ブラックバーンズレッド   作:Kankan3

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10話

 

 真夜中。

 

 深い静寂に包まれたセラフ基地の壁面を、光太郎と31Aの面々は音もなくよじ登っていた。手塚司令から事前に指定された、軍の監視網の死角となる極秘ルートだ。

 

「よっと……。窓から入るの、久しぶりだな~」

 器用に窓枠を飛び越えながら、ルカが呑気な声を漏らす。

「そうですね。ちょうど私たちがヒトナービィだって真実を説明された時も、こんな感じで窓からお邪魔しましたね」

 続くタマも、どこか懐かしむように室内を見回した。

 

(なるほど……軍上層部の監視システムが入らないルートを意図的に選んだということか……)

 最後に窓から降り立った光太郎は、暗視カメラの死角を正確に突いたこの部屋の構造を見て、手塚という指揮官の抜け目のなさを密かに評価していた。

 

「みんな、深夜の作戦お疲れ様。よくやってくれたわ」

 薄暗い執務室の奥、デスクに腰掛けた手塚司令が静かに口を開く。

 

「それと……よく来てくれたわね、南光太郎。安心して、この部屋への基地からの監視システムは全て物理的に切ってあるから」

「あんた……なんで俺のことを知っている?」

 

 光太郎は警戒を解かぬまま、鋭い視線を手塚に向けた。

「俺が軍にいた時代、お前の顔は見たことがない」

「ええ、そうでしょうね。25年前のその時、私はまだセラフ部隊の人間ではなかったもの」

 手塚は淡々と事実を述べる。

 

「なあ、これ以上込み入った話になるなら、やっぱり私らは部屋に戻った方がいいか?」

 ユキが気を遣って提案するが、光太郎は首を横に振った。

「俺は一向に構わないが……お前たちは、もう寝なくていいのか? 激戦の後だぞ」

「私、生粋の夜型ですので! 明日は泥のように爆睡しまくります!」

 タマがビシッと敬礼する。

「元艦長が不摂生を決め込もうとするな。一応ここ、今も軍だからな」

 すかさずユキがツッコミを入れた。

 

「私はここにいるわ。何か、今後の役に立つ聞ける情報があるかもしれないし」

 つかさが知的な瞳を輝かせ、ルカと可憐もそれに大きく頷く。

「うん、光太郎さんが良いって言うなら、私たちもこの話に立ち会いたい」

「うん、私も……」

「……そうか。分かった」

 光太郎が承諾すると、手塚は小さく息を吐いた。

 

「あなたたちには、今回の功績として明日から特別休暇を与えておくわ。さて……そこのソファに座って。少し長くなるけれど、話をしましょう」

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

「まず確認だが……葵は無事なのか?」

 腰を下ろすなり、光太郎は真っ先に少女の安否を尋ねた。

「ええ。夜中もいいところだったから、特例中の特例として、このセラフ基地内にある医療施設で治療を受けさせているわ。命に別状はないそうよ」

「そうか……」

「ただ、ずっとここに置いておくわけにはいかない。明日の早朝には、別の安全なドームへ移動して療養してもらうことになるけれど」

 手塚の言葉に、光太郎は深く安堵の息を吐き、ソファの背もたれに体を預けた。

「……生きているなら、それでいい。他にも具体的に聞こう」

 

 光太郎の顔つきが、再び険しいものへと戻る。

「俺に関する記録は全て、25年前に軍の最上層部によって完全に凍結、抹消されているはずだ。なのになんで、あんたが俺の正体を知っているんだ?」

「……まず、これを見てほしいの」

 

 手塚が手元の端末を操作すると、執務室の巨大な最新鋭モニターに、ひどく画質の荒い映像が映し出された。

 そこにデカデカと表示されたのは、『仮面ライダー』という古めかしいタイトルロゴ。

 そして――『時を越えろ、空を駆けろ、この星のため』という、熱くもどこか哀愁を帯びた主題歌が部屋に流れ始めた。

 

「……なんだ、これは」

 光太郎が呆気に取られて呟く。

「これ、どう見ても昔の特撮映画やないか!?」

「めっちゃ昭和の特撮感あります!! なんこれ!!」

 めぐみとタマが、最新鋭の基地にそぐわないレトロな映像に目を丸くする。

「ずいぶん昔に私の同期が、図書館のデータバンクの奥で見つけたそうよ」

 

 手塚は真面目な顔のまま説明を続ける。

「噂によると、軍上層部にすべての存在を抹消された男の『真実の記録』を後世に残すため、当時の軍の関係者と研究員が、カモフラージュとして、あえて『特撮映画』というフィクションの形をとって密かに制作したものだとか」

「…………」

「ただの都市伝説だと思っていたけれど……まさか、その『仮面ライダー』が本当に実在するなんてね」

「はあ、あいつら……。いつの時代も、物好きなやつがいるもんだな」

 光太郎は、自らの激闘が主題歌つきで映像化されているシュールさに、思わず頭を抱えた。

 

「逆に言えば、私もこの映像作品の中で描かれていること以外、あなたの詳しい現状は何もわからないの」

 手塚がモニターの電源を落とす。

「今さらな確認になるけれど……あなたの名前は、本当に『南光太郎』なのね?」

「ああ、そうだ。軍に身体を改造され、マザーキャンサーのコアを埋め込まれた人間だ」

「……わかったわ」

 手塚は静かに頷き、腕を組んだ。

 

「それで? あんたは俺をどうするつもりだ?」

「そうね……」

 手塚は難しい顔で思考を巡らせる。

 

「あなたの言っていることが全て真実であれば、キャンサーと戦う力を持つあなたを『セラフ部隊』と同様の扱いとして保護するのが妥当でしょうね。ただのドームの住人としてではなく。……けれど、軍に記録を消された最高機密である以上、表立って部隊と共闘してもらうことが極めて難しいのも事実よ」

 

「……わかった。なら、俺はここから出る」

 光太郎は一切の未練を見せず、即座に立ち上がった。

「えっ、なんでですか!?」

 タマが慌てて身を乗り出す。

「俺がここにいれば、いつか必ずボロが出る。ドームの人間としても生きられず、軍の組織する人物としても存在できないなら、ここに長居するべきじゃない。……何より、南極からここを監視している上層部が俺の存在に気づけば、最悪の場合、このセラフ基地そのものが機能を停止させられるリスクすらある」

「そんな……!」

「それじゃあ……光太郎さんは、また一人で戦うことになっちゃうよ……」

 ルカが、悲痛な顔で光太郎の服の袖を掴んだ。

 

「はぁ……。私としては、何らかの方法であなたが彼女たちと共闘してくれたら非常にありがたいのだけれど……。指揮官としては、基地の存続を第一に考えるなら、あなたの危惧は正しいわ」

 手塚もまた、苦渋の決断を迫られていた。

「そんな……なんとかならないの!?」

 ルカが食い下がる。

 

「なら、完全にバレないところに、一旦『今日は』泊まればいいんじゃない?」

 

 つかさが、冷静な声で提案した。

 

「結論を出すのは、起きてからでいいじゃない。今の私たちも彼も、疲労と睡魔が限界よ。こんな極限状態で考えたって、ろくな結論は出ないわ」

「同感だな」

 ユキも深く頷く。

「誰も寄り付かないアリーナの隅っこなら、一晩、人ひとりが隠れていたって問題はないだろ」

「つかさっち……ユッキー……」

 ルカの顔にパッと希望の光が点る。

「司令官、うちからも頼むわ! 一晩だけや!」

 めぐみも手塚に向かって頭を下げた。

 

「……分かったわ。光太郎さん、今夜はそれでいいかしら?」

 手塚の問いかけに、光太郎は目を細めた。

「なあ……俺を疑わないのか?」

 光太郎は手塚を真っ直ぐに見据える。

「俺は軍に人生を狂わされた人間だ。……基地の内部から、軍に復讐しようと企んでいるかもしれないぞ」

「あなたの様子を見るに、軍に復讐するために、罪のないセラフ部隊の少女たちに手を出すような真似は絶対にしないと判断しているわ」

 手塚は、一切の迷いなく断言した。

「……はぁ。お前たち、揃いも揃って甘いな」

 光太郎が呆れたように息を吐く。

 

「安心してください! 不肖このおタマ、人を見る目には海より深い自信があります!」

「お前がそういうこと言うと、この人が裏切る人間みたいなフラグになるからやめろ」

「酷すぎませんか!?」

 ユキの即座のツッコミに、タマが涙目で抗議する。

 

 その時、めぐみがたまに大声でツッコむ。

「おいたまぁ!!」

「は、はいぃ!?」

「特級フラグ建築士目指せ。半端なフラグはあかん」

「この重い状況でそんなこと勧めんな。光太郎さんが可哀想だわ」

 ユキがやれやれと首を振る。

 

「…………ふっ」

 突如として繰り広げられた、あまりにも場違いで平和な漫才。

 それを見ていた光太郎の口から、ふと、自然な笑みがこぼれ落ちた。

 

「では、あなたのことはアリーナまで私が直接案内するわ。ついてきてちょうだい」

 手塚が立ち上がる。

「31Aはすぐに部屋に戻って休みなさい。……その後のあなたの対応は、明日の朝、改めて結論を出すことにします」

「……ああ。恩に着る」

 光太郎は、凭れていた緊張を少しだけ解いて頷いた。

「光太郎さん……今日は私たちと一緒に戦ってくれて、本当にありがとう。色々と複雑な気持ちはあると思うけど……今日は、ゆっくり休んでね」

 ルカが、心からの感謝を込めて微笑む。

「ああ、こちらこそな。……お前たちも、ゆっくり休め」

「では、解散」

 手塚の静かな号令と共に、長かった彼らの夜が、ようやく終わりを告げようとしていた。

 

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