[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん] 作:夕暮れの家
「なぁ、彩葉。いいだろ?」
対面に座っている男性から、否定の意を込めて顔を背ける。視界の端に映りこんだその男は、困ったように頬を掻きながら笑っていた。少しずつうるさくなってきて、段々とメッセージや電話だけじゃ断り切れなくなってきたから仕方なく出てきたけど。失敗したかな、とため息をついた。
「無視するなよ、お兄ちゃん悲しいなぁ」
「無視なんてしてへん」
「してただろ」
子供みたいなことするなよ、と笑う。その隣では乃依さんは興味なさげにしてるし、雷さんは、背筋はぴんと伸びているけど目が閉じているから起きてるのかどうか分からない。プロゲーマーであるブラックオニキスの3人がそこにいた。10年前と変わらず、それよりも更に忙しくなっている彼らが時間の合間を縫ってここに来ていることは感謝すべきことなんだと思うけど、要件を考えると素直にお礼も言ってられない。
「そろそろ会わせてくれよ、直接家に行っちゃうぞ?」
「絶対、やめて」
配信で何回か見てるでしょ?と返せば、かぐやちゃんと仲が良いのは良いことだけど、それだけじゃあなぁとおどけて両手を広げる我が兄。広げた手が乃依さんとしては邪魔だったのかぺしりと叩かれている。
「なんでそんなに嫌がるんだよ」
「…だって」
目を細めて兄を睨む。とぼけたように笑うこの兄は、見た目こそいいし、普段演じている俺様キャラの事をおけば、人としても出来た人だと思っている。でも、私に対して悪戯な一面があることは昔から否定しきれなくて。
「絶対、変なこと言うでしょ」
「変なことって?」
「そういうところ」
私の様子を見てけらけら笑っているのを見ていらっと来たので乃依さんと目配せして頷き合う。やっちゃってください。次の瞬間、伸ばされた乃依さんの腕が兄の頬を強かに捻り上げた。
「いだだだ、何すんだ乃依」
「彩葉ちゃんをからかいに来たわけじゃないでしょ?」
「いやぁ、そうだけどさ。兄妹の戯れってもんがあるだろ」
「逆効果なの」
そうだもっと言ってやれ。心の中で乃依さんを応援しながら、この状況の打開策を模索する。雷さんと乃依さんは良いんだ。ちゃんとした大人だし、常識もある。兄にそれらが無いわけではないけど、私と家族であるという一点だけが感情的に邪魔をしている。
どうにかして有耶無耶にして帰れないかな、と乃依さんが兄を止めてくれているうちにと腕を組んで考え始めた時、雷さんが口を開いた。
「…俺たちも出資してたんだから、権利はあると思うが」
「…ごもっともです」
クリティカルヒットだった。文字通りぐうの音も出ない、反論のしようもなかった。兄も分かってたことだろうけど、性格的に必殺の一撃として隠し持ちながら遊んでいただけだろう。ただ、雷さんからはそれがまどろっこしく見えていただけで。
何もしていないのに勝ち誇ったような顔をする兄を精一杯の抵抗として思いっきりにらんでやった。
「じゃあ、次予定が開くときに連絡するな」
これから仕事なんだ、と挨拶もそこそこに手を振って車に乗り込んでいく3人に手を振って、ため息をついた。別にそこまで心配しているわけではない、嫌なわけでもない。店長含めて皆大人だし、問題が起きたりしないというのは分かっているけど。
なんとなく、自分の親しい人と家族のあいだにつながりが出来るのには抵抗を覚えざるを得ないのだ。母にもかぐや以外ちゃんと紹介できていないんだよな、とため息をつく。
兄はまだいいんだ、兄は。面倒臭いことにはなっても大変なことにはならないだろうから。ただ、母は。ちゃんとした社会的地位を手に入れてからは余り口出ししてくることが少なくなってきた母の事を思う。
いまだ衰えることを知らず、いつ見ても背筋がピンと伸びている我が母は、なんというだろうか。あの甘さを許さない母と、底抜けに優しい店長とでは反りが合わないのは目に見えていて。
いつか来るその時を想像するだけで今から頭痛がしてしまう。とりあえず今は、黙っておいてくれている兄に最低限の感謝をしつつ、店長に兄と会って欲しいとお願いをしておこう。迷惑をかけてしまうな、最近はかぐやとヤチヨと一緒に過ごして、にこにこしている時間が増えている店長の事を想う。
終始穏やかに過ごせていることが楽しそうな様子の店長に迷惑をかけるのはとても忍びない。兄ならまだしも、母に会って欲しいと私はどういう顔をして言い出せばいいんだろうか。かぐやの時も結構大変だったんだ。最終的にかぐやが持ち前の明るさでごり押していたけど、そうでなかったらどうなっていたか。思い出したら胃痛がしてきた。
「ああ゛~…」
帰ったらどう切り出そうか、じりじりと照り付ける夏の太陽を手をかざして見上げる。今日もいい天気だ。社会人になってからは夏の昼間にこんなにのんびりしていることもなかったので、青い空も、遠くに見える入道雲もとても新鮮に私の目に映る。
日が高いな、夏だから暗くなるまでにまだまだ時間があるんだろう。夏休み、始まる前からわくわくしていた子供の頃は、何をしていたっけ。今日は何をしよう、何が起こるだろうか。
見通しは暗いのに、気分は不思議と澄んでいて。家に帰ったらかぐやが元気よく顔を出すんだろうな、とか。その後ろでヤチヨはひらひらと手を振ってるんだろうな、とか。家に帰ったらと考えるだけで思い浮かぶ情景が私の頭の中で泡のように浮かんではすぐに弾けて消えていく。消えても、消えてもそれらは尽きることはなくて。
こんな感じだったかな、とより一層明度を上げたような視界を手で遮った。10年前のあの夏の空は、私の目にどう映っていたっけ。夏というだけで魔法にかけられたようにキラキラと輝いていた子供の頃とはまた違う光り方をしていたように思う。
あの時よりも、きっと夏は少し暑くなった。あの時より、私はきっと子供ではなくて。ふと、意識から外れていた蝉の鳴き声が強く私の耳朶を打つ。必要のない外出は控えるように、と注意喚起されるほどの暑さの中呑気に立ち止まっていた所為かじんわりと汗が滲んできたことを自覚した。
「ん~、暑いっ!」
普段ならジメジメする、早く終わって欲しいなと思う肌に纏わりつくような熱気を振り払うように両手を上げて伸びを一つ。踏み出した足取りはいつかの日の焼き増しのようにとても軽かった。
★
「いろはぁ!」
ドアを開けると、結局昨日できなかった料理配信をやっていたのか、キッチンでカメラに向かってお喋りをしていたかぐやが満面の笑みで勢いよく振り向いた。配信中なのに、私の本名を出すんじゃない。そんな何度やったか分からないようなやり取りを繰り返して。ごめんなさいと謝ったかぐやが誤魔化すように私の口の中に手に持っていたお寿司を放り込んだ。
「どうっ?」
「…美味過ぎ」
前に作ってくれた時よりも更に美味しかった。使っている魚は店長が先日捌いて見せた鯛だろうか。一匹丸ごとだったからいくら4人いるとはいえ食べきれずに残った分を寿司にして見せたらしい。相変わらずの料理の腕だ、そこの一点を取ればとっくの昔に敵わなくなっちゃったな。
「彩葉も一緒に配信やる?」
「だから本名、んーとねぇ」
ひょい、とカメラの画角に入らないように気をつけながらコメントが流れているパソコン画面をのぞき込む。配信画面に映りこまないようにするのは配信者と一緒に生活するには必須技能である。ずっとやっていなかったから少し不安だったけど、どうやら大丈夫なようで映し出されている映像の中には私の姿はない。
>声のトーン上がりすぎで草
>別人なった?
>さっきまでのヤンキーはどこへ…
>何いってんだ最近は半々でこうだろ
>うーん風邪ひきそう
>ハートが飛んでるのが見える見える
「かぐや…」
「んー?」
何を言ってるのか分からない、という風に首を傾げるかぐや。分かってやってるんだろうな、これは。何て言葉をかけようか、と頭を回して、選んで。別に問題ないか、と投げ捨てた。実害あるわけじゃないし、別に良いでしょ。
「やるって言っても、もう終わるんじゃないの?」
私の視界には綺麗に並べられたお寿司が燦然と輝いている様子が見えるが、それ以外の食材はない。つまり、調理はもう終わって今はただお喋りしてただけというのが正解な気がする。これ以上何をするんだろうか。
「えぇ~、お喋りしようよ~」
「これからご飯でしょ」
「食べながらでいいから!」
「駄目、お行儀が悪い」
大体私がかぐやのご飯を食べてる様子なんて需要があるわけがないだろう。視聴人数が激減するのが目に見えている。横でずっとしゃべってるかぐやを映し続ける方がまだましだ。
「とりあえず荷物置いてくるから、ちょっと待ってね」
「あ、うん。もうちょっとでご飯にするからねー!」
いろP、いろPと引き留める声がちらほら見え始めたコメント欄から目を離して、自室に向かうために階段を上る。リビングには配信の邪魔をしないためなのかかぐや以外の姿はない。ヤチヨとかぐやが同一人物だということは公的に知られているわけではないので、ヤチヨがかぐやの配信に映りこんでしまうと色々と面倒なのだ。何時かは一緒に自由に配信できたらいいな、とは思っているけど、それは今ではない。
「彩葉ー」
階下からかけられた声に振り返る。つけていたエプロンを外したかぐやがこちらに向けて手を振っていた。
「悠仁と一緒におりてきてね~」
「うん」
ヤチヨの名前を出さなかったのは一応かぐやも気をつかってるんだろうな。ただ、私と店長の本名をぽんぽん配信に乗せるのは止めて欲しいところではあるが。店長に関しては一応苗字は死守しているが、それも時間の問題かもしれない。
しかし、それはそれで問題が一つ。配信上で店長はかぐやの兄ということになっているから、店長の苗字がばれると自動的にその苗字はかぐやの苗字でもあることになるわけで。それはそれで、かぐやと店長が一気に遠くなるようでなんだかもやもやする。
店長が上にいるなら、ヤチヨもいるかな。基本的にヤチヨが一人でいることはないし、多分いるんだろうな。配信者としてのヤチヨはその人気の高さからあまりコラボはせずに、一人での配信が多い。最近は少し配信頻度は落ちているけど、その基本は変わっていない。
でも、プライベートでのヤチヨは寂しがり屋だから大体誰かと一緒にいる。配信で喋りすぎたから、と言ってかぐや程絶え間なく話したりはしない代わりに、こちらの事を静かに座ってにこにこしながら見ていることが多い。自室のドアを開けて肩にかけていた荷物を置いて。ここにヤチヨがいないなら多分店長の自室かな、と腰を上げた。
「店長、ヤチヨ。いますかー?」
やけに静かだなと思い中を覗いてみると、こちらに気が付いた店長が振り返って人差し指を口に当てる。静かに、という事らしい。目を瞬かせてよく見て見ると、店長の膝を枕にしてヤチヨがすやすやと眠っていた。その腕には大きなメンダコのぬいぐるみが抱かれており、店長はそのヤチヨを起こさないように静かに本を読んでいたみたいだ。なにか用があるわけでもないのに何でかぐやの配信に出てないのかと思えば、この状況で動けないからだったんだろうな。
「彩葉、入っておいで」
声を潜めながら店長が手招きする。良いのかな、と少し躊躇したけど、店長が頷いていたから。音を立てないように気を付けてドアを開いて、静かに閉める。かぐやの丁寧な管理によって10年経っても全く劣化することの無い
家のドアは、音の一つも立てることなく動きを止めた。
「ヤチヨ、疲れてるんですか?」
「そういう訳じゃないと思うが…」
小声で、少し顔を近づけて会話をする。かぐやが配信を始めてから本を読んでいた店長の所に来たヤチヨは、店長の視界に入ろうとして今の体制になってぽつぽつと会話をしているうちにいつの間にか寝てしまったらしい。珍しいな、義体を得る前は記憶整理のための睡眠しかとってなかったし、義体を得た後も昼寝なんてせずに健康的な時間に起きて健康的な時間に寝ていたのに。
店長の手が穏やかに寝息を立てるヤチヨの頭を優しく撫でる。ツクヨミ内ではいつも結ばれている髪の毛は、今はそのまま下ろされていて、店長の膝の上に流れている。
「前はあんまり寝れてなかったからな」
気持ちよさそうに眠れてる。嬉しいよ。そう言いながら微かに笑う。店長の言う前とは、10年前のことだろうか。
「起きるまで待ってやってくれないか?」
「んぅ…」
寝ている中でも店長の手が離れそうになった気配を感じたのか、ヤチヨが頬を掌に擦りつけてふにゃりと笑った。いつもしっかりしてるようで、こういうところはやっぱりかぐやだ。いつの間にか片手に持っていた本を脇に置いた店長も、その様子を見て目を細めている。
しばらく起きそうにないし、かぐやに伝えておこうかな、と腰を上げかけた時。ヤチヨの目が薄く開かれた。
「ゆうじ?」
手が伸ばされる。まだ寝ぼけているのか、ゆるゆるとした動きで店長の顔に触れて。なんども確かめるように触った後にヤチヨの頬が緩められる。
「ゆうじだぁ」
自分に向けて伸ばされていた店長の腕を抱き込んで、安心したように笑って。その後、消えてしまいそうなか細い声で「ひとりにしないで」と呟いた。
「…ヤチヨ」
起きているわけじゃない。一瞬起きたのかとも思ったけど、既に目は閉じられているし、規則的な寝息が建てられている。それでも、先ほどとは違って夢見が悪いのか、段々とうなされ始めている。
「いろは、ゆうじ」
「どこ」
「どこにいるの」
店長の手を抱いていたヤチヨの手が離されて、何かを探すように宙をさ迷い始める。眠っているはずなのに発せられる言葉には悲痛な響きがいっぱいに込められていて。
「くらいよ」
「こわいよ」
「さみしい、よ」
ここにいるよ、一人じゃないよ。そう伝えたくて手を握っても、夢の世界にいるヤチヨには届かなくて。隣を見ると焦った顔をした店長もヤチヨの手を握って何かしら言葉をかけていた。
「あいたい」
「なまえ、よんで」
ヤチヨの頬を涙が伝う。分かっていたはずだった、私は、ヤチヨの全部を見たはずだったのに。でも、寂しがりで、人と話すのが大好きなこの娘が店長と会えるまでにどれだけ寂しい思いをしたのか、理解しきれてなかったと付きつけられた。
「かぐやっ」
私は、あの時からちゃんと呼んであげてなかったな。私は知っていたはずなのに。あの時、教えてもらったはずなのに。ヤチヨが、ずっと寂しいと思っていたことも、誰に名前を呼んで欲しかったのかも。そう名付けたのは私なのに。
「かぐや、いるよ。ここに、いるよ」
「いろは…?」
薄く開けられた目と私の目が合う。ヤチヨだけど、かぐやだ。かぐや、ともう一度呼ぶと、ようやく安心したようにその表情が崩れた。
「いろは、ゆうじも」
よかった、あえた。そう言ったヤチヨの瞼がもう一度閉じられる。先ほどとは違って、心底安心したような顔で、穏やかに寝息を立てている。違うのは、私と店長の腕を離すまいとしっかりと握っているところくらい。
ごめんな、もっと早く見つけてあげられなくて。店長がそう言ってヤチヨの頬を撫でる。かぐやの事を知らなかった店長に、そんなことを求めるのは酷なことで。でも、その後悔は私にも痛いほど分かってしまう。もっと、もっと早く。この娘が傷つくことなんてないくらいに早く、見つけてあげたかった。
「店長、ありがとうございます」
「かぐやを、一人にしないでくれて」
「救われたのは、俺の方だよ」
先ほどの様子から落ち着いて、すやすやと眠るヤチヨを見て安心した様子を見せる店長が、ありがとな、とヤチヨに向けて言葉を落とす。店長の腕を握るヤチヨの手に、ほんの少しだけ力が込められたような気がした。
「もう少し、このままでいましょうか」
かぐやには、もう少しだけ待っててもらおう。そうしよう、と店長と顔を合わせて頷いた。
GWだから興行収入が凄く伸びてるみたいですね。
めでたいことです。なので明日もあがります。
ifの扱い
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このまま最後まで書く
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普通の後日談も交えつつ書く
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書かんでいいから後日談だけ書く