[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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「彩葉、歌枠配信するから一緒に歌って?」

 

「えぇ~?」

 

 手を合わせてお願いしてみても、朝ご飯を食べ終わってゆったりと椅子に深く身体を沈ませている彩葉は、首だけ動かしてこちらに向けてから、露骨に嫌そうな表情を浮かべて見せた。

 

 10年前と合わせて都合何度目のやりとりだろうか。いつも結局折れて付き合ってくれる彩葉だけど、配信内での顔出しと、演奏以上の事をやってくれることはあまりない。自分の柄じゃないからといつも言っているけど、本当にそうならリスナー達からはあぁも望む声が上がってくることはないと思うんだ、私は。

 

「い~い~じゃ~ん、たまにはさぁ」

 

「一回やったらなし崩しで毎回やることになりそうで怖いのよ…」

 

 む、よくわかってらっしゃる。一回出してしまえばこちらのものだと思っていた私の思考を読まれたようで動きが一瞬止まる。その隙に肩を掴んでいた私の手からするりと抜けだした彩葉がこちらに向けてびしりと人差し指を指した。

 

「大体、店長には頼まないの?やってくれそうじゃん」

 

「悠仁?悠仁はねぇ…」

 

 確かに少し驚いて眉を上げた後に、良いよと言ってくれそうだけど。悠仁が歌っているところを聞いたことがあるのは、私がまだ赤ん坊だったころに子守唄として歌ってくれた時だけだ。急激に成長したとは言え赤ん坊だったので、明瞭なわけではないけど、低く響く男声がとても落ち着く音色だったことを覚えている。

 

 もう一回聞きたい。聞きたいけど、それが配信で、大人数の前でと考えると少しもやっとするから。

 

「悠仁はいいの、今は彩葉なの」

 

「なにそれ」

 

 おどけて見せた私の様子に笑みを浮かべた彩葉の手を引っ張って。いいじゃん、お願いと頼み込む。彩葉は社会人になってから初めてとても長い休みを取ったから、最近は家に長くいるし、一緒に配信を出来る頻度も上がった。きっと10年前のあの夏以上。

 

 断る姿勢は見せていたけど、上目遣いでお願い、と頼むと結局演奏だけなら、と快諾を頂いた。こういうところは全然変わってないな、と笑みを一つ浮かべた。いつもは配信は少し遅い時間から始めるけど、今は学生たちも夏休み。真昼間から配信を始めても人が集まるゴールデンタイムだ。思い立ったが吉日。今すぐやろうと彩葉の手を引いた。

 

「どうした、そんなに急いで」

 

 彩葉を引っ張って。そしてまさに今部屋から出てきた悠仁の腕も引っ掴んで。困惑した声と、私が転ばないように気を使ってくれてるのか一切の抵抗なしについてきてくれることに頬を緩めて。リビングから2階につながる階段を上った。

 

「店長は良いんじゃなかったの?ちょっとかぐや?」

 

「いいからいいから」

 

「いや、いいからじゃないのよ」

 

 悠仁には壁際に置いてあった椅子に、ここに座ってと座ってもらって。私と彩葉はその正面に立って。彩葉の前には取り出したキーボードをおいた。未だ混乱から目を白黒させている彩葉と、何が始まるのかと頬杖をついて静観の姿勢に入った悠仁の二人を尻目に配信スタートのボタンを押した。

 

「かぐやっほー!月からやってきたかぐやだよ!今日はねぇ、歌うよ!」

 

 困惑の声、喜びの声が入り混じって高速で流れていくコメント欄。告知も無しに急に開いた配信の枠だったけど、それにも関わらずかなりの数の人が集まってくれている。未だに混乱から抜け切れてない彩葉に、ほら、と催促の意味で横腹をつついた。

 

「い、いろっぴぃー。いろPでーす…」

 

 配信慣れしていないが為未だ決まった挨拶すら存在しない彩葉に急な振りをしたのが悪かったのか、はたまたそれ以外の要因があったのか。一瞬こちらを見て考えた後、自分の名前をもじった挨拶をしてみて。やっぱり恥ずかしかったのか続く言葉はとても小さくなってしまっていた。それを見たカメラの向こうに座っていた悠仁から噴き出すような音が聞こえた。そちらを見ると口元に手をやった悠仁が身体を丸めて震わせている。どうやらツボに入ってしまったようだ。マイクに音が入らないように気を付けていたみたいだけど、多分あれは入ってるな。

 

 >いろPうぉぉぉ!

 >いろっぴぃとは(哲学)

 >新解釈だ…、いろP道は深い…

 >だれか笑った?

 >カメラ外に誰かいるかな

 

「て、店長!笑わないでください!」

 

「あ」

 

 コメントを見て、やっぱりバレてるなと苦笑して。悠仁もいるよーと言おうとしたその時。羞恥が限界突破したのか、顔を真っ赤にした彩葉がカメラ越しに悠仁に向かって声を上げた。別にそれ自体は問題はないんだ。元々そっちにもカメラを向けるつもりだったし。でも、悪かったのはその呼びかたで。

 

 >店長って何?

 >いろPの敬語新鮮

 >店長って?

 >誰のことだ

 

 うっかり口を滑らせた彩葉にジト目を向ける。自分も普段あれだけネットに余計な情報を流すなって言ってるのに、今回は綺麗に彩葉が口を滑らせた。まぁ毎回毎回彩葉と悠仁の本名を流出させまくっている私が言えた義理ではないのは分かっているのだが。苗字までは漏らしてないから許して欲しい。

 

「悠仁のことだよ、ほら」

 

 カメラをそちらに向けると、未だ笑いが止まらないのか身体を震わせたままの悠仁がこちらにひらりと手を振った。カメラの画角から外れた彩葉が、悠仁に向かってごめんなさいと頭を下げている。

 

 >店長なの?

 >なんかの店やってるんか

 >つまり、その店に行けばいつでも会えると…閃いた

 >通報した

 >プライベートの邪魔は駄目よ

 >あんなに笑ってるのレアじゃない?

 

「そうなの、なんのお店までは言えないけどねぇ、悠仁のお店で彩葉がバイトしてたんだよね」

 

 カメラを元に位置に戻して。私も定位置に戻る。彩葉は火照った頬を覚ますように手で仰いでいた。そうなんだ、とか、それで知り合ったのか、とか。色々と考察が進んでいるコメント欄を尻目に、ちらりと彩葉の方を見て。良いことを思いついたとにやりと笑った。

 

「だからずっと店長って呼んでるんだけどさぁ」

 

 マイクを引き寄せて自分の声も潜める。横目で彩葉の様子を伺うも、羞恥とやらかしの衝撃から抜け切れてないのかこちらをあまり気にした様子ではない。今ならいける、言ってしまえばこちらの勝ちだ。

 

「どう思う?」

 

 >どう思うって?

 >店の場所を教えてください…

 >駄目だって

 >珍しいなって

 >親しそうなのに

 >ちょっと距離ある?

 

「そう!そうだよね。私もそう思う」

 

 何時まで経っても呼びかたは店長だしさぁ、話すときは敬語だし。彩葉はもうあの店のアルバイトじゃないのに。彩葉は推しのヤチヨにだって今は挙動不審にならずに普通に話せるのに、悠仁にだけ敬語のまま。

 

「距離あるよねぇ、私、寂しいの」

 

 >一緒に住んでるのかな、多分

 >別に仲悪いわけじゃないんでしょ?

 >悪い顔しとる

 >うーんこの

 >悪だくみかな

 

「仲悪いわけないじゃん、あれ見てよ」

 

 そっとばれない様にカメラをそちらに向ける。カメラを私が引き寄せて使っていた所為で音までは入っていなかったけど、混乱した末に自分がひねり出した挨拶を笑われたことでぷんすこしている彩葉と、笑いながら謝っている悠仁の姿があった。

 

「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか…」

 

「すまん、でもなぁ」

 

「もう、忘れてくださいね」

 

 しょうがないな、という風に腰に手をあてる彩葉。文句を言っている風だけど、目が細められているのは隠しようがない。きっとあれはあれだけ笑っている悠仁は珍しいから嬉しいんだろう。

 

 カメラを向けるついでにマイクも向けてみた。音も入ったかな。気が付かれる前にカメラとマイクの向きを戻す。彩葉は気が付いてなかったみたいだけど、多分悠仁は気が付いてるな。横目でこっちをちらりと見てたし。でも何も言われなかったから多分大丈夫。

 

「どう思う?」

 

 >なにこの…、何?

 >分かった分かりました

 >あ゛ッッ!!(消滅)

 >仲ええなぁ

 >俄然敬語が違和感

 

「そう!分かってるね君。花丸あげちゃう」

 

 私は彩葉が悠仁に対して敬語なのはずっと見てたからそこまでの違和感じゃないけど、なんであれだけ仲がいいのに何時までも敬語なんだろうか。敬語って目上の人だったり、あんまり親しくない人に対して礼儀で使うやつだって誰かが言ってたんだけど、昔はそうでも彩葉にとって今は悠仁は目上の人じゃないし。それならなんだか悠仁と彩葉の間に距離があるようで、少し寂しい。

 

「もっと仲良くなって欲しいと思うの」

 

 >もっととは

 >あーそういうことね完璧に理解した

 

「と、いうことで。彩葉!悠仁に対して敬語禁止ね!」

 

「はぁ?」

 

 ようやく落ち着いてきたのか、本来の調子を取り戻し始めた彩葉がこちらを何を言っているんだという顔で見る。突拍子もないことを言っている自覚はあるが、私はもう無数のリスナーを味方につけた。彩葉の敗因は私が何をやっているのか確認する前に悠仁の方に行ってしまったことだ。

 

「ほら、みんなこう言ってる」

 

 私の意図を汲んでくれたのか、コメント欄も私に賛同する意見が次から次に流れていく。うんうん、訓練されたリスナー揃いで私も誇らしいよ。その物量に押されたのか、彩葉が一歩後ろに下がる。悠仁はと見ると、流石にもう笑いは引っ込んだのか、静かに興味深そうにこちらを眺めていた。私たち二人で配信しているところを悠仁がこんな近くで見るのは、10年前以来なのかな。あの時から彩葉はかなり成長したし、懐かしいんだろうな。

 

 彩葉は髪型も変わって、随分大人っぽくなったけど。こういう押しに弱いところは昔のまま。

 

「この配信内だけでいいから。良いでしょ?」

 

「むむ…」

 

「ねぇ、お願い」

 

 悠仁と彩葉の間に距離があるみたいで寂しいの、と少し視線を外してみる。すると、目の前の彩葉が大きくため息をついた。勝ったな。

 

「今だけだからね」

 

「うんっ!」

 

 かぐやになんの得があるの、と不満そうにしてるけど。さっき言ったことが全て。彩葉は冗談か何かだと思ってるかもしれないけど、私は、何時までも悠仁に対して少し距離があるような話し方をする彩葉を見てずっとやきもきしてたんだから。二人はなかよしなのに、もっと砕けた話し方でいいのに。別に敬語じゃなくたって、悠仁が怒ったりしないことは彩葉が一番分かってるはずなのに。ちゃんと見てれば二人の間に距離が無いことなんて簡単に分かるけど、そういう事じゃないんだ。

 

 もっと仲良くなってくれたら嬉しい。昔よりももっと。私は、私の大切な人達がすれ違って、お互いに傷つけあってるところなんて、もう見たくないよ。二人とも、お互いの事が大好きなのに。大好きだから、すれ違うなんて悲しいじゃん。

 

 だから、もっと。もっと気軽に話せるように。もっと距離が近づいてくれたら、それが私にとっての得だ。

 

「ほら、彩葉」

 

「え、えと。…何を言えと?」

 

 むっとしたようにこちらを見る彩葉。その頬が少し赤くなってるし、照れ隠しなのは明白で。その証拠に悠仁を視界に入れないようにこちらに視線を固定しているし。この分じゃ最初の一言を言うのに何時までかかるのやら。いいや、元々やろうと思ってたことを先にやってしまおう。

 

「悠仁、そこで聞いててね」

 

 ちゃんと、目の前で。今度は全部聞いてね。私の卒業ライブの時、コラボライブの時。悠仁はどこかで聞いてくれていたみたいだけど、結局私は目に届くライブ会場の中で悠仁の姿を見つけることはできなかった。それに、ライブ終わりに、どちらのライブでも悠仁から直接言葉をもらうことはできなかったから。今から私がやるのは、直接の観客は悠仁一人だけの、悠仁の為のライブ。

 

 言葉に出していなかったけど、雰囲気の変わった私の様子に何がやりたいのかを察してくれたのか彩葉がキーボードの前に立って指を添える。ライブ中に悠仁の姿を探していたのはきっと私だけじゃなくて。彩葉だって余裕のないライブ中にも関わらず時折視線をあちこちに向けて誰かを探していた。

 

 本当は、最前列で見ていて欲しかった。本当は、終わってすぐに沢山褒めて欲しかった。本当は、本当は。彩葉の様子を見て、何も言えなかったけど。私は、寂しかったんだ。

 

 だから、これはあの時のやり直し。配信をつける必要なんて本当はなかったけど、少し照れ臭かったから。彩葉は配信とでも言わないとこうやって付き合ってくれないかもしれなかったから。

 

 いくよ、という声と共に音楽が流れだす。マイクを取って、軽く飛び跳ねて、手を伸ばして指をさす。あなたに、カメラ越しのあなたに。カメラの向こうにいる、あなたに届けとウインクをした。

 

 

 

 

 

 数曲、MCなども挟むことなく一気に歌い切った私と彩葉の肩が緩やかに上下する。ペースも考えずに走り切った私たちの目には、一度も目をそらすことなく私たちをずっと見ていてくれた悠仁の姿が映っている。

 

「どうだった、悠仁?」

 

 息を荒げながら問う私に、悠仁は笑って手招きをした。カメラの画角から外れてしまう、そんなことも頭から完全に抜け落ちてしまっていて。頭につけていたヘッドホンを勢いよく外して傍に置いて、悠仁の元へ向かった。

 

 最初はゆっくり、その後は速足で。待っててくれるあなたの元に走って、受けとめてくれない未来の事なんて微塵も考えずに飛び込んだ。

 

「ごめんな、ずっと言えなくて」

 

「がんばったな、かぐや」

 

 

 優勝おめでとう、とマイクに入らないくらいの小声が私の耳に入る。そうだ、ヤチヨカップの優勝が決まった後も、おめでとうだってちゃんと聞けてなくて。メッセージ一通だけなんて、と憤ることだってあの時の彩葉の前では出来なくて。やっと、ずっと聞きたかった言葉が聞けた。

 

「ううん、いいの」

 

 首を振って、滲んでしまった涙をごまかす。あの時、悠仁に褒めて欲しかったのはきっと私だけではないから。私は、ちゃんと聞けたよ。彩葉は、どう?

 

「店長、どうでした?」

 

 聞こえてきた彩葉の言葉にむ、と口を尖らせる。さっきの約束をもう忘れてしまったのか。抗議の意味を込めて彩葉の肩をつつく。はっとした顔をして、こちらを睨んで。視線をあちこちにさ迷わせた後、躊躇いながらももう一度口を開く。

 

「悠仁さん。どう、だった?」

 

「最高だったよ」

 

 感無量だ、と。ありがとう、待っててくれてと悠仁が言うと、こらえきれなかったのか彩葉の両目から涙が零れ落ちた。悠仁の手を握って、ありがとうございます、と小さく呟く。

 

「やっと、ちゃんと聞けました」

 

 もっと早く言ってくださいよ、と彩葉が軽く悠仁の腕を叩いて。それを避けもせずに甘んじて受けた悠仁がこれからはすぐに言うよ、と笑っている。

 

 彩葉はすぐに敬語が戻ってしまっているけど、流石に今それを指摘するほど私は無粋ではなくて。もう配信どころではないかな、と笑って小声で終わり、と告げて配信を閉じた。

 

 




 また一つ、完結した後も蛇足を続けてくださっていた作品が終わってしまいました。とても寂しいです。

 自分もそろそろネタ切れなのかな、と思いながら自分が考えていたものと活動報告の方に送ってくださっていたアイデアを箇条書きにして整理してみました。

 20以上ありました。まだまだ蛇足を終わらせるには早いようです。

ifの扱い

  • このまま最後まで書く
  • 普通の後日談も交えつつ書く
  • 書かんでいいから後日談だけ書く
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