[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん] 作:夕暮れの家
視界の先の空を半透明な巨大魚が悠々とその体をくねらせて泳いでいる。仮想空間ツクヨミはいつもと変わらず暗い夜空の下で、数多くの利用者が思い思いの楽しみ方をしながら笑っていた。
ここを作ってから、何年経っただろう。私自身が月見ヤチヨであると気が付いたあの時。彩葉と出会えるまでの時間を指折り数えて待つだけではだめだと覚悟を決めた時。
「懐かしいなぁ」
最初期の、今ほど利用者がいなかった頃のことを思い出す。私の記憶は限定的で、この仮想空間の事を全て知っていたわけではないから。出来る限り記憶にあるそれに近づけて。でも、分からない部分は全て手探りで。
当然、失敗もした。その試行錯誤の日々には、いつも。隣に、あなたがいて。
「悠仁、まだかな」
悠仁が隣にいない時間なんて初めてだった。8000年前のあの日、砂浜で膝を抱えるキミと出会ってから。それからずっと、私たちは一緒だった。
悲しいことも、嬉しいことも、どんな思いでも全て二人で共有して、お互いが折れてしまいそうな時間は寄り添いあって。ずっと二人で生きてきた。
いつも隣にいることが当たり前だった。何時だって隣に目線を滑らせれば悠仁の横顔があって。私に気が付けば「どうした?」なんて笑って言って撫でてくれた。
ずっと、ずっと、私の傍に居てくれた私の家族。あなたがいない日々なんて想像できなくて。
だから、信じられなかった。私の目の前で笑って消えたあなたの事が。私の為に自分の命を使うんだと当たり前かのように言葉にするその姿が。
ちがうの、悠仁。
私なの。ずっとずっと貴方に守られて、ずっと貴方に救われてきた。今も、貴方の優しさに生かされている。私こそ、この返し切れない恩を貴方に返さなきゃいけないのに。
なんで、そんなことするの。
貴方がいない明日なんて、見たくなかった。私の大切な人の命で生かされてるこの命なんて止まってしまえばと何度も思った。
でも、そんなことしたら貴方が悲しむから。ずっと貴方に守ってもらってきた私がそんなことをするのは悠仁の存在の否定になってしまいそうで怖くて。もうすべて終わってしまえと振り上げた手を振り下ろすことはできなかった。
でも
「店長が、私たちを置いて消えるはず、無いんだよ」
彩葉の言葉を聞いて。貴方が私の言葉で踏みとどまってくれてるかもしれない、と分かって。嬉しかった。少しでも、私があなたの生きる意味になれた気がしたから。
遠くの空に一つ花火が上がった。ツクヨミで打ちあがるそれは、音も、光も。本物に勝るほどに素晴らしいものに仕上がったという自信はあるが、それでも何か足りない。煙の臭いがしない、音が体の奥に響く感覚が無い。
「悠仁、遅いな」
目覚めてから初めて、ツクヨミに来てくれると言っていた。本当はすぐにでも来てほしかったのだが、彩葉にまだやることがたくさんあるのだと止められてしまったから、ずっと我慢していたのだ。
でも、待ちきれなくて。
あなたに話したいことが沢山ある。離れていた10年間、何があったのかを全部聞いてほしい。
悠仁、彩葉は頑張ったよ?すごいよ。ただあなたに守られることしかできなかったわたしとは違う。
凄いなと思う。羨ましいな、と思う。彩葉なら、悠仁の隣に並べる。でも、私は。
ユーザーのログインを知らせる音が耳元でなった。普段なら誰も来ないはずの私の居場所にポリゴンが集まり、一つの人型を形作った。
「悠仁!」
今まで考えていたことも、話そうと思っていたことも、その姿を見たら頭から吹き飛んでしまった。その人の下に走って、飛びついた。昔と変わらない、着地など全く考慮に入れていない飛びつき方をした私を危なげなく受け止めてくれる、その人。
腕の中にすっぽりと納まるくらいに体を小さくして、首からぶら下がるようにして抱き着く。そうすれば、昔と同じようにあなたの顔が近いから。
何度も画面越しに言葉を交わしていた。かぐやや彩葉とは違って、私はそれしかできなかったから。
でも
「やっと、会えた」
触れられないとだめだ。貴方の顔が近くに見れないとだめだ。胸の奥で響く心臓の音が、やっと私にあなたがここで生きていること言うことを教えてくれている。
「悠仁、ゆうじ」
名前を呼ぶ。それにあなたの声が返ってくる。私の傍にいる。腕に力を入れて確かめてみて、煙のように溶けて消えてしまわないことに心底安堵した。
私の身体すべてを預けても小揺るぎもしないで受け止めてくれる。顔を上げれば目が合って微笑んでくれる。そんな、ほんの少し前までは当たり前だったことが無性に嬉しくて。
だから、気が付くのが少し遅れてしまった。
「あ、れ?」
「ヤチヨ」
「お、おかしいな。笑ってお迎えするつもりだったのに」
泣くつもりなんてなかった、実際、悠仁が目を覚ましたあの時だって、嬉しくて仕方がなくて、身体があったならば飛び跳ねていただろうが、涙は私の目から流れることはなかったから。だから、大丈夫だと思っていたのに。
「…馬鹿」
悠仁の胸を叩く。流れ落ちる涙をぬぐう余裕もなくて。こんな顔を見せることなんて出来ないと視線を落として俯く。2回、3回と、叩くたびに私の中に抑え込んでいた感情が高まって止まらなくなってしまった。
「馬鹿、悠仁の、ばか」
言ってはいけないと思っていた。自分のすべてを使ってまで私を守ってくれた悠仁には。私は、私の勝手で皆を傷つけてしまった私は、絶対にそんなことを言ってはいけないと。だから、笑顔で再会して、また二人でいられるね、何て笑って話して。
そのはず、だったのに。
「どうして、あんなことしたの」
だめ、また会えたんだから、いいじゃないか。そう思って勝手に動いて言葉を紡ぐ口を閉じようとしても、溢れた言葉は止まってくれない。
「ごめん、ヤチヨ」
申し訳なさそうな声が耳に届く。ごめんなさい。そんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。私は、悠仁が幸せそうに笑ってる顔が一番好きなのに。
「私は」
「わたし、は」
駄目だ。言ってはだめだ。それは悠仁に対する否定になってしまう。私は、今の私は。悠仁に生かされている分際で、どの面下げてこんな自分勝手なことを。
「悠仁のいない明日なんて、欲しくなかった」
「あなたがいて、隣を歩いてくれれば、それでよかったのに」
「なんで」
あぁ、言ってしまった。私は、あなたがどれほどの覚悟をもってあの行動をしたかなんて分かっているはずなのに。
「ごめん」
なんで、なんでと呟く私の事を止めようとしたのか悠仁の腕に力が籠められる。
「彩葉になら、全部任せられると思った」
「それ以上に、君の事をずっと傷つけてきた俺に、出来ることなんて」
「は?」
信じられない言葉に、思わず困惑の声が口をついて漏れ出る。なんだそれは、悠仁がいつ私の事を傷つけたというのか。何時だって、私の事を守ってくれて、傷からかばってくれたのは悠仁なのに。
「なに、それ」
「私は、いつもあなたに守ってもらってたのに」
傷つけられたことなんてない。私はいつだってあなたに救われてきたのに。私、わたしなの。私の軽率な行動が、何度あなたに負う必要のなかった傷を負わせたか。ずっと、あなたを傷つけてきたのは私の方だった。
「ヤチヨが、彩葉が自分の事を知らないことにずっと苦しんでいたのを知っている」
「もし、もし。自惚れでなく、君が最初から俺の事を家族だと思ってくれていたなら」
「君の事を知らなかった昔の俺は、どれだけ君の事を傷つけた?」
「違う!」
ごめん、と自らを罰するかのように繰り返し呟くあなたの姿を見て、自分でも驚くほどの大きい声が出ていた。その拍子に、緩んだ腕の間から抜け出してあなたと視線を合わせる。
「悠仁、ちがうの」
確かに最初は少しかなしかった。悠仁が私の事を知らないのも、自分の知っている悠仁と髪色が違ったことも。でも、それよりも。
彩葉達に会うために、もと光る竹に乗って。でも、隕石に当たっちゃってたどり着いたのは8000年前。自分の身体を作ることすら出来なくて、ここがどこかも分からなくて。何もできないまま日は上って、沈んでいく。
自分の現状が少しずつ掴めていく。自分で作った外殻の所為で消えることすら出来なくて、泣くための身体もなくて、思考することしかできない。
目を閉じて全部忘れたくてもその為の瞼すらなくて。見たくなくてもすべてが見えてしまう。何度も何度も陽が沈んで、夢だと言ってほしいと何度願ってもあたりが明るくなるとまた夢じゃなかったと絶望する。
私が出来たことは、楽しかった思い出を一つひとつ、忘れないように大切に掻き抱いて、繰り返し思い出して。狂ってしまわないように彩葉に貰った曲を頭の中で繰り返すことだけで。
会いたい。彩葉に会いたい。きっと「何やってるの、こんなとこで」なんて言いながら、こちらに手を伸ばしてくれるのだろう。
会いたい、悠仁に会いたい。きっと「かぐや、心配したぞ」なんて言いながら私の事を抱きしめてくれるのだろう。
そんなことを考えても、私の周りには誰も居なくて。
悲しくて、寂しくて、でも泣くことも叫ぶこともできなくて。絶望に呑まれそうになっていた、その時。
あなたを、見つけた。
「悠仁、覚えてる?初めて会った時」
あなたは、何もできないウミウシの身体の私を持ち上げて、ちゃんと目線を合わせて会話しようとしてくれた。私の知ってる悠仁が、小さい子供に怖がらせないように、といつもやっていたこと。
あの一つの動作に、私がどれだけ救われたか。
やっぱり、悠仁は悠仁だった。
「わたしが、どれだけうれしかったか」
目を合わせた時の優しい瞳が同じだった。私を見ると、やさしく細められるその瞳は、記憶の中のそれと同じく何時だって優しい光に満ちていた。
細かい仕草の癖が同じだった。貴方は私の事を知らなくても、確かに私の知ってる悠仁はそこにいて、そんな小さな一つ一つを見つける度、私がどれだけ嬉しかったか。
撫でてくれるときの温かい手が同じだった。何時だって、頼めば撫でてくれたあなたの手は、私の記憶にあるものと全く変わらなくて。
「わたしは、悠仁がいたから」
悠仁がいたから、生きてこれたのに。
「やめてよ」
「私の家族の事、わるく言うの、やめてよ」
ずっと一緒に居た。私の大切な家族。傷つけられてなんてない。逆なんだ。わたしは、悠仁がいたからずっと生きてこれたのに。悠仁が、そんなこと言わないでよ。
「ヤチヨ、きみ、は」
謝らなきゃいけないのは、私なのに。
「ごめん、悠仁」
「あなたを沢山傷つけたのは、私の方なのに」
ずっと、ずっと。ほんとはもっと前から謝るべきだったんだ。私がどれだけあなたの事を傷つけたかなんて分かっているんだ。彩葉だって、悠仁だって。本当は私はあなたたちの傍にいる資格なんてなくて。でも、それを口に出す勇気すらない私は。
「違う、それは違うよ。ヤチヨ」
再び抱きしめられる。今度は私からではなく、悠仁から。でも、言葉の先を聞くことが怖い私はそれに応えることすら出来なくて。
「ヤチヨは知らないだろう。初めて会ったあの時、何の迷いもなく俺と目を合わせて話してくれた君に、俺がどれだけ救われたか」
「君の底抜けの明るさに、弱い俺がどれだけ勇気をもらってきたか」
「あの時から、ずっと君が俺の命の意味で」
だから、そんなこと言わないでくれ。そういう悠仁の声は震えていた。ずっと強いところしか見てこなかった。泣いたところなんて初めて会った時くらいしか見たことがなかったのに。
「悠仁、泣き虫になったねぇ」
「…ヤチヨもだろ」
私たちは、お互いがお互いを傷つけたと思い込んで、変なすれ違いをしてきたのか。でも、それはどちらも勘違いで。
「私たち、似てるね。ゆうじ」
「そうかもなぁ」
悠仁が私を抱えたまま背中から床に倒れこむ。それなりの勢いで倒れたはずなのに、私にはまったく衝撃が来なかったことに少し笑いつつ、悠仁の胸に頬ずりをした。
「私、一人は寂しいよ」
悠仁がいなかった10年間、私は一人じゃなかったけど。隣にいてほしい人はずっといなかった。
「悠仁もいてくれなきゃ、だめだよ?」
「ずっと、一緒。ね?」
「あぁ、もちろんだ」
この言葉にすぐに肯定の意が返ってくるのは何時ぶりだろうか。そんなことも嬉しくて、二人して笑う。
「ね、悠仁。私たち、お互いがいないと生きていけないんだよ?」
「だから、ずっと一緒に居てね」
何度も、何度も。確かめるように。今度こそこの言葉はあなたを縛るだけの呪いにはなりませんように。
ifの扱い
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