[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん] 作:夕暮れの家
『悠仁が他の事を何も出来ないくらい手一杯でかつ、近くに彩葉がいる状況でなら、あるいは……』
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信じられない光景が目の前に広がっていた。先ほどまであんなに圧倒的にこちらを押し込んできていた月人達がなんの抵抗も許されずに薙ぎ払われ、両断され、その身をポリゴンに変えていく。
黒い稲妻が瞬いて、轟音が響く。どこかで聞いたことのあるような金属質な音が鳴ると、視界を埋め尽くしていた月人はまとめて両断されていた。
それを成しているのはたった一人で。ふと立ち止まったその人の、後ろに流された抜けるように白い髪の毛が、月光に照らされて淡くきらめいた。
「白い、神様……?」
絶対にバッドエンドになんかさせない、そんな決意を込めて固く武器を握っていた手の力が自分でも気づかないままに緩まる。いつの間にか隣に来ていた兄が、なんだあれ、と小さく零した。
かぐやを連れて行かせないことが、そのために月人を追い返すのが私たちの目的。予想だにしない乱入者の大立ち回りによって、その目的がなされようとしていることは、本当なら喜ぶべきことで。
なのに、なぜか悲しくて。知らずに一歩、前に踏み出して、その後ろ姿に手を伸ばしていた。
「彩葉!」
ここにいる筈のない、お父さんの声が聞こえる。かぐやの歌も、最後の一曲のイントロが流れ始めていて。
卒業ライブが、終わろうとしていた。
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「やっぱり無理だぁ、ワンコーラスだけかな……」
どれだけ机に噛り付いてみても、時間が惜しいと睡眠時間を削ってみても続きを作ろうとするとピクリとも動かなくなる指に、私が白旗を上げたのは花火大会から数日後のこと。その数日で、私の周りはそれなりに騒がしくなっていた。
私が唐突にバイト先を失ったこと。かぐやが配信者の引退を発表したこと。それに合わせて、卒業ライブを行うことを告知したこと。唐突に発表されたその情報に動揺したのは、私に近しい人たちもおんなじで。
お兄ちゃんから、芦花から、真実から。心配するような連絡が届いていることを知らせるスマホの通知をぼんやりと眺める。大丈夫、大丈夫、か。
「あと、何日ある?」
かぐやのお迎えが来る日まで、あと何日だろう。ずぅっと部屋に籠って勉強、作曲しかしていなかったから分からなくなってしまった。こんなことをしてていいのかな。もっともっと、かぐやとの時間を作った方がいいんじゃない? と心の内で誰かが言う。
椅子から立ち上がって、後ろの床に敷きっぱなしになっていた布団に背中から倒れこむ。窓の外に見える空は、いつもと変わらず嫌になるくらい青かった。
「お父さん、いつ来るんだろ……」
そちらに行く、と言ってから音沙汰の無い父のことを思う。曲の続きを作れない、という謎の不調の原因も、父ならなにかわかるかと思ったけど。これじゃ卒業ライブにはとても間に合いそうにない。
手に持ったスマホから、着信を知らせる音が鳴り響く。反射的にタップしてしまい、繋がってしまってから恐る恐る相手を確認するために画面を見る。表示されているのは、兄の名前だった。
「……もしもし?」
「彩葉? やっと出たな、良かった」
大丈夫か? と心配そうな声音がスピーカーから流れてくる。今更ながら着信履歴を見ると、もう何度も電話をかけてきてくれていたようだ。全く気付いていなかった。気づかないようにしてたのかな、と眉を下げる。
「うん、大丈夫。……ごめん」
「お前、大丈夫じゃ……。いや、あー」
誤魔化したつもりだったけど、出てきた声は自分でもびっくりするほど沈んでいて。なんだかそれが少しおかしかった。きっともう、私よりもかぐやの方が感情を隠すのがうまいや。すこし言葉を探すように間を開けた兄は、遠慮がちにかぐやちゃん、どうしたんだ? と疑問を口にした。
「かぐやね、帰っちゃうんだって」
そういえば、誰にも弱音なんて吐いてなかったな、と言葉にしてから気づく。かぐやが帰ってしまう。もう会えない。そんな事実を声に出して、ようやく現実として受け止めて。
寂しい、悲しい。心の中で名前をもらえずにずっと渦巻いていたそんな感情が、ようやく形を持った。自然と涙があふれてきて、私の頬を伝っていく。
「なぁ、お兄ちゃん」
「なんや、言うてみ」
お兄ちゃんが叶えたる、まだ何も言っていないのに、いつもと違った落ち着いた声でそんなことを言う。
「私、かぐやと居たい。協力、してくれる?」
「任せとけ」
何の説明もしてない。事情だって分かっていないだろうに、即答だった。笑って胸を叩いている姿が目に浮かぶ。昔からそうだったな。いつもはふざけてばっかりの癖に、こういう時ばっかり。
忙しいスケジュールの隙間で連絡してきてくれたのか、誰かに呼ばれたお兄ちゃんは誰かに呼ばれて、詳しい話はあとで、と言って電話はきれてしまった。画面が暗くなったスマホを鳥羽成して、さっきと同じように布団に寝転がる。
さっきよりも、なんだか視界は明るくなったような気がした。
お兄ちゃんにあんな風に頼るなんて、いつ以来だろう。東京に行く、プロゲーマーになると言って唐突に家を出て行ってしまったのが、私が中学1年生のころだったっけ。
あの時の私は、それを聞いて大層ごねたことを覚えている。しかも家じゃなくて、八月で家を出る、だなんて急に言い出して。
「……八月?」
覚えてる。あの時兄がそんなことを言いだしたのは、駄菓子屋だった筈。
なんで、なんで急になくなった私のバイト先と全く同じ名前のお店が、私の家の近くにもあるんだろう。
私は、なんで今の今まで、そのことを忘れてたんだろう。声に出してみても、その疑問に答える人は誰もいなくて。私の中にも、納得できる答えはなく。
キンッ
結局、何も思い出すことはできなかった。
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「彩葉!」
「お、お父さん?」
現実とほとんど変わらない見た目に、狐の耳と尻尾を生やしただけの簡素なアバター。直ぐに分かった。何時もの穏やかな様子が嘘の様に慌てたお父さんの姿に動揺した私とお兄ちゃんに構わず、勢いよく私の両肩をつかんだ。
「分からないんやな? あの人が。誰か、分からないんやな?」
「あの人……?」
もう目で見て数えられるくらいに目減りした月人に対して、追撃の手を緩めない人影を指さしてお父さんが言う。
「知ってるはずや、覚えてるはずや。なぁ彩葉、この曲は、誰の為に作ったものやったっ⁉」
視界の先、一際巨大な月人の体が別たれて、首だけになる。それを前にした男の人が、何事か口にして片手を伸ばして、印を形作る。それなりに距離がある、本当なら聞こえない筈の声量で放たれたその言葉は、なぜか私の耳に明瞭に届いて。
「八千代」
「水底」
「仰ぐ光明」
「領域──
「今だッ!!!」」
瞬間、幾つものことが同時に起こった。突然どこからか私たちの傍に飛び出してきたFUSHI、同時に視界の先の男の人の近くに現れたヤチヨ。そして、FUSHIの目から放たれた光が私を貫いて。
それと同時に、私の頭の中に溢れだした記憶。あの店で過ごした、幸せな時間のこと。ずぅっと隣にいてくれた、男の人のこと。
「悠仁くんっ!!」
考えるよりも先に声が出ていた。隣にいたお父さんが驚いたように目を見開いて。遠くにいた悠仁くんの動きが、止まって。その口が、確かに私の名前を呼んだ。
10年間で積みあがった約束と想い。思い出に比例した熱いまなざしが、その声が。
恐らく今後も己をに“部品”としてしか価値を見出すことのない虎杖悠仁の心を解かす。
解かして、しまった。
「流石、彩葉」
呆然と手を止めてしまった虎杖を目の前にして、ヤチヨは静かに指を振った。
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