[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん] 作:夕暮れの家
「悠仁、こっちだよ!」
世界中で数多くの人が利用する仮想空間ツクヨミ。その中にあって、このエリアにはどこを見回してみてもその二人以外の人影は見えなかった。その上、常夜の世界であるはずのツクヨミの中にも関わらず、そこでは外の世界と同様に太陽の光が降り注いでいる。
一人は男。長く伸ばされた白髪を後ろでゆるくひとつに纏めており、額の中央からは長い一本角が天を突くように伸びている。男が一歩足を踏み出して、ざくりという音を周囲に響かせると、背後に垂らされた髪もその動きに合わせて左右に揺れている。
そんな男の手を引く女性もまた、白髪であった。高いところで2つに結ばれた髪の毛と、抜けるように白い肌が快晴の空から降る日光を受けて淡く煌めいている。海洋生物をモチーフにした和装を翻して、自分に続く男の手を取ったまま踏み出した一歩は、白い地面に確かな足跡を残した。
辺りは一面の雪景色だった。今ではもう見ることの叶わない、かつて日本のどこかにあったその平原は、仮想空間であるツクヨミ中に当時の姿をそのまま見せている。一歩踏み出すごとに背後に続く足跡が増えていく。かつては一人分だったそれも、今は二人分、並んで跡が残る。
人の手によって荒らされていていない新雪が日光を反射して輝いている。腕を引かれたまま、一歩下がるような形で積もった雪を踏みしめながら、雪の中で白く輝きながらこちらに笑いかけるヤチヨの姿を見た虎杖は目を細めた。
「冷たッ!…くはないね、やっぱり」
雪の中に沈み込んだ足を蹴り上げて、雪を飛ばしてみて。勢いで言ってみた言葉を恥じるように少し頬を染めたヤチヨが言う。無警戒に雪へ素足を突っ込んで歩いていても大丈夫だったのは、今のツクヨミには触覚が存在していないから。
それでも、当時に忠実すぎるほど忠実に再現されたその景色は、二人に当時の記憶を鮮明に思い起こさせるのには十分だった。特に虎杖に関しては、感じないはずの冷たさを雪に足を突っ込むことで想起させてしまうほどの現実感がそこにはあった。
「懐かしいな、あの場所か」
かがんで掌に足元の雪を一掬い。目を凝らしてみると独特な形状の雪の結晶も一つ一つ表現されている。興味深そうにしげしげとそれを眺めていた虎杖。そんな彼の額に、唐突に横合いから飛んできた雪玉が見事命中した。当然感触はない、しかし、雪によって一部防がれてしまった視界で、掌の雪を見て。そして雪玉が飛んできた先を見ると、新たに作った雪玉を片手に持って構えながら、来なよとでも言いたげにもう片方の手で手招きをしているヤチヨがいた。
「やったな?」
虎杖の口角が持ち上げられ、手に持った雪を軽く握って。固めるとともにお返しとばかりにそれを振りかぶって投げた。
しかし、力を抜きすぎたのがいけなかったのか、綺麗な放物線を描いて飛んだ雪玉はヤチヨの背後の雪に跡を残すのみであった。
「そんなのじゃあたらないよ~!」
けらけら笑いながらヤチヨがもう一つ雪玉を投げる。またも顔に向けて飛んできたそれを今度は掌で受けて。ヘイヘイと雪の上で軽やかに飛び跳ねながら煽るヤチヨの様子を見た虎杖の表情が綻んだ。かつてこの場所を訪れた時は、ヤチヨは彼の肩の上で飛び跳ねることしか出来なかったことを思い出しているのか。現実ではないものの、ヤチヨが自由に自分と同じ目線で動き回れているのが嬉しいのか。もう一つ、先ほどよりも気持ち強めに振りかぶった雪玉をヤチヨに向けて放った。
あぶない、と笑って自分の肩辺りに飛んできたそれを横に飛んで避けて。着地した先で雪に足を取られたのかそのままバランスを崩してひっくり返る。ぼす、という音がして白い雪に人型の跡が残る。柔らかい雪は舞い上がることもなくそのままヤチヨの身体を受け止めて見せた。
「ふふっ、あははっ」
あの時も、こうやって雪合戦してみたかったんだぁ、と倒れたままで手を広げて大の字になったヤチヨが空を見上げたまま言う。その視線の先には、雲一つ見えない青空が広がっている。あの時、8000年前に来た時も、こんな空だっただろうか。虎杖がふと零した。
「どうしたんだ、今日は急に」
「…気にしないで。悠仁とここに来たかっただけ」
やっと出来上がったんだから。苦労したんだよ?と手で辺りを指し示す。8000年前の光景をそのまま再現する、というのは言葉にするのは簡単でも実際にやるとなると困難を極めるもの。電子生命体たる今のヤチヨにとってもそれは変わらない事実だった。
「それよりさ~!」
上半身を跳ね上げるようにして仰向けの姿勢から起き上がる。そして、その勢いを利用して手に準備していた雪玉を再度虎杖の方に投げるも、流石に今度はひょいと首を捻るだけで避けられてしまう。その様子を見て一瞬頬を膨らませてから、手を伸ばして広がる雪原の方を指差す。
「何か足りないと思わない?」
「足りない…?」
示された方向に従って視線を動かすも、何が足りないのか分からなかったのか虎杖が首を傾げて声を漏らす。当然だ。記憶といくら照らし合わせてみてもその景色は彼の記憶と寸分違わ姿をぬ今も見せている。違うところと言えば今彼らが幾らかつけた足跡くらいのものだ。
それから数秒考えて、結局何が足りないのか思いつかなかった虎杖が両手を上げて見せた。降参だ、の意だろう。
「ほら、私たちが作ったものがあるじゃん」
「作った?…あぁ、あれか」
合点がいったように手を打つ。この場所で彼ら二人が作ったものと言えば一つしかなかったからだ。かつて彼らは、正確には虎杖が肩に乗せたウミウシの指示のもとに馬鹿でかい雪だるまを作って見せたことがあるのだ。サイズもさるものだったが、虎杖の常識外れの膂力によって圧縮された雪玉は通常のそれと異なり何故か光沢を放っていた。
あまりに大きく、重量があったそれは二人が去った後もしばらくそこに残り続け、当時の人々に目撃されたことで現代に至るまでの変な伝説を残すこととなっている。なお二人にそんな自覚は全くと言っていいほどないのだが。
「あの時は指示だししか出来なかったからね~」
今度は一緒に作るんだ。とどこからか出現した襷によって袖をまくる。それによって筋肉などほとんどなさそうな細い腕が露になった。一見すると大量の雪を運ぶには力不足が過ぎるような見た目だが、ツクヨミ内ではそんなことは関係ない。実際には重量関係なくものを運ぶことが出来るし、何なら消滅させることも出来る管理者様である。しかし、今回はそんなことはしないようだが。
「あの時よりも大きいのつくろ?」
ね?と小首を傾げて先ほどと同じように片手を虎杖に向けて差し出す。首肯した虎杖も笑ってその手を取って、まずはどんなのを作ろうか、と口を開いた。8000年前から比べると更なる器用さを獲得した彼の術式をもってすれば、大きい雪の塊を削って氷像を作り出すことも朝飯前どころか前日の晩飯前である。しかし、今回ヤチヨが望んでいるのは一緒に大きい雪だるまを作る、という1点であって厳密にはあまり出来栄えは気にしている点ではなかった。
あの時はここをこう、あそこをこうしてなどとやかましく指示していたのにな、と虎杖が笑うと、昔のことは言わないで、とヤチヨがその腕をぺしりと叩く。実際手を動かすことのできなかった当時の彼女だが、初めての見る積もった雪に燥ぎまくって、雪だるまを作るとなってもそのテンションは一切衰えることなく完成まで虎杖の両肩と頭の上を往復するようにぴょんぴょん飛び回っていた。下に降りなかったのは流石に冷たかったからだ。
その後、もっと寒いところに行ってみようといった場所で雪崩にあって、結局虎杖の拳一発で吹き飛ばしたからよかったものの暫く雪山がトラウマになったのは今では笑い話である。
「やるぞーっ」
おー、と拳を天に突き上げながら雪が多く積もっている方に突撃していくヤチヨの後ろ姿を眺めながら、虎杖も同じくやるか、と肩を回して腕をまくって。ヤチヨとお揃いの色合いの着流しを着ていることからそのままでは腕まくりが出来ないことに気が付いてどうしようかと首を捻っていると、どこからか現れた襷が先ほどのヤチヨと同じように虎杖の袖を抑えて見せた。
「お揃いだねぇ」
自分の方を見てほほ笑むヤチヨを見て、その足元の出来た小さな雪玉を見て。二人でそれを転がして大きな雪玉を作成する作業から開始した。
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「ダメッ!ぜったい、だめやっ!」
「頼むって。本当に、後生だから」
イヤイヤと首を振って絶対に頷こうとしない妹を前にして、朝日は内心では完全にお手上げ状態だった。自分の前に立ちふさがる妹はその両手を広げて自分の前に立ちふさがり、背後で彼女のことを宥めようとしている悠仁を自分の視界から隠そうとしているのか、更に背伸びまでしている。
「だめや。悠仁くんは私のなんやから」
「誰のものでもないだろ…」
「ならお兄ちゃんのでもないっ」
頑なな態度を崩そうとしない彩葉の様子を見て、まいったなと天井を見上げる。木目調の、今時あまり見ない暗い色の天井だった。どうしてこうなったんだったか、話を切り出すタイミングを間違えたか、と後悔しながらつい数分前のことを思い出してみた。
「なぁ、悠仁くん。最近お兄ちゃんが変や」
いつも通りの椅子に座って、隣に座る悠仁くんに話しかける。悠仁くんはチョコを買ってくれた男の子にありがとう、と声を掛けて手を振ってから、こちらに目を向けた。
「変って?」
「考え込むことが増えてん。ゲーム誘ってもぼーっとしとること多ぅて、返事が返ってこないんよ」
定期的に私の事をゲームで負かすことが日課になっていたような兄なのに、最近ちょっと弱いんだ。元々勝率は5回に1回くらいだったのがこのところは3回に1回くらいの確率に上がってきている。でも手を抜いている様子でもなく、ただただどこか上の空になっている頻度が高いだけ。それがゲーム中にも来るだけ。
でも、今までそんな様子見たことなかったから心配なんだ。お母さんとお父さんに聞いてみても心配ない、すぐに解決するとしか言わないし。私は心配しているのに。
「心配や、ゲームもやけど最近はサッカーもあんまりやってないみたいやし」
「そうなのか…」
心配だな、と悠仁くんが顎に手をあてる。この様子では気が付いていなかったようだ。私は悠仁くんが開店前に兄と定期的にツクヨミ内でゲームをやっていることを知っている。そんな悠仁くんが気が付いていないということはその時には変わった様子は見せなかったのだろうか。
「どうしたら元気出してくれるんやろ」
一緒に考えて欲しい、と言葉にすると、隣に座った悠仁くんが彩葉は優しい子だな、と言って手を頭に乗せた。最近少し伸びてきた髪の毛を後ろで一つにまとめているのを崩さないようにゆっくりと動かされるその温度を逃さないように少し背伸びをする。
「悠仁くんがな、一緒にサッカーしてくれたらお兄ちゃんも喜ぶと思うてん」
「俺が?」
昔お父さんが忙しい時期に約束をすっぽかされて拗ねたお兄ちゃんがそれならと悠仁くんを代わりに誘ったことがあった。あの時は悠仁くんもそれに少し難色を示したことでお兄ちゃんの機嫌が底まで落ちていたな。最終的には悠仁くんが一緒にゲームをやり倒す約束を取り付けたことでどうにか機嫌を取っていたが。
力加減を間違えたら危ないから、とその時は言っていたのだったか。
「お兄ちゃんももう大きくなったんやし、危なくないと思うんよ」
今ではお兄ちゃんも悠仁くんに並ぶくらいに身長が伸びている。私からすると、二人とも並んで立つと顔を見るのに絶対に上を向かなければならないからもう少し縮んでくれてもいいのではないかとも思うけど。だからこそ、悠仁くんと並んで座ってお喋りできるこの場所が好きだ。
悠仁くんが用意してくれた椅子は、悠仁くんが座っている物よりもかなり座面が高いから私が座ってもあまり視線の高さの差が気にならないのだ。これに座っている間は私は悠仁くんと同じ目線の高さでお話をすることが出来る。
「うーん、そうか…」
首を捻る様子を見て、おやとこちらも首を傾げる。普通に頷いてくれるものだと思っていたから、こんな反応は想定外だ。駄目なのかなと思いながら悠仁くんを眺めていると、店の引き戸が音を立てて開かれた。
「悠仁ー。お、彩葉もいるか」
ちょうどいい、と言いながら入ってきたのはまさに今話題に上がっていた兄だった。今日も朝ご飯をぼーっとしながら食べてお母さんに怒られていたというのに、今の様子は普通そうだ。しかし、ちょうどいいとはと首を捻っていると、その答えが出る前に兄の口が開かれる。
「悠仁、俺と一緒に東京来てくれないか」
プロゲーマーになるつもりなんだ、悠仁も一緒にどうだと続ける兄の言葉を最後まで聞くことなく、身体は動いていた。
「ダメッ!」
「SETSUNAでは未だに一回も勝てたことないし、悠仁が一緒に来てくれるなら心強い。頼むよ」
「悠仁くんは私と一緒にこっちで暮らすんやもんっ、だめなのっ」
取り付く島もない様子の彩葉から一旦視線を切って、悠仁の目を正面から見つめる。プロとして事務所から誘ってもらったのは自分一人だが、自分が一度も勝ったことの無い師匠がいる、という話をしたら是非と言ってくれていた。悠仁がなんであんなゲームの腕前があるのにずっと駄菓子屋をやっているのかは分からないが、きっと今よりもずっと稼げるようになる。悪い話ではないはずだ。
「…東京の、どこだ?」
「立川」
そうか、と言った悠仁の目が見開かれる。立川、立川か、と何度も繰り返して。その様子を見て不安になったのか、彩葉も振り返ってそちらを見ていた。
「悠仁くん?行かんよね、こっちにずっとおるんよね」
「…俺は」
彩葉に対して甘すぎる悠仁にはすげなく首を横に振られてしまうと予想していたので、迷っているような反応を見せるのは予想外で。悪くない感触に口角を上げる。両親から預かっていたこの手紙も、ここが使いどころだろう。
「うちの両親もこう言ってる」
父も母も、子供のころから悠仁に対してべったり過ぎる彩葉の事を少し心配していた。悠仁が悪い人ではない、むしろ稀に見る善人であることは今更疑っていないが、それにしても家族以外との交友関係が狭くなってしまっているのはどうなのか、という心配は当然だろう。
「彩葉、お前は少し悠仁から離れた方が良い」
そこで、俺が東京に行くということならついてきてもらえばいい、という結論に達したようだ。母としては一緒に住むと必要なことは全てあちらで片づけられそうだから俺には一人暮らしをしてもらいたいようだが。それはそれとして近くにいてくれるなら心強い。
手紙に書かれていた、少し悠仁くん離れしなさい(意訳)という文章を見て、彩葉の目が大きく見開かれる。あまりに予想外過ぎたのか、言葉も出てきていないようで口をパクパクさせている。
「どうだ?」
「…わかった」
悠仁くんッ⁉と彩葉が悲鳴のような声を上げる。ただし、と付け加えられた条件は、プロになるつもりはないということだった。偶に大会に出るときに協力するくらいはかまわないが、基本的には露出するつもりはないと。
「店を畳むつもりはないんだ」
これが性に合ってる、と笑う。とにかく言質は取った。彩葉に関しても後から伝わるよりは居るときに言った方が良いと思っていたのだが。今の様子を見るとどちらでもあまり変わらなかったようで。
「…なんで?」
「なんで、私のこと置いていくん?」
約束したやん、と手を伸ばして相手の腕をつかむ。
「来年行くお花見は?お兄ちゃんもや。一緒にいくっていうたやん」
あほ、もう知らん。そう呟いた彩葉は走って店から出て行ってしまった。悪いことしたかな、と後頭部を掻いて。悠仁に向き直る。
「追わなくていいのか?」
「許してもらえる気がしないなぁ…」
そんなことを言いながらも立ち上がる。この役割は本来は家族である自分や母がやるべきことな気もしているが、こういう時に一番に悠仁が動いてしまうからその立場はとられてばかりだ。こういうところも母が少しの間でいいから離れてみなさい、と言った理由なのだろう。
「なんで了承してくれたんだ?」
てっきり彩葉の方を優先すると思ってた。入り口の方に向かう悠仁にそう零すと、こちらを振り返らずに腰に手をあてて上を向いた悠仁が口を開く。
「…必要だと思ったから」
なんだそりゃ、と呆れたような言葉が出てしまった。どうやら答える気はなさそうだ。彩葉は走って出て行ってしまったので早くしないと見失うぞ、と言うと悠仁も急いで出口から駆け足で外に出て行ってしまった。表に“開店”の表札をだしたまま。
「…ま、流石にね」
原因を作った手前、このまま帰るのも忍びなくてカウンターに座る。戻ってくるまでは久しぶりにここの店番をやっておいてやろう。
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薄暗い部屋の中。外を見ると偽物の満月が輝き、半透明の巨大魚がその身をくねらせて空を泳いでいる。そんな世界の一番高い建物の中で、一人の少女が机に向かっていた。いつもは高いところで2つに結んでいる髪の毛は今は下ろされており、長いそれが床に扇状に広がっている。淡い光が照らす部屋で、彼女の表情は陰になっており伺い知ることは出来ない。
机に向かって、なにがしかが書きつけられた紙に手に持った筆を伸ばして。
「うん、今日も楽しかったな」
そこに書かれた文字列の一つに上から墨を引いた。もう何が書かれていたか分からなくなるように、完全に黒くなったことを確認して静かに頷いた。また一つ、黒線が増えた紙を眺めて、指を文字列の上に沿わせて。
明日は、何をしようかな。そう呟いた。
更新頻度が落ちるかもしれません。理由は他の物を書き始めたからです。
そちらの方でも順調に激重関係が出来上がってきています。
ifの扱い
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このまま最後まで書く
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普通の後日談も交えつつ書く
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書かんでいいから後日談だけ書く