[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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 数分に一度、夜闇を切り裂くように車のライトが視界を横切り遠ざかっていく。段々と遠ざかっていき小さくなるエンジンの駆動音までもが最後まで耳に届くような、そんな静かな夜だった。灯りの少ない夜道を、一際輝く満月が照らす。そんな静けさをかき消すように、つんざくようなブレーキ音と、それに続いて轟音で何かがつぶれるようなぐしゃりという音が辺りに響く。

 

 振り返ると、ほんの一瞬前に私たちの横を通りすぎていった車が電柱に衝突して、運転席側だけが綺麗につぶれている様子が目に入る。私たち以外に誰もいない通りに、潰れた車から弾かれた前輪が跳ねながらどこかに転がっていく低い音と、助手席に座った女性の「駄目、いかんといて」という悲痛な声が嫌にはっきりと私の耳に届いて。

 

 次の瞬間、私の視界は急激に切り替わっていた。

 

 何も言えなかった。長い間、どんなに人々に迫害されて、恐怖されて。静かに傷ついていたあなたが、それでもせめて自分の手の届く範囲だけでもと手を伸ばしてしまう優しさを持っていることを、私が誰よりも知っていたから。

 

 助手席の中で声を震わせる女性に、私の知っている誰かの面影を見てしまったとしても、私には何も言えなかった。未来の事を詳細には知らないあなたに、目の前の人を救うな、何て言えなくて。

 

 何より、私の大事な人が、家族を亡くしたことでどれだけ傷ついたか。私は痛い程知っているはずなのに。そんなことをちらりとでも考えてしまう自分の事が、泣いてしまいたくなるほどに嫌で。こんな体では、満足に泣くことすら出来やしないのに。

 

 見ていることしかできなかった。どう見ても助からないと思われた男性の身体が、逆再生のように平時の形を取り戻していく様子を。それを目を丸くしながら見つめている、彩葉そっくりの女性の顔を。せめてそれ以上の混乱を与えない様、ウミウシである私は口をつぐむことしか、その時出来ることはなくて。

 

 未来が捻じ曲がる音が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 引き戸を開け、今日は入り口のところに置いてあったFushiのぬいぐるみにおはよう、と挨拶をして手を振る。いつも置いてあるわけではないけど、度々ここに置いてあるこのぬいぐるみは、悠仁くんがその日の気分で置いているらしく。「挨拶してやってくれ」と言われているのである時には必ずおはよう、とばいばい、を言うようにしている。

 今日は入学式後、初めての土日休みである。あれから早数日。式当日にはまだ咲いていた桜も、この短期間で急激にその花びらを散らしてしまって、今ではその大部分を葉桜に入れ替えてしまっている。淡い色で飾られていたその枝には、今では目の覚めるような明るい緑が踊っている。

 

 入学式の後に食べに行ったお寿司は美味しかったな、何て思い出しながら、勝手知ったるとばかりにカウンターに用意されていた自分用の椅子に腰を下ろした。

 

「なぁなぁ悠仁くん。またスーツ着たりしないん?」

 

 これ、とポケットに入れていたスマホを取り出して座っていた悠仁くんに向けて見せる。私のスマホの今のロック画面は私と悠仁くん二人で並んで“入学式”と書かれた看板の前で撮ったものだ。私はカメラの方を見て満面の笑みでピースをしているけど、隣の悠仁君はカメラではなく私の方に視線を向けて目を細めている。父が悠仁くんの不意を打ってシャッターを切った渾身の一枚だそうだ。因みにホーム画面はその後に4人で並んで撮ったものになっている。

 

 私が真ん中で、その後ろに私よりも頭二つ分以上大きい悠仁くんが立って。私の両隣に両親が並んでいる。写真の中の私はお父さんとお母さんの手を片方ずつ取って満面の笑みだ。お兄ちゃんも居れば全員で撮れたのにな、と残念な気持ちもあるけど、この写真は今の私のお気に入りだ。

 

 写真の中の悠仁くんは一緒に買いに行って、私が選んだフォーマルなスーツに身を包んでいる。絶対似合う、と思って選んだものだが、大正解だったその黒いスーツは、悠仁くんの白い髪の毛との対比になってとても映えている。

 

 更に、桜の花びらが舞い散る中に立つと、晴れの日の太陽の光に花びらとその髪の毛がキラキラ光って、元々悠仁くんがとても目立つこともあって一枚の絵画みたいだった。そんな光景は、今私のスマホの写真フォルダの中にひっそりとしまわれている。

 

「ちょっと窮屈でな。勘弁してくれ」

 

 それなのに本人がこんなことを言うのだ。もったいない、あんなに似合ってたのに、全然もう一度着る気がなさそうなのだ。今もそのスーツは綺麗にアイロンがけをされて、座敷の壁に掛けられている。大切にしてくれているのは分かるので嬉しいのだが、それはそれとしてもう一度着ているところを見たいと思ってしまうのは悪いことだろうか。

 

「なんでぇな、似合うてたのに」

 

「きっちりした格好は苦手なんだよ」

 

 これくらいの方がちょうどいい、と今着ているシャツの首のあたりをつまんで引っ張る。いつも通りのラフな格好だ。悪いとは言わないし、似合ってると思うけど悠仁くんは自分の格好に少し無頓着なところがある。お母さんも「見た目を整えるんは最低限の常識や」と言っていた。もっとお洒落してもいいと思うんだ、私は。

 

「ええやんか。もう一回着てぇな」

 

 そう言っても、また今度な、と視線をそらされてしまった。これは多分着てくれないな。

でも、入学式みたいに着ざるを得ない時になれば着てくれるのは分かっている。でも、それだと次にあの恰好が見れるのは3年後の卒業式ということになってしまう。それは遠すぎる。

 

「…悠仁くん、三者面談、くる?」

 

「それは親の役目だなぁ」

 

 紅葉さんに来てもらいな、といって悠仁くんが笑う。流石に暴れてでも食い下がるほど私は子供ではないけれど。それでも、次に見ることが出来るのが3年後というのは、あんまりにも悲しいではないか。私が選んだ服なんだから、私の前で位もっと着てくれてもいいのに。

 

「あんな、あの服着て私と一緒におでかけしたらな、きっとすっごく楽しいと思てん」

 

 お昼ご飯を食べた後、悠仁くんは用があるからと言って帰ってしまったから。私があの姿を見ることが出来た時間はあまり長くない。

 

「私が選んだ服着とるとこ、もっと見せてぇな」

 

 上目づかいで悠仁くんの腕を引っ張る。お昼を食べた後はどこに行こうかとそわそわしていた私が、悠仁くんが帰ってしまった後にしゅんとしていたら、母が次に悠仁くんに何かを頼むときはこうするといいと言っていた。「他の人にしたらあかんよ、お父さんはええけど」と言っていたけど、こんなことその二人以外にするはずない。

 

「…一回だけだぞ」

 

 ほんの少しの迷いを経て、悠仁くんの口から出たのは肯定の言葉。やった、と言った私は、その腕を両手でつかんだまま満面の笑みを浮かべた。お母さんの言っていたことは正しかったみたい。悠仁くんが私のお願いを断ることは少ないけど、なぁなぁにされることは極稀にある。今回はそのパターンだと思ってたけど、お母さんの言っていたみたいにしたら頷いてくれた。今度から駄目そうなときはこの方法に頼ろう。ありがとうお母さん。

 

 頭の中のお母さんが、「絶対に他の人につこうたらあかんよ」と呆れたような顔で笑っている。わかっとる、お父さん以外にやったりせん。

 

「ほな、今から!」

 

 そう言って、店の扉の方を指差す。今日は入学式の日に勝るとも劣らないような快晴で、春の心地良い日差しが引き戸にはめられたガラス越しに店内にも柔らかな日差しとして差し込んできている。絶好のお出かけ日和というやつだ。

 

「お花見いこっ」

 

 あれ、着てな?と座敷に掛けられているスーツを指差して小首をかしげる。そんな私を見た悠仁くんは少し困ったように笑いながら、仕方ないなと呟いた。

 

 

 

 学校に植えられていた桜はもうほとんど散ってしまって残っていない。店の扉を閉めて、『閉店』と書かれた看板を掛けて。暖かい日差しの降る静かな通りを二人で並んで歩く。夏になったりすると、外国の人がとても多くなって、特に有名な観光地の周りは歩道の隙間が無いくらいに込み合ったりすることがある。そういうところには一人で行ってはいけないと厳命されているけど、今は、この場所は他の人の気配はとんと見えなかった。

 

 と、と歩道の縁石の上に軽く飛んで乗ってみる。車通りが多いところでは出来ないことだけど、ここの車道はとても静かで。先ほどから車が近づいてくる音一つ聞こえてこない。そんなところに乗ったら危ないぞ、と隣を歩く悠仁くんが心配したような表情でこちらを見るから。

 

「なら、悠仁くん。握っといて?」

 

 そう言って片手を差し出すとしょうがないな、と薄く笑ってその手を取ってくれた。繋いだ手を大きく振って。ちょうど民家の塀越しに枝が伸びてきている桜の木を見上げてみた。ここも学校の桜と同じく花びらはほとんど散ってしまい、見えるのは枝についた緑の葉ばかり。当然だ、日本の桜はほとんどがソメイヨシノだから、同じような気候ならどの木も同じような日に咲き始め、同じような日に花を散らしてしまう。

 

 でも、お父さんに聞いたらここなら多分咲いているだろう、というところを教えてもらえたから。今日はそこに行ってお花見をしようと思っていたのだ。それに加えてもう一度悠仁くんのスーツ姿も見れてよかったな、とそちらに目をやる。入学式の日と同じスーツを身にまとった悠仁くんは、ジャケットを着ているのは少し暑かったのか脱いで片手に持ったそれを肩に掛けている。

 

 入学式に来てくれた悠仁くんと私の両親はそれはそれは目立っていて、特に悠仁くんは遠目からでもその髪の色ですぐに分かることで、注目を集めていた。そのため、その3人に囲まれていた私も同じように人目を引いていたらしく、入学式後に登校すると何度かその話を振られたけど。

 

「あの人って酒寄さんのお兄さん?」

 

 だったり、

 

「何されてる人なん?」

 

 だったり。何人かの女の子が悠仁くんの事を聞き出そうとしてくるから、思わず「そないに詳しなっても意味ないで?」と返してしまった。あの時の私はどういう顔をしていただろうか。でも、仕様が無いじゃないか。あの娘達が、悠仁くんの恋人の有無まで聞き出そうとしてきたのが悪い。そんなことは私も聞いたことはないけれど、もし恋人がいたなら私にこんなに付き合ってくれないと思うのでいないと思う。

 

 考えたこともなかった。悠仁くんに恋人がいるかどうかなんて。私が扉を開けたら、いつも当たり前みたいにあそこにいたから。いないと思う、いないと思うけど。もし、この先出来ることがあるなら。私があの店に行っても、いつも悠仁くんがいなくて。

 

 私が隣に座ってお喋りしていても、急に用が出来たからと言ってどこかに行ってしまうことが増えて。いつの間にか、私が座っていた椅子が私ではない違う人の座る場所になって。考えただけで寂しくなってしまった私は、繋いだ手を確かめるようにぎゅうと更に力を込めて握った。

 

「悠仁くん、また来年も一緒にお花見いこな?」

 

 今度は皆いっしょな、と付け加える。ポケットの中に入れたスマホを握りしめて、来年は兄も一緒の写真を撮りたいな、と考えて。もちろん行こうか、と一瞬の迷いもなく答えてくれた悠仁くんの横顔を見て、ほんの少し安堵した。

 

 

 

 決して背が高い方ではない私でも手を伸ばせば届きそうな場所に桜の花が枝垂れてきている。その先には京都と言えば、という問を大人数に投げれば何人かは上げるであろう五重塔を望むことが出来る。手を伸ばして、ほんの少しその枝を引っ張ってみて。手を離した枝がもとに戻ろうと跳ねることで、少し派手に花びらが散るのを見て綺麗、と声に出してみた。

 

「こら、彩葉。触ったら駄目だ」

 

 ぽん、と悠仁くんの手が私の頭に乗せられる。あまりに綺麗だったので、思わず手を伸ばしてしまったことを反省してごめんなさい、と頭を下げた。ここに咲いているのは御室桜という遅咲きの桜なので、他の所では既に散ってしまっていた桜も、ここでは未だ満開だ。

 

「…時康の寺か

 

 悠仁くんが空を仰ぐように手をかざして。小声で何かしら呟く。どこを見ているのか分からないけど、下から見上げた悠仁くんの目が何かを見ているようで、何も映していなくて。視界の中に散る桜の花びらも何も、きちんと見えていないようで。不安になってしまった。

 

 どこ見とるん?とも、誰の事考えとるん?とも聞けなくて、ただ無言で悠仁くんの手を引っ張って。どうした?とこちらを見た悠仁くんの瞳の中にちゃんと私が映ってることに心底安堵して、口を開いた。

 

「悠仁くん、楽しい? 迷惑とちゃう?」

 

 悠仁くんは大人だ。だから、子供の私とはきっと色んな所が違って。楽しいと思うことも、綺麗だと思うものも、好きなことも。私とは違うところがあって、いつも私に付き合ってくれるけど、もしかしたら。つまらない、迷惑だと考えてることもあるんかな。

 

「綺麗だな、来れて良かったよ」

 

 ありがとな、連れてきてくれて。私の不安をかき消すようにそう言った悠仁くんが私の手を引く。眩しそうに細められた目には、今度は確かに満開の桜が映し出されていて。

 

 遠いあなたと、同じものを奇麗だと思えたことが何よりも嬉しくて、私の手を引く腕全部を抱えるように飛びついて、もう一つ笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彩葉の入学式、私も見に行きたかったなぁ」

 

「流石にスーツ着た状態でFUSHIを肩に乗せていくのは無理だったな」

 

 ごめんな、と謝る悠仁。実際に見ることはできなかったけど、悠仁がとってくれた動画で少し緊張した顔で体育館に入ってくる彩葉の姿も、新入生代表として前に立って挨拶する彩葉の姿もちゃんと見ることが出来たから、そこまで不満という訳ではない。

 

 見に行けない私の為に悠仁がとってくれた写真と動画、そして酒寄家の皆が撮ったそれらを貰ってきて、私にくれたから。私はその場にいたかのようにその日の様々な景色を見ることが出来ている。

 

 彩葉はとても楽しそうだ。こんな無邪気な笑み、私は見ることが出来なかったけど。八月で悠仁と一緒に居る時や、家族でいるときには彩葉はいつもにこにこしている。

 

 全然違うな、私が知っている彩葉はお父さんが亡くなってから変わってしまった家族の関係にいつも苦しんでいた。彩葉のお父さんは今も元気で、彩葉は無邪気なまま元気にすくすくと育っている。きっとこれなら、彩葉があんなに自分の事を追い込んで限界になることも、お母さんとの関係に苦しむことも、未来には起こらない。

 

「よかったねぇ、悠仁。幸せそうだねぇ」

 

 写真の中で彩葉に向けて愛おしそうな目線を送る悠仁の姿をなぞって、そう呟く。

 

「ヤチヨも、次は一緒に行こうな」

 

 どうにかその方法を考えよう、と笑う悠仁の膝の間に座って、背中を預けて。そうなればいいな、と考えながら目を閉じた。

 

 

 

 

 




覚悟はいいか?俺は出来てる

ifの扱い

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  • 普通の後日談も交えつつ書く
  • 書かんでいいから後日談だけ書く
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