軽巡寮、阿賀野型の部屋。そこで長良は信じられないものを見た。
「あ、阿賀野何それ!」
「え〜。何って水着ですけど?」
長良が僅かに頬を赤くしつつ指摘するが阿賀野はあっけらかんと答える。西日の差し込む蒸し暑い部屋で阿賀野はビキニ姿のままくつろいでいた。彼女の肌に滲む汗がカーペットに吸い込まれていくのを見て、長良が口を開く。
「水着ですけどじゃなくて! 何で部屋で水着着てるの!」
「暑いからに決まってるじゃないですか」
「エアコンつければいいじゃん!」
「壊れてるんですよ〜。ほら〜」
阿賀野がリモコンを操作するが、部屋のエアコンは反応を示さず、軽くリモコンを放り投げる。
「だからって水着は……!」
「でも下着の方がみっともないじゃないですか」
「そ……そういう問題じゃなくて……」
阿賀野から目を逸らし、何か言いたげに口を動かすがはっきりとしない長良。その頬が若干赤みを増していることに阿賀野は気づく。
「長良さんどうしたんですか? 顔赤いですよ?」
「いやこれはその……暑くて……」
「へぇ〜……」
歯切れの悪い物言いをする長良に阿賀野はそう言うと、ニヤリと笑って長良に近づく。
「ちょ……! 阿賀野何を……!」
「え〜、何って近寄っただけじゃないですか」
目をパチパチと瞬かせつつ後ずさって顔を逸らす長良を、阿賀野はニヤニヤと笑いながら観察する。
「な……なんで近寄るの……」
「ん〜? 何ででしょう〜?」
「ちょっ……! ふざけないで……!」
抗議する長良だが、その顔は更に赤みを増している。その姿を見て阿賀野は長良に抱きつく。
「ちょっと……! 阿賀野何を……!」
「あ〜長良さんの匂い……あれ、全然しませんね……」
「なんで嗅いでるの! ちょっ……! 暑いから離れてってば!」
「長良さん顔真っ赤ですよ〜」
「そ、それは……! 阿賀野が抱きついてきて暑いからで……!」
「ほんとにそれだけですか?」
阿賀野の一言に、長良は押し黙って顔を俯かせる。彼女の顔を染め上げていた赤は耳や首まで及んでいる。すると、阿賀野は何かを確信したような笑みを浮かべ、自分の身体を擦り付けるようにしてより深く長良に抱き着いてくる。
「長良さん可愛い~! 可愛いい~!」
「ちょ……! ちょっとやめ……!」
「え~嘘ばっかり。本当は長良さんも嬉しいんですよね?」
「そ、そんなことな……」
「じゃあなんでされるがままなんですか~? 長良さんさっきから全然力入ってないですよ~?」
「そ、それは……」
目を泳がせて歯切れの悪い返答をする長良に阿賀野は蠱惑的な表情を浮かべる。
「……長良さん。服着てたら暑いんじゃないですか? 脱いで下着だけになりましょうよ~。で、こうやって抱き合ったままゴロゴロしましょ~」
「で、でも……」
「やりたいんでしょう?」
阿賀野の問いかけに、長良は無言で首を縦に振る。すると、阿賀野は勝ち誇ったような笑みを浮かべて長良から離れる。
「決まりですね! じゃあ私が服脱がしますね~」
そう言って阿賀野は長良の服に手を掛けた――。
「阿賀野姉ぇ!」
自分を呼ぶ能代の声に阿賀野は布団から起き上がる。
「……何?」
「これ! 今度の遠征のシフト! 確認しておいて!」
「ああうん……」
「ちゃんと確認しといてよ! 今度は忘れないように! 後、ストーブ近すぎ! 汗かいてるじゃない!」
「ん〜……。エアコンはリモコン電池切れちゃって……」
「切るよ!」
渡されたシフト表を手に取り、眠気の残る目を擦りつつ確認する阿賀野と、用が終わったのでストーブを切って部屋を後にする能代。
「……夢」
一人残され、静けさの中で阿賀野がポツリと呟き、脳内で夢の内容を反芻する。
「……続き見よっと!」
そう言ってもう一度眠るのだった。
「な、長良さんちょっと待ってください……!」
「ええ〜良いじゃん」
夕暮れの部室でランニングウェア姿の長良が阿賀野の手を掴み、壁際に抱き寄せられていた。火照りを残した長良の体温と、微かに残る汗の匂いが阿賀野の鼻腔をくすぐる。
「だ……だって……ここ部室ですし……誰かに見られたら……」
「へえ、気にするのそこなんだ? 長良に迫られるのは嫌じゃないんだ?」
「いや……! それはその……何というか……」
モゴモゴとバツが悪そうに口を動かす阿賀野に長良はニヤニヤと口角を上げると腰に手を回す。
「長良さぁ〜……前からマネージャーの阿賀野には感謝してるんだよ? ちょっと気になってるくらい。だから……ね?」
至近距離で迫る長良の顔面に阿賀野は顔を真っ赤にして顔を逸らす。それが拒絶によるものでは無いということは、お互い分かっていた。
「わ……分かりました……。それじゃあ少しだけ……」
小声ではあるが、確かに聞こえてきた了承の言葉に長良は一瞬不敵な笑みを浮かべる。
「やったー! それじゃあ奥いこっか。大丈夫! もうみんな帰った後だから! 誰にも見られないって!」
「は、はい……」
いつもの無邪気な笑顔を浮かべ、長良が阿賀野の肩を抱いて部室の奥へと向かう。阿賀野はこれから起きることに胸を高鳴らせ――。
「阿賀野姉ぇ!」
自分を呼ぶ矢矧の声に阿賀野は布団から起き上がる。
「……何? なんなの……?」
「これ! 乾電池! 買ってきたからね! ここに置いておくから!」
「ああうん……わかった……」
キビキビとした動きで矢矧が乾電池を机に置いて部屋を出る。残された阿賀野はゆっくりとした動きで乾電池。手に取り、エアコンのリモコンの電池を取り替える。蓋を閉め、リモコンを布団の横に置く。
「続きぃ! 続きは!? もう意地でも続き見る!」
すると、阿賀野はそう叫んで再び布団を被り、眠りにつこうとする。
(続き見るならどっちがいいだろう……)
布団の中でそんなことを考える阿賀野。
(……最初! 最初のやつ! 最初に見たやつの続きがいい! 2つ目も捨てがたいけど!! もう本当に捨てがたいけど!!!)
そんなことを思いつつ、阿賀野は眠りについた。
「今日は楽しかったですね~長良さん!」
「そうだね~!」
ショッピングモールで意気揚々な阿賀野と長良。休日、2人はここで食べ歩きをしていた。
「……でも阿賀野をここから帰す訳にはいかない」
長良がそう言うと周囲の店が一斉に閉まりだす。
「そ、そんな……! 長良さんまさか……!」
「ふふ……そういうことだよ阿賀野……」
「そ、そんな……! そういうことってどういうことですか!?」
「そういうことはそういうことだよ阿賀野……」
「どういうことですか!?」
「そういうことだよ」
「そ、そんな……!」
「ちなみに一度閉じ込められたら一年は出られないから」
「そんな……! どこから出たんですか一年って数字は!?」
「知らない」
「そんな……!」
「閉じ込められたくなかったら長良を倒していくんだね阿賀野」
「くっ……!」
構えを取る長良に対抗するように阿賀野も構える。2人の間に一触即発の空気が漂い始めた――。
「ぴゃー! 阿賀野姉ぇー! ドーナツ買ってきたー!」
すると、酒匂の声が聞こえてきて阿賀野が布団から起き上がる。
「一緒に食べよー!」
そう言って酒匂が箱を開け、皿を用意してドーナツを取り分ける。阿賀野は無言でなすがままとなっている。
「美味しいねー!」
ドーナツを頬張り、笑みを浮かべる酒匂。
「違う!!!!」
「え!?」
すると、阿賀野が叫び、机に勢いよく顔を伏せる。唐突な阿賀野の行動に酒匂は動揺を見せる。
「阿賀野姉ぇどうしたの!? ドーナツ嫌だった!?」
「うん……違うの……違くないんだけど違うの……。酒匂は何も関係ないの……酒匂は何も悪くないの……ドーナツは嬉しいの……ドーナツは美味しいの……」
「そ、そうなの……?」
そう言ってドーナツを貪り始める阿賀野に困惑する酒匂。
「ごちそうさま! 私もう1回寝る!」
「ぴゃ! でも阿賀野姉そんなことしたら矢矧ちゃんにまた怒られ……」
「お休み!」
酒匂の言葉を振り切り、阿賀野は眠りについた。
「長良さあ~ん……! もうやめてくださあ~い……!」
「ダメ。まだまだいくよ。ほら、もう一個!」
「うぐぅ!」
椅子に縛り付けられた阿賀野の口へ、長良はゆで卵を突っ込む。
「水ください水! もう口の中パッサパサなんです! 水くださいぃ~!」
懇願する阿賀野に長良がミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出す。
「おお!」
期待に満ちた声を漏らす阿賀野。そんな彼女の希望を打ち砕くかのように目の前でその水を飲み始める長良。
「ああ!」
一転して落胆の声を漏らす阿賀野に、長良は再びゆで卵を押し付けていく。
「むぐう! ううう……。勘弁してください長良さん……。水がダメならせめてゆで卵に味つけてください! 塩かマヨネーズ! あ、ドレッシングとかでもいいですよ?」
「まだ余裕ありそうだね。倍に増やそう。ほら! 阿賀野!」
「いやぁー! うむぅ!?」
叫ぶ阿賀野の口を塞ぐように卵を押し込む長良。ただでさえ少ない口内の水分を奪われつつも阿賀野は何とか咀嚼する。
「……そもそもなんで卵食べる流れになってるんですか?」
「……さあ?」
「さあ? って何ですか! よく分からない阿賀野こんなことさせられてるんですか!?」
「そんなこと良いからほら! 阿賀野もっと食べる!」
「あー! やめてください卵高いのに~!」
「阿賀野!」
「やめてくださいって言ってるじゃないですか~!」
「阿賀野!」
「話聞いてます!?」
「阿賀野!」
「……ちょ! いい加減にしてくださ……」
「阿賀野!」
その声を聞いて阿賀野が目を覚ます。彼女の視界は長良の顔で埋まっていた。
「うわ!?」
寝起き一発目の顔面ドアップに阿賀野は思わず飛び起きる。跳ねるように持ち上がった身体を長良はギリギリで躱し、阿賀野の背中に静かな視線を向けていると、阿賀野が振り返る。
「な……長良さん……何でここに……」
「阿賀野がいつまでも寝てるっていうから……」
「あ、ああ……」
「ダメだよ意味もなく何回も寝たら。自律神経が乱れる」
「す、すいません……」
長良の言葉に阿賀野が素直に謝罪する。
「気が緩んでるんじゃない? とりあえず一回走ってみる?」
「え、え~……。それはちょっと……」
「よし! じゃあ軽く外周50くらい行っとく?」
「話聞いてました?」
自分の言葉を聞いているとは思えない長良の態度に阿賀野は渋い顔をする。
「よーし! 準備して!」
「だからやらないって……」
阿賀野が言い切る前に長良が服を脱ぎだし、スポーツウェアになる。夢で見たものと全く同じ。
「どう阿賀野? 新しいの買ったんだー! どう?」
意気揚々と阿賀野に見せつける長良。
「怖いです」
「なんで?」
阿賀野の一言に、長良は疑問の声を漏らすのだった。
「よーし、少しは目が覚めたんじゃない?」
「覚め過ぎですう~……」
「寝てばっかりだと身体が固まっちゃうからね! 軽く運動してほぐさないと!」
「軽くない~……」
滝のような汗を流して地面に突っ伏す阿賀野、途中で長良の興が乗ってしまい、外周の量は50週から100週に増やされていた。
(いい夢を見たかっただけなのに……)
息を整えつつ頭の中でぼやく阿賀野。そんな彼女の目の前に、タオルとスポーツドリンクが差し出される。
「はい、お疲れ様阿賀野」
タオルとスポーツドリンクを持った長良がそう言って笑顔を見せる。夢で見た時よりも鮮明で、まるで輝いているようだった。差し出されたものを受け取り、汗を拭って、スポーツドリンクを口に含む。
(何か……わざわざ夢で見る必要なかったのかも……)
長良のその表情を見ただけで、これまでの事がどうでもよくなる。それだけ、現実の長良の笑顔には価値があった。
「……どうしたの阿賀野? なんか機嫌よさそうじゃない?」
「いえ……。長良さんの言うことも一理あるかなって……。なんか……走ってちょっとスッキリしました……」
「本当!? じゃあ折角だから筋トレもやろう!」
「それは嫌です」
「やろう!」
「嫌です」
「やろっか!」
結局、長良が満足するまで筋トレに付き合わされた阿賀野。こういう時は夢であって欲しかったと強く思った。