ブラックバーンズレッド   作:Kankan3

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8話

 

 先ほどまで耳をつんざくような咆哮を上げていたククリノスが、ピタリと動きを止めた。

 眼前に立つ漆黒の戦士から放たれる異常な気配に、キャンサーの生存本能が警鐘を鳴らし、静かにBLACK SUNを見下ろして警戒を強めている。

 

「光太郎さん……全盛期の力はもう残ってないって言ってたけど、あれって……」

 ルカが震える声で呟く。

「力を……取り戻したっちゅうんか……」

 めぐみもまた、信じられないものを見るように目を見開いた。

 

 ――奪われた日常。愛する者たちを再び理不尽に奪われたという底知れぬ怒りと悲しみが、限界を迎え眠っていた彼の本来の『闘争本能』を、強制的に呼び覚ましたのだ。

 

「はぁぁぁぁあああッ!!」

 漆黒の戦士が、大地を砕くほどの踏み込みで地を蹴る。 

 

 凄まじい速さで空気を引き裂き、黒い弾丸となってククリノスの懐へと肉薄した。

「キギャアアアアアッ!!」

 迎撃の刃を振り下ろそうとするククリノス。だが、BLACK SUNはそれを物ともせず、巨大な頭部の角を両手でガシィッと掴み取った。

 

「うおおおおおおおおッ!!」

 そのまま、己の何倍もある巨体を、底なしの膂力で宙へと強引に持ち上げる。

 そして。

 

 ドゴォォォォォォンッ!!

 

 大地を激しく揺るがす轟音と共に、キャンサーの巨体を背中から地面へと容赦なく叩きつけた。

 

「も、持ち上げてます……!」

 タマが腰を抜かしたまま震え声を上げる。

「嘘……あんな巨大な敵を、軽々と……」

 可憐が絶句し、その圧倒的な暴力に息を呑んだ。

 

「キギャアアアアアッ!!」

 叩きつけられたククリノスが、パニックに陥ったように結晶化した羽を全面展開し、反撃のエネルギーを集約させようと藻掻く。

 

 だが、BLACK SUNはその肩羽の付け根を両手で掴み、無慈悲に力を込めた。

「ぐぅぅぅぅ……はあッ!!」

 ブシャアァッ!!

 生肉が裂け、硬質な外殻が砕ける悍ましい音が響く。ククリノスの強固な結晶羽は、BLACK SUNの圧倒的な力によって無惨にもぎ取られ、ゴミのように投げ捨てられた。

 

「やべえぞ……」

 ユキが戦慄する。

「私たちのセラフでも斬るのに苦労するような装甲を、素手で引きちぎりやがった……」

「これが、彼の本来の力……。軍が恐れて記録を永久凍結させたのも頷けるわ……」

 

 つかさも冷や汗を拭い、その理外の戦闘力から目を離せずにいた。

 

 BLACK SUNは止まらない。

 

 漆黒の刀を顕現させると、一閃の元にもう片方の羽も根元から両断。さらに、キャンサーの象徴である頭部の角を鷲掴みにし、メリメリと根本から強引に引き抜いて粉砕した。

「キギャア……ッ」

 四肢をもがれた虫のように、ククリノスの口から苦悶の悲鳴が漏れる。もはや完全に瀕死の状態だったが、ハブキャンサーの意地か、最後の力を振り絞るように頭部へ莫大なエネルギーを結集させ始めた。

 

「やばい! またあれが来る!」

 ドームを消し飛ばしたあの極太のビームだ。ルカが焦燥に駆られて警告を発する。

 

 だが、BLACK SUNは逃げる素振りすら見せない。

 彼は静かに両手を己の生体ベルト付近へと添えた。

 

「はぁぁぁ……ッ」

 ベルトの中心にあるコアが、怒りを象徴するかのように深く美しいルビー色に発光する。同時に、真紅の複眼が夜の闇の中で強烈な光を放った。

 全身から立ち昇るマグマのような赤いオーラが、彼の右足へと一気に集約されていく。

 

「キャアアアアアッ!!」

 絶命を賭したククリノスが、極大の破壊光線を放つ。

 

 同時に、BLACK SUNは高く跳躍した。

 

 迫り来る太い光の奔流を、その右足に纏った圧倒的なエネルギーで真っ向から引き裂きながら――必殺のキックを、ククリノスの胸部へと深々と突き刺した。

 蹴りの凄まじい衝撃波が、ククリノスの巨体を吹き飛ばす。

 

 数秒の静寂の後。キャンサーの身体は内側から爆発するように木端微塵に砕け散り、その残骸の上に、討伐の証である無機質な『尖塔』が静かに立ち上がった。

 

 ハブキャンサー・ククリノスは、完全に撃破されたのだ。

 

「すごい……」

「圧倒的だ……」

「あのククリノスを単独で……しかも、あんなに軽々と倒した……」

 可憐、ルカ、つかさが次々と呟く。

 漆黒の戦士の姿を前に、31Aの少女たちはただ圧倒され、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

 巨大なハブキャンサーが砕け散り、その残骸の上にそびえ立つ無機質な尖塔。

 夜風が、焼け焦げた木々と硝煙の匂いを運んでいく。

 

 静寂を取り戻した摩耶山の山頂で、ルカは電子軍人手帳を取り出し、手塚司令へと通信を繋いだ。

「……こちら31A、茅森。目標であるククリノスを撃破した。応答願う」

『……こちらでも観測データで確認したわ。まずは、お疲れ様。よくやってくれたわ、ありがとう』

 

 通信越しに響く手塚の声は、激戦を労う響きがありながらも、どこか深く沈み込んでいた。

『色々と確認したいことはあるけれど……それは部隊が帰投した後にしましょう』

「うん……わかった。あのさ、大阪ドームなんだけど……」

 ルカが、恐る恐る核心に触れる。

 

『ええ……』

 手塚は痛ましそうに息を吐き出した。

『ドームは防壁を破られ、崩壊してしまったようね……。これは、完全に私の判断ミスだわ。まさか、あなたたちが撃破するよりも前に、ククリノスが羽化して目覚めてしまうなんて……』

「……司令官のせいじゃないよ」

 

 ルカは首を横に振り、祈るように通信機を両手で握りしめた。

「ねえ、生き残ってる人はいないの……?」

『……先程、周辺の掃討と防衛に当たっていた31Dから報告が入ったわ。崩落した瓦礫の中から、一人の少女を発見したと』

 

「!」

 その言葉を聞いた瞬間、漆黒の戦士・BLACK SUNが反応した。

 瞬時に高熱の白煙が噴き出し、強固な外殻が霧散していく。人間の姿に戻った光太郎は、痛む足を引きずりながらルカの元へと駆け寄った。

 

「葵……! 葵は無事なのか!?」

 血気迫る顔で、光太郎が通信機に向かって叫ぶ。

『……ええ。現場からの報告の範囲では、気を失ってはいるものの、命に関わるような致命傷ではないそうよ。すぐに医療班が拠点のメディカルセンターへ運んでくれるはずだわ』

「あぁ……っ」

 

 光太郎はその場に膝をつき、安堵のあまり深く息を吐き出した。守れなかった命はあまりにも多い。それでも、あの小さな命だけは繋ぎ止めることができたのだ。

『そちらの男性……南光太郎。あなたには、色々と聞きたいことがあります』

 

 手塚の声が、指揮官としての冷静なトーンに戻る。

『しかし私も、あなたのことについて、軍内部で大きな騒ぎを起こしたいとは思っていない。……もしよければ、31Aと一緒に、他の部隊に勘付かれないよう秘密裏にこちらのセラフ基地へ来てもらえるとありがたいのだけど……』

「…………」

 

 光太郎は黙り込んだ。軍に対する不信感は、25年経った今でも彼の魂に深く根付いている。かつて自分たちを実験動物のように扱い、見捨てた組織の拠点へ足を踏み入れることなど、到底受け入れがたい提案だった。

 

「光太郎さん」

 ルカが、しゃがみ込んで光太郎と目線を合わせる。

「づかっちゃんのことは、信頼して良いと思うよ。だって、私たちが『ヒトナービィ』だって真実を、誤魔化さずにちゃんと説明してくれたのも、彼女だから」

「俺は……」

 光太郎の顔に迷いが生じる。

 

「葵ちゃんは、きっと関東にあるドームのどこかに保護されて、治療を受けることになると思うわ」

 つかさが、冷徹なまでに事実だけを突きつける。

「どの道、彼女の無事を確認して会いたいなら、関東へ向かう必要がある。……一人で当てのない旅をするより、ここは一時的にでも私たちについてきたほうがいいんじゃない?」

 

「……はあ。ずいぶんと、人質を取ったような言い方だな」

 光太郎が自嘲気味に鼻で笑う。

「あのさ、本当にそのつもりなら、うちの司令官は最初からもっと高圧的な物言いをしてたと思うぜ」

 

 ユキが肩をすくめながら、光太郎の前に立った。

「あんたの『選択』を尊重してるから、わざわざ『来てもらえるとありがたい』って言ったんじゃないか? ……軍の上層部に酷い目に遭わされて、色々疑心暗鬼になる気持ちは痛いほど分かるけどさ。今の私たちは、あんたの敵じゃないよ」

 

 純粋な信頼、合理的な事実、そして相手の心に寄り添う理解。

 31Aの少女たちが向けてくれる真っ直ぐな言葉に、光太郎は長く重い息を一つ吐き出した。

 

「……わかった。言うとおりにしよう」

 光太郎はゆっくりと立ち上がり、遥か遠く、赤く染まった空を見つめる。

「だが、その前に……大阪ドームに寄らせてくれ」

 自分が愛し、守りたかった場所。

 その最後の姿を目に焼き付けるために。

 

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