[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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「悪いね、俺一人で」

 

 指定された店に足を運んで、通された個室の戸をスライドさせた男は、目に入ってきた光景が予想外だったのか、表情こそ動かさないものの困惑したように目を瞬かせた。

 

 それもそのはず、今日顔を合わせるはずの相手は3人だとその男は聞いていたから。しかし、ふたを開けてみれば通された個室にいたのは1人だけだったのだから。

 

 初めまして、という言葉と共に差し出された手を握って、ここに両者の顔合わせはなった。この場所が個室でなければ非常に人目を引いていたのは間違いないであろう。何せ2人ともに日本人の平均身長をたやすく超えた長身で、おまけに目立つ外見をしている。付け加えれば、片方は白髪である。目立つなという方が無理な話だ。

 

 しかし、ここにいるのはこの2人だけ。本来いるべきだった黒髪の男の仕事仲間である2人も、その妹になる科学者の女性も、この場にはいなかった。

 

 黒髪の男は名を酒寄朝日といった。10年前に既にトッププロとして最前線を走っていた彼は、今も変わらずに後を追う者たちにその背中を見せ続けている。抜群に若く、年齢に見合う勢いを持っていたあの頃と比べると落ち着いたと言われることも増えたが、それだけだ。彼らの勢いが多少陰ったところで他のものが勢いづくわけでもなく。今のこの国で、彼らがトップであることを疑うものは少ないだろう。

 

 今日ここに朝日と共にブラックオニキスというチーム名で活動する駒沢乃依、雷の両名が同席していないのは予定が合わなかったなどの偶発的な要因ではない。朝日が目の前に座る白髪の男、虎杖悠仁と2人だけで話をしたいと自分で望んだからだ。

 

「だまし討ちみたいになって申し訳ない。でも、どうしても最初は2人で話したかったんだ」

 

 虎杖に1人で来てほしいと彩葉に頼んだ時は、随分と難色を示されてしまったと笑う。実際、電話口でそのことを口にしたときは、「はぁ?」と兄である朝日が今まで聞いたことの無いほどの低い声ですごまれてしまっている。結局その願いが実現しているのは、電話している彩葉の近くで聞いていた虎杖本人が「一人で行ってもかまわない」と言ったからだ。

 

「いや、気持ちは分かる。咎めるつもりもないさ」

 

 対面に座りながらそう言う虎杖に対して、話が分かるみたいで助かるよ、と口元に薄く笑みを湛えた朝日は、目の前に用意されていたコップを手に取った。

 

「彩葉は、一緒に呑んでくれないんだ」

 

 そう言ってコップを揺らして見せる朝日に対して、腰を落ち着けた虎杖は少しの呆れを含んだ目線を送った。

 

「まだ昼間だぞ」

 

「普段飲めないんだ、いいだろ?」

 

 自分に向けて差し出されたそれに、無言ながらもしょうがないなという顔をした虎杖が手に取ったコップを合わせる。チンという軽い音が他に誰もいない個室に響き、それによって2人の対話の口火を切ることとなった。

 

 

 

 

 彩葉が今まで見たこと無いほどに渋っていたこととは思えない程に和やかに顔合わせは進んだ。ただし、朝日が一人であっていることはまだ彩葉に伝わっていないものの、それなりに楽しみにしていたことを潰されてほんのり不機嫌になった乃依により一定以上時間がたつと彩葉に伝わることが確定している。知らないのは朝日のみである。

 

 元々お互いに悪感情を持っていたという訳でもなく、最初から仲たがいする理由もない。ましてやどちらも成熟したいい大人である。両者がそれなりに打ち解けるまでにそれほど時間がかからなかったのは必然と言っていいだろう。

 

 少しの時間が過ぎ、普段飲む時よりも早いペースで飲んでいた朝日に少し酔いが回ってきたな、という自覚が芽生え始めたころ。ほんの少し回りが鈍くなった頭で違和感に気が付く。朝日にとっての誤算は対面に座るのが虎杖悠仁であったという事であった。

 

 毒など効かない呪いの王の器である彼に、酒による酔いが通るはずもなく。自分以上の量を腹に収めているのにも関わらず顔色一つ、声音一つ変化の無いその様子に朝日は内心で首を傾げた。

 

 なんか計画と違うな、と。

 

 彼は相手の本音を聞きたかったのだ。本音で語りたかったのだ。その為の酒で、自分も人よりも強い自覚があるからこそそれなりのペースで飲んでいた。それなのに目の前の男は全く変わった様子を見せないのだ。朝日は内心で歯噛みをした。

 

 コイツ…、酒豪か!

 

 彩葉からは彼が酒を飲んでいるところなど見たこともないと聞いていたから、てっきり弱いのかと思っていたのに、と嘆息して。自分が完全に酔ってしまう前に本題に入ろうと決意した。

 

「なぁ、虎杖さん」

 

 手に持っていたコップを音を立てないように気をつけながらテーブルに戻す。朝日は、ここまでしてきた幾らかのとりとめのない話だけで目の前の男が好ましい人柄を持っていることを理解していた。元々聞いていた話に加えて、言動の節々からにじみ出る善性に、何より妹の話が出た時に思いを馳せるように細められるその目に、妹の人を選ぶ目は確かだと確信を持っていた。

 

 かぐやと顔を合わせた時も思っていた。優しい彼女の周りには同じく人を優しく慮れる人間ばかりが集まってくる。彼も、その一人なのだろうと結論付けることができていた。

 

 何より、妹の事を想うときに見せるその表情に、何時かの日の自分の父を幻視した。あぁ、これは高校生の時の彼女にとっては劇薬だっただろうな、と自分の妹に対して少しの同情も沸き上がっていた。

 

 只、彼にとってそのことは今日の主目的ではない。それだけならば一対一でなくても出来ることだから、本体は今から口に出すことだ。

 

「ありがとう、彩葉と一緒に居てくれて」

 

 朝日は、ずっと妹の行く末を案じていた。父が亡くなってから、苛烈さを増す母の指導に、優しすぎる彼女が潰されてしまうのではないかと、いつも心配していた。その優しさ故に周りにも甘くなってしまう彩葉と、強くあれと厳しく指導する母。父に似てその優しさを捨てきれないがために根本的に分かり合えないあの二人は距離を置くべきだと、その為の選択肢を作ろうと一人で家を出て。

 

 妹に道を示したつもりだった。母の後を追うだけが人生ではない、母から離れて自分の道を行くことだってできるんだと、優秀な彼女ならそれが出来るはずだと、そう信じて。

 

 だから、彼女が家を出て東京で一人暮らしを始めたと聞いた時は心底安堵した。やっと彼女にもやりたいことが出来たと、自分の道を見つけることが出来たんだと安心して、自分が選んだ道を示すという選択は間違ってなかったんだと思うことが出来たから。

 

 でも、違った。

 

「あなたが、妹の一番辛かった時期に常に傍に居てくれたと聞いた」

 

「あなたにとても救われたと言っていた」

 

「ありがとう、俺の家族を救ってくれて」

 

 朝日の考えは間違っていた。彼がもう大丈夫だと安心していたその時、彼の妹は一番きつく、苦しい時間を送っていた。昔から弱音を吐くのが下手糞な娘だったから、弱みを見せることが出来る相手もおらず、内心に溜め込んで。本当なら倒れてしまうほどの心労と疲労を背負い込んで、それなのに大丈夫だと笑いながら根本はぐらぐらと揺れていた。

 

「弱みを見せられる相手がいてくれてよかった」

 

「頼らせてくれる相手が、あなたで良かった」

 

 ありがとう、と繰り返しながら深々と頭を下げる。自分には出来なかった、なることのできなかった妹の心の拠り所。父が亡くなってから迷子になってしまっていた彼女の帰る場所になってくれた相手には、感謝してもしきれないと繰り返した。

 

「…救われていたのは、俺の方だから」

 

 頭を上げてください、と虎杖が言う。

 

「彼女の心根の綺麗さに、ひたむきに努力を惜しまない強さが眩しかったから」

 

 感謝されるほどの事はしていないんだ、と首を振る。それでも、ともう一度感謝の為に頭を下げて。虎杖もこちらこそだ、と更に深く頭を下げて、それがおかしかったのかどちらともなく噴き出した。

 

「じゃあ、お互い様だな。あんたの感謝は彩葉にだが」

 

「そうだな、でも言っておきたかった」

 

 そうか、と呟いて。朝日は置いていたコップをもう一度煽った。今日言いたかったことの一つは言い切ることが出来た。どうしても感謝を伝えたかったから、どうしても深々と頭を下げたかったから、彼は目の前の男にずっと会いたいと思っていた。

 

 でも、まだ言いたいことは残っていて。これが自分の妹にバレたならどんな顔をされるのだろうか、と今から気が重くなっていた。目の前の彼が何も言わなければそんなことにはならないかもしれないが、そんな楽観的な考えは持っていなくて。

 

 しかし、言わねばならぬと覚悟を決めて朝日はこの席に臨んでいた。

 

「もう一つ、いいか」

 

 息を吸って、吐いて。もう一度覚悟を決めて、ずっと用意していた言葉を口から放つ。

 

「なんで、自分の命を捨てるような真似をした」

 

「後に残された彩葉達の事を、少しでも考えたのか?」

 

「自分があの時彩葉にとってどれ程大きな存在だったか、分かってなかったとは言わせねぇぞ」

 

 感謝はある、尊敬だってある。全く似ていないのに父の姿を重ねてしまうほどに、穏やかで善い人間である目の前の男が妹が選んだ人間であることが誇らしくすらある。

 

 しかし、朝日にとってはどうしても譲れないことだった。目の前の男は知らないのだ、自分がいなくなった直後の妹の姿を。気丈にふるまい、人に弱みを見せようとしない彼女が、目の前で彼が消えてしまった空間に手を伸ばして、見えない何かを掴もうと一歩踏み出して。手の中に何も残っていないことに絶望して涙を流していたあの姿を、この男は知らないのだ。

 

「答えによっては…ッ!」

 

 朝日は子供ではないから、分かっている、本人たちの間で整理がついているのならば自分が出る幕ではないことを。ちゃんと分かっている。その上で、抑えることが出来なかった。

 

 問いただしてやらなければ気が済まなかった。妹の目の前でその命を当たり前のように捨てて見せたこの男に、言ってやらねば気が済まなかった。寄りにもよって、父を彷彿とさせるお前がそれをするのか、と。

 

「…返す、言葉もない」

 

 握りしめていた拳の力が少し抜ける。ぴんと背筋が伸び、力強い印象を与えていた虎杖の上体は丸まり、視線は落ちている。その言葉にも、力はなかった。

 

「かぐやにもう苦しんで欲しくなかった、ヤチヨの事も守りたかった」

 

「自分がそこにいないとしても、彩葉なら。彩葉なら彼女たちと一緒に幸せな未来に行けると信じてしまった」

 

「俺は、間違いなく、あの時彩葉を蔑ろにしていた」

 

 呪いの言葉まで吐いてしまって、遺される彼女たちの苦しみ何て見てもいなかった。最低の間違いを犯してしまった。そう懺悔して。

 

「否定しようもない。俺は最低な人間だ」

 

 体を震わせながらも、最後までその言葉を聞いていた朝日の身体が勢いよく跳ねる。次の瞬間には、鈍い音と共にその拳は振りぬかれていて、虎杖は倒れてはいないものの顔が彼方に向けられており、その頬は赤く腫れていた。

 

「お前がッ!」

 

「お前が消えた後、彩葉がどんな顔で泣いてたかッ!」

 

「知らないよな、見てないもんなッ!」

 

 朝日にだって分かっていた。彩葉に聞いていたから、知っていた。かぐやを地球に残しつつ、ヤチヨが消えないように守ることの難しさを。10年前のあの日、今自分に胸ぐらをつかまれている男がとった以外の方法以外でそれを成すことが出来なかったことなんて、十分分かっていて。

 

 でも、と音が立つほどに歯を噛みしめて。

 

「せめて、誇れよ」

 

「自分がとった方法が最善だったって胸を張れよ」

 

 そっちの方が幾分か、ましだった。今朝日が言っていることなんてきっと抵抗の一つもしない彼は痛いほどによくわかっていて。言葉にしなくても、深い後悔を湛えたその目が雄弁に語っている。

 

「彩葉を、泣かせてしまったから」

 

「その時点で、もう俺は間違えていたんだ」

 

 もっといいやり方があったかもしれない。誰も泣かない、誰も傷つかない最善があったのかもしれない。

 

「すまない、言い訳なんて出来ない」

 

 力の緩んだ朝日の手から離れて、床に手をついて虎杖が深々と頭を下げる。その様子を肩で息をしながら朝日は静かに見ていた。妹の恩人に対して言わなくてもいいことを言い、勝手に激高して手を出して。挙句の果てに頭を下げさせてしまったことに自己嫌悪しながら、見ていた。

 

「あんたの話をするとき、彩葉は幸せそうに笑うんだ」

 

「もう二度と、泣かせないと約束してくれるか」

 

 

「約束する」

 

 下げていた頭を上げたことで、二人の視線が交錯する。朝日の中で燃えていた怒りの炎などとっくに消えていて。それ故一切の迷いなく即答した相手の後悔も、覚悟の深さも、全て余すことなく受け取ることが出来た。

 

「申し訳なかった、立ってくれ。虎杖さん」

 

 虎杖が立ち上がるのを待って、朝日も自分の頬を指差して言う。自分の事も殴ってくれと。

 

「妹が一番辛かった時に勝手に安心して何もできなかった馬鹿な兄だ、あんたにも殴る権利がある」

 

「それで、チャラだ」

 

 そうだろ、と言う朝日に対して頷いて。虎杖も迷わずその拳を振りかざした。

 

 

 

 

 

 

 

「おー痛ぇ」

 

 ひりひりする頬を摩りながらご機嫌に酒を煽る。その頬は誰かに殴られたとは思えないほどに綺麗なものだったが、それはそれとして未だに痛い気がするらしい。

 

「もう治ってるんだから痛くないだろ?」

 

「気分なんだよ」

 

 反転術式で治してもらったそれは、人前に出ることも多い彼の顔に跡を残すことなく直ぐに消え去った。しかし、対面に座る白髪の男の頬は未だにほんの少し赤く腫れている。

 

「自分のは治さないのか?」

 

「あぁ、これは…」

 

 自戒の為に自然治癒に任せるよ、と薄く笑って、虎杖も同じく酒を煽る。酔うことが出来ないが為、そこまで酒を好むわけではない彼も、今日この時は飲みたい気分になっているらしい。

 

「悪かったよ、自分でも分かってたことだったろ?」

 

「いや、改めて突きつけられた」

 

 そんなやり取りの中でも、先ほどまでの剣呑な雰囲気は微塵もない。お互いの頬を一発ずつド付き合って、彼らの間には既にしこりなど微塵も残っていなかった。

 

 殴ってから暫く経った後、殴った方である自分の拳が酷い痛みを訴えていることに気が付いて飛び上がった朝日がいて、それにこらえきれずに吹き出してしまった虎杖がいたことは、二人の間でこの後長年の笑い話となる。

 

「なぁ、あー、悠仁でいいか」

 

「あぁ、それなら俺も朝日と呼ぼうか」

 

「お前、殴る時手加減しただろ」

 

 彩葉に似たジト目を向ける朝日に対して、虎杖は当たり前だろうというように小首をかしげた。まさか彼は彩葉から聞いていないのだろうか、と。

 

「本気で殴ったら今頃ここは殺人現場だぞ?」

 

「いやぁまさか。…え、マジ?」

 

 マジ、とうなずく悠仁に、顔を青くさせる朝日。どうやら義体の性能オーバフローの件までは聞いていなかったようだ。危く汚ねぇ花火になるところだった自分の頭を庇って、その様子に悠仁が笑って。それを見て朝日も思わず噴き出した。

 

「よかったよ、彩葉の傍にいるのが悠仁とかぐやちゃんで」

 

 からんとグラスの中の氷を揺らす。もう一口その酒を口に含んで、ゆっくりと飲み込んだ。

 

「で、俺とももう友達だ。そうだろ?」

 

「友達?…そうか、そうだな」

 

 8000年の間、庇護するものは数多くいたものの、対等な友などできたことの無かった男が笑う。殴って、殴られて。そんな関係は初めてだったから、その顔は心底嬉しそうで。

 

「よし、もっと飲むか?」

 

「俺は酔えないんだけどなぁ」

 

 そんなことを言いながら、グラスを合わせて。最初と似たような光景だったが、2人の関係は大きく変わっていて。そして二人とも楽しそうに笑っていた。チンと軽い音を立ててグラスがなって。二人同時にそれを飲み干して。

 

 

 

 

 

 

 そして次の瞬間、勢いよく個室の引き戸が開いた。

 

「店長、なにか変なこと言われてませ、んか…?」

 

 息せき切って入ってきた彩葉の視線が、機嫌よさげに酒を飲んでいる兄の姿を捉えて、次に同じように楽しそうに笑っている悠仁に向けられて。そして、僅かに赤く腫れている彼の頬を捉える。

 

 

 

「何したの?」

 

 

 

 怒りに満ちた視線が朝日に向けられる。絶対に変なことは言わない、と約束していたのにこの始末。約束を守らなかった上に、怪我をしている光景を見てしまった彼女を止められる者はこの場におらず。

 

 

 

 結局朝日には悠仁に助けを求めつつ平謝りするしか選択肢が残っていなかった。

 

 

 

 

 




 全然書く気はなかったのですが、誕生日イラストを見てどうしても書きたくなってしまいました。

 活動報告の方に新しく書いてくれた方と、あのイラストのおかげでアイデアのストックが6つ程更に増えました。永久機関

ifの扱い

  • このまま最後まで書く
  • 普通の後日談も交えつつ書く
  • 書かんでいいから後日談だけ書く
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