ブラックバーンズレッド   作:Kankan3

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11話

 

 翌朝。

 

 セラフ基地のアリーナ施設へと通じる通路で、第30G部隊の白河ユイナは、施設前に立っていた士官の七瀬七海に声をかけた。

「七瀬士官」

「はい、白河部隊長。何かご用でしょうか?」

「今日は、部隊の訓練にアリーナを使えないんですか?」

 

 固く閉ざされたアリーナの隔壁を見つめ、白河が静かに尋ねる。

「はい。本日は施設の定期メンテナンスのため、終日使用できない状態となっております」

 七瀬は手元のタブレットから視線を外し、業務用のポーカーフェイスでよどみなく答えた。

 

「それは……また急ですね」

 白河の隣に立っていた桐生美也が、不思議そうに首を傾げる。

「以前より、大掛かりなメンテナンスの機会は検討していました」

 七瀬は表情一つ変えずに言葉を続ける。

「加えて、急遽行われた昨夜の『オペレーション・レチクル』により、疲労回復が必要な隊員も多数いるため、このタイミングで実施することを手塚司令が決定しました。明日には通常通り使用できますので、本日は30Gも特別休暇として身体を休めてくださいと、司令から伝言を預かっております」

 

「……確かに、そうだな」

 白河は深く息を吐き、納得したように頷いた。

「目標のハブキャンサーは無事に撃破したとはいえ……あの大阪ドームの痛ましい結果は、現場にいた31Aや31Dの面々に、それなりの精神的負担を与えただろう。これを機に、少し労う時間を作りたいところではあるが……」

「今朝確認したところ、今日は両部隊とも、誰も自室にはいませんでしたね……」

 桐生が心配そうに目を伏せる。

「そうだな……。今日だけは、そっとしておいてあげたほうが良いかもしれないな」

 白河は後輩たちを気遣うように廊下の奥を見つめ、静かに踵を返した。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 その頃。

 

 「メンテナンス中」と偽装され、完全に外部の目がシャットアウトされたアリーナ施設内。

 手塚司令は、31Aの少女たちと共に、アリーナの片隅で宿泊していた南光太郎と向き合っていた。

 

「昨日は夜中までありがとう。よく休めたかしら?」

 手塚が労いの言葉をかけると、ルカが大きく伸びをしながら答えた。

「うん。固い地面での夜営と違って、ちゃんとしたベッドの上だったからよく休めたよ」

「ふわぁ……私はまだ眠いですぅ〜……って、えええ!?」

 目をこすりながらあくびをしていたタマが、不意に光太郎の顔を見て悲鳴のような声を上げた。

 

「西島秀俊さんがいる!! あの無精髭が綺麗に剃られてて、髪も整ってめちゃくちゃさっぱりしてます!!」

「西島秀俊じゃねえわ、南光太郎だわ。そろそろ別界隈の大人たちから本気で怒られるぞ……いや……確かにめちゃくちゃ似てるけどさ」

 すかさずユキが的確なツッコミを入れる。

 

「わーお……だんでぃ、ないすがい、おじさま、いけめん……」

 可憐が目を輝かせて、語彙力を失ったようにつぶやいた。

「自分、完全に語彙力崩壊しとるで」

 めぐみが呆れたように突っ込む。

 

「アリーナのシャワールームを使わせてもらったんだ」

 光太郎は、少女たちの賑やかな反応に少し戸惑いながらも、身だしなみを整えた自身の姿を見下ろした。

「ついでに、ランドリーで服を洗って……新しい服やゴーグルなどの小物類まで用意してもらった。世界がこんな事態になっているのに、この基地の施設だけは本当に凄いな……」

 

「私がさっき、基地内のブティックや、六宇亜さんとマリさんのお店でいくつか見繕ってきたの。サイズが合っていてよかったわ」

 手塚が少しだけ満足げに口角を上げる。

「わざわざ、すまんな……」

「私はお金の使い道なんてほとんどないから、気にする必要はないわ」

「あそこの店、男性服の取り扱いもあるのかよ……。マジで何でも揃ってんな、この基地……」

 ユキが感心したように天井を仰いだ。

 

「さて、雑談はこれくらいにして」

 手塚が表情を引き締め、本題を切り出す。

 

「昨日の一件を踏まえて、今後のあなたの方針についていくつか固めることができたから、説明させてもらうわ」

その言葉に、31Aの面々も居住まいを正した。

 

「まず、南光太郎さん。結論から言うと、あなたにこの基地に常駐してもらうことはできないわ」

「え……?」

 ルカが不安げに声を漏らす。

「まあ、そうだろうな」

 光太郎は動じることなく、静かに頷いた。

 

「ええ。理由は、昨日あなたが危惧していた『基地ごと反逆罪に問われる』というリスクが無視できないからよ。私もこの基地と数多くの部隊員を預かる司令官として、その危険を軽視できない」

「そんな……」

「じゃあ……ここから追い出すんですか……?」

タマが泣きそうな顔で手塚を見つめる。 

 

 しかし、手塚は自信に満ちた瞳で首を横に振った。

「ここからが本題よ。光太郎さんには、秘密裏に『ワンマンアーミー』として、独立して外の調査を行ってもらいます」

「ワンマンアーミー……?」

 ルカが首を傾げる。

「たった一人の軍隊ってことだ」

 ユキが補足するように言った。

「私らみたいに部隊には所属せず、組織の枠組みから外れて一人で活動する独立遊撃兵って訳だ」

「つまり、自由行動が可能な特権……『ライセンサー』のようなものを持つってことね」

 つかさも納得したように頷く。

 

「なら、結局またおっちゃんを一人で危険な外で戦わせるっちゅうんか……?」

 めぐみが不満げに眉をひそめる。

 

「いいや。必ずしもそうじゃない」

 光太郎が口を開き、ポケットから『ある端末』を取り出して見せた。

「それって!」

「電子軍人手帳!?」

 ルカとユキが同時に声を上げる。

「……に、極めて近い性能を持たせた特製の通信機器だ。これを使って、外を旅しながら、俺が見たその地域の情報を手塚に送る」

「ええ。監視網をすり抜ける暗号通信よ。彼はこの提案を承諾してくれたわ」

 

 手塚の言葉に、タマの表情がパァッと明るくなる。

「じゃあ……光太郎さんは……!」

「ああ。お前たちが心配しているように、完全に世界から孤立するわけじゃない」

 光太郎は、優しさを滲ませた目で31Aの少女たちを見回した。

「何か連絡があれば、距離が遠くなければお前たちのところへ駆けつけることもできる。……軍の監視の目が届かないところ限定の話だがな」 

 

「よかった……!」

 ルカが満面の笑みを浮かべる。

「離ればなれにはなっちゃうけど、完全にいなくなっちゃうわけじゃないんだね……! でも、一人で色んな危険な場所へ行って、本当に大丈夫なの?」

「こう見えて、この狂った世界でのサバイバル経験は、ここにいる誰よりも長く経験しているつもりだ。なんの支障もない」

 

 25年という壮絶な時間を生き抜いてきた男の言葉には、確かな重みと説得力があった。

 

「さすがは歴戦の仮面ライダーって訳か……。で、出発はいつからだ?」

 ユキが尋ねる。

 

「今日の夜中よ。今は他のセラフ部隊も多数徘徊しているから、確実に出立できる夜までは、安全なここにいてもらうわ」

 手塚はそう言うと、静かに背を向けた。

「今日は一日、このアリーナを『メンテナンス』という名目で貸し切りにしているわ。出発までの時間で、色々と物資の準備をしてもらうけれど……あなたたちも、彼と話したいことがあるなら、心残りがないように今のうちに話しなさい」

 

 指揮官としての粋な計らいを残し、手塚は執務室へと戻っていった。

 

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