[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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 ぱちりと目を開ける。そこで久しぶりに空気に匂いがあることを思いだした・・・・・・・・・・・・・・・・。ずっと、ずっと昔に、そう言えば彩葉と二人で住んだあのマンションから見る景色が。そこのベランダで空気を胸いっぱいに吸い込んだことを思いだした。今、狭い研究室内で吸う空気はその時のものとは比べるべくもないけれど。

 

 仰向けに寝る私の背中に、私の事を押し返すベッドの弾力を感じる。手を動かしてみれば腕の重さがあって、指先に感じる感触はとても繊細で、言葉に表せられるものではなかった。視線を動かしてみれば、ツクヨミの中の方がずっと綺麗なはずなのに、情報の集合体では決して表し切れない現実の彩があった。

 

「そっか、こうだったなぁ」

 

 ウミウシの身体から見る景色とはまた違う。8000年ぶりに見る人間の目から見る世界は、とても彩りに満ちている。それは今私がいる場所が味気ない研究室であることなんて何の問題にもならなくて。すぐそばに、彩葉と悠仁が、かぐやがいる。私の大事な人達がいてくれて、ようやく私は私として皆と並ぶことが出来るから。

 

「ヤチヨ、おはよう」

 

 

「うん、彩葉」

 

 適合は問題なさそうだね、と研究者の顔をして言う彩葉。む、と頬を膨らませる。私からしたら8000年ぶりなんだ。もう少し感動的に出迎えてくれてもいいじゃないか。なんか悠仁の時となんか違うなぁ。

 

「違和感とか、ない?」

 

「うーん…」

 

 その言葉に、とりあえず両手を持ち上げて万歳してみた。なにも問題はない。次いでぐるぐると手をまわしてみる。うん、大丈夫。そんな風に座ったまま色んな動作をしてみていたら、何時の間にかそれを見た彩葉が笑いをこらえられないというような表情を浮かべながら震えていた。

 

「ごめん、ちょっと面白くて」

 

 そうしてると、昔みたいだよ。そう言われて自分の格好を改めてみる。昔着ていたのと同じ黒いTシャツ。私が最初に着たいと我儘を言ったのだ。実際可動域を遮るような洋服ではないので、彩葉も快くOKしてくれた。やっぱり、最初はこうでないと。あとは、ここがあの小さなアパートの一室だったら完璧だったのだけど。

 

 彩葉は変わった。あの時よりもずっと大人になった。10年もたったのだ、当然だ。私はずっとそれを傍で見ることが出来たから知っている。私はあなたが10年前と変わらず私の大好きな彩葉だということも知っている。

 

「じゃ、立ってみて?」

 

 その言葉に促されて、恐る恐る足を地面に伸ばして、2本足でしっかりと踏みしめる。ゆっくりと体重をかけて立ち上がる。視点が高くなる、地面が私の身体を押し返してくれているのが分かる。彩葉と、私の視点が、並んだ。悠仁の視点まではまだ結構足りないな。

 

 

 ぴょん、とジャンプしてみる。あなたに届け、と視線を送って。着地したときに足に響く衝撃を懐かしく感じながら、2回、3回と跳んでみて、ようやく目があった。ようやく、持ち上げてもらわなくても私から目を合わせることが出来た。

 

「こら、まだ激しい動きはダメっ」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 怒られてしまった。でも悠仁は既に結構動き回ってるのを私は知っている。だから大丈夫だと思ったのに。私の早とちりだったらしい。でも、凄い。もう記憶の彼方で擦り切れている身体があったころの感覚、ずっとウミウシで過ごしていた私には、何もかもが新鮮で、綺麗で、懐かしい。

 

 

 今なら何をやっても楽しいだろう。何をやっても楽しいだろう。でも、最初にやることはずっと前から決めていたのだ。

 

 

「悠仁、彩葉。こっちきて?」

 

 二人を手招きして、私の手が届く距離に入った瞬間、二人の手を取って引き寄せた。

 

 

「ずっと、ずっとこうしたかったんだぁ」

 

 驚いた様子を見せる二人の手を取って握る。もっとスマートにやるつもりだったのに、私の腕は震えていた。本当は分かっていた。私は、怖かったんだ。私がかぐやだったころの記憶は何度も何度も忘れないように思い出していたおかげで、ちゃんと覚えている。でもその他は?最初に食べたパンケーキの味は?悠仁がくれた駄菓子の味は?二人と帰り道に繋いだ手の感触は?

 

 私は、ちゃんと全て思い出せるだろうか。手で触れて、暖かいという感覚は、どうだっただろうか。彩葉の優しさも、悠仁の温もりも。私の中に残っているのだろうか。

 

 私は、怖いんだ。

 

 怖くて怖くて、手が震えてしまっていた。笑うこともできなくて、私は俯いて二人の手を取ることしかできなくて。

 

 でも

 

 

「あったかい、なぁ」

 

 つないだ二人の手は暖かかった。両の掌から伝わってくる熱は、私にたやすくあの夏の帰り道の事を思い出させた。彩葉、彩葉の手だ。10年前よりも少し硬くなったかな。私のせいで、沢山苦労させてしまった、優しい手だ。大丈夫、ちゃんと覚えてた。

 

 悠仁の手だ。私の手よりもずっと大きくて、私の手を覆ってしまうくらい。きっとすごく力も強いはずなのに、そんなこと全く感じさせないように優しく私の手を握ってくれる、悠仁の手だ。私、ちゃんと覚えてるよ。

 

「よかった、ちゃんと、思い出せたよ」

 

 確かめるように二人の手を握る手に力を込める。力を込めて、抜いて。また込めて。繰り返して。ようやく安心した。

 

 

「二人とも、ちゃんと、いるよね?」

 

「きえたり、しないよね?」

 

 一人だった時。今となってはどれだけの時間を過ごしたのか自分でもわからないけど、何度二人に会いたいと叫んだだろうか。叫ぼうとしても私の声は誰にも届かなかったけれど。会いたい。あなたに会いたい、名前を呼んでほしい、手を握ってほしい、頭を撫でてほしい。何度願ってもかなわなくて。

 

「もちろん」

 

「ここにいるよ」

 

 

 でも、今私はここにいる。私の両の腕はどちらも私の大切な人達に触れてて。どうしようもなくそれが幸せで。

 

「…彩葉、お願い、きいて?」

 

「うん、何でも言って」

 

「ぎゅってしてほしい、な?」

 

 言い終わったかどうか怪しい、でも私の身体はもう彩葉に抱きしめられていて。全身が彩葉のぬくもりに包まれていた。彩葉、彩葉だ。変わらないな、これもちゃんと思い出せた。何度も、何度も。忘れないように、なくさないように頭の中で思い返して、でも時の流れには勝てなくて。

 

 私の思い出は少しずつ端から削れていって。

 

 でも、今、埋まった。

 

 

「悠仁、だめ」

 

 気を使ったのか、私から手を離して一歩離れようとした悠仁の方に手を伸ばす。悠仁はずっと一緒に居てくれたけど、こうやって触れられるのは本当に、本当に久しぶりだ。

 

「ちゃんと、握ってくれなくちゃ、だめ」

 

 だから、離れたくない。私の片方の手は彩葉の背中に回して、もう片方の手はまた悠仁の手を握る。削れてしまった私の宝物の欠けが埋まっていく。私の中の恐怖が薄れていく、もう、怖くなんてないんだ。だって、今の私ならきっとなんだって出来る。

 

「幸せだなぁ」

 

「しあわせ、だなぁ」

 

 二人と並んで立つことが出来る。二人とも私の手の届くところにいる。二人とも、ちゃんと私の事を知っている。

 

 私は、もう何も隠さなくていいんだ。彩葉に対して、電子の歌姫である月見ヤチヨとしてふるまわなくていいんだ。私は、わたしは。

 

 もう、私のままで、いいんだ。

 

「彩葉、悠仁」

 

「あったかいね、ここにいるね」

 

 ずっと、こうしたかったんだ。私が求めてたのは、何でもないこんな日常だった。朝目を覚ませば彩葉がいて、すこし足を延ばせば悠仁が笑ってて。二人とも、私の名前を呼んでくれて。私はそれさえあれば幾らだって笑うことが出来るから。

 

 でも、今は、今だけは。

 

「わたしの」

 

「わたしの、だいじな、かぞく」

 

 笑わないことを、許してほしい。しゃくりあげるような幼稚な泣き方。口から出る言葉もとぎれとぎれで、要領を得なくて。今だけなの。幸せすぎるから、次からはちゃんと笑えるから。

 

「みんな、いるね」

 

「さわっても、きえないね」

 

 涙が後から後から零れて止まってくれない。あぁ、そうか。涙が頬を伝う感覚はこうだったか。ずっと前の事だったから忘れてしまっていた。幸せ過ぎて泣くと、こんなに涙は暖かいのか。

 

「ヤチヨ、おいで」

 

「うんっ!」

 

 手を広げてくれた悠仁の腕の中に勢いよく飛び込む。かぐやが思う存分悠仁にくっついて甘えているのを見て、本当はずっと羨ましかった。ツクヨミの中ではさせてくれたけど、温もりは無くて。でも、今は違う。

 

 私に気を使いながら抱きしめてくれる力強さも、髪の毛をすきながら撫でてくれるその手も。私の記憶の通り。

 

「よかった」

 

「よかった、またこうやって、あなたを抱きしめられる」

 

 悠仁、知ってる?私がツクヨミを作ろうと思った理由。あなたが悩んでいるのに、苦しんでいるのに、ウミウシの身じゃ何もできない自分が情けなくて。せめて、あなたを抱きしめられたらと考えたのが最初。結局、ツクヨミの中でも私はあなたに救われてばかりだったけど。

 

 今なら、私はあなたの手を取れる。私は、あなたをちゃんと抱きしめられる。

 

「悠仁、彩葉」

 

「わたし、やっと二人によりかかってもらえるよ」

 

 二人はきょとんとした顔をして、顔を見合わせた。そんな仕草がそっくりすぎてふと笑いがこみあげてくる。悠仁が彩葉に似てきたのか。多分、逆なんだろうな。彩葉の仕草は所々悠仁に似てるところがある。きっと、私の中にも二人はいるんだろうな。

 

「何言ってる」

 

「ずっと、頼りにしてたよ」

 

 当たり前のようにそう言ってくれる二人。でも、私が二人にしてあげれたことなんて、と思いかけて。二人の言葉が頭の中で響いた。

 

『わたしは、ずっと、ずっとあなたに。あなたたちに救われてきたの』

 

『あの時から、ずっと君が俺の命の意味で』

 

 そうだ、二人はずっと言ってくれていた。私は、あなた達の役に立てていた。卑下しちゃいけない。蹲っちゃいけない。それは、二人の事を傷つけてしまう。なら、私が今言えることは一つだけで。

 

「ありがとう」

 

「ふたりのおかげで、生きてこれた」

 

「ふたりのおかげで、わたしは」

 

「わた、しは」

 

 言葉に詰まる。止まったと思っていた涙がまた流れ出す。少し前に悠仁の事を泣き虫になったとからかったのに、これでは私の方が泣き虫だ。嬉しいのに、笑いたいのに、でも、不思議と嫌ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しあわせ、ですっ」

 

 

 

 

 

 

 ヤチヨは、果報者なのです。そう言ったことがある。言葉の意味はちゃんと知っていた。事実、私は恵まれていた。沢山のファンに応援してもらって、電子の歌姫の月見ヤチヨも、今ではちゃんと私の一部。でも、そうだ。

 

 しあわせって、こんな感情だった。やっと、思い出せたな。

 

 

 

 

 

「最初はパンケーキ、パンケーキが食べたいです!」

 

「はいはいっ、かぐやも、かぐやもそれがいい!」

 

 ヤチヨとかぐやが並んで手を上げる。ヤチヨが目を覚まして、味覚検査として最初に食べるものの希望はないかと聞いたら帰ってきた答えがそれだった。かぐやは気を利かせてヤチヨが目を覚ましてから暫くの間は3人にしてくれていたのだが、それも長くは続かず先ほどドアを勢いよく開いて飛び込んできた。

 

 相当離れがたかったのか、今では店長の背中にべったりくっついている。いや、いつもの事か。いつもと違うのは店長の座った足の間にヤチヨが座っていることだ。見慣れないなぁ。

 

 おかげで店長は動くこともできずに先ほどから微動だにしていない。今まではかぐや一人だったから多少の余裕が見えていたが、二人となるとまた違うのだろう。少なくとも、私には無理そうだ。しばらくは店長に頑張ってもらわないと。

 

「パンケーキ、流石にまだお店にはいけないし、私が作るのでいい?」

 

「うんっ」

 

 流石にお店みたいにフワフワのは出来ないけど、自分でもそれなりのものは作れるつもりだ。かぐやの方が作るのはうまいんだけどな、とそちらを見ると、目をそらして口笛を吹き始めた。作らないつもりだな。近づいて、むんずと襟首をつかむ。

 

「ほら、手伝って」

 

「いやだーっ!彩葉が作ったのがたべたいー!」

 

「かぐやの方が作るの上手いでしょ…」

 

 またも離れまいと思いっきり抵抗し始めるかぐや。ここ数日で何回目だ。そろそろ数えるのも億劫になってきたぞ。しかし店長は日に日に体幹がぶれなくなっていってる気がするな。今ももう引っ張る私と引っ付くかぐやの攻防にびくともしていない。それどころか全く我関せずのヤチヨの頭を片手で撫でる余裕すらある。どうなってるんだ。

 

「皆で作ろうか」

 

 仁義なき戦いを見かねたのか、店長が口を開いてそう言った。その途端、今まで絶対に離れなかったかぐやがぴょん、と手を離して離れ、同時にヤチヨも同じような仕草で立ち上がる。

 

「そうしようっ!」

 

「行こ?悠仁、彩葉」

 

 掌返しが過ぎるぞ、と思いながら二人に手を引かれる。考えてみれば店長も、ヤチヨもみんな料理が出来る。細かな動作の確認としては良いのかな、と思う。私一人で作るのは少し寂しかったからちょうどいいや。

 

 

 

「うーん…」

 

「狭いねぇ」

 

 問題発生。研究所に設置してあるキッチンは家の物に比べると小さいことを忘れていた。当たり前だ、こんなところで料理することなんてほとんどないんだから。4人でそろって料理をするにはあまりにも狭い。どうしようかと考えていると、視界の端でヤチヨが何やらかぐやにごにょごにょと耳打ちしているのが目に入る。

 

「じゃあ、ヤッチョとかぐやは味見係ね~」

 

「さんせー!」

 

 む、そうきたか。こちらの反論を待たずにキッチンの入り口に退避してこちらをキラキラとした目で

見やる二人。意地でも私に作らせる気だな。しょうがないな、というような顔をして二人を見やる店長を見て、二人を見て。

 

「ま、いいか」

 

 

 

 

 

 みんな楽しそうだし、いいか。

 

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