ブラックバーンズレッド   作:Kankan3

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6話

 

 数日後。

 

 無事に哨戒任務を終え、基地へと帰投した第31A部隊の面々は、手塚司令の執務室へと足を運んでいた。

「みんな、哨戒任務お疲れ様。何か進展はあったかしら?」

 デスクの端末から視線を上げ、手塚が静かに口を開く。その声には、部下を労う響きの中にも指揮官としての厳しい色が混じっていた。

 

「ああ。ドローンを飛ばして広範囲を調査したが、神戸付近に強力なキャンサーの反応があった」

 ユキが一歩前に出て、手元のデバイスを操作しながら報告する。

「データと照らし合わせても、まずハブキャンサーが潜伏していると見て間違いない」

「なるほど……厄介ね」

 

 手塚は眉間にシワを寄せ、報告データを手元のタブレットに弾き出した。

「それと、大阪でドームを発見したわ。民間人がまだ生きて生活していることも確認した」

 

 つかさの報告に、手塚の指がピタリと止まる。

「大阪ドーム……そう、あそこにはまだ住人がいたのね」

「もしハブキャンサーがあの周辺にいるなら、急いで避難させたほうがいいんじゃない?」

 

 ルカが身を乗り出して提案するが、手塚はゆっくりと首を横に振った。

「確かにそうね。でも……今の状況では、それは難しいわ」

「どうして?」

「観測結果から見るに、現在キャンサーは関西を中心に活発化している。そんな中、大勢の民間人を下手に避難誘導しようと外へ連れ出せば、移動中に群れに襲われる可能性が極めて高い」

 

 手塚はマップ上のアラート群を指差した。

「キャンサーに襲われにくいドームの防壁内に留まるほうが、現時点では安全と見たほうがいい。それに、ハブキャンサーの反応は神戸よ。大阪ドームとは十分な距離が保たれていると見ていいわ」

「……まあ、妥当っちゃ妥当な判断だな」

 ユキも渋々といった様子で同意する。

 

「現在、持ち帰ってもらった観測データを詳細に解析しているところよ。作戦立案が完成したら、またあなたたちを呼び出すわ。大阪ドームの民間人の保護についても、何らかの形で検討を急ぐわ」

「ありがとう、手塚司令」

 

 ルカがホッと胸をなでおろした。作戦会議はこれで終わる――誰もがそう思った、次の瞬間だった。

「それと、もう一つだけ確認したいことがあるのだけれど」

 手塚の目が、スッと細められた。

「……なんや?」

 めぐみが怪訝な顔で首を傾げる。

 

「報告された移動データを見ていると、小休止のタイミングでもないのに、不自然に部隊の移動が止まっていた時間帯があるわね」

 手塚の射抜くような鋭い視線が、31Aの6人を順番になぞっていく。

 

「そこで、一体何があったの?」

「っ!?」

 可憐がビクッと肩を震わせ、息を呑む。

(なんやねんこの人! 勘が良すぎやろ!!)

 めぐみは顔にこそ出さないものの、心の中で滝のような冷や汗を流していた。

 

 光太郎との接触、そして彼がキャンサーを蹂躙した事実。それを知られれば、間違いなく軍は彼を放ってはおかない。

「え、えーっと……! それは、でありますね……」

 全くポーカーフェイスができないタマが、視線を泳がせながらたじろぐ。

 このままでは怪しまれる――部隊に致命的な動揺が走りかけた、その時だった。

 

「――民間人の、ご遺体があったの」

 凛とした冷たい声が、執務室に響いた。

 瞳から一切の感情を消し去り、『覚醒』状態に入ったつかさだった。彼女は手塚の鋭い眼光を真っ向から受け止め、瞬き一つせずに言葉を紡ぐ。

 

「おそらく、ドームから食料を調達しようと外へ出たところを、キャンサーに襲われたんでしょうね。……そのまま野晒しにしておくわけにもいかなかったから、私たちが時間を取って埋葬したの」

「……」

「その後、運悪く探しに来たドームの住人と接触してしまったわ。事情を話して、急いでドームへ帰ってもらった。……痛ましい限りね」

 

 一切の淀みもない、完璧な嘘。

 

 手塚はしばらくの間、探るようにつかさの目を見つめ返していたが、やがて小さく息を吐いてタブレットを机に置いた。

「そう……民間人と接触したことについては、状況が状況よ。今回は不問にしておきましょう。まあ、それは今のあなたたちにとっては、大きな問題にならないことだしね」

 

「……ありがとう」

 ルカが、心底安堵したように短く礼を言う。

「私が確認したいことはそれだけよ。長旅で疲れたでしょう、ゆっくり休んで。……解散」

 

 

 21:00――。

 静まり返っていた夜のセラフ基地内に、突如として無機質な電子音が鳴り響いた。

『ピンポンパンポン……』

 それに続くのは、いつもより少し早口で、緊迫感を帯びた七瀬七海の場内アナウンスだった。

 

『手塚司令官から、緊急の作戦会議の号令がありました。各セラフ部隊員は、至急ブリーフィングルームまで集合してください。繰り返します――』

 

 就寝準備に入っていた者、自由時間を過ごしていた者。あらゆる部隊の少女たちが慌ただしく廊下を駆け抜け、次々と巨大なブリーフィングルームへと集結していく。

「夜分遅くに急に集まってもらって悪いわね」

 壇上に立つ手塚司令は、集まった部隊員たちを見渡し、重々しい口調で切り出した。

 

「今回呼び出されたのは、先日31Aが神戸で確認したハブキャンサーの件ですか?」

 第30G部隊の部隊長である白河ユイナが、凛とした声で真っ直ぐに質問を投げかける。

「ええ、その通りよ」

 

 手塚は背後の巨大モニターに、無人ドローンが撮影した禍々しい映像を投影した。

「31Aが持ち帰ってくれた観測データを詳細に解析したところ、神戸に潜伏しているハブキャンサーは、すでに巨大な『繭(まゆ)』を張っていることが判明したわ」

 モニターに映し出されたのは、異形の肉塊が絡み合ったような巨大な繭。

 

 その光景に、部隊員たちの間にざわめきが広がる。

「おそらく、この地の地脈のエネルギーを直接吸収し、自らの身体をより強大で凶悪なものへと『羽化』させようとしていると我々は推測しているわ」

「つまり……それを羽化する前に叩き潰す、ということね」

 つかさが、冷静に状況を分析して呟いた。

 

「ええ、そうよ」

 手塚の目が鋭く光る。

「我々はこの未知のハブキャンサーを『ククリノス』と呼称。放置すれば関西一帯が消し飛ぶほどの脅威になり得る。この緊急性を鑑みて、これの討伐のため……本日の23:00より、『オペレーション・レチクル』を発動することを決定したわ」

 

 現在時刻からわずか2時間後。その異常なまでのスケジュールの早さが、事態の深刻さを物語っていた。

「31Aは、目標であるククリノス討伐のため、敵の心臓部である摩耶山付近にまで直接降下してもらいます」

 

 手塚はマップ上に部隊の配置図を展開しながら、矢継ぎ早に指示を出していく。

「その他、30G、31B、31Eの各部隊には、主力である31Aの負担を減らすため、周辺地域に展開するキャンサーの群れの掃討を。そして31Dには、民間人が居住している『大阪ドーム』周辺の防衛とキャンサーの掃討を命じます」

 

 大阪ドーム周辺の防衛。

 その言葉に、ルカたち31Aの面々は密かに安堵の視線を交わした。あそこにいる光太郎や民間人を、別の部隊が守ってくれるなら後顧の憂いなく戦える。

 

「……急な夜間作戦で申し訳ないけれど、奴が羽化する前に速やかに叩き潰す必要があるわ。どうかお願い。……以上、解散」

 

 手塚の言葉を合図に、セラフ部隊の少女たちは気を引き締め直し、迫り来る出撃時間に向けて、わずかな準備時間を惜しむように散っていった。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 その頃。

 セラフ基地から遠く離れた、大阪ドームの薄暗い一室。

「……っ」

 簡易ベッドで浅い眠りについていた光太郎は、不意に強烈な悪寒に襲われ、ガバッと跳ね起きた。

 

 全身にじっとりと嫌な汗をかいている。

(なんだ……? この感覚は……)

 光太郎は自身の腹部――体内に埋め込まれたマザーキャンサーのコアを無意識に強く押さえた。

 

 キングストーンが、今まで感じたことのないほど不気味に脈動し、熱を帯びている。それはまるで、遠く離れた同族の『絶対的な悪意』に共鳴しているかのようだった。

 

「強大なエネルギーが……神戸の方面に集束している……?」

 光太郎はベッドから降り、窓のないドームの壁越しに、神戸の方角を鋭い眼光で睨みつけた。

「まさか……!」

 

 彼の脳裏に、最悪の可能性がよぎる。

 あの時遭遇したセラフ部隊の少女たちが、この異常な気配の元へ向かおうとしているのだとしたら――。

 

 静まり返る大阪ドームの闇の中で、光太郎の瞳が微かに真紅の光を帯びた。

 

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