[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん] 作:夕暮れの家
✿
ツクヨミからログアウトして、現実に視界が戻って。まず最初に私の視界に入ってきたのは、忙しなく揺れ動く金色だった。一足先にログアウトしていたかぐやの髪色が、覚えのある色から何故かツクヨミのアバターのそれと同じ金色に変わっていたのだ。どういうことだ、と予想外の光景に一瞬フリーズしてしまうも、頭を振って思い直す。
「かぐや」
「んー?」
PCSに向かって高速でタイピングを続けるかぐやが、こちらに顔を向けることなく生返事をした。犬DOGEを作っていたときも思ったが、どうして知らないことばかりのはずなのにプログラミングばかりはやたらと出来るんだ、この子は。
ライバーになる、と言ってヤチヨとの握手に見向きもせずにログアウトしていってしまったかぐや。今の表情を見ると、その決意は欠片も揺らいでいないようで。キラキラと光るその瞳と踊るようにタイピングを続けるその姿は、言ってしまえば床に座り込んでキーボードを叩いているだけなのに妙に絵になっていた。
やりたいことがあるのは良いことだ。夢中になれることがあるのも、もちろん。それはそれとして横に置いて、お説教はしなければなるまい。
「かぐや、正座」
「え゛」
なんでぇ……、とぶーたれながらも素直にこちらに向いて足を正すかぐや。対する私はお説教する時の正解の姿勢なんて分からないので、とりあえず腕を組んでみた。
「何であんなことしたの」
かぐやは別にヤチヨのファンというわけではないだろうに。単に目立ちたいだけかも、一瞬考えたが、そんな子ではないのは良く分かっている。そんな私の視線を受けたかぐやは「えぇ〜?」と視線を彷徨わせて言い淀む。数秒して、視線を横に反らしたまま両手の人差し指を突き合わせながら小さな声で呟いた。
「だって、彩葉が喜ぶと思ったんだもん……」
「私が?」
思いがけない答えに、なんと言ったものかと考えていた頭が一瞬止まる。その時の私は随分と間抜けな顔をしていたのではないだろうか。そんな私を横目でちらりと見て、かぐやが言葉を続けた。
「彩葉、ヤチヨのこと好きなんでしょ? だったらコラボできたら嬉しいんじゃないの……?」
「……あー」
何だそれ。少し熱を持ってしまった頬を隠すように、かぐやの頭を両手でかき回す。いきなりのことで驚いたのか間抜けな声を上げるかぐやから目を反らして、顔を隠すように頬杖をついて視線を反らした。
「そ、分かった」
「……彩葉、怒ってる? 顔あつあつだよ?」
かぐやの手が伸びてきて、私の額にぴとりと触れる。その手のひらは本人の騒がしさとは裏腹に驚くほど冷たくて、思わず体が少し跳ねてしまった。手が冷たい人はなんとやら、などという関係のない思考が頭をよぎる。
「怒ってない、怒ってないから」
ほんと? とまだ不安そうにこちらを見上げてくるかぐやの頭をもう一つ撫でて。心の中だけで溜め息をついた。どうにもお説教というのは私には向いていないようだ。
「ヤチヨカップ優勝するって言ってもどうするの? ライバーですら無いのに」
「今からなるからっ!」
ほら、とPCの画面が私の方に向けられる。いつの間にかチャンネルを作っていたようだ。アイコンはかぐやのアバターを写したものだし、チャンネルトップは質素もいいとこだけど。それにしたって行動が早い。
「配信もするよっ! 立ち絵? だって自分で用意するから!」
「……絵、描けるの?」
描けないっ! と元気良く言い切るかぐや。立ち絵の他にも配信に必要なものは沢山あるのに。背景、配信のサムネイル、そしてBGM、企画、それに機材だって。片手の指じゃ足りないくらい。
「だいじょーぶっ! なんとかするから! だから彩葉、一緒に──」
「手伝ってあげる」
音楽くらいなら作れるから、と溜め息をつく。実際には知らないばかりで危なっかしいこの子が大変な事をやらかさないように気をつける事がメインになりそうだけど。何かしら言おうとしていたのか口を大きく開いていたかぐやがこちらをぽかんとした顔で見ていて。その後じわじわと笑顔になってこちらに飛びついてきた。
「うんっ! 一緒に頂点までいこーっ!」
「それは……」
無理じゃないかなぁ、なんて言うと、かぐやがなんでぇ!? と素っ頓狂な声を上げてこちらに振り向く。その声と顔がなんだかとても可笑しくて、笑いが漏れてしまった。なんせ相手はお兄ちゃんだ。若手トップ、というか日本全体を見ても今最も勢いのあるプロゲーマー達。
なにか事情がない限り出てこないものの、普段表に出ている3人に加えてもう一人。ミステリアスだ、なんて言われて話題に事欠かないその人の顔を思い浮かべて溜め息をついた。
「ねぇねぇ、彩葉〜」
「なぁ〜に〜」
すっかり上機嫌になって私の肩を揺すってくるかぐやが私に問いかける。込められた力に従って前後に上半身を揺らしながら、それに返事をした。
「悠仁はさぁ、どうしたら喜んでくれるかなぁ」
「悠仁くん?」
そうっ! といったかぐやが元気良く両手を広げる。悠仁にもにこにこ笑顔になって欲しいからっ、とお手本のような輝く笑顔を添えて、そう言った。
「いつも笑うけどさぁ、かぐやはもっと大笑いしてる悠仁がみたいのっ」
「大笑い……」
見たこと無いな、そんなの。穏やかに笑ってるところはいつの記憶を掘り返してみても浮かんでくるのに。満面の笑みで、声を上げて笑ってるところなんて見たことがない。
「私は悠仁も一緒にライバーやってくれたら楽しいと思うっ」
「……なんでさ」
だって悠仁もヤチヨのこと好きでしょ? タペストリーあったし、と首を傾げるかぐや。反射的に否定の言葉を投げそうになってしまい、慌てて喉の中ほどまで出ていたそれを飲み込んだ。迷惑だから、それはただの私の言い訳で。ただすがっているだけだ。
「そういうのは、サプライズの方が良いんじゃない?」
「サプライズ?」
「隠しておいて、一番良いときに言って驚かせるの」
優勝した時、だなんて言って。先程無理だと言っていた自分が何を言っているのかと心の中で嗤う。そんな私の内心を全く知らないかぐやは無邪気に目を輝かせた。
「さぷらいずっ! そうしようっ!」
笑ってくれるかな〜っ、驚くかな〜、などとくるくる回りながら上機嫌に笑うかぐやを見て。結局届かなかったくせに、変なこだわりだけは捨てられない自分の事が嫌になる、とこっそり溜め息をついた。
約束があった。お父さんに教えてもらって初めて自分で曲を作った幼少期。幼い体には大きかったキーボードを両手で必死に抱えて、あっちにふらふら、こっちにふらふらしながら、驚いてくれるかな、と目を輝かせながら家からの道のりを急いだあの日。
得意げに必死に練習したその曲を披露した私に対して、悠仁くんはなんと言ったのだったか。驚いてくれたのだったか。私が覚えていることと言えば、私の音楽は、いつも最初に聞いてくれると約束してくれたことだけ。
「約束、破っちゃうな……」
はしゃぎまわるかぐやから視線を外して、椅子の背もたれに上体を預ける。見上げた天井は、いつもどおり変わらないくすんだ木の色を見せていた。かぐやの配信で使うBGMを作る、かぐやが歌う為の曲を作る。そのどちらも、悠仁くんに教えないでやるのなら、今度は私から約束を破ってしまうことになる。
卒業式の伴奏を聞きに来なかっただけであんなに拗ねていたのに、と自分のことながら思い出して少し笑う。それが良いことなのか、悪いことなのか。はっきりと整理は出来なくて。それでも、一度吐いた言葉は飲み込めないな、と溜め息をついた。
✿
「ねぇねぇ悠仁〜」
「なんだ?」
「なんでもないぃ」
座敷に座っている悠仁くんの背中に張り付きながらニヨニヨしているかぐやを見て、隠し事に全く向いてないな、と改めて思った。
ずっと挙動不審だし、ニヤニヤしてるし。それに、早く言いたいというのが顔に出すぎている。悠仁くんが問い詰める気がなさそうなのはバレていないが、その気になったら2秒でバレるのではなかろうか。
くぁ、とここ数日よく出るようになってきたあくびを無理やり噛み殺す。
「ねぇねぇ、動画とか見たりしないの?」
「みるぞ?」
「じゃあさじゃあさっ、誰が好きなの?」
隠す気があるのか、と振り向かずに呆れた表情を浮かべた。優勝してから知らせて驚かせるんだ、と意気込んだはいいものの、その瞬間が楽しみすぎてふとした拍子に口から情報が漏れ出しそうでずぅっと危なっかしいのだ。
かぐやのライバー活動を手伝うと決めてから。顔出しして一緒に活動して欲しいと迫ってくるかぐやをどうにかなだめて、今はチャンネルの運営、というかBGMの用意や、かぐやが歌う用の楽曲の編曲、そして配信時のモデレーターとSNSの発信のチェック、とその他諸々を行っている。
正直、思っていたよりもずっと大変で。それでも、思いついたら一直線に突っ込もうとするあの子はとても危なっかしいので、目を離せる暇がない。
噛み殺したはずがもう一度出てきた欠伸で空いた口を手で抑える。勉強の時間も取って、バイトもして、そしてもう一つ時間を大量に食う項目が追加されてしまったため、最近は段々と睡眠時間が圧迫されてきている。かぐやは思いついたら夜中でも構わずに配信しようとするので大変なのだ。
でも。
『かぐやっほーっ!』
元気一杯に、心底楽しそうに活動するかぐやを一番近くで見ていることはとても楽しくて。かぐやの魅力にどんどんと沢山の人が気づき始めていることは素直に嬉しくて。
かぐやの為だ、もっと頑張らなきゃなと、芦花に教えてもらってメイクで隠している目元の隈をそっと指でなぞった。
「彩葉?」
「わっ」
いつの間にか隣に来ていた悠仁くんが私の顔を覗き込んできていた。
「顔色悪いんじゃないか? 休んでてもいいぞ?」
「だっ──」
大丈夫、ととっさに言おうとして言葉が喉に詰まったように出てこなくなる。隈は完璧に隠してたはずなのに、気がついてくれた、と喜んでいる私が邪魔をしたから。
昔だったら、きっと。あんまり寝れてないんよなんて簡単に言えた。大変だったなぁなんて言って悠仁くんが頭を撫でてくれるのが、それだけで嬉しくて。
「大丈夫や、ほら」
にこりと笑って見せる。そんな私を見た悠仁くんはそうか、と目を細めて呟いて。そのまま私の隣の席に腰をおろした。
「かぐやはえぇの?」
「ほら」
指さされた先を見ると、そこにはパンケーキを特集したテレビ番組に目が釘付けになっているかぐやの姿があった。
「だから、少しお喋りに付き合ってくれるか」
さっきまで騒がしかったからな、と薄く笑う悠仁くんに頷き返して。やっぱりバレてるんだな、と自嘲した。眠そうにしている私に気がついた上で、気づいていないふりをしてくれている。
溜まってきた疲労の所為かいつもよりも上手く頭が回らない。さり気なく手を引いてくれているようなその優しさが、今の私にはなんだか痛くって。
「……悠仁くんは」
「悠仁くんは、どうして私に優しくするん」
言うつもりの無かった言葉が口からこぼれ落ちる。お父さんの娘だから? それともお母さんの娘だから? それとも。
……昔から見てて、自分の娘みたいに思ってるから? やっぱり、それだけ?
「────」
悠仁くんが口を開く。すぐ隣にいるはずなのに、その声は意味を持って私の耳に届く前に宙に溶けていった。
「店長さん?」
ガラリと音を立てて引き戸が開かれる。顔を上げると、よくここに遊びに来てくれる子のお母さんが一人、店の入口に立っていた。この店でアルバイトをするにあたって、それなりに私とも面識はある。そこまで家が近いわけでも無いのに、偶に野菜をお裾分けしてくれたり、引っ越してきたばかりの頃は色々と世話を焼いてくれた、とてもいい人だ。
「どうしたんですか、坂本さん」
なにか用があるのか、悠仁くんのことを手招きして呼んだ坂本さんに従って悠仁くんが席を立つ。隣が空いて、一人になった私はなんとなしにかぐやがいるであろう方向に振り返った。
「誰ー?」
「うわっ」
テレビに夢中になっていたはずなのに、いつの間にか近くまで来ていたかぐやと至近距離で視線がぶつかる。驚いて一歩引いた私に構うこと無く、視線をそらさずにかぐやはにこりと笑う。
「あぁ、あの人? 坂本さんだよ。ほら、ななちゃんのお母さん」
「あーっ、ななの!」
精神年齢が同じくらいなのか、この店にあそびに来る子供たちとかぐやはあっという間に仲良くなった。仲良くなるのは良いのだが、同じくらいの元気さでこのあまり広いとは言えない店の中ではしゃぎまわるものだから、いつか何かを壊してしまうのではないかといつもハラハラしながら見ているのだ、こちらは。
「何話してるのかな〜」
「こら、やめなさい」
外に出て話している内容を盗み聞きしようとしたのか、忍び足でそろりそろりと入口に近づこうとしたかぐやの首根っこを掴んで止める。外に出たということはあまりこちらには聞かれたくない話ということでしょうに。それをわざわざ盗み聞きするというのはあまり行儀の良いことではない。
「えぇ〜? でも彩葉も気になってるでしょ?」
「……まぁ」
じゃあ行こうよ、とかぐやに手を引っ張られてそのまま入口の近くまで行って。ためらいながらも閉められている引き戸をほんの少し開けた。
「───」
「はい。───ありがとうございます、彩葉のことを気に掛けてくださって」
私の名前だ、と心臓が少し跳ねる。意識とは関係無しに、聞き耳を立てる体がほんの少し前に出る。
「いいのよそんなの、店長さんに頭下げられちゃったら断れないでしょ」
「いえ。自分では力になれないことも多々あると思うので」
彩葉も感謝していると思います。と言った悠仁くんが一度言葉を切る。扉に添えていた手がピクリと震えて、ほんの少しずり落ちた。変わらない、悠仁くんは昔から私のやることに先回りして気づかれないような手助けをしてくれる。これも、今まで沢山あったそれらの一つのはずなのに、何故か私の心には重石が乗ったようで。
「小さい頃からずぅっと知ってるんでしょ? 可愛くて仕方がないわよね」
「えぇ。もちろん」
目に入れても痛くないかしら、と言った坂本さんが笑う。それに対して悠仁くんは少し笑うだけで明確な答えは返さなかったけど。それだけで、悠仁くんの中の私がどういう位置に置かれているのかを改めて突きつけられたようで。
「彩葉、どうしたの?」
「ううん。……大丈夫」
私が顔を伏せたのに気づいたかぐやがこちらに問いかけてくる。この子に弱いところを見せるわけにはいかない、となけなしのプライドをかき集めて、どうにか笑顔を浮かべてみせた。
✿
一度注目を集め始めてからのかぐやの快進撃は凄かった。途中でそれぞれ人気インフルエンサーである芦花と真実の協力を仰いだりもしたが、それを除いても、更新する度に数字が増えていくチャンネルの画面は壮観だった。
「みんなーっ! かぐやのこと好きー?」
かぐやは、いつも輝いていた。沢山の人が輝くツクヨミの中でも一際光を放っているようで。人を引きつけるような笑顔で。自分もやってみたい、だなんて簡単な理由でいつの間にか上手くなっていたダンスで。天性の歌声で、かぐやがファンを増やしていく度、ヤチヨカップでの順位が少しずつ上がっていく度に。
あんなに小さかったのにな、と考えることが増えた。初めて会ったときには、言葉も喋れなくて、自分一人では食事もできなくて。私の姿が見えなくなったらすぐに鳴いてしまうような小さな子供だったのに。
毎日毎日お腹が空いたら泣いて、満足したら眠って。私の指を小さな手で握って笑って。私がいなくちゃ何も出来なかったのに。どんどんとスターダムを駆け上がっていくかぐやと、その頃のかぐやが私の中で段々と重ならなくなっていく。
自分でも分かっているはずだった。それでも認めたくなくて、自分の中の汚い部分を見たくなくて蓋をして。その代わりに自分でも驚くくらいにかぐやとのライバー活動に力を入れていった。
それでも勉強の為の時間も削るわけにもいかなくて。1日の時間が増えるわけではない。ライバーのために割く時間が増えれば、他の何処かが削れるのは自明の理で。私の場合はそれが睡眠だっただけ。それでも、そんな状態が長く続くわけ無いというのは頭の何処かで自覚していた。
その日は、朝起きたときから体が重かった。かぐやが買ってきた小物で段々とスペースが圧迫されつつあるアパートの部屋で重い上半身を起こして、額に手を当てる。自分でも分かるくらいには暑かった。それでも、今日やらなければいけないことはたくさんあって。
起きなきゃ、と立ち上がろうとついた手が滑る。倒れ込むように布団に上体を落とした。私がやらなきゃ、かぐや一人じゃ、あぶないから。心配だから。私が、見てなくちゃ。
「彩葉っ、大丈夫!?」
「だいじょう、ぶ」
大丈夫じゃないよ、体あつあつだよ、とかぐやが慌てた声を上げる。どうにか立ち上がるも、体は鉛のように重くて、一歩踏み出すごとにめまいが襲ってくる。
「彩葉忙しすぎるよっ、やっぱり悠仁にも手伝ってもらおうよっ」
「それは──」
きっと、頼んだら悩む素振りも見せずに頷いてくれるのだろう。でも、それじゃダメだ。ダメなんだ。今までと変わらないそのやり方じゃ。何処か遠くを、ここではない何処かを見つめることが増えたあの人を想う。私は、悠仁くんの。
「迷惑になるから、だめ」
「──なんで?」
ゆるりとした動作で顔を上げる。そこには、目に涙をためたかぐやの姿があった。
「なんで迷惑なんていうのっ? 悠仁はそんなこと言わないよっ」
「……分かってるよ」
分かってるよ、そんなこと。私が一番知ってる。
「じゃあっ」
「かぐやには──」
分からないよ、と言いかけて口を閉じる。熱に浮かされて上手く回らない今の頭でも分かる。その言葉は、理解を拒むそんな言葉は、言ってはダメなものだった。
「じゃあ今日は私一人でやるから、彩葉は休んで。お願いだから……」
「かぐや、ひとりじゃ、しんぱい、だから……」
「彩葉」
聞いたことのない静かな声。私の方をまっすぐに見つめるかぐやの目を見つめ返すことが出来なくて、視線をななめ下にそらす。そんな私に構うこと無く、かぐやはそのまま言葉を続けた。
「大丈夫。かぐや、もう一人で立てるんだよ」
「……そっ、か」
ぐらりと体が揺れる。かぐやの心配する声が嫌に遠くから聞こえていた。分かってたよ、知ってたよ、そんなこと。見ようとしなかっただけ。私に、その勇気がなかっただけ。ごめんね、かぐや。想うように動かない口で、そんな事を呟いたような気がした。
✿
気がつくと、私はいつもの部屋でいつもの布団に寝かされていた。ところ狭しとよく分からない小物が散らかっていた部屋はいつの間にか大分片付けられていて、私の周りは何故かぬいぐるみが囲んでいる。
台所にエプロンを付けているかぐやの動きに従って、長い金髪が揺れる。その髪の毛はいつの間にかお尻を隠すほどにまで伸びていて。初めてここでオムライスを食べたときは背中ぐらいだったのに。そんなことにも気がついてなかったんだなと自嘲した。
「……ごめんね、かぐや」
「彩葉っ! 起きたのっ!?」
お玉を片手に持ったまま私の声に反応してこちらにすっ飛んでくるかぐや。あぶないからやめなさい、だなんて普段なら言うかもしれないけど。違うよね、とそんな言葉を飲み込んだ。気づけば、いつの間にか私よりも背が高くなっていて。そんなことからも目を反らし続けていた私は、大馬鹿だ。
「私の話、聞いてくれる?」
「──うん」
「悠仁くんは、私のことどう思ってると思う?」
「悠仁が? えっと、えっとね」
少し考えて、大好き、とか、すっごく大事、とか沢山言ってくれるかぐやに少し笑みが零れる。きっとその全てが間違って無くて。でも、私が求めてるものとは全く違うものだ。
「そう、大事にしてもらってる。きっと好きでいてくれてる。でもね、でも、私は悠仁くんの中でずぅっと小さな子どものまま」
悠仁くんの“大丈夫”になりたいと思った。手を引いてもらうのではなく、隣で歩きたいと願った。辛いときは寄りかかってもらいたくて、弱さだって私には見せてほしくて。私が失敗しそうな時も、迷わず手を差し伸べるのではなくて、きっとやれると信じてほしくて。
「悠仁くんは私のことを頼ったりしない」
一人でやってしまう。私に見せるのは、いつもの穏やかに笑う姿だけ。
「私のことを、心配して手を差し伸べて、ばかりで」
隣に立ちたい、対等だと思って欲しい。そう決意してからの1年間。1年間通して思い知らされた、悠仁くんの中での私の立ち位置。何処までいっても子どもで、危なっかしくて。私は悠仁くんと同じ景色など、見れやしない。
「どうしたら良いのか、分からなくなっちゃった」
ここではない何処かを見つめる瞳の中には私は映っていなくて。昔なら、その後に私のことを見てくれるだけで満足してたのに。今は、前と変わらないはずの距離感が何よりも辛くて。
そんなとき、かぐやに出会った。
「ちっさくて、やわらかくてさ」
私が居ないと生きていけない、と思った。私に頼り切りのかぐやがいてくれることが、なんだか嬉しくて。
「……ごめんね、かぐや」
瞳の中心に私を映してくれて、いつも笑ってくれることが嬉しかった。何かがあれば真っ先に私のところにすっ飛んできて報告してくれる事が嬉しかった。いつだって最初に私を頼ってくれることが、私の救いになっていた。
だから、かぐやがとっくに一人で立って歩けるようになっていることから、目を反らし続けていた。
「かぐやを拾って今までやってきたこと全部、ただ私のためだった」
ただ、落ち込んだ自分を慰めるためだけの勝手な自己満足。そのためだけに、いつまでもかぐやを子ども扱いして、結局勝手に限界を迎えて。
「ほんと、最低だ……」
嫌いになった? と小さく呟く。見せたくなかった、どうにか今まで隠してきた弱みは、一度零してしまうと止まらなくて。今までかぐやの前でいつも被っていた強がりという皮がひとりでに剥がれていく。
「なんで?」
なるわけ無いじゃん、と心底不思議そうにかぐやが首を傾げた。
「彩葉が何考えてたとしてもさ、今までかぐやにやってくれたことは変わらないよ?」
「……そう、かな」
そうだよ! と元気よく言ったかぐやが私の方に一歩近づいて、背中に腕を回す。そのままぽんぽんと軽く私の背中を叩いた。小さかったかぐやに、私が良くしてあげたように。いつも私にするような勢いよく飛びついてくるようなそれとはまったく違う、優しい抱擁。
「風邪、うつっちゃうよ」
「んーん、大丈夫。……彩葉、寄りかかっていいよ」
言われて、恐る恐るかぐやの方に体重を預ける。それでも、かぐやはびくともせずに私のことを支えて見せて。そのまま私の耳元で少し笑った。
「彩葉はさ、悠仁に寄りかかってほしいんだ」
「……うん」
そうだ、私に寄りかかってほしかった。私だってもう一人で歩けるんだと、分かってほしかった。
「じゃあさっ、どーんと見せつけてやろうよ! 彩葉にも出来るんだってっ!」
「そんな、簡単なことじゃ」
「だいじょーぶっ!」
ぎゅ、と私を抱きしめるかぐやの腕の力が強くなる。ツクヨミで沢山の人を虜にしている笑顔で、かぐやが笑った。
「私と彩葉なら出来る! だってさいきょーだからっ!」
もっもっと仲良しになったしねっ! と言ったかぐやがじゃんけんのチョキをこちらに突き出した。おそるおそる同じようにこちらも指を突き出してみると、互いの指をくっつけてから挟み合って、最後にキツネを手でかたどってお互いにくっつけた。
「……なにこれ」
「かぐやと彩葉の合図。仲良しのやつっ」
忘れないでね、と笑うかぐやに、なにそれ、とその時だけは体の重さも忘れて笑ってしまった。
ようやく整理が終わった感じがしますね。ここまでが起承転結の承と言えるでしょう。
ifの扱い
-
このまま最後まで書く
-
普通の後日談も交えつつ書く
-
書かんでいいから後日談だけ書く