(またしても)原作を知らないオリ主inキヴォトス 作:朧月夜(二次)/漆間鰯太郎(一次)
最初に向かったのは「うみファーム」だった。
海に突き出した桟橋のような構造の中、管理釣り場の一種だがそこに魚が泳いでいる。家族連れの楽しそうな笑い声と、水面を叩く音。潮の匂いが濃くなる。
ホシノは柵に手を置き、しばらく水面を覗き込んでいた。
魚影を追う視線は真剣で、普段の気の抜けた様子とはまるで違う。ふわふわした空気はそのままなのに、どこか芯の通った静けさがある。
「……アジ、多いねえ」
「分かんのか?」
「まあね。動きでなんとなく」
軽く言っているが、その言葉には迷いがない。
渡された釣り竿を手に取り、ホシノは少しだけ体勢を整えた。力むでもなく、だらけるでもなく、自然に構える。
しばらくの沈黙。
水面に浮かぶ餌を、魚が回り込む。
――ぴくり。
「来た」
短く呟いた瞬間、手首だけが動く。
しなる竿。水飛沫。跳ねる魚。
無駄のない一連の動作で、アジが空中へと引き上げられた。
「おお……」
「こんなもんだよぉ」
少しだけ得意げに笑う。
そのまま調理カウンターへと運び、揚げたてのアジフライになって戻ってくるまでの時間も、どこか楽しそうだった。
揚げたての香ばしい匂いが立ち上る。
衣はサクサクで、箸を入れると軽やかな音がする。白身から湯気が上がり、じゅわっと油が滲む。
ホシノはそれを一口。
「……うま」
ぽつりと漏れる。
それだけで、十分だった。
頬がわずかに緩む。目が細くなる。言葉は少ないのに、満足しているのがはっきりと伝わる。
その様子を見て、シンタロウは肩をすくめた。
「魚好きなの、ガチなんだな」
「そりゃあねえ。こういうのはさあ、素材がいいと何もしなくても美味いんだよぉ」
「前から思ってたけどよ、お前ちょいちょいおっさんくせえな」
「……は?」
ぴたり、と箸が止まる。
数秒の沈黙。
ホシノはじとっとした目でシンタロウを見た。
「なんか今、失礼なこと言われた気がするなあ」
「気のせいじゃねえか?」
「ふーん……」
少しだけ不貞腐れたように頬を膨らませる。
けれどそのままもう一口食べて、結局機嫌はすぐに戻った。
「……まあ美味いからいいや」
「現金だな」
「いいじゃん。おじさんだし」
「まだ言ってねえだろ」
軽口が戻る。
けれどその「おじさん」という言葉は、まだどこか宙に浮いたままだった。
――――
次に訪れたのは「ドルフィンファンタジー」。
八景島の施設の中でかなり人気のスポットだろう。
実際周囲には恋人たちが寄り添いはしゃいでいる姿が多い。
水中トンネルのアーチ水槽。
そこに二人が足を踏み入れた瞬間、空気が一変する。
頭上も、左右も、水の世界。
光が揺らぎ、青が満ちる。
真上をイルカが、ゆったりと泳いでいた。
「……うわ」
ホシノの声が、少しだけ高くなる。
さっきまでの落ち着いた様子が嘘みたいに、目を輝かせている。足取りが軽くなり、視線が忙しなく動く。
「ねえシンさん、見てあれ!」
「見えてる見えてる」
「近いなあ……こんな近くで見れるんだねえ」
無邪気に笑う。
ガラス越しに手を伸ばし、イルカの動きを追いかける。その仕草は年相応で、どこか幼さすら感じる。
くるり、と振り返る。
「こういうのさあ、ずっと見てられるよねえ」
「まあ、分からんでもない」
「ほんと?」
「ホシノが楽しそうだからな」
何気ない一言。
それだけなのに、ホシノは一瞬だけ言葉を失った。
「……そういうこと、さらっと言うよねえ」
「何が?」
シンタロウが不思議そうに見下ろす。
「なんでもないよぉ」
視線を逸らす。
そのまままた水槽へと向き直る。
けれどさっきより少しだけ、距離が近くなっていた。
触れない程度の距離。
でも確かに、隣にいる。
それが妙に意識に残る。
――――
夕暮れ時。
シーパラダイスタワーの上から見える景色は、ゆっくりと色を変えていた。
海が橙に染まり、空が静かに沈んでいく。
遠くに見える街並み。ゆっくりと横切る船の白い軌跡。きらめく水面。
風が少し強い。
ホシノは手すりに軽く寄りかかりながら、その景色を眺めていた。
「……いいねえ」
ぽつりと呟く。
さっきまでの無邪気さは少し影を潜め、どこか落ち着いた空気に変わっている。
「こういうのさあ、なんか……ずっと見てると色々考えちゃうよねえ」
「何をだよ」
「んー……まあ色々?」
曖昧に笑う。
けれどその視線は、遠くを見たままだった。
アビドスのこと。仲間のこと。これまでの時間。
そして、今ここにいる自分。
言葉にはしないけれど、いくつもの思考が浮かんでは消えていく。
「シンさんってさ」
「ん?」
「ほんと、変な人だよねえ」
「急にどうした」
「いやさあ……こういう景色を普通に見せてくるの、ずるいなあって思って」
「褒めてんのかそれ」
「たぶんねえ」
「そもそも水族館が良いって言ったのはホシノだろうが」
「そうだけどね、ふふっ」
少しだけ笑う。
その笑みは、どこか柔らかかった。
――――
夜。
アクアミュージアム。ナイトショーが始まる。
人気アトラクションだ。席がかなり埋まっている。
照明が落ち、音楽が流れ、光が水を染める。
イルカが跳ぶ。
光の軌跡を描きながら、水面を切り裂く。
その一瞬一瞬が、幻想的に演出される。
「……すご」
ホシノは言葉を失っていた。
視線が離れない。動きに合わせてオッドアイが右に左に。
光と水と音が重なり、現実感が薄れていく。
イルカが宙を舞い、着水と同時に水しぶきが光を散らす。
そのすべてに、ただ見入っていた。
隣でシンタロウも黙っている。
余計な言葉はいらない。
それで十分だった。
ショーが終わる。拍手が広がる。
ホシノはゆっくりと息を吐いた。
「……いいねえ、こういうの」
「だな」
「なんかさあ……おじさん、ちょっと感動しちゃったよぉ」
ぽろり、と出た言葉。
一瞬の沈黙。そして。
「やっぱオッサンじゃねえか」
「……は?」
今度ははっきりと止まる。
ホシノはゆっくりと振り返り、じっとシンタロウを見た。
「さっきから思ってたけどさあ」
「おう」
「女の子にそんな事言う? シンさん」
「ホシノだからな」
数秒。
そして、ホシノは小さくため息をついた。
「……もういいや」
「ん?」
「じゃあさあ」
少しだけ顎を上げて。
開き直るように。
「おじさんでいいよぉ」
その言葉は、妙に自然だった。
「おじさん、こういうの好きだからさあ」
さっきよりも馴染んでいる。
違和感がない。
むしろ、しっくりくる。
シンタロウはそれを見て、軽く笑った。
「定着早いな」
「文句ある?」
「別に」
軽口。
いつもの調子。
でもその一人称は、もう戻らなかった。
――――
帰りの車。夜の首都高をスーパーキャリイが走る。
行きと同じように、エンジン音とシフト操作のリズムが続く。
車内は少しだけ静かだった。
疲れたわけではない。
ただ、満たされた後の静けさ。
ホシノは窓の外を見ながら、ぽつりと呟く。
「……楽しかったねえ」
「そりゃよかった」
「また来たいなあ」
「来ればいいだろ」
あっさりとした返事。
少しだけ間が空く。
「……それ、おじさんと二人で?」
「他に誰連れてくんだよ。一人しか連れて来られないのに」
「さあねえ」
少しだけ意地の悪い言い方。
けれどその奥に、ほんのわずかな期待が混じっている。
シンタロウは気付いているのか、いないのか。
「まあ、暇なら付き合うぞ」
軽く流すように言った。
その言い方は、優しさでもあり、距離でもあった。
「……そっか」
ホシノはそれ以上踏み込まない。
踏み込まない代わりに、その距離を受け入れる。
無理に詰めない。
でも、離れもしない。
そんな位置。大人と子供。
車は夜を走る。
オレンジ色の車体が、街灯に照らされて流れていく。
ホシノはそっと目を閉じた。
眠るわけではない。ただ、その余韻に浸るように。
(……まあ、いいか)
今はこれで。
それで十分だと思えた。
ユメホシノの原作ストーリーの暗黒話が無い訳で。
どうしよう、ホシノがおじさんって言わないやん。
そう考えた結果、じゃあデッチあげるしかないじゃろ……。
原作と違ってスネておじさんと言いだしたけども。