借り物が本物になるまでの話   作:秋雪宅天

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虚勢Ⅰ:白い部屋の祝福

三条理久は、自分の死に方が気に入らなかった。

 

 もっとこう、あるだろうと思う。

 誰かを庇って死ぬとか、せめて何かに抗って死ぬとか。そういう“それっぽい終わり方”が。

 

 なのに現実は、拍子抜けするほどしょうもなかった。

 

 夜道。

 イヤホン。

 スマホ。

 赤信号を雑に渡って、横から来たトラックに撥ねられた。

 

 終わりだ。

 

 痛かった、と思う。

 けれど最後に胸を満たしていたのは、痛みよりも苛立ちだった。

 

 ――こんな終わり方、あるかよ。

 

 だってまだ何も始まっていなかった。

 

 理久は特別な人間になるはずだった。

 少なくとも、自分ではそう思っていた。

 

 勉強はそんなにできない。部活も続かない。バイトも長続きしない。何かを本気で積み上げた経験なんて、ろくにない。

 それでも心のどこかでは、自分には“舞台さえ整えば上へ行ける何か”があると信じていた。

 

 今はまだ違うだけ。

 当たりを引いていないだけ。

 才能をもらっていないだけ。

 

 なのに、その前に人生が終わるなんて、納得できるはずがなかった。

 

「……クソ」

 

 そう吐いたつもりだった。

 

 次に目を開けたとき、世界は真っ白だった。

 

 床も壁も天井もない。

 ただ白いだけの空間。何もない場所を、わざわざ“白”で塗りつぶしたみたいな、不自然な白さだった。

 

 その中心に、女が立っていた。

 

 白い髪。白い衣。白い肌。

 整いすぎた顔立ちは、綺麗というより作り物めいていた。人間が美しいと思う要素だけを寄せ集めて作った像のようだった。

 

 だが、いちばん妙だったのはその目だ。

 柔らかく笑っているのに、まるで笑っていない。正確には――理久ではなく、その反応の先を見ているような目だった。

 

「目が覚めたのね」

 

 声音は甘く、驚くほど優しかった。

 優しすぎて、逆に現実味がない。

 

 理久は身体を起こして周囲を見回した。どこまで見ても白しかない。

 

「……ここ、どこだよ」

 

「死後の狭間、とでも思っておけばいいわ」

 

 数秒、理久は黙った。

 

 そして次の瞬間、目を見開く。

 

「え。じゃあ俺、死んだの?」

 

「ええ」

 

「マジで?」

 

「マジで」

 

 平然と頷かれたことで、理久の頭の中で一気に線が繋がった。

 

 白い空間。

 綺麗すぎる女。

 死後。

 そして自分だけがここにいる。

 

「……ああ」

 

 口元が、勝手に緩んだ。

 

「これ、あれか」

 

 女は微笑んだまま首を傾げる。

 

「何かしら?」

 

「転生とか、そういうやつ?」

 

 その問いに、女の笑みがほんの少しだけ深くなった。

 

 それで十分だった。

 

 来た。

 ようやく来たのだ。

 

 こういうのを待っていた。

 今までの人生がパッとしなかったのも、全部このための前振りだったのかもしれない。

 

「で?」

 

 理久は、にやりと笑う。

 

「何くれんの?」

 

 遠慮も躊躇もなかった。

 理久の中ではもう、この先の展開はほとんど決まっている。強い力をもらって、異世界で無双して、周りにすげえすげえ言わせて、自分が本当に特別だったことを証明する。そういう流れだ。

 

 女は理久を見つめた。

 その視線は優しかったが、同時にひどく冷たかった。檻の前にしゃがみこんで、小動物の反応を眺める子どもみたいな目だった。

 

「特別に、好きな力を与えてあげる」

 

「マジ?」

 

「ええ。お前が望む力を」

 

 お前、という呼び方が少し引っかかった。

 けれど理久は、すぐにどうでもよくなった。

 

 好きな力。

 選べるのか。最強能力を、自分の好きなやつを。

 

 脳内にいろんな候補が浮かぶ。

 魔法。時間停止。不死身。無限成長。未来予知。

 けれどすぐに、それら全部を押しのけて、一つの姿が頭に浮かんだ。

 

 白い装甲。

 狐を思わせるシャープな頭部。

 走りも、銃も、立ち姿も、全部が“勝つ側”のデザイン。

 

 理久は、ほとんど即答した。

 

「仮面ライダーギーツ」

 

 女は一度だけ瞬きをした。

 

「……へえ」

 

「だって一番かっこいいし。強いし。主人公だし」

 

 理久は早口になる。

 

「しかもギーツって、見た瞬間に“こいつ勝つな”って分かる感じあるじゃん。あの見た目で弱いわけないし。銃あるし、ブーストあるし、普通に最強だろ」

 

 言いながら、自分でもテンションが上がっていくのが分かった。

 

 ギーツになれたら、もう終わりだ。

 いや、終わりじゃない。始まりだ。

 

 今まで何者でもなかった自分が、一気に“何者か”になれる。

 努力とか修行とか、そういう面倒なものを何段飛ばしもして、一番上の席に座れる。

 

「いいわ」

 

 女が手を差し出すと、そこに光が集まった。

 

 まず現れたのは、黒いベルト。

 見間違えるはずがない。

 デザイアドライバー。

 

 次に、白い狐の横顔を象ったギーツIDコア。

 さらに二つのバックル。

 マグナムバックル。

 ブーストバックル。

 

 理久の喉が、ごくりと鳴った。

 

「……本物」

 

「ええ」

 

「触っていい?」

 

「もうお前のものよ」

 

 理久は飛びつくようにデザイアドライバーを掴んだ。

 

 重い。冷たい。硬い。

 夢の中の玩具なんかじゃない。現実の質量があった。

 

 指先が震える。

 笑いが止まらない。

 

「やば……マジかよ……」

 

 IDコアを手に取る。

 掌の中のそれは、小さいくせに妙な存在感があった。自分のこれまでの人生全部より、こっちの方がよほど“本物”に思えた。

 

「気に入った?」

 

「気に入るに決まってんだろ……!」

理久は顔を上げた。もう隠す気もない。

 

「これで俺、勝ち確じゃん」

 

 女は笑った。

 優しげに。慈愛深く。

 

 けれど、その実。

 理久の内側を覗き込んで、ほくそ笑んでいた。

 

 ――ああ、いい。

 

 ――この顔。

 

 自分にふさわしいかどうかも考えず、力を与えられた瞬間に“勝ち”を確信する顔。

 選ばれたのだと、何の疑いもなく思い込む顔。

 転び方を知らないまま、高い場所へ立たされた人間の顔。

 

 こういう者ほど、落ちる時が美しい。

 

「転生先は、ヒーローが存在する世界よ」

 

 女はさらりと言った。

 

「“個性”という超常が当たり前にあって、ヒーローとヴィランが社会の一部として存在している世界」

 

「……は?」

 

 一瞬だけ、理久は呆けた。

 次の瞬間には、破顔していた。

 

「ヒロアカみたいな世界ってこと!?」

 

「そう思ってもらって構わないわ」

 

「最高じゃん!」

 

 理久は笑いを抑えられなかった。

 

 ヒーローがいて、ヴィランがいて、超常が溢れている世界。

 その中で、自分は無個性かもしれないが、関係ない。ギーツの力がある。

 

 むしろおいしい。

 無個性から最強。

 めちゃくちゃ主人公だ。

 

「雄英とか入れる? ヒーロー科とか行ける? いや、行けるか。これあるし。てか余裕だろ」

 

 理久はもう、入学した後のことまで勝手に想像していた。

 周囲を驚かせる登場。

 圧倒する戦闘。

 教師たちがどよめき、クラスメイトが一目置く。

 

 その中心に、自分がいる。

 

 女はただ頷くだけだった。

 

「好きにするといいわ」

 

「じゃあ、もう行かせてくれよ」

 

 理久はデザイアドライバーを抱えたまま、今にも飛び出しそうな顔で言った。

 特別な使命を授かった英雄というより、新作ゲームを買ってもらった子どもに近い顔だった。

 

 女が片手を上げる。

 

 白い空間が揺らいだ。

 足元が抜ける。

 

「新しい人生を楽しんで」

 

 その声は、どこまでも甘かった。

 

 理久の身体が、底のない白へ落ちていく。

 それでもその顔には期待しかない。恐怖などほとんどない。あるのは、これから始まる自分の無双への確信だけだ。

 

「っしゃあ!」

 

 落ちながら、理久は叫んだ。

 

「見てろよ! 今度こそ俺、最強になるからな!」

 

 白が砕ける。

 理久の姿が消える。

 

 静寂が戻った。

 

 女は、そこで初めて、口元を隠しもせずに笑った。

 

「最強、ね」

 

 くすり、と。

 

「本当に、おもしろい子」

 

 その声に応えるように、空間の奥で気配が揺れた。

 

 何の前触れもなく、そこに一人の男が立っている。

 白を基調とした衣装。光を薄くまとったような髪。

 人の姿をしているのに、どこか現実から半歩ずれて見える佇まいだった。

 

 浮世英寿は、理久が消えた先をしばらく見つめていた。

 

 女は上機嫌のまま微笑む。

 

「どう? お前の力をあげたの。少しは気になるでしょう?」

 

 英寿はすぐには答えなかった。

 ただ、白の向こうを見ている。

 

 やがて、小さく息を吐く。

 

「……趣味が悪いな」

 

「褒め言葉として受け取っておくわ」

 

「褒めてない」

 

 声音は淡々としていた。

 怒っているわけでもない。けれど、女の悪趣味に付き合って笑うつもりもなかった。

 

 女は肩をすくめる。

 

「でも気になるんじゃない? 自分の力を手にした子が、どこまで行けるのか」

 

 英寿は少しだけ目を細めた。

 

「まだ何でもない」

 

「淡白ね。せっかくギーツの力を持っているのに?」

 

「力を持ってるってだけだ」

 

 短く、はっきりと。

 

 その一言には、見下しも嘲りもなかった。

 ただ、それだけでは足りないと知っている者の実感だけがあった。

 

 女は楽しそうに首を傾げる。

 

「なら、放っておくの?」

 

 英寿は理久が落ちていった白の裂け目を見たまま答える。

 

「……今は何を言っても同じだろ」

 

「そう」

 

「ああいうのは、自分で痛い目を見ないと分からない」

 

 女は満足そうに笑った。

 まるで、それこそ自分が聞きたかった答えだと言わんばかりに。

 

「じゃあ見ていましょうか。あの子が、どこで折れるのか」

 

 英寿はその言葉には乗らなかった。

 

 少しの沈黙のあと、静かに言う。

 

「折れるかどうかは、まだ分からない」

 

 女が目を細める。

 

「優しいのね」

 

「別に」

 

 英寿は視線を戻さないまま、淡々と続けた。

 

「勘違いしたまま終わるなら、それまでだ。

 でも、自分で気づけるなら――その先はある」

 

 白い空間に、再び静けさが落ちた。

 

 祝福は与えられた。

 けれどそれは、救済なんかじゃない。

 

 空っぽのまま特別な力を掴んだ少年が、何を壊し、何を失い、それでもなお立てるのか。

 それを見届けるための、ひどく歪な幕開けだった。

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