[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん] 作:夕暮れの家
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からん、と手に持っていた武器が地面に落ちて乾いた音を立てた。どうあっても届かないことを悟り、俯く私を尻目に大型の月人は横をすり抜けていく。
いつの間にかかぐやの周りには、灯篭型の頭をもった月人がひざまずいていた。
「まって」
手を伸ばす、兄が倒したはずの月人も、私が倒したはずの相手も、いつの間にか全員がそこにいて、かぐやのもとへ向かっていく。その中心にいるかぐやの眼に、手を伸ばす私の姿が映り、かぐやはふわりと笑って見せた。あの花火大会で見せたような、天真爛漫なかぐやらしくない、何かを押し殺したような笑み。
「まって、かぐや」
もうどうしようもない、万策尽きた。分かっているはずなのに、みっともなく手を伸ばして。
『解』
かぐやの周りに跪いていた月人がその声が響くとまるで見えない誰かに切られたかのように一様に上下に分かれて、遅れてポリゴンとなり消える。明らかな異常事態。でも私は後ろから聞こえてきて声に振り返ることが出来なかった。
「うちの大事な看板娘を随分虐めてくれたな」
すたすたと普段と何ら変わらない様子で歩いてきた彼は、ぽん、と立ち尽くす私の頭に軽く手を置いて一歩前に出た。ツクヨミ内にも関わらず、現実と全く同じ姿で。
「て、てんちょう。なんで」
「まどろっこしいのは止めだ、手早くいこう」
店長が指を向けると、近づいてきていた灯篭型の月人の一団が、キンッという音と共にまとめて両断される。そのまま両手を合わせた彼の手は、何かの印を描き出した。
『領域展開』
結ぶは閻魔天印、付与するは御廚子、その言葉と共に目に入る全ての空が、元々暗かったのにも関わらず更に濃い黒に塗りつぶされ、印を結んだ本人の後ろには動物の頭蓋骨で根元を覆われたおどろおどろしい社が出現する。
『伏魔御廚子』
どこかの世界にて呪いの王と称された者の領域が、ツクヨミ内に顕現した。
「──ごめんな、ヤチヨ」
●
今時見ないような古いゼンマイ式の時計の秒針が刻む規則的な音だけが刻む薄暗い店内。明日の授業の予習を早々に終わらせて、長い時間握ったままでいたペンを置き、伸びを一つ。すっかり黒く汚れてしまった手の側面を拭きながら、後ろの空いた座敷になっている部屋で静かに本を読んでいる、パーカーのフードを目深に被った男に話しかけた。
「ねぇ、店長」
「なんだ」
顔も挙げずに返事をよこしてくるその男に、少しむっとする。胡坐をかき、膝に肘をつきながら、片手で器用にぺらりとまた1枚ページをめくった男の顔は、こちらを向いてくれなければ表情を察することもできない。相変わらず傍から見るとまるで店長に見えない。
「この店、大丈夫なんですか?」
「ん?あー…」
ようやっと顔を上げて店内を見回す。天井からぶら下がった裸電球がやわらかく光り、色とりどりの駄菓子の袋をぼんやりと照らしている。壁際には、年季の入った木の棚が並び、そこにはぎっしりと菓子が詰め込まれている。十円、二十円と書かれた色あせた値札、何時から更新していないのか、いくら駄菓子だとしても今時こんな安い値段ばっかりつけてるとこなんて存在しないぞ本当に。
そんなすこしの非難を込めた視線を、するりと顔をそらすことで回避してみせたあと、口元に手をやり、首を少し傾ける。
「ま、大丈夫さ」
そう言って微かに笑ったのが、かろうじて見える口元の形が変わったことで分かる。この人の満面の笑みとか見たことないな、とかそもそも声上げて笑うのかな、なんてそれた思考を慌てて引き戻す。危ない、またやられるところだった、と。
「またそんなこと言って。今日だってお客さんあんまり来てないじゃないですか」
「そんなことないぞ、林さんとこの優太だろ、加藤さんとこのヒデだろ、それに──」
今日来店した、というか遊びに来た子供たちの人数を名前を挙げながら指折り数えて、ほら、こんなに来ただろと両手の指で収まるくらいの人数を示してくる。というか薄々思ってたが全員名前覚えているのか。
「こんなに、じゃないですよ。少ないんですからね?分かってますか?」
「十分だろ」
そう言ってまた読書に戻ろうとするお気楽店長の興味をこちらに戻すべく言葉を繋ぐ。そもそもなんでアルバイトの私が店長に説教まがいのことをしているのか。
「それに、あのお菓子を買ってた小さい娘、「坂本さん家のななちゃんな」──ななちゃん、あの子が買ったお菓子、別に当たってなかったのにもう一個あげてましたよね?」
「…なんのことだか」
「今の間はなんですか」
こちらをちゃんと見てからいってください、と腰に手を充ててため息をつく。私は怒っているのだ、いつも子供に甘すぎるこの店長に。
「小さい子に甘いのはいいですが、甘やかしすぎもよくないですよ」
「分かってる分かってる」
分かってないなこの人。そう思いジト目で見つめるも、結局元の姿勢に戻ってまた本に目を落とし始めたことで躱されてしまった。この会話の終着点はいつもこうだ。私が店の未来を憂いて、店長がなぁなぁにして躱す。その繰り返し。
振り返って、もう一度店内を見渡す。所狭しと詰まれた棚の一角には、くじ付きの箱が積まれ、「当たりつき」と太い字で書かれている。頻繁におまけしてしまう店長には、外れと書いてあってもあたりと読めてしまうらしいが。
足元にはガラスケースがあり、その中にはラムネやビー玉入りの瓶が整然と並んでいる。奥のほうでは、少しだけ埃をかぶった駄玩具が静かに眠っている、完全に売れないわけではなく、偶にぽろぽろと売れるので仕入れをやめようと言い出せないのが困りどころだ。
そんな現代ではもはや化石の様な駄菓子屋の内装を見渡してから、もう一度後ろに向き直った。
「せめて値段だけでも考え直しません?」
「まだいうのか」
「言います」
不退転の意思を込めた私の視線に、本日2度目、店長の顔が上がる。珍しいことだ、今日はいつもより長く相手をしてくれるらしい。
「全部安すぎますよ。原価投げ売りですか?ほんとに儲かってるんですか?」
「大丈夫さ、そんなに心配しなくても」
絶対大丈夫じゃないからいってるんです、と。帳簿を見せてもらっているわけではないけど──そもそもつけているかどうかすらも定かではないが──全然儲けが出ていないことなんて私にも分かる。だからこそ頻繁に言っているのだ。
「そもそも何がそんなに不満なんだ」
「…?」
片手で開いていた本をそのまま読んでいた面を下にして床に置く。頬杖を外して店長はこちらに指を刺した。
「閑古鳥が鳴いているおかげで酒寄は勉強する時間が取れる」
そして私に向けていた指を自分に向けて言う。
「で、店長の俺は今のままでいいと言ってる」
WIN-WINだろ、問題ない。何が悪いとでも言いたげに首をかしげる。普段表情の変化が分かりにくい癖に、こんな所ばっかり分かりやすくて困るんだこの人は。しかし、言っていることは的外れではない。言葉に詰まる私の事を満足げに眺めて──目元は良く見えないが──また床に置いた本を拾い上げようとする店長。
「わ、私だって、この店に潰れられたら困るんですよっ」
ありがたいと思っているのは事実だ。きっとここでないとこんな良い条件でのアルバイト何てさせてもらえない。今のように人が来ない時間には勉強してもらっても構わない、なんて。他にも、たくさん。
「感謝してるんですよ、こんなでも」
無理に無理を重ねて限界ギリギリだった数か月前の自分の姿を思い出す。睡眠時間を削り、食費を削り。目元に出来た隈をどうにか分からないように隠して仮面を被り、毎日をどうにかやり過ごしていた頃の私。
「このままじゃ、私ばっかり貰ってばかりです。私も何か返したいと思うのは、だめなこと、ですか?」
少し言葉に詰まりながら。勢いですべて言い切る。くそ、こんな慣れないこと言うんじゃなかった。ごまかす様に顔をそらした仕草は、僅かに熱を持った頬を隠してくれただろうか。
「なんとかいってくださいっ!」
数秒、耐えられなくなった私がそう言うまで沈黙は続いた。普段なら本を読んでいたとしても、どんなに適当でも何かしらの返事は返してくる相手だ。珍しく何も聞こえてこないことに不安になり、そらしていた視線を戻すと、目深に被ったフードで見えない顔の大部分、その口の部分が驚いたように半開きになった状態でこちらを向く店長の姿があった。
「なんですか。その顔」
「いやぁ、子供の成長は早いなぁと思って」
「…子供扱いしないでください」
見たことのない表情だ。口しか見えないけど、いい加減鬱陶しくなってきたな。と八つ当たりの様な感情をこめて顔を覆い隠すフードを睨む。いつもいつも同じように顔を隠しているのだこの人は。
「そもそもなんですか。店内でくらいフード外してくださいよ」
座敷の方に上がって胡坐をかいて座る店長の前に仁王立ち、目深に被られたフードに手をかける。特に抵抗もなくそのまままくられたフードの奥から、素顔が現れる。
後ろに流された少し長めの白髪に、精悍な顔つき。その要素だけでも外を歩けば人目を引くのは間違いないが、中でも目立つのは口元、右目部分に走る傷跡だ。未だにこの傷がついた原因とか、聞けてないななんて関係ないことに思考がそれる。
相変わらず見た目では年齢がつかめない相手だ、と改めて感じる。見た目だけなら自分とそう変わらないような歳にも見えるのに、本人の落ち着いた雰囲気と合わさればたちまちその実年齢を測れなくなる。
「せっかく酒寄みたいなかわいい店員が立ってくれてるんだから、俺みたいなのは顔隠しといたほうがいいだろ」
「…本気で言ってるんですか?」
とんちきなことを真顔で言う店長にジト目で問う。そんな私の目線を正面から受け止めた後、自分の髪の毛、そして顔の傷跡を順番に指差した。
「目立ちすぎるんだよ。子供も怖がらせる」
「フードを目深に被るのもどうかと思いますが」
まだましだろ、と事も無げに言う。本当に分かっていないのだろうか。幼い子供は人の善悪にどこか敏感なところがある。そんな年頃の子供たちにあれだけ慕われていながら、顔を完全にさらしただけで怖がられると思っているのだろうか。そもそもフードを被るだけでは下からなら丸見えでしょうに。
「それくらいじゃ、怖がる子なんていませんよ」
「酒寄だってちょっと怖がってただろうに」
「さ、最初だけです」
店長に初めてあったころの記憶を掘り起こされて少し言葉に詰まる。怖がってなんか、いや、そもそも目が覚めたら知らない場所で、近くに知らない男の人がいたら誰だって驚くと思うのだ。いや、そうではなくて。
「目立つのが嫌なら、髪の毛だけでも黒染めすればいいじゃないですか」
店長の白い髪の毛を見やる。老人の様な白髪ではなく、さりとて調子に乗った大学生がする染められた白髪でもない。綺麗な白。私の言葉を受けて、目の部分に落ちてきている一房を指でいじりながら店長が口を開く。
「んー、それは、できないなぁ」
「そう、なんですか?」
この話題はこれ以上踏み込んではいけない、そんな気がする。なにか他の話題をと目線を滑らせても、目に入るのはいつもと変わらない駄菓子屋の光景ばかり。結局私の眼と脳が最適解をたたき出し、口に出力が行われる前に店長の次の言葉が放たれてしまった。
「そうしたら、泣く娘がいるから」
今まで見たことのない顔だった。緩められた口元、細められた目。フードを取ることなんてしなければよかったと後悔してしまうほどに。まだかぶったままで居てくれたなら、こんなにはっきりと見なくて済んだのに。そんなことを考えた自分に首をかしげる。
「…店長のそれって、地毛ですよね」
どうにか話題をそらそうと絞り出した疑問、あまりそれていないような気がしないでもないが、少々の混乱状態の頭は気にしていなかった。そう、とうなずく店長。元々染めたにしては綺麗すぎる色だと思っていたのだが、やはりだ。でも、店長の名前は完全に純日本人だ。
「海外の血が入ってたりするんですか?」
「いや、入って…ないぞ?」
「なんでそこ疑問形なんですか」
変にとぼけた言い方をするその姿がなんだかおかしくて、くすりと笑う。ちょっと手を伸ばして電球の下で白く光るその髪を一房触る。
「ならなんで白いんでしょうね」
「8000年生きたら、酒寄もこうなるさ」
荒唐無稽な言い訳。なんですかそれと言ってまた笑った。8000年、その数字に壁にかかっているタペストリーに目をやる。月見ヤチヨ、ツクヨミの管理人である彼女を描いたそれはツクヨミ最初期の数量限定、超貴重品。その他には本棚、それにちゃぶ台にテレビくらいしか物がない座敷の中では異彩を放つそれを初めて見た時には、そんな貴重品が無造作に飾られているのに目をむいたのを憶えている。ヤチヨ、彼女も8000歳という設定だったな。
「店長って、ヤチヨのこと好きですよね」
「そうだな、ずっとファンだよ」
酒寄よりも長いかもな、と薄く笑う店長に対して対抗心がめらりと燃え上がる。自分の数少ない自慢はヤチヨのデビュー時からのファンであるということなのだ。これだけは譲れない。
対抗心の赴くままに勝負を仕掛けようと口を開きかけた時、ガラリという音と共に日に日に立て付けの悪くなってきている引き戸が開き、来客を知らせるベルが鳴った。
「悠仁、いるー?」
入ってきたのは小学生の男の子だった、店長の事を名前で呼び、良く懐いて頻繁に店に遊びに来るお客さんの一人。
「なんだ優太、こんな時間にどうした」
時刻は7時を回ったあたり、この店の閉店時間まではまだあるが、それでも小学生が一人で出歩くには少々遅いと言わざるを得ない時間帯だ。生憎外ももう暗くなってしまっている。
「また家出でもしたか?」
わざわざ目の前まで歩いて行って、しゃがんで目線を合わせて問う。自分より小さな相手には必ず店長はこうする。きっとこういうところが好かれる理由なんだろうな、と思いながら、なんとなくこの後起きることが予想できたので、手の届くところに置いてあった連絡簿を手に取った。
案の定親と喧嘩して飛び出してきたようで、ぽつぽつと話される事情を根気よく聞き、頭を少し乱暴にぐしゃぐしゃ撫でてやった後、夕飯食わせてやるから上がってけ、俺は電話してくる。と言って立ち上がった店長に連絡簿を手渡した。
「よくわかったな」
何も言っていないのに私から渡されたそれを見ながら、少し意外そうな顔をしてこちらに言う。何をいっているのか、何回目だと思ってるんですか、とため息をついた。半ば駆け込み寺と化しているこの店には割と頻繁にこういうことが起こる。そのたびにこの人は根気よく相手の話を聞いて、やさしく頭を撫でてから、お菓子だったり、手づくりの料理だったりを食べさせてやる。そして、最後には相手の親に頭を下げられながら、元気に手を振る子供にまた来いよ、と一言かけるのだ。
いつもいつもそんなところでも泣いている子供にタダで商品を渡してしまうから心配なのだ、とため息をつく。
「じゃ、俺電話してくるから」
店の奥にある電話を取りに行った店長の後ろ姿を見送っていると、くい、と身につけていたエプロンの裾を下から引かれた。
「悠仁、今日フード被ってないな」
何で?いつもああしてれば良いのにな、という優太君の頭を、そうだねぇという言葉と共に撫でる。ほら見てみろ店長、これが子供の認識だ、と自分のこととなると途端に認識のずれる男に向けての文句を一つ。
「後で店長にも言ってあげてね」
「?うん」
良いよな、ヤチヨみたいに綺麗な髪の毛。かっこいい。そう呟いた後、手に持ったカバンからノートを一冊取り出して、元気に此方に見せる。
「彩葉姉ちゃん、宿題教えて」
「おぉ…、家出なのに持ってきたのか。偉ぁ〜」
奥から店長が電話越しに誰かと話す声が聞こえる。きっと目の前で鉛筆を握るこの子の親御さんだろう。穏やかな語り口だ、きっと今回も丸く収まるだろう。ここが分からない、と開いて見せてくるノートを指差して、出来るだけ噛み砕いて丁寧に説明する。
最近はここに宿題を持ち込んで来る子もちらほら出てくるようになった。でもその度に私が対応してるのが納得いかない。店長に手伝ってくださいと視線で抗議しても、すぐに逸らされるのだ。どうにも苦手らしい。
それでも、いつも助かってるよと一言言われるだけで少し嬉しくなってしまう自分が少し嫌だ。こんな事では少しの恩返しにもならないのに。
「夕飯後くらいに迎えに来るってさ」
「えぇー!」
やだいやだい今日こそ泊まるんだいと駄々を捏ねる優太君の頭を一無でし、耳元で何事か一言。途端に笑顔になって、素直に帰ると言い出した駄々っ子。何言ったんだこの人、と戦慄しながらその後頭部を見つめる。
「よし、飯作るか。酒寄も食べてくだろ?」
「いや、悪いですよ流石に」
「酒寄が食べないなら後ろで2人で食べるぞ」
「うっ」
「ちなみに今日はハンバーグだ」
「うぅっ」
ハンバーグ、それで釣ったのかと。目を煌めかせる優太君を見て、久しく食べていないその料理の味を想像して。
口の中に広がる唾液に、早々に敗北を喫する事となった。
「ご、ご相伴に預からせてください…」
「よし」
最初からそう言え、と言わんばかりに深く頷く店長。横では優太君も真似をしたのか腕を組み、目を閉じてうんうんと頷いている。子供は身近な大人の仕草をまねて育つのだから本当にやめてほしい。
「もう店も閉めようか。酒寄も上がりってことで寛いでていいぞ。閉店時間まで働いてたことにしといてやる」
「ちょ、ちょっと店長」
「いいから」
甘えとけ、という言葉と共に軽く頭に手を置かれた。文句を言おうにもそんな動作一つで口を閉じさせられてしまい、店前の『開店』の札を裏返して『閉店』に変える店長を睨む。この短時間のうちにまた2つも借りが増えてしまった。
「よし、じゃあ作るか」
「あ、手伝います」
「…そうか、ありがとな」
「なんですか、子供扱いしないでください」
腕まくりして台所に向かう店長を後ろから追いかける。追いついて隣に並ぶと、お礼を言われてまた軽く頭を撫でられた。完全に他の幼い子供と扱いが同じである、納得がいかない。
店長とこうして料理をするのも何度目か。最初は男の人とは思えない程の手際の良さで次々料理を作っていく店長に驚かされたものだが、今となっては勝手知ったるといったところだ。ただ、毎回毎回微笑ましいものを見るような目をしながらお礼を言うのは止めてほしい。この人はあまり表情に動きはないが、目は感情が分かりやすいのだ。だからこそ、フードを目深に被るのは止めてほしいのだが。
こそり、と自分より頭一つ分高い場所にある店長の横顔を盗み見る。完全に顔を露出した状態のこの人の顔を見ることが出来るのは珍しい。本当、良くあの状態で外を出歩いて職質とかをされないな、何て関係のないことを考える。きっと普段から小さい子に纏わりつかれているような人だからなんだろうな。
「本当にいつもありがとうございます!」
「悠仁、またなー」
ありがとうございましたでしょう、と怒られながら手を引かれて家路につく様子を見送る。また来いよ、と言って手を振る店長。こちらにもまたね、とばかりに勢いよく手を振られたのでつられて手を振り返す。
「じゃ、私も帰りますね」
「あぁ、送ってくよ。ちょっと待ってな」
こんな暗いのに女の子一人じゃ危ない、そう言って部屋の電気を消しに戻っていく背中を見送る。暗くまでバイトに入る時はいつもこうだ。最初は流石に遠慮していたのだが、最近ではもう受け入れてしまっている。そもそも最初の出会いがあんなのだったので、心配をかけているのも分かってしまうのだ。
行くか、とドアを閉めて出てきた店長がまたフードを被った状態に回帰していたので、一度やったのなら二度目も変わらんとばかりに再び引っ張ってもとに戻す。
「行きましょうか」
再び月明かりに照らされて光る白髪を目に入れながら、もう戻すんじゃないぞというメッセージを込めてにっこりと笑う。私が手を伸ばした時点で察して手が届きやすいように少しかがんでくれていた店長は、それに苦笑いという表情で答えてくれた。
「店長、スマコンもってるんですよね」
「一応な」
「SENGOKUとかやってないんですか?」
「ヤチヨのライブを見に行くくらいにしか使ってないな」
「えぇ…、もったいない」
「十分なんだよ」
そういえばこの人がプライベートで何してるかなんて全然知らないな、と思う。自分が知っているのは人の来ない時間に静かに本を読んでいる姿、商品の入れ替えをしている姿。そして、店に来る子供たちに集られている姿くらいだ。店の2階の生活空間には入ったことがない。
「でもヤチヨのライブでも店長らしき人見かけたことないですよ?自慢じゃないですけど結構行ってると思うんですけど」
「俺は見たことあるぞ、“いろ”さん」
な、と言葉が漏れる。それは私がツクヨミで使用している名前だ。突然呼ばれたことに動揺して少し頬が熱を持つ。
「な、なんで知ってるんですか」
「あんまり見た目変わってなかったからな。やっぱりそうか」
かまをかけられたことを察して、む、と頬を膨らませた。そこまで分かってるんだったら声をかけてくれてもよかったじゃないか。
「それに、ライブで感激してあんな感じで泣く奴なんて酒寄くらいだろと思って」
「や、やめてくださいっ!」
最悪だ、よりにもよってそんなところを見られていたのか。明日からどんな顔をしてバイトに出ればいいんだ、という気持ちをこめて店長わき腹に拳を一発。ひょいと避けられた。納得がいかない、更に2発目、3発目と続けるもすべて回避される。
「…それだけ反射神経がいいなら、SENGOKUやるべきだと思いますけどっ⁉」
「検討しとくよ」
ほら、と指を差されたことでもう駅についていたことに初めて気が付いた。幸いにも周りに人はいない様だったが、あまり人がいるところでやることではなかったな、と一人反省する。
「じゃあ店長、お疲れ様です」
「お疲れ。今日もありがとう、助かったよ」
そう言って背を向けるなりフードを被りなおす様子を見て笑いが漏れてしまう。ありがとう、と助かったよ。前のバイト先でもよく言われていた言葉ではあるのに、店長から言われるのはなんかちょっと違うな、何て思って家路についた。
☾
目が覚めたら虎杖悠仁だった。な、なにを言っているのかわからねーと思うが、俺もどうなっているのか分からない。頭がどうにかなりそうだ。誘拐なんてちゃちなもんじゃあ断じてねぇ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…。
一通りふざけてみても目の前の現実は変わらず、水面に映る自分の顔は虎杖悠仁そのものだ。ピンクベージュの髪の毛に右目、口元に残る傷。それも、髪の毛を後ろに流していることからモジュロの虎杖悠仁であると察することが出来る。
「えぇ…、俺これから300年も生きるの…?」
ぺたぺたと自分の顔を触りながら考える。モジュロ虎杖といえば登場してから圧倒的な戦闘力を見せつけて呪術廻戦読者を沸かせた存在だ。
虎杖悠仁なら出来るかな、とそんな思い付きで人差し指と中指を立てて前に向ける。確か呪力は腹で回すんだったか、と思いながら。
「龍鱗 反発 番の流星」
『解』
キンッという金属質な音と共に目の前の海面が遥か先までモーゼの海割りが如く左右に割れた。数秒間そのままの状態を保った後、轟音を立てて元に戻り、どでかい波しぶきを立てた。
「えぇ…」
本日2度目の困惑、頭から海水を被りびしょぬれになりながらもそのままの体勢を崩せずいた。明らかにオーバーキル過ぎる。なんだこの威力と自分で自分にドン引きだ。そのまま困惑の渦中から抜け出せずにいると、優秀な虎杖イヤーが人の声らしき音を背後から拾って見せた。
「○△■※※★!!」
「★※■■●!」
「えぇ…?」
困惑、本日3度目。振り返った自分の眼に入ったのは腰に獣の布を巻き、石槍を持ったあからさまな古代人と分かる人間の集団が、全く自分にはわからない言語で叫んでいる様子だった。
海割りを見ていた奴らは俺の事を神様かなんかだと思ったのか平伏して、丁重に集落へと迎えられることとなった。何を言っているのかは分からないからフィーリングだが。彼らの集落には何時かの講義で見たことのあるような竪穴式住居、そして田畑はない。どう見ても縄文時代の集落です本当にありがとうございました。
そんな言葉を思い浮かべ、夜に開かれた宴会?の席で周りに跪かれながら白目をむいた。どうしてこうなった。
5年後
言葉が通じないので交流しようとしてもできない。覚えようと挑戦してみたが、そもそも文字が存在しないので中々にきつい。言葉を0から習得するというのは赤ん坊の特権だということを思い知った。やることがないので呪術の修行に精を出す。赤血操術と御厨子はかなり形になったと思う。村の人達は定期的に『解』して獲物を取ってやれば敬ってくれるのでなんだか楽だ。
10年後
相も変わらず彼らの言っていることは分からない。そもそもこちらから話しかけても跪かれてしまって会話にならない。話してくれないと言葉を覚えるどころではないのだ。反転術式がようやく発動できた。これで死ににくくなった。そもそも全然死にそうなこと起きないが。
20年後
領域練習で調子乗ってあたり一面吹き飛ばしたのと、反転術式で怪我したやつを治してやったら更に信仰度が上がってしまったようだ。もうだれも目も合わせてくれない。長いこと独り言しか呟いていないので言葉を忘れそうだ。日記でもつけようかなと思い始めた。
30年後
全然老けない、そういうところでも信仰度が上がりもはやストップ高だ。モジュロ虎杖は自分の寿命がなんとなく分かるようだったので自分も魂を確認する感じで見て見ると、どうも300年どころではなく長く生きそうであることが判明。やってられるか。頭がおかしくなりそうだ。
40年後
誰かいないか、誰でもいい。もう言葉が通じなくてもいいから、目を見て口を開いてくれるだけでいい。気が狂いそうだ。俺は神なんかじゃないんだ、頼むから返事をしてくれ、頼むから、頼むから…。
50年後
何もせずに海を眺める時間が増えた。もうどうでもいいんだ、と考えることが増えた。この体は老けない上に物を食べなくても死なないらしい。反転術式がなんだ。このまま海に入れば俺は自分のいたところに帰ることが出来るのだろうか。
「あれ、悠仁?悠仁だよねっ?」
変わらず何もせずに海を眺めていると背後からそんな声が聞こえてきた気がした。幻聴だろう、と切り捨てる。こんな地獄で日本語何て聞こえてくるわけないのだ。
「なんか髪色違うけど、悠仁だ、悠仁――っ!」
「…は?」
そのまま反応を見せない俺の視界に、騒がしく名前を呼ぶ喋るウミウシが映りこんできた。何年ぶりかに出した声は、随分とガサガサで自分の声かと疑うほどのもので。
「よかった、悠仁いてよかった!8000歳ってホントだったんだね!ヤチヨもいるかな⁉」
ぴょんぴょんと、よかったよかったと連呼しながら自分の周りを飛び回る喋るウミウシ。全く状況が飲み込めないが、一つだけ確かなことがある。
“コイツは俺の名前を知っていて、会話が成立する。”
「う゛ぁっ…」
かすかすの声と共に涙があふれだした。
「ど、どうしたの?どこか痛いの?」
そんな言葉と共に俺の膝に飛び乗ってこちらを心配そうに見上げてくるその目が、俺の目と確かにあっていることを認識して、更に涙が止まらなくなった。
現代虎杖 駄菓子屋店長。利益など全く考えていないような道楽経営。子供には甘いのでちょくちょくおまけしている。
来てくれる子供の名前はちゃんと覚えているし、何ならそれ経由でまぁまぁ仲の良いママ友の様な相手もいる。その為、そこで働いている彩葉は他の母親からそこそこ可愛がられている。(高校生1人暮らし、生活費を自分で稼ぐ、しっかりしているから)そこ経由で偶におすそ分けがされるため、彩葉の食生活はそれなりに悪くない。なんなら虎杖が頻繁に食べさせている。
ifの扱い
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このまま最後まで書く
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普通の後日談も交えつつ書く
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書かんでいいから後日談だけ書く