ショタ魔族ワイ、フリーレンに腰ヘコヘコして無事死亡   作:(⩌ˬ⩌)

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投稿する小説を間違えてたのでこの時間の投稿になりました、ごめんね(`;ω;´)


第九話 僕が殺すのは、いつも醜いものだけだ

■ 太古 ガルドス討伐から数年後 

 

南方大陸 丘陵地帯

 

♢   ♢   ♢

 

女の魔族に会った。

 

いや、正確に言うと見つけたのほうが近い。丘陵地帯を彷徨いていたら遠くの岩場に人影が見えた。

 

ひょろ長いシルエット。風に揺れる黒い髪。

 

僕は目を細めた。

 

人間じゃない。纏っている魔力の質が違う。あれは同族……魔族だ。

 

近づいた。

 

岩場の上に座って、遠い空を眺めている女がいた。

 

綺麗だった。

 

長い黒髪が風に流されて、白い横顔に影を落としている。細い首筋。鎖骨のライン。肌は人間の女よりも白くて、磁器みたいに滑らかだ。

唇は薄くて、でもほんのり赤くて血を啜った後みたいな……いや、たぶん本当に啜った後なんだろうけど、そういう細かいことは今どうでもいい。

 

問題は身体つきだ。

 

細身。でも出るところは出ている。服というか布切れみたいな衣装の隙間から覗く腰回りのラインが、もう、なんていうか、犯罪的だった。

太腿はゼーリエちゃんほどじゃないけど、華奢な骨格にこの曲線は反則だろう。

 

 

前世の記憶がガンガン警鐘を鳴らしている。

——違う、警鐘じゃない。ファンファーレだ。脳内で下半身パレードが始まっている。

「よし」

 

僕は深呼吸した。

 

冷静になれ、リヒト。相手は魔族だ。同族だ。同族だからどうしたって話だけど、魔族の女にセクハラして生還した魔族は歴史上ほぼいないと思う。

 

でも。

 

あの腰回りを見て黙っていられる僕じゃない。黙っていられるなら、僕はとっくにまともな魔族をやっている。

 

「ねえねぇ♡」

 

僕は岩場の下から声をかけた。笑顔。最高の笑顔。太陽みたいに眩しい、美少年スマイル。

 

黒髪の女が、ゆっくりと視線を落とした。

 

赤い瞳。血の色そのままの、冷たい目。

 

「なんだお前は」

 

低い声。感情の温度が限りなくゼロに近い。ゼーリエちゃんの「くだらん」とは違う種類の冷たさだ。

あっちは灼熱の裏返しだけど、こっちは本当に何も感じていない目をしている。

 

でも声が良い。低くて少しかすれていて、背筋がぞくっとする系の声だ。

 

「僕はリヒト。お姉ちゃん、すごく綺麗だね。特にその無防備な腰のラインが最高にエッチでそそるよ♡ エロ漫画とかに出てきそう♡どこ住み? 今度僕と腰ヘコヘコしよ♡」

 

「死ね」

 

首が飛んだ。

 

比喩じゃなくて、本当に首が飛んだ。いつ攻撃されたのか分からなかった。視界がくるくる回転して、自分の胴体が膝から崩れ落ちるのが見えた。

 

あ、左手。爪が伸びてる。あれで斬られたのか。見えなかった。速い。ガルドスとは次元が違う。

 

地面に落ちた僕の頭を、黒髪の女が無感情に見下ろしていた。

 

「雑魚が。話しかけるな」

 

視界が暗転した。

 

復活。

 

丘の麓で目を覚ました。首を回す。ちゃんと繋がってる。よしよし。

 

あの女……名前は知らない。仮に「黒髪さん」としよう。強い。ガルドスとは質が違う。速度型だ。そして魔力の質からして、たぶん僕よりずっと格上の魔族。

 

普通なら、関わらないのが正解だ。

 

でも。

 

あの腰回り。

 

「……もう一回行くか♡」

 

行った。

 

殺された。今度は心臓を貫かれた。

 

三回目。顔を近づけた瞬間に、頭を握り潰された。

 

四回目。背後から近づいたら、振り向きざまに胴体を両断された。

 

五回目。「自分、腰ヘコヘコいいスか?」と言いかけたところで、全身の血液を沸騰させる魔法を叩き込まれた。内側から煮えるの、最悪に痛い。

 

黒髪さんは毎回、同じ表情だった。無。完全な無。虫を潰すのと変わらない顔で、僕を殺す。

 

六回目の復活の時、僕はさすがに少し冷静になった。

 

こいつ、腰ヘコヘコ以前の問題だ。会話が成立しない。

ゼーリエちゃんは「くだらん」と言ってくれたけど、この女は一言も返さずに殺してくる。

 

まあいい。腰ヘコヘコは一旦保留だ。まずはこの女の情報を集めよう。

僕は距離を取って、丘陵地帯の高台から黒髪さんの行動を観察し始めた。

 

三日後の夜だった。

 

僕は高台から丘の向こう側を眺めていた。黒髪さんが動いた。岩場を降りて、東へ向かっている。

 

後を追った。

 

距離を取って、気配を殺して。ガルドス戦で学んだ尾行術が役に立つ。

 

黒髪さんが向かった先は集落だった。

 

小さな村。丘陵の谷間にひっそりと寄り添うように建てられた、木と石の家が十数軒。

 

畑があって、柵があって、井戸があって。ガルドスの森の奥にあった集落と似たような、太古の人間の典型的な暮らし。

 

黒髪さんは集落の前で立ち止まった。

 

そして歩き方が変わった。

 

背筋が少し丸くなる。足取りがおぼつかなくなる。

強者の気配が、霧のように消えた。代わりに立っていたのは、旅に疲れた一人の若い女だった。

 

「——あ」

 

知ってる。これは、僕が使うのと同じだ。

 

擬態。

 

魔族が人間を欺く、最も基本的な技術。

 

門番が駆け寄ってきた。黒髪さんが何か話している。声は聞こえないけど、たぶん「道に迷った」とか「疲れた」とか、そういう類の嘘だろう。

 

門番が頷いて黒髪さんを中に通した。

 

「……」

 

嫌な予感がした。

 

確証はない。でも、僕はこの嫌な予感を信じることにしている。前世からの勘だ。

美少女が目の前にいる時に冴える勘と、最悪の事態を予感する勘。僕が持っている数少ない才能のうちの二つだ。

 

僕は丘を駆け下りた。

 

遅かった。

 

柵を飛び越えた時、最初に鼻を突いたのは血の匂いだった。

 

濃い。空気が赤い霧に染まっているみたいだ。

 

広場。

 

さっきまで人が暮らしていたはずの広場に散らばっていた。

 

人間が。

 

男の腕。老人の胴。子供の頭部。

 

広場の中央に、黒髪さんが立っていた。

 

無表情のまま。赤い瞳に何の感情も浮かべないまま。

 

その手に握られているのは——

 

女の子だった。

 

若い。髪を二つに結んで頬にそばかすがあって、腕が細くて。さっきまで生きていたんだろう。さっきまで笑っていたんだろう。さっきまで、誰かと話していたんだろう。

 

黒髪さんの歯が女の子の首筋に沈んだ。

 

ぐしゃ、と音がした。

 

骨を噛み砕く音。肉を引き千切る音。嚥下する音。淡々と。作業のように。表情ひとつ変えずに。

 

「……」

 

僕は立ち尽くしていた。

 

分かっている。僕だって人間を食べる。腹が減れば食べる。魔族だから。そういう生き物だから。

 

でも。

 

あの女の子は……

 

脳の中で何かが弾けた。

 

彼女たちはこんなふうに死ぬべきじゃない。

僕が女の子を好きなのは、腰ヘコヘコしたいからだ。下品で、低俗で、どうしようもない欲望だ。分かってる。

でもそれは生きている女の子が好きだってことだ。

 

笑ってる子が好き。怒ってる子が好き。泣いてる子も好き。水桶を投げてくる子も好き。悲鳴を上げて逃げる子も好き。全部好き。生きてるから好きなんだ。

 

肉塊になった女の子はもう笑わない。もう怒らない。もう水桶も投げてくれない。

 

黒髪さんが二人目の女の子に手を伸ばしていた。金色の髪の幼い女の子。もう息はないけど、黒髪さんにとってはどちらでも同じなのだろう。

 

僕の口から声が漏れた。

 

「──おい」

 

黒髪さんが振り返った。赤い目が、僕を認識する。

 

「貴様、また来たのか」

 

「うん」

 

僕は笑った。自分でも驚くくらい、穏やかに笑えた。

 

「ひとつ聞いていい?その子たち、美味しい?」

 

黒髪さんは一瞬だけ目を細めた。たぶん質問の意味を測りかねたんだろう。

答えを待たずに僕は頷いた。

 

そして言った。

 

「ところでさぁ」

 

笑みを消した。

 

「テメェ、絶対に殺してやるからな」

 

黒髪さんの爪が光った。

 

首が落ちた。七回目。

 

暗転。

 

ここから先の話は長い。

 

本当に長い。

 

ガルドスはまぁまぁすぐ終わった。あれは力任せの馬鹿だったから時間と工夫で詰められた。

 

この女は違った。

 

僕は彼女を「クロ」と呼ぶことにした。名前を聞く気にもならなかったし、向こうも名乗らなかったから。

黒い髪の、黒い目の……いや、赤い目か。でも僕にはあの目が黒く見えた。何も映していない真っ暗な目だ。

 

最初の一年はただ死に続けた。

 

正面から挑んで殺された。奇襲して殺された。寝込みを襲って殺された。毒を仕込んで殺された。

罠を張って殺された。ガルドス戦で学んだ全てを投入して、それでも一度も傷を付けられなかった。

 

クロは速い。そして勘が鋭い。ガルドスみたいに鈍重じゃないから、環境トラップも通用しない。

崖崩しを仕掛ければ跳んで避け、毒を盛れば匂いで気付き、罠を張れば魔力の残滓を読み取って迂回する。

 

頭がいい。

 

頭が良くて、速くて、強い。最悪の三拍子。

 

でも弱点はある。

 

一年間死に続けて僕はそれを見つけた。

 

この女は感情がない。

 

正確に言うと感情が著しく鈍い。怒らない。笑わない。焦らない。驚かない

。僕が何度復活しても、またかという程度の反応しかしない。

 

それは一見すると強みに見える。でも違う。感情がないということは苛立つことがない代わりに、警戒を強化する理由もないということだ。

 

クロは僕を脅威だと認識していない。何度殺しても復活する害虫程度の存在。潰せば消える虫。

 

いいよ。

虫で構わない。

虫はしつこいぞ。

 

二年目から僕は戦い方を変えた。

 

殺すんじゃない。削ぐんだ。

 

まず食料を断った。

 

クロが狩場にしている集落を、事前に回って人間を逃がした。魔族の僕が人間を逃がすのは相当おかしな絵面だけど、子供のふりをして「化け物が来る、逃げろ」と叫べばいい。

何度も死んで復活してるから、人間の恐怖表現はもう完璧にコピーできる。

 

クロが集落に着いた時、もう誰もいなかった。

次の狩場も。その次も。

 

僕はクロの行動パターンを二年かけて完全に把握していた。定期的に立ち寄る集落の順番。移動ルート。滞在期間。全部、頭に入っている。

三つ目の集落が空っぽだった時、クロは初めてほんの僅かに眉を顰めた。

 

見た。

 

高台から、その表情の変化を見た。

 

「はは——テメェにも不快があるんだな」

 

そこからだ。

 

三年目。食料を断ち続けながら、僕は次の段階に移った。

 

休息を奪う。

 

クロが眠る場所……岩場の窪み、森の洞穴、川辺の岩陰を全て特定した。そして、クロが眠りにつく度に襲撃した。

 

殺せない。分かっている。でも、眠りを妨げることはできる。

 

岩を投げ込む。火を焚く。近くで魔法を暴発させる。わざと気配を漏らす。

 

殺される。何度も殺される。奇襲を察知したクロに瞬殺される。

 

でも復活して、また襲う。夜明けまで。毎晩。

 

一週間後、クロの動きが僅かに鈍った。

 

二週間後、反応速度が落ちた。

 

一ヶ月後……クロは、初めて僕に向かって声を荒げた。

 

「……鬱陶しい!」

 

笑った。声を出して笑った。首を刎ねられながら笑った。

 

「ぎゃはは!!!今更かよ!!」

 

——それ、感情だよ。お前にもあるんだ。

 

四年目。

 

食料もない。睡眠もない。クロは確実に消耗していた。

 

でもまだ強い。追い詰められた獣は牙を剥く。クロの殺し方が変わった。今までの無感情な処理じゃない。

苛立ちが混じっている。爪の振り方が荒くなった。魔法の精度が落ちた。

 

僕はそこを突いた。

 

四年目の冬。クロが久しぶりに見つけた獲物……野生の鹿を仕留めて食べている最中に背後から首を狙った。

 

「!?」

 

初めてかすった。

 

クロの首筋に、一筋の赤い線が走った。

 

一滴の血が、白い肌を伝って落ちた。

 

クロが振り返った。赤い目が——初めて、僕を「見て」いた。虫じゃなく。害虫じゃなく。敵として。

 

「——お前」

 

「痛い?」

 

僕はにっこり笑った。

 

「四年かかっちゃった。ごめんね。僕、不器用なんだ。安心して、いつか殺してやるからさぁ」

 

殺された。今まで一番痛い殺し方だった。四肢をもがれて、内臓を引きずり出されて、意識があるまま放置された。死ぬまでに随分時間がかかった。

 

でも——嬉しかった。

 

傷を付けた。あの女に初めて。

 

五年目。六年目。七年目。

 

僕は同じことを繰り返した。

 

食料を断ち、睡眠を奪い、隙を突いて切りつける。

何百回殺されても、必ず戻ってくる。夜も昼もなく。季節が巡っても止めない。

 

クロの消耗は確実に進んでいた。

目の下に隈ができた。頬が削げた。動きに精彩がない。

声を荒げることが増えた。以前の無感情が嘘みたい—今のクロは、常に苛立っていた。

 

七年目の秋。クロが僕を殺した後に初めて叫んだ。

 

「なぜ死なないッ!!」

 

倒れながら聞いた。

 

「ひ……ひひっ……なんでだと思うぅ……?」

 

いい声だな、と思った。怒りで震えている声。感情が剥き出しの声。最初に会った時の、あの空っぽな声じゃない。

 

壊れてきてる。

 

八年目の春。

 

クロはもう集落を襲わなくなっていた。

 

僕が全て先回りして人間を逃がすから、意味がないと学んだのだ。

代わりに森の獣を食べていたけど、魔族にとって獣の肉は水みたいなものだ。栄養にならない。

 

痩せ細ったクロが川辺で水を飲んでいた。

 

僕は対岸に座って、足をぶらぶらさせながら声をかけた。

 

「ねえ、クロ」

 

「……」

 

「八年だよ。長いね」

 

「黙れ」

 

「最初にこの集落の女の子を食べてた時のこと、覚えてる?」

 

「……」

 

「僕は覚えてるよ。そばかすがあった。笑ったら可愛かっただろうなって思った。もう笑わないけど」

 

クロの赤い目が、ぎろりとこちらを向いた。

 

「お前は同族だろう。なぜ人間の肩を持つ」

 

「持ってないよ。僕も人間食べるし」

 

「なら——」

 

「でもね」

 

僕は川面に映る自分の顔を見た。美少年の顔。数千年変わらない、この顔。

 

「僕は可愛い女の子が好きなの。生きてる女の子が。笑ってる女の子が。泣いてる女の子が。水桶投げてくる女の子が。全部好き。食べるのもまあ、しょうがないけど。でも、目の前で無造作に食い散らかされるのは気分が悪いんだ」

 

「——下らない」

 

「うん、くだらないよ。分かってる。僕はくだらない魔族だ。腰ヘコヘコしたいだけの、くだらない魔族」

 

立ち上がった。

 

「でも、くだらない理由で八年間お前を追い続けてるこのくだらない魔族にお前は、もう勝てないよ」

 

クロの目が揺れた。

 

「──テメェを殺してやる。何千回死んでも何万回殺されても蘇って、テメェが気が狂うまでストーキングしてやるよ」

 

初めて見る感情だった。怒りでも、苛立ちでもない。

 

——恐怖。

 

八年と三ヶ月目。

 

決着は呆気なかった。

 

痩せ細り、疲弊し、満足に眠れず、魔力も枯渇しかけたクロに初見の速度はなかった。

 

僕は正面から歩いて近づいた。

 

クロの爪が閃いた。遅い。八年前の半分もない。

 

躱した。

 

初めてこの女の攻撃を躱した。

 

爪が空を切る。体勢が崩れる。倒れ込むクロの背後に回り込んで首の後ろに、手を添えた。

 

八年間で覚えた、たったひとつの確実な殺し方。

急所に魔力を直接流し込む。ガルドス戦では使えなかった。あいつは急所に手が届かないから。

でもこの女は——もう、避けられない。

 

「……っ」

 

クロの身体が痙攣した。赤い目が見開かれて、こちらを見上げた。

 

「お前——」

 

「八年かかっちゃった」

 

僕は笑った。

 

「あの集落の女の子たち、向こうで怒ってると思うよ。こんな弱い奴に食べられたのかって」

 

クロの目から光が消えた。

 

糸が切れるように崩れ落ちた。

 

静かだった。

 

川のせせらぎだけが聞こえていた。

 

僕はしばらく、クロの亡骸を見下ろしていた。

 

黒い髪が川面に広がっている。痩せて、やつれて、初めて会った時の妖艶さは欠片もない。

哀れな——いや、哀れとは思わない。思ってやる義理はない。

 

ただ。

 

なんとなく食べておこうと思った。

 

理由は分からない。魔族が魔族を食べることはないわけじゃない。でも普通はしない。不味いから。

 

でも、この女は人間を食べた。あの集落の女の子たちを表情ひとつ変えずに。

 

なら——お前も同じ目に遭え。

 

僕はクロの腕を引き千切って、かぶりついた。

 

噛んだ。咀嚼した。飲み込んだ。

 

「もぐもぐ……」

 

口の中に広がったのは食べ物とは思えない味だった。

腐った泥を濃縮して灰を混ぜたみたいな。舌が拒否している。胃が逆流しようとしている。

 

でも、飲み込んだ。

 

一口。二口。三口。

 

全部は無理だった。吐き気が限界を超えて、地面に手を突いた。

 

口の端から唾液が垂れる。胃の中身がせり上がってくる。

 

「……おぇぇぇっ、まっず!!」

 

吐いた。盛大に吐いた。川辺の石の上にぶちまけた。

 

涙目のまま、クロの残骸を睨んだ。

 

「肉もまずいとか存在価値ねぇな」

 

吐き捨てた。

 

比喩じゃなく、本当に吐きながら言った。

 

「死んどけ。ゴミが。あぁ、死んでるか。ぎゃははは!!!」

 

声に、自分でも驚くほどの毒が混じっていた。

 

憎い。

 

この女が憎いんじゃない。こんな味のする肉しか持ってないくせに、あの美味しそうな……違う、美味しそうじゃなくて、あの可愛い女の子たちを、何の感慨もなく食い散らかしたことが。

 

存在価値がないんだよ。お前みたいな奴は。

 

僕だって食べる。人間を食べる。腹が減ったら食べる。それはしょうがない。魔族だから。

 

でも僕は食べる相手のことを覚えている。顔を覚えている。声を覚えている。名前が分かれば名前も覚えている。全部。一人残らず。

 

こいつは何も覚えていなかった。食べた人間の顔も、声も、名前も。食料としか見ていなかった。

 

それが許せなかった。

 

矛盾してるのは分かってる。人間を食べる魔族が、人間を食べる魔族に怒ってる。筋が通らない。論理的じゃない。

 

でも感情は論理じゃないんだ。

 

前世の記憶がそう言っている。怒りに理由なんか要らない。

 

僕は口を拭って、立ち上がった。

 

川で顔を洗った。まだ口の中に不味い味が残っている。当分、何も食べたくない。

 

空を見上げた。

 

八年が終わった。

 

ゼーリエちゃんの太腿。西瓜の谷間。そして——あの集落の女の子たち。

 

全部、覚えている。

 

「……よし♡」

 

歩き出す。

 

まだ行ったことのない方角に行こう。

そこには何があるんだろう? 

 

知らない。でもきっと、どこかに僕と腰ヘコヘコしてくれる可愛い女の子がいる。

 

それだけで、歩く理由には十分だ。

 

足元の石を蹴った。からん、と乾いた音が鳴った。

 

背後に黒い髪が川面に広がっている。

 

振り返らなかった。

 

 

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