[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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おはようございます


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 その日は朝から何かおかしいな、と思っていたんだ。

 

 段々と日中の気温が、春の陽気です、と言い張るには無理がある程度には上がることが増えてきた最近のこと。私は気温の上がり方に比例するように上昇する来店してくれる子供たちの元気さに、こちらも元気と疲労を同じくらいに貰いながら。今年も襲い来るであろう猛暑に、果たしてエアコン無しで立ち向かえるだろうかと戦々恐々としていた。

 

 今日は土曜日だと言うのに、まだ一人もお客さんが来ていないのだ。いつもならこのくらいの時間には少なくとも三人は遊びにやってきて、私に向けて真っ赤に染まったテスト用紙を広げて見せてくるか、店長の読書を全力で邪魔するくらいのことはしているのに、今の店内は随分と静かだ。

 

 静かすぎる。捗っていた参考書の問題をやっつける手を止めて、手に持っていたシャーペンをことりと音を立てて机に置いた。

 

「店長、お客さん来ませんねぇ」

 

 そんな私の言葉に、店長はちらりと店の入り口の方を流し見て「そうだなぁ」と呟いた。

 

 まぁ、お客さんが来ないのは今に始まったことではないし、店長がそれをあまり気にしていないのも、いつものことだ。問題はない。問題ではあるが、今は良いのだ。

 

 でも、と首を傾げる。いつもなら数人、とは言ったものの、休日に顔を出す面子はそれなりに固定されている。その中の誰も来ないことを店長が全く気にもとめていないどころか心配の一つもしない事が私の中で違和感だったから。

 

 店長なら、心配だからお家に電話してみようか、くらい言うかと思っていたのだが。どうしたのかな、と首を捻っていると、ふと手元の本に落とされていた店長の視線が扉の方に向いた。

 

「?」

 

 その視線の先を追ってみると、引き戸の曇りガラスの向こうに、此方を覗くように頭だけを出している影が一つ、二つ。慌てたようにすぐに引っ込んでしまったから誰かは分からなかったけど、確かに小さな人影がそこにいた。

 

「…誰かいましたね」

 

「…そうか?」

 

 嘘をつけ、嘘を。絶対に見えていただろう。分かってるんだぞ。そんな思いをこめて店長に胡乱げな目線を投げてみるも、ふいと顔をそらされてしまう。何なんだ。今日は何処かおかしいぞ。

 

「店長、私に何か隠してますよね」

 

 座敷に上がって正面から店長の顔を見る。店長は、そんなことないさ、と言うけれど。それなら店長も私の目を正面から見て欲しいもので。明後日の方向を見ながらそう言われても、全く説得力というものが無い。逸らされた視線の先にささっと回り込んで。そこから更に逸らされて、回り込んで。という無意味な追いかけっこを数度繰り返して。我慢の限界が先に訪れたのは私の方だった。

 

「いいですよ。外の子たちに聞きますから」

 

 どうせいるんですよね、と扉の方へずんずん進んでいいく私のことを、店長が止めようとしていた気もするけれど。知ったことか。私だけ仲間外れにするなんて寂しいではないか。皆して。店長までなんだ。大人げないぞ。

 

 少しむっとしてしまった気持ちを腕に乗せて。いつもなら外れないようにと気を付けて動かす引き戸を、今回ばかりはと勢いをつけて開けて見せた。ガラリという音と共に、外にかけてあった“開店”の札がカランと揺れる。微かに振動する扉がレールから外れていないことを確認して安堵しながら、店の周りをぐるりと見回してみた。

 

 誰もいない。外に置いてあるベンチにも、その横に置いてあるガシャポンの前にも、誰もおらず。先ほど見た人影は幻だったのかと思ってしまうほどに人の気配がしなかった。そんなはずはないだろうともう一度首をぐるりと回した私の視界に、信じられないものが飛び込んできた。

 

 扉に掛けられている札である。本来なら“開店”と書かれているはずのそこには、今は全く別の文字が書かれていた。

 

 

“本日貸し切り”と。

 

 

「店長ぉ⁉これなんですかっ!」

 

 思わず少し揺れているその札をひっつかんで店内の店長に掲げて見せる。これか、今日誰も来なかった原因は。そもそも駄菓子屋の貸し切りってなんだ。飲食店じゃないんだぞ、ここは。貸切ったってやることなんてないだろう。

 

「あー。その、な」

 

「なんですか、はっきり言ってください」

 

 動かぬ証拠を店長の目の前につきつけてやると、今度は顔は逸らさなかったものの目を存分に泳がせながら。仕方ない、と呟いて胡坐をかいていた姿勢から立ち上がった。

 

「酒寄、ちょっと中で待っててもらえるか?」

 

「え、な、なんでですか」

 

「いいから」

 

 すぐわかる、と。それだけ言い残してすたすたと外に出て行ってしまった。

 

「なんなの…?」

 

 急に静かになった店内に私の声だけが響く。店長がいた時も、店長は自身があんまり話す方ではないから静かだけど。それでも私が何か言ったら絶対に返事してくれるから今とは違う。手に持った札をもう一度眺めて、首を傾げる。

 

 裏返してみると、そこにはちゃんと“閉店”の2文字が書いてあって。店内から見ても分からないようになっている。小賢しい。

 

 中で待っててほしい、と言われたから外に出なければセーフ、と自分の中で言い訳しながら硝子からこっそりと外を覗いてみると、どこにいたのか数人の子供達とかがんだ店長がひと塊になって何かしら会話しているところだった。

 

「まだーーーーー?」

 

「----人」

 

「う~ん」

 

「10分ーーーー」

 

「---は出来てるーーー」

 

「もうーーー?」

 

 扉越しだととぎれとぎれで聞こえてくる声だけでは何の話をしているかは分からなくて。もう少し、と扉に耳を当てて聞き取ろうとしたところで、店長が立ち上がるのが目に入ったので、慌てて元の場所に戻って何もなかった風を装ってみた。

 

「そのまま座っててくれよ?」

 

 すぐだから、と戻ってきた店長はそのまま私の横を通り過ぎて座敷の奥に消えていってしまった。今のところまだ何も分かっていないんですが、と白い目でその背中を見送っていると、ばんっ、と大きな音と共に引き戸が勢いよく開かれて、思っていたよりもずっと多くの子供たちが飛び込んできた。

 

「「「彩葉(お)姉ちゃん、誕生日おめでとーーっ!」」」

 

 パパパンと沢山のクラッカーが打ち鳴らされる。微かな火薬の匂いと一緒に、色とりどりのテープが宙を舞って店内を明るく彩った。

 

「…はぇ?」

 

 ポカンと自分の意志に反して口が開く。今の私はきっと随分と間抜けな表情を晒しているのだろうな、とどこか冷静な私がそんな評価を下していた。ちらりと目だけで壁に掛けられたカレンダーを見やる。5/11、そうか、今日は。

 

 私の誕生日だったか。いつからか別に大切な日ではなくなってしまったそれは、すっぽりと私の意識から抜け落ちていた。

 

 いまだ混乱から帰ってこれない私の前に、後ろから差し出された腕が大きなお皿を一つ置いた。丸くて大きい、綺麗なホールケーキだった。火のついた蝋燭も立っており、真ん中にはプレートまで置いてある。ぽん、と頭に手を置かれてぐしゃりと撫でられる。

 

「誕生日おめでとう、酒寄」

 

 頭を上げると、店長が目を細めて優しい顔で笑っている。ケーキの上に立てられた蝋燭の揺れる炎を前に、誰かの顔を見上げている。そんな状況に、何時かの日のことをふと思い出してしまい、急に胸に込み上げてきた熱いものを押さえつけるように顔を伏せる。自分でも驚くほど、触れてみた頬は熱を持っていて。

 

 そんな私の頭に、そっと優しく何かが乗せられる。同時に上がった女の子たちの歓声に充てられて顔を上げる。手を伸ばして見せてくれた写真に写っていたのは、頭に銀色に輝くティアラを乗せられた私の姿だった。

 

「な、何歳だとおもってるんですかぁっ!」

 

 かぁっと頬が更に熱くなる。直ぐ隣に立っている店長の腕を怒りと羞恥を込めてペしりと叩く。今私の頬が赤いのは、羞恥の所為なのか、それとも他の何かが原因なのか。すっかり分からなくなってしまった。

 

「なんだ、綺麗でいいだろ?」

 

 なぁ、とすぐ近くにいた女の子に同意を求める店長。そんなことないだろう、とその娘の事を見て見ると、キラキラした目で私のことを見上げている。思わずう、と上体を引くと、その娘はずい、と一歩前に出てきた。

 

「うん、お姫様みたい。すっごく綺麗っ」

 

「だ、そうだ」

 

 似合ってるぞ、と笑う店長の腕をもう一度叩いて。外そうとすると露骨に悲しそうな顔をする子たちに免じて、今はこの格好を貫く覚悟を決めた。少し時間がたったにも関わらず、未だに頬の熱は引きそうにない。

 

「柄じゃないですよ…」

 

 それに、と目の前の炎の揺れる立派なケーキを見つめる。誕生日にこんなケーキが目の前にあるなんて、何時ぶりのことだろうか。何時からか平日と変わらなくなってしまったこの日は、不器用な兄がさりげなくプレゼントを渡してくれて、少しだけ何時もよりも長く遊んでくれるだけの日だった。

 

 兄が出て行ってしまった後は、何も。

 

「申し訳ないです」

 

 最初は悲しかった。寂しかった。お父さんがいた時は、とびきり大事な日で。私が家族の中でお姫様になれる日だったから。でも、一つずつ大きくなっていく中で、そんな気持ちも少しずつ削れていって。

 

 もう、諦めはついてるのに。

 

「なんで、こんなことしてくれるんですか?」

 

 私自身ですら、忘れかけていたのに。わざわざお店の前に“貸し切り”だなんて掲げて、こんなに沢山人を集めて。私の為に。

 

 この人に、そんなことをする義理なんてないはずなのに。私が、重ねているだけなのに。

 

「そりゃあ…」

 

 何かを言いかけて、一度言い淀んで。私の横に立っていた店長が少しかがんで私と目線を合わせる。

 

「誕生日おめでとう、だけじゃ足りないよなぁ。そう思わないか?」

 

 何を言うかと思えば、と目をぱちくりさせる。なんの答えにもなっていないその言葉は、どういう意図なのだろうか。何も分かっていないという私の表情を見て、店長が微かに笑う。

 

「祝ってやってる、じゃないんだよ。俺が祝いたいからやってるんだ」

 

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 

 酒寄がいてくれて嬉しいよ、ともう一度ぐしゃりと頭を撫でられて。店長はわくわくした目で揺れる蝋燭の炎を見つめていた子供達にも、「酒寄がいてくれて嬉しいよな?」と聞くと、口々に肯定の声が投げ返されてきた。

 

 いつもありがとう、だったり。また勉強教えて、だったり。かわいい、だったり。答えになっていないものも多々あったけれど。どの声も、私に対する好意に満ち溢れていて。

 

『僕等のところ選んでくれて、ありがとうなぁ』

 

 

「ふふっ、あははっ」

 

 なんだ、それ。勝手だ。私が色々考えて、気を使って、悩んでることも知らないで。勝手で、横暴で、率直で。とっても、心地いい。口からひとりでに笑い声が漏れてしまう。そんな私の様子を満足げに眺めていた店長が、ほら、と蝋燭を指差した。

 

 一息で吹き消して。きっと昔ならば一度では消せなかっただろうな、とそんなことを考えながら消えた後の煙が細く立ち上るそれを見つめていた。

 

「はい、あげるの」

 

「あ、こら」

 

 そんな少しの感傷に浸りながら、ケーキを切り分ける店長の姿をぼうっと眺めていると、横からす、と何かが差し出された。ななちゃんが差し出したそれは、綺麗にラッピングされた、プレゼント、だろうか。

 

「食べ終わった後だって決めてただろ」

 

「…そうだっけ」

 

 どうやらタイミングが違ったらしく。それでももう受け取ってしまったこれはどうすれば、と目を泳がせていると、まぁいいかという店長の一言と共に四方八方から色々なものが差し出され来た。

 

 手紙だったり、手づくりのしおりだったり。多分宝物なんだろう光っているカードだったり。親御さんからという保存食だったり。これはとてもありがたい。直ぐに私の腕の中はいっぱいになってしまって。

 

 渡した当の本人たちは既に店長がとりわけ始めたケーキに夢中だ。嬉しいな、と少しにやけながら腕の中の宝物を一つずつ丁寧に並べて。帰ったらじっくり見ようかな。とわくわくしていると、主役だから多めだという言葉と共に切り分けられたケーキが渡される。

 

 見ると、もう集まった子供たちは皆ケーキに舌鼓を打ち始めていて。

 

「これは、俺から」

 

 ケーキを受け取った私の目の前に、片手で持てるくらいの小さなラッピングされた箱が差し出された。おずおずと手を伸ばして受け取って、開けて良いですかと目で問う。頷いたのを見て、破かないように丁寧に開けて。

 

「シャーペン…?」

 

「手が疲れないように、だ」

 

 一番使うだろう?と。その通りだ。一日の内何時間も手の中にある。見れば、手の握りにピッタリ合うようにと作られたとてもお高い奴だった。努力してるところを見てるからな、と笑う店長を見て。もう一度手の中にあるそれを見て。大切に、と胸の中に掻き抱いた。

 

「大事に、します」

 

 ありがとうございます。と言った言葉はちゃんと音になっていただろうか。努力を知っている、と言われただけなのに。頑張っていることが認められた気がしてしまって。自分でも驚くほどに、胸の奥にすとんと落ちてきて。

 

 とっても、嬉しい。

 

「大事に、使います」

 

 絶対に無くさないようにしよう、と胸に誓ってもう一度光に透かすように上に掲げてそれを見つめる私のことを嬉しそうに見やって。店長はあと、これもといつも使っているタブレットを差し出してきた。

 

「…なんですか?」

 

「動画だ」

 

「動画…?」

 

 とにかく見てくれ、と店長が急かすから。渡されたイヤホンをつけて、既に開かれていた動画の再生ボタンを押すと、いきなり画面一杯にツクヨミの歌姫の姿が映し出された。

 

「や、ややややヤチヨ⁉」

 

『やほー、彩葉っ!』

 

『誕生日おめでとう!』

 

 動画を遮らないように口を押えながら、店長に向けてナニコレ、ナニコレっ!と目線で問う。こちらがひっくり返りそうなほどに驚いているというのに店長ときたら続きをどうぞ、という風に手を差し伸べるだけだ。

 

『頑張り屋さんなんだよね、知ってるよ』

 

『ずっと私のこと応援してくれてるんだよね、ありがとう』

 

『頑張りすぎて体壊してない?心配だよ』

 

 ヤチヨ、ヤチヨが他の誰でもない、私のことを見て。私のことを話してくれてる?ありえない事実に頭がショートしそうになるも、耳と目だけは一言も聞き漏らすまいと本来の機能を十全に果たしていて。

 

『無理、しないでね。彩葉が倒れちゃったらヤッチョは悲しいのです…』

 

 よよよ~、と目から提灯型の涙を流してみせて。それからすぐに笑顔に戻ったヤチヨが指を鳴らしてこう言った。

 

『最後に、私から彩葉に一つプレゼントですっ!』

 

 もう十分すぎるくらいにプレゼントなんですがそれは、と頭の中でヤチヨ限界オタクの私が平伏しているが、うるさいくれるって言ってるだろ、とねじ伏せて。固唾をのんで続きを見守った。

 

『スマコン、ちょっと前に買ったばっかりなんでしょ?じゃあユーザーネームもまだ変えられるはずっ』

 

『“いろ”なんてどうかな?彩葉の人生が彩り豊かでありますように、たくさんの彩で溢れますように。そんな願いを込めましたっ』

 

「しますぅ…ッ!」

 

 リアルネームに近い、何てことを気にする余裕なんてなく。即決でユーザーネームを変更することを決意した。ヤチヨが言ってるんだ。間違いないんだ。

 

「店長…ッ!ありがとうござい゛ま゛ず…」

 

「お、おぉ…。そんなにか…」

 

 恭しく掲げながらタブレットを店長にお返しして。あとで動画のデータを貰えないか交渉しよう、と硬く決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ヤチヨ。なんであの時、あんなことしてくれたの?」

 

「あの時?」

 

「ほら、10年前の誕生日の時」

 

 あぁ、と思い出したようにぽん、と手を打つ。直ぐに遠い日を懐かしむような表情で空を見上げる。

 

「ずっとね、彩葉に直接おめでとうって言いたかったから」

 

「悠仁がそのチャンスをくれたから、飛びついちゃったの」

 

 あの動画は今でも私の宝物だ。勿論一緒に貰ったシャーペンも。あの時からずっと私の胸ポケットに変わらず入っている。私にとって、とても大切な日の証。

 

「それとね、…あのね」

 

 ちらり、とこちらを見て。指同士をいじりながら、一度目線を逸らして、もう一度こちらを見て。迷うように口を震わせるヤチヨの頬は赤く染まっていた。

 

「彩葉がね、私に名前をくれたから」

 

「…私も、彩葉にあげたかったの」

 

 

 

 うれし、かった?と。不安そうにこちらを見上げてくるヤチヨのことを、10年越しのありがとうと共に強く抱きしめた。

 




2030/5/11は土曜日です!

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  • 普通の後日談も交えつつ書く
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