ブラックバーンズレッド   作:Kankan3

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4話

 

 薄暗い一階フロアに、荒々しい呼吸音と血の滴る音が響く。 

 

「ぐあぁぁぁあああッ……!」

 

 仰向けに倒れたBLACK SUNは、腹部深くに突き刺さった銀色の刀を両手で掴み、大量の血を吐きながらも無理やり引き抜こうと藻掻いていた。

 しかし、その時。

 

「あぁ……っ、がっ……!」

 

 目に見えない巨大な力が、BLACK SUNの首を容赦なく締め付けた。SHADOWMOONの放つ強力な念動力だ。首の骨がミシミシと嫌な音を立て、呼吸が完全に封じられる。

 

「あの世で……お前の恋人が待ってるぞ……」

 

 足音を引きずりながら近づいてきたSHADOWMOONが、宙で苦しむBLACK SUNの首を直接掴み上げ、冷酷なエメラルドの眼光で見下ろした。

「あがッ……!」

「怪人になった時から、こうなる運命だったんだ……」

 

 シャドームーンは、絞り出すような、ひどく掠れた声で語り始める。

「あのマザーキャンサーのコアに適合した人間……つまり、俺たち二人が現れた時、軍の上層部と研究者たちはある恐るべき事実を知った」

 掴む手にギリギリと力が込められる。

「『適合者同士のキングストーンを組み合わせた個体は、最低でも今の10乗ものエネルギーを生み出せる』……とな」

 

「…………っ」

「人間とキャンサーを組み合わせた化け物はな……最初から、互いの石を奪い合い、殺し合う運命だったんだよ……!」

 SHADOWMOONの絶叫と共に、爆発的な念動力が放たれる。

 BLACK SUNの巨体は吹き飛ばされ、そのまま背後の分厚い鉄の壁へと激しく叩きつけられた。

「ガハッ……! ……あ……あぁ……っ」

「そのことを……軍の研究者だった……俺たちの親父たちは知っていた!!」

 

 壁に縫い付けられたBLACK SUNの襟首を掴み、SHADOWMOONは憎悪のままに鋼の拳を叩き込む。

「それを分かっていて!! 俺とお前に持たせたんだ!!」

 

 ドゴォッ! と、装甲が陥没するほどの殴打が再び顔面にめり込む。

「ぁ……ぁ……信彦……」

「俺とお前は……奪い合うために作られたんだよ!!」

 SHADOWMOONの瞳の奥で、哀しみが臨界点に達する。

「光太郎おぉぉぉぉぉっ!!!」

 親友の名を叫びながら、ありったけの怒りを込めた右拳が振り抜かれる。

 

 凄まじい衝撃。BLACK SUNの体は、腹部に突き刺さった刀ごと鉄の壁に深々と打ち込まれ、完全に宙吊りの状態で磔(はりつけ)にされた。

「はぁ……っ、はぁ……っ」 

 

 激しい息継ぎをしながら、SHADOWMOONは力なく腕を下ろす。

 もはや抵抗する力もない親友の惨状に背を向け、彼は終わらせるためにゆっくりと歩き出した。

 

 ――だが。

 

「……それは……違う」

 背後から響いた細い、けれど決して折れない声に、SHADOWMOONは足を止め、ゆっくりと振り返った。

 磔にされたBLACK SUNが、自らの腕で壁を押し、少しずつ体勢をずらそうとしていた。

 

「親父たちは……俺たちに……殺し合いをさせようとしたんじゃない……」

 刺さった刃が肉を抉り、新たな鮮血が床へ滝のように流れ落ちる。

「決して争わない……俺たちだからこそ……選んだんだ……」 

 

 常軌を逸した咆哮が轟く。

「ぐぁぁぁああああああッ!!」

 

 BLACK SUNは強引に体をずらし、壁に突き刺さった刀から強引にその身を引き抜いた。

 ドサリと床に落ちた彼の腹部には、ぽっかりと致命的な風穴が空き、壁に残された銀の刃は赤黒い血にまみれていた。

 激痛で意識が遠のく中、BLACK SUNは床に倒れた己の身体を奮い立たせ、執念のみで再び立ち上がる。

 

「そう思ったら……だめか?」

 血まみれの顔で、彼らを生み出した親たちの「善意」を信じようとする親友。

 その痛々しいまでの真っ直ぐさに、SHADOWMOONは苛立ちと絶望を爆発させた。

 

「はあぁぁッ!!」

「ぐっ……!?」

 SHADOWMOONの目が緑色に激しく発光し、再び強烈な念動力がBLACK SUNの首を締め上げる。

 

 だが、今度は違った。

 BLACK SUNが前へと突き出した右手が、己の首を締める『不可視の念力』そのものを、まるで実体のある鎖か何かのようにガシィッと掴み取ったのだ。 

 

「……!?」

 理を外れた光景に、SHADOWMOONが驚愕に目を見開く。

 

 BLACK SUNの腹部、赤く輝くベルトのコアへと莫大なエネルギーが集約し始める。

「はあぁぁぁ……ッ!!」

 

 気迫の雄叫びと共に、BLACK SUNは掴み取った念力を強引に手繰り寄せた。

 見えない力に引っ張られ、SHADOWMOONの身体が大きく前へと引きずり出される。

 そこへ――極限まで収束した、燃え盛るような赤いオーラを纏ったBLACK SUNの右拳が、下からカチ上げるように放たれた。

 

 渾身の、アッパーカット。

 

「ぐあぁぁぁッ!!」

 

 強固な顎を正確に打ち抜かれたSHADOWMOONは、凄まじい衝撃で天井近くまで打ち上げられ、力なく壁に背中を預けたまま、ずるりと床へ崩れ落ちる。

 

「う……うぅ……っ」

 

 彼を覆っていた銀色の強固な外殻が、ボロボロと崩れ去っていく。変身を維持する限界を超え、その姿は血に塗れた秋月信彦の姿へと戻っていった。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 光太郎もまた、腹部の致命傷から止めどなく血を流し、ふらつく足取りで信彦の元へと歩み寄る。漆黒の装甲が霧散し、傷だらけの本来の姿へと戻った。

 

「俺は……お前から、何も奪うものなんてない……っ。はぁ……はぁ……だから、俺を信じてくれ……」

 光太郎は膝をつき、虫の息の親友へ必死に語りかける。

 

「俺が、地球に飛来したキャンサーたちを必ず殺す……! ヒトナービィだって、俺たちだって……血の通った、心を持った『人間』だ……!」

 

 光太郎の目から、大粒の涙が溢れ落ちる。

 

「誰かと出会って、愛情を覚える……。喜んだり、悲しんだりだってする……。そうして懸命に生きて……いつかは死ぬ……。普通の人間だろうと、改造されようと、命の在り方に何も特別なことなんてない……。命の重さに、違いなんてないんだ……っ」

 

「光太郎……」

 焦点の合わない目で、信彦が光太郎を見つめ返す。

「父さんたちが望んだ世界に……嘘はないと……俺は、そう信じている……」

 ――脳裏にフラッシュバックするのは、二人がまだただの大学生だった頃の、眩しすぎる記憶。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 ――50年前。

 

 抜けるような青空の下、大学のビルの屋上で、二人は手すりに寄りかかりながら他愛のない話を作していた。

 

「なあ、父さんたちがまた海外に出張に行っちまったけどさ。噂じゃ、地球外生命体が降り立ったことの対処に追われてるらしいぜ?」

 光太郎が空を見上げて笑う。

「宇宙人なんて来たら、いつかこの街だって侵略されたりしてな? そうなったら俺たちは、日常を取り戻せるのかな」

 

「その話、どうやら本当らしいぞ」

 信彦は難しい顔をして、手元の分厚い本に視線を落とした。

「今の人類の兵器では駆除すらできないらしい……。そのために何ができるのか、人類には見当もつかない状況だとか」

 

「ま、どうしようもないこと考えてもキリないよな!」

 光太郎はあっけらかんと言い放つ。

「歴史ってのは、色々ありながらも形を変えてなんとかやってきたんだ。きっと今回も上手くやれるさ」

 

「ははっ。お前は本当に真っ直ぐだな、光太郎」

 信彦は毒気を抜かれたように、ふっと柔らかな笑みをこぼした。

 

「そうか? やれることをやるしかないだろ。お前は昔から真面目すぎるんだよ。ほら、ちょっと頭リセットさせに行こうぜ! 今日は山岡家食いに行くぞ!」

「最近そればっか食いに行ってるだろ。俺は蕎麦が食いたい。はい、決定〜」

「あ、おい待てって!」

「あ、お前サークルのやつらにちゃんと言っとけよ、課題の締切マジでヤバいからな」

 

 笑い合い、軽口を叩き合った、どこにでもある平和な学生生活。

 キャンサーの脅威など、まだ遠い世界のおとぎ話だと思っていた、何気ない日常の日々。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 血と硝煙の匂いが充満する薄暗い拠点で、信彦の頬を透明な涙が伝い落ちていた。

「もう……みんないなくなった……ゆかりも……オリバーも……」

 

 ポロポロと、堰を切ったように涙が溢れ出す。

「みんないたんだ……ジョーも、公平も……愛も……大地も……皆、笑って生きていたのに……」

 

 信彦の言葉に、光太郎もただ唇を噛み締め、涙を流すことしかできない。

「光太郎……俺は……あの頃に……戻りたい……」

「……っ」

 

 その直後だった。

 信彦は残された最後の力を振り絞り、自らの腹部――生体ベルトの中心へと、鋭くその手を突き立てた。

 ズチュッ……!!

 嫌な肉の裂ける音が響く。

 

「信彦!?」

 光太郎が血相を変えて止めようと手を伸ばす。だが、遅かった。

 ズルリと引き抜かれた信彦の血濡れた手の中には、不気味な脈動を打つ『緑色のキングストーン』が固く握りしめられていた。

 自らの命の核を抉り出した信彦の口から、大量の血が溢れる。

 

「俺には……もう……必要……ない……」

 震える手で、信彦はその緑の石を、光太郎へと差し出した。

「信彦……っ!」

「光太郎……これで……俺の……戦いは……終わり、だ……」

 親友に全てを託すように微笑み――信彦は、光太郎の腕の中でガクンと首を落とし、静かに息を引き取った。

 

 永遠の眠りについた彼の顔は、先ほどの憎悪に満ちた怪人のものではなく、かつての、少し真面目で不器用な『秋月信彦』の安らかな表情に戻っていた。

「信彦……! おい! 信彦……!!」

 動かなくなった体を揺さぶる。しかし、返事はない。

 

 冷たくなっていく親友を抱きしめ、光太郎は天井を仰いだ。

「信彦ぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 獣のような、そして迷子になった子供のような慟哭が、誰もいなくなった廃墟の拠点に、ただ虚しく響き渡っていた。

 

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