[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん] 作:夕暮れの家
店長が一人でツクヨミにログインする頻度が高くなった。ある日リビングでコーヒーを飲んでいた私の対面に座ったかぐやからそんなタレコミが入った。
「おかしくない?配信に誘おうと思ったのにさー。部屋のドア開けたらもうスマコンつけてんの」
一緒にゲームしたかったのに、とぶーたれている。きっと店長は嫌な顔はしないだろうけど、スマコンをつけている相手に現実の方から触れるのは流石のかぐやでも気が引けたようで。最近では味覚や触覚も実装したツクヨミにいるのであれば現実からの接触は事故になりかねないからその判断は正しい。だからこそ無念の撤退を選んでやろうと思っていた配信の枠も開くことなくリビングに居た私の所に来たのだろう。
「ヤチヨの所に行ってるんじゃないの?」
「それがさー」
ヤチヨはヤチヨで今日はどこかにお出かけをしているらしい。義体で外を出歩いているということは多分ヤチヨは今ツクヨミにはいない、という事らしい。
「悠仁が今まで用も無しにツクヨミに行くなんてなかったじゃんか」
「うーん、確かに」
ヤチヨが店長も私もつれずに一人でお出かけ、というのも多少気になりはするものの、近所を散歩してくる、というくらいなら普段から良くあることだ、問題ない。ただ、長時間帰ってこない様なら、申し訳ないけど取り付けさせてもらっている位置情報発信機能を使って確認しなければならない。なにせヤチヨも店長も機密情報が服を着て歩いているような存在なのだ。店長なら心配ないかもしれないが、ヤチヨは違う。多少の安全対策を講じるのも当然というものだろう。
「一人で遊んでる、とか…」
「私たちがいるのにっ!?」
む、と口ごもる。店長はひとりでいるときは基本的に静かに読書をしているくらいで、かぐやや私がそこに声を掛けるとすぐに読んでいた本を脇に置いてこちらを優先してくれる。だから、自分で口にしておいてなんだが一人でどこかに遊びに行くというところは正直あまり想像できない。しかし、そうなると今度はツクヨミで一人ではないということで。
「私、いろは」
で、ヤチヨは外。そうやって一人ずつ指をさして確かめて。最後に行き場の無くなった指を天井に向けて揺らす。
「私たち以外の誰かといるってことになるよね…」
しゅん、とかぐやの視線が落ちる。私との配信よりもその誰かとの方が良いんだ。といじけたように呟いて。正確にはちゃんと配信に誘ったわけではないので別に配信をないがしろにされたわけではないのだが。そこは感じ方の問題なのだろう。
今のかぐやにはそんな些末なことは関係ないらしい。どんどんと下に落ちた上体は ついに机の上にべたぁ、と投げ出されている。
「ちょっとしたら、戻ってくるんじゃない?その時にまた誘えば…」
「彩葉はさ」
「彩葉は、悠仁が他の誰かに取られてもいいの?」
顔を伏せながら放たれた言葉に、かぐやをなだめようと伸ばしていた手がピクリと空中で止まる。そんなわけない。芦花と真実と一緒にお酒を飲んだあの日から自覚してしまった幼稚な独占欲は今も私の胸の中に渦巻いている。
良い訳がない、良い訳がない、けど。
声も、視線も。あの優しさも、全部私たちだけに向けて欲しい、何て言うのは、只の私の幼稚な我儘で。口に出すことなんて出来ずに、胸の奥にどんどんと溜まっていっている。
「私は…」
だから、その後に続けようとした店長が幸せなら。という言葉がどうしても口から出てこないことに驚いた。店長の幸せを願っている。笑って欲しい、傷つかずに、穏やかに過ごして欲しい。どれも私の本心だけど。
店長が私たち以外の誰かと並んで歩いて、笑いあっている姿を思い浮かべただけで、そんな願いを押し流してしまうほどのどろりとした感情が胸の奥からあふれ出してきて止まらなくなってしまう。
「良い訳、無いでしょ」
店長を必死に探して、一時期は寝る時間すら惜しんで観測機器の前に噛り付いていた私だ。店長の身体を1から作ったのも私だ。私だ、私なんだ。店長の隣にいる、私たち以外の誰かじゃない。
一言、口に出しただけで、まるでつかえがとれたかの様に心の中のそれは勢いをまし、更に口からあふれ出そうとする。
私のだ。私だけの店長なんだ。
店長だなんて呼びかたは距離がある、とかぐやは言うけれど。この呼び方だって、あの店で店長が唯一雇ったアルバイトである私だけの特別。大切なものだ。
「いやだよ、絶対に嫌」
でも、私のだなんて。簡単に口に出すことは出来なくて。だって、私には自分が店長の特別になれる自信がない。こんなことを言ったら、きっと困らせてしまう。眉を下げて、困ったような顔をして。もしかしたら悲しませてしまうかもしれない。
困らせたくない、悲しませたくない。笑って、ほしい。
「彩葉、ごめんね。泣かないで」
当たり前のこと聞いてごめんね、とかぐやの腕が伸びてきて私の頬に触れる。そこで初めて、自分の目から涙が流れていることに気が付いた。
「店長が幸せなら、それでいいの」
「でも私が隣にいないと思うと、辛くて」
わかんない、分かんないよ。そう言葉にならない呟きをこぼして。千々に裂けてしまいそうな心を何とか繋ぎとめて。頬にあてられたかぐやの手を取った。
「かぐや、どうしたらいいと思う?」
分からない、どうしたらいいか。藁にも縋るような思いでかぐやの顔を見て。何故か瞳の中でめらめらと炎を燃やして奮起するかぐやの表情が目に入ってぎょっとしてしまった。今の話の中のどこにそんな状態になる要素があったのだろうか。
「彩葉、ツクヨミいくよっ」
「え、な、なんで?」
「悠仁さがすのっ!」
急いで、と私の手を取ったかぐやが自室のスマコンを取りに走り出す。それに引っ張られて、私ももつれそうになる足を必死で抑えながら足を出した。
★
ツクヨミにログインして、有名人になってからは余り普段使いをしていなかった配信そのままのアバターでかぐやがログインしてきたことにまず驚いた。配信を再開したかぐやは、ツクヨミ内ではかなりの有名人だ。そのままのアバターで歩いたら人が集まってしまってしょうがないだろう。
「かぐや、なんでそのアバターで来たの?」
「うーんとね、見ててね、彩葉!」
そう言うや否や、ログインして直ぐに気が付いていたのか遠巻きにこちらをちらちら見ていた犬耳アバターの女の人の所に突撃していった。
「すいませーんッ!」
「ェッ声かけられた…ご、ごめんなさいそんなつもりじゃなくてッ」
「えっとね、この人見なかった?」
相手の人が何故か高速で頭を下げていたが、それに全く動じないかぐやは1枚の写真を表示して相手に見せてそんなことを聞いていた。小走りで追いついてその写真を見ると、何時の間に撮ったのかツクヨミ内にいる店長のアバターの写真だった。
「探してるんだけどー」
「え、あ、あの。この鬼のアバターの人、ですか…?」
見てない、と思いますけど…、と言いながら首を捻りつつ。思い出そうとしているのか片手を頭に当てながらしばらく考えて。途中で何かに気がついたのかかぐやの見せた写真を二度見する。
「えッ、もしかして」
いや、でも、と散々困惑してからかぐやの目を見て。それにかぐやが口に人差し指を当てることで答えた。
「見たら教えてね!お友達がいたら協力してくれたら嬉しいな~」
「え、じゃ、じゃああの。その写真、頂けたり…」
「それはダメ」
すげなく断って、聞き耳を立てていたらしい次の集団に向かう。相変わらず末恐ろしいコミュ力である。しかし、広いツクヨミ内でどうやって探すというのかと思っていたが、まさかこんな手段を取るとは思っても見なかった。店長は今まで基本的にかぐやと現実のカメラの前でしか一緒に配信をしていなかったから、アバターの姿までは知られていなかったのだ。
しかし、それもこれまでだろう。かぐやは写真そのものは渡していないものの、結構な速度で沢山の人に見せて回っている。人の口に戸は立てられぬともいうし、すぐに口伝で広まってしまうのではないか。…後で店長に叱られても知らないぞ。
「あの、すみません。急にこんなことに巻き込んでしまって」
「アッ顔がいい…ッいえっ、ご褒美ですっ!」
「そうですか…?」
とりあえず最初に巻き込んでしまった女の人に謝罪して、どんどん店長のアバターを広めて情報を集めようとしているかぐやを回収するためにそちらに足を向けた。
「彩葉ーっ!この人知ってるってー!」
「ちょ、名前…。っていうか本当に?」
かぐやが半ば無理やり捕まえてきたその人によると、店長はSETSUNAのステージがある方に向かったらしい。ただし、一人ではなく背中ぐらいまである黒髪をおろした女性と一緒だったとのことで。
「…それ、本当?」
瞳孔が収縮して細くなったかぐやの顔を見て驚いたのか、はたまた配信している時よりも少し低くなった声が怖かったのか。情報提供してくれた人はそのまま何処かに行ってしまった。
「かぐや、戻ろう?」
分かってるんだ。店長には店長の交遊関係があること。10年前の私は、只のアルバイトでしかなかったから。店の外に出た、店長ではない時の店長が何をしているかなんて全く知らなくて。そこでどんな人と交友があって、どんな関係だったかなんて私は、全く。
私がいつまでも店長と呼ぶことをやめられないのは、この呼びかたが特別だから、だけじゃない。店長と店員としてしか関わることが出来なかったから、それ以外の関係を知らないから。この呼びかたを完全にやめてしまった瞬間から、店長と私の関係が何でもないものに変わってしまいそうで、怖いから。
今でも10年前の関係に縋ることしかできない私は、只の臆病者だ。そんな私に、こんな真似をしてまで店長の事を探るなんてことが許されるはずもなくて。
「いくよ、彩葉」
そんな私の言葉を無視するように、かぐやが私の手を引く。聞こえていないわけではなくて、意図的に。困惑して声を上げる私からは、俯いたままのかぐやの表情はうかがい知ることは出来ない。
「彩葉も、悠仁もだよ」
少し進んでから、かぐやが口を開く。
「他の人に優しい癖に、自分に優しくない」
馬鹿、ばかだよ。辛うじて見えるかぐやの唇が噛みしめられるのが見えて。喉まで出かかっていた抗議の言葉がまた胸の奥まで引っ込んでいってしまった。
「勝手に自分を傷つけて、勝手に無理して。勝手に、決めつけちゃって」
私にもっと話してよ。そんなに頼りない?そういうかぐやの声は震えていた。
「私が大好きな二人が、ダメな人なはず、無いのに」
私のこと、信じられない?そう言って足を止めたかぐやが振り返る。頭をガツンと殴られたかのような衝撃が襲う。信じられないはず、無い。今かぐやは私に自信をくれたんだ。私が自分のことを卑下すると、それはそんなはずないと自信を持って言ってくれるかぐやを信じていないことになって。
そして、私はかぐやのことなら自分の命を預けられるくらいに信じているから。
「子供の成長は早いねぇ…」
こんなだったのにね、と両手で赤ん坊だったころのサイズを作って見せると、かぐやはもう10年だよ、と笑って見せた。まだ10年だよ、かぐや。人間だったらまだまだ小学生だ。私も、昔店長に同じ様なことを言われた覚えがあるな。あれは何をしていた時だったか。
店長も、私に対して同じようなことを思っていたのだろうか。
「うん、行こうか」
どんどん悪い方に向かっていた気分は晴れて。それでも確かめなければいけないことはあるとばかりに今度は私がかぐやの手を引いて。目的地の方向へ足を向けた。
蓋を開けてみれば店長はお兄ちゃんとSETSUNAで1V1して遊んでいただけだった。髪を腰辺りまで伸ばした黒髪の女性というのは変装した乃依さんのことで。どうにも前の顔合わせの1件から結構仲良くなった二人は頻繁にこうして遊んでいたから店長がツクヨミに来る頻度が増えた、という結末だった。
その様子を見たかぐやがいつかと同じようにお兄ちゃんにメンチを切りながら突撃していったり、悠仁をかけて勝負じゃーッ、などと突拍子もないことを言いだしたり。その様子をいつの間にかつけていた配信で大人数に向けて発信したせいで結局店長のアバターがばれたせいで先ほどの所業が有耶無耶になったりなどと色々あったけども。
「…ね、店長」
「どうした?彩葉」
今はツクヨミなんですから、本名を出さないでください。そう言うと、店長もそっちだって呼びかたがいつものままだ、と笑っている。
「私たち以外の女性、見ちゃだめですよ?」
そうしたら泣いちゃいます、とはっきり言葉にした。
★
くすんで刻まれた字が読めなくなってしまっている墓石を丁寧に磨いて、お香を焚いて。両手に抱えた花を供えて、静かに目を瞑って手を合わせる。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
人のいない墓地に、長く白い髪の毛を後ろ手一つに結んだ女性がそう呟いた。お忍びなのか、サングラスをかけ、帽子を被ってあまり顔が露出しないようにしている。それでもなお、その美貌の全てを覆い隠すことは能わず。
「やっと、会いに来れたよ」
刻まれた名前を大事そうにそっとなぞって、話しかける。当然墓石は答えない。当然だ、死人に口なし。死者と話すことなど、出来はしないのだから。
「初めまして。私は、こんな顔だよ」
想像通りだったかな。思ったより綺麗だった?おどけたように言って見せた言葉に答える声は無くて。もう一度呟いた初めまして、という言葉が静寂に包まれた墓地の空気に溶けて消えていった。
普通の後日談も書かないと設定が頭から抜けそうなので書くことにしました。
ifの扱い
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このまま最後まで書く
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普通の後日談も交えつつ書く
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書かんでいいから後日談だけ書く