[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん] 作:夕暮れの家
大会の決勝と同じ、いや、それ以上の緊張感をもって握る棍棒を構える。対する相手は、自然体で。武器も持たないままにゆらりと半身になった。
「……どこ見てんだよ」
“帝アキラ”としていつも浮かべている不敵な笑みも、今は口元に張り付ける余裕もなくて。ぽたり、ツクヨミの中にしては嫌にリアルな感触の汗が一滴、顔を滴り落ちていった。
「ッ」
声は上げず、鋭く息を吐きだしながら一歩、距離を詰めて。間合いの外から棍棒を振りかぶる。目だけを動かして自分を見つめる相手は正確に動きを追ってきていて。見切られている。そんな予感が背筋を襲って。
(関係ないね)
そのまま振り抜く。その軌道の延長線上を埋めるように棍棒の先から放たれた弾丸が相手のアバターを撃ち抜かんと殺到して。
空気に溶けるように消えたその残像をかき消しただけで、その役割を終えることとなってしまう。
「やっぱりダメか」
今まで一度も見せたことのない使い方。掠りでもしてくれたら儲けもの、というくらいの気持ちではあったが、こうも当たり前のようにいなされてしまうと。
「そうでなくちゃな……ッ」
(右、左、下、右、右、上ッ)
先ほどまで誰もいなかったはずの空間から突如放たれた連撃を、長年の勘とどうにか目に追える動きの影だけを頼りに捌き切って。このままでは被弾する、という予感に従って地面に向かって炸裂弾を撃ち込むことで多少のダメージと引き換えにその場から離脱に成功した。
「ふー」
距離を開け、一度息を整えたところで、気づく。相手の目が、自分の姿を捉えていないことに。こちらを見てはいる、見てはいるが、その他大勢と同じ、只の背景と同じくくりに入れられているような、そんな感覚。
そう、そうだ。焦点が合っていない。俺のことを、見ていない。
「おい……」
棍棒を握る手に力が入る。なんだ、その目は。いきなり何も言わずにこんなところに引きずり出したことは悪いと思ってる。こういう事をあまり好まない人物だということも知っている。でも、それはないだろう。
胸の奥を焼き焦がすほどの感情に薪をくべて、それを燃料に一歩踏み出す。下段から振り上げたこちらの動作に完璧にあわせるように放たれた裏拳を顔を仰け反らせて躱して。躱しきれずに掠った頬から赤いポリゴンが飛び散る。
「おいッッ」
観客席の上の方、自分ではないどこかに視線が向かっていることに、我慢が出来なくて。強く嚙み締めた奥歯からぎり、と音が鳴った。
激情のままに振るった棍棒は相手の体を捉えることなく。返す刀で振り切った状態から跳ね返るように棍棒を躱すために姿勢を低くしたその首を鞘となっている棍棒部分を飛ばしたことで軽くした刃で狙って──。
「ぐッ」
それよりも早く、一直線に鳩尾に叩き込まれた拳の前に動きを止められる。その衝撃でアバターの足が地面から離れて、浮き上がった。繋げるように放たれた回し蹴りをもろに喰らったことで、体はくの字に曲がり。後方に吹き飛ばされる。もう申し訳程度に体の前に持ってきた刀では、その衝撃を抑えることなど叶う筈もなかった。
地面に叩きつけられ、後ろに転がりながら体勢を整えて武器を構えて。必要もないのに頬を拭って。
──違和感
自分が思っていたよりも体力が減らされていない、違和感。被弾したのにも関わらず、全くコンボが繋がらず結局2発しか喰らわなかった、違和感。今日、ここまで一度もクリティカル特有の、あのエフェクトを見ていない、違和感。
いつもなら、冗談か何かかと思うほどに飛び交っているのに。何故か。短い時間でいくら考えてみても、答えは一つしか思い浮かばなくて。
自分は、手を抜かれているのだと。
「ふざけんな……」
分かっているんだ、どれだけ遠いかなんてこと。何年も、何百回、何千回と挑んだから、当の昔に知っているんだ。俺が全く悠仁に近づけていないことなんてとっくに分かり切っていたことで。
「ふざけんなッッ!」
だからといって、それはないだろう。せめて、せめて俺に正面から向き合ってくれよ。
「俺を見ろッ! 虎杖悠仁ッッ!」
踏み込んだ地面がひび割れる。飛び散った破片の一部が、視界の一部を塞ぐ。そんなことお構いなしに渾身の力を込めて踏み出して。ひびが入りそうなほどに握りしめた刀を振りかぶった。
「へっ、ざまあみろってんだ……」
消えゆく視界の中で、せめてもの抵抗で口角を上げて、にっ、と笑う。
「自己ベスト、更新だ」
表情の見えない相手の頭上に表示される体力バー。嫌というほど見た、それが、今は4%ほど削れているのを確認して、自嘲気味にそう言った。
「はーい、勝手に単身突撃して全然削れずにぶっ飛ばされたプロゲーマーさん挙手ー」
「わ、悪かったって……」
かぐやたち頑張ってたのにー、と不満たらたらのかぐやを宥めて、正座で反省させられている兄の前に出る。
「それはおいて置くとしても、このままじゃどうにもならないよ。どうしよっか」
「どうするって……。突撃?」
「おい、プロゲーマー」
冗談だよ、と兄は軽い感じで笑うけど、先ほどの様子を見ると単なる冗談と断じるのも少し難しくて。次もまた相手はトライデントで来るだろうから、マップを見れば一対一で戦うのは簡単。でも、やっぱり──
「俺一人じゃ勝てないなぁ、やっぱり」
言い出しづらかったことをあっけらかんと言ってのける兄。諦めとも取れるような言葉とは裏腹に、その目の奥は未だぎらぎらと光っている。言葉には出さないまでも、絶対に倒す、とその全身で宣言しているようだった。
「ねぇ彩葉、彩葉」
「? 何?」
少し近寄りがたい剣呑なオーラを放ち始めた兄から一歩下がったところで、かぐやが私の服の袖を引く。そちらに耳を向けると、小声でこんなことを言い出した。
「なんか普通に流されたけどさ、あのスクナって悠仁なんだよね?」
「え、あー…、うん。」
「じゃ、じゃあかぐやだってばれてるんじゃんッ」
「……まぁ、多分」
間違いなくばれてはいるだろうけど、一縷の希望にかけて断言はしないでおく。私は一応着ぐるみを着てるけど、そもそもかぐやが歌ってる曲を聞いたら、悠仁くんならすぐに私が作ってるってわかるだろうし。
「む、むーっ! 私の苦労がーっ!」
かぐやさん、ご立腹である。正直完璧に隠し通せていたかというと、首を傾げざるを得ない状態ではあったが、一応致命的な情報漏洩はしていなかったのだ。あの喋りたがりのかぐやが、だ。それが急に全部無駄になったと思うと、怒りもひとしおなのだろう。
「どぉらっ、帝ぉッ!」
なにしてくれとんじゃーっ、と兄に向かって詰め寄るかぐや。対する兄は何のことか全く分かっていないので目を白黒させている。その姿には先ほどまでの剣呑な雰囲気はもう殆どなくて。大分空気の軽くなった待機室に、ほっと一つ息をついた。
「はいはい、かぐや。残念なのはわかるけど、それ以上お兄ちゃんいじめないで上げて」
「でも、彩葉ぁ……っ」
「悠仁くんに勝って褒めてもらうほうが、よくない?」
「……確かにっ!」
やるぞぉ、と一気にやる気が最高潮になったのか明後日の方向に拳を突き上げて吠えるかぐや。気分が前向きになってくれて良かった、と安堵しながら兄の方に向き直る。
「で、どうしようか」
「そうだな……」
かぐやにあぁ言った手前、引くつもりはない、けど。私よりもずっと長い時間をこのゲームに費やして、私よりもずっと強い兄が勝てない時点で、きっと私も悠仁くんには勝てない。
「なぁ、彩葉」
「なに?」
「お前、なんか大人になったか?」
「……なに、急に」
もうすぐ次が始まると言うのに、急に変なことを言い出す兄を見て眉をひそめる。前に会ってからそれなりに時間が経ってるし、変わったかも、しれないけど。
「いや、なぁんかな」
片手で頭を掻きながら、視線を彷徨わせて言葉を探す。数秒そうして、結局なにも思い浮かばなかったのか、溜め息をついた。
「諦めが、良くなった気がして」
カウントダウンが始まったことを知らせる音がなる。結局なにも決まらないまま、もうすぐに勝負の分かれ目になるであろう次のラウンドが始まってしまう。
「作戦は~、ガーッって行ってーしゅたたた──っ! そんでば──ん! ね! 帝、分かったっ!?」
「えぇ……、何も分からん……」
大人になったって何だ、諦めが良くなったって、何のこと? 私は私のまま。
「私は……」
カウントが0になり、いの一番に兄が矢のように飛び出していく。その次にかぐやが飛び出そうとして、立ち止まったままの私を心配そうに振り返った。
口ではあぁ言ってたけど、やっぱり勝つことを微塵も諦めてなんかいなくて。高い高い壁に向かって絶対に超えてやる、と果敢に挑みかかる兄の背中が、なんだか嘘みたいに眩しくて。
「そっ、か」
ようやく分かった。兄が言いたかったこと。私の、なにが変わったか。
こんな、対人戦に不向きなぬいぐるみのスキンを着たままで、相手に悠仁くんがいる事で、兄が負けたところを見ただけで、あぁ、やっぱりな、なんて考えて。
私は、この勝負が始まってからずっと、この中で一人だけ『本気で勝てるなんて思っていなかった』
こういうところなんだろうな、と一人嘲笑う、大人になったと言えば聞こえは良いけど、要は私は折れていただけだ。かぐやに弱音を零して、やってやろうと決めたばかりなのに。
私自身が、最初から諦めてしまっていた。これではダメだ。これでは、ただ、自分の思い通りにいかなくてふてくされているだけの子どもだ。
悠仁くんは正しかったよ。私は、確かに只の子どもだった。今、よく分かった。
だから、今。一歩前に進むよ。
「かぐや」
手を一振り。全身を包んでいた着ぐるみのスキンを解除する。観客席が少し騒がしくなるけど、気にしない。少しのリスクも許容しない挑戦なんて、ありはしないんだから。
「力を貸して。──勝つよ」
「──ッ、うんッ!」
心配そうにしていたかぐやの顔に輝かんばかりの笑顔が浮かぶ。ひとっ飛びで私の所まで戻ってきたかぐやは、私の差し出した手を両手で強く握った。
「絶対、勝つよっ」
★
ブラックオニキスが選んだのは、またもトライデント。本当なら、ここは兄が向かった悠仁くんが着ているレーン以外に行くべき。
というか、それ以外に向かったら他二つの櫓が占領されて、すぐさま天守閣が落とされてしまう。だから、勝ちたいならそうすべき、だけど。
「……お兄ちゃんの後、追うよ」
「うぇっ!?」
でもでも、とマップを指さしながら私を見るかぐや。うん、分かってる。分かってるけど。
「やるっきゃ無いよね……っ」
乗り物に乗っての高速移動、一分もしない内に先に出ていた兄の背中が遠くに見え始める。このままでは、きっと後十秒もしない内に接敵するだろう。その前に。
息を吸い込む。一瞬、なんと呼ぼうか、とか色々考えてしまったけど、そんな暇はない。
「|
「雷さんと乃依さんに、止まってって言ってーっ!」
私の大声に、弾かれたようにこちらに振り向いて。そして、着ぐるみのスキンを脱いだ私の姿を視界に収めて目を見開いて。そして、私の言った言葉の意味を数瞬、噛みしめるように考えて。
棍棒を担いだ兄は、面白い、とでも言うようにに、と笑った。
「雷! 乃依! 全部終わるまで、待っててくれないか! 頼むっ!」
返事は、返ってこなかった。それでも、マップを見ると確かについさっきまでは凄い速度で動いていた二人分のアイコンがその場に停止していて。
「……いい友達やん」
小声で漏らしたそんな言葉に、隣にたった兄がだろ? と返す。いつの間にかその背中に追いついていて。
対面する。5m程離れた場所で立ち止まった悠仁くんは、私とかぐやの事を見て少し目を見開いて。
その後、なにかに迷うように目を伏せる。そんな仕草が不思議だったのか、隣のかぐやが首を傾げた。
「悠仁くん」
誰かが口を開く前に、私が一歩前に出る。両手に持った武器を構えて、きっとこれまでの人生で初めて、悠仁くんに向けてこう宣言した。
「私、悠仁くんに勝つよ」
瞬間、剣と拳がぶつかって火花が散った。
かぐやのハンマーからミサイルが飛ぶ。着弾する頃には相手は既にそこにいない。兄の棍棒が振るわれる。手の甲で軽くいなされる。私の両手の刃で斜めに切り下ろして。
その場に残っていた残像を切るだけに終わる。
「だぁーっ! 当たらんっ!」
どーなってんのさっ! と隣に着地したかぐやが言う。実際、三人がかりなのにも関わらず未だに相手の被弾は0。表示される体力バーは1ドットたりとも減少していなくて。
「だが勝つっ!」
「当然ッ」
しかし、闘志は依然として衰えず。好戦的な笑みを口元に湛えた兄が先陣を切る。トッププロとしての実力をいかんなく発揮した彼は、きっと私たちの中の誰よりも強くて。
しかし、躱される。いなされる。体勢を崩した兄が苦し紛れに放った不意打ちの蹴りも、難なく受け止められて。そのまま吹き飛ばされた。
綺麗な放物線を描いて、そのまままた私の隣に着地する。その体力ゲージもまた、ほとんど減っていない。
「この野郎……ッ」
鬼の歯がむき出しになる。そうだ、私たちは先程からほとんど攻撃されていない。3対1だ、反撃の余裕が無いと言ってしまえばそれまでかもしれないが、そんなわけが無いことは私も兄も痛いほどによく知っている。
「悠仁くん……」
我慢できなかったのか、一人で飛び出した兄に続くようにかぐやも飛び出していった。それに続くように走って。
ふと、目が、合った。悠仁くんの瞳は、いつも通り優しさに満ちていて。でも、今はなぜだか不安そうに揺れていて。
それでも、その瞳の中の私は、小さな子どもで。
「悠仁く──」
ふと、胸の奥に熱い炎が灯ったのに気づく。いや、気がついていなかっただけでずっと燃えていたのかもしれない。ごうごうと音を立てて燃え上がるその感情の名前は。
怒りだ
そうだ、私は今。
怒って、いるんだ。
「私を見ろッ、虎杖悠仁ッッ」
初めて方言以外で声を掛けた。初めて呼び捨てをした。初めて、こんな荒い言葉遣いをした。
私、怒ってるんだよ。なんでそんな不安そうなのになんにも言ってくれないの? なんで、頼ってくれないの?
なんで、ずぅっと子ども扱いなの? こんなに頑張って頑張って、やっとあなたの隣を歩けるようになったと思ったのに。
やっと、あなたの手を取れるようになったと思ったのに。ずぅっと変わらないまま。
この、頑固者、唐変木、鈍ちん。この──
「このッ、どアホ──ーッ」
火花が散る。技術もへったくれもない、只の全身全霊の切り下ろし。それを律儀に正面から受け止めた悠仁くんと、目が、合って。
ほんの少し、笑った気がした。
「──そうか、もう、子どもじゃないんだなぁ」
じわりと、私の目尻に雫が浮かんだ気がした。
ifの扱い
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このまま最後まで書く
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普通の後日談も交えつつ書く
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書かんでいいから後日談だけ書く