急に呼び出しても、文句の一つも言わないんだよね。
某所のワンライ企画で書いたもので、お題は「流れる」です。
僕の彼女は、とにかく何でも言うことを聞いてくれる。ちょっと心配になるくらいに、なんでも。
なんとなく急にデートに誘っても、文句も言わずに集合場所までやってくるし。
彼女のSNSに上がった昨日の昼ご飯の焼売を見て、なんか中華の口になった。それくらいの理由でメッセージを飛ばしたのに、すぐに返事が来て待ち合わせ場所まで決まる。
それで近くの公園で待ち合わせをして、ほとんど待つこともなくやってくるし。僕が同じことをされたら、別れ話を切り出していると思う。
ふわふわの衣装を着て、しっかりと化粧までしてすらいるんだから、筋金入りだよね。
30分くらいしか時間がなかっただろうに、よくやるよ。ふわふわとはいえ何重にもなってるし、着るのも大変だっただろうに。
「ごめん、待った?」
両手を合わせながら、そんなことまで言ってくる。眉まで下げているくらいだ。急なメッセージを出されてこれなのだから、都合が良いどころじゃない。
浮気しても許してきそうなくらいだけど、そこまでする理由はないかな。他の女と遊ぶことになったら、たぶんここまで気分で動けないし。ちょっと中華の気分だから付き合ってって言えるのは、彼女くらいだよ。
「いや、問題ないよ。じゃあ、行こう」
「うん。中華なら、麻婆豆腐でも食べるの?」
「メニューを見てから決める。僕としては、焼売は食べたいけど」
「じゃあ、いくつか分けてもらって良い?」
「それなら、適当に色々買ってシェアするのが良いんじゃない?」
「ふふ、そうだね。じゃあ、私は何を頼もうかな」
そんな感じで、文句の一つも言わない。僕が全部決めているようなものなのに、唯々諾々と従うだけ。
だというのに、とても幸せそうにふわりと笑いすらしているんだから。もう筋金入りどころか、鉄骨が入っているレベルだよ。
店にたどり着くと、いくつか席が空いていた。周囲を見回していると、隣の彼女がくしゃみをする。ついそっちを見ると、窓際の席が目についた。
そちらを指差すと、すぐに頷かれる。僕に手を引かれるままになっていて、本当に従順だと思うばかりだ。親鳥についていく雛とか、そういうレベルだよね。
「さて、まずは焼売。後は小籠包もかな。定番のチャーハンも外せないよね」
「うん、良いね。私は何を食べようかな……」
メニューを見ながら、僕は適当に食べるものを決めていく。彼女は真剣な様子でメニューを見ていた。
開いているページに、天津飯が見える。ちょうどその口になってしまった。
「天津飯を頼んでよ。僕のチャーハンも分けてあげるから」
「もちろんだよ。じゃあ、店員さんを呼ぶね」
こっちが勝手に彼女の食べるものまで決めているのに、にこやかに頷くだけ。もはや僕の言うことを聞く人形のレベルだとすら思う。
だというのに、眉をひそめるどころかずっとニコニコしているのだ。というか、僕といる時に不機嫌になったのを見たことがない。
結局、僕が食べたいメニューから適当につまんでいって、彼女が残りを食べて終わった。
残飯処理みたいなことまでされていても、変わらず楽しそうなまま。ずっと美味しそうに、満足げな笑みで頷いてすらいる。
まあ、僕も特に反省とかはしているわけじゃないんだけど。割れ鍋に綴じ蓋みたいなものじゃないだろうか。
店から出ると、適当に腹ごなしも兼ねて歩いていく。彼女は僕の袖をつかんだまま、ずっと着いてくるだけ。
信号で立ち止まっていると、軽く袖を引っ張られる。顔を見る前に、本屋が目に入った。
「あそこで立ち読みでもしていこう。食べたばかりで、あんまり動きたくもないし」
「うん。とりあえず、私も適当に本を読んでおくね」
本屋に入って、僕は軽く立ち読みをする。適当に何冊かをパラパラしていたけど、5分くらいで飽きた。なので、少しだけ周りを見る。すると、見えるところに彼女がいた。
僕が探す手間まで削減してくれるなんて、ありがたいことだ。
そう思いながら歩いていくと、彼女の読んでいる本が目に入る。ウエディングドレスが表紙になっていた。いわゆる結婚雑誌というやつだろう。
少しだけ眺めて、ふと思いつく。ここまで都合の良い彼女なら、結婚するに越したことはない。
とりあえず籍を入れておいて、別れたくなっても従うまであるんじゃないだろうか。いや、いくらなんでも別れる前提で結婚はしないけど。
「これから、役所にでも行く? 婚姻届、それに入ってるんでしょ?」
「うん。私も、あなたと結婚したいかな」
彼女は僕を見ながら、咲き誇るような笑顔を見せてくる。まるで、長年の夢が叶ったみたいに。
そのまま鼻歌を歌う彼女と一緒に役所に向かって、婚姻届を提出した。ずっと機嫌が良さそうだった彼女が、またこちらに笑いかけてくる。
僕はその手を取って、笑顔で返したんだ。
「これからも、よろしく。不満があるのなら、今のうちに言っておくと良いと思うよ。これからも、僕は気分で動き続けるし」
「別にないかな。だって、あなたの気分は分かりやすいから。こうして、ちょうどよく結婚してくれたくらいだし」
あまりにも満足げに、両手を合わせていた。僕が言い出したってのに、本当に都合の良いことだよね。
彼女はぎゅっと僕の手を握りしめて、満面の笑みで頷いていたんだ。