[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん] 作:夕暮れの家
「そういえばさー」
ソファに座ったかぐやが何かを思いついたように指先をたてて声を上げた。配信のネタだしをしようと言ってヤチヨと店長と一緒に顔を突き合わせてあぁでもないこうでもないと意見を出し合っていたけど、段々と煮詰まってきていたみたいだ。
最近のかぐやの配信は2回から3回に一回は店長と一緒にやっている。一緒にやっているというかかぐやが引っ張って画角に押し込んでいるというか。最後の砦を崩された店長はいよいよもってかぐやのお願いを断らない激甘人間になってしまった。誰かが外付けブレーキにならないと、と危機感を覚え始めた今日この頃である。
「悠仁の言ってた、御厨子って、どういう意味なの?」
「どうしたんだ、急に?」
「んー、なんとなく?」
ヤチヨは知ってる?とかぐやがヤチヨの方向に視線を向けるも、にこにこしているだけで答えてはあげないみたいだった。みづし、御厨子か。確かに意味を考えたことはなかったな。確か枕草子に何回かそういう同じような単語が出てきていたはず。あれは、確か。
「台所」
「え?」
「台所、って意味だ」
そうなの?とかぐやは興味を持ったように上体を乗り出す。この家の台所は彼女の領域なので、だからだろうか。最近ではヤチヨも同じように料理をするし、店長もたまにしてるみたいだから彼女だけの場所という訳でもなくなってきたのだが。
そう考えてみると、この家でちゃんと料理をしてないのは私だけか、とふと気づく。別に出来ないわけではないんだ。かぐやと出会う前までは一人暮らしをしていたわけだし。
ただ、ずっと節約生活を送っていたことが祟って手癖で作るとつい貧乏飯が出来てしまうことと、高い食材を扱うと手に震えがでてしまうだけだ。それに、かぐやたちが作った方が美味しいんだから仕方がないのだ。
「なんで?なんで台所なの?」
「あー、えぇっとな」
包丁で切って、火で焼くから。大まかにいえば台所で出来ることができるんだ。と、掌で斬撃をぶつけ合って軽く火花を散らし、その後小さな炎をともして見せた。そうなのか、斬ったり焼いたり、いかにも戦闘用って感じなのにそう聞くと随分と可愛いものに思えてくるな。
「へぇー!じゃあさ、じゃあさ。蒸したり、揚げたりはできないの?」
「できーー」
いや、出来るのか?と手を顎に当てて考え込む。手の上にともした炎を数度弄繰り回して、首を傾げた。
「分からんな…」
「流石に水とか油がないと出来ないんじゃない?」
気にしない気にしない、と店長の隣に座っていたヤチヨが店長の肩を叩く。私としては出来ても出来なくてもあんまり変わらないと思うのだが。それに、仮に、仮にだ。もし出来たとしてもこれ以上現代日本で使う機会が無いような殺傷力の高い攻撃方法をもってどうするというのだ。戦争でもするのか。
「でもさぁ、包丁無しで料理できるって便利だよねぇ」
「そうか?」
「悠仁、料理するとき包丁使ってなかった?」
使ってる、とうなずく店長。それになんでぇ⁉と大袈裟に驚くかぐや。そういえばと思い出す。私も何回か店長と一緒に料理をしたことがあるけど、普通に包丁を使ってたな。
「店長、確かになんでですか?」
「いや、こんな危ない物料理中に使わないだろ」
一歩間違えたら台所ごと真っ二つだぞ、と。そう言われると確かに恐ろしい。包丁を使わずに食材をスパスパ斬っていけるのは便利だと思ったのだけど、台所ごといかれるリスクと釣り合うかと言われると、首を傾げざるを得ない。
「でも、昔は使ってたよねぇ」
「包丁なんてなかったからなぁ…」
店長とヤチヨが顔を見合わせて笑う。動物を狩って、解体して、血抜きして。そして料理して。全ての工程に大活躍だったようだ。これが無かったらまともな食事は出来なかっただろうなとしみじみとした表情で語っている。
「すごかったよね、空中でさ。大きいお肉が一瞬で細切れに」
「今思い出すとほとんど曲芸だなぁ」
二人して同じ光景を思い出しているのだろう。ほら、あの時と指をさすヤチヨに、具体的に指摘しているわけではないのに分かっている様子の店長。偶にみせる、8000年間を共にした2人だけに通じるような言葉を排したやり取りがある。私はヤチヨとしての記憶を持っているから、なんとなくどの場面の事を言っているか分かるけど、かぐやにとっては違ったのだろう。
「私も見たいー!」
対面に座っていたのに、ヤチヨと反対側の店長の隣に移動してその腕を引っ張り始めた。
「私も、その一瞬で細切れってやつ見たい!」
「でも、危ないしな…」
「彩葉も見たいでしょ⁉」
「え、私?」
唐突に話を振られて変な声が出てしまった。見たい、見たくないか…。どうだろ、曲芸みたいな使い方をするにはちょっと危なすぎるというのは分かっているんだけども。
ちらりと店長の方を見る。知らない人なら躊躇するけど、店長なら大丈夫かなという感情が先に来てしまう。それに、店長の扱う力は未だに分からない点が多すぎて。ちゃんと見れたのは10年前のツクヨミでの事と、少し前に手の中の石をみじん切りにしていた時だけ。
それに、10年前に関しては正直早すぎて何が何だかわからなかったし。先日での事も、今思い返してみれば石をみじんぎりってなんだ。どんな切れ味をしているんだ。普通は粉々になるものじゃないのか。
「私も、ちょっと見て見たいです」
「彩葉もか…」
私の答えを聞いて、店長が困ったように腕組みをする。対照的に私の援護を得たかぐやは生き生きとした表情で店長に迫っている。見たいな、見たいな、と上目遣いで服の裾を引っ張っている。
「ねぇ悠仁、だめ?」
「んー」
服の裾を引っ張るだけでなく、ついには両手でつかんで肩を揺らし始めた。店長なら簡単に抵抗できるはずだけど、無抵抗でぐわんぐわん頭を揺らされている。あれはもう一押しだろうな。
「見たいな~?」
「…まぁ、いいか」
あ、落ちた。今日は良く持った方ではないだろうか。どうせ断れないんだから最初から頷いてしまってもいいのに。そんな阿呆なことを考えながら手元にあったコーヒーのコップを口に傾けた。
「じゃあ配信つけようかなーっ!」
「おいコラ待て」
口の中のコーヒーを吹き出しそうになるのをこらえながら自室に走っていこうとしたかぐやの首根っこをひっつかむ。何を考えてるんだ。料理をする様子を配信するのはいい、店長が配信に出るのも本人が許可を出しているから、いいだろう。
でも、流石にそれは駄目だ。空中で食材が一瞬でカットされる様子なんて配信してどうするつもりだ。そもそもそう言い訳するつもりなのか。
「えー?マジックだっていえば大丈夫じゃ…」
「流石にそこまで万能じゃありません」
阿呆なことを言うかぐやにため息をつく。最近は少し落ち着いてきて、とんでもないことをやらかす心配もなくなってきたな、と思っていた矢先にこれだ。何でも配信のネタにしようとする積極性は10年前から全く変わっていない。
店長が見てるから大丈夫かな、と思っていたのに、当の本人は立ち上がったかぐやの事を私が止めたことを確認した辺りで早々に大丈夫だと思ったのかこちらから視線を切って、ヤチヨとその時食べた肉の味で盛り上がっていた。食べたのは実際店長だけだろうけど、調味料も無しに焼いただけの肉はあんまり美味しくなかったなぁと言う店長と、その時の顔を思い出したのかツボに入って笑っているヤチヨ。
平和な光景だけど、かぐやの対処を私だけに押し付けないで欲しいな。
「店長?店長からも言ってやってください」
「悠仁ー、駄目ぇー?」
「流石にダメだよ、かぐや」
えぇー⁉と不満の声を上げる。そもそもなんで通るとおもったのか分からないんだがこっちは。駄目だ、いいじゃん、駄目、いいじゃんとやり取りを繰り返している。リスクがありすぎるので、流石に今回は店長も首を縦に振ったりしないだろう。安心して見てられるな。
「炎上したら店長と配信できなくなるんでしょ?」
「あ、あー…。そっかぁ…」
しゅん、と勢いが沈下する。なんとなく悪いことをしているような気分になってしまうが、ここは心を鬼にして貫き通さなければいけないところ。そもそもこちらが悪いわけではないのになぜ罪悪感を覚えなければいけないのか。心を鬼にするも何もないぞ、駄目なものはダメなんだ。
「配信してなければ良いから。今からするか?」
「うん、やる」
ちょっとテンションは削がれてしまったようだが、見たいものは見たいらしく店長の腕をとってキッチンへ連行していった。私としての興味はあるので、キッチンの横にある食卓から少し身を乗り出して様子を伺う。マジックや大道芸とは違う本物の魔法、魔法ではないけれど不思議な力だ。未知を探求する科学者として目に焼き付けておいて損はないだろう。
「何を切ればいい?」
「えーっとねぇ、どうしようかな」
冷蔵庫と、冷凍庫を開いて何やら考え込んでいる。正直最近冷蔵庫の中身の把握なんて全然してないな、という考えが頭をよぎる。昔は把握していた、と言っても殆どすっからかんの様なものだったから、把握も何もなかったんだけども。
ここから見える冷蔵庫、冷凍庫の中身は綺麗に整理されていて、作り置きと思われるタッパー入りの料理もいくつか見受けられる。いつの間にか一人で使っていた小さな冷蔵庫ではなく、色々入れられる大きなものに変わっていたし、一人だったときとは随分変わったな。
「そうだ!これ、できる?」
そう言いながらかぐやが取り出したのは、大きい魚一尾丸ごとだった。冷凍庫に入っていたものらしく、全体に霜が降りて白くなっている。いやしかしデカいな、本当にあの冷凍庫の中入ってた?
「出来るが…、先に解凍だろう」
「出来るのか…」
呆れたような声が口から零れだしてしまった、どうも魚のデカさに驚いているのは私だけのようだ。普通一般家庭の冷凍庫からデカい魚が丸ごと出てきたら動揺するものだと思うんだけど。振り返ってヤチヨを見てみても、当たり前みたいな顔をしながらコーヒーを飲んで顔をしかめている。何やってるんだ。
「ヤチヨ、苦いの苦手なら飲まなきゃいいのに」
「…彩葉と同じやつが良かったから」
お揃いが良いもん、と口を膨らませながら両手に持ったカップを傾けてほんの少しコーヒーにほんの少し口をつける。そして、苦かったのか再び顔をしかめた。
「これは大人の味なの、ヤチヨにはまだ早いんじゃない?」
「私、彩葉よりもずっと年上なんだけど」
そんな拗ねたように口を尖らせても、年上には見えないなぁ。そう言ってやると、ぽかりと肩のあたりを叩かれてしまった。
「これ、何が美味しいの?」
「うーん、何がと聞かれると難しいんだけど…」
苦いところ、と答えると信じられないものを見るような目で見られる。本当だぞ、私も子供の頃は似たようなことを思った覚えがあるけど、本当だ。研究者としてはカフェインが手放せないんだ、摂取しすぎるのもまずいのはそうだけど。
只、自宅と同じような感覚でエナドリを机の上に並べようとしたら迫力ある笑顔を浮かべた芦花に止められてしまったから今の私の相棒はエナドリではなくコーヒーだ。慣れればこっちの方が美味しいし。
「牛乳いれて飲む?」
「そうする…」
1対1くらいの割合で牛乳を投入してから口に入れると、あ、飲めると言いながら普通に飲み始めた。同じように作った義体なのに、店長は普通にコーヒーを飲んでるし苦いものも大丈夫なのにヤチヨはダメなの、なんでなんだろうか。味覚の設定は同じようにしているのに、美味しいと感じるものがずれるのはやっぱ魂の部分がある程度影響しているんだろうか。そんなことを考えながら自分もコーヒーを一口。
「いつか彩葉と同じものを、美味しいと思えるようになるかな」
「時間がたてば、きっとなるよ」
この分では、お酒もまだだろうな。かぐやは結局10年前から外見はほとんど変わってないし、今この家でお酒を飲むことができるのは私と店長だけだ。ただ、店長が飲んでいるところは見たところがないし、私もしばらくは止めといた方が良いと芦花と真実に厳命されているので今は飲んでいない。それなりに置いてあるお酒はまだしばらくの間は箪笥の肥やしになりそうである。
「一緒にお酒も飲もうねぇ」
「ヤチヨが酔ったらどうなるんだろ」
「案外怖くなるかもよ~?」
なにそれ、と笑う。私はあんまりお酒に酔うタイプではないから大丈夫だとは思うけど、もし、もし数年後。今ここにいる皆でお酒を飲むことができる日が来たら、楽しいだろうな。店長は酔ってもあんまり変わらなさそうだから最終的には店長が一人で全員を介抱する羽目になっている光景が目に浮かぶ。
「お酒は怖いからね、気をつけてね」
「?うん」
ヤチヨとかぐやがお酒を飲めるようになるのはいつの事だろうか。もしかしたらこのままずっと飲めないのかもしれないな。それならそれで、私が飲んでも大丈夫なようにするだけなんだけど。あと2、3年もしたら考えてみようかな、なんて休暇中にも関わらず仕事の方に思考が向き始めた時、キッチンの方から聞こえてきたかぐやの歓声に意識が引き戻された。
「すごーいっ!楽っ!」
見ると、空中に浮いた魚が凄い速度で3枚におろされている光景が目に入った。魚をどうするのかと思ったが、何とも豪快な方法で捌いていて、思わず吹き出しそうになってしまった。
「え、すご」
「悠仁、器用になったねぇ」
単に細切れにするよりもずっと難しいのであろう作業を顔色一つ変えずにこなした店長は、そのまま重力に従って落ちそうになる魚を受け止めてまな板の上に下ろす。その状態をしげしげと眺めてチェックしたかぐやが、店長に向けて親指を立てる。かぐや的にも合格らしい。
「今日はこれでお寿司つくろ~」
もう切った後だし、配信してもいいよね!という言葉と共に機材を取りに飛んで行ってしまった。しかしさっきまでカチカチに凍ってたはずなのに、どうやってこんな短時間で解凍したんだろうか、あの魚は。
「良いんですか、店長。今から配信しても」
「問題ないさ」
どこからともなく取り出したエプロンを身に着けつつ笑う店長。どうにも乗り気な様子に、こっちも笑えてきてしまう。ずっと許可出していなかったけど、なんだかんだで店長も楽しんでるみたいだ。
「悠仁ー!やるよーっ!」
照明、カメラ、マイク等両手に抱えて走ってきたかぐやに、危ないぞ、と声を掛けて。店長が冷蔵庫の扉を開けて中身を確認し始めた。
「何か作るんですか?」
「せっかくだしなぁ」
先ほど店長が曲芸のように捌いて見せた魚に視線を移す。10年前の何時かの日にかぐやが自分で捌いてお寿司にしていた魚と同じものだ。だから、刺身にしても十分に美味しい魚。
店長と初めて会った時に出してもらった料理の事を思い出す。あの時も、鯛のお刺身があったな。それに、筑前煮と、何だったか。懐かしいなと目を細める。
「ねぇ、店長」
なんだ、とこちらに背を向けたまま返事をする店長に声を掛けた。
「私、今日は店長が作った夕ご飯が食べたいです」
「…一緒に、作るか?」
「はいっ!」
ありがとな、と笑う店長に、分かってくれた、と嬉しく思いつつ手に付けたままだった髪ゴムで顔にかかる髪の毛を後ろでまとめ上げて。椅子から立ちあがると、こちらにカメラを向けながらニヤニヤしているかぐやが目に入った。
「…え、それ回してる?」
「どうだろうね~?」
嫌にヤチヨが静かだな、と思ったんだ。カメラの画角の外に出て映画監督みたいにメガホンをもって指示を出すふりをしている。声を出していないのに非常に騒がしいな。
「…こらっ!かぐやぁ!」
「まわしてないよ~、許してよ~っ!」
最初から分かっていたのかヤチヨはけらけら笑ってるし、店長は呆れたような表情をしている。今の場面が配信されていたら私の店長という呼びかたから、どんな情報の洩れ方がするか分かったものではないのに。
「彩葉?遊んでないで始めるぞ~」
「あ、はい!」
並ぶ場所も、キッチンの大きさも。あの時とは全然違うけれど。並んで頭一つ分高いところにある店長は変わってなくて。でも、フードが無い分昔より、ずっと表情が分かりやすい。完全に露出している目には明るい光がいくつか踊っている。
「店長、楽しそうですね」
「彩葉が一緒だからかな」
え、とかけられた言葉に私の手が止まる。その様子に不思議そうに店長の首が傾げられた。自然に出た言葉なのか、いちいち動揺してる私が馬鹿みたいじゃないか。
動きを止めた私の事を何だと思ったのか、昔と同じ方がよかったか、と私の頭が軽く撫でられる。昔、手伝いますと言って店長と並んだあの店のキッチンで何度も繰り返されたのと同じやり取り。あの時の私は他の小さな子たちとの扱いが同じだからとそれを振り払ったことも何度かあったけれど。
「…子供扱い、しないでください」
今日はそんなことはしなかった。両手が塞がってたから、包丁を持っていて危なかったから。
昔と同じやり取りが、本当は嬉しかったから。
ゴリラ五里霧中さん、リクエストありがとうございました。
そう言えばですね、アニメの間取りを見るとあのタワマン、洋室が3つしか無いんですよね。そして、元々彩葉とかぐやの部屋はあった。つまり
【挿絵表示】
AIで作ってみました。
ifの扱い
-
このまま最後まで書く
-
普通の後日談も交えつつ書く
-
書かんでいいから後日談だけ書く