[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん] 作:夕暮れの家
裂帛の気合いの声と共に、白髪の鬼の顔に対して赤髪の鬼の持った棍棒が振り下ろされる。その長い一本角に棍棒が当たる、と誰もが思った次の瞬間、棍棒は持ち手に衝撃を与えることなくその姿をすり抜け、視界には半身になって避けたと思われる姿勢の白髪の鬼の姿が映る。あまりにその回避動作が滑らかだったため、もしこの戦闘を観戦しているものがいたのなら、本当に体をすり抜けたと錯覚してしまうほど。
しかし、渾身の一撃を回避された赤髪の鬼は微塵も焦ることなく。振り下ろしてそのまま地面に衝突し罅を入れると思われた棍棒が地面付近で不自然に鋭角な軌道で跳ね上がり、勢いを殺さないままに相手の顎を狙った。半身になっていた鬼の目がほんの少し驚いたように開かれ、極限まで集中してゆっくり流れる時間の中にある赤髪の鬼は相手の予想を上回ったことを確信してにやりと笑う。
次の瞬間、電撃のように閃いた右手が確実に顎を刈り取ろうと迫っていた棍棒に添えられ、自分に迫る棍棒の勢いを右手を軸にして利用した白髪の鬼の身体がふわりと宙に舞う。
「はぁ!?」
確実に決めたと思っていた一撃を予想外の形ですかされたことで笑みの形になっていた口が開かれて、思わず驚愕の声が漏れる。しかし、流石と言うべきか。頭は驚愕していても体は宙に舞った相手を仕留めんとして棍棒の先の照準を合わせて、中に仕込まれていた銃口が連続で火を噴いた。
宙に浮いているのならそれ以上の行動は出来ない、避けられない。迂闊に跳躍をするなというのは飛び道具の存在するこのゲームにおける鉄則で。しかし、相手はまたもその常識を飛び越える。
とん、と何もない空中で地面を蹴ったかのように軌道を変えて自分に向かってくる弾丸を躱し切り、果てはかすりそうになった弾丸の側面を指で撫でてその軌道を逸らし。そのままの勢いで着地した地面を蹴って赤髪の鬼に向かって接近を開始した。
決して常識外れの速度ではない。しかし、大会でも味わったことの無い威圧感を自分に向けてくる鬼を眼前において、赤髪の鬼の足が一歩後ろに下がる。しかし、それも一瞬。直ぐに自分を奮い立たせ、棍棒を構え。飛び道具は通用しないとばかりに自分からも一歩前に踏み出して再び棍棒を上段に振りかぶった。
「おぉッ!」
対する白髪の鬼は無手。ゲーム内に武器防具として存在する籠手やナックルなども一切装備せず、更に防具も何一つとしてつけていない。それなのに目を凝らすとその頭上に表示される残り体力を表す緑のバーは、一ドットとして減少していない。先ほど自分に迫りくる銃弾を逸らしたとはいえ素手で触れていたのにも関わらず、だ。
先ほどの焼き直しのように上段から振り下ろされた棍棒に対し、今度は側面から優しく手が添えられる。次の瞬間、真下に振り下ろされていた棍棒の軌道が大きく横に逸れ、それにより持ち手の姿勢が崩される。
獲物が予想外の軌道を描いたことによって泳ぐ上体に、容赦なく相手の拳が迫る。しかし、ゲームの仕様として素手ではあまりにも攻撃力が低く、ましてや最高級の防具で固めた前衛をそれのみで削り切るなど至難の業である。ただ、このプレイヤーを除いて。
エフェクトと共に赤髪の鬼に拳がヒットした瞬間、派手な火花と共に“Critical!”という文字が頭上に表示される。それによって派手にノックバックした体にピッタリと張り付くように追走した長角がもう一度拳を振りかぶって。更に振り切られた拳と共に再度同じ文字が頭上に表示され、戻したと思われた体勢が今一度崩される。
本来SETSUNAにおけるCriticalの仕様とは、攻撃のタイミング、角度、込められた力がゲームの求める最適と誤差なく一致した際に偶発的に起きる現象である。滅多に起こらないが為、その効果は絶大。特大ノックバックに、相手の防御力を無視したダメージの加算。プロシーンでもここぞというときに引き寄せ、逆転を掴み取った場面は語り草になる程。
狙って起こせるものではない、本来なら。そんな常識を嘲笑うかのように視界に連続で表示される8文字からなる英単語と、のこり僅かになってしまった自分の体力バーを見て。くそ、と呟いて赤髪の鬼は全身をポリゴンに変えて爆散した。
「まぁた負けたよ。どうなってんだあれ?」
あれだよ、空中で急に軌道が変わったやつ。とリスポーンしたその場所で座り込みながら感想戦に入る。色々と気になることが多かった今回の対戦だったが、一番の興味はそこだった。あの時、驚愕しながらも手が動いた自分を褒めながら、確実にダメージが入ったと確信したのに。気づけば当たると思っていた弾丸は全て回避され、目の前に迫られていた。
「このゲームにあんなスキル無いだろ?」
あったのならば自分が知らないはずはない。知っていたのならちゃんと対策を考えている。確実に今日初めて見た挙動だった。チートではないのはなんの警告も出ていないし、相手の人柄からそれは無いと断言できるから、それならあれは仕様であるということだ。自分にもできるかもしれない、そう期待して相手の返事を待つ。
「システム外スキル、みたいなもんでな」
「じゃあ俺にも出来るか?」
「いやぁ」
なんだよ、と歯切れの悪い答えをする悠仁を白い目で見つめる。大体今回はいける、という手ごたえはあったのに蓋を開けてみればノーダメージの完封である。慣れていることであるし、変な手心は加えないでいいと言ったのも自分なのだが、流石に不貞腐れたくなってくるのはおかしいことではないだろう。
「あー、空気の面って言ったら、分かるか?」
「はぁ?」
詳しく聞いていると、地球上に一様に存在している空気にも温度や密度の違いで“面”が点在していて、その面を上手くとらえれば空中で跳躍することも出来るという事らしい。うん。
「…意味わからへんわ」
「そうだろうなぁ」
感覚の問題だからな、と言いながら頭を掻く悠仁。空気の面ってなんだ。そんなものがあちこちにあるんなら歩くだけで顔やらなんやらぶつけて仕方がないだろう。理解が出来ない、という表情をしていたのを察せられたのか気にしないでくれ、と謝られた。
「とにかく、次はその変態機動無しにしてくれ。何の対策にもなりゃしないから」
「そうだな、悪かったよ」
付き合ってもらってるのはこちらだから、謝られるのも何か違うのだが。それはそれとして、幾ら1V1の技術を磨くため、とは言っても他の誰もやってこない立体軌道を動きに組み込まれてしまったらそれはもはや別ゲーの対策になってしまう。それでは何年も前から態々時間を取ってもらっているこの時間が意味のないものになってしまうから。
欲を言えばCriticalによる嵌め技に近い挙動もやめて欲しいのだが、それを言ってしまうと只の素手の攻撃ではこちらにダメージがほとんど通らない。そのため、目つぶしなどの外道攻撃が中心となってしまうためそれもまた何か違うものへの対策になってしまうから。
「もう一回頼むよ」
ウインドウを操作して再戦を申し込む。最近やっと手に馴染んできた棍棒を肩に担いで、目の前の自然体で立つ白髪の鬼を今度こそやってやるという決意を込めて睨みつけた。
「強くなったな」
「結局…、一本も、とれてないけど、なぁッ!」
息を荒げて仰向けで大の字に寝転がる。このゲーム内で素手で武器を持った相手と打ち合えるはずもないのに、結局1度も棍棒による攻撃を掠らせることも出来ずに完敗を喫することとなった。もし彩葉がこの場面を見ていたなら、流石に自分の事を心配しにこちらに来るかもしれないくらいにはボコボコにされた後だが、その口調とは裏腹に気分は不思議と晴れていた。
なぜなら、棍棒による一撃こそ入れることは敵わなかったものの、見よう見まねで体得した徒手空拳による攻撃が頬に掠って初めて相手の体力をほんの少しとはいえ削ることが出来たからだ。今まで何度かあったようなまぐれ当たりとは違う、明らかにこちらの狙い通りにいって入ったダメージだった。
大したもんだよ、と笑いながら掠った場所の頬を叩きながら笑う悠仁に対してにやりと笑う。何年もかけて削ることが出来たのはようやく相手の体力の2%に届こうかという数値。単純計算で言えば体力を全て削り切るまでにあと200年はかかりそうだ。
それでも、確かな手ごたえはあったと先ほどの感覚を強く掴んで放さないようにして。また一つ成長することが出来た自分をまずは誇ることにした。
「なぁ、悠仁」
「ん?」
「あー、なんだろうな」
言いかけて、口ごもる。店の開店時間前に取ってもらっている時間はもうすぐ終わりの予定となっている。ウインドウを出して時間を確認していた悠仁を見て、今言う事でもないか、と考え直して口をつぐんだ。
✿
人に弱みを見せるな、と母はよく言う。自分の弱いところを誰彼構わず見せていたら、いつ背中から刺されてもおかしくないから。世間には何も善人ばかりではない、他の人の足を引っ張って引きずり落とすことだけを生きがいとしている人間が一定数居るから。そんなのが混ざっているかもしれない不特定多数に対して自分の弱みをさらけ出すことは自殺行為だ、と言っていた。だから本当に信じることが出来る人だけにしなさい、と言っていた。
それに対し、私はどう答えたのだったか。
「悠仁くんはだめなん?」
お父さんを見て、お母さんを見て。そして、お兄ちゃんがいると思われる自室の方向を見て。最後に、そこにはいない男の人の顔を思い浮かべた気がする。そもそも弱いところってなんだろう、と当時の私は考えていたような気もするが、それはそれ。
きっとお母さんが言う本当に信じることが出来る人というのはお父さんの事なんだろう。お母さんはお仕事中や、お父さん無しで外に出るときは少し雰囲気が硬くなる、というか気を張っている感じになるけど、お父さんがいるといつも表情が柔らかい。
お父さんは凄い、私とお兄ちゃんが喧嘩しそうになっても、お父さんが話しかけてくるといつの間にか喧嘩の存在自体を忘れてしまっていたことが何度あったか。
悠仁くんもだ。最初はほんのりお母さんも警戒していたみたいだけど、悠仁くん相手だったらお母さんもあんまり気を張っていない。お父さんに対する態度とはまた違うけど、何て言うんだろう。対応が他の人に対する時に比べると、雑?な感じになるのだ。悠仁くんもそれを笑いながら受け入れてるから、多分仲がいいんだと思う。
「虎杖君はな、例外や。世の中あんなお人ばかりやと思ったらあかん」
「そうなん?」
首を傾げる。そんなこと言われても良くわからなかった。人の足を引っ張って何が楽しいのか、理解が出来なかった。皆楽しそうに笑っている方がよっぽどいいじゃないか。誰かを落としたとしても、自分だって楽しくないだろうし、やられた人だって何も楽しくない。誰も良い思い何てしてないのに、なんでそんなことをするのだろう。そんな疑問を口にしたとき、母はどんな顔をしていたか。
「彩葉はええ子やなぁ、父さんの誇りや」
「ほんまっ?」
覚えているのは、横から伸びてきた父の手が私の頭を優しく撫でてくれたこと。その手と、貰った言葉によって暖かくなった心の温度。そして、その後に母が言っていた言葉だけ。
「だから、あぁいう人の手はな、離したらダメや」
芯からええ人ほど、ある日ふらっと居らんようなってしまいそうで怖いんよ。そう言っていたと思う。あの時の私は多分、それに対して首を傾げたと思う。母が言いたいことが良く分からなかったから。だって、悠仁くんが私の事を置いてどこかに行ってしまうなんてありえないと思うから。
いまでも、その言葉の真意をつかみ切れている気がしない。
「聞いてへんっ…!」
いつもよりも気持ち大きな声で、黒板にいつもよりも丁寧な板書をしていく教師の背中を見ながら、周りに聞こえないくらいの声でそう呟いた。いつも通りの授業時間、座っている席もいつもと同じなのに、周りに座る同級生たちもどこか落ち着かない雰囲気を醸し出している。
それらの原因は、他でもない教室の後ろに立っている保護者達であろう。母親か父親、もしくは両親どちらもが来ている生徒もいるのか、教室の後ろには多くの生徒たちの親が並んで立ってこちらを見つめている。その中でひときわ目立つ、白髪の偉丈夫の姿を振り返ると見ることが出来る。
「聞いてへん、お父さんっ…」
授業参観があるというお知らせを両親に渡した時、お母さんは忙しいからとお父さんが行くと言っていたではないか。確かに朝家を出るときにはなんだかあわただしくしていたけど、まさか来ないとは思わないではないか。それに、お父さんが来ないで代わりに悠仁くんが来るなんて聞いてない。
ほんの少し振り返った私の視線に気がついたのか、悠仁くんが腰のあたりで軽くこちらに手を振る。そんな珍しい様子に心がほわ、と温かくなるのを頭を振って抑えて。内心で頭を抱えた。
嬉しくないわけがない。しばらくは見れないかなと思っていたスーツ姿を見ることが出来たのは素直に嬉しいし、何より急に頼まれただろうに迷惑そうな顔一つせずにあそこに立ってくれているのが、私の為だと分かるのがとてもいい。
でも、今日は授業参観で。私が普段学校でどう過ごしているかを見られるのは少し、気恥ずかしいというか。お父さんならまだしも、悠仁くんにはちょっと見てほしくなかった自分がいるのも事実。
いつもよりも時間をかけて仕上げた板書を滔々と読み上げている教師の声を聴きながら、考える。悠仁くんの事を根掘り葉掘り聞きだそうとしてくる女の子達にほんの少し威嚇してしまってから、私の中学校での周りからの認識はどうもお父さんや悠仁くんからの認識と激しく乖離があるようで。
近寄りがたい、だったり、綺麗、だったり。それに加えて最初の定期考査で1位を取って掲示板に乗ったあたりから、更に遠巻きに見られるようになった。幸いなのはその視線に敵意が混じっていないことくらいだろうか。私は、どうにも周りからは高嶺の花のように扱われてしまっているようで。
自分で言うのもなんだけど、そんな感じの視線が四方八方から来るんだから仕方ないじゃないか。母に言われたように弱みを見せないようにと少し気張っていたのが悪かったのか、それとも初日のあの一言がいけなかったのか。今になっては分からないけど、分かったところで私の立ち位置は変わらないから。
そんな悠仁くんの印象から乖離のある中学校での自分を、あんまり見せたくなかった。どうしようかな、と背後からの視線を受けるように背筋を伸ばして。考え事をしていた所為か教壇に立つ教師がなにがしか口にして手を叩いたことに気が付かなかった。
だから、悠仁くんがいつの間にか隣に来ていたことにも気が付かなくて。
「彩葉、大丈夫か?」
そんなことを言われて初めて隣に悠仁くんがしゃがんでいることに気が付いて。周りを見回してみると皆保護者と何かしら会話をしている。今はそういう時間らしい。
「だ、大丈夫。お父さんがくるって聞いとったけど…」
「どうも急に仕事が詰まったらしくてな。朝に頼み込まれたんだ」
伯父さんだぞ、と軽い調子でおどけて見せる悠仁くんを見てほんの少し笑いが漏れて。そんな私をやっぱり心配そうに見ている悠仁くんの瞳が視界に入る。
「表情が硬いな、体調悪いのか?」
「そういうわけじゃ…」
ないんやけど。と言葉を言い切る前に、私の前髪が掻き上げられて額に悠仁くんの手が当てられた。熱はなさそうだな、何て真剣な顔で言って。一瞬遅れて自分の状況を把握した私の頬に急激に熱が集まってくる。
「…悠仁くんのあほっ、場所考えてぇな」
声を潜めて私よりも低い場所にある悠仁くんの頬を軽くつまむ。そんなことをすると、悠仁くんは「お、元気だな」なんて言って笑っていた。私の指の所為で少し喋りづらそうだったけど、なんだか今の状態が新鮮で。そのままにしてむにむにと弄っていると悠仁くんが指で黒板の文字を指差した。
「あれ、やっとこうか」
指の先を見ると、黒板上には“将来の事を考えよう”などという曖昧な表題が踊っている。補足説明などあったのかもしれないが、生憎すべて聞き逃してしまった。将来の事なんて、具体的に考えたこともなくて。ほんの少し頭を捻って、答えの出てこなかった私は目の前の人に話を振ってみることにした。
「悠仁くんは、将来どうするん?」
多分俺は今がその将来なんだけどな、と笑って。悠仁くんの目が私ではない遠くを捉える。偶にする顔だ。この顔をするときは決まって悠仁くんの瞳には私は映っていなくて、私はこの顔が嫌い。
「俺の大事な人達が、幸せになってくれたらいいな」
その言葉を発したときには、悠仁くんはちゃんと私の事を見ていて。あの顔をしていたのはほんの一瞬だけだった。素敵だな、だったり、悠仁くんらしいな、と言った感想が口をついて出そうになったその時。いつかの母の言葉が頭をよぎる。
『ある日ふらっと居らんようなってしまいそうで怖いんよ』
悠仁くん、悠仁くんの大事な人達って誰の事?幸せになって欲しいって願ってるのは、その人たちだけ?
悠仁くんは、どうなん?
「悠仁くん、私の将来、聞いてくれへん?」
手を伸ばして悠仁くんの手を取る。母の言うとおりに離さないようにぎゅうと力を込めて握って。
「あんな、悠仁くんは私と一緒に幸せになるんやから」
忘れんといてな、約束やからな。そう言ってもう一方の手も伸ばしてその手を握って。
自分の事を大事にしてくれないなら、私が悠仁くんのこと大事にするんやから、と心の中で呟いた。
ifルートってね、本当は設定を少し変えたらどんな感じにキャラの関係が変化するかを楽しむおまけみたいなものだと思っていたんですよ。
決してプロローグから結末まで書くものではないと思っていたんですよ。アンケート開いたからには最後まで書きますけども。
ifの扱い
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このまま最後まで書く
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普通の後日談も交えつつ書く
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書かんでいいから後日談だけ書く