ショタ魔族ワイ、フリーレンに腰ヘコヘコして無事死亡 作:(⩌ˬ⩌)
■ 太古 ゼーリエとの邂逅から数十年後
南方大陸 ガルドスの森
♢ ♢ ♢
さて、僕は現在森の中に立っている。
見渡す限り木と岩と虫しかいないんだけど。
とりあえず状況を整理しよう。
ゼーリエちゃんに逃げられてから数十年。僕は南へ南へと歩いた。
目的?決まっている。
可愛い女の子を探すためだ。ゼーリエちゃんの太腿は世界遺産だったけど、彼女のそばにいると平均して三秒に一回は死ぬ。さすがの僕でも、もう少し生存時間の長い恋がしたい。
贅沢は言わない。
笑顔が素敵で肌が柔らかくていい匂いがして僕を膝の上に乗せてくれて頭を撫でてくれてできれば胸が大きくて最終的に腰ヘコヘコさせてくれる女の子。
それだけでいい。それだけで僕は満足なんだ。
——で、そんな女の子が暮らす集落があると聞いて南の森に来たわけだけど。
問題がひとつある。
「……」
僕は巨大な足跡を見下ろした。
地面が陥没している。足跡ひとつが僕の全身より大きい。周囲の木々は根元からへし折れ、獣の死骸が転がり、空気そのものが鉄錆みたいな匂いで澱んでいた。
ガルドス。
この森一帯を縄張りにしている魔族らしい……。
人間だろうが魔族だろうが、入ってきたものは全部殺す。知能は低いが、体がでかくて硬くて、何より力が桁違いと聞く。近隣の魔族ですら近寄らない。
で、僕が目指している集落はこの縄張りのど真ん中にある。
なんでそんなところに人間が住んでるのかって?
僕も知らない。たぶん引っ越しの概念がまだ発達してないんだろう。太古の人間は逞しいのか馬鹿なのか判断に困る。
ただ、旅の商人から聞いた情報はこうだ。
『あの集落にはそれはそれは美しい娘がおりましてな。栗色の髪に、花のような頬、胸は西瓜のように——』
はい。行きます。何があっても行きます。
胸が西瓜。
西瓜だよ?
ゼーリエちゃんの太腿も素晴らしかったけど西瓜は西瓜だ。これは確認しに行かなければ、生きている意味がない。死なないけど。
だからガルドスには申し訳ないけど、退いてもらう。
僕はそう決意して。
一回目は正面から行った。
馬鹿だと思うだろ?僕もそう思う。でも仕方ない。相手の強さを測るには、まず正面からぶつかるのが一番手っ取り早いんだ。ゼーリエちゃん相手に学んだ数少ない教訓のひとつだ。
森の奥で、そいつはいた。
「——は」
でかい。
でかいとは聞いていた。聞いていたけど、聞くのと見るのは違う。
古い巨木を三本束ねたくらいの胴体に、岩盤みたいな灰色の皮膚、顔は……顔と呼んでいいのか分からない。潰れた粘土細工に赤い穴がふたつ開いているような、そういう造形だった。
醜い。
本当に醜い。
この世の全ての美的感覚に対する冒涜みたいな姿だ。僕みたいな美少年の対極に位置する存在と言っていい。
「やあ」
僕は手を振った。
「僕はリヒト。君の縄張りにいる女の子に用があるんだけど、ちょっと通してくれない?」
ガルドスの赤い穴がこちらを向いた。
「……ぉ?」
声なのかどうかも怪しい振動が地面を揺らした。こいつ、言葉は分からないっぽいな。まあいい。魔族同士の会話なんて大抵は「殺す」「殺さない」の二択だ。
「通してくれないなら、しょうがないね」
僕は腰を落とし、魔力を練った。ゼーリエちゃんに何十回も殺される過程で、一応それなりの攻撃魔法は覚えた。威力はまだ大したことないけど、岩くらいなら砕ける。
「西瓜のために、死ねえええ!!」
魔力の弾丸を叩きつけた。
ガルドスの顔面に直撃。
白い煙が上がって——
「あれ?」
煙が晴れると、ガルドスの顔面には傷ひとつなかった。赤い穴が、じぃっとこちらを見下ろしている。
あぁ……。
これ、駄目なやつだ。
次の瞬間、灰色の腕が振り下ろされた。
視界が回転して、地面がひっくり返って、体の真ん中あたりからぐしゃっと嫌な音がして——
死んだ。
復活。二回目。
ガルドスの打撃は物理特化だから復活は早い。ゼーリエちゃんの概念消去に比べたら、昼寝みたいなものだ。
うん、やっぱり正面は無理。知ってた。
次は奇襲だ。
僕はガルドスの巡回ルートを三日かけて観察した。こいつ、知能は低いけど縄張りの巡回だけは律儀にやっている。毎日同じルートを同じ時間に歩く。
四日目の夜。
僕はルート上の大木に登り、枝の上で息を殺した。月明かりの下、地響きが近づいてくる。
来た。
真下をガルドスが通過する瞬間、僕は全魔力を込めた一撃を後頭部めがけて放った。
「食らえ、この西瓜童貞の不細工野郎!!」
轟音。閃光。直撃。
手応えはあった。さすがに頭蓋の薄い部分なら多少は……
ガルドスの首が、ゆっくりとこちらを向いた。
赤い穴と目が合った。
「……あ」
巨大な掌が木ごと僕を鷲掴みにして、そのまま握り潰した。木の幹と一緒に。骨が砕ける音と木が裂ける音が混ざって、なんかもう、よく分からない音だった。
駄目かぁ。
復活。三回目。
奇襲も駄目。皮膚が硬すぎる。僕の魔力じゃ奇襲だろうが正面だろうが傷ひとつ付かない。
ここからが本番だ。
僕は戦法を切り替えた。直接攻撃が通らないなら、環境を使う。
まず毒だ。
この森に自生する植物の中から、魔族にも効く毒草を片っ端から集めた。
森は物騒なので触っただけで皮膚が爛れる草とか、胞子を吸っただけで内臓が溶ける茸とか、そういうイカれた植物がそこら中に生えている。この世界なんなの?
素手で採取して三回死んだ。毒で死ぬの、地味に痛いからやめてほしい。
で、集めた毒を煮詰めて、ガルドスが水を飲む泉に全部ぶちまけた。
結果——ガルドスは泉の水をごくごく飲んで、何事もなかったように歩き去った。
嘘だよな……?
次。落とし穴。
ガルドスの巡回ルートに、三日がかりで巨大な穴を掘った。底には尖らせた木の杭を並べて、上は枝と葉で偽装した。我ながら完璧なトラップだと思った。
ガルドスが踏んだ。穴に落ちた。杭が刺さった——ように見えたけど、杭が全部折れた。ガルドスは穴の中からむくりと立ち上がり、僕が隠れていた茂みごと薙ぎ払った。
死亡。通算七回目くらい。もう数えるのが面倒になってきた。
ここから先は、正直に言うと僕の記憶も曖昧だ。
何回死んだか分からない。二十回は確実に超えた。
崖の上から岩を落とした。潰れなかった。
森に火を放って焼き殺そうとした。ガルドスは平気で僕だけ焼け死んだ。
寝ている間に目を狙った。目は柔らかいだろうと思ったのに、瞼が鉄板みたいに硬くて刃が通らなかった。起きたガルドスに踏み潰された。
排泄中……いや、こいつ排泄するのか知らないけど……とにかくうんこ中を狙おうとして五日間尾行したけど、一度もそういう場面に遭遇しなかった。
もしかしてこいつ、食べたもの全部エネルギーに変換してる?燃費良すぎるだろ……。アイドルかお前は。
でも、死ぬたびに分かることがある。
こいつは強い。圧倒的に強い。でも頭が悪い。
同じルートを歩く。同じ泉で水を飲む。同じ場所で寝る。罠を警戒しない。いや、できない。罠という概念を理解していない。何回穴を掘っても、何回毒を盛っても、こいつは「自分が殺される」という発想自体を持っていない。
それは——弱点だ。
ひとつひとつの罠は効かない。でも、十個同時に仕掛けたら?百個なら?
僕は死ぬたびにこの森を隅々まで歩き、地形を完全に頭に叩き込んだ。
どの崖が脆いか。どの沢が季節で水位を変えるか。どの地盤が脆くて、どこに粘土層があるか。
半年かけた。
その間に死んだ回数は、たぶん三十を超えた。
決行の日。
僕はガルドスの巡回ルート上、渓谷の入口で待ち構えた。
ここは両側が高い崖に挟まれた細い道で、ガルドスの巨体でもかろうじて通れる幅しかない。地面の下には粘土層と地下水脈が走っていて、崖の上部には半年かけて少しずつ亀裂を入れておいた。
毒は効かない。罠ひとつでは壊れない。火も剣も魔法も通らない。
なら、山ごと落とす。
「やあ、ガルドス」
僕は渓谷の入口に立って、手を振った。
地響き。灰色の巨体が近づいてくる。赤い穴がこちらを捉えた。
「何回目の挑戦か忘れちゃったけどさ」
僕はにっこり笑った。
「君の向こう側にいる西瓜……じゃなかった、女の子に僕はどうしても会いたいんだよね」
ガルドスが腕を振り上げた。いつもの一撃。いつもの殺し方。こいつは学ばない。僕が何度来ても、同じように殴るだけだ。
僕は走った。渓谷の中へ。ガルドスが追ってくる。
狭い。こいつの巨体がぎりぎり通れるだけの幅。両側の崖に肩が擦れて、岩の欠片がぱらぱらと落ちる。
渓谷の最深部。行き止まり。僕は振り返った。
ガルドスが目の前に迫っている。灰色の壁みたいな体。赤い穴が、見下ろしている。
「ねえ、ガルドス」
僕は笑った。
「お前には分からないだろうけど——性欲は、岩よりも硬いんだぜ。僕の勝ちだよ」
半年かけて仕込んだ魔力の起爆点……崖の両側、上部、地面の下、計六十四箇所に埋め込んだ魔力結晶が、同時に起動した。
崖が崩れた。
両側から。
上から。
数百トンの岩石が、雪崩のようにガルドスの上に降り注いだ。大地そのものが悲鳴を上げるような轟音の中、灰色の巨体が岩に飲まれていく。
もちろん僕も一緒に埋まった。
当然だ。逃げ場なんて最初からない。
でもいいんだ。僕は死んでも生き返る。こいつはたぶん、そうじゃない。
岩に押し潰されながら、意識が消える寸前に思った。
西瓜……もうすぐ……会える……。
復活。通算で何回目かもう本当に分からない。
渓谷はなかった。
正確に言うと、渓谷だった場所が巨大な岩の山になっていた。両側の崖がまるごと崩落してガルドスごと全てを埋め尽くしている。
僕は岩山のてっぺんに立って、しばらく耳を澄ませた。
地響きはない。
灰色の腕が突き出てくる気配もない。
赤い穴の光もない。
「——勝った」
呟いた。声が震えていた。
半年。三十回以上の死。復活。
毒で死に、火で死に、踏まれて死に、握り潰されて死に、何度も何度も死んで——
やっと。
ようやく。
「ぎゃはははは!!!!勝ったあああああ!!!正義は勝つんだぁ!!」
岩山のてっぺんで叫んだ。朝日を浴びながら。絵面は最悪だけど知ったことか。
そして僕は岩山を駆け下り、集落を目指した。
西瓜。
ついに西瓜に会えるんだ。
半年間の死闘。三十回以上の死。
全ては西瓜ちゃんのために……。
集落はあった。
小さな村だ。木の柵と石壁で囲まれた、太古の時代では標準的な構造。ガルドスがいなくなったからか、外で作業をしている人間がちらほら見える。
僕はよろよろと柵の前まで歩いた。
門番の男が僕を見下ろした。
「子供?どこから来た」
「北の森から……迷って……」
泣きそうな声。上目遣い。唇を震わせる。はい、完璧。この演技は数十年磨いてきた。門番の顔がすぐに緩んだ。
「大丈夫か、坊主。中に入れ」
入れた。ちょろい。
集落の中を歩く。石造りの家が並んで、井戸があって、小さな広場があって……
いた。
井戸端に、栗色の髪の女性が立っていた。
花のような頬。柔らかそうな唇。日に焼けていない白い肌。そして——胸。
「……」
僕は立ち止まった。
西瓜か……。
少し誇張された噂か……?
いや、でも確実にメロン以上ある。
心臓がどくんと脈打った。これは魔族の心臓じゃない。前世の日本人男性の心臓だ。僕の中に残った人間だった頃の全てが、今この瞬間に沸騰している。
半年間の死闘が報われる。醜い灰色の化け物に何十回殺されたか。毒で内臓が溶けた日も、踏み潰されて骨が粉になった日も、岩の下で窒息しながら意識を手放した日も全部、この瞬間のためだった。
「あのぉ……♡お姉ちゃん♡」
僕は駆け寄った。最高の笑顔で。数十年かけて水面の前で練習した、計算し尽くされた無邪気な笑顔で。
「僕、森で迷っちゃってぇ♡助けてくれる……?」
栗色の髪の女性が振り返った。
近くで見ると、もっと綺麗だった。睫毛が長い。瞳が深い茶色で、木漏れ日みたいに温かい。
「まあ、可愛い子……大丈夫? 怪我はない?」
彼女が屈んで、僕と目線を合わせてくれた。
その瞬間、視界に飛び込んでくる谷間。
——圧巻。
渓谷より深い。
「お姉ちゃん」
「なあに?」
「僕と腰ヘコヘコして♡♡」
「え?」
「僕ね、お姉ちゃんのためだけに半年間で三十回以上死んだんだ。だから一回くらい腰ヘコヘコさせてほしいなって♡♡」
女性の顔から表情が消えた。
隣にいた別の女性が水桶を取り落とした。
門番がこちらを振り返った。
なんか空気が変わったな。
「あの、坊や? 今なんて——」
「腰ヘコヘコ。ヘコヘコだよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんのその素敵な胸に顔を埋めながら、腰をヘコ……♡ ヘコ……♡ って——」
水桶が飛んできた。
顔面に直撃した。
痛い。
でもガルドスに比べたら蚊に刺されたようなものだ。三十回以上の死を乗り越えた僕を、水桶ごときで止められると思うな。
「待って、お姉ちゃん聞いて。僕はこれでも命懸けで戦って君の村を救った英雄的な——」
「誰かこの変態ジジイみたいな子供をつまみ出してえ!!!」
門番の男たちに首根っこを掴まれて、集落の外に放り出された。
砂利の上を転がりながら、僕は空を見上げた。
青い空に白い雲。
「……」
まあ。
知ってた。
僕の腰ヘコヘコ成功率は、太古の昔からずっと0%だ。ゼーリエちゃんには消し炭にされるし人間の女の子には水桶で殴られるし。
でも。
僕は起き上がって、砂利を払った。
いいんだ。今日は会えた。あの谷間を見れた。ガルドスの渓谷よりも深い、素晴らしい谷間を。
それだけで、三十回の死には価値があった。
僕は空に向かって拳を突き上げた。
「次は絶対、腰ヘコヘコするからね!!!♡♡」
遠巻きに見つめる集落の人間たちの視線が痛い。
まあいいや。
さて、次はどこに行こうかな。
世界を歩き尽くすには足りないほどの土地が広がっている。どこかに、僕のピュアな腰ヘコヘコを受け入れてくれる女の子がいるかもしれない。いないかもしれない。
でも、探すのをやめたら、それは死んでるのと同じだ。
死なない僕が死んでたら、それはちょっと面白くない。
「よし」
次の強い奴を倒して、次の可愛い女の子に会いに行こう。
僕はまだまだ弱いけどガルドスを倒した。山を落として、怪物を埋めた。
それは、ちょっとだけ自信になった。ほんのちょっとだけ。
歩き出す。足の下で、砂利がじゃりじゃりと鳴った。
太陽が高い。風が温かい。どこかで鳥が鳴いている。
次の相手は、もう少しマシな顔だといいな。灰色の粘土細工を半年も見続けるのは、美的感覚に対する拷問だった。
僕は歩いた。
♢ ♢ ♢
今回の学び:地形は最強の武器。美少年の笑顔は人間にしか効かない。西瓜は遠くから見るに限る。