[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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※注意!戦時中の描写がございます。苦手な方はスクロールして頂いて➡●のマークが出てくるところまで読み飛ばしていただければと思います。


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「きっと8000年後!そこまで生きたら彩葉にも会えて、悠仁もきっと楽しくなる!」

 

「だから、ちゃんと最後まで私と一緒に生きてね!悠仁!約束!」

 

「あぁ、約束だ。絶対に・・・一人にしないよ」

 

「うん、悠仁も一緒にハッピーエンドに行くの、絶対だよ?」

 

「もちろんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☾

 

                    1945/3/10

 

  その日は、いつもよりも静かな夜だった。風もなく、どこか不気味なほどに整った闇が、町を包んでいた。それでも、きっといつもと同じ夜だった。明日も目が覚めれば大切な人が隣にいて、苦しくても何とか生きていけると、きっとみんな思っていた。

 

 その音が聞こえてくるまでは。低く、重い音がどこかから聞こえてくる。警報の鐘が打ち鳴らされ、どこかから「空襲だ!」という大声が聞こえた。

 

 空から、光が落ちてきたと思った。夜闇を切り裂くように、光の尾を引いて落ちてきたそれらは、地面に刺さり、建物を突き破り、次の瞬間に瞬く間に燃え上がり、辺りを明るく染めていく。

 

手始めに、向かいの通りの気のいい爺さんが一人で切り盛りしていた雑貨屋が火に巻かれた。足を悪くしていた彼はいつも杖を突きながら歩いていた。きっともう逃げ切ることなんてできない。

 

 次に、昨日“大変だろうけど一緒に頑張ろうねぇ”とかぐやの事を撫でてくれた2人の子供をどうにか女手一つで育てる強いお母さんが住む隣の家が吹き飛んだ。どんなに苦しくても、自分の食べる分が減ったとしても太陽のように笑う兄妹だった。あそこにいたのなら、きっともう。

 

 「逃げろ」という声が、どこかで上がる。だが、その声はすぐに別の悲鳴、叫び声にかき消された。

 

 竹やりをもって立ち向かおうとする男がいた。すぐに焼夷弾の直撃を受けて潰されていた。バケツ一杯の水で家族の眠る家の火を消そうともがく女の人がいた。消えない火に巻かれ、すぐに家族の後を追うこととなった。

 

倒れてきた柱に潰された親の亡骸の前で涙を流す小さな子供がいた。俺が、おれなら。

 

「悠仁、なに、これ」

 

「なんで、みんな死んでるの?」

 

 肩にのるかぐやがぽつりと呟く。瞬きすらせず、現実が受け入れられないというような顔だった。道の真ん中に立ち尽くす俺たちの横で、また一人誰かが力尽きたように顔から地面に崩れ落ちた。“また明日な”と言って手を振ったかぐやの友人だった。

 

「まって」

 

 俺たちの頭上に迫った焼夷弾が金属音と共に大きく弾かれ、寝泊りをしていた建物に突き刺さり、燃え上がる。

 

「まって、みんな。なんで」

 

 かぐやの顔を見ることが出来なかった。泣いているのなんて分かっていたから。

 

「いかないで、こんなのってないよ、こん、な」

 

「また明日、っていったのに」

 

 俺なら防げたはずだ。俺なら助けられたはずだ。かぐやが大切にしていた人たち、全員。今ですら、俺が一歩を踏み出せば救える命なんて沢山あるはずで。

 

「ごめん、かぐや」

 

「悠仁、たすけて、みんなを、たすけて」

 

 弾かれたように走り出して、助けを呼ぶ声の方向に向かう。かぐやに声を掛けられるまで動きもしなかった自分の足を呪いたくなる。

 

いや、違う。そうじゃない

 

「ごめん、かぐや、ごめん」

 

 俺は、知っていたはずだ。“東京大空襲”だ。分かっていたはずだ。なにが“また明日”だ。分かっていたのに、俺が一歩踏み出せばこんな光景、生み出されずに済んだはずなのに。

 

「俺のせいだ、ごめん、ごめん…!」

 

 何が未来が変わるといけないから、出来るだけ関わらないだ。そんな馬鹿な考えのせいで、たくさんの命を取りこぼして、かぐやを泣かせて。

 

「あ゛ぁッ…」

 

 かぐやの事をよく可愛がってくれた女の子の住む家が、目の前で炎上し、小さな燃える人型がふらふらと歩いて俺たちの前で倒れた。手首に巻かれたそれは、かぐやが首に巻いた、その子と一緒に作った腕輪に他ならなくて。

 

 人目もはばからずにその子の名前を呼んで飛びつこうとするかぐやを掴んで止めた。かぐや迄燃えてしまうから。こんな時だけ俊敏に動く自分の両手に嫌気がさす。

 

 ごめん、かぐや。そんな顔させたいわけじゃなかったんだ。ごめん。俺が臆病なせいで、君の大切な人たちがどんどん死んでいく。

 

ごめん、なんでこんなことも想像できなかったんだろう。俺は知っていたのに。ごめん。俺なら全部、ぜんぶ助けられたはずなのに。

 

ごめん、無駄に多く歳を重ねただけで何の役にも立たない自分が嫌になる。命を懸けてでも守ると誓った恩人一人、笑顔にできない自分が嫌になる。

 

 ごめん、かぐやごめん。俺のせいだ。俺が弱かったから。俺のせいだ。おれの。

 

 

俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺の俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれのれの俺の俺のおれのせ俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺の俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれのれの俺の俺のおれのせ俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺の俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれのれの俺の俺のおれのせ俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺の俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれのれの俺の俺のおれのせ俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺の俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれのれの俺の俺のおれのせ俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺の俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれのれの俺の俺のおれのせ俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺の俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれのれの俺の俺のおれのせ俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺の俺の俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれの俺の俺のおれのせい俺のおれの俺のせいだごめんおれのれの俺の俺のおれのせ俺の俺のおれの俺の俺のおれのせい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、もう、いっそ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んでしまいたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮想空間ツクヨミ。その景色を一望できる場所に男はいた。通常ツクヨミではみな、何かしらの動物モチーフの角や耳を生やしているはずなのに、その男ははたから見る分には通常の人間と何ら変わりはなく、そしてその服装も幻想的な世界であるツクヨミにはそぐわない現実的なものだった。きっとツクヨミの大部分のユーザーに聞けば、つまらない格好、夢を壊すな、などと非難轟々であろう。

 

 この男、ツクヨミ内にも関わらず何をするわけでもなく外を見渡せる窓際でデータとして持ち込んだ本を読んでいるのである。下に行けばいくらでも他に娯楽があるのに。

 

 ふと、男の肩が少し跳ねる。ゆっくりとした動作で本を開いたまま床に置いて、頬杖をついていたことで傾いていた背中を真っ直ぐに正す。そうした次の瞬間、どこからともなく現れた白髪の女性に、ふわりと背後から肩に手を置かれ、頭の上に軽く顎を乗せられることとなった。

 

「悠仁~、疲れたよぉ。かまって?」

 

「お疲れ様、ヤチヨ」

 

 今日のライブもよかったよ、と言うと、もっと直接見に来てくれてもいいじゃん、と口を尖らせて拗ねられてしまった。

 

「それに、せっかく私が用意したアバターもまた使ってないし…」

 

「現実と違うと、大分やりづらくてな…」

 

 もう、次来るときは使ってよね。とぺしぺし頭を叩きながら言うヤチヨ。先ほどまでたくさんの観衆を魅了してたやつだとは思えないな、何て言えば、何の返答もなしに背後から離れ、膝を枕にして寝転んできた。

 

「撫でて」

 

「はいはい」

 

 ヤチヨの、長く滑らかな、綺麗な白髪を傷つけないように手でそっと撫でる。姿が変わってもこんなところは変わらないな、何て。

 

「悠仁の手は、おっきいよね」

 

「ずっとずっと、私を守ってくれた優しい手」

 

 反対の手を取られ、指を絡めて正面から握られる。下を向いてみれば、こちらをじっと見つめる青みがかった瞳と目があった。

 

「いつか、ちゃんと握れたら、あったかいかな」

 

 なんてね、と言ってへにゃりと笑うヤチヨの笑顔に思わず見惚れてしまった。その拍子に止めてしまった手を、ヤチヨに指摘されてまた動かす。

 

「相変わらず、綺麗な髪だな」

 

「うん、…悠仁と、おそろい」

 

 自慢の髪です、何て言って笑う彼女の顔にふと、影が差した。

 

 

「ね、彩葉は、元気?」

 

「あぁ、元気そうだ。今日もおまけをつけすぎだと怒られたよ」

 

「ふふっ。…彩葉らしいや。会いたいな」

 

 

 つないだ手を確かめるようににぎにぎと握る。もう片方の手は、俺の口元の傷に添えられる。

 

「悠仁、ありがとね。私じゃ彩葉に何も出来ないから。彩葉のこと、ちゃんと助けてあげてね」

 

「…酒寄の事をずっと救ってきたのは、ヤチヨだろう。俺じゃない」

 

「そんなことないよ。悠仁じゃないとできない」

 

 目をそらさずに、ずっとこちらを見ていたヤチヨの目がふと、閉じられた。室内に少し沈黙が満ちる。階下から聞こえる喧噪だけが窓を伝って響く。

 

「ね、私。ちゃんと“月見ヤチヨ”をやれてるかな?」

 

「いつも不安、私は私のいた未来にちゃんとたどり着けてるのかな。彩葉は、ちゃんと私を知ってくれるかな」

 

「…大丈夫さ」

 

 つないだ手から、震えが伝わってくる。繋いだ手の温かさは伝わらないくせに、こんな不安な感情だけは確かに伝わるのはどうしてだろうか。

 

「うん、ありがとね悠仁」

 

 でも、でもね。と口を震わせて、それ以上の言葉を口に出すことを怖がるように閉ざす。大丈夫だと、そう伝えたくて。でも言葉だけでは陳腐になりそうで。手を握ることしか、頭を撫でてやることしかできない自分が、心底嫌だ。

 

「もし、上手くいってたとして、それなら」

 

 私は、誰なのかな。なんて。声を震わせながら体を丸める。堂々と、歌姫として皆の前に出るときには決して見せることのない、弱い部分。

 

外で大きな音を立てて花火がはじけ、ヤチヨの目元の涙を薄く照らした。

 

かぐや・・・。君は、8000年一緒に生きた俺の相棒で、家族だ。いつも隣に居てくれた女の子、そうだろ?」

 

「うん、うんっ」

 

 すこし上体を起こしたヤチヨに、正面から抱きしめられる。ツクヨミでお互いの目線がちゃんと合うようになってから、更に甘えん坊になったな、何て。回した腕に力を入れて、離さないヤチヨの頭を再び優しくなでる。

 

「悠仁、一緒にいてね?ずっと、約束だよ?」

 

 かぐやの言っていた日までもう幾日もない。ずっと一人の少女を想い続けたこの子がどうか報われますようにと、何度繰り返したかもわからない願い事を一つした。

 

 

「ね、悠仁」

 

 くっついたままで居ること十数分、ようやく落ち着いたヤチヨが俺の肩を見ながらこんなことを言った。

 

「肩車してほしいな」

 

 目を瞬かせて今の言葉を反芻した。珍しいお願いだ。別にそれを叶えることに否やはないのだけれど、どうして急にそんなことを言いだしたのか。

 

「あ、あのね?ツクヨミが出来るまではずっと悠仁の肩だったり頭だったりにのってたから…」

 

 だから久しぶりに、と手を広げるヤチヨをひょいっと持ち上げてそのままの勢いで肩車の体制にもっていく。

 

「どうだ?」

 

「やっぱり、高いなぁ。それに、綺麗な髪」

 

 ヤチヨの両手が、安定を求めるように頭に添えられ、髪の毛を確かめるように弄繰り回す。別に掴まなくてもバランスを崩したりしないぞ、と言っても、そういうことじゃない、と怒られてしまった。

 

「悠仁、不便だったら現実でくらい髪色暗くしてもいいんだよ?」

 

「…?家族と一緒の髪色で不便なことなんてないさ」

 

「ッ悠仁~~!」

 

 わしゃわしゃと荒く髪の毛を乱すように両手で撫でられる。やめろ、と言ってもやめないんだろうな、と遠い目をしながら受け入れる。ふと、外を見ると、はめられたガラスに心底楽しそうに笑うヤチヨの姿が映った。

 笑い方は昔からずっと変わらないな、何て思う。ツクヨミを作ってからはしゃぐことが減った。我儘を言うことが減った。昔みたいになんでもしたいことを言うことがなくなった。

 

全部、全部、自分の力の及ぶ限り全て、かなえてやりたいのに。

 

 ふと、頭を撫でる手が止まり、頭頂部を体重を預けられるような感覚が襲う。目だけで見上げると、ヤチヨが上体を倒して頭に完全に腕と顔を乗っけるような形で体重をかけていた。

 

「こんな風に、また一緒にずっといられるようになるかなぁ」

 

「悠仁、私、ツクヨミ内でももっと一緒に遊びたいな?」

 

久しぶりの彼女の我儘らしいわがまま。ツクヨミが完成し、彼女がAIライバーとして活躍するようになってから、それまで四六時中一緒に居たのに、すっかり離れる時間が増えてしまっていた。その時間の苦しさは、現実で人と触れあえる俺よりも、彼女の方がずっと苦しいだろうに。

 

「…何がしたいんだ?」

 

「え?いいの?えっとね。SENGOKUとか…。ダメ?」

 

「ヤチヨのやりたいやつをやろう。教えてくれるか?」

 

 じゃあ、えい!とヤチヨが掛け声をかけると、現実と同じ姿だった俺のアバターが姿を変えて、ツクヨミ内に即したものとなる。

 

額の中央から伸びる一本の長い角、そしてヤチヨの着物と色合いの似た着流し。その中でも一番の特徴は、腰あたりまで伸ばされ、後ろで軽く一つにまとめられた白髪だろう。

 

「ふふっ、おそろいだね?」

 

 二つ結びで流された自分の髪と、俺の髪の毛を両手にとって笑うヤチヨ。それが狙いか、と今になってようやく思い至った。どうにも現実と違う感覚に慣れずに、この姿になるのを避けていた節があったがこれからは気を付けようとも。

 

「ありがとう、ヤチヨ。大事にするよ」

 

 またもらったものが増えてしまったな、と笑う。ツクヨミ内を照らす淡い灯りに照らされながら輝くヤチヨは、お礼の言葉を受けてほほ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やりすぎたねぇ」

 

「…そうだな」

 

 機嫌が非常に良いヤチヨと一緒にSENGOKUの簡単なレクチャーを受けた後、オンライン対戦に殴りこんで、1戦終えたあとの俺たちは、今起きた惨状に思い返しながら軽く現実逃避をしていた。

 

完全初心者の俺を連れているとはいえ、ヤチヨと一緒だからかかなり高レートの相手とぶつかった初戦、現代に至ってからは戦闘などする機会にとんと恵まれなかった俺は、自分の身体の性能を完全に見誤っていたらしい。

 

試合の流れはこうだ。試合開始の合図とともにスタートダッシュを決めた俺が拳一発で中ボスごと櫓を吹き飛ばして奪取、そのままの速度で何が起きたかわからず硬直している相手チームを3枚下ろしにしてそのまま天守閣を落とす、という光景が2回繰り返されただけだった。ただの虐殺である。

 

流石に黒閃は出ないように気を付けていたものの、常人の戦闘速度というものを完全に間違えていた俺が全面的に悪いという流れである。ただ、やはりツクヨミ内でも何の問題もなく呪力は扱えていた。電子生命体であるヤチヨの生得領域の様なものなのだろうか。

 

「やっぱり悠仁、つよいねぇ」

 

「いや、ごめん。本当に」

 

 悠仁が楽しそうで私も嬉しい。と言ってくれるヤチヨの、もう一回やろうか、という提案は相手側に非常に申し訳ないので丁重にお断りした。

 

「んー、じゃあSETSUNAの方やる?」

 

「SETSUNA?」

 

「うん、1vs1の対戦なんだけど。またオンラインはあれだし、私とかな?」

 

 負けないよ、と自分の武器である傘を構えてみせるヤチヨに、申し訳ないと首を振った。

 

「ゲームでも、ヤチヨの事は攻撃できない」

 

「そ、そっか…」

 

 じゃあPvEだね、という言葉に頷く。冗談でも何でもなく、ゲームだろうと何だろうと、自分がヤチヨの事を攻撃する事なんて絶対にできないだろう。そんなことは絶対に起こり得ないだろうが。

 

 その後、行ったPvEでも似たような光景が演出されることとなった。そもそもやろうと思えば『解』一発でゲームが終わるのだ。それでも、久しぶりの戦闘。それなりに楽しかったし、ヤチヨも初めて隣で一緒に戦えるのが嬉しいのか、終始笑っていた。

 

 

 

「ねぇ、悠仁。次はツクヨミの色んな所を一緒に回ろうね、約束だよ」

 

「あぁ、約束だ」

 

 ヤチヨの差し出してきた小指に自分の小指を絡める。やっと、こう出来たな、何て言いながら感慨深げにそのまま何度も揺り動かす。指切った、という嬉しそうに放たれた言葉は、ツクヨミの空に淡く溶けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと前にSENGOKUで加速チート使いが出たらしいですよ。知ってますか?」

 

「そうなのか?」

 

「はい、チートなんて使ったらすぐにアカウントバンされるのに、馬鹿ですよね」

 

明日から期末試験が始まる、という日の夜。私は相も変わらず八月でのバイトに入っていた。それを知った店長は座敷の方で勉強をしていてもいい、と言ってくれたけど。流石にそれでお給料を頂くのは詐欺以外の何物でもない気がして、最後の一線としてそこだけは遠慮させてもらった。

 

それでも、こうして人がいなくなったタイミングで教科書を開くことが出来るというだけで、本当に恵まれているのだろう。本当に数か月前までとは随分変わったな、と先ほどまでいた数人の小さなお客さんが帰った後の入り口を見やる。

 

初夏らしく、少し前までは日が傾いていた時間にもかかわらず、まだ太陽は高いままでいる。今日はまだ誰か来るかな、と思い本格的にノートを広げるのではなく、教科書を開くだけにしているのだ。

 

 東京の住宅街らしく、蝉の鳴き声はほとんど聞こえてこない。どちらかが黙るとやはり秒針の刻む音が聞こえてくるのみだ。

 

 店長、ヤチヨのファンなんだよね?ずっとファンだとは聞いたし、どうもヤチヨのライブにも行ったことがあるみたいだけど、あんまり店長からヤチヨの話を聞いたことがない。

 

「店長、店長って…」

 

「なんだ?」

 

「な、何でもないです」

 

 今日の店長はなんだかいつもと様子が違う。そもそも店に入った時点でいつも被ったままなはずのフードを取って素顔を晒していたのだ。びっくりした。びっくりして綺麗な二度見をしてしまい、ちょうど居合わせた小学生の子に笑われてしまったほどだ。店長は笑ってくれなかったけど。

 

 いつもなら本を読んでいるはずなのに、今日は何か考え込んでいるのかどこか遠くを見ながらぼうっとしているし。とにかく、変だ。

 

「店長、店長の髪の色って珍しいじゃないですか」

 

「そうだな」

 

「前に言ってたその、髪の毛を染め直さない理由の子って、ご家族ですか?」

 

 考えてみれば、店長のこと何も知らないな、と気が付いてしまった。数日前の幽霊騒動もそうだ。この人は自分の事を全然話してくれない。年齢を聞いても8000歳だ、何てごまかされるし。どう頑張ってみても20代前半くらいなのに。

 

 この質問だってそうだ。私の事は人よりも知ってるのに、私はこの人の家族構成すら知らないのだ。こんなの不公平じゃないか。

 

「そうだよ。俺と同じ髪色で、“おそろいだ”っていうからな」

 

 変えられないんだよ。そう言って店長が笑う。やっぱりだ。随分その相手のことが大切なんだろう。妹さんかな、と考える。店長の妹さんなら、きっと優しい良い人なんだろうな、なんて。

 

 滅多に見せない店長の笑みを、少し話すだけで引き出すその人の事をほんの少しだけ羨ましい、と思う自分には目を瞑った。流石に甘え過ぎである。

 

「いつもそうやって笑ってた方がいいですよ」

 

 そっちの方がお客増えるんじゃないですか、という私の冗談は、うるさいな、という言葉と共に封殺されてしまった。先ほど迄の優しい笑みはもう消えている。やっぱりその人限定なんだな、と思う。

 

 ごまかすように手元に置いたスマホの画面をつけて盗み見る。そこには“月見ヤチヨライブチケット 握手券付き”という言葉が踊っている。少し頑張って帯同者も大丈夫なチケットだ。その画面と、店長を交互に見やる。

 

 店長は、私が一緒に行こうと誘えば、喜んでくれるだろうか。そもそもツクヨミであったことすらないのに、変に思われないだろうか。

 

 日に日に積みあがっていく恩を少しでも返したくて、でも店長の事を全然知らないから、共通のファンであるヤチヨのチケットを取ったけど、そんなことをうじうじ考えながら早数日たとうとしていた。いつの間にかそのライブの日付まではもう1週間もない。

 

 今日こそ、と意気込んで来たのはいいが、それでも既にシフト開始から1時間である。機会を伺い続けてことごとく逃し続けた結果が今だ。次こそは、と気合いを入れて口を開こうとしたとき、がらりと音を立てて引き戸が開かれた。来店を知らせるベルが鳴る。

 

「悠仁てんちょー、いますか?」

 

「ん?おぉ、ななちゃん。どうしたんだ?」

 

 とと、と軽い足音を立てて入ってきた坂本さんちのななちゃん。この子もよく来てくれる常連さんだ。そもそもこの店の客は殆ど常連しか存在しないが。

 

 走り寄ってきた相手に、座敷から降りて、しゃがんで目線を合わせる店長。大きい体を丸めるようにして相手を怖がらせないよう気を付けているのか、いつもこうだ。

 

「あのね、これ、あげるの」

 

「プレゼントか?ありがとうなぁ」

 

 後ろ手に隠していたものは、四葉のクローバーだった。随分探していたのかななちゃんの手は随分とよごれている。

 

「これを持ってると、いいことあるって。だから、てんちょーにあげる」

 

「そうか、これは、大事にしなきゃな」

 

 大事につまんで受け取り、微かに笑みを浮かべてななちゃんの頭をそっと撫でる。それを目を細めながら享受していたななちゃんは、暫くそのままでいた後に、ん!何かをねだるように両手を広げた。

 

「なんだ、こうか?」

 

 それを見た店長が軽く手を広げて見せると、迷わず店長の首に抱き着いて見せた。

 

「てんちょー、いつもあんまり元気ないから。それで元気出して」

 

 そう言いながらすり、と店長に頬ずりして笑う。すこし背伸びしながらその行為を実現して見せたななちゃんは、その姿勢からちょっと離れると店長の頬を両手でつかんでにこりと笑った。

 

「ね、笑顔!」

 

「ありがとう。元気出たよ」

 

 その口に確かに笑みをたたえて宝物だな、と呟く店長を見て成功を悟ったのだろう、さらにその笑みを深くしたななちゃんは、壁にある時計を見るとまずい、という顔をした。

外はまだ明るいとはいえ子供が出歩くには少し遅い時間だ。夢中で探していたのだろう。

 

「じゃあね、悠仁てんちょー!宝物にしてね!彩葉おねえちゃんも、またね!」

 

「あぁ、ありがとうな」

 

「ま、またね~」

 

 その様子を手を振って見送る店長の横顔を見る。穏やかな笑みを浮かべながらななちゃんが出ていった先を見つめるその横顔を見て、自分のスマホを背に隠してぎゅ、と握りしめた。

 

「店長、モテますね」

 

「そういうのじゃないだろ。でも、嬉しいな、やっぱり」

 

 枯れる前にしおりにでもしようか、と手に持ったクローバーを眺める店長。何時になく嬉しそうだ。後ろ手に持ったスマホを握る手に更に力が入った。

 

やっぱり、やめようかな。私は、あれ以上に店長を喜ばすことが出来る気がしない。

 

知らぬ間に俯いていたのか、下がった視界の一部を前髪が遮る。つけたままでいた画面を電源ボタンを押して落とした。ノートでも開こうかな、とリュックを探して視線を滑らせると、少し狭くなっていた視界が急に手で塞がれた。

 

「酒寄、体調でも悪いのか?熱は…ないな」

 

「ッッ!」

 

「お、なんだ。元気だな」

 

 ちょっと顔は赤いがな、と言って此方を見やる店長。なにかとおもえば様子のおかしい私を心配して、額に手を当てられたようだった。勢いよく後ずさった拍子に、消したはずの画面がまた指紋認証でロックが解かれ、点灯する。

 

「ヤチヨのライブのチケット…?当たったのか。よかったなぁ」

 

 見られた!と勢いよくスマホの画面を胸に抱えるも、既に認識されてしまった物は消せない。そんな動きをするこちらの動きを不思議そうに見つめる店長に向けて、スマホを突き出す。

 

「あのっ!こ、これ、他の人も一緒に行けるんです。店長、一緒に、行きませんか?」

 

「いいのか?友達でも誘えば」

 

「いいんです。お礼、ですから…」

 

 店長の好きな物、何にも知らないですし、と口の中で愚痴る。本当はもっと、こんな不格好な出し方をするつもりなんてなかったのに。

 

「あの、だめ、ですか?」

 

「いや、ありがとう酒寄。凄く嬉しい」

 

「!よ、よかったです!」

 

 よかった、嬉しいと言ってくれた、と頬がほころぶのを感じる。と、店長の手が私の頭に置かれてぐしゃぐしゃと小さなこどもにするように乱暴に撫でられた。

 

「な、なんですか。髪がみだれるんですけど」

 

「やさしい子だ、酒寄。ありがとなぁ」

 

「子供扱いしないでください…」

 

 初めてされる撫で方だ。せっかく整えた髪の毛が乱れる。セットに時間がかかると分かっているのか。でも、本当に嬉しそうに目を細めた店長のその顔が、私に向けられている。その様子を見て、にへらと笑った。

 

「店長。ツクヨミじゃなんて名前なんですか?」

 

「ユージだ。分かりやすくていいだろ」

 

「…リアルネームはあんまり使わない方がいいんですよ?ゆ、ユージさん」

 

「そうなのか?そっちも似たようなものだろ。いろさん?」

 

 私は完全に本名じゃないからいいんです、と言って顔を背ける。ツクヨミ内で店長と呼ぶわけにもいかない。今の内から慣れておかねば。ユージ、ユージと口の中で何度か繰り返す。

 

「店長も、ツクヨミ内で私の苗字呼んだら駄目ですよ?」

 

「わかってるよ」

 

「ホントですか?」

 

「本当本当」

 

楽しみにしてるよ、と言ってようやく今日の分の本を読む気になったのか本棚を眺め始めた店長の目を盗んで、ガッツポーズを一つ。これで期末試験に思う存分集中することが出来そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜闇の中、肉眼ではとらえられない速度で空を走る一つの影があった。ある世界では、極まった身体能力の持ち主は“空気の面”を捉えて踏みしめることで空中での跳躍を可能にしたという。

 

 ただ、この男は空中での跳躍を更に飛び越えて、空中での疾走を可能にしていた。その速度は音速を優に超え、目的地への最短距離を走破する。

 

ある高層ビルの屋上。先ほどまでの音速機動を全く感じさせない軽やかさで着地した男は、かぶっていたフードを取り払い、月夜に煌めく白髪を空気にさらす。

 

 少し息を吸い、吐く。その動作を2度繰り返したのち、その両手は特徴的な手印を描き出す。

 

『領域展開』

 

『伏魔御厨子』

 

 ある世界線の話をしよう。その世界で呪いの王と呼ばれた両面宿儺、彼はキャンバスを用いず空に絵を描くに等しき神業と表現される領域を使いこなし、領域範囲から逃走することが出来るという縛りを設けることで、領域範囲を200ⅿという超広範囲に広げて見せた。

 

 では彼は?両面宿儺と同じ潜在能力をもつと称された虎杖悠仁の身体を持ち、8000年もの間一人で呪いと向き合い続けた彼の領域は?

 

 空にぽつりぽつりと見えていた星が覆い隠される、ほどなくして空全体が完全な黒と化した。高層ビルの屋上に立つ彼の視界全体が・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 目に見える範囲全てが領域?否、虎杖悠仁の8000年間の道のりは、それ以上の離れ業を可能とした。その領域範囲、実に

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー半径2000km

 

 

 

 

 

 

 

 日本列島を包んであまりあるその領域は、本来であればその領域内のすべてを瞬く間に塵にするもの。しかし、虎杖悠仁は領域の必中対象の選別、必中効果の調整によってその未来を否定する。

 

 彼のたゆまぬ研鑽は、領域内に引き込んだ呪霊にのみ、斬撃が当たったという結果のみをもたらす・・・・・・・・・・・・・・・・・・・という未来をつかみ取る。

 

 

 わずかな時間の中で、静かに、音もなく数多の呪いは日本列島からすべて姿を消すこととなる。

 

 

 

 

 

 

 虎杖悠仁史上最強、10秒間の領域展開。祓った呪霊総数― 2168体。非術師への被害 ― なし。

 

 

 

 

最強の戦績、ここに刻む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 8000年も生きたんだからいくらでも性能盛ってもええやろの精神。こんなもの地球上に放っていい生物なんかホントに。

 

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