[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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「じゃあ、ホラゲーやってくよー!」

 

 私の部屋に椅子が一つしかなかったから、悠仁に座ってもらってその上に私が座る。背中越しに体温が伝わってきて、それだけで安心する。見えなくても、そこにいるって分かる。ホラーゲームは苦手だけど、こうやって悠仁の手を握ってれば大丈夫な、はず。炎上したらすぐにやめるって言ってたから、と思ってコメントを覗いてみたけど、なんか大丈夫そう。むしろ歓迎されてる?

 

 うん、なら安心だよね。うきうきでコントローラーを握った。普段なら絶対やらないけど。だって彩葉がいてくれても無理だったのに。あのゲームをお勧めだって送ってきたリスナーは絶対に許さない。そもそもホラゲーだって言ってなかったじゃないか。

 

「今回のゲームはねぇ、えっと、『棺』だって。おすすめしてくれた人、ありがとうね」

 

 普通のゲームの皮をかぶったホラゲーに私が騙されて大惨事になってから、もう絶対に二度とやめてほしいと頼んだおかげで、流石にそんなことをする人はいなくなったけど。その代わりにこれはホラゲーだからおすすめだと正直に送ってくる人の数も何故か増えた。やらないって言ってるのに。

 

 >あっ、ふーん

 >えぇ…

 >薦めたやつも選んだ方も正気か?

 >これを、10年ぶりに会った家族の前でやるんですか?

 >強い弱い関係ないぞこれ

 >戻れ(もどれ)

 

「なに⁉パッケージ可愛いじゃんっ、一番大丈夫そうだから選んだんだけどっ⁉」

 

 >まぁそれは確かに

 >私それ大好きなんですっ!

 >お?愉悦部か?

 >うーん、絵は可愛い。絵は。

 

「なに~、不安になること言わないでよ。これしか買ってないんだから」

 

「また買いに行くか?」

 

「う、そ、それは…」

 

 ホラーゲームをやるのに、とりあえずおすすめされたゲームを買おうと数日前に外に繰り出して。一人じゃ怖いから悠仁にも一緒に付き合ってもらったのだ。別にオンラインで買ってもよかったのだが、それじゃあ味気ないし。それに、一緒に出掛けたかったというのも多分に理由に含まれている。

 

 ホラーゲームというのはパッケージからして怖い。もうその内容が透けて見えるようなおどろおどろしいパッケージが並ぶホラゲーコーナーの中、見たくないからと言って悠仁に引っ付いて回って。その中で一つ異彩を放つようにあまり怖くないパッケージだったのがこのゲームだ。おすすめされたゲームの中に名前もあったし、なんだかやわらかいタッチの絵だし。それに映ってるのが可愛い女の子だったから、これなら私にも出来るかなって思って買ったのに。

 

 どうにもコメント欄に不穏な雰囲気を感じる。まぁ、ホラーゲームだしね、わかってる。これでホラーゲームだって知らずに初めて急にホラー展開に入られてたら多分コントローラーぶん投げて彩葉か悠仁の下に全力でダッシュを決めてたと思うけど、最初から分かってるし。それに最初から悠仁いるし。大丈夫。

 

「と、とにかく始めるよ!悠仁もほら、ちゃんと手握ってっ!」

 

「俺はこのままでいいのか…?」

 

「いいのっ!」

 

 >まぁ…、いけるか?

 >怖いは怖いけどもやったことあるやつとはベクトルが違うんだが

 >これ最後まで行くなら結構かかるぞ

 

 

 

 

 

 

 画面が暗転する。真っ黒な画面の中央に只一文字、棺というタイトルが浮かんでは消える。思っていたのとは違う始まり方に思わず身体が跳ねてしまう。そんな私の緊張が伝わったのか、悠仁の手が頭にのせられた。瞬時に回復。今の私は無敵なのだ。

 

 

 最初のロード画面で映し出されたのは、聖書らしき開かれた本とその上にのせられた十字架、いや、ロザリオかな。それに、明るい光が差し込む窓を背景に背負って手を胸の前で組み、目を瞑って祈る修道服の少女。パッケージに映ってた娘だ。そして、多分主人公だと思われる淡い栗色の髪の毛の女の子を中心に、同じように修道服を着た6人の女の子たちが過ごす日常のワンシーンを切り取ったような絵が次々と流れていく。

 

 ここだけ見たら全然ホラーゲームには見えない。むしろやっぱり絵柄が可愛くて私は好きだ、こういうの。何回か挟まった日に照らされた花瓶だけの絵が少し気になったけど、何だろうあれは。毎回ほとんど同じだったし。

 

「悠仁、どう思う?」

 

「今のところホラーゲームには見えないなぁ」

 

「ね、なんか穏やかなゲームって感じ」

 

 上を向いてみたら、悠仁と目があった。普段なら私はヘッドホンをつけてゲームしてるけど、今回は悠仁もいるしそれは無し。それにホラーゲームをヘッドホン付けてやるなんて怖すぎるからやだ。今のところパッケージから感じた印象は変わっていない。絵柄が可愛くて、なんだかあまり怖そうじゃないゲームだ。このまま行けるかな。そんな風に強がって見せると、悠仁が薄く笑う。

 

 だから、見逃してしまった。画面に映った一文を。

 

 

このゲームは刺激に弱い方には適していません

 

 揺れ動く、このゲームの本質は何かを決定づけるその文を。

 

 

 

 

「この子が主人公、やっぱり!」

 

「主人公視点で進むゲームなんだな」

 

 やっぱり最初に出てきた淡い栗色の髪の毛の女の子が主人公だった。主人公視点で淡々と続く日常って感じのゲームだ。朝起きて、6人全員で食卓を囲んで。そこからシスターとしてのお勤めを通して皆との絆を深めて。また夕食時には同じように食卓を囲む。

 

 えっと、主人公がミラ。他の5人がロゼ、エマ、シャロ、クレア、ソフィアね。うんうん覚えた。皆個性が違って可愛い。彩葉にはかなわないけどね。

 

 

ロゼ              
おはようございます                             

 

ミラ              
おはようございます                             

 

ロゼ              
みなさんそろっていますか?                         

 

ミラ              
…はい、います                               

 

ロゼ              
それではみなさん                              

 

ミラ              
今日も父に感謝を、祈りを捧げましょう                    

 

 

「あれ、この子たち血つながってないんだ」

 

 毎日ちゃんと絆を確かめ合うように皆で並んで、血がつながってなくても助け合いながら生きてる。この子たち以外の大人は全然出てこないけど、それがなんだかよくて。そんな穏やかな日が過ぎていくのがゲーム内で何日か続く。毎日ちゃんとセーブしとけ、と皆言うから一応日の終わりにセーブしてるけど、必要なのかな。

 

 この子たち、本当にみんな仲がいい。血がつながってなくても、ちゃんと家族で。お互いを大切に思ってる。そんな関係がなんだか私たちみたいで、私、このゲーム好きだ。淡々と続く家族間の仲の良さが伺える会話を見てると心が温かくなる。敬語なのは少し引っかかるけど、彩葉だってまだ悠仁に対して敬語だし。いいかげん普通にしゃべればいいのに。

 

「全然怖くないよ?ホントにホラーゲーム?」

 

 >まぁまぁここら辺はね?

 >ここら辺があるからいいのよ

 >本当に全然怖くないな

 >初見さんもいらっしゃる

 >ここからよここから

 

「ふーん?でもいけるいける!ね、悠仁?」

 

「そうだなぁ…」

 

「え、何。こわいこわい」

 

 何でもないよ、と誤魔化されてしまった。でも悠仁は顎に手をあてて真剣な顔で画面を見て何か考えている。画面を見て、私を見て。そしてまた画面に向き直る。なにか気が付いているみたい。でも、聞いても教えてくれなかった。まだ分かった訳じゃないからって。

 

 

 画面の中では4日目が始まっている。やっぱり何も変わらない。主人公目線でいつも通りの朝の様子が描かれている。目を覚まして、それまでの3日間と同じように外の朝日を見つめて。それから

 

「…あれ?」

 

 コントローラーで入力してもミラの身体がベッドから動かない。何だろ、接続不良とかかな。そう思ってオプションボタンを押してみる。すると、問題なく画面が切り替わる。『調える』『思い出す』『記憶する』『閉ざす』の4つのボタン。セーブデータは記憶として保管されているみたいだ。少し変わったデザインだよね。

 

 でも、別に壊れたわけじゃないみたいだから、と画面を戻して何度か入力を繰り返してみると、何度目かで普通に動き出した。やっぱり、不調だったのかな。

 

「うーん…」

 

 あれ、窓の外の景色こんなに暗かったかな。さっき外で掃き掃除したときは普通に明るかったと思うんだけど、なんで外からの光があんまり入ってきてないんだろ。

 

 細かい違和感が降り積もっていく。何も変わらないはずなのに、説明されない背景。目に入ってくる細かい情報が少しずつ歪んできている感じがする。何だろう、これ。皆の会話は変わらず仲が良さそうなのに。不穏な空気が拭い去れない。

 

 >あったまってきたなぁ

 >よくきがつくね

 >結構気づかん人も多いのに

 

「かぐや、大丈夫か?」

 

「う、うん。大丈夫」

 

 コントローラーを握る手に少し力が入ってきていたのに気が付いて、ぱ、と放す。知らない間に手が緊張して少し指が動かしにくくなってしまっていた。

 

「ちょっときゅうけ~い」

 

 手を伸ばせば届く距離にあった悠仁の前髪を一房つまんで引っ張ってみる。透き通るように白い髪が配信用に設置してあるライトの光に反射して煌めいた。私の髪の毛もそりゃあ光にあてれば光るけど。金髪だし?でも、ここまで綺麗にはならないなぁ。

 

『おそろいなんだ』

 

 そう言って自慢げに並んで見せたヤチヨの姿を思い出す。羨ましい。私だって悠仁とお揃いほしい。私なら簡単に髪色変えること出来るし、やってもいいかな、と考えて。

 

『金髪、ギャルいかぐや姫…っ』

 

 ツクヨミに初めてログインしたときに、私の金髪を見て笑いをこらえていた彩葉の様子を思い出す。やっぱ、これだよね。彩葉がわたしを見て笑ってくれたんだから。

 

「かぐや」

 

「ん~?」

 

「ダメそうだったらすぐ言うんだぞ」  

 

 本気で心配している顔だ、これは。そんなに駄目そうに見えたかな。まだ怖くないから大丈夫なんだけど。でも、嬉しいな。今悠仁は私しか見てないから、こんなチャンス滅多にないし。  

 

 ちゃんと、今の悠仁は私を一番に見てくれてる。

 

「じゃあ、撫でて?」

 

「こうか?」

 

「もっとっ!」

 

「…髪、乱れるぞ?」

 

「もっとっ!」

 

  悠仁の手が私の頭をわしわしと少し荒く撫でまわす。普段だったらやってくれない撫で方だ。私たちが髪の毛の手入れを凄く丁寧にやってることを知ってるから、気を使ってくれてる。でも、今はこっちの方が嬉しいな。

 

「きゃーっ!」  

 

 動かされる手に合わせてグワングワンと頭を揺らしてみる。視界が揺れて、楽しいなこれ。椅子から落ちそうになってもちゃんと支えてくれるし。

 

 >落差よ

 >妹っていうより娘では…?

 >さっきまでの緊張感はどこに

 >かぐやそこ変われ

 >ホラゲ―配信の姿か?これが…

 

 

 しばらくそうして貰って、満足である。するっと悠仁の腕から抜け出して、そろそろまた再開しようかなと配信画面を見てみると、そこに映るのは結構髪の毛が乱れてしまった私の姿。これではいけないな。

 

「はい、悠仁。梳かしてね?」

 

 手の届くところにあった櫛を取って、悠仁に渡す。乙女の髪型を乱してくれたんだからちゃんと責任はとってもらわないと。一瞬なにか言いたげな顔をしたが、それもすぐにしょうがないなというような表情に変わる。ゆっくりと私の髪に櫛を通してくれた。

 

 丁寧だな、と思う。髪を傷つけないように気を使ってくれてるのが分かる。櫛で梳かして、上から撫でつけるようにもう一度悠仁の大きい手が私の髪をなぞっていく。いつもお風呂上りには彩葉に髪の毛を乾かしてもらってるが、これからはたまに悠仁にもやってもらおうかな。

 

「よーっし!再開!」

 

  元気満タン。今の私は無敵なのだ。さっきまでの緊張感何て忘れた、今ならホラー展開だって何でもござれだ。多分怖くて固まってしまっても悠仁が止めてくれるだろうし、そもそも悠仁がすぐに頼れる場所にいるんだからどんどん行っちゃえばいいのだ。

 

 5日目。それまでの不穏な雰囲気とは裏腹に、この日も変わらずいつも通りに始まった。4日目にあったベッドから動かないなんてこともなく、すっと私の指示に従って主人公は動く。でも、やっぱり節々に違和感はあって。

 

 話しかけても家族が反応してくれないことが増えた。まるで本当に聞こえていないみたい。でも、何回も話しかけると何事も無かったかのように笑顔で返事してくれる。決まって、みんな同じように。でも、「気が付かなかった」とは誰も言わないんだ。何度も、何度も話しかけたことが、無かったかのように主人公も会話を続ける。なんで?

 

 地下室に行くことが出来なくなった。食料はそこに保管してあるのに。彼女たちの食事を作るために、誰かがそこに一日一回はいかなければならないのに。示し合わせたように誰もそのことを口にしない。

 

 そもそも最初からなかったかのように選択肢から消えてしまっている。だれも疑わない。誰もそのことに触れない。今日も変わらず食卓には食事が並ぶ。なんで?

 

 これから、彼女たちの食事は、どうするの?

 

 小さな違和感が降り積もっていく。欠片が積もって山になっていく。あと少しで、あと少しで壊れてしまいそうなのに最後の一押しが無くて。ぐらりぐらりと右に左に揺れる不安定な棒の上に立っているような気分になる。自然と、コントローラーを握った私の指にも力が入ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 6日目。

 

 

 違和感が、形になる。

 

 

シャーロット     
静かにしてちょうだい。貴方の声、耳障りなの。                

 

ロゼ              
今日の夕食も、楽しみね                           

 

 

「…あれ?」

 

 棘のある言い方。こんなことを言う娘じゃないのに。なんで急に。家族の事を大事に思っている優しい娘だったはずなのに、何の脈絡もなくなんで。それに、会話が噛み合ってない。なにか間違えた?まずい選択肢を選んでしまったのかもしれない。戻らなきゃ。

 

 

 

調える 

 

思い出す

 

記憶する

 

閉じる 

 

 

 

 

 

 

 

 

4つのボタンの中から、上から二つ目を選んでセーブデータを呼び出す。リスナーに言われたから1日の終わりに一回は絶対にセーブしてあるんだ。ここで戻れば5日目の夜に戻れるはず。きっと、何か私が間違えたから。ちゃんとやれば、きっと。そう思いながらボタンを押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出したくない  

 

思い出したくない  

 

思い出したくない  

 

思い出したくない  

 

思い出したくない  

 

 

 

 

 

 

 

「ひっ!」

 

 予想だにしてなかった画面が表示された。書きなぐったような字で全てのセーブデータが塗りつぶされていた。さっきまでなかったはずの、字で。なんで。思い出したくないってなんで。幸せな記憶のはずなのに。

 

 思わず悠仁の手を縋るように掴んでしまった。安心がほしい。悠仁の両手を私のお腹の所に回して持ってくる。よし、これで大丈夫。驚いて離してしまったコントローラーを拾い上げる。戻れなくなってしまった。進むしかないみたいだ。

 

 

「私たちは家族なんだから」「食事にしましょう」

 

 

 

 噛み合わない会話がどんどん増えていく。シャーロットだけじゃない、衝突が増えていく。いや違う、衝突に見えてこれは、どちらかが一方的に詰っているだけだ。もう片方はまるで気が付いていないかのようにいつも通りか、蹲ることしかできない。

 

「なに、これ」

 

 それまでの穏やかな日常はそこにはなくて、段々と、段々と紙に血が滲むように染まっていく。

 

 

 

 

 

 その日の夜の食卓には、5人しか座っていなかった。

 

 でも、誰もそれに疑問を覚えていなくて。

 

 確かめるように、悠仁の腕を強く握った。

 

 

 

 

皿の上には赤黒い塊がはみ出していた

「ねえこれは?」と口にし

 

 

どうして?

息が漏れているような息苦しさを私は感じていた

 

途切れていく

空っぽの皿があるだけ

 

 

 また一人食卓に着く人が減った。段々とお皿に盛られた料理の解像度が上がっていく。主人公は、気が付いてるはずなのに何も言わなくて。未だ、地下室の扉は閉ざされたまま。

 

 

 

彼女の金切り声が響く

私はただ黙って芋虫のように丸まっていた

 

 

「かぐや」

 

 いつの間にか前のめりになっていた私の視界が急に塞がれる。のめり込んでいた私の意識が途端に現実に引き戻される。私の目を塞いでいるのは悠仁の手で、上を向くと心配そうな表情をした悠仁が見えた。

 

「これ以上は、やめないか」

 

「代わりに俺がやるから」

 

 なんで、まだ出来るよ。そう言おうとして、そこで初めて随分喉が渇いていることに気が付いた。そんなことにも気が付かないほどに集中していたらしい。用意していたコップを取って、一気に飲み干す。コメントを見たら、私の様子を心配するような声がいくつか見られた。

 

「でも、見なきゃ」

 

「皆、家族なんだから」

 

 散りばめられた違和感が形になっていく。段々と消えていく家族は戻ってこなくて、その様子を見るたびに私の呼吸が少しずつ荒くなっていくのが分かる。でも、どうしても。最初の穏やかな日常を忘れることが出来なくて。

 

 皆が笑っていたあの景色は、嘘じゃなかったから。

 

「私は、見なきゃ」

 

 悠仁の手を取って頬にあてる。あったかいな、安心する。深く息を吸って、吐いて。大丈夫と自分に言い聞かせた。

 

「次は、無理にでも止めるぞ?」

 

「…うん」

 

 悠仁がいてくれてよかった。ぽつぽつと話すことはできるけど、どうにもいつもみたいに元気よく喋れるほどに余裕がない。初めてなのにコメントを拾いつつ間を埋めてくれてる。私は、安心してみることが出来る。

 

 

 

 

頭の中で何度も叫び続けていた

 

 

何度も大声を上げていたのに

私たちの輪郭が滲んでいくのを感じた

 

 

彼女が私に語り掛ける

 

 

 

 蹲って頭を抱える彼女の影が、壁に大きく映る。その輪郭が段々と私の知らない形に変わっていく。どうして?彼女は修道服を着ているはずなのに。壁に映る彼女はそうではなくて。

 

 そうやって蹲る彼女の影の前に、知らない女の人の影が立ち上がる。そこには誰もいないはずなのに。そこにある何かがそう見せてるだけ?そんな私の疑問はその影が腕を振り上げることで否定された。

 

 

 

 

「あなたは頭が足りないから、そうやっていつも両手を差し出してしまうのよ」

 

「両手がふさがって、こぼれ落ちたものを拾うこともできない」

 

 

 

 影が主人公を振り上げた手でたたく。何度も、何度も。影なのに、そこには誰もいないはずなのに。蹲ることしかできない私の身体に傷が増えていく。

 

 悲鳴を上げることすら出来なくて、私のいる部屋の中に私の知らない誰かの金切り声が響いていく。

 

 

 

 

 

そう言うと、床に飛び散っていた彼女をかき集めた

 

 

 

 

 私の両手が赤く染まる、差し出した両手からはぽたりと重い液体が滴り落ちていく。赤い、赤い。なんで?答えを探すように視点を動かすと、首のない誰かの身体・・・・・・・・・が目に入った。私の両手についているものは、そこから流れ出ていて。必死になってかき集めているのは、私だった。

 

 

 ひゅ、と喉の奥で空気が鳴る。思い出す、思い出す。今まで食べていたのは何だった?食べ物が置いてある地下室には行けていない。もう、並べられるものなんてないはずで。でも、私たちは変わらず何かを食べていて。

 

 なんだ、なんだ。皿に盛られたものをおもいだす。あの赤黒い塊は、何だった。

 

 

 

 

 

 

頂点にのせられた球状の塊が、ぎろりとこちらを向いた

 

 

 

 

 

 呼吸が荒くなる、吸い込んでいるはずなのに、満たされる感覚が無くて。何度も浅い呼吸を繰り返して。

 

「かぐやっ!」

 

 視点が切り替わる。急に暗く、暖かくなった。遅れて悠仁に抱きしめられていることに気が付いた。私は、そうだ私は。悠仁の胸に顔をうずめて、胸いっぱいに息を吸いこむ。優しく頭に置かれた手が暖かくて、激しく脈打っていた心臓が段々と落ち着いていく。

 

 そうだ、私は。ミラ主人公じゃない。

 

「かぐや、変わろう」

 

 ひょいと握っていたコントローラーを取り上げられてしまった。結構強く握っていたはずなのに、気が付いたら私の手の中にはなくて。顔を上げようとしても優しく抑えられて出来なかった、暫くこうしてろってことなのかな。落ち着いたから、モニターの方を見ようとしてもさりげなく腕で遮られてしまう。

 

 

 >ひぇっ

 >笑えん

 >うーん、これは鬱ゲー

 >ぺろっ これは… やめときますね

 >かぐやちゃん大丈夫?

 

「すみません、ここからは変わって自分がやりますね」

 

 >ええんやで

 >コアラみたいになっとる

 >無理しないでもらって

 >平気そうだけど、慣れてるの?

 

「何度見ても慣れませんよ、こんなの」

 

 でも、と言葉と共にぽんと背中を叩かれた。今度は見上げることが出来る、顔を上げるとこちらを見下ろしている悠仁と目が合って。案じるように目が細められる。伸ばした手で頬が撫でられる。わ、何だろ、嬉しいな。自分の表情が崩れるのを感じる。

 

「この娘に見せるよりは、マシかなって」

 

 >兄上…!

 >おにいちゃん…!

 >惚れた

 >流石悠仁君、変わっとらんね

 >これはアッチ側

 

「それとこれを薦めた人、憶えといてくださいね」

 

 >ひぇっ

 >自分じゃないのにひゅんってなった

 >おお俺じゃじゃなないぞ

 

 見ないようにな、と優しくもう一撫でされて止まっていたBGMが再開する。さっきまでは本当にダメだったけど、今なら大丈夫かな、と思って振り返ろうとしても簡単な腕の動作で止められてしまう。両手でコントローラー握ってるはずなのに。

 

 

 

 

 

あの日の母を忘れることができない

 

私のことをまるで汚らわしい物のように見ていた

忘れることができない

 

 

 

 

 大丈夫だって。もぞもぞと格闘して、ようやく視界の端でほんの少し画面を見ることができた。バッドエンドは嫌いだ。ハッピーエンドとは思えないけど、せめて最後くらいは見届けたくて。

 

 

 

 

 

母は気づいているようでした

 

 

それに、私のことを罵りつづけたけれど

股を開いたのは私からではなかったのに

 

 

どうするべきだったのか

 

 

わからない

 

 

 む、気づかれてしまった、全然見えないのに更に視界が塞がれる。良いだろうやってやろうじゃないか。画面を文字が流れていくのは分かるのに、それを追うことができない。

 

「こら、かぐや。みちゃダメだよ」

 

「…わたし、子供じゃないんだよ?」

 

「でも、駄目」

 

 

 

母は女だった

 

吐き気がする

 

 

「むぅ」

 

「むくれても、駄目」

 

 コントローラーを握る悠仁の手を取って妨害しようとしてみたけど、びくともしない。このままじゃ悠仁の着てる服しか見えないし。身体ごと振り返ってやろうとしたら、コントローラーを握る両手と頭の上に乗せられた顎で抑えられてしまった。何て器用な、動けん。

 

 

 

その日、父は私に「寝室に来るように」と言いました

忘れることができない、暗くて冷たい地下の階段

 

 

聖書を読むように私に言いました

やめてと言っても父は「私たちは家族なんだから、なにも間違ってはいない」

 

 

私は頭の中で何度も叫び続けたのに

 

 

「むーっ」

 

「暴れないの」

 

 

 >ゲームの内容と画面端に映る映像との温度差が酷い

 >風邪ひきそう

 >ぬるぽ

 >精神年齢下がった?

 >分からん…、俺は今何で吐きそうになってるんだ?

 >ガッ

 

 

どうするべきだったのか

わからない

 

 

足の付け根が無花果のような色に腫れあがってしまった

 

「この事は決して誰にも言わないように」

父の言いつけ

 

 

部屋の中から私の壊れた心があるだけ

 

 

 

「悠仁、ゆうじ、だめ?」

 

 怖いのは嫌い、暗いのはヤダ。バッドエンドはもっとヤダ。でも、このままっていうのもなんだか釈然としなくて。それもヤダ。頬を悠仁の胸板に擦りつけながら上目遣いおねだりしてみる。彩葉だったらこれで絶対にお願い聞いてくれるんだ。

 

「…だめ」

 

 あ、今ちょっと揺らいだかな。

 

 

 

忘れてしまえ忘れてしまえ、何もおこらなかったのだから

 

 

 

「家族」「何度も」「家族」「私たちは」「家族」「家族」

 

 

 

「最後だけでも、見たいなぁ。ねぇねぇ」

 

 >正直やめた方が…

 >気持ちいいもんじゃないよ

 >辞めときなって

 >このままでも我々は満足です

 

「…皆すごく止めてるぞ、やめといた方が良い」

 

「む、悠仁は私よりも皆の言うこと聞くんだ」

 

 少しの動揺、ラストに近づいているのはなんとなく分かってるんだ。いいじゃないか最後くらい。ハッピーエンドじゃなかったとしても少しでも救いがあれば嬉しいな。ちょっとだけ顔を動かして画面を視界に収めた。

 

 

 

 

 

「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」

「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」

「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」

「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」

「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」

「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」

「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」「私たちは家族なんだから」

 

 

 

 

 文字が瞬く。「私たちは家族なんだから」なに、これ。私の理解が追い付く前に、画面が切り替わる。いつもの通りの、見覚えがある朝日。でも、主人公の様子も、周りの様子も全部全部違って。

 

 病院?修道服は?なんで手が繋がれてるの?なんで。ふと花瓶にフォーカスが当たる。見たことのある花瓶、それはタイトル画面で何度も流れたあの花瓶で。

 

 分かりたくない。でも、それまでのピースが私の頭の中でだんだんと組みあがっていく。拘束されている両手、傷だらけの手首。知らない女の人の影。そして、さっき少しだけ見えた母の話。

 

「や、だぁ」

 

 最初から主人公はずっと病院のベッドの上で、全部、ぜんぶ。あの穏やかな日常も、全部。

 

「かぐやっ」

 

 私が見てしまったことに気が付いた悠仁が今度こそ私の視界を完全に覆い隠す。でも、気が付いてしまった私の思考は止まらなくて。やだ、なんで。

 

 

 

 

 

 最初から全部なかったなんて、気が付きたくなかった。

 

「すみません、今日はもう配信終わりますね。また、次で」

 

 確かめるように、悠仁の身体を強く抱きしめる。大丈夫、いる。ここに、いる。消えたりしない。私の想像なんかじゃ、ない。

 

「悠仁、ゆうじ」

 

「ごめん、かぐや。直ぐに終わるべきだったのに」

 

 怖い。そんなはずないと分かってはいるけど、一度頭の中に浮かんだ考えは消えてくれなくて。全部、全部私の夢だったら。現実の私は何も知らずに月で只仕事を片付けるだけの毎日を過ごしているとしたら。

 

 安心したい、夢じゃないという安心がほしい。触れていたい、私の目の届く範囲にいてほしい。離れないでほしい。

 

「彩葉」

 

「いろは、どこ」

 

 ふわりと浮遊感が私の身体を襲う。悠仁に抱き上げられたと気が付いた時には、いつの間にか私のいる場所は自室ではなくて。手を伸ばせば届く場所に慌てた顔をして腰を上げる彩葉の姿があった。

 

「いろはぁ」

 

「かぐや、苦手なのにあんな怖いのやるから…っ!」

 

 手を伸ばす。彩葉も見てたのかな、ちょっと顔色が悪い。でもそんなことは微塵も気にせずに私の事を心配してきてくれた。ヤチヨは、と思って見てみると私と同じように彩葉の後ろにくっついている。全部、見ちゃったのかな。

 

 彩葉の手を指を絡めて握る。あったかい。大丈夫、だいじょうぶ。ここにいる。悠仁も、彩葉も、ヤチヨだって。ちゃんと、ここにいる。

 

「ほら、ちゃんと息吸って、吐いて。また吸って」

 

 言われるがままに大きく吸って、吐く。繰り返して。あやすように背中を叩いてくれる悠仁の手の温度と、繋いだ手から伝わってくる彩葉の温度が私の心を少しずつ温めていく。

 

「ヤチヨ、大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃない…」

 

「ヤチヨはほとんど見てなかったでしょ。どっちかというと悠仁がとられたってダメージ受けてたじゃない」

 

「う、で、でも。大丈夫じゃないもん」

 

 よーしよーしと悠仁の手が伸ばされてヤチヨの頭を撫でる。顔を伏せていて見えなかったヤチヨの顔は、笑顔だった。良かった。大丈夫そうだ。私は後半ほとんど見てなくてこうなんだから、全部見てたら大変だと心配だったんだ。

 

 でも、今は。まだ私のだもん。

 

「悠仁、私、私の事撫でて」

 

 

 ヤチヨから離れて、私の頭に乗せられた手の温もりに目を細める。彩葉の手を握って、悠仁に抱き上げられてて。やっと落ち着いてきた。でも、今なら。皆私の事をすごく心配してくれてる今なら。

 

 配信の外でも、私の事だけ見ててくれるかな。

 

 

「ね、今日一緒に寝て?」

 

 

 

 

 

 

 

 いいでしょ?と首を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 活動報告の方へのリクエストはいつでも受け付けてますよ。別に何回でも書いていただいても構いません。私は全部読んでいます。嬉しいです。

 ちゃんと話の大枠が思いつけば書きたいと思いますので、どんどん送っていただければ私は喜びます。ただ、感想欄に書くと規約違反なのでそれは駄目ですよ。

作中に出てくるのは着せ恋に出てくるホラーゲームです。

ifの扱い

  • このまま最後まで書く
  • 普通の後日談も交えつつ書く
  • 書かんでいいから後日談だけ書く
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