[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん] 作:夕暮れの家
「私の知ってる悠仁はね、髪が白かったんだよ」
「へぇ、白。それ本当に俺だったか?」
「間違いないよ、だって」
急に言葉を切った私の方を不思議そうに見つめてくる。髪色が違う。話し方も少し違う。でも、所々に見せる仕草の癖が、こちらを見る優しさをいっぱいに湛えたその瞳も、私の記憶の中にある通り。
「んふふ、何でもない」
「なんだよ」
ウミウシの身体は、あまり自由が利かない。移動が遅い、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら動くことしかできないから。一歩一歩がとても小さくて。きっと走っている人になんて絶対追いつくことはできない。でも、そのおかげで悠仁の肩に乗せてもらえる。
悪いことばかりじゃないな。と凄く近くにある悠仁の顔を見てほほ笑んだ。
「しかし、そうか…。2030年だったか?」
「うんっ」
「俺、そんなに生きるのか…?」
「うん、だっていたもん」
「そうかぁ…」
深いため息とともにしゃがみこむ。それと共に肩に乗せてもらっている私の視点も大きく下がった。悠仁は手で顔を覆ってしまっているから、その表情を伺い知ることはできないけど、悠仁が笑っていないことくらい、私にも分かる。
「悠仁、大丈夫?」
「いや、なんだ。先が見えないな、と思って」
50年でこれだったんだ、と自嘲気味に笑う。私の知っている未来には、悠仁がいて。いつも穏やかで、私のお願いなら何でも聞いてくれて。弱いところなんてない人だと思ってた。でも、そこに至るまでの苦労なんて、私は何も。
だから、今目の前にいる先の長さに絶望している悠仁に、軽々しく私と一緒に生きてほしいなんて言えなかった。
姿を見れて、安心した。私の知ってる声で、かぐや、と名前を呼んでくれたことが涙が出るほどに嬉しかった。こうして言葉を交わして、笑えることが信じられないほど嬉しくて。私を見たらすぐに飛んできてくれる悠仁じゃないけれど。あなたは、私の事を知らないけれど。あなたは、確かに私の家族だった。
一緒に居て欲しい。私と一緒に生きて欲しい。これから何千年もかかる長い旅に、ついてきてほしい。きっと、悠仁にはそれが出来るから。一人は、怖くて、暗くて、寂しい。寂しいよ。
でも、私の事を知らない悠仁にそんなことをする義理なんてなくて。長い長い、辛い道のりを一緒に歩いてほしいなんて、とても言えない。
私にできることなんて、話題をそらすことくらいだった。
「ゆ、悠仁、さっきのさ、呪術?ってやつでさ。他にも何かできるの?」
「そうだな…」
一瞬悩むような仕草をした後、両手をあわせて海の方向に向ける。すると、その合わせた両手から勢いよく赤い光線の様なものが飛び出して、水面を穿った。
「わ、ビーム?凄いね」
「こういう事もできる」
指の動きに合わせて、赤い球体がいくつか前方に浮遊する。悠仁がぐ、と掌を握ると、それらが爆発して静かに水面に無数に穴を空けた。
赤い液体が海の水に溶けだして波に揺られながら、段々と薄れていった。花火のように球状に炸裂したそれは、ただひたすらに奇麗だった花火とは対照的に、どこか不吉なものに見えて、思わず身震いしてしまう。
「これ、光らせたり色変えたりできないの?」
「受け付けてないなぁ」
残念、これでもっと大きくして、光らせてから夜に空高く打ち上げたらほとんど花火だったのに。じゃぁ、なんであんな色なんだろうか。
「悠仁、この液体ってなんなの?」
一部砂浜に落ちて染みになっている箇所を見つめる。先ほどは鮮烈な赤色だったのに、いつの間にか黒く沈んだ色をしているそれが点々と砂浜に続いている。
「血だ」
「え?」
「俺の血」
ち。血?もう一度砂浜に残るそれを見る。確かに、最初は赤くて、外気に触れるとすぐに赤黒く固まるそれは、血液の特徴で。でも、でもだ。人間は血液が沢山体の外に出てしまったら、死んでしまうのではなかったか。
「ダメッ!!」
「悠仁、それ、使っちゃダメ」
手を伸ばして悠仁の事を掴もうとして、思い出す。今の私には手が無いんだ。そうか、私は。大切な人を心配して抱きしめることすら出来ない。
「しんじゃいやだよ…」
私が知ってる未来にいたからといって、絶対じゃない。何がきっかけでそれが変わるかわからない。確信なんてないんだ。直ぐに悠仁の手を取って止めたいのに、私にできることなんてなくて。結局、泣くことしかできなかった。
「ごめん、使わないから、もう使わないから。大丈夫だから」
慌てた様子の悠仁が両手を上げて、泣かないでくれ、と眉を下げて頼み込んできた。見上げると、特に顔色が悪いなんてこともなく元気そうな様子の顔が目に入る。こういう時の対応は、全然違うな、と思う。きっと私の知ってる悠仁だったら、私の気のすむまで甘えさせてくれた。でも、目の前の悠仁はどうしようかと両手を所在なさげにさまよわせて、こちらに伸ばしてこない。
「…約束だよ?」
「あぁ、約束」
小指を差し出してきた悠仁に対して私も伸ばそうとして、またそれが出来ないことに気が付いて少し落ち込む。代わりに、伸ばされた指に頬をこすりつけた。この体になって初めて自分から触れることができた悠仁の手は、ほんの指の一本だけだったけど、とても暖かくて、懐かしかった。
すぐに離れてしまったその指をじっと見つめる。安心したいな、と思う。もっと触ってほしいな、と思う。きっと悠仁ならすぐに気が付いて手を伸ばして撫でてくれるんだろうな、と考えて。
「どうした?そんなにじっと見て」
不思議そうに首を傾げる様を見て、少し悲しくなってしまった。
もっと名前を呼んで欲しいな、だとか。もっと近くに寄りたいな、だとか。触れて欲しい、撫でて欲しい、だとか。前ならすぐに口に出せていたことが、喉の奥に引っかかってしまったように出てこない。何も疑わずにお願いが出来るほど、私はもう子供ではなくて。彩葉と悠仁に出会ったばかりの頃の私だったらどうだっただろうか。
約束、と言ったらすぐに応えてくれたという事実一つに縋りついて、私はこの後も悠仁と一緒に居てもいいのだろうかという不安を覆い隠した。
出会った時には天高く上っていた太陽は、段々と傾き始めている。日が沈んでしまったら、暗くなってしまったら。悠仁はいつも生活しているところに帰るんだろうか。
私は、どこに行くんだろうか。
「かぐや」
「大丈夫か?」
名前を呼ばれて、人間のそれとは違うはずの心臓が大きくはねる音がした。迷うように伸ばされた悠仁の指先が私に触れる。伏せていた顔を上げると、こちらを案ずる表情をした悠仁が目に入る。
違うのに、おんなじだ。簡単にこちらに触れてくれないのに、私の名前を呼ぶときに声に宿る温度は同じで。私の事にすぐに気が付いてくれるわけじゃないのに、こちらを見て心配そうに下げられる表情は同じで。
すこし、ほんの少しだけ、わがままを言ってみたくなった。
「だいじょうぶ、じゃない」
少し私に触れていた指が驚いたように震える。離れようととしたそれを追いかけるように近づいて私から触れてみる。
「もっと、なまえ呼んで」
「かぐや」
「…うん」
「かぐや、大丈夫か」
「うんっ、悠仁」
彩葉がくれた、私の大事な名前。色もない、温度もない。皆同じ月の世界で同じ日々をずっと繰り返していた私に、彩葉がくれた、私だけの特別。優しい声で、私の大事な人が、大好きな人がくれた私の名前を呼んでくれる。それだけで胸の奥に温かい火が灯るような気分だった。
大丈夫、この火が燃えてる限り、私はまた明日からも頑張れる。
段々とあたりに夜の帳が落ち始めている。当然の如く私たちのまわりには灯りなんて一つもなくて。もう少しすれば辺りは完全に夜闇に呑まれてしまうのだろう。また、暗い暗い、夜がやってくる。
悠仁が辺りを気にするようにぐるりと視線を巡らせた。
「…戻ろうか」
ひょいと持ち上げられて、また悠仁の肩の上に乗せられた。そのまま歩き始める悠仁の顔を、目を白黒させながら見つめた。
「一緒に行っていいの…?」
「何言ってる。今日どこで寝るつもりだ」
危ないだろ、と笑っていた。そっか、一緒に行っていいんだ。安堵が私の心を包み込む。本当はすぐ近くの海の中に沈むもと光る竹に戻るつもりだった。また、暗い海の底で日の光が見えるまでの時間を指折り数えて。明日、また同じ場所に悠仁が来てくれたらいいな、何て考えていた。寂しくても、我慢できると。
まだ一緒に居られる、嬉しいな。言葉にしてないのに私の喜ぶことをしてくれたのが、なんだか嬉しくて。身体を捩って、ほんの少しだけ悠仁の方に寄ってみた。
くすぐったいぞ、と笑ってくれるのが嬉しくて、ぴょんと一つ飛び跳ねた。
★
悠仁の過ごしていると言っていた集落は、堀と柵の様なものに囲まれていた。聞くと堀は悠仁が一人で掘って、柵も木材の切り出しからやってあげたらしい。門みたいな場所に槍を持った見張りが二人、立っていた。こちらに気が付いた時には警戒するように槍を向けようとしたけど、すぐに手に持っていたものを放り投げて地面に頭をこすりつけるようにして平伏してしまった。まだ、凄く距離があるのに。
私は凄いな、としか思わなかったけれど、それを見た悠仁の雰囲気が少し硬くなったのにはすぐに気が付いた。
何も言わずに、視線も向けることなく平伏している人たちの横を通り抜けて。集落の中に入っても、周りの人たちの対応は変わらなかった。誰もこちらをちゃんと見ようとしない。視界に入った瞬間、怯えたような顔をして頭を下げる。だから、きっとあの人たちは悠仁の肩に乗っている私の事にすら気が付いていない。
私が驚いたのは、彼らが発する言葉が悠仁の物とは全く違うものだったことだ。彼らが口にする言葉は、もと光る竹の機能によって自動翻訳される私には理解出来るものだったけど、悠仁にはきっと何を言っているのかは全く分からないものだった。
殺さないでください、と平伏する男の人がいた。悠仁がそんなことをするはずもないのに。不思議そうにこちらを見る小さな子供を庇って許して欲しいと必死に謝る女の人がいた。悠仁が小さな子供にどれだけ優しいか、あの人は知らないのだろうか。悠仁が自分たちの言葉を理解していないことを分かっているのか、頭を下げながらも悠仁の事を罵倒する男がいた。獣を狩ってくることだけしてればいいんだ、とこちらの背中に向けて舌打ちをしていた。
どんな小さな音でも、悠仁が気が付かないはずないのに。肩に乗っている私は、その音に気が付いた悠仁の肩が少し跳ねたのが分かっていた。
皆、悠仁の事を見てなかった。きっと、悠仁の姿を通して悠仁の持つ超常の力しか見ていない。畏怖も、羨望も、信仰も、蔑視も。優しい悠仁の望む関係ではないのに。
悠仁の家は、集落の一際高い場所にあった。一見すれば一番いい場所、尊重されているように見えるけれど。少し上らなければならないその場所の周りには、他の家は一つもなくて。遠巻きにするように少し離れたあるラインから囲むように並んでいる。そんな様子が、誰も近づきたがらない、目を合わせたがらない今の状況を表しているようで、悲しくなってしまった。
なんでなんだろう。目を見れば、すぐに分かるはずなのに。ちゃんと見てれば、分かるはずなのに。誰も踏み込まない。誰も、集落に入ってからここに来るまでだけなのにこんなに傷ついている悠仁に気が付いていない。見えていない。
私は、何も言えなかった。
「もう、寝ようか」
太陽が地平線の向こうに消えようとしている。完全に辺りが暗くなるまでにもう幾ばくも無いんだろう。きっと未来でベッドに入っていた時間よりはすごく早いけど。
私は一緒に寝たかったけど、かぐやは小さくて危ないから、と藁を重ねた上に柔らかな毛皮を敷いて、これに寝ると良いと場所を作ってくれた。少し目を伏せて話す悠仁に何を言えばいいのか分からない。私は、強い悠仁しか知らないから、こんなに悠仁の背中が小さく見えたのは初めてで。
気にしないで、何て言えなかった。それでもここに残ることを選んでいるのは悠仁だから。酷い、と憤ることもできなかった。悠仁は話の中で何でもないことのように流してたけど、長い、長い間ずっとここにいたなら、少し見ただけで分かったような顔をすることなんて、出来なくて。
「悠仁」
「…なんだ?」
「あのね、…あのね」
何ができる、私に。こんなウミウシの身体で。こんなに傷ついている家族に手をのばすことも出来ないくせに。私は、何時だって悠仁と彩葉に助けてもらってたくせに。私は、目の前の悠仁を抱きしめることだってできやしない。
「一緒に」
「いっしょに、いるからね」
悩んで悩んで、絞り出した言葉。結局何も思いつかなくて、口からひとりでに零れた言葉は、私が言うまいとこらえていたもので。やってしまった、と口をつぐんだ。一緒に居たいのも、一緒に生きて欲しいのも、全部私の願望で。こんな時でも私は、自分勝手だ。
沈黙が流れる、こちらに背を向けて横になっている悠仁の表情はこちらからは見えなくて。でも、その身体は少しだけ震えていた。間違えたかな、と怖くなってしまった私が迷って迷ってもう一度口を開く直前に、悠仁が口を開く。
「かぐや」
「明日から、どこに行こうか」
「…え?」
こちらに手が伸ばされる。優しく、割れ物を扱うように丁寧に私の身体が持ち上げられた。
「山の上に登ってみようか。きっといい眺めが見られる」
「北の方に行ってみようか。雪、見たことないんだろう」
ありがとう、という言葉と共に悠仁の手が私を撫でる。何度も、何度も。
「君がいっしょなら、きっと楽しいよ」
「…いいの?」
そう言って悠仁が笑う。湖畔に浮かぶ満月みたいな、綺麗な笑顔だった。触れている手が暖かくて、一緒に居ると言ってくれることが嬉しくて。私は、わたしは
「一緒で、いいの?」
「わたしといっしょに、生きてくれる?」
「もちろんさ」
こちらこそ、お願いだ。そう言いながら悠仁は私を更に持ち上げて目線を合わせた。
「一緒にいてくれ」
「うん、うんっ!」
「きっと8000年後!そこまで生きたら彩葉にも会えて、悠仁もきっと楽しくなる!」
「だから、ちゃんと最後まで私と一緒に生きてね!悠仁!約束!」
「あぁ、約束だ。絶対に一人にしないよ」
「うん、悠仁も一緒にハッピーエンドに行くの、絶対だよ?」
「もちろんだ」
ヤチヨが悠仁に頬ずりしている描写が多かったのは、長い間それしか出来なかったからです。
雰囲気に酔さん、リクエストありがとうございます。
明日も上がりますよ
ifの扱い
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このまま最後まで書く
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普通の後日談も交えつつ書く
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書かんでいいから後日談だけ書く