[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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驚きました。正直もう昨日からストックなんて無いんですが。


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愛ほど歪んだ呪いはないよ。と、とある世界の最強は、死んだ恋人を呪いとして現世に縛り付けてしまった少年にそう言った。

 

愛をこめて放った言葉は、どんな形であれ相手を縛る呪いとなる。

 

きっと、それがどんな世界であれ。

 

変わることなど、ない。

 

 

 

 

 

 

朝の準備を終え、アパートのドアを開けると、不意に下の方から声を掛けられた。予想だにしない方向から掛けられたその声に驚いて少し肩を跳ねさせながら振り向くと、階段を下りた先、ちょうど下の歩道で此方に手を振る女の人の姿が目に入った。

 

「彩葉ちゃん!ちょうど良かった!」

 

「林さん、どうされたんですかこんな時間に」

 

 ごめんねぇこんな朝に、と笑って手に持っていた袋を此方に差し出す。スーパーのビニール袋だ。外からでも少し中身が透けて見えている。形、色身を見るにどうも野菜らしい。

 

「はい、これ。お裾分けだから、もらっちゃって!」

 

「え?いや、悪いですよ。そんな」

 

「いいのいいの、いつも息子がお世話になってるんだから」

 

 虎杖さんとこで彩葉ちゃんに宿題見てもらえるようになってから、何だか成績も伸びててねぇ。なんて言いながらそのまま私の手にそれを握らせる。

 

「本当は虎杖さんにも渡したいんだけどねぇ、あの人受け取ってくれないから。」

 

「そうなんですか?」

 

「そう、酷いと思わない?」

 

「まったくです」

 

 深く頷く。そうなのだ。まったく礼を失している。どうせお礼を言われるようなことなんてしてない、なんて言って遠慮したのだろう。そういうところがあるのだあの人は。

 

「でも良かった、彩葉ちゃんが働き始めてくれて」

 

「…なんでですか?」

 

 私があそこで働かせて貰うようになって、私は沢山助けられているが、正直店長や、周りの人にとって益があるとはあまり思えないのだ。

 

 あの時、働かないかと誘ってくれた店長には深く感謝している。店長はいつも助かってる、ありがとうと言ってくれる。きっと店長ならWIN-WINだろ、なんて言うんだろう。

 

 でも私は、本当に店長の役に立てているのだろうか。 

 

「彩葉ちゃんが来てくれてから、お客増えてるし。それに、こうやってお礼もできるから」

 

 あそこの店が潰れちゃったら、家の子が泣いちゃうかもしれないし。と言って笑う。

客が増えてるのか、初めて知った。あの店はいつも子供が集っているイメージしかないし、それは今も変わってないから。私が働き始めてからも変わらないので、そんなことは思ってもみなかった。

 

「でも、私は。いつも貰ってばかりで」

 

 今だって、そう。そんな私の内心を見透かしたのか、勢いよく手を握られ、そんなことない。と食い気味の否定がとんできた。

多分言っちゃダメなんだけどね、と。私が言ったって虎杖さんに言わないでね、と念を押してから話し出す。

 

「虎杖さんね、今まで誰も雇ったことないのよ。ずっと一人」

 

「それなのに急にバイト雇うって言うからびっくりして。その上、ねぇ?」

 

 気にかけてやってください、なんて頭下げられちゃって。と声を潜めて言う林さん。店長が、本当にそんなことを?店長が誰かに頭を下げているところなど想像もできなかった。最初にあった時も、ずっとそう。店長は常にぴんと背筋を伸ばしている人だと思っていた。

 

「ほ、本当ですか?」

 

「本当。それに、最近じゃ彩葉ちゃんのこと、自慢の看板娘だって言ってたわよ?」

 

 店長が自分のことを外でも褒めてくれていた、という事実にどうしても口角が上がってしまうのが自分でも分かる。どうにもあの人は私のことを喜ばせるのが上手い。そんなに喜ばせても何もでやしないのに。

 

「それにねぇ」

 

 まだなにかあるのか、と顔を上げる。本当は言っちゃダメかもと最初に言っていなかったかこの人は。あれか、一つ言ってしまったのだから後は全部同じというどんぶり勘定なのか。

 

「彩葉ちゃん、気づいてないみたいだから言っちゃうけど」

 

「は、はい」

 

 何だその怖い切り出し方は。そう身構えてついでに心当たりを探る。私が気がついていないこと、なにか大きい失敗でもしてたのだろうか。

 

「虎杖さん、彩葉ちゃんのこと、“酒寄”って呼ぶでしょう」

 

「…?はい」

 

 それがどうしたというのだろう。多少距離は感じるものの、ごく一般的な呼び方ではないのか。そんな疑問は、顔にも、声にも出てたかもしれない。それも、続く言葉で氷解することとなる。

 

「私ねぇ、虎杖さんが年下の娘をちゃん付け以外で呼んでるとこ、見たことないのよ」

 

 彩葉ちゃんだけ。随分信頼されてるわね。と、そう言って、話しすぎちゃったと言う言葉とともに、林さんはぱたぱたと早足でどこかに行ってしまった。きっと帰ったのだろう。その行き先も最後まで見ることが出来ずに、ありがとうございます、とだけどうにか絞り出す。

 

 残されたのは、手に下がるビニール袋の重みと、今聞かされた話の衝撃だけで。

 

 深く息を吐きながらその場にしゃがみ込む。言うだけ言って内緒だからね、と。そんな事を言われても困る。どんな顔をして店長に会えばいいのだ。

 

 今日バイトがなかったことをこの時だけ、初めて本当に心の底から良かったと思った。

 

「学校、早く行かなきゃ」

 

 立ち上がって前を向く。随分家の前で時間を食ってしまった。今日は定期試験の最終日なのだ、遅刻するわけにはいかない。

 

「…あ、そうか」

 

 手に持ったビニール袋を持ち上げてみる。その前にこれを置いていかねばなるまい。改めて中を覗いてみると、立派な夏野菜がいくつか詰め込まれていた。ありがたや、と林さんの去っていった方向を拝む。これでまたいくらかは食生活が改善しそうである。

 もう一度階段を上がって戻る足取りは、確かに先ほど同じところを降りた時よりも軽くなっていた。

 

――何わろてはるの。

 

 唐突に耳の奥で反響した母の言葉に、頭から冷水をかぶせられたような気分になる。浮かれてはいけない、私は、まだ結局なにも成し遂げられていないのだから。

 

 

 

 

「彩葉ノートのおかげで助かったよ〜」

 

「神様仏様彩葉様〜」

 

「うむ、良きにはからえ」

 

 テスト終了後、ありがたやありがたやと拝んでくる2人に胸を張って答えて、その後3人とも吹き出して笑う。

 

 

 私が八月で働くようになってから何度目かの定期試験。今回も無事に終わったと思う。それは芦花と真実も同じようで、前に赤点を取ったときのようにこの世の終わりのような表情はしていない。きっと大丈夫だったのだろう。私も骨を折った甲斐があったというものだ。

 

「彩葉〜、今日バイトないんだよね?」

 

「遊びに行こ?」

 

 いいよ、と一言。最近は迷いなく言えるようになった。まだまだ睡眠時間を削ることはままあれど、前ほど限界を極めてはいない。気絶するように布団に倒れこんで眠りにつくことが減った。きっと、いいことだ。

 

「彩葉、今日ごきげんだね。いいことあった?」

 

「え⁉そ、そうかな?」

 

「いつもより足取りかるいよ~?」

 

 そう言われてぎくり、と肩を震わせる。心当たりはありすぎるほどにあるのだ。主に今日の朝の出来事である。最後に冷や水をかぶせられたとは言え、どうにも油断していると漏れ出してしまうようだ。でも、このことは赤裸々に語るにはあまりに恥ずかしい話である。何せ要約すれば褒められて嬉しくなってしまった、である。小学生なのか私は。

 

「あっ、その顔は心当たりがあるな~?」

 

「話せはなせ~!」

 

「ご、ご勘弁を~」

 

 両側から肩を組んできた芦花と真実を、するりと抜けて逃走に入る。これだけは流石に話せないだろう。赤面ものだ。私に話させたかったら高級焼き肉ぐらい奢ってもらわないと割に合わないというものだ。

 

 テスト終わりの放課後、みな開放感に満ち溢れていて、色んな方向から何時もよりも気持ちトーンの高い話し声が多く聞こえてくる。少し前までは気楽そうに笑うそんな同級生たちの空気が、どこか別世界のように感じていたが、今は、少し分かる気がした。

 

――油断なんてしたらあかん。隙見せたらすぐ後ろから撃たれるような世界やしな。

 

 す、と頭の中が冷える感覚が襲う。また聞こえてきた母の声。最近は少し、離れていた感覚。私は今気を抜きすぎているのだろうか。私の表情が少し硬くなったのに気がついたのか、笑顔で私の事を捕まえようとしていた二人の表情も、心配そうなものに変わる。

 

「あ、ご、ごめ…」

 

「もう、彩葉」

 

 表情かたいよ?と芦花に正面から両頬に手を添えられる。

 

「最近はあんまりそんな感じにならなかったのに。どうしたの?」

 

「いや、ちょっと気が抜けてたかな、って思って…」

 

「そんなことないのに」

 

「彩葉はいつも頑張ってるよ!」

 

「そう、かな」

 

 ふと、偉いえらいと私の事を撫でる店長の姿が思い浮かんだ。私は、こんなに周りに助けてもらってるのに、何もかも中途半端な私は。本当に店長にそんなに信頼してもらえるだけの価値があるのだろうか。

 

 ぐるぐると頭の中を取り留めもない思考が回る。1番にならなきゃ、もっと形のある成果を出さなきゃ。そうでなくちゃ、私には、価値なんて。

 

「…彩葉。店長さんのところ行こうか」

 

「えっ⁉」

 

「おっ?いいねぇ、行こうか?」

 

 そんな私の様子を見て、何を思ったか言い出した芦花の提案に真実がノリノリで乗る。不意を突かれた私はろくな抵抗もできずに引っ張られるだけで。

 

「れっちご~」

 

「な、なんで?ちょっと待って?」

 

 本当に、こんな状態で、どんな顔をして店長に会えばいいというのだ。店長が私の事を沢山褒めてくれるのは嬉しくて。でも、それでも、それについ甘えてしまいそうになる私は嫌で。宙ぶらりんで、ずっと中途半端な自分の事はもっと嫌で。

 

 子供扱いしないでください、と何度も言うけど。本当は、只の一人の高校生になることが出来たようなあの扱いが心地よくて。でも、それでも。頭の隅にはずっと、そんな誰かに頼ることなんて考えもしないような母の凛とした立ち姿があって。

 

 久しぶりにこんなに母の事を思い出したな、何て。手を引かれる感覚に身を任せながらふと思った。

 

 

 

「彩葉はさ、頑張り屋さんだよね」

 

 ふと、前を歩く芦花が呟く。そして、えらいえらいと私の頭を撫でる。

 

「ずっと頑張ってて、頑張って頑張って。それで、頑張りすぎてどこかに消えちゃいそう」

 

 わたしじゃダメなの。そう言って芦花は笑った。その笑顔に込められた気持ちは、私には分からなくて。でも、とても心配をかけてしまっている事だけは分かって。

 

「だから、彩葉にはさ、あそこが必要なんだよね」

 

「とうちゃ~く」

 

 結局抵抗できずにつれてこられてしまった。目の前には“八月”という看板が大きく掲げられている。勝手知ったる、とばかりに「店長さんこんにちは~」と言ってガラリと戸を開けて入っていく二人の後ろ姿をみて、ふと気づく。

 

 私はここに客としてくるのは初めてではないのか、と。途端に二の足を踏む。いつもはこれから仕事として入るので、お疲れ様です、と言って入ればよかったのだ。私は何と言いながら入ればいいのだ。そもそも朝聞いた話に関する心の整理もできていないのに。

 

 店の中から聞こえてくる、店長の綾紬ちゃん、諌山ちゃん。いらっしゃい。という言葉を聞きながら半開きの入り口の前でまごまごしてると、店の中から伸ばされた腕に引っ張られてたたらを踏みながら入店する羽目となった。

 

「お、酒寄も。いらっしゃい」

 

「店長。こ、こんにちは」

 

 どうにも店長の顔が見れなくて、芦花を盾にして後ろに隠れた。まだ昼過ぎで、何時もよりも明るい店内の様子は、それ以外は、内装も、店長も、全く変わりなくて。すこし、呼吸が出来る気がした。

 

「店長さん、お願いがあるんですけど」

 

 ぐい、と芦花と真実に両手を引かれて前に引き出される。

 

「彩葉の事を沢山甘やかしてあげてくださーい」

 

「おねがいします!」

 

「…は?え、ちょ、何いってんの?」

 

 全くの予想外の台詞に思考が一時ストップする、どうにか振りほどいて逃げようにも、思いのほか背後からがっしりと抑えられていて脱出できない。筋トレが続かなかった弊害がこんなところに…、と歯噛みをする。

 

 そもそも、見てよ。店長だって何が何だか分からないという風に目を瞬かせているじゃないか。そもそも仕事中ではない私は只の客だ。そこまでの迷惑をかけるわけにはいかないのだ。どうにか、どうにか逃げ出そうと灰色の脳細胞を燃やして起死回生の策を探していると、店長がよくわからないが…、と言いながら腰を上げてしまった。

 

「酒寄」

 

「は、はい」

 

 とりあえず褒めればいいのか?と私の頭越しに芦花と真実に聞く店長。それはもうたくさん、とうなずく芦花。私を挟んでよくわからないつながりを作らないでほしい。勘弁してくれ。

 

「酒寄はいつも笑顔で接客してくれるから、最近来てくれるお客は皆笑顔だ。酒寄のおかげだ、ありがとう」

 

 俺はこんなだからな、と自分の顔を指差して言う。

 

「酒寄が子供達の勉強を見てくれるようになって、子供達も、その親御さんも皆君に感謝してる。面倒見の良い酒寄にしかできなかった、ありがとう」

 

 俺には出来なかったことだ、と店長は口に微笑みをたたえる。

 

 

「酒寄がちゃんと見ててくれるお陰で、甘やかしすぎだ、と親御さんに苦情を言われることが減ったよ。俺にはどうにも加減が分からないらしい。ありがとう」

 

「や、やめ」

 

 いつも子供たちにやるように、膝を曲げてこちらに目線を合わせた店長と目があった。優しさをガラス球に詰めたらこう光るだろうな、なんてあほなことを考えて。どうにも恥ずかしさが勝って目をそらしてしまう。

 

「酒寄がいてくれるお陰で、一人でお客をただ待つ時間が減ったよ。ありがとう」

 

「もう、わかりましたから!」

 

 褒め殺しか。耐えきれずに赤くなってしまった頬を隠そうと両手で顔を覆おうとして、その両手が動かないことに気が付く。そうだ、わたしは、いま、芦花と真実に抑えられているのではなかったか。

 

 はっと振り返ると、二人が面白いものを見たような顔でこちらをじっと見つめているのが目に入る。とたん、更に顔に血が上り、赤くなるのが自分でもわかった。

 

「は、放して」

 

 力なく両手を振りほどいて、今度こそ両手で顔を覆いしゃがみこむ。店長のできないことをやれていた。助けになれていたという喜びと、それ以上の羞恥で死んでしまいそうだ。

 

「おぉ~、まっかっかだねぇ」

 

「こんな彩葉はじめて見た。…店長さん、ありがとうございます」

 

「こんなことでいいならいくらでも。何ならまだ言おうか」

 

 視界の端で、店長の口角が悪戯っぽくあげられるのが微かに目に入った。何なんだ。まだあるのか、こちらはとっくに容量オーバーなんだ、閉店なんだ。もう何を言われても反応しないぞ。頭をつついてくる真実にだって絶対反応しない。

 

「それにしても、店長さんも一人で店番は嫌なんですね」

 

「もちろん」

 

「酒寄がいないと、寂しいよ」

 

 

 噛みしめるように発せられたその言葉に、少し引き始めた顔の熱が再発する。今回は耳まで真っ赤なのではないかと思うほどに。自分でも驚くほど弱弱しい「もう、やめてください…。」という言葉が口から零れ落ちた。

 

 店の端に逃げて、柱に額を当てて皆から顔を隠す。冷房の冷気にさらされた柱は、どこかひんやりと気持ちよくて、ほんの少しだけ気持ちを落ち着かせてくれた。

 

「あら、逃げちゃった」

 

「店長さんがやりすぎるから~」

 

「君らがやれって言ったんだろう…?」

 

 そもそも人づてに聞いただけでもいっぱいいっぱいだったのだ。それをこの人は面と向かって恥ずかしげもなく、と横目で店長を睨む。私ばかりこんな目にあって不公平ではないか。

 

 そこまで考えて、ふと、ここに来るまで感じていた冷たさが随分薄くなっているのに気が付いた。そして、自分が母親に本当はどうしてほしかったのかを思い出した。

 

 私は、本当は“もっと頑張りましょう”ではなくて。誇らしげに掲げた銀賞の賞状を、今の店長みたいな優しい目で見てほしかったんだ。2番3番ではだめ、ではなくて。“よく頑張りました”、と褒めてほしかったんだ。

 

 何時の間にそんなに仲良くなったのか、3人で会話を弾ませるそんな背景に耳を澄ませながら、そんなことを想った。

 

「ありがとうございました~」

 

「店長さんまたね~」

 

 結局あの後、午前中で終わったテストから直接ここに来ていた私たちは、私が落ち着いた後に店長のご厚意で昼ご飯を食べさせてもらってからお暇させてもらうこととなった。

 

 しかし、真実も芦花も微塵も遠慮しないし警戒もしていない、そんなことでいいのか。一応この人男性なんだぞ。

 

 そんなことを想ってもみたが、店長に限ってそれはないか、と結論づけてしまう自分も自分なのだろう。一歩、店の外に出る前に深く息を吸って、吐く。なんだか前よりも呼吸がしやすい気がした。

 

「ありがとうございました。店長」

 

「あぁ、またな」

 

 何事もなかったようにカウンターに座ってこちらに軽く手を振る店長の姿に少し笑いが漏れる。また、とこちらも手を振り返して敷居をまたぐ。

 

「店長さんって本当に料理うまいんだねぇ」

 

「ね、彩葉はたまに食べさせてもらってるんでしょ?」

 

 そう、ありがたいよねぇ。とそう言って笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悠仁、彩葉がね?今日初めてツクヨミに来てくれたの」

 

「今までチャットでの会話は出来たけど、やっと面と向かって話せるから、嬉しくて。チュートリアルにも直接行ったの」

 

 ツクヨミ内、いつもと同じ場所にいないと思えば、その屋上にヤチヨはいた。いつも一人でいるときは背筋を伸ばして綺麗に座っているのに、その日は背中を丸めて、膝を抱えて座っていた。

 

「彩葉ね、私を見て、目を輝かせて。“ヤチヨ”って呼んだの」

 

「分かってるよ、私は月見ヤチヨなの。彩葉は何も悪くない」

 

 でも、と言葉を繋いで、ヤチヨは背中を震わせた。ツクヨミの空に置かれた偽の月の光に照らされ、長く流れた髪の毛も一緒に震え、その上を光が流れる。

 

「でも、彩葉がわたしの事を知らないの、ちょっと、つらいなぁ」

 

 ちょっと、どころではないだろう。ずっとずっと追い続けてきたその人が、自分の事を文字通り知らないのだ・・・・・・・。いつも自分の名前を呼んでくれた顔で、その声で、違う名前を呼ばれたことの衝撃はどれだけだっただろうか。

 

「ヤチヨ。大丈夫、あと少しなんだろう?」

 

「うん、…そうだよね。ありがとね、悠仁」

 

 大丈夫、自分には、寂しそうに笑う彼女の隣に座って同じ時間を過ごすことしかできなかった。酒寄彩葉なら、こんなヤチヨの事を笑わせることが出来たのだろう。結局、8000年も一緒に生きてきたのに、そんなことすらできない。俺ではだめなのだ。

 

 

「悠仁。今日ね、彩葉が初めてライブに来てくれたの」

 

「悠仁、彩葉がね、――」

 

「悠仁、――」

 

「悠――――」

 

 それでも、やはり彼女の事を見守ることが出来るのは嬉しいらしく、見かける度、何かがあるたびに嬉しそうに話す彼女の姿を、静かに相槌を打ちながら眺めるのは自分のひそかな楽しみの一つであった。

 

 

 

 酒寄彩葉という少女について、この8000年の間に擦り切れるほど聞かされてきた。少しでも記憶が削れないように、無くならないように、変わらないように。そんな願いを込めて話していることが分かっていたから俺自身もその話を遮ることは一度としてなかった。

 

 彩葉の好きなところ、凄いところ、してくれて嬉しかったこと、怒られたこと。それらを、何度も、何度も。

 

 だから驚いた。ある日自分の助けた少女が、その酒寄彩葉その人だったことに。珍しく自分でも深入りし過ぎかな、と思う節はあった。最近見ないような酷い絡まれ方をしていた、というのはあるだろう。それ以上に、どうにも、迷子のように揺れ動くその瞳を見てそのままにしておけない、と思ってしまったのだ。

 

 そのことをすぐにヤチヨに話すと、驚きながらも納得したような表情をしていた。彼女の話の中でも酒寄は俺の店でバイトをしていたようで、やはりそうなるのか、と笑っていた。

 

 彩葉と頻繁に話せるのが羨ましい、とも言われてしまったが、それは仕方がないと飲み込んでもらった。今のヤチヨと直接話させたら酒寄はすぐに気絶してしまいそうだな、と笑うと、そうかもね、と言ってヤチヨも笑った。その日は久しぶりにウミウシの身体に入ったヤチヨと一緒に寝た。

 

 ツクヨミを作ってから、それまでずっと一緒に居たのに対して、離れて過ごすことが増えた。ヤチヨはツクヨミで過ごすことが増え、俺は現実で一人で過ごすことが増え、ずっと肩口で話しかけてきていたかぐやを無意識のうちに探すことが増えた。

 

 きっと、俺は寂しかったのだろう。8000年間歳を重ねた精神が聞いて呆れる、と自重するように口角が上がる。

 

 だからだろうか。

 

『店長、それじゃ安すぎます』

 

『店長!また勝手におまけして!』

 

『店長、ありがとうございます』

 

『店長――』

 

 随分と久しぶりに感じる人との気の置けない会話。そのうちこちらの事情を知ることになるだろう、という打算があったことは否定しないが、それでも。純粋にこちらを慕ってくれる子供達とはまた違う会話。きっとそれらに俺は、確かに救われていた。

 

 そのひたむきに努力を惜しまない姿勢に、頼られたら断らない優しさに、その心根の綺麗さに、かぐやの言っていた通り魅力的な娘だ、と素直に思った。

 

 だからこそ、安堵した。

 

 

 

 彼女になら、ヤチヨ家族を任せられる、とそう思って。

 

 

 

 

 安心できるな、と口の中で呟いて目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツクヨミ内、膝枕で寝ていたヤチヨがぱちりと唐突に目を開いた。

 

「来た」

 

 そう短く呟いて、何も見えないくらい天井を見つめた。流石にここで何が来たか、と聞き返すほど察しが悪くはない。きっと今、この時、来たのだろう。タケノコの船に乗ったかぐや姫が。

 

「悠仁、始まるよ」

 

「…そうだな」

 

 不安そうに瞳を揺らすヤチヨの頭を優しくなでる。俺は大枠は知っているものの、こまかな流れは意図して聞かないようにしてきた。それでも、俺は俺のやるべきことはもう分かっている。

 

「彩葉、私に気が付いてくれるかな」

 

「大丈夫、酒寄ならやるだろ」

 

「ふふっ、店長さんにそう言われたら、信じたくなっちゃうね」

 

 悠仁もやっと彩葉の事が分かってきたね、と笑うヤチヨ。実際にうわべだけの時間で言えばもうすでにかぐやが酒寄と過ごした時間を、俺は超えている。8000年間聞かされ続けた話と合わせて、多少分かるというものだ。

 

「ね、悠仁」

 

「もし、もしね?彩葉がわたしに気が付いてくれなくても、一緒に居てくれるよね?」

 

 

 自分で口にして、想像してしまったのか、声を震わせながら問うヤチヨ。俺に出来ることと言えば、安心させるようにそんな未来が来ることはないさ、と言うことだけだった。

 

 

 




こんだけ書いてようやく原作開始時にたどり着けそう、という事実。力尽きそうだよ私は。

昨日小説版を買ってほんの少しだけ読みました。お母さん語録が大量に出てきて普通に白目剥きました。この話が生成されました。現場からは以上です。

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  • このまま最後まで書く
  • 普通の後日談も交えつつ書く
  • 書かんでいいから後日談だけ書く
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