[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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本当はこういう話も途中に挟みたかったんだよの前半


後日談
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引き戸をスライドさせ、開ける。何度も繰り返した、その動作。ここを訪れれば、何時もあなたがいて。カウンターに静かに座りながら読んでいた本に落とされていた視線が此方にむいて、「おぉ、来たか」なんて目が細められる。そんな、いつも通り。

 

 でも、今は。

 

灯りもついていない店内を見つめる。記憶の中ではいつも明るいこの場所は、今は暗くて、静かだ。

 

 仕事で疲れた時にはいつもここに来る。悩んだ時にはいつもここに来る。一人になりたいときも、いつだって。

 

「一人がいいわけじゃ、ないんだけどな」

 

 並んだ棚の一つに手を掛ける。何時だって駄菓子でいっぱいだったそこに、段々と空きのある場所が増えていく。棚の底のくすんだ木の色が顔をのぞかせる度に、少しずつあの空間が削れて行ってしまうような気がしていた。

 

 少しずつ、あなたが遠くなっていく。そんな様子が目に見えるようで、心が苦しかった。

 

 一度、同じものを買って棚に詰めてみたことがある。でも、買い手もおらず腐っていくのを待つだけのそれを見ていることがあまりにむなしくて、やめてしまった。

 

 店長がいたならきっと、それもすぐになくなってしまうのだろうな。

 

 きっとあなたなら、まばらに来る小さなお客さんたちに、「おまけだ」なんて言って手に握らせて。いつの間にか次の在庫の箱を空ける羽目になっていたのだろう。

 

 新しく商品を詰めるときに見た底の木の色は、あんなに暗くなかったのにな、と何とは無しに思う。

 

 後ろ手に開けたままだった戸を閉める。そして、何時まで経っても開く気配すら見せない奥の座敷に続く障子を見つめた。私がここに来たら、何時だってすぐに開けて顔を見せてくれたのに。

 

 カウンターに置かれたベルを鳴らすと、特徴的な音が店内に響き渡る。本当は分かっている。分かっているのに、頭のどこかで期待しているのだ。今にもその障子がガラリと開いて、「すまん。気が付かなかったんだ」なんて言いながら出てくるあなたの姿を、期待してしまう。

 

 1秒待った。2秒、3秒止まって、何をしているんだと自嘲気味に笑って頭を振る。

 

「ねぇ店長」

 

 こうしていると思い出す。制服の上にエプロンをかけて、ここで長いことを座って過ごしたあの時間を。

 

 まばらに遊びに来る子供たちの相手をして、偶に勉強を見てあげて。そんな時間にはいつも優しさを目の中に一杯に湛えてほほ笑みながらこちらを見るあなたの姿があった。

 

「ねぇ、店長」

 

 私がこうやって話しかければ、本に夢中だった時でも、子供たちに集られていても、何時だって絶対にこちらを見て返事してくれたじゃないですか。そんな簡単な一言すら、聞こえなくて。

 

「店長、返事くらいしてくださいよ」

 

 分かってる。私の後ろの障子は開いてすらいなくて。その先にあなたがいないことなんて、ずっと前から分かっている。でも、こうやってここに座ると。静かな空間で、お客さんが来るのを時計の針が時を刻む音だけを聞きながら待っていたあの時間を、いやおうなしに思い出してしまう。

 

「自慢の看板娘が話しかけてるんですよ、少しくらい、返事してくれたって」

 

 勤めて明るい口調でそんなことを口にしてみる。店長はどんな話題が一番好きだったかな。私が何を言えば一番楽しそうに笑ってくれたかな。

 

 あぁ、でも。高校生の時には、私はこんなことは言わなかっただろうな。

 

「いいじゃないですか」

 

 返事はない。目に映っていた棚一杯に商品をたたえて、やさしい光に包まれていた空間は全て嘘で。目の前に見える店は、全ての棚から一つ残らず商品が消えてしまった、がらんどうのまま。昔と同じ時計が只時を刻んでいる。

 

「少しくらい、相談にのってくれたって」

 

 それでも、思い出してしまう。1年にも満たなかったあの短い時間を。限界で、無理に無理を重ねて、何もかもが崩れてしまう瀬戸際で仮面を被って笑っていた私にあの人がくれた、あの優しい時間を。

 

「いいじゃないですか」

 

 もう7年経った。とっくにあなたがいなくなってから過ごした時間は、あなたと一緒にいた時間を追い越してしまった。でも、まだ私は、あなたを探している。

 

「店長、聞こえてますか」

 

 必死になって探した。店長はきっとまだ私を待ってくれている。そう考えたのはほかでもない私で。でも、それを何のためらいもなく正解だと信じられるほど、私は私を信頼しきれていない。

 

 ——もし、間違っていたら?

 

 何回も考えた。何十回も、何百回も、何千回も。夜、一人で布団にくるまると不安で押しつぶされそうだった。大丈夫、大丈夫と何度唱えても恐怖に震える手足は止まってくれなくて。

 

 自分が間違っているかもしれない。本当は考えていることは全て見当違いで、店長とまた会うことなんて不可能なのかもしれない。そう口に出してしまえば本当にそうなってしまいそうで何より怖かった。

 

 でも、進まないわけには行かなくて。成果が出なくても、止まるわけには行かなくて。それでも、雲をつかむように遅々として進まない研究はやすりのように私の心を削り取っていく。

 

「きこえてるなら、返事してください。てんちょう」

 

 ぽとり、と雫が机に落ちて染みとなる。声が聴きたい、あなたに名前を呼んでもらえたことなんて、数えるほどしかないのに。なんで私は、もっと早くに名前で呼んでほしいといわなかったんだろう。

 

 あなたとの思い出が少しずつ削れて行く。あなたの声が段々と思い出せなくなっていく。あなたの手の温度が、少しずつ分からなくなってきている。

 

「わたしは、わたしがやってることは、正しいですか?」

 

 虚空を掴むように、前に手を伸ばす。ヤチヨはすごいな、8000年間、少しずつ思い出が削れて行くことに苦しみながら、私を追いかけてきてくれた。その勇気に私は報いることが出来るのだろうか。

 

「店長、ほんとうに、まっててくれてるんですか?」

 

 思い出す。「後は頼んだ」と最後に言って、嘘のようにそこから消えてしまった店長の姿を。あの時の店長の表情は、今でも脳裏に強く焼き付いている。

 

 どこまでもいつも通りな、やさしい笑顔だった。

 

 ヤチヨの記憶をたどる中で、店長の使う人知を超えた力の事を知った。見て、聞いて、知って、理解した。でも、それが正解だと言ってくれる人はどこにもいなくて。

 

 あなたの声が聴きたい。大丈夫だと言ってほしい。一言でいいから、あなたの言葉が聞きたい。私の事を見てほしい。あの時言えなかった言葉は、ずっと私の胸の中に大切にしまわれている。

 

 私、あなたの特別になりたい。

 

 いつも傍で笑ってくれて、助けてくれて、泣いたら話を聞いてくれて、いつも私の良いところを見つけて褒めてくれる。

 

 伝えたかった。音楽にのせてあなたに届けと叫んでも、きっとそれはあなたにはちゃんと届いていなくて。言葉にしなきゃ、伝わらなくて。

 

 だから、言葉の届かないところになんて、行かないでください。

 

 あなたの手の温度が恋しい。えらいぞ、と褒めてくれた言葉と共に頭に落ちたあの温度が。完璧でいないとと張りつめて凍らせていた心のうちに、火が灯るようなあの感覚が好きだった。

 

「悠仁さん」

 

 一度としてちゃんと呼ぶことが出来なかったあなたの名前がよびたい。ツクヨミの中でもないのにそう呼んだらどんな顔をするのだろうか。少しくらい、驚いたり、赤くなったりしてくれるのだろうか。

 

「わたし、がんばってますよ」

 

 あなたの目が恋しい。お店に遊びに来る子供達を見るときの、暖かい温度をたたえたあの瞳が好きだった。私と目を合わせた時に、更にまた一つ、やさしい光が目の中に揺れるその瞬間が好きだった。

 

「ほめて、くれないんですか?」

 

 あなたの言葉が恋しい。何度も言われたことがあるはずなのに、あなたが口にすると嘘のように私の心にしみこんできて、胸の奥を照らしてくれるあなたの言葉が好きだった。えらいぞ、と褒めてくれるのが嬉しかった。ありがとう、と一言言ってくれるだけで、満たされるのに。

 

「ゆうじさん」

 

 泣いても、心配してくれる声は響かなくて。あなたを呼ぶ声は暗闇に溶けていく。私は、後を託されたのに。あなたが待ってくれると信じることしかできないのに、それを信じ切ることすら出来なくて。

 

「あいたい」

 

 でも、今だけ、今だけはこんなに弱くなってしまう私の事を許してほしい。直ぐに、またすぐに、いつもの私に戻るから。

 

 今だけ、許して。

 

 

 

 

 

 

 こつこつと、靴音を静かな街並みに響かせながら歩く。こうやっていつも向かう先は決まっている。社会人となった私は車だって持っている。でも、あそこに向かうのはどうしても歩きでないと。

 

 “八月”という看板が目に入り、歩みが少し早くなる。その店に、灯りがついている様子が見えた時には、もう私の足は走っていた。

 

 ドアの前に立ち、息を整える。数秒目を瞑って、意を決して扉に手をかけてゆっくりと開けた。

 

 店内の棚には、天井からぶら下がった裸電球がやわらかく光り、色とりどりの駄菓子の袋をぼんやりと照らしている。壁際には、年季の入った木の棚が並び、そこにはぎっしりと菓子が詰め込まれている。十円、二十円と書かれた色あせた値札がその前に並んでいる。

 

 店の奥のカウンターに、一人の男が座っていた。後ろに流された綺麗な白髪に、右目と口元に刻まれた傷跡。そんな見た目とは裏腹に優しい光がこれでもかと詰め込まれた目と、私の目が合って。

 

 更に、新しい光がその瞳の中で輝く。

 

「彩葉、いらっしゃい」

 

「てん、ちょう」

 

 分かっていた。今日ここに来れば店長がいることは。私が見送ったんだから。初めて研究所から出て、自分の店が今どうなっているのかを確認したいと言ったのはほかでもない店長で。

 

 それならということでお菓子を棚にこれでもかと詰め込んでくれたのはかぐやで。その光景もわたしは当たり前のように知っていて。

 

 でも、でも違った。店長がいるだけでここはいつも通りだった。

 

「…彩葉?」

 

「なんでも、ないです」

 

 暗くなってしまったと思っていた照明が柔らかく光る。冷たく時間を刻んでいるだけに感じていた時計の音が心地よく聞こえる。あなたがいるだけで、ここはあの時のままになる。

 

 削れていってしまった、少しずつ薄れてしまっていた記憶の欠けが埋まっていく。失っていく怖さが嘘のように晴れていく。

 

「彩葉、おいで」

 

「子供あつかい、しないでください…」

 

 店長の存在を確かめるように、言葉とは裏腹に広げてくれた腕の中に自分から歩を進める。思いきり抱き締めたら暖かくて、心臓の鼓動が確かにそこにあると教えてくれる。

 

 よかった、ちゃんとここにいる。消えたりしない。ちゃんと、触れる。生きてる。

 

「てんちょう、いきてますよね」

 

「あぁ、彩葉のおかげでな」

 

 声を上げたら応えてくれる。名前を呼んでくれる。どこにも行ってほしくない、離すまいと背中に回した手に力を込めた。

 

「てんちょう」

 

「なんだ?」

 

 言葉が返ってくる。良かった、消えてない。あの時のまま、

 

「てんちょう、私、がんばってますよ?」

 

「ほめて、くれないんですか?」

 

 店長の胸に顔をうずめる。自分の心臓の音が痛い。社会に出て、大人になって、私の弱みを見せることが出来る機会はもっと減った。それでもよかった。私は誰かに甘えることが下手糞で。自分の弱みを見せることが出来なくて。

 

でも私は、ずっと。あなたに、褒めてほしかった。

 

「彩葉のおかげで笑顔になった人が世界中、たくさんいる。」

 

数瞬、考えるように空けられた時間。俺には8000年かかってもできなかったことだ。すごいな、その言葉と共に、その後に私の頭に大きい手が乗せられた。

 

「彩葉、10年見ない間に凄く綺麗になった」

 

 昔よりももっと、魅力的になった。と、静かな声でいう店長の声が耳に届き、頬に熱が上るの。昔もそうだ。あなたばかり、そんな言葉を簡単に言えて。

 

「彩葉のおかげで今ここで生きてるよ、ありがとう」

 

俺を連れ戻してくれて、ありがとう。こちらこそですよ、店長。ずっとずっと、私たちを待っててくれて、ありがとうございます。

 

「悠仁さん」

 

「どうした?」

 

 少しは驚いてください、と背中の後ろに回していた手を離して、店長の腕をぺしりと叩く。昔と違って、避けられることはなかった。

 

「ずっと、ずっと。あなたの名前を呼びたかったんです」

 

 いつものように用意されていたエプロンをつけて、カウンターに座る。

 

「でも、それよりも」

 

 そこから見る店内の景色は、10年間見続けたものとは全然違って。

 

「ここで座って、あなたと何でもない話がしたかった」

 

 あの時と同じだった。暗くなってしまった外の景色も、お客さんがくる気配がない時間帯の空気も。これで、私が制服を着て、勉強道具を開いたらまさに。

 

「…そうか」

 

 ガラリと座敷につながる障子のドアが開く。振り返ることなく入り口の方を見つめる私をよそに、店長は本棚から本を取り出して、座って読み始めた。

 

 きっと、胡坐をかいて、頬杖を突きながら。

 

 苦笑する。やっぱり優しい人だ。言葉に出さなくても、私が何をしたいのか分かってくれたようだ。言葉にしなくても伝わらないことはどうしても存在して。でも、時折と訪れるこんな、相手と通じ合えたようなこの瞬間も、また、特別。

 

 だから、私はこう口を開くのだ。

 

「ねぇ、店長」

 

「この店、大丈夫なんですか?」

 




まぁ後半部分があるからいいよねの精神。

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  • 普通の後日談も交えつつ書く
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