――光太郎が語る、25年前の記憶。
冷たいコンクリートに囲まれた、当時の軍の拠点。
無機質な廊下には、不気味なほどの静寂と、鼻を突く血の匂いが立ち込めていた。
最奥の部屋の扉を開けた光太郎を待っていたのは、かつて共に笑い、共に戦い、誰よりも背中を預け合った無二の親友の姿だった。
「……信彦!」
絞り出すような光太郎の声が、薄暗い部屋に響き渡る。
「来たか、光太郎」
血溜まりの中に立つ秋月信彦は、振り返りもせずに短く応えた。その声は酷く冷たく、静まり返っている。
「なんで……上層部の人間を殺した……っ!」
「お前も、それは分かっているはずだ」
信彦はゆっくりと振り返り、光太郎を真っ直ぐに見据えた。その瞳の奥には、どす黒い怒りの炎が燻っていた。
「あいつらは『ヒトナービィ』という名の犠牲を作り出し、人類の手ではどうしようもできない敵、キャンサーと戦える兵士を作った。……まあ、それは百歩譲ろう。人類滅亡の危機に、手段は選んでいられないという意見は、頭では理解できる」
信彦は足元の屍を一瞥し、吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「だが、あいつらが裏で何を計画していたと思う? 世界政府樹立を目的とした、完全なる権力統治だ! この危機に乗じて国境の枠をなくし、統一政府を作り上げた。あいつらは安全な高みから見下ろし、キャンサーとの戦争を口実にして、人々が血の滲むような思いで築き上げた労苦の実を、何食わぬ顔で……我が物顔で搾取し、支配している!」
信彦の顔が、怒りで歪む。
「それだけじゃない。この世界がいよいよ滅亡の危機に瀕した時、連中はドームの住民や、前線で命を散らしているセラフ部隊の少女たちを平然と見捨てて……遥か遠い、海に覆われた『南極のシェルター』へ逃げ込めるように、極秘裏に基地を建造しているんだ!!」
「…………っ」
光太郎は息を呑み、言葉を失った。
「俺も! お前も! ヒトナービィとして利用された人間たちも! 皆、人類の未来のために命を懸けて戦ってきた! なのに、あいつらは、その守るべき人類さえもゴミのように見捨てて逃げる算段を立てているんだぞ!」
「だから……殺したのか……」
「ああ。だが、腐った上層部の人間は他にもごまんと存在する。ここ以外の拠点にもな。……だから、あいつらも全て俺が殺す」
「馬鹿な真似はやめろ!」
光太郎が悲痛な叫びを上げる。
「そんなことをしたら、今戦っているセラフ部隊の身分だってどうなるか分からないぞ! 人間同士で疑心暗鬼が起こり、俺たちがこれまで積み上げてきた、キャンサーから人類を守る手段さえも崩壊してしまう……!」
「……光太郎」
信彦は階段を静かに降り、光太郎の目の前へと歩み寄った。
「俺たちになら、腐敗した上層部を潰すことと、キャンサーの皆殺し……その両方ができる」
親友の肩に手を置き、信彦は縋るような、それでいて狂気を孕んだ声で囁いた。
「俺たちの体にある『キングストーン』の力を一つにすれば、究極の力……『創世王』の力を手に入れられる」
「信彦……!」
「俺は、私利私欲のために言ってるんじゃない。だから、お前が俺の代わりにこれらを全て成し遂げてくれると言うなら……俺は今ここで自決し、俺のキングストーンをお前に託す」
究極の自己犠牲。それは、信彦がどれほど本気でこの世界に絶望し、憂いているかの証明だった。
しかし――
「……断る」
光太郎は、血の涙を流すような思いで首を横に振った。
「……なら、俺はお前を殺して石を奪うしかない。……俺が、創世王になる……!」
信彦の手から温もりが消え、明確な殺意へと変わる。
「やめよう、信彦! お前の言ってることは分かる! 痛いほど分かるさ!」
光太郎は必死に手を伸ばした。
「他に方法があるはずだ! だから……!」
「もう……これしかないんだよ……!」
信彦は一歩後ずさると、自嘲の笑みを浮かべた。
「なあ……俺たちは、軍に身体を弄られた、キャンサーと同じ『化け物』だ。なのにいつの間にか、人々は希望を込めて俺たちを『仮面ライダー』と呼ぶようになった。……仮面ライダーは、人間の正義のために戦う、人類の希望だ!」
信彦は横を向き、両腕の拳を力強く左側へと振って、硬く握りしめる。
ギリギリ、ググググ……と、肉体と細胞が軋む異様な音が部屋に響き始めた。
「違う! 俺たちは、人間の自由のために戦う……! それが俺たちの、存在意義だ!」
光太郎の瞳に、ついに後戻りできない覚悟が宿る。
「お前が誤った道を行くと言うなら……俺が、お前を止める!!」
光太郎もまた、親友と対なすように両腕の拳を右側へと振って握りしめた。
互いのすさまじいエネルギーに呼応し、二人の腹部に生体組織で形成された無骨なベルトが顕現する。
「「変……身……!!」」
信彦は、右腕を時計回りに旋回させ、左腕とともに右斜め上へと鋭く振り上げる。
光太郎は、左腕を反時計回りに旋回させ、右腕とともに右斜め上へと振り上げた。
緑と銀の閃光が信彦を包み込み。
真紅と漆黒のオーラが光太郎を包み込む。
怒号のような駆動音と共に、二人の肉体は一度醜悪な怪人態へと変貌し――そこからさらに強固な外殻を纏い、完成された二体の戦士へと姿を変えた。
銀色の破壊者、仮面ライダーSHADOWMOON(シャドームーン)
漆黒の太陽、仮面ライダーBLACK SUN(ブラックサン)
同じものを追い求め、同じ理想を抱いてきた二人。
それなのに、悲しいほどに道はすれ違ってしまった。
二人の仮面ライダーは、言葉を交わすことなく静かに見つめ合い、互いの譲れぬ信念を拳に乗せ、同時に地を蹴った。
漆黒と銀。二つの影が、薄暗い軍の拠点で激しく交錯する。
「フッ!」
「ハッ!」
骨と骨が軋み、肉が弾けるような鈍い打撃音が、絶え間なく響き渡る。
それは互角の死闘だった。いや、互いに相手の思考や手癖の全てを知り尽くしているからこその、一歩も譲らぬ凄惨な殺し合いだった。
放たれる拳と蹴りの応酬は、もはや人間の動体視力では追いきれない次元に達している。キャンサーを凌駕する力を持つ二人の闘争の余波だけで、軍の頑強なコンクリートの壁や床が紙屑のように砕け散っていく。この領域に介入できる者など、この世に存在しなかった。
「ハァッ!」
SHADOWMOONが距離を取り、その右手にギラギラと輝く銀色のオーラを集束させる。空間が歪み、生々しい形状をした銀の刃が生成された。
対するBLACK SUNも即座に呼応し、漆黒のオーラから黒い刀を現出させる。
激突。
銀と黒の刃が交わるたび、空間を裂くような金属音と眩い火花が散りばめられる。それは単なる戦闘ではなく、互いの魂と信念をぶつけ合う悲しき儀式だった。
その均衡を破ったのは、SHADOWMOONだった。
刀を激しく打ち合わせた至近距離で、彼の目が怪しく光る。直後、見えない巨大な壁が激突したかのような強烈な念動力が放たれ、BLACK SUNの巨体が紙切れのように吹き飛ばされた。
「ぐぅッ!」
体勢を崩したBLACK SUNを見据え、SHADOWMOONは自身の腹部のベルトへと手を当てる。
全身から周囲の空気を凍てつかせるような禍々しい緑色のオーラが立ち昇り、冷酷なエメラルドの眼光が闇の中で鋭く輝いた。
「はぁぁ……ッ!!」
極限まで高められたエネルギーが、SHADOWMOONの右拳に集約される。そして、一切の躊躇なく、無防備なBLACK SUNの胸板へとその絶死の一撃が叩き込まれた。
そu
「ぐわぁぁぁッ!!」
圧倒的な破壊力がBLACK SUNの強固な装甲を軋ませる。分厚い壁を何枚もぶち抜きながら、BLACK SUNの体は遥か後方の瓦礫の山へと深く叩きつけられた。
「あ……ぐ、あぁ……」
全身の骨が砕けたかのような激痛。しかし、BLACK SUNは泥に塗れながらも、執念のみで立ち上がる。
(ここで、終わらせるわけにはいかない……!)
彼もまた、自らのベルトに手を当てた。内なる怒りと悲しみが呼応し、マグマのような灼熱の赤いオーラが全身を包み込み始める。
「はあぁぁぁ……!!」
真紅の眼光が、血のように赤く輝く。
全てのエネルギーを右足へと集束させたBLACK SUNは、大地を砕くほどの踏み込みで跳躍し、SHADOWMOONめがけて必殺の蹴りを放った。
「はあッ!!」
「ぐあぁぁぁ!!」
直撃。凄まじい衝撃波が拠点を揺るがし、蹴り飛ばされたシャドームーンの体は床を何層もぶち破りながら、遥か下の一階フロアへと一直線に墜落していった。
舞い上がる粉塵。静まり返る空間。
決着がついたかのように見えた。開いた巨大な大穴から、BLACK SUNが静かに下のフロアへ飛び降り、重々しい音を立てて着地する。
――その、直後だった。
ブシャァッ……!
突然、BLACK SUNの口から大量の鮮血が噴き出した。
激痛に耐えかねて視線を落とした彼の目に飛び込んできたのは、自身の硬質な装甲を貫き、腹部深々と突き刺さっている『銀色の刀』だった。
致命傷。
先ほど渾身のキックを叩き込んだあの一瞬の交錯の中で、SHADOWMOONは自らの身を削りながらも、下からその刃をBLACK SUNの死角へと突き立てていたのだ。
「ぐっ……ううぅぅ……ッ」
ドサリと、BLACK SUNはその場に崩れ落ち、力なく膝をつく。
朦朧とする意識の中、濛々と立ち込める土煙の奥で、もう一つの影が揺れていた。
「ぐう……はあ……はあ……っ」
全身の装甲がひび割れ、甚大なダメージを負ったシャドームーンが、荒々しい息を吐きながらも、恐るべき執念でゆっくりと立ち上がろうとしていた。