[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん] 作:夕暮れの家
仮想空間ツクヨミの管理人であるAIライバー、月見ヤチヨには兄がいる。正体が謎に包まれている彼女に関しては、ネット上で様々な憶測が飛び交っているが、その中でも多くの人がこれは正しい情報であろうと確信を持っているものの一つがそれである。
他の噂は、ヤチヨと思われる人物がネット掲示板でレスバを繰り広げていたのを見たことがある、であったり。あり得ないものが多い。馬鹿馬鹿しい。するわけが無いだろう、ヤチヨがそんな事。誰だそんな根も葉もない噂を流したのは。
ずっとヤチヨを追い続けている私としては、ネット上に流れている噂などほとんどが一考の余地すらないでまかせばかりで。でも、その噂だけは私も否定しきれないほどに、普段の配信の中でそう思わされてしまうような情報がごろごろ転がっているから。私もその説だけは信じている。寧ろ提唱している。それ以外の噂なんてほとんど信じていないが。ヤチヨの中の人なんていないの。ヤチヨはヤチヨなの。
AIライバーの兄とは何ぞやと言われてしまえばそれまでなのだが、ヤチヨが存在しているのだからもう一人くらいいたっておかしくも何ともないだろう。そんな事を思いながらヤチヨの配信を追いかけて早数年、兄にそんな感じな事を話したこともあるが、鼻で笑われてしまったから、もう二度と言わないと舌を出して威嚇してからも、既にそれなりの時間がすぎて。
相変わらずヤチヨは配信の中でぽろぽろと自分の家族の情報を零し続けていた。もはや隠す気なんて無いのではないかと疑ってかかりたくなってしまうほどに、頻繁に提供されるそれらによっていつの間にかぼんやりと彼の姿はリスナーたちの脳裏に浮かび上がってきている。
ヤチヨとお揃いの白い髪で、長身。穏やかで世界一優しい男前で、名前はユージ。多少主観が入っているにしろ、ここまで分かっているなら特定も出来そうなものだ。明言こそされてないけど、断片をつなぎ合わせてそんな所まで推測されてしまう域に達してからは、ヤチヨのリスナー達の総意としては、本人が明言していないから配信中にコメントでの催促こそ出来ないものの、それだけ情報をお漏らしするのならもう早く配信に引っ張ってきて欲しいという気持ちで一杯であった。当然私もそう。
しかし、私はこうも思っているのだ。何か知ってる人に似てるな、と。白い髪、うん。長身で、穏やか、うん。世界一優しい、はどうだろ。一番か二番、どっちかかな。男前は間違いない。昨日ようやく届いた制服に身を包み、先ほど私の姿をみてちんちくりんとデリカシーの欠片もない言葉をプレゼントしてくれた兄に向けてべぇっと舌を出して。今は兄しかいない家の中に向けて声を上げた。
「行ってきます!」
元気よくそう言ったら私の声に答えるのはひらりと手を振った兄のいてらーというやる気のない声だけ。そんな声に後ろ髪を引かれることもなく、ドアを空けて外に飛び出した。
✿
家を速足で飛び出して数分。小学生の足でも10分かかるかどうか程度の距離に、今日の目的地はある。小さかった頃よりもずっと速く辿りつくことが出来たことに頬をほころばせながら、勢いよく古めかしいその引き戸を開けた。
「悠仁くん!」
名前を呼ぶ声に反応したのか、はたまた引き戸の開く音にだったのか。カウンターに座っていた男性が顔をあげてこちらを見る。その視線を独り占めするかのようにその場でくるりと回って、満面の笑みを浮かべて見せた。
「どう?かわええ?」
「似合ってる、可愛いよ」
制服届いたんだなぁ、と思った通り褒めてくれることに胸が暖かくなる、見てるか兄よ、ちょっとはこの人を見習え兄よ。こちらにこいという風にされた手招きに従って寄ると、下ろしている髪の毛を乱してしまわないようにか優しく撫でてもらえた。
「お母さんに似とる?」
「あぁ、美人さんになってきたなぁ」
その言葉に飛び跳ねて喜んでしまいそうになるのをこらえて、そうでしょと胸を張って見せた。もう小学生だったころの私とは違う。数日後にはこの制服を着て中学生になるのだ。美人さんやって、ほわほわしながら貰った言葉を頭の中で繰り返していると、頭の中に乗せられていた手が急に離れていってしまった。
ちょっと早くないか、と恨みがましい視線をむけたが、立ち上がった悠仁くんが座敷に繋がる障子を開けたのを見て反転、目を輝かせた。私は知っているんだ、こういう時は沢山構ってくれる時だと。
座敷に靴を脱いで上がる背中にぴったりとついて行きながら、後ろからその服の裾を引っ張る。
「あんな、あんな」
どうした、と声が返ってくるもそのまま進む視線はこちらに向いていなくて。むっとしてもう少し強くその服の裾を引き込んだ。
「お兄ちゃんがな、私のことちんちくりんって言ってん」
酷いと思わん?と座った悠仁くんの隣に座ってその肩をぺちぺち叩く。お兄ちゃんにやったらすぐに倍以上になってやり返されるようなそれも、笑って許されてしまった。
「朝日はまだまだ正直になれないんだなぁ」
こんなに可愛いのに、と言いながらまた私の事を撫でてくれる手の感触に目を細めて、ずっと前から変わらない目の前の人の事を見上げた。初めてあったころはフードで顔を隠していることも多かったけど、最近はそんなところはとんと見なくなった。今もその素顔は隠されておらず完全に見えている。
「そうなん、お兄ちゃん素直じゃないん?」
「あいつも彩葉の事が大好きさ」
そうかな、と首を捻る。脳裏に浮かんでくるのは私のアイスを横から掻っ攫って勝ち誇った顔をしながら、後ろに居た母に拳骨を喰らっている兄の姿や、ゲームでひたすらにこちらをボコボコにして負けた私を煽り散らかしてくる兄の姿ばかり。やっぱり嫌いなんじゃないかな。
「なら、なんでいけずばっかりするん?」
「男の子はなぁ、好きな娘には意地悪したくなる生き物なんだよ」
同級生にもそういう男の子はいるだろう?と聞いてくる悠仁くんを見て、学校の男の子たちの事を考えてみる。皆騒がしくて、荒っぽくて。意地悪な人ばかりで。目の前の人とは大違い。
「おかしいやん、好きなんやのに」
「理屈じゃないと思うんだよなぁ…」
その点彩葉は人に優しくできて偉いなぁ、とまた褒められる。やっぱり全然違う、クラスで一緒だった男の子たちは私の事を褒めることなんてしなかったし、こんなに優しくなかった。こんなに静かで、隣にいて心地が良い人もいなかった。時折別の生き物なんじゃないかと疑ってしまいたくなる。
「…悠仁くんも、そうなん?」
ふと、気になってそう口にしてしまった。この人が誰かに意地悪をしてるところなんて想像もつかないけど、本当に好きな人相手にならそうなのかな。私の見たことの無い顔をその人に対してするんだろうか、意地悪な人は嫌い、荒っぽい人は、もっと嫌い。でも、そんな様子を見せる悠仁くんの事を想像してしまうと、なんだか面白くない。私が知らないというところが、面白くない。
「俺か?俺はなぁ…」
数秒開けて、ごくりと唾を飲み込んだこちらの様子を見てにやっと笑って。内緒だ、と人差し指を口につけて悪戯っぽい表情を浮かべたその行為に不意をつかれて、ぽかんと口が開いてしまう。そして、からかわれたと気が付いて、口を膨らませて先ほどよりも力を込めて目の前の腕をぺしりと叩いた。
「なんでなん、意地悪せんといて」
分かりやすく不機嫌な様子を見せてみると、悪かったよ、という謝罪と共に机の上に置いてあった羊羹が一つこちらに差し出された。不機嫌な顔を崩さないように気をつけながら一口食べて。思わず美味しい、という声が零れてしまった。私がこういうの好きなのを分かって、いつも用意されてるのだ、必死に保っていた不機嫌の仮面が一瞬で崩れてしまったのに気が付いて、黙々と羊羹を口に運びながら悠仁くんの様子を伺うと、にこにこしながらこちらを眺めている。
なんだか遊ばれている気がして面白くない。簡単に表情が崩れてしまうならこうだ、と思い切り顔を背けてみた。
「もう、悠仁くんなんか嫌いや」
もらった羊羹を完全に食べきっておいてこの言い草、自分でもこれは無理があるなぁと笑えてきてしまう。母にこんなことをしたら「阿呆なことしとらんで、はよその皿持ってきぃ」などと言われてしまうだろう。お菓子を食べたお皿をそのままにしておくのは我が家において禁足事項である。でも、今目の前にいるのは母ではないから。
手に持っていたお皿がひょいと取り上げられ、隣に座っていた人が座る向きを正してこちらに向く。さっきまで肩越しだった視線も、今なら真正面からあってしまう。
「どうしたら、許してくれる?」
私の下手糞な演技に乗ってくれるみたいだ。顔を背けただけで、別にさっきみたいに不機嫌な表情を作っているわけでもないのに。真正面から目を合わせてみると、その目の中に優し気な光が踊っていた。私の好きな目だ、と何も言わずにそれに手を伸ばしてみて。口と、右の眉の上に走る傷跡にそっと触れてみる。
「悠仁くん。これ、痛いん?」
「痛くは、ないな」
私の行動が予想外だったのか、目を少し大きく見開いて、何度か瞬かせる。今日はずっとしてやられてた気がしてたから、その表情が嬉しくて。機嫌を損ねている演技をしていたことも忘れて、声を出して笑ってしまった。
「ずぅっと治らへんもんなぁ」
初めて会った時からあるその傷跡は、今も当時の記憶のままにそこにある。母なんて最初は悠仁くんの髪の色とその顔の傷跡を見て礼儀を失しないようにしながらも最大限に警戒していたのを覚えている。それが只の偏見だったとすぐに分かったのは、きっと私たちにとってもよかったこと。
「ごめんな、怖いだろ?」
でも、悠仁くんはその時のことをずっと覚えているのかこの傷の事が話題に上がるとこうやって申し訳なさそうな顔をする。私がそんなこと思ってると本当に思うとるん?今更、そんな小さいことで怖がるなんてありえないのに。でも、この人が最初ずっとパーカーを被っていたのはきっとそれを気にしての事。
「私、この傷跡も好きや」
「悠仁くんがなんでこない優しいんか、これで分かる気ぃするんよ」
私は私が会う前のこの人を知らないけど、きっと色んな事を経験して、色んなものを見て。それで今の悠仁くんになったんだと思う。この傷は、その私の知らない過去の事をほんの少し垣間見ることが出来るようで、私は好き。
悠仁くんがこの傷跡で人に怖がられることを悲しんでいることも知ってるけど、そのおかげで変な人が悠仁くんに近づかないから。私はこの傷跡も好き。
「ありがとうなぁ」
優しい娘だ、とまた頭を撫でられる。優しいのは私じゃなくて、悠仁くんだ。感謝してもしきれない恩が私たちにはあるのに、時間がたてばたつほど更に新しく恩が積み上がっていってしまう。母はそんな様子を最初は心配しながら見ていたけど、最近はあんまり気にしなくなった。「あの人なら大丈夫や」と母からそんな言葉が出た時は珍しく兄と無言で顔を見合わせて。その後「せやけど、他の人相手には油断したらあかん」と続いたことでやっぱり母だともう一度顔を見合わせて笑ってしまったことを覚えている。
凄いことだな、と当時の事を思い出しながら撫でてもらえてることに目を細めて。どうしてこんな話になったんだっけとふと少し前の記憶を遡って、そこで初めて自分が拗ねた演技をしていたことを思いだした。
「悠仁くんっ!」
なんだ、と手を止めてこちらに目線を合わせてくる様子を見て、少し考えて。今更ながらこの我儘は通るだろうか、と散々迷ってから、悠仁くん相手なら大丈夫か、と結論付けた。
「髪、触らせてくれたら許したげる」
髪?と一回首を傾げて。俺の髪の毛か?と指差す様子に首肯する。そう、綺麗な髪の毛だなとずっと思っていたんだ。無造作に挙げられた前髪以外は、あまりいじった様子の見えない髪型をいじってみても楽しそうだし、何よりずっと一度触ってみたいと思っていたんだ、
「俺の髪の毛なんて触っても楽しくないぞ」
「ええの」
駄目?と小首をかしげると、あまり納得いっていない様子ながらも別にいいと許可を出してくれた。言ってみるものだ、と小さく拳を握って。どうぞという風にこちらに背中を向けた悠仁くんに一歩近づいた。
「綺麗な髪」
ヤチヨとお揃いだ、羨ましいな、と口の中で呟く。店長以外に若くて白髪の人は見たことないけれど、お爺ちゃんの白髪とはまた違う。あんなにゴワゴワしてなくて、一房持って光に透かして見るとキラキラ光る。動画でよく見る、月明かりに輝くヤチヨの長い髪の毛とおんなじ色。
「悠仁くん、髪伸ばしたりしないん?」
似合うと思うのに、と言うと笑われてしまった。どうにも長い髪の毛は手入れが大変だから嫌らしい。確かに、とごもっともな理由に頷いた。長い髪の毛にあこがれて一度伸ばしてみたことがあったけど、一定以上に長くなると途端に手入れの何もかもが大変になるのだ。あれは、相当の覚悟が無いと出来ないことだと思い知った。
上げられていた前髪を下ろしてみたり、逆にポケットに入っていた髪ゴムでちょんまげみたいにして鏡を見て二人して笑ったりして遊んでいると、引き戸の開く音がして誰かが入ってきた。
「彩葉いますか~、…やっぱここか」
「あ、お兄ちゃん」
ちんちくりんと言ったことを忘れてないぞ、と悠仁くんを盾にして威嚇する。兄本人にも少しは自覚があるのか、所在なさげに後頭部を掻きながら視線を上にさ迷わせて、何時もより小さな声で悪かったよ、と言った。
「似合ってる、似合ってるって」
「……思てなさそう」
投げやりな褒め言葉に、悠仁くん越しにジト目を向ける。同じ言葉なのにどうしてこう与える印象が違うのだろうか。やっぱり違う生き物なのかもしれないな。
「ほら、もう帰るぞ」
「もう?」
そう言われて壁に掛けられた時計を見ると、思っていたよりも時間が過ぎていたことに驚いた。今日やったことと言えば羊羹を食べさせてもらって、その後悠仁くんの髪の毛をいじって遊んでたくらいなのに。
「夕飯遅れるから」
「…分かった」
不満たらたら、という表情を作って悠仁くんの背中から出て。兄の伸ばしてきた手を取る前に一つ思いついたことを口に出してみる。
「悠仁くん、家で晩ご飯食べよ?」
みんな喜ぶと思う、と兄に目配せ。意味が分からなかったのか首を傾げられてしまった。普段から喧嘩している弊害がこんなところに、と少しの後悔。兄の加勢が入らなかった所為で、流石にこんなに急なのは悪いから、と断られてしまった。
残念、また今度ね、と言って、悠仁くんの服を離して。がらりと引き戸を開けて一足先に店の外に出た私を追うように戸に手を掛けた兄が店の中を振り返った。
「悠仁、また今度KASSENで勝負な」
あぁ、と答えた悠仁くんが店の中から手を振る。兄は家では誰も敵わないくらいに強いし、大会でも成績を残せるくらいに凄いらしい。でも、悠仁くんにはまだ一度も勝てたことないと常に闘志を燃やしてるし、こうやって定期的に挑戦しに行く姿をよく見ている。そのたびに負けてるけど。
「…あと、次は夕飯食べに来いよ」
父さんも喜ぶ。と最後にそう言って、引き戸を閉めた。今度はもっと早く誘おう。それで、母の許可を取れたらこっちのものだ。
「お父さん、今日帰るの早いん?」
「もうすぐ帰るってよ」
少しずつ日が長くなってきている、春の夕焼けに照らされた帰り道を歩く。数分で終わってしまう道。何回も、何百回も通ったこの道。
「中学入ったら、あんまり行けへんようになるんかな」
「…それはないだろ」
なんだかんだ理由つけて通うだろ、と呆れたようにこちらを見る兄。否定できないその台詞に、う、と言葉に詰まる。そんな私を尻目に、それに、と言葉をつづけた。
「遅くまであけるんだってさ、4月から」
「…そうなん?」
甘いよなぁ、彩葉に。と呟く兄の言葉が耳から耳に抜けていく。悠仁くんのまえで中学に上がった後の不安をこぼしたことなんてないのに。気が付いていてくれたのか、と頬が緩んでしまった。
「ほな、いっぱい行かな」
「俺は今年中に一回は悠仁を倒す」
無理や、と言ったら勢いよくなんだと!という大声が返ってくる。ほんの少し歩いただけなのに家のドアは目の前で。そのドアの前に、鍵を探しているのか鞄を探る長身の男性の姿が見えた。
「あ、お父さん!」
こちらの声に気が付いて、優しく手を広げてくれるその人に思いっきり飛びついた。
あんまりにも誕生日イラストで創作欲が掻き立てられすぎて連続投稿です。
続き?無いよ。
必要そうだったら無から錬成します。