ショタ魔族ワイ、フリーレンに腰ヘコヘコして無事死亡   作:(⩌ˬ⩌)

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第七話 パフェと変態と押し付け合い

勇者ヒンメルの死から二十八年後  

 

中央諸国 バクル峡谷  ~城塞都市ヴァール~

 

♢   ♢   ♢

 

シュタルクとフェルンはテーブル席に座っていた。

 

「……」

 

対面には蜂蜜色の髪の美少年——リヒト。首から真鍮の「Owner」プレートをぶら下げた、この店のオーナーにしてフリーレンに消し飛ばされた魔族。

 

なぜこうなったのか。

 

話は五分前に遡る。

 

「ここ、僕の店だよ」と宣言したリヒトは、クリームまみれの顔のまま二人を手招きし、「せっかく来たんだからパフェ食べてって! オーナーの奢り!」と満面の笑みで特等席の隣のテーブルに案内した。

シュタルクは断ろうとしたが、フェルンに「断ると逆に怪しまれます。ここは情報収集のつもりで」と耳打ちされ、渋々席に着いた。

 

やがて目の前にジャンボベリースペシャルが二つ、運ばれてきた。

 

——で、現在に至る。

 

「……」

 

シュタルクは目の前のパフェを見上げていた。

 

見上げて……いた……。

 

ジャンボベリースペシャル。色とりどりのベリーが幾層にも重なり、生クリームの雪崩が雪山のように盛り上がり、チョコレートソースが滝のように流れ落ち、てっぺんのサクランボがほとんど天井に届きそうな位置に鎮座している。

 

記憶と違う。

 

昔、師匠と来たときは確かに巨大なパフェだった。

子供には食べきれないほどの。

でも今の自分が見たら「案外小さかったな」と思うはず——そう想像していた。

 

だが現実は真逆だった。

 

「……デカすぎんだろ」

 

シュタルクの声が裏返った。

 

「あはは! 気づいた? 僕がオーナーになってからレシピ変えたんだ。元のサイズの三倍にしたの!♡♡♡ だってデカい方が楽しいでしょ♡ 人生もパフェもおっぱいもデカい方がいいに決まってるもんね!♡」

 

リヒトが自分のパフェ……八杯目のクリームをスプーンで掬いながら、きゃははと笑った。

 

「食べてみて食べてみて! ベリーソースの配合も僕が調整したの。甘さと酸味のバランスが絶妙なんだから!」

 

リヒトはフェルンの方に身を乗り出した。碧い瞳がきらきらと輝いている。テーブル越しに、フェルンとの距離を限界まで詰める。

 

「フェルンお姉ちゃんもほら、食べて? お姉ちゃんは甘いもの好きでしょ。分かるよ、見れば」

 

「見ればって……なぜ分かるんですか?」

 

「だって、お姉ちゃんの体が教えてくれてるもん♡」

 

リヒトの視線が、フェルンの顔から下へ移動した。

 

ゆっくりと。舐め回すように……ではなく、鑑定士が至高の芸術品を前にしたときのような畏敬すら含んだ丁寧さで。

 

「甘いもの好きな女の子の栄養って、ちゃんと然るべき場所に行くんだよね。フェルンお姉ちゃんの場合、脂肪がおっぱいに集中投資されてるタイプだ。神の采配としか思えない配分。すごいなぁ。栄養学の常識をへし折る奇跡の豊満ボディだよ♡」

 

「……」

 

フェルンが眉をひそめた。スプーンを握る手に力が入る。

 

「いやあでもよく見ると全身にもバランスよく脂肪が……太腿のあたりとかさ、パフェの生クリームみたいなむちむち感があって……エロ漫画だったら『むちちぃ♡』って擬音ついてる感じ……♡♡♡挟まれたら絶対窒息するやつだこれ♡あ、怒った? 褒めてるんだよ? 僕は脂肪の伝道師だからね。フェルンお姉ちゃんの体脂肪率は人類の至宝——」

 

「黙ってください」

 

フェルンの声が店内の空気を凍らせた。

瞳が半開きの状態でリヒトを捉えている。温度のない、湖底に沈んだ石のような冷たさ。

 

リヒトはびくりとも怯まなかった。むしろ顔をぽっと上気させて、頬に両手を当てた。

 

「お姉ちゃんの怒った顔も最高……♡ 眉間にしわ寄せるとちょっとお姉さんっぽくなって色気が増すよね……。ねえそのジト目で僕のこと見下しながら『この変態』って罵ってくれない? いや待って、先にパフェ食べて。ほら、このベリーソースの色見て。綺麗な赤でしょ? この赤、何の色に似てるか分かる?」

 

「分かりません」

 

「経血♡」

 

テーブルに沈黙が墜落した。

 

フェルンのスプーンが止まった。

シュタルクのスプーンも止まった。

 

「ね、この深みのある赤、まさに——」

 

「おい」

 

シュタルクが割って入った。堪忍袋の緒が切れた顔をしている。

 

「やめろ。やめてくれ。パフェ食ってる時にそんなこと喋るんじゃねぇよ……」

 

シュタルクがフェルンとリヒトの間に体を割り込ませるようにして、リヒトの視線を遮った。

フェルンをこれ以上この変態に晒してはいけない。男として、パーティの仲間としてここは自分が盾になるべきだ。

 

「せめて俺と話せ。フェルンにちょっかい出すな」

 

シュタルクは腕を組んでリヒトを正面から見据えた。

 

リヒトは一瞬きょとんとした。碧い瞳がシュタルクの顔を見つめ、それから上から下へと移動する。

 

顔。首。肩。胸板。腕。

 

腰——

 

「……」

 

「なんだよ」

 

リヒトの碧い目がゆっくりと細まった。

 

猫が獲物を見つけたときのような品定めの目。

 

「シュタルクお兄ちゃん」

 

「なんだ」

 

「いい体してるねぇ……♡」

 

声のトーンが変わった。

さっきまでのきゃらきゃらとした少年の声ではなく、ぬるりとした纏わりつくような甘さを帯びた声。

 

「お兄ちゃん戦士でしょ? 分かるよ、肩幅と腕の筋肉の付き方。うん、すごくいい。鍛え方に無駄がない。首から鎖骨にかけてのラインとか、もう芸術の域だよねぇ……♡」

 

「──」

 

「ねえ、僕ねぇ……最近思ったことがあるんだ」

 

リヒトがテーブルに頬杖をついた。碧い瞳を蕩けさせて、ぬるぬるとした視線をシュタルクの体の上で這わせながら。

 

「女の子も最高だけどさ、男の人もアリかなって♡」

 

「は?」

 

「お兄ちゃんくらいいい体してると、ちょっと腰ヘコヘコしてみたくなるっていうか……♡ ほら、僕ってこんな小さいでしょ? お兄ちゃんにぎゅって抱きしめられたら、きっとお兄ちゃんの胸板に僕の顔がすっぽり埋まるよね。下から激しく突き上げられたら……それってなんかこう、すごく——」

 

「や、やめろ……」

 

シュタルクの声が裏返った。椅子ごと後退って、テーブルの端まで距離を取った。顔面が蒼白だった。

 

「なに照れてるの、お兄ちゃん♡ 可愛い♡」

 

「照れてねえ!! 引いてんだよ!! お前こっち見んな!! その目でこっち見んな!! 鳥肌立ったわ!!」

 

シュタルクが全身で拒絶のジェスチャーをしている。両腕を交差させてバッテンを作り、首を全力で横に振り、足までばたばたさせている。

魔物と戦う勇気はあっても、この少年の視線に耐える勇気はなかった。

 

「俺に話しかけるな! 口を開くな! 黙ってパフェ食ってろ!」

 

「えー、お兄ちゃんが『俺と話せ』ってフェルンお姉ちゃんから矛先変えろって言ったんじゃん。僕、素直に従っただけだよ?♡」

 

「言った! 言ったけど! こっちに来ると思わねえだろ普通!!」

 

「じゃあ誰にヘコヘコすればいいの?」

 

「誰にもすんな!!」

 

シュタルクが助けを求めるようにフェルンを見た。フェルンは既にパフェを黙々と食べ進めていた。目が死んでいる。

 

「フェルン! 頼む! こいつの相手してくれ! 俺には無理だ! 貞操の危機を感じる!」

 

「私はもう限界です。シュタルク様、彼に思う存分ヘコヘコされてきてください」

 

「見捨てられた!?」

 

「シュタルク様が自分で引き受けると言ったんです」

 

「い、いや……言ったけど! あれの意味は『俺と話せ』であって『俺に発情しろ』じゃねえ!」

 

「結果は同じです」

 

「同じじゃねえだろ!!」

 

「あはは♡ 二人とも仲いいね♡」

 

リヒトがにこにこと笑いながらパフェを食べている。

クリームのついた頬が薄桜色に染まって、碧い瞳がきらきらと輝いている。顔だけ見れば天使のような美少年だが、口から出てくる言葉は天使の対極に位置していた。

 

♢   ♢   ♢

 

パフェが半分ほどに減った頃、ようやく場の空気が落ち着いた。

 

落ち着いた、というよりはフェルンとシュタルクが疲弊しきって、リヒトの暴言に反応するエネルギーが底をついたと言った方が正確かもしれない。

 

シュタルクはパフェの残りを無心でかき込んでいた。

味は認めたくないがとんでもなく美味かった。ベリーの甘酸っぱさとクリームの濃厚さが完璧に調和していて、口に入れた瞬間に頬が落ちそうになる。

子供の頃の記憶の中のジャンボベリースペシャルより、確実に旨い。サイズは三倍になったが、味も三倍になっていた。

 

悔しい。魔族のくせに味覚のセンスがいいのが、地味に悔しい。

 

フェルンもパフェを粛々と消化しながら、落ち着いた目でリヒトを観察していた。

最初の衝撃と嫌悪を押し込めて、冷静に状況を分析する目。師匠仕込みの観察者の目。

 

リヒトはパフェを綺麗に平らげ、スプーンをくるりと回してグラスに立てかけた。

ふぅ、と満足げな吐息。

 

「ごちそうさま♡」

 

クリームのついた口元を紙ナプキンで拭いて、碧い瞳がフェルンとシュタルクに向けられた。

さっきまでの変態の目ではない。

澄んだ、穏やかな底の見えない光を湛えた目。

 

不意に訪れた沈黙の中で、シュタルクがスプーンを置いた。

 

「聞きたいことがあるんだが」

 

リヒトが小首を傾げた。

 

「お前は何者なんだ」

 

真っ直ぐな問い。飾りもなく、駆け引きもない、シュタルクらしい直球。

 

「魔族だってことは分かってる。でもフリーレンはお前を放置してる。この街の人間はお前を知ってる。商人ギルドにも宿にも盗賊ギルドにも顔が利く。この店のオーナーだ。フリーレンはお前が人を食わないって言ってた。約束があるから……ってな」

 

リヒトの碧い瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。

 

約束。

 

その言葉に反応したのは確かだった。だが、少年はすぐにいつもの笑顔を取り戻した。

 

「お前は何なんだ。何がしたいんだ。なんで人間みたいに暮らしてるんだ」

 

シュタルクの問いが重なる。フェルンも真剣な瞳でリヒトを見つめていた。

 

「……」

 

リヒトは答えなかった。

 

しばらく黙って、空になったパフェのグラスを指先でなぞっていた。

ガラスの縁に沿って指が滑る。

その仕草は少年のものとしてはやけに大人びていて、数千年分の時間を内包しているかのような不思議な重みがあった。

 

やがてリヒトが顔を上げた。

 

にこ、と笑った。

 

さっきまでの変態の笑みではなかった。かといって演技の笑みでもない。なんとも形容し難い——無邪気なのに、古い。

子供の顔なのに目だけが途方もなく遠くを見ている。そんな笑顔。

 

「僕のこと知りたいんだ?♡」

 

声は軽かった。いつもの少年の声。

でも……軽さの下に何か重たいものが沈んでいるのをフェルンは感じ取った。

 

「いいよ。教えてあげる♡」

 

リヒトがテーブルに頬杖をついた。

 

「──!?」

 

その瞬間。

膨大な殺意が、店内に解き放たれた。

 

シュタルクとフェルンは、その殺意に反応すらできなかった。

あまりにも悍ましく、強大な魔力の圧。呼吸が止まり、指一本動かすことすら許されない絶対的な格の差。

 

「僕がどれだけ……血を吐くような苦労をしてきたかをね──」

 

窓の外で夕陽が峡谷の向こうに沈もうとしていた。

 

長い夜が訪れようとしている。

 

 

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