[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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「有休をとります」

 

 その日、研究所に激震が走った。酒寄所長が、最近巷では「なんか若返ってて草」

「本当に人間か?」などと言いたい放題言われ始めた酒寄所長が、休みを取ると言い出したからだ。

 

「…ちなみに、どれくらいでしょうか」

 

 恐る恐る聞き返す職員の声は震えていた。何故か、彼は知っていたからだ。目の前の前の酒寄彩葉が今まで有休を利用したことが無いということを。余った分は買い取ってもらっていたということを。つまり、彼女は今有休を上限まで所持しているということを。

 

「40日、全部」

 

「乱心ー!所長ご乱心ーッ!」

 

 途端にざわめき始める研究所の面々。さもありなん、酒寄所長はこの研究所の心臓である。彼女がいなくなればこの職場の稼働率は平時の1/3、いや1/4…。どうだろ、いなくなったことないからわからんな。

 

「考え直してください所長!」

 

「寿退社ですか所長!」

 

「はー待て待て、なーんにも分かってねぇじゃん。頼むぜ所長」

 

「残業が…、残業が俺を待っている…!」

 

「お幸せに!それはそれとして仕事しろ。人類の損失」

 

「急に若返った技術を確立させて論文書いて、役目でしょ」

 

 

「おおう…、なんだ君ら、言いたい放題だな」

 

 地獄である。最先端をひた走る研究所の光景とはまるで思えない。どさくさに紛れて自分の欲望を大声で叫ぶ輩迄出る始末。どう収集をつけるのか。

 

「良いでしょ、今までやってきたことはひと段落ついたし。論文は家でも書けるし。生体義眼だってあと一歩じゃん?大丈夫いけるいける」

 

 

「そのあと一歩がどんだけ遠いと思ってんだアンタ‼」

 

「君の一歩はボクより遠い…(泣き)」

 

「一緒にするなっ!この人間ブラックボックスが!」

 

「言葉を選べ、今際の際だぞ(俺たちの)」

 

 彼女は自分の事を大した人間ではないと思っている節がある。しかし、とんでもないことだ。まるで分かっていない。生身の肉体かのように体になじむ義手に義足、そして恒久的に動き続けてかつ身体との拒否反応を起こすこともない人工内臓は、世紀の大発明と言って差し支えない。

 

 どれだけの命が、彼女の発明によって救われたかわからない。どれだけの人の夢が、彼女によって手助けされているかわからない。そんなことを彼女はまるで理解してないのだ。

 

 

「所長がいないと回りませんよ!」

 

「ウチがホワイトなのは所長が働いてくれてるからですってっ」

 

「辞めないでください所長!」

 

「辞めないよ…、まだやりたいこともあるし」

 

 その言葉を聞いて胸をなでおろす研究員一同。彼女の当初掲げていた大目標は既に達成済みである。従って彼女の研究に対する情熱も失われてしまったのではないか、というのは最近の彼らの中での一番の心配だったのだ。その直後に今まで取ったことの無い有休をまとめてとるという言うのだ、すわ退職の前触れかと恐れおののいても誰も文句は言わないだろう。

 

 しかし、もう一つの問題は未だ解決していない。彼女に長く抜けられると、研究の進捗が大きく滞ることとなる。彼女にしかわからない箇所が多くあるのだ、そうなると、どうなるか。帰れなくなるのだ、残業で。ここ数年、すっかり所長がいることに慣れ切ってしまい、ホワイトな労働環境に飼いならされてしまった彼ら、彼女らには辛い未来が待っていることとなる。

 

「もう駄目だ、おしまいだぁ」

 

「かぐやちゃんだけで満足しろー」

 

「この人たらしがっ」

 

 

「失礼だな、純愛だよ。…あっ」

 

 口を滑らせたと慌てて手で口を塞ぐ所長。その頬は羞恥心からかほのかに赤く染まっている。容姿端麗な彼女が見せるその姿は、性別問わずに人を虜にしてしまうだけの魅力があった。

 

「そんな顔してもだめです!」

 

「若さの秘訣教えてー」

 

「いろP踊ってー」

 

 

「オイ誰だ今の、表出ろ」

 

 が、しかしここにいるのはこの数年ですっかり訓練された研究員たちだ。面構えが違う。少しの動揺はしたもののすぐに立ち直った、その上に禁句となっている”いろP”の名前を出して喧嘩を売るものまで出る始末。これにはさすがの彩葉も額に青筋を立てて問い詰めるも、誰も名乗り出ることはなかった。全員が明後日の方向を見てしらばっくれている。

 

「君たちね、出来ないできないって言うけどさぁ」

 

 ざっと見渡しても誰も出てこないので、あきらめたのか腰に手をあててため息をつきながらこう言った。

 

「出来るでしょ、優秀なんだから」

 

 

「…で」

 

「で?」

 

「「「できらぁっ!」」」

 

「ん、よろしい」

 

 迷いはなかった、そろって覚悟を決めたようだ。結局のところ、彼らもまた酒寄彩葉という一人の天才に脳を焼かれてしまったかわいそうな人間の一人なのだから。

 

 しかし、彼らは気が付いていなかった、40日間の有給行使、土日祝日を挟むと更に長くなるその夏休み。きっと2か月にも及ぶだろうと彼らは覚悟を決めていた。しかし、それが終わる直前に、今年分の有給が彼女に付与されるということに、気が付いていなかった。そんなこと、酒寄彩葉にとっては当然のように計画通りであるということに。

 

 彼らの受難は、その予想よりも更に長く続くことになりそうだ。

 

 

 

 

 

「…という訳です」

 

「彩葉…、刺されたりするなよ?」

 

 長い休みが手に入った、とうきうきしながら店長に報告したところ、本当に心配しているときの表情でそんなことを言われた。失礼な、今の話のどこにそんな要素があったというのか。

 

 しかし、本当に久しぶりの長期休みだ。無理やりもぎ取ったようなものとはいえ、休みは休み。何をしようか。やりたいことが沢山あるな。懐かしいカウンターに座って頬杖をつく。かぐやは後ろの座敷で店長と並んで座ってテレビを見てるし、ヤチヨは店長と背中合わせに座って体重を預けている。のんびりとした光景だ、店長もこんな夏の日にどれだけ引っ付かれても振り払うようなことはしないから、最近どんどん距離が近くなってる気がするな。

 

 ちゃんとエプロンをつけてここに座ったのも、こうやってゆっくり店長と話すのも、本当に久しぶり。今の私はもうここで参考書を開く必要はないけれど、持ってきたPCを使って少しずつ論文を書き進めている。

 

「…そうだ、ずっと気になってたんですけど、店長」

 

「なんだ?」

 

「この店の帳簿、見せてください」

 

 店長がいなくなってから、この店の中を少し探したんだ。ヤチヨも知らないと言っていたし、どこかに置いてあるのかと思ったから。でも、この店は本当に物が少なくて、本当に誰かが住んでいたのかと疑ってしまうくらいだった。当然、探していた帳簿も当たり前のように見つからなくて、結局この店がどうやってやりくりしていたのかは謎のままだったのだ。

 

「…そんなのないぞ」

 

「嘘つかずに、出してください」

 

 渋々という風に立ち上がった店長がおもむろに畳に手をかける。軽々と外されたその下に少しの空間があり、そこに小さなノートが保管されていた。ほら、と手渡されたそれをぱらぱらとめくり、そしてざっと見るだけで分かるその情報に眉間を揉んだ。

 

「…真っ赤」

 

 火の車というのもおこがましいほどの真っ赤っぷり。良くこれで店を続けられると思ったな、と言いたい。当時の原価なんて知らなかった私は原価割れしているのではないか、とずっと不安だったが、やはりと言うべきか。売っても殆ど利益なんて出ない価格設定だったようだ。その上にポンポンおまけと称してあげてしまうのだから始末が悪い。経営向いてないよこの人。こんななのに更に割引しようとしたりするんだからやってられない。

 

「だから見せたくなかったんだがなぁ」

 

 私の隣に立って、所在なさげに頭を掻いている店長の表情は苦笑いだ。昔からずっと私がこの店の未来を憂いていたからこそ見せていなかったのだろう。高校生の頃の私にこの帳簿を見せたら目を回して倒れていた自信がある。こんな経営状況なのによくアルバイト何て雇う気になったな本当に。帳簿を見るに当時の私のバイト代が一番のマイナスなんだが。これでは実質私は店長の身銭を切って養ってもらっていたに等しいことになってしまう。

 

 こんな経営状況だったのに、私には気前よく給料を出してくれてたのか、店長。気が付いていなかった恩がまた一つ積みあがってしまう。これじゃあいつまでたっても返し切れないな、とため息をついた。

 

「大丈夫なんですか、その、お金とか」

 

 見事なまでに毎月マイナスをたたき出していた帳簿から顔を上げる。こんな状態でもこの店が開き続けていたということは、どこからか資金が出ていたということだ。でも店長がここ以外で何かをしていたという話は聞いたことが無い。いったいどうしていたんだろうか。

 

「彩葉、覚えておくと良い」

 

「…なんですか」

 

「未来を知ってて、長く生きるとなるとお金を増やすのは簡単なんだ」

 

 そう言われて思い当たる。確かに大きく成長する企業の名前一つ覚えているだけでも、その会社が小さいころに株を購入して塩漬けにしておくだけで充分だ。そもそも仮想通貨という馬鹿みたいに価値が急騰した分野だってある。それらを知っていたらそりゃあ少ない元手から増やすなんて簡単だったのだろう。謎の資金源はそこか、と納得する。

 

 でも、同時に分からない。店長はなんで私を雇ってくれたんだろう。なんで、あの時私を助けてくれたんだろうか。別に何の得もなかったはずなのに。

 

 ヤチヨに話を聞いていたからかな。

 

 聞いても、いいのかな。

 

 

 口を開こうとして、迷って閉じる。私はどんな答えを望んでいるんだろう。普通に考えれば店長が私を助けてくれたのも、凄く良くしてくれたのも、ヤチヨに私の事を聞いていたからで。それは巡り巡ってヤチヨの為になるからで、私の為じゃない。

 

 でも、あの夜、泣いてしまった私の話を聞いてくれた店長の優しさも、ずっと私を助けてくれたことも、全部。私の為じゃなかったなんて考えたくなくて。聞いてしまえば店長はきっと答えてくれるだろう。多分、嘘はつかない。そもそも店長は基本的に嘘をつかないから、つくときは分かりやすい。困ったような顔をしながら少し考え込むからだ。

 

 ちらりと店長を横目で見上げる。急に黙ってしまった私の事を不思議そうな表情を浮かべながら見ている、その様子を見て。

 

 分かってる、最初の動機が何であれ、今のこの関係が嘘になるわけじゃない。今更私が店長を嫌いになることなんてありえないし、店長が私の事を大切に思ってくれてることも分かってる。それが全て、それでいいのに。

 

 私は、あなたが最初から私を見ててくれたという確信が欲しい。

 

「…店長」

 

「店長は、なんで私を助けてくれたんですか」

 

 そうだな、という言葉と共に店長の視線が遠い日を思い出すように上に向けられる。私と初めて会った時のことを思い出しているのだろうか。

 

「ひどい絡まれ方をされてる娘がいるな、と思ったんだ」

 

「未来ある子どもが、あんな形で傷つけられるのが我慢ならなかった。だから、助けた」

 

 目を瞬かせる。それで終わりだろうか。最初は、私だと気が付いていなかったのだろうか。そこまで考えて思い当たる。なんで頭から抜けていたんだろうか、店長は元々こういう人だ、困っている人がいたら迷わず手を差し伸べる、泣いている子供がいたらその手を取ってあげられる人だ。私は、誰よりそのことを知っている。

 

「本当は、それだけのつもりだったんだけどな」

 

「目の前で倒れてしまった君を見て、柄にもなく焦った」

 

「泣きながらご飯を頬張る君を見て、危いと思った。君の話を聞いて、行き先を見失った迷子みたいに揺れる瞳を見て、そのままにしておけない、と思ってしまった」

 

 自分にできることがあれば、やりたいと思ったんだ。そう言葉を締める店長は目を細めて、私の頭に手をおいた。あの時の迷子が、立派になって。そう優しい声がかけられる。その目の中には、確かに私しか映ってなくて。

 

「私だから、ですか」

 

「ヤチヨに聞いてた、酒寄彩葉だからじゃ、なかったんですか」

 

 勝手に言葉が口から零れ落ちる。今貰った言葉だけでよかったのに。満足なはずだったのに。重ねて問いを投げてしまう。もう十分だ、既に胸はいっぱいだ。店長は、あの時の私が心配だったから手を差し伸べてくれたと言ってくれたじゃないか。

 

 でも、それは店長が誰にでも優しいからで。ぐるぐると嫌な考えが頭の中を回る。あぁ、これは駄目だ、良くない。この前芦花と真実とお酒を飲んでからずっとこうだ。傍にいてくれるだけでいいのに、そこで笑ってくれるだけでいいのに。私は、

 

 私は、店長の中に、私だけの場所が欲しいとずっと願っている。

 

 何時からだ、こんなことを考えてしまうようになったのは。こんな歪な独占欲、良くないと思うのに。店長に見せたくないと思うのに。慣れない衝動に突き動かされる私の口は止まってはくれない。

 

「何言ってる、あの時俺が彩葉の名前を聞いたのは、最後の最後だっただろ」

 

「…あ」

 

 言われて記憶を探ってみれば、そうだ。私が名乗ったのは本当に最後だった。そっか、それなら、店長は。あの時してくれたことは、全部。私への善意でしてくれたことだったのか。

 

「その後は、そうだな。そのうちこっちの事情を知ることになるっていう打算が無かったわけじゃないが」

 

「彩葉との会話に、君の真っすぐな優しさに、折れない強さに、俺は救われてたんだ」

 

 ありがとう。俺はあそこで君に出会えて幸せだよ。と店長が笑う。嘘じゃない、私が店長の嘘を見抜けないはずがない。何より、店長がこんな嘘をつくはずがない。

 

 初めて聞く店長の内心。あの時、私は店長に出会えたことを幸運だと思っている。かぐやと出会うことができたことも含めて、私はきっと人生全ての運を使い果たしてしまったのだろう。

 

 あの出会いで救われたのは私だけだと思っていた。私はずっと貰ってばかりだと思っていた。あの夏、店長は私がいないと寂しいと言ってくれたけど。ずっとずっと助けられてたのは私の方で。

 

 でも、そっか。店長は、“私”と出会えて幸せだったのか。他でもない私と。

 

 嬉しいな、頬が緩む。机の下で浮かせた足をパタパタと揺らした。

 

「お互い様、ですね」

 

「そうだな」

 

 顔を見合わせて笑いあう。一方的に貰ってただけじゃなかった。私だけの感謝じゃなかった。私はずっと貴方に触れたいと手を伸ばしてたけど、向こうから店長も同じようにしてくれたんだ。

 

 

 座っていた椅子を少し動かして隣に寄る。10年前だったらきっと踏み出せなかった一歩。

 

 

 

 

 

 

 私の隣の人も、一歩、こちらに近づいてくれた気がした

 

 

 




関係の進展が遅すぎるなぁ。クソボケとクソボケだから仕方ない気もするが。

ifの扱い

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  • 普通の後日談も交えつつ書く
  • 書かんでいいから後日談だけ書く
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