保ち、ザイロは灯りの外に逃げる影を見る。
この二人は性格も立ち位置も違いますが、同じ庭を守るために噛み合っていきます。

また、宴の最中に怪我を隠していたことがアミッドに見つかり、レックスが「自己犠牲を簡単に正当化しないでください」と注意される場面も入れました。
レックスは判断役として優秀ですが、自分を消耗品扱いしがちな危うさがあります。
今回のアミッドの指摘は、今後のレックスにかなり響いていくと思います。

第4話・第11話で関係ができていたアイズも登場しました。
今回も当然のようにレックスの横に立ち、最後はじゃが丸くんで帰されます。
本人の中では釣られていません。
たぶん。

今回はギャグ寄りの日常回ですが、物語上の意味としては、今後のロキ・ファミリア接続、ヘルメス・ファミリアとの情報線、ガネーシャ・ファミリアとの治安協力、ディアンケヒト・ファミリアとの医療線などを太くする回でもあります。

戦闘ではなく、宴で話を進める。
星屑の庭が、ただの小さな拠点ではなく、神々と眷属たちが集まる場所になり始めたことを描きました。

そして何より、レックスが守りたい場所の輪郭を少し出した回でもあります。

静かで完璧な秩序ではなく、騒がしくて、面倒で、少しだけ規則を破る余白のある場所。
誰かが怒り、誰かが笑い、誰かが呆れ、最後にはみんなで片付けをする場所。
そういう庭を守りたいのだと、レックス自身も少しずつ分かり始めています。

最後には、アルフィア、ザルド、そしてエレボスの名を出しました。
宴の明るさの直後に、アストレア・レコードへ近づいていく不穏な気配を入れています。
ここから先は、ただの施設運営や交流だけでは済まない段階へ入っていきます。

次回以降は、今回太くなった線を背景に、再び油と湿った石の匂い、そしてダイダロス方面の影へ踏み込んでいく予定です。

これからはメモリア・フレーぜのアプリに入ってるストーリー見て、アストレア・レコードの細かい流れを勉強します。今後ともよろしくお願いします。
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