ショタ魔族ワイ、フリーレンに腰ヘコヘコして無事死亡 作:(⩌ˬ⩌)
二十七回目の死で異変が起きた。
正確な回数は覚えていない。二十七回かもしれないし三十回かもしれない。途中から数えるのが面倒になった。
だって毎回死因が違うんだ。斬撃、圧殺、業火、氷結、雷撃、酸素を消される、血液を沸騰させられる、細胞を一個ずつ分解される、重力を百倍にされる、体内の水分を全部抜かれる。
彼女の殺しのバリエーションは本当に豊富で、最強のエルフの名は伊達じゃないなと感心したものだ。
感心してる場合じゃないんだけど。
で、二十七回目(たぶん)の死は、存在の概念ごと消去する魔法だった。
これがキツかった。
今までの死は、肉体が壊れる系だった。ぐちゃぐちゃにされようが燃やされようが凍らされようが物理的な破壊に対しては割とすぐ戻れた。
痛いけど。すっごく痛いけど。
でも概念消去は次元が違った。
肉体どころかリヒトという存在がこの世界にいたという事実ごと抹消された。
僕を構成していた物質も、僕が残した痕跡も、僕の足跡が地面につけた窪みすら——全部消えた。
呪いはそれでも発動した。
存在が消去されたという結果を世界から削除し、時間を巻き戻す。しかし消された範囲が広すぎて、巻き戻しに要する力がとんでもないことになった。
意識だけが暗闇の中に漂っている。
体がない。五感がない。あるのは僕という意識の残滓だけ。
真っ暗な虚空の中で、ぼんやりと考える。
——ああ、これ、復活に時間かかるやつだ。
今までも稀にあった。致命度の高い殺され方をすると、復活までの時間が伸びる。
概念消去は——たぶん、最長記録を更新する。
暗闇の中で、僕は待った。
待つしかなかった。
♢ ♢ ♢
——どれくらい経っただろう。
分からない。時間の感覚がない。一日かもしれないし、一週間かもしれない。
暗闇の中に光が灯った。
小さな蛍みたいな光。それが僕の意識の中心にふわりと浮かんで、じわじわと広がっていく。
体が再構成されていく感覚。最初に戻ってきたのは触覚だった。
指先に——地面の冷たさが伝わる。湿った苔の感触。次に嗅覚。森の匂い。土と木と、微かに焦げた匂い。それから聴覚。鳥の声。風の音。
最後に視覚が戻った。
「むにゃ……」
ぱちり、と目を開ける。
木漏れ日が見えた。緑色の天蓋。梢の隙間から差し込む淡い光。
僕はしばらく仰向けのまま空を見つめていた。体がだるい。指一本動かすのにも妙に力が要る。
三時間くらいそうしていた。
それから、のろのろと上体を起こした。
辺りを見回す。
見覚えのある場所だった。ゼーリエお姉ちゃんの森。巨木に囲まれた円形の空間。初めてお姉ちゃんに会った場所。あの太腿を初めて目撃した、僕にとっての聖地。
ゼーリエお姉ちゃんの姿は、なかった。
誰もいない。
広間の中央には、お姉ちゃんが座っていたはずの場所に何もない。気配もない。魔力の残滓はあるが、それはこの森全体に染み込んだ古い魔力であって、今ここにいることを示すものではない。
いない。
ゼーリエお姉ちゃんが、いない。
「……」
僕はよろよろと立ち上がった。足元がふらつく。まだ体が本調子じゃない。
広間をぐるりと見回した。何かの手がかりがないか。行き先を示す痕跡、置き手紙、あるいは——いや、置き手紙なんかあるわけないだろう。
ゼーリエお姉ちゃんが僕のために手紙を残す世界線は、全宇宙のどの次元にも存在しない。
いない。
本当にいない。
復活に時間がかかっている間に——どこかへ行ってしまった。
僕を何十回も殺したことに飽きたのか。あるいは最初から、この場所は一時的な滞在地でしかなかったのか。どちらにせよ結果は同じだ。僕がぼんやり暗闇で浮かんでいる間に、お姉ちゃんは消えた。
「ゼーリエお姉ちゃん……嘘だよな……?」
声が出た。自分でも驚くくらい、情けない声だった。
いない。
留守。
お出かけ中。
行き先不明。
帰宅予定不明。
連絡先不明。
どこ住み?
「……」
僕はゼーリエお姉ちゃんが座っていた場所まで歩いた。
そこに立って、地面を見下ろした。
苔むした地面。ゼーリエお姉ちゃんの魔力が何百年もかけて染み込んだ、この森で最も濃密な場所。
お姉ちゃんがここに座っていた。あの完璧な白い衣を纏い、あの金色の髪を風に揺らし、太腿を惜しげもなく——
ぐ、と。
腹の底から何かがせり上がってきた。
悲しみ? 違う。寂しさ? それもある。でも一番大きいのは——怒りだった。
何十回も殺したくせに。
散々消し炭にしたくせに。
ぺしゃんこにして、凍らせて、焼いて、溶かして、蒸発させて、概念ごと消去して——そこまでやっておいて、僕が復活する前にいなくなるって何?
なんなの? 無責任じゃない? 殺すだけ殺して後始末しないの? 殺した相手が復活するまで待つのが礼儀ってもんでしょ?
いや、そんな礼儀はないけど。
でもむかつく。
すっっっごくむかつく。
せっかく頑張って復活したのに。概念消去からの復帰って死ぬほどキツいのに、それを乗り越えて戻ってきたのに。なんでいないの。なんで。
僕はゼーリエお姉ちゃんがいた場所の地面を睨みつけた。
苔むした地面。しっとりとした土。ゼーリエお姉ちゃんの残り香。
僕の中で、何かが弾けた。
理性の最後の一本が、ぷつん、と切れる音がした。
分かった。
ゼーリエお姉ちゃんがいないなら。
ゼーリエお姉ちゃんがいた場所にする。
僕は地面に膝をついた。
両手を苔の上に置いた。
そして——腰を、前に出した。
ヘコ……♡
「ここにゼーリエお姉ちゃんがいた……」
ヘコ……♡ ヘコ……♡
「ここにお姉ちゃんの太腿があった……この苔はお姉ちゃんの尻圧を受け止めていた……!!」
ヘコ……♡ ヘコ……♡ ヘコ……♡
「お姉ちゃんの魔力がまだ残ってる……苔にお姉ちゃんの匂いが染みてる……あぁっ、土の匂いに混じるこの微かな甘い匂い、絶対にお姉ちゃんの体臭……ッ!!♡絶対風呂とか入ってない匂い!!♡♡♡」
ヘコヘコヘコヘコヘコヘコ——
原生林の奥深く。大魔法使いゼーリエの聖域のど真ん中で。世界で最も悍ましい不死の呪いを宿した古の魔族が、地面に向かって全力で腰をヘコヘコしていた。
碧い瞳は涙で滲んでいた。怒りと悲しみと性欲がごちゃ混ぜになった涙だった。
「むかつく……っ! むかつくむかつくむかつく……っ! 何十回も殺しておいて置いてくとか……っ! 酷い……酷すぎる……僕のピュアなヘコヘコを弄んだ、お姉ちゃんの馬鹿……っ!」
ヘコヘコヘコヘコ。
「でも好き……っ! やっぱ好き……♡ お姉ちゃんの冷たい目が好き……お姉ちゃんのくだらんが好き……お姉ちゃんの太腿が……太腿がぁ……っ♡この苔、半分お姉ちゃんの太ももでしょ!♡♡」
ヘコヘコヘコヘコヘコヘコヘコヘコ。
森の鳥たちが一斉に飛び立った。
小動物たちが巣穴に逃げ込んだ。
この森に棲む全ての生き物が、本能的に「あそこに近づいてはいけない」と判断した。それは正しい判断だった。この光景を目撃したら、種族を問わず心に深い傷を負う。
僕は地面をヘコヘコしながら泣いていた。
格好悪い。最高に格好悪い。前世の僕が見たら首を吊る。いや前世の僕も似たようなもんだったかもしれない。
枕を相手に似たようなことをしていた微かな記憶がある。人類は進歩しない。転生しても進歩しない。
どうしてこうなっちゃったんだろうね。僕たち……。
でも止められなかった。
ゼーリエお姉ちゃんがいない。その事実が、想像以上に僕の胸を抉っていた。
「……」
ヘコヘコが止まった。
僕は地面に突っ伏したまま、しばらく動かなかった。頬に苔の冷たさが伝わる。土の匂い。湿った空気。静かな森。
涙は止まっていた。
代わりに、腹の底で何かが固まっていくのを感じた。
ぐつぐつと。溶岩みたいに。熱くて、重くて、どろどろした決意のようなもの。
服についた苔と泥を払い、膝を叩いて立ち上がる。
僕は自分の手を見下ろした。
小さな手。子供の手。握っても大した力は出ない。
魔法を使ってもろくな威力は出ない。弱い。圧倒的に弱い。ゼーリエお姉ちゃんの前では、虫ケラ以下の存在。
今のままじゃお姉ちゃんの太腿に触れることすらできない。
そして──■■ことも。
近づく前に殺される。殺されても復活するけど、復活しても殺される。
その無限ループだ。突破口がない。美少年スマイルは通じない。低空スライディングは届かない。正面突撃は論外。
つまり足りないのだ。
圧倒的に。力が。
僕が本気でゼーリエお姉ちゃんと腰ヘコヘコしたいならせめて一瞬でも、一秒でも、お姉ちゃんの攻撃をかいくぐれるだけの力が必要だ。
一瞬でいい。
ゼーリエお姉ちゃんの殺意を搔い潜り、あの太腿に、腰にへこへこしたい……(怒)
なら——やることは一つ。
強くなる。
ゼーリエお姉ちゃんの太腿に触れるその日まで、ひたすら強くなる。
これが僕の新しい人生の目標になった。
前回の目標は可愛い女の子と腰ヘコヘコするだった。新しい目標はゼーリエお姉ちゃんの太腿に触れるために最強クラスの魔族になるだ。
スケールが上がっただけで、本質は一ミリも変わっていない。我ながら感心する。
♢ ♢ ♢
出発の前に、僕はもう一度だけ広間の中央に立った。
ゼーリエお姉ちゃんがいた場所。
さっき怒りの腰ヘコヘコをしたせいで苔がちょっと荒れている。申し訳ない。苔に罪はない。
僕は地面にしゃがみ込んで、苔をそっと撫でた。
「行ってくるね、お姉ちゃん」
返事はない。当たり前だ。
「次に会うときは、もうちょっとだけ強くなってると思うよ♡」
苔は黙っている。
「待っててね♡」
森を出よう。
この大陸を旅しよう。
強い奴と戦おう。負けよう。死のう。復活しよう。そこから学ぼう。また戦おう。また負けよう。また死のう。また復活しよう。何百回でも、何千回でも。
死ぬたびに少しだけ強くなる。
それが僕の唯一の才能だ。
不死という呪いを、強くなるための踏み台にする。死に覚えゲーのリアル版。世界で最も命を粗末にする修行法。
でも、僕には他に方法がない。才能がない。魔法の素質も大した事ない。剣も使えない。頭だって良くない。
あるのは死なないことと、腰ヘコヘコへの執着だけ。
それだけあれば十分だ。