───言葉が出なかった。
引越し後の新居。
前の生活からは考えられないほど、広々とした間取りに、高いエアコン。それぞれの部屋に、色々出来る配信機材。
本来ならつまらないはずのないその空間で、静寂が拡がる。
布団で寝転ぶ私の隣には、かぐやがいる。
絶対に帰さないと意気込んであの異形に挑み、勝った。私に出来たことなんて少しだったけれど、それでも勝ったのだ。嬉しいはずだった。
そこに、彼さえいれば。
今は卒業ライブから2日後。
あの戦いのあと、かぐやは卒業を取り消した。
もちろん引退詐欺のような真似をしたのだから、正式な謝罪をして。
出来るだけ燃やさぬように、【家庭内での事情から活動を続けることが困難な状態だったが、改善されたため少しずつ再開する】という建前は使わせてもらったが、ある意味真実だし、戸籍もないようなものなのだから勘弁してもらいたい。
ヤチヨはあの後、場を収めるための手伝いまでしてくれた。
ただでさえステージのセッティングから宣伝までしてもらっていたのに、頭が上がらない。
(悟……)
馬鹿みたいにはしゃいで、かぐやとはウマが合っていた。
学校では優等生(と評価されている)私となぜ一緒にいるのかと噂が立つほど問題児だったな……。一年のときはクラスの端でずっと黙っていて、二年になってからは急に騒ぎ始めるその姿から、喋らなければ完璧な男とまで言われる始末。
遠目に見えるいつもの帰り道からは、私とコントのような定型文で会話している幻影すら見えてくる。
待ち合わせには絶対遅れてくるし。
謝る時も茶化してくるし。
高校生とは思えないほどテキトー。
ほんと、最悪だよ……
「頼れって、ブーメランすぎるでしょ…約束破りの、馬鹿野郎……!」
「彩葉……」
行き場のない気持ちが勝手に口から溢れ出て、隣にいるかぐやに心配をかけてしまう。
それだけ、私は私のことが嫌いになりそうだった。
数秒とはいえ、勝ったという事実に喜び、その横の悟に気付かず、悟に創ってもらったはずの幸せに浸っていた自分が。
「ごめん、かぐや。かぐやは悪くないのに……」
「ううん、かぐやも同じ気持ちだからさ、悟見つけたら二人で問い詰めてやろ…!」
半ば当たるような態度を取ってしまったことを謝ると、かぐやが下手な作り笑いを浮かべて返してくる。
目元には若干涙すら見えることから、彼女も自責の念に駆られているのだろう。
あのライブの後、悟の家に行ったが、そこはもぬけの殻。
一回だけ遊びに行った時に見た、良くいえば過ごしやすい、悪く言えば無機質な家具は綺麗さっぱり無くなっており、見つける手段などない。
ツクヨミに痛覚がない以上、自殺か何かで死んでしまったのか、それとも何処か新天地へ独り旅立ったのかは知らないが、家の中まで整理されているということは、最初からそのつもりだったのだろう。
ピコンッ!
「通知音……?」
スマホの通知音が、静かな部屋に響く。
「……かぐやの?」
「いやいや、ほんとにかぐやが送ったのはあれだけだから!」
嫌に残る通知音から、卒業ライブのあと、かぐやから大量のウォレットが送られていたのを思い出した。
聞いてみれば、月に帰るのを察していたかぐやが、私が後の生活に困らぬようあらかじめ送っていた物だと言う。
そんな予想を壊してやったことを、思い出して実感して。
そのことに口角が上がりつつも、悟が居なくなったこともまた事実なのだと実感してしまって。
その通知音を聞いただけで泣きそうになってしまった。
送り主は────
「…五条悟」
「悟!?」
驚きのあまり零れた声に、かぐやが反応する。
「悟からのメールなの!?」
「うん……悟から」
かぐやが大騒ぎしているからか、逸る気持ちをなんとか抑えることに成功して、メールを開くことを決意する。
ぬか喜びするな。大丈夫。気持ちを強く持って。
そう思いながら、深呼吸を挟み、2030年になっても色褪せない受信ボックスのボタンを押す。
そこには一つの音声ファイル……いや、動画ファイルが入っていた。
おそらく、これを押せば悟のメッセージが出てくるのだろう。
「かぐや……準備はいい?」
「……うん!」
私が決意を固めて、押すか否かの確認を問うと、かぐやは数秒考え込んだ後、普段からは考えられない真剣さで頷いた。
その真っ直ぐなところがかぐやらしくて、私も負けてられないと思いながら、二人で再生ボタンを押した。
ピッ……
ボタンを押すと、そこはもぬけの殻だった悟の家の中。
まだ片付けられる前の在りし日の空間そのままで、少し安堵する。
『彩葉、それにかぐや……も見てるかな?まあ最強の僕が戦うんだし見てるでしょ?
……二人がこれを見てる頃には、僕はもうこの世にいないと思う。
───いやー、これ一回やってみたかったんだよね〜!!ベタな感じだけどこれがまた良くて…………って、ごめん、ふざけすぎた。
実際そうなるだろうから、そっちの緊張をほぐしたかったんだけど、イカれてるあの子たち基準じゃダメだよな』
そんな喋り出しから始まる、数日前まで当たり前のように聞いていた悟の声。
……覚悟していたことだ。
泣くな、最後までこのメッセージを聞く。
それが悟のためにもなることじゃないか。
だから、泣くな。
……泣くな。
でも、やっぱり…………
あ、これ……無理だ。
「う、ぁ……!!悟、さとるっ……!!」
「さとるぅ、いろはぁ……!!」
その一挙手一投足、一言一言があまりにも悟そのもので、かぐやも私も、堪えることなんて出来なかった。
仕方ないじゃないか、そんな言い訳を誰にも聞こえない心の中で叫びながら、動画を写すモニターに向けて視線を戻す。
『何も言わずに消える辛さは分かってるつもりだから、こうして録画してるわけなんだけど、ぶっちゃけ、何話すか全然決めてなくてね〜』
(こういう計算高いのに無鉄砲なところが、かぐやと打ち解けた理由なんだろうな……)
確かに、悟なら無計画でこういうことしそう……だなんて思わされてる時点で、悟の緊張ほぐそう作戦は成功しているのかもしれない。
『いや、決めてないってより、話すことはない。って言った方が正しいかな。もちろん、二人のことが嫌いだからとかそういうんじゃなくてね』
「「…?」」
あんな別れ方をして、話すことがないだなんて有り得るのだろうか?頭の中がそんな疑問で埋まったところで、悟は更なる追撃を入れてくる。
『まあ話すと長くなるし、詳細は省くんだけどさ、教える立場だったこともある僕からすると、僕がいなくても、二人ならもう問題ないって話』
「「……」」
『教えるどうこう関係ない私情もあるとはいえ、彩葉は人に頼ることも覚えて、かぐやは言葉の苦さも体感した。彩葉は謙遜してるけど、二人とも有名人で、名実共に最強なんだよ?最強に対する方向性が違っても、"二人で最強"……僕が唯一なし得なかったことを成し遂げたんだ。もっと自信持ちな〜?』
違う、そんな字数にすれば簡単なことが、口から出てこない。
『……煮え切らないことは否定しないよ。二人とも優しすぎるから、本当はこのメッセージ自体、送るかどうか迷った。今もまだ悩んでる……今から僕が言うことやることの辛さと苦しみは、僕自身が身をもって知ってるからね』
分からないことも、言いたいことも山ほどある。それなのに、不思議と私たちは、何一つ言葉を発することが出来なかった。
『でも、やる。たとえ僕が死んだ先でどんな罪を問われようと、それでもやる。これは知人からの受け売りなんだけどさ、普通なら人を縛り付けるような呪術が人を生かすこともある。ってね』
心臓が早鐘を打つ。何も言葉が出ない。隣のかぐやとせめてもと身を寄せて、まだ少し涙の残る目元の涙を拭く。
『二人なら大丈夫。受け取ってよ、僕から二人への、最期の
ポスっ……
かぐやも同じ思いなのだろう。差し出した手がピッタリ同タイミングで重なり合った。暖かくて、守り抜いた大好きな手。
なんとなく、この映像がもう終わるというのが分かってしまって、せっかく拭いた涙がまた零れそうになる。
『期た……ううん、違うな。二人には、彩葉にはもっとシンプルで、かぐやにはもっと強く
待って、終わらないで、
まだしたいこと、話したいこと、いっぱいあるのに……
パンケーキ食べようって、一緒に配信もしようって、沢山、たくさん約束したじゃん……だから………!
『二人とも───────
幸せになってよ……ハッピーエンドって胸張れるくらい』
────その言葉が、酷く暖かく、呪いのように刺さった気がした。
日常が戻ってきた。
真実がいて、芦花がいて、そしてかぐやがいる。
かぐやは活動を再開して以来、毎日のように配信活動をしている。
とは言っても、やりたいことをやりたい時にやりたいだけやるということに定評のあるあのかぐやだから、配信時間はまばらなのだが。
「ん……朝か」
あの騒動の後、五条悟が蒸発したことや、私たちかぐや・いろPの謝罪案件もあり、世間は騒然としたが、人の噂もなんとやら。数日もすれば勢いは落ち着き、引退詐欺により少しだけ減っていたかぐやのファン数は評価され直し、今も尚超新星として駆け上がっている。
かぐやの性格ゆえなのか、すぐにフォロワーを持ち直したのはさすがとしか言いようがない。
配信外でも裏表ないライバーランキングを作るとしたら、満場一致でかぐやが一位になるというのは、ここ数ヶ月にしては世間に浸透しすぎた事実だった。そりゃあ、逆もまた然りだけれども、そういう人は何処にでもいるから許して欲しい。
「いってきます」
「行ってら〜」
制服を着て朝ごはん食べて、身支度が完了したらローファーを履いて。
かぐやと玄関前で挨拶を交わす。
生活費を折半しろだなんて言っておきながら、今ではかぐやの方が稼ぎ頭に近いため、私も頑張らないといけない。
「おはよ〜酒寄さん」
「あれ、留学してたんじゃないの?」
相も変わらず、私について色んな噂の立つ学校を、完璧な優等生……より少し素を出して、穏やかな時間を過ごす。
数日前に真実と芦花に謝れたのも、一つの思い出として刻まれて。
「懐かしいな……」
ここ最近のことが鮮烈すぎて、解約してから二週間かそこらしか経っていないはずのアパートを懐かしみながらも、かぐやの待つマンションへと帰る。
「ただいま」
「おか〜!彩葉!今日はいろPについての質問コーナーやろうと思ってるんだけど、ど・う?」
「ダメに決まってるでしょ!?まだ謝罪動画出てからあんま経ってないし、しばらくは普通のことやって信頼を取り戻すのが……」
……まあ、かぐやがやりたいならいいか。
「……しょうがない。一回だけね?」
「え、マジ!?じゃあ早速」
「身支度してご飯食べてから!!どうせ部屋散らかしてるでしょ?」
「なぜバレた……?」
家に帰ってからは、かぐやどバカやって、たまに配信を手伝ってあげたりあげなかったり。
そうやって、彼に守られた日常を噛み締めていく───
『煮え切らないことは否定しないよ』
そうだよ、煮え切らないことだらけだよ。
いっぱい怒って、いっぱい振り回されて、初めて会った時から軽薄で、いつも飄々としてて、いっぱい困らされたけど、それでもいつの間にか、心の大切なところに入り込んでた気がする。
人と人との境界線なんて軽々と飛び越えてくるくせに、自分はいつも人との間に線を引いてる貴方が、何処かにふっと消えてしまったこと。
その境界を壊せなかったことが、今でも心に残ってるよ。
でも───
『幸せになってよ……ハッピーエンドって胸張れるくらい』
どこまでも綺麗で、とても負の感情なんて詰まってると思えないその
この言葉を何年も、何十年経っても。
いつか世間から貴方の存在が忘れ去られてしまっても、私とかぐやだけは、絶対に忘れないから。
「かぐや」
「……なに?」
「ほとぼりが冷めたら、色々協力してくれたヤチヨにも、お礼、言わないとね」
「……うん」
さっきの天真爛漫なかぐやは何処へやら。落ち着いた表情を浮かべて、私の最高のパートナーが頷く。
「よし、悟に届くくらい、キラキラのハッピーエンドにしよ」
「……うん!彩葉も一緒にだよ!!」
「当たり前でしょ?」
そんな軽口を叩き合いながら、前を向く覚悟を決めた。
夢のような夏休みが終わり、新たな新学期とともに、彩葉に日常が戻ってきました。
おとぎ話のようなかぐやとの日々はまだまだ続くものの、カメラは一旦ここでクローズ。
これが、彩葉とかぐや姫、そしてちょっと愉快な最強の物語
めでたし、めでたし
……私、かぐやと一緒に、悟から守られたものを大切にして前に進むよ。
五条悟は若人のハッピーエンドを守りたい───完
なんとかここまで駆け抜けてこれました!
いや〜、これはハッピーエンドですね〜ハハハハッ
ヤチヨも消えてないみたいですし、かぐやも月に帰りませんでしたし♪
これにてしれっと追加していた章分け、起承転結の結は終了となります!!
ここからは少しずつエピローグ…というより、蛇足〜!的なのを書いていければなと思っています。プロローグも書きましたし、せっかくなら書きたいなと。
これからも見ていただけるように更新は出来るだけ早めにしますので、応援お願いします!(作品の感想が一番モチベ上がります!)
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