数日後。
無事に哨戒任務を終え、基地へと帰投した第31A部隊の面々は、手塚司令の執務室へと足を運んでいた。
「みんな、哨戒任務お疲れ様。何か進展はあったかしら?」
デスクの端末から視線を上げ、手塚が静かに口を開く。その声には、部下を労う響きの中にも指揮官としての厳しい色が混じっていた。
「ああ。ドローンを飛ばして広範囲を調査したが、神戸付近に強力なキャンサーの反応があった」
ユキが一歩前に出て、手元のデバイスを操作しながら報告する。
「データと照らし合わせても、まずハブキャンサーが潜伏していると見て間違いない」
「なるほど……厄介ね」
手塚は眉間にシワを寄せ、報告データを手元のタブレットに弾き出した。
「それと、大阪でドームを発見したわ。民間人がまだ生きて生活していることも確認した」
つかさの報告に、手塚の指がピタリと止まる。
「大阪ドーム……そう、あそこにはまだ住人がいたのね」
「もしハブキャンサーがあの周辺にいるなら、急いで避難させたほうがいいんじゃない?」
ルカが身を乗り出して提案するが、手塚はゆっくりと首を横に振った。
「確かにそうね。でも……今の状況では、それは難しいわ」
「どうして?」
「観測結果から見るに、現在キャンサーは関西を中心に活発化している。そんな中、大勢の民間人を下手に避難誘導しようと外へ連れ出せば、移動中に群れに襲われる可能性が極めて高い」
手塚はマップ上のアラート群を指差した。
「キャンサーに襲われにくいドームの防壁内に留まるほうが、現時点では安全と見たほうがいい。それに、ハブキャンサーの反応は神戸よ。大阪ドームとは十分な距離が保たれていると見ていいわ」
「……まあ、妥当っちゃ妥当な判断だな」
ユキも渋々といった様子で同意する。
「現在、持ち帰ってもらった観測データを詳細に解析しているところよ。作戦立案が完成したら、またあなたたちを呼び出すわ。大阪ドームの民間人の保護についても、何らかの形で検討を急ぐわ」
「ありがとう、手塚司令」
ルカがホッと胸をなでおろした。作戦会議はこれで終わる――誰もがそう思った、次の瞬間だった。
「それと、もう一つだけ確認したいことがあるのだけれど」
手塚の目が、スッと細められた。
「……なんや?」
めぐみが怪訝な顔で首を傾げる。
「報告された移動データを見ていると、小休止のタイミングでもないのに、不自然に部隊の移動が止まっていた時間帯があるわね」
手塚の射抜くような鋭い視線が、31Aの6人を順番になぞっていく。
「そこで、一体何があったの?」
「っ!?」
可憐がビクッと肩を震わせ、息を呑む。
(なんやねんこの人! 勘が良すぎやろ!!)
めぐみは顔にこそ出さないものの、心の中で滝のような冷や汗を流していた。
光太郎との接触、そして彼がキャンサーを蹂躙した事実。それを知られれば、間違いなく軍は彼を放ってはおかない。
「え、えーっと……! それは、でありますね……」
全くポーカーフェイスができないタマが、視線を泳がせながらたじろぐ。
このままでは怪しまれる――部隊に致命的な動揺が走りかけた、その時だった。
「――民間人の、ご遺体があったの」
凛とした冷たい声が、執務室に響いた。
瞳から一切の感情を消し去り、『覚醒』状態に入ったつかさだった。彼女は手塚の鋭い眼光を真っ向から受け止め、瞬き一つせずに言葉を紡ぐ。
「おそらく、ドームから食料を調達しようと外へ出たところを、キャンサーに襲われたんでしょうね。……そのまま野晒しにしておくわけにもいかなかったから、私たちが時間を取って埋葬したの」
「……」
「その後、運悪く探しに来たドームの住人と接触してしまったわ。事情を話して、急いでドームへ帰ってもらった。……痛ましい限りね」
一切の淀みもない、完璧な嘘。
手塚はしばらくの間、探るようにつかさの目を見つめ返していたが、やがて小さく息を吐いてタブレットを机に置いた。
「そう……民間人と接触したことについては、状況が状況よ。今回は不問にしておきましょう。まあ、それは今のあなたたちにとっては、大きな問題にならないことだしね」
「……ありがとう」
ルカが、心底安堵したように短く礼を言う。
「私が確認したいことはそれだけよ。長旅で疲れたでしょう、ゆっくり休んで。……解散」
21:00――。
静まり返っていた夜のセラフ基地内に、突如として無機質な電子音が鳴り響いた。
『ピンポンパンポン……』
それに続くのは、いつもより少し早口で、緊迫感を帯びた七瀬七海の場内アナウンスだった。
『手塚司令官から、緊急の作戦会議の号令がありました。各セラフ部隊員は、至急ブリーフィングルームまで集合してください。繰り返します――』
就寝準備に入っていた者、自由時間を過ごしていた者。あらゆる部隊の少女たちが慌ただしく廊下を駆け抜け、次々と巨大なブリーフィングルームへと集結していく。
「夜分遅くに急に集まってもらって悪いわね」
壇上に立つ手塚司令は、集まった部隊員たちを見渡し、重々しい口調で切り出した。
「今回呼び出されたのは、先日31Aが神戸で確認したハブキャンサーの件ですか?」
第30G部隊の部隊長である白河ユイナが、凛とした声で真っ直ぐに質問を投げかける。
「ええ、その通りよ」
手塚は背後の巨大モニターに、無人ドローンが撮影した禍々しい映像を投影した。
「31Aが持ち帰ってくれた観測データを詳細に解析したところ、神戸に潜伏しているハブキャンサーは、すでに巨大な『繭(まゆ)』を張っていることが判明したわ」
モニターに映し出されたのは、異形の肉塊が絡み合ったような巨大な繭。
その光景に、部隊員たちの間にざわめきが広がる。
「おそらく、この地の地脈のエネルギーを直接吸収し、自らの身体をより強大で凶悪なものへと『羽化』させようとしていると我々は推測しているわ」
「つまり……それを羽化する前に叩き潰す、ということね」
つかさが、冷静に状況を分析して呟いた。
「ええ、そうよ」
手塚の目が鋭く光る。
「我々はこの未知のハブキャンサーを『ククリノス』と呼称。放置すれば関西一帯が消し飛ぶほどの脅威になり得る。この緊急性を鑑みて、これの討伐のため……本日の23:00より、『オペレーション・レチクル』を発動することを決定したわ」
現在時刻からわずか2時間後。その異常なまでのスケジュールの早さが、事態の深刻さを物語っていた。
「31Aは、目標であるククリノス討伐のため、敵の心臓部である摩耶山付近にまで直接降下してもらいます」
手塚はマップ上に部隊の配置図を展開しながら、矢継ぎ早に指示を出していく。
「その他、30G、31B、31Eの各部隊には、主力である31Aの負担を減らすため、周辺地域に展開するキャンサーの群れの掃討を。そして31Dには、民間人が居住している『大阪ドーム』周辺の防衛とキャンサーの掃討を命じます」
大阪ドーム周辺の防衛。
その言葉に、ルカたち31Aの面々は密かに安堵の視線を交わした。あそこにいる光太郎や民間人を、別の部隊が守ってくれるなら後顧の憂いなく戦える。
「……急な夜間作戦で申し訳ないけれど、奴が羽化する前に速やかに叩き潰す必要があるわ。どうかお願い。……以上、解散」
手塚の言葉を合図に、セラフ部隊の少女たちは気を引き締め直し、迫り来る出撃時間に向けて、わずかな準備時間を惜しむように散っていった。
◆ ◆ ◆
その頃。
セラフ基地から遠く離れた、大阪ドームの薄暗い一室。
「……っ」
簡易ベッドで浅い眠りについていた光太郎は、不意に強烈な悪寒に襲われ、ガバッと跳ね起きた。
全身にじっとりと嫌な汗をかいている。
(なんだ……? この感覚は……)
光太郎は自身の腹部――体内に埋め込まれたマザーキャンサーのコアを無意識に強く押さえた。
キングストーンが、今まで感じたことのないほど不気味に脈動し、熱を帯びている。それはまるで、遠く離れた同族の『絶対的な悪意』に共鳴しているかのようだった。
「強大なエネルギーが……神戸の方面に集束している……?」
光太郎はベッドから降り、窓のないドームの壁越しに、神戸の方角を鋭い眼光で睨みつけた。
「まさか……!」
彼の脳裏に、最悪の可能性がよぎる。
あの時遭遇したセラフ部隊の少女たちが、この異常な気配の元へ向かおうとしているのだとしたら――。
静まり返る大阪ドームの闇の中で、光太郎の瞳が微かに真紅の光を帯びた。