ショタ魔族ワイ、フリーレンに腰ヘコヘコして無事死亡   作:(⩌ˬ⩌)

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第六話 貴方の街のリヒトきゅん

勇者ヒンメルの死から二十八年後  

 

中央諸国 バクル峡谷  ~城塞都市ヴァール~

 

♢   ♢   ♢

 

城壁は高かった。

 

バクル峡谷の切り立った崖に張り付くようにして建てられた城塞都市ヴァールは巨大な関所を擁する要衝だった。

峡谷を吹き抜ける風は冷たく、石畳の街路に乾いた音を立てて砂埃を転がしている。

 

関所の前でフリーレン一行は足を止めていた。

 

「北側諸国は魔物の動きが活発でな。現在関所の通行は認められていない」

 

門番の男は鎧の胸を張って言い切った。融通の利かなそうな顔。規律に忠実な叩き上げの衛兵特有の頑固さが全身から滲み出ている。

 

「少なくとも俺が着任してからは、魔物も人も一匹たりとも通していない」

 

「へえ」

 

フリーレンがぼんやりとした声を漏らした。

門番の宣言を聞いた顔は困っているでも、怒っているでもなく——どこか嬉しそうだった。

 

「じゃあしばらくはこの街にいないといけないんだね」

 

フリーレンの口元が、ほんの僅かに緩んだ。

 

「久しぶりにゆっくり魔法の研究ができるね」

 

隣で聞いていたフェルンの目が、すぅっと細くなった。

 

「……」

 

じと、と。

視線がフリーレンの横顔に突き刺さる。フリーレンはそれを完璧に無視して、鼻歌混じりに踵を返した。

 

「フリーレン様」

 

「ん?」

 

「関所が開くのを待つと、どのくらいかかるんですか」

 

「さあ。二年くらいかな」

 

「二年」

 

「うん。二年」

 

フェルンの眉間に、深い深い溝が刻まれた。

 

その隣でシュタルクが「二年はさすがにキツいだろ……」と頭を掻いている。

しかしフリーレンはもう聞いていない。足取りは軽く、どこか浮かれた様子で街の方へ歩き出している。完全に魔法研究モードに突入した顔だ。

 

——と。

 

「……」

 

フリーレンの足が、止まった。

 

ほんの一瞬。まばたき一回分にも満たない、ごく微かな停止。

表情は変わらない。いつも通り何を見ているのか分からない。

 

だが——確かに止まった。

 

何かに気づいたように。何かの匂いを嗅ぎとったように。

 

フェルンがそれを見咎める前に、フリーレンはもう歩き出していた。何事もなかったかのように。足取りも速度もさっきと変わらない。

 

「?」

 

気のせいだったのかもしれない。

 

この時点では、まだそう思えた。

 

♢   ♢   ♢

 

三人はそれぞれ単独行動に移った。

 

フェルンは街の情報収集。シュタルクは「腹減った」と言いながら食事処を探しに。

 

フェルンは一人で石畳の街路を歩いていた。城塞都市というだけあって街は堅牢な造りだが、関所の封鎖で商売が停滞しているためか、市場に活気が少ない。

通りを歩く人の数も疎らで、どこか沈んだ空気が漂っている。

 

関所が開く見通しについて聞き込みをしようと、市場の方へ足を向けたときだった。

 

声が聞こえた。

 

「——ねえねえお姉ちゃん、このリンゴ美味しいよ! 今朝入荷したばかりだからぴちぴち! お姉ちゃんの肌みたいにね♡」

 

フェルンの足が止まった。

 

聞き覚えのある声だった。高くて、明るくて、少年特有の屈託のない響き。

だが、その中に混じっている奇妙な甘さ……媚びるような、まとわりつくような。あの、独特の。

 

まさか。

 

フェルンはゆっくりと声の方向に目を向けた。

 

「!!」

 

市場の一角。青果を並べた露店の前に蜂蜜色の髪の少年がいた。

 

碧い瞳。白い肌。柔らかな頬の輪郭。記憶の中の泥だらけの迷子とは全く違う、小綺麗な身なりをした少年。

仕立ての良い半袖のシャツに、膝上までの短いズボン。足元は革の編み上げ靴。服装はすっかり変わっている。

 

だが、顔は同じだった。

 

あの顔を忘れられるわけがなかった。

 

少年は露店の前で、若い女性客に向かって満面の笑みを振りまいていた。片手にリンゴ、もう片方の手には黄色い花を一輪。

 

「はい、お姉ちゃんにはこれもサービス! この花、お姉ちゃんの笑顔に似合うと思って♡」

 

「まあ、リヒト君ったら♡」

 

女性客が頬を染めて花を受け取る。少年は女性の手をそっと両手で包み込んで、上目遣いでにっこりと微笑んだ。

 

「また来てね、お姉ちゃん♡ 僕、お姉ちゃんのこと待ってるから」

 

「もう、こんな小さいのに口が上手いんだから♡」

 

女性客がきゃあきゃあと笑いながら去っていく。

 

血の気が引いた。

 

間違いない。

 

あの少年だ。数日前にフリーレンが消し飛ばした——魔族!

 

「街の中に魔族が……!」

 

フェルンは後退ろうとした。距離を取って、フリーレンに報告しなければ。しかし足が動く前に、少年がこちらを向いた。

 

「──」

 

碧い瞳が、フェルンを捉えた。

 

一瞬の間。

 

少年の表情に殺意が浮かんだ——ように見えた。

だがそれは本当に一瞬のことで、次の瞬間には完璧な笑顔に戻っていた。

 

ぱっと花が咲くような笑顔。

 

少年が手を振った。無邪気にフェルンに向かって。

 

「あっ!♡ フェルンお姉ちゃんだ!♡ 久しぶり!♡」

 

フェルンの背筋を氷柱が一本貫いた。

魔族。

人間の言葉を操り、油断を誘う捕食者。

 

フェルンが杖を構えようとした——その時。

 

「あれ」

 

背後から声がかかった。振り返るとシュタルクが駆け寄ってきた。

 

「お前こんなとこに——って、なんだよその顔。幽霊でも見たのか?」

 

「シュタルク様」

 

フェルンは無言で市場の方を指差した。

 

シュタルクが視線を辿り——固まった。

 

「……は? あいつ……死んだんじゃなかったのか……?」

 

蜂蜜色の髪の少年が、市場の真ん中でにこにこと手を振っている。

 

「お兄ちゃんも久しぶり! 元気だった? ねえねえ、リンゴ食べる?それとも僕がフェルンお姉ちゃんに腰ヘコヘコするの見る?」」

 

シュタルクは反射的に腰の斧に手を伸ばし、フェルンは杖を握り締めた。

市場の喧騒の中で、二人の間に張り詰めた空気が走る。

 

だが少年は動じなかった。

 

両手を上げて、ひらひらと振って見せた。降参のポーズ。にこにこ笑っている。

 

「そんなに怖い顔しないでよ。僕、今は何もしないから。ね? ここ、人がいっぱいいるし」

 

周囲を見回す。市場には買い物客や露店の主人たちが行き交っている。

その誰もが少年を見て「あ、リヒト君だ」「今日も可愛いわねえ」と微笑んでいる。

 

この少年は——完全に、この街の住人として溶け込んでいた。

 

「……フリーレン様に報告します」

 

フェルンが低い声で言った。

 

「あはは、どうぞ!♡フリーレンちゃんは多分何もしないと思うけどねー♡」

 

フェルンはその言葉を無視して踵を返した。シュタルクもフェルンに続く。

背中にリヒトの「いってらっしゃーい♡」という声が投げかけられたが、二人とも振り返らなかった。

 

♢   ♢   ♢

 

フリーレンは宿屋の二階の部屋で本を読んでいた。

 

魔導書を広げて、時折メモを取りながら、実に幸せそうな顔をしている。

フェルンとシュタルクが息を切らせて飛び込んできたときも、視線は本から動かなかった。

 

「フリーレン様。あの魔族が街にいます」

 

フェルンの声は硬かった。

平素の丁寧さは保っているが、その下に警戒と緊張がぴんと張り詰めている。

 

「市場で堂々と店を出してました。街の人たちとも普通に……というか、かなり親しくしてます」

 

フリーレンのページを捲る手が止まった。

 

「知ってる」

 

淡々と。

 

「街に入った時から気づいてた」

 

「え?」

 

フェルンの瞳が揺れた。シュタルクも「嘘だろ」という顔をしている。

 

「気づいていて、なぜ放置しているんですか」

 

当然の疑問だった。フリーレンは魔族を見つけたら殺す。それが彼女の行動原理だ。例外はない——はずだ。

あの街道で出会ったとき、迷いなく消し飛ばしたではないか。

 

フリーレンは本を閉じた。表紙の上に両手を置いて、少しだけ視線を窓の外に向けた。

城塞都市の石造りの屋根が、午後の日差しを受けて白く光っている。

 

「今のあいつは人を食べないよ」

 

フェルンの眉がぴくりと動いた。

 

「……どういう意味ですか」

 

「そのままの意味だよ。約束だから」

 

「約束?」

 

フェルンが聞き返した。約束。魔族と約束。フリーレンが。

 

魔族は人間の言葉で嘘をつく。魔族の約束なんて何の価値もない。

フリーレンは誰よりもそれを知っているはずだ。それなのに——約束?

 

「フリーレン、それってどういう——」

 

シュタルクが踏み込もうとした。しかしフリーレンはもう本を開き直していた。

視線は活字に落ちていて、会話を続ける意思がないことを全身で表明している。

 

ただ一言だけ、ページを捲りながら付け加えた。

 

「面倒だから、あんまり関わらない方がいいよ」

 

それきり、フリーレンは黙った。

 

部屋に沈黙が落ちる。

 

フェルンとシュタルクは顔を見合わせた。フェルンの目には納得のいかない光が宿り、シュタルクの顔には困惑が刻まれている。

 

約束。

 

魔族との約束。

 

誰と誰が交わした約束のことを言っているのだろう。

 

答えは出なかった。フリーレンがそれ以上語る気がないことだけは、痛いほど明白だった。

 

♢   ♢   ♢

 

宿を出たフェルンとシュタルクは、気を取り直して関所を越える方法を探し始めた。

 

空路は結界で封鎖、商人ギルドは交易全面停止、闇市も盗賊ギルドも手がかりなし。どこに行っても「無理です」「諦めてください」の一点張り。

 

だが、二人の調査行にはもう一つ想定外のストレスが付きまとっていた。

 

行く先々であの魔族の痕跡にぶつかるのだ。

 

最初は商人ギルドだった。

 

受付で関所の状況を問い合わせた帰り際、シュタルクがふと壁に目を留めた。受付の横に掛かっている額縁。中には何枚かの肖像画が飾られていて、その下に「名誉会員」の文字。

 

一番右端の肖像画に描かれていたのは、蜂蜜色の髪の少年だった。

 

にこにこと笑っている。碧い瞳。人懐っこい笑顔。間違いなくリヒトだ。

肖像画の下には金の飾り文字で『リヒト殿——当ギルドの永年の友にして、多大なる貢献に感謝を』と刻まれている。

 

「……おい、あれ」

 

シュタルクがフェルンの袖を引いた。フェルンが肖像画を見上げ、眉間の皺がさらに深くなった。

 

受付の女性が二人の視線に気づいて、にっこりと微笑んだ。

 

「あら、リヒト君のお知り合い? あの子はこの街の宝よ。もう何年もギルドに貢献してくれていて……小さいのにしっかりしてるの。商才があるのよねえ」

 

「何年も……?」

 

シュタルクが呟いた。何年も。あの外見で、何年も。見た目は十歳そこらの子供なのに。

 

「ええ。私がここに入った時にはもうリヒト君はいたわ。変わらないわよねえ、あの子。いつまでも可愛らしくて」

 

受付の女性はうっとりとした目で肖像画を見つめている。

 

変わらない。

 

……何故、変わらないのを疑問に思わないのだろうか?

 

明らかに怪しいだろう。

 

フェルンは無言で踵を返した。シュタルクが慌てて追いかける。

 

♢   ♢   ♢

 

次は宿屋の受付だった。

 

「あら、どうしたの?」

 

「聞きたいことがあるんです。リヒトという少年について──」

 

「あ、もしかしてリヒト君のファン?」

 

フェルンの笑顔が一瞬だけ引き攣った。

 

「違います」

 

「あらそう? でもリヒト君のお友達なら歓迎よ。あの子の紹介ならいつでも最上階の部屋を用意するわ。あの子にはいつもお世話になってるの。この宿の改装費用、半分くらい出してもらったのよ」

 

「……」

 

「小さいのにすごいわよねえ。お金持ちなのかしら。でも嫌味がないのよ、あの子は。可愛いし、気が利くしうちの若いメイドたちの脚のむくみまでマッサージで取ってくれるのよ」

 

「あ、もう結構です。他を当たります」

 

フェルンはぴしゃりと遮って宿を出た。背後で女将の「あら……」という声が聞こえたが、振り返らなかった。

 

シュタルクが半歩遅れてついてくる。

 

「おい、ちょっと機嫌悪くないか?」

 

「悪くありません」

 

「いや、めちゃくちゃ悪いだろ……」

 

フェルンは答えなかった。石畳を歩く足音がいつもより硬い。

 

♢   ♢   ♢

 

盗賊ギルドは最後の手段だった。

 

裏通りの奥まった場所にある、看板もない扉。シュタルクが怪しげなノックのパターンを叩くと、扉の裏から低い声がした。

 

「誰だ」

 

「あー、関所のことで相談が——」

 

「帰れ。一見さんお断りだ」

 

にべもない。扉が閉まりかける。

 

その時、シュタルクはやけくそ気味に口走った。

 

「リヒトの知り合いなんだけど」

 

嘘だ。知り合いではない。むしろ敵だ。

でもここまでの経験から、この街ではあの名前を出せば何かが動くということを、シュタルクは学習してしまっていた。

 

扉が止まった。

 

そしてゆっくりと、開いた。

 

薄暗い室内から、傷だらけの顔をした大男が顔を覗かせた。剣呑な目つき。

だがその目に、先ほどまでの拒絶はない。代わりにあるのは敬意とも警戒ともつかない、妙な色。

 

「リヒト坊ちゃんの?」

 

坊ちゃん。盗賊ギルドで「坊ちゃん」呼び。

 

「ま、まあ……」

 

「入れ」

 

あっさり通された。

 

薄暗い部屋の中。テーブルを囲んだ荒くれ者たちが、二人を一瞥してすぐに興味を失った。

ここでもリヒトの名前は通行証として機能するらしい。

 

「関所の件なら、こっちも手は出せねえ」

 

大男が腕を組んで言った。

 

「リヒト坊ちゃんも言ってたが、正規ルートで通してもらうしかない」

 

「リヒトが……? ていうかあいつ、アンタらみたいな裏社会にも顔が利くのかよ……」

 

「あの坊ちゃんがこの街に来たのはもう随分前だが……何年経っても見た目が変わらねえのは、まあ、深く聞くなってことだ。俺たちは、俺たちのシノギを助けてくれた恩義を返すだけだ。坊ちゃんは『孤児院の女の子たちを支援したい』って言って、俺たちの裏ルートを使って大量の——」

 

「もういいです。行きましょう、シュタルク様」

 

フェルンが大男の言葉を遮り、冷え切った目で出口へ向かった。

これ以上あの魔族の「善行を装った卑劣な下心」を聞かされれば、本当にここで魔法をぶっ放してしまいそうだったからだ。

 

二人は無言で盗賊ギルドを後にした。

 

裏も表も。この街の隅々にまで。

 

あの少年の……あの魔族の根が、張り巡らされている。

 

♢   ♢   ♢

 

「……あいつ、何者なんだよ」

 

盗賊ギルドを出たシュタルクが、夕暮れの街路で呟いた。空が橙色に染まり始めている。峡谷の風が冷たさを増してきた。

 

フェルンは黙っていた。眉間の溝は先ほどよりさらに深い。

 

「魔族なんだぞ? なのに商人ギルドの名誉会員で、宿屋の改装費出して、盗賊ギルドにも顔パスって……どういう生き方したらそうなるんだ?」

 

「……分かりません」

 

「フリーレンは『約束だから人を食べない』って言ってたけど、それ信じていいのか?」

 

「分かりません」

 

「フェルン、さっきからそれしか言ってないぞ」

 

「分からないものは分かりません」

 

ぴしゃり。フェルンの声に、不機嫌さが滲む。

分からないのだ。本当に。フリーレンの判断を疑いたくはない。

師匠が「大丈夫」と言うなら信じたい。でも相手は魔族で、あの胸やら太腿やら腰ヘコヘコやら口にしていた変態の魔族で──

 

「……とにかく、今は関所のことを考えましょう。あの魔族のことは、フリーレン様が把握している以上、今すぐどうこうする問題ではないはずです」

 

「だな。腹も減ったし……あ」

 

シュタルクが足を止めた。

 

目の前に見覚えのある建物があった。

 

木製の看板が軒先に揺れている。

 

「ここ……」

 

シュタルクの声が、少しだけ柔らかくなった。

 

「昔、師匠と来たことがある。まだ俺がガキの頃に」

 

懐かしそうに看板を見上げている。目元に微かな郷愁の色が浮かんでいる。

 

「ここのパフェがすげえんだよ。ジャンボベリースペシャルっていう、馬鹿でかいやつ。昔は全部食いきれなかったんだけど、今なら……」

 

シュタルクは扉に手をかけた。木の扉が軋んで開く。

 

店内は記憶通りだった。使い込まれた木のカウンター。丸いテーブルが幾つか。

壁に掛かった鹿の角の剥製。薄暗い照明。煙草の煙と、焼いた肉の匂い。

何年経っても変わらない。ここだけ時間が止まっているような、懐かしい空間。

 

シュタルクの口元に笑みが浮かんだ。

 

「変わってねえな……ん?」

 

言葉が途切れた。

 

カウンターの一番奥。入口から最も遠い壁際の特等席。薄暗い照明の下で、その席だけがやけに華やかだった。

 

蜂蜜色の髪。

 

碧い瞳。

 

少年がいた。

 

カウンターの特等席に玉座にでも座るかのように足をぶらぶらさせながら腰掛けている。

少年の前には巨大なパフェがそびえ立っていた。

 

ジャンボベリースペシャル。

 

少年の前のジャンボベリースペシャルは記憶の中のものより明らかに大きい。

シュタルクが子供の頃に食べきれなかったあのサイズの……さらに二回りほど巨大なパフェが、少年の前にそびえている。

 

そして。

 

少年の周囲に目を向けて、シュタルクの思考が完全に停止した。

 

空の器。

 

少年の左右と背後に、食べ終わったジャンボベリースペシャルの器が積み上がっていた。

一つ、二つ、三つ——数える。四つ、五つ、六つ。六つの空の器。六杯分のジャンボベリースペシャルを平らげた上で、今まさに七杯目に取りかかっているところだった。

 

カウンターの向こうでは、白髪混じりの恰幅のいいマスターが、何とも言えない顔をしていた。苦笑と諦めと、微かな慈愛が混じったような、長年の付き合いでしか出せない表情。

 

「オーナー、そろそろ材料が……」

 

「もう一個♡」

 

少年がクリームまみれの口元で、無邪気に笑った。スプーンを振って、軽やかに追加注文。

 

少年の首元に「Owner」と刻まれた真鍮のプレートが、ぶら下がっていた。

 

扉の前でシュタルクは凍りついていた。

 

扉を開けた姿勢のまま。右足を店内に踏み入れかけた体勢のまま。口が半開きのまま。

 

フェルンがシュタルクの背中越しに店内を覗き込み、同じく凍った。

 

碧い瞳がこちらを向いた。

 

クリームと果汁で赤と白に彩られた顔がにっこりと笑った。

 

「あ、いらっしゃい♡」

 

スプーンをくるりと回して、少年は言った。

 

「ここ、僕の店だよ」

 

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