[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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感想欄を見るにどうも超かぐや姫!を見たことないのに本作を読んでくださっている方もいるようで。非常に嬉しいです。ただ、その方たちに私は一言いいたいです。

今すぐ、映画館に行きましょう。原作は本作の5億倍面白いことを私が保証いたします。なので、行きましょう。今すぐ。遠慮しないでいいですから、今すぐ。


6

 

 アパートの部屋の中、並んで座った私とかぐやは、ツクヨミへのログインをするために二人ともスマコンを装着していた。今日は私がチケットを手に入れることが出来たヤチヨのミニライブの日。元々店長へのお礼の為に、一緒に行こうと誘っていたものだけど、それを聞きつけたかぐやも一緒に行きたいと駄々をこねた、というのが店長のスマコン購入騒動の理由の様だった。

 

 そりゃあその話をしたらそうなるだろう、と今までのかぐやの言動を振り返ると納得しかない。それはそうとしてやはり10万越えのものをポンと買い与えてしまうのは教育上よろしくないのではないのか…。いかん、なんで私はこんな母親の様な事を考えているのだ。こんな厄介事の塊のような存在にはどうにかして元の場所への帰り方を見つけてもらって迅速に帰ってもらわねば、と決意を新たにする。

 

 ただ、ここで私がこの娘をどうにかして追い出したとして、そしたらどういうわけかかぐやに他の子以上に激甘な店長が自分の家に住まわせる未来しか見えないわけで。私が巻き込んだわけであるしそこまでの迷惑をかけるわけにはいかないのだ、とため息を一つ。

 

 初めてのスマコン使用。どこか不安なのか私の腕をつかむ。

 

 

「行くよ、せーの」

 

 瞬間、目の前のなんの変哲もない狭いアパートの部屋の景色が暗転して、宇宙を模したモーショングラフィックスが広がった。どこかに落ちていくように視界が流れ、最後に水面を突き抜けたような演出と共に水音が響く。すると、そこに広がるのは常夜の都。

 

 “和”のテイストを色濃く反映した高層建築の数々。やわらかい、どこか祭りの灯りを思わせるような色彩の光に包まれたその都では、数多くの人が思い思いに自分の好きなことをして楽しんでいる。

 

仮想空間ツクヨミである。管理人月見ヤチヨが管理するこの世界では、運営が様々な娯楽を無料で提供してくれるため、私の様な貧乏人には本当にありがたい場所だ。とりあえず、ということで入り口となっている鳥居に一礼をしておいた。いつもお世話になっております。

 

 私のこの世界での姿は、青を基調としたストリートファッションだ。着物にパーカーとベルトにブーツ、狐耳に尻尾もついている。このツクヨミに居る人はほとんどの人に一部人ではない要素が追加されている。珍しいところでは鬼の角なんてものもあったりするのだ。

 

「ヴェぇっ」

 

 チュートリアルのある初心者はここに出てくるだろう、と待っていると、案の定。空間に光の波紋が走りそこからかぐやらしき人影が出てきて、盛大にずっこけた。女の子が出してはいけない声が出ている気がするが大丈夫か。

 

 かぐやは、金髪に頭に垂れたウサギ耳、朱色と若草色でまとめられた和服のコーデだった。完全に見た目はギャルである。

 

「金髪、ギャルいかぐや姫…」

 

 自分の中にあるかぐや姫のイメージをどんどん壊していってくれるな、という何とも言わない気分と共に、なんだか笑いがこみあげてきてしまう。

 

 そんなかぐやの周りを、デフォルメされた丸いシルエットの犬?らしきものが駆け回っている。なんだそれは。

 

「あ!犬DOGE!つれてこれるんだねぇ」

 

「ほら、いくよ?」

 

 あぁ、先ほどすごい勢いでプログラミングして作ってたやつか。と納得して、転んだままの姿勢で犬DOGEと戯れるかぐやに手を伸ばした。

 

ここはツクヨミ、ヤチヨの管理する最高に面白い世界。初ログインのかぐやにとっては時間なんていくらあっても足りないはずなのだ。

 

「うぉー!すげーっ!面白そうなものが死ぬほどある!」

 

 諸手を挙げてあちらが面白そうだ、と突撃しそうになるかぐやの首根っこを掴んで止める。そんな不満そうな顔をしなくてもいいじゃないか。そもそもまだ店長と合流できていないんだ。

 

 確かに、とようやく気が付いた様子のかぐやも周囲をきょろきょろ見回して探し始める。

 

 店長のプレイヤーネームは知っているし、向こうも私の事を知っているようだったので合流自体は簡単に出来るはずだ。と思っていると、私とは反対方向を見ていたかぐやが突然大声をあげて走り出した。

 

「あ!あれだ!ゆーじー!」

 

 今度は止めることのできなかったかぐやの突撃していく方向を振り返ると、確かにいた。涼やかに背後にひとまとめにして流された白髪と、紺色を基調にした着流し。そして額に生える長い一本角。

 

 正直、普段の店長とは違う長髪のせいで一瞬店長だと分からなかった。きっと、それは顔に刻まれていた傷跡がない、というのも大きいのだろう。ただ、頭の上に表示されるユージ、というプレイヤーネームは嘘はつかない。間違いなくあれは店長だろう。

 

「て、ユージさん。さっきぶりです」

 

「いろさんも、かぐやもさっきぶり」

 

 おや、と眉を顰める。いま店長は自然にかぐやの事を呼び捨てにしなかったか。それは私だけと聞いていた気がするのだが。なんだか立場を奪われた気がして面白くない。

 

「店長、さんはつけなくていいですよ。いつもそうじゃないですか」

 

「そうか、じゃあいろで」

 

 よし、と息を一つ。プレイヤーネームだとしても今更店長にさん付けされてもなんだか落ち着かないのだ。そんな私たちのやり取りを不思議そうに店長の腕にぶら下がりながら眺めていたかぐやが、何か面白そうなものを見つけたようでそちらに向かって走り出した。

 

 ――店長の腕をつかんだまま。

 

「おぉっと」

 

「て、店長―!」

 

 大型犬に引きずられる飼い主がごとく、かぐやに腕を引かれて遠ざかっていく店長に手を伸ばす。しまった、思わず店長と呼んでしまった。これではプレイヤーネームを本名と全く同じにしているあの二人のことを笑えないではないか。

 

 

 

『キタキタキター!これがないとツクヨミの夜は始まらない!本日もヤチヨミニライブの開演だー!』

 

 ツクヨミの公認ライバーとして広報を一手に担っている忠犬オタ公の煽りと共に会場のボルテージが段々と高まっていく。会場は円形で、真ん中のステージには大きな鳥居が設置されている。いつもヤチヨはあの上に出てくるのだ。

 

 会場をぐるりと見渡して、ふふんと優越感に浸る。今までは私も周りの様な一般席だったが今日は違うのだ。ステージの鳥居につながる木製の橋の様な場所、ここは握手券付のチケットを持った観客のみが入れる特別な場所。

 

 いよいよ始まるんだ、と隣で不思議そうに周りを見渡すかぐやの事をそっちのけでステージを見つめる。店長へのお礼の為に誘ったものだが、どうしてもこうなってしまうと私の方が楽しんでしまっているようだ。

 

橋の欄干に足をかけて下をのぞき込もうとしたかぐやの事を店長が諭して連れ戻している光景を横目に、カウントダウンの始まったステージを一瞬も見逃すまいと目をじっと見つめる。こうなったらかぐやの面倒は店長に任せよう。

 

 カウントが一つ減るごとに上がっていく会場のボルテージ。数字が0になった瞬間、歓声が爆発する。

 

『お待たせ!』

 

 低く響く鐘の音ともに先ほどまでだれもいなかった鳥居の上に突如として現れた人影。海洋生物をモチーフにした和の装いと、長く伸ばされた二つ結びの白髪。紛れもないツクヨミの歌姫、月見ヤチヨである。

 

『ヤオヨロー!神々のみんな!今日も最高だったー?』

 

 会場の視線を一身に集めるヤチヨに、かぐやも気がついたのか先ほどから興奮したように肩をゆすってくる。申し訳ないんだど今それどころじゃないんだ。特等席でヤチヨの姿を目に焼き付けなければならないのだから。

 

『よーし、今宵もみんなを誘っちゃうよ!Let’s Go on a trip!』

 

 数巡、辺りは沈黙に包まれる。

 

 

 

「幾千ときをめぐって今 僕ら出会えたの ほら見失わないように 手を離さないで」

 

 

星降る海

 

 

 

 最初、無音の中で歌いだしたヤチヨの声に追いつくように少しずつ伴奏の音が増えていく。く、と伸ばした手を軽く振ったとたん、下からせりあがった水面であたり一帯が海となった。

 

 目を挙げれば空には幻想的な巨大魚が泳ぎ、その更に上にはオーロラがたなびいている。そんな非現実的な光景と共にヤチヨのライブは幕を挙げた。

 

 

 

 

 

「ねー、悠仁。なんで彩葉泣いてるの?どこか痛いの?」

 

 後ろから聞こえてきたそんな声によって現実に引き戻される。いつの間にか曲は終わっていたようだ。本当に最高だった、という余韻を握りしめながら勢いよく背後に振り返った。

 

「ユージさん!どうでしたか!最高でしたよね!」

 

 どうしてもこの感動を誰かと共有したくて、興奮気味に店長にまくしたてる。そんな私の言葉と、横からのかぐやの質問攻撃を同時に受けていた店長は、一切目を離すことなく未だ鳥居の上に一人立つヤチヨの事を見つめていた。

 

『イェーイ!感謝、感激、雨アラモード!ヤチヨは果報者なのです…!』

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるヤチヨ、かわいい。そうですよね、と店長に同意を求めると、変わらず視線を外すことなく頷いて肯定してくれた。楽しんでくれているようで私も嬉しい。

 

 そんなことを想っていると、突如としてヤチヨから爆弾情報が投下された。ヤチヨカップの開催である。参加資格はツクヨミの全ライバー。開催期間中にどれだけファンを増やすことが出来るか、で競うらしい。そして優勝者には。

 

「うっそ、コラボォ⁉」

 

 ヤチヨとのコラボライブをする権利が与えられるというのだ。これまでそんなことはしたことないというのに。その情報の衝撃に打ちのめされて思考が回らないでいる私を尻目に、どんどん状況は進んでいく。

 

 私の兄のアバターである帝アキラがリーダーを務めるプロゲーマーユニット『ブラックオニキス』の乱入のち優勝宣言、そして。

 

「ヤぁぁぁぁぁーーーーチぃぃぃぃぃぃーーーーヨぉぉぉぉぉぉーーーー!」

 

 何を思ったのか大声でこちらも優勝宣言をしてしまったかぐやである。慌てて口を塞いで止めるも、時すでに遅し。会場の注目は十分すぎるほどに集めてしまった後だった。恨みがましく、止めてくださいよという視線を店長に送るも、いつも通りに顔をそらされた。分かってて止めなかったなこの人。

 

 とにかく、この宇宙人の口を迅速に塞いだ後、速やかにこの場から離れたい衝動に駆られるも、今回ばかりはそういうわけにはいかないのだ。そんな雑念が混ざったのか、私の腕からかぐやがするりと抜けだし、店長に飛びつく。

 

「ねー、悠仁、いっしょやろ?彩葉もやるって!」

 

 おい、速攻でうそをつくんじゃない。私はそんなこと一言も言っていないぞ。ねぇねぇと店長に纏わりつくかぐやを引き剥がそうと手を伸ばした時、不意に横からその手を取られた。

 

「こんにちは!いろさん。いつも来てくれてありがとう!」

 

 ヤチヨだ。いつの間にかすぐそばに来ていたヤチヨがわたしの手を握っている。視界の端で唐突に何かやることを思いついたのか、ぴょんと店長から離れたかぐやがログアウトしていくのが映った。

 

「や、ヤチヨ、私の事、知って…?」

 

「もちろんっ!ずっと応援してくれてたの知ってるよ」

 

 認知してもらえていた。嬉しい。思考の語彙力が丸ごと奪われ、喜色一面に染まる。その衝撃で話そうとしていたことも丸ごと全部吹き飛んでしまった。

 

「あの、ずっと、ずっと。ヤチヨに支えられてきました。今もです!」

 

 えっと、何を言えばいいんだっけ。おかしいな、もっともっと他に沢山、言いたいことあったはずなのに。

 

「だから、ありがとう、ございます」

 

「うんうん、頑張り屋だね、えらいね」

 

 下げた頭を、えらいえらい、と小さな子供にするように、小さな手がのせられて軽く動く。推しに頭を撫でられていることに遅れて気が付いた私は、そこで限界が来てしまった。

 

「きょ、今日はここまででっ!ありがとうございました!」

 

 勢いよく後じさりして頭を下げてログアウトする。消えゆく視界の中で、ヤチヨが笑顔でこちらに手を振っているのが見えた。

 

 

 

 

「よかったのか?もっと話さなくて」

 

「うん、いいの」

 

酒寄が光となり消えた後を見つめながら、口を開く。一応周りに人目があることだし、声量は控えめだ。

 

「でも、久しぶりだっただろう」

 

「ううん、悠仁の店に彩葉がいつもいてくれるお陰で、結構様子は見れてるから」

 

 それより、とヤチヨはこちらを振り向いて、ぱ、と両手をこちらに向けて見せる。

 

「握手、しますか?」

 

「そうだな、おねがいする」

 

 手を伸ばして、先ほどの酒寄と同じようにヤチヨの両の手を握る。違うのは握っているのはヤチヨではなくこちらだということだ。

 

「悠仁、私のライブ、どうだった?」

 

「素晴らしかったよ、酒寄も泣いて感動してただろ?」

 

「彩葉は、いつもそうだから…」

 

 あはは、とわらうヤチヨ。そんなに個人名を出しても大丈夫なのか、と思って周りを確認するもこちらを気にしている様子のものは一人もいなかった。

 

 大方ヤチヨがなにか対策したのだろうな、と考えて、それ以上考えるのはいったんやめておく。

 

「…ヤチヨ?」

 

 にぎにぎと、こちらの両手を掴んで力をこめて、また抜いてを繰り返しながら黙ってしまったヤチヨ。先ほどまでは完璧に被れていた笑顔の仮面がはがれかかってしまっている。

 

「よかった」

 

 絞り出すように呟いて、俺の手を額に当てる。

 

「今日も、私の覚えてた通り。私は、上手くやれてるみたい」

 

 そう言うと、ぱ、とこちらの手を離し、また笑顔を浮かべて・・・・・・・宙に飛び上がった。

 

「今日はありがとう!また来てね~!」

 

 何か一つの綻びで、輪廻が崩壊するのではないか。そんな恐怖は彼女にしかわからないものだ。どうしても俺では足りないのだ。

 

 先ほどまでヤチヨと繋いでいた、温もりの宿らない手をぐ、と握って、また放す。無駄に強い力を持つくせに、出来ることの少ない自分が嫌になる。そう息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

「勝負じゃーーー!」

 

「やって見せろよ、優太!」

 

「何とでもなるはずだ!」

 

 店前から聞こえてくる元気のよい声、大体は小学生らしく子供の無邪気な声だが、その中に一つやけに年上らしい声が混ざっている。いや、無邪気さという一点で言えば全く負けていないのだが。

 

 聞こえてくる歓声から、どうにも今開催されているベーゴマ対決は盛り上がっているらしい。微笑ましいことだ。そこに金色の長い髪を揺らして荒ぶるかぐやが混ざっていなければ。

 

 夏休みに入ったことで、学校に行く際にかぐやを家に残したり、店長に預けたりする必要はなくなった、無くなったのだが、バイトにいく時というのが問題だった。

 

「彩葉だけ悠仁のとこに遊びに行くのずるいずるいずるいずるい!」

 

「遊びに行くんじゃなくてバイト、仕事だって」

 

「それでも私の事置いて二人だけで会うんでしょ!ずるい!」

 

 そんな風にバイト先が八月店長の店であることがばれてしまったことで、盛大に駄々をこねられてしまったのだ。

 

「私も行きたい!彩葉~、良いでしょ?」

 

「うっ、だから仕事だって…」

 

「でも悠仁がいいって…」

 

「店長…!」

 

 結局、かぐやに頼みごとをされたら弱い私と、そもそも断るという選択肢が存在しているかも怪しい店長によってかぐやは私のバイト中はこの駄菓子屋で自由に遊んでいる。

 

 最初は放っといて大丈夫か、とも思ったが、よくよく考えてみれば目を離せばすぐに問題を起こすこの宇宙人を常に視界に入れておけるというのはこちらとしてもありがたい。

 

 そんな感じで連れてきた最初こそ心配だったものの、その持ち前の明るさで遊びにくる子供達とあっという間に仲良くなったかぐやは、今はここで買ったベーゴマを片手に小学生相手にガチンコバトルを演じている途中であるというわけだ。

 

 宇宙人が駄菓子屋でベーゴマ買って小学生とバトルって、何言ってるのか分からないな、と自分でも思うが。

 

 しかし、目下の問題はそこではないのだ。あのヤチヨのミニライブの後、私を待っていたのはライバーになってヤチヨカップを優勝する気満々になったかぐやの姿だった。

 

 しかも、次の日には配信で使うんだと言って大小さまざまな小物を沢山買ってくる始末。全部百均だから安心して!という台詞はせめてもの救いだろうか。何度もお金は大事だと言ってきた甲斐があるというものだ。店長はもう少しそこら辺をちゃんとしてほしい。

 

 さて、そんな勢いでライバーを始めようとしたかぐやだが、事前知識もなしに勢いで行った初配信はそれはまぁ酷いものだった。自分で作ったという不快なBGM、へたくそな立ち絵、立ち絵にもなっていなかったから1枚絵か?それに加えて話すことが思いつかなかったからと10秒ほどで配信を閉じる。極めつけは最後にインカメがオンになっていたことで思いっきりリアルの顔バレをしてしまったことだ。

 

 それを見せられた時は、思わず天を仰いでしまった。こんなものが世に放たれるくらいならまだ私に迷惑をかけてくれた方がましだった。

 

そんなことを考えたのを見抜かれたからだろうか、かぐやの押しに負けて、プロデューサーまがいのことをやることになってしまった。かぐやの歌う曲の作曲に配信のモデレーター、そして犯罪やコンプライアンス違反の事をやらかさないかという監視。それに勉強とバイト、という三足の草鞋を履くことになってしまったのが現状だ。チャンネル名はすぐさまかぐや&いろPチャンネルというものに変えられていたし。抜け目ない。なんだいろPって。

 

お陰で今は久しぶりの限界状態に少しずつ近づいて行っているのを自分でも感じる。前と違うのはご飯はちゃんと食べている事だろう。かぐやは何時の間に店長から料理を教えてもらっていて、今では我が家のキッチンを縄張りとしている。悔しいが作る料理はとても美味しい。

 

「店長、店前であんなに騒いじゃって大丈夫なんですか?」

 

「近所はみんなそこらへんに理解ある大人でな」

 

「ありがたいですねぇ」

 

「まったくだ」

 

 今はこの場で店長とするゆっくりとした会話が一番の癒しである。仕事が一番の休憩となっているのは自分でもどうかと思うが

 

「店長」

 

「なんだ?」

 

「かぐやの配信、出てあげないんですか?」

 

「男が出て炎上するリスクを考えるとな」

 

「それはそうなんですが…」

 

「裏方としては力になるから」

 

 これだ、店長にしては珍しく。というか唯一かぐやの我儘に頷かなかったのだ。女の子の配信に男が出るとまずい、という正論パンチ一発で殴り返されて珍しくかぐやが轟沈していたのを憶えている。

 

 言葉の通り、裏方の私がやっているようなことを手伝ってくれているだけで私としてはとてもありがたいのだが。断られたときのかぐやの拗ねようはそれはもうすごかった。頼むから他の人の目もある駄菓子屋の中で店長にくっつきながら駄々をこねないでほしい。

 

まぁ、次の日にはすっかりけろっとしてこの八月に私と一緒に遊びに来て、店長に纏わりついていたが。

 

「それに、俺の力が無くてもかぐやと酒寄ならやるだろ」

 

 そんなことを店長は言うが、今のチャンネルの伸びには店長の力も大いに含まれているのを忘れてはいないだろうかこの人は。

 

それに、だ。外で楽しそうに燥ぐかぐやの姿を確認する。よし、こちらを見ていない。今のうちにここ最近聞けなかったことも聞いてしまおう。

 

「店長、店長は芦花の事は何て呼びますか?」

 

「綾紬ちゃんだな」

 

「じゃあ、真実のことは?」

 

「諌山ちゃん」

 

 うん、と一つ頷く。ここまでは思った通りだ。

 

「じゃあ、かぐやは?」

 

「かぐやだな」

 

 どうかしたのか、と首を傾げる店長。自分でもちょっと変な質問をしている自覚はあるのだ。しかし、私はこの質問をしてどうしたいのか自分でもよく分かっていないのだ。でも、聞き始めてしまったことはしょうがない。もう後戻りできないのだ。

 

「…なんでですか?」

 

「なんで、かぐやはちゃん付けじゃないんですか?」

 

 分かってる。本当は分かってるのだ。これは幼稚な嫉妬だ。かぐやが来る前は私だけの“特別”だった気がしてたのに。いつの間にかかぐやは「かぐや」で、私は「酒寄」で。これでは、なんだか。

 

 大体なんだ。かぐやが来てからの店長は。いつもいつもかぐやばかり甘やかして。いつもあちらにばかりかまってばかりではないか。

 

 自分でも思ってもみなかった思考が頭の中を駆け巡る。あぁ、これはいけないと理性では分かっているのに、久しぶりに過度の疲労に支配された脳細胞は言うことを聞いてくれない。

 

「ずるいわ、かぐやばっかり」

 

 口をついてでた言葉。普段は使わないようにしていた方言まで出てしまって。はっと手で口を塞いでも吐いてしまった言葉はもう取り消せなくて。

 

急激に頬に熱が集まる。自分が口に出してしまった言葉が頭を反響して現実逃避をさせてくれない。なんだ、今の言いようは。まるで幼い子供じゃないか。

 

 店長の反応が怖くて後ろを振り返れずにいると、畳の擦れる音ともに背後で立ち上がる気配がした。そのまま顔を伏せて目線を挙げられないでいる私の前まで来て、しゃがむ。顔は上げずに、目線だけを上に上げると、こちらを下から見る店長と目があった。

 

「酒寄」

 

 その呼ばれ方に、また少しだけ俯く。ちょっと前は特別だと思っていたその呼び方が、なんだか他人行儀に感じてしまって。自分の勝手な考えで店長を振り回して。本当、いやになる。

 

「酒寄は、どうしてほしいんだ?」

 

「なまえで」

「名前で、呼んで、ほしいです」

 

 目を合わせることすらできていない私には見えなかったけど、店長の声はいつも通り泣きたくなってしまうほど優しくて。はく、と声にならない口の動きを一度挟んで、出てきたのは何とも不格好なお願いで。

 

「彩葉」

 

 だからこそ、これでいいか、なんて。なんの迷いもなく名前を呼んでくれたことが嬉しくて。元々赤くなっていた頬に更に熱が上るのを感じて突っ伏してしまった。でも、これで満足なはずなのに。私の手は勝手に店長の手を掴んで放してくれなくて。

 

「だめ、です」

 

「海にも、いっしょにいってくれなきゃ、許しません」

 

 お安い御用だ、なんて言って私の頭を撫でる店長に、今度こそ羞恥心が限界突破して机に沈み込んでしまった。何を言っているんだ私は。

 

「あぁー!悠仁が彩葉のこと虐めてる!」

 

彩葉・・はちょっと疲れたみたいでな、休ませてやってくれ」

 

 そんな最悪のタイミングでかぐやの声が店内に響く。勘弁してくれ、今の状況をみられるのも嫌だし、それ以上にこんな状態の顔を見られる方がもっと嫌だ。

 

「悠仁が彩葉の事を名前で呼んでる!!」

 

 なになに、何があったの?もっとなかよしになったねぇと騒がしい声が聞こえてくる。きっと、かぐやはいつも通り馬鹿みたいに笑顔で、それに付き合う店長も優しく笑っているのだろう。

 

「ほんと、かんべんして…」

 

 そんな心にもない言葉は、私の顔を隠してくれている机の表面にしみこんで消え、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠仁が、私の知ってる悠仁になった。

 

 髪の毛は白く、表情の変化は少なく。あまり笑わなくなり、性格は元々明るい方ではなかったけど更に落ち着いたと思う。

 

 私のせい。あんまり人と関わるのを良しとしなかった悠仁が正しかったのに、彩葉の時代が近づいてくることが嬉しくて、近くに行きたい、何て言った。私のせい。

 

 何かを一人で考え込むことが増えた。でも、私に優しいのも、撫でる手が暖かいのも、そこは、全部、全部、今までの悠仁と同じで。

 

 夜中にどこかに出かけることが増えた。何でも、最近呪霊というものが現れだしたらしい。そんな危ないもの、悠仁がわざわざ出ていかなくてもいいのに、と言ってみた。でも、自分にしかできない、と言われてしまった。こうなった悠仁は譲ってくれないのも、私は知ってる。

 

 どんどん私の知っている悠仁に近づいていくのに、そんな悠仁がどこか危うい気がして。でもこんなウミウシの姿では悠仁の事を抱きしめてあげることすらできない。

 

 そうだ、と思いついた。私は魂だけの存在、電子生命体だ。幸いようやく出来始めたネット空間のおかげで私の居場所は今も増え続けている。ここに、私がわたしでいられる場所を作ろう。

 

 そうすれば、そこに悠仁も入ってこれるようにすれば、私でも。悠仁の手を取ってあげられるかもしれない。

 

 そうだ、そうしよう。昔見た、あの綺麗な花火みたいな街並みを作ろう。いい考えじゃないか。

 

 名前は、そう“ツクヨミ”!

 

…ツクヨミ?

 

 少し浮かれていた思考が途端に冷える。一番に思いついたその名前は、異常に聞き覚えのあるその名前は。瞬間、思い至った考えは、意外なほどに私の心の中にすとんとはまった。

 

「あぁ、そっか」

 

「私が、ヤチヨだったんだ」

 

 

 

 道理で、どれだけ探しても見つからないはずだぁ。と一人で笑った。

 

 

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