[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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アパートの窓から見える景色はとうに夜闇に呑まれ、街灯と各家の窓から漏れる光だけが見えるようになった時間、私は勉強机に突っ伏しながら目の前のスマホをしかめ面で眺めていた。

 

 点灯しているスマホの画面はSNSのトーク欄が開かれており、名前には芦花、真実という文字が光っている。

 

「なんて言い訳すれば…」

 

 そもそもなんで私はあんな恥ずかしいことを、と今現在悩んでいることの元凶となる先ほどの自分の行動を思い出して、両手で頭を抱えて悶えた。

 

 なんだ、あの言い様は。店長が誰をどんな呼び方で呼ぼうが店長の勝手ではないのか。それなのに。

 

『彩葉ちゃんだけ。随分信頼されてるわね。』

 

 あんな、人づての言葉を真に受けて浮かれてしまって、それを自分だけの特別だなんて思い込んで。あまつさえ自分よりも店長に親し気に名前を呼ばれているかぐやに嫉妬するだなんて。

 

「う、う゛ぅ…」

 

 自分の喉から聞いたことの無いような唸り声が漏れる。バイトから帰ってきてかれこれ1時間ほど。ずっとこの状態だ。正直何かをしようとしても先ほどの記憶が脳内をリフレインして手につかない。海に行くための時間を捻出するためにも時間は少しでも惜しまなければいけないのに。

 

 海、そうだ。あの時の私はなぜか店長に海に一緒に行ってほしいとも言ってしまったのだ。なぜだ、名前の事については百歩譲ってまだ少しは自分の中で話す前に考えていたことだったのに。

 

 あの言葉は、口に出すまで全く頭の片隅にもなかった、はず、それなのになんだ。海にも一緒にいってくれなきゃ許しませんだ?なんだそれは。小学生の駄々じゃないんだぞ。これでは頻繁に駄々をこねているかぐやの事を全く笑えないではないか。

 

「ぬあぁ~っ!」

 

 髪の毛が乱れるのも気にせずに頭を掻きむしる。どうせこの後お風呂に入るからもういいや、という諦めも込めて。帰ってからずっとこの様子の私に遠慮したのだろうか、かぐやは先にお風呂に入ってくる、と言ってホントに行ってしまった。少しは他人への配慮というものを覚え始めたらしい。

 

 どうにかしてこの記憶を私の頭と、ついでに店長の脳内から消せないだろうか、と荒唐無稽なことを考える。強い衝撃を与えればなんとか、何て言う物騒な考えがふと頭をよぎったが、即座に首を振ってそれはないと否定する。自分の頭ならともかく店長の頭を何かで殴ることなんて申し訳なさ過ぎて出来ない。どれだけ恩をあだで返す行為なのだそれは。

 

 どうにもならないことをいつまでも考えていてもしょうがない、と考えて顔を上げるも、その後にまた芦花と真実の名前を見て頭を抱える。

 

「かぐやちゃんがいるなら、店長さんも誘えばいいのに」

 

「ボディーガードお願いします、っていったら来てくれそうだよ?」

 

 そう言っていた二人を、店長も遠慮すると思うし、わざわざ断らせるのも申し訳ないとかなんとか言って店長の事は誘わないと言ったのは他ならない私なのだ。

 

舌の根も乾かぬうちにやっぱり店長の事を誘ってしまったから、そのつもりでお願いだなんて、どんな顔して言えばいいのだ。何があったか白状するまで離してくれないに決まっている。

 

 そして、そうなった原因については死んでも話したくないと断言できる。絶対に墓場まで持っていく。嘘をつこうにも何故か芦花には私の嘘はいつもバレてしまうのであまりやりたくない。下手な嘘をついてそれを見破られると、さらにまずい立場に立たされることが目に見えている。

 

かぐやに見られていなかったのは本当に幸運だった。なぜ急に名前で呼ぶようになったのかを簡単に口を割らないでくれた店長に感謝だ。より一層気合いを入れて働かねば。

 

 またそんなずれたことを考えていると、手に持ったままのスマホが着信を知らせる音を鳴らして振動しだした。唐突なそれに驚いて思わず応答ボタンに指が触れてしまう。

 

 画面に表示された名前は、“芦花”である。

 

「彩葉?海に遊びに行くとき、店長さんもくるって聞いたけど。本当?」

 

 思考が止まる。なぜそれを知っているのか、と聞こうとも思ったが、バイトから帰ってきてほとんど時間がたっていない今、犯人の候補は一人だけに絞られた。かぐやだな。

 

 ぎりぃ、と歯ぎしりしてシャワーの音が聞こえてくる風呂場の方を睨みつける。

 

「誘わない、って言ってたからちょっと気になっちゃったんだけど…」

 

「ううん、ごめんね、いう前に誘っちゃって」

 

「それは良いの、私も誘ったら、って言ったし」

 

 それに店長さんが来てくれたら心強いしね、と付け加える。どうやら大丈夫そうだ、と電話越しに安堵の息を吐いていると、そんな私の心境を見透かしたような言葉が芦花から放たれた。

 

「それで、なんで急に心変わりしたの?」

 

「う、そ、それは…」

 

 芦花相手に誤魔化しや下手な嘘は下策。ここは素直に勘弁してくださいというのが最上の策である。

 

「勘弁してください」

 

 その後、どうにかごまかしたい私と何としても聞き出したい芦花との仁義なき戦いが繰り広げられたが、その戦いはかぐやの参戦によって幕を閉じることになった。

 

「悠仁がねぇ、彩葉の名前呼ぶようになったの、芦花知ってる?」

 

「彩葉?それ知らない。私知らないんだけど⁉」

 

「か、かぐや———!」

 

 

 

 

「まだまだ足りない、どうすれば良いのだ!」

 

 照りつける真夏の太陽の下、かぐやが砂浜に敷いたレジャーシートの上でごろごろと転げまわる。全くの無名から始めた「かぐや、いろPちゃんねる」の活動はなかなかの快進撃を見せており、ドベだった最初から見ると考えられない程数字を伸ばしている。

 

 そのヤチヨカップでの順位は現在「280位」である。正直、0から始めたにしては十分すぎる成果なのではないかとも思うのだが、やはりそこはかぐや。1位でないと納得がいかないらしい。

 

「1位になーりーたーいー!」

 

 勢いよく転げまわるかぐやに、せっかく芦花がしてくれたスタイリングなんだから大人しくしな、と伝える。そうでなくても水着で転げまわるのは止めてほしいものだが。せっかくあんなに時間をかけて選んでたお気に入りなんだから。

 

「かぐやちゃん、歌もうまいしゲームも筋がいいから、もっとのびるよ」

 

「そうかな?そうだよね!」

 

「店長さんもそう思いますよね?」

 

「そうだなぁ」

 

 多才で凄いなぁ、と転がって唸っていたかぐやをあやしつつ返事をする店長。今日は流石にフードを被っていたりはしないが、それでも上にはラッシュガードを着ている。

 

普段は基本的にゆったりとした服しか着ていなかったので分からなかったが、店長ってすごいがたいが良いんだな、と新たな気付きを得た。

 

「オリジナル曲もよかったよ~?」

 

「あれ彩葉が作ったんでしょ?」

 

「彩葉、可愛い上に天才すぎ~」

 

「そう、彩葉はすごいの!」

 

 話の矛先がわたしに向いた途端、店長の膝に頭を乗せて寝っ転がっていたかぐやが飛び起きてこちらを指差した。

 

「何でも出来るんだから、私の自慢のプロデューサーなんだからねぇ」

 

 えらいえらい、と私の頭を撫でようとして手を伸ばしてくるかぐや。なんだ、店長の真似か。頭に伸びてきたその手を避けるように一歩後ろに下がると、かぐやは2歩こちらに距離を詰めて、上目遣いでこちらを見上げてきた。

 

「だから、新曲作って?伴奏もして?」

 

「う“」

 

「ついでに配信に一緒に出て?」

 

「そ、それは、顔出しはダメって」

 

「じゃあ顔出さないなら良いんだよね?」

 

「そういう問題じゃない…」

 

 そんなやり取りをしていると、あれ、と真実が声を上げた。でも着ぐるみで結構配信に出てるよね。と。それは、そうなのだ。絶対に顔を出したくない私と、絶対に配信に出てほしいかぐやとの仁義なき戦いが勃発した結果、決して譲らなかったかぐやに根負けした私による落としどころがそれだ。何時だってそうだ、あの上目遣いで頼みごとを去れると断れない。

 

「ねぇ、彩葉。私を助けて?」

 

「ま、まぁ。時間が空いてたら、ね?」

 

「よっしゃー!」

 

 まさにこんな風に。くそう、なぜ断れないんだ。こっちはそろそろこのやることが溢れに溢れている日々が厳しいと体が言っていると自覚し始めているのに。

 

「ちょろは」

 

「ちょろ葉だねぇ」

 不名誉なあだ名をつけらてしまった。なんてことを言うのだ、とサングラス越しに二人を睨む。私はちょろくない。ちょっとかぐやのお願いを断る能力が低いだけなのだ。

 

「しかし、やっぱり黒鬼が圧倒的だね」

 

「まぁ、帝様ですから」

 

「む、真実の裏切り者…」

 

 ヤチヨカップの順位は当初の予想通りブラックオニキスが独走している。新規ファン獲得数での勝負なのに、元々かなりのファンを抱えていた彼らが独走というのは、やはり流石というかなんというか。ほんと、敵わないな。

 

「私を1番に推してよー!1番じゃないとヤダよー!」

 

 また店長の元に駆け寄って、後ろから両手でつかんで揺らし始めた。全く抵抗しない店長の頭がグワングワン揺れている。

 

「悠仁は、私が1番だよね?」

 

 背後から顔を覗き込んだその問いに、珍しく店長が言いよどむ。そんな様子を見て、勿論自分が1番である、という答えが返ってくると予想していただろうかぐやの目が大きく見開かれた。

 

「悠仁の浮気者———————!」

 

 なんでなんで私じゃないの、誰に浮気したの悠仁のバカもう知らない、と後ろから引っ付いて騒ぎに騒ぐかぐや。騒がしすぎて周りからの注目も多少集めてしまっている。あの矛先がわたしの方に来なくてよかった、ヤチヨが最推しだと答えたらどうなったかなんて考えたくもない。

 

「俺の1番は、大切な家族だよ」

 

「む、家族か——…」

 

 ごめんな、と謝る。店長の家族、覚えがある。確か前にそんな会話をした気がする。店長と同じ髪色をしているという情報しかもっていないが。

 

「店長、その人って、どんな人なんですか?」

 

「そうだな」

 

「誰より優しくて、頑張り屋で、一途で。でも、寂しがりやな娘だ」

 

 話すことがあれば、仲良くしてやってくれ。と締めくくる。かぐやとどっちが可愛い⁉と未だ諦めないかぐやが聞くも、もう少し大きくなったらおんなじくらい綺麗になるよ、と躱されてしまっていた。

 

「じゃあ、かぐやが絶対悠仁の1番になるからね⁉絶対!」

 

「…あぁ、頑張れよ」

 

 目を細めてかぐやの頭を撫でまわす店長。スタイリングが乱れるのであんまり撫でないでください、と芦花に注意されてかぐや共々ごめんなさいしている。何をやっているんだ。

 

「ねーえー、だから、悠仁も配信でてよー!私と一緒にゲームしてよー!」

 

 一度断られてもめげないかぐやは、あれから何度も店長のもとにお願いしに行って、そのたびに炎上するといけないから、かぐやの事が心配だから出れない。という純度100%の善意の言葉のもとに撃沈している。それでも懲りないのだから凄い根性だ。

 

「店長さんも、出てあげたらいいんじゃないですか?」

 

「そうそう。親戚なんだから、兄妹とでも言えば問題ないと思いますけど」

 

 だが、今日は二人も心強い味方がいるようだ。何時の間に根回しをしていたのか、それともこれがかぐやの愛嬌のなせる業なのか、どうも今日の芦花と真実は完全にかぐや側についている。

 

「そうは言ってもな」

 

「二人が並んだら、結構兄妹に見えたりするから大丈夫だと思いますよ?」

 

「ちょうど、今みたいな感じで」

 

 今みたいな感じ、とはかぐやが胡坐をかいて座っている店長の肩を後ろから両手でつかんで揺らしている状態の事だ。あれだけ激しく揺らされているのに気持ちが悪くなったりしないのだろうか。確かに、甘える妹と兄に見えなくもない、が、どちらかと言うと本当に父と娘である。それほど歳は離れていないが。

 

「それに」

 

 ふ、とかぐやが勢いよく揺らしていた手を止める。そして、店長の前に回り込んで下から顔を覗き込んだ。

 

 

 

 

「それが出来たら、配信中は私が悠仁の1番でしょ?」

 

 

 

 その間は私が悠仁の家族だもんね、と太陽のように笑うかぐや。店長は驚いたように、でも嬉しそうに、そんな感情がないまぜになったような表情をしてかぐやの事を見つめていた。

 

「あぁ、そうか。君は、ずっとそうだったんだな」

 

「?何の話——?」

 

 店長のかぐやに向けるその表情を私は見たことがある。店長はいつだって、私が顔も知らない店長の家族の話をするときにそんな顔をしていた。心底相手を想っているんだと一目で分かるような、そんな顔。

 

 そんな顔を向けてもらえるのが、羨ましい、だなんて。思ってない。

 

 今ですら、もらいすぎなくらい貰ってばかりなのに。

 

 

 

 

 あの後、結局店長はかぐやからの攻勢をしのぎ切って配信は出ないというスタンスを守り通したらしい。うわの空で聞いていなかった。それでも、勢いで人気インフルエンサーである芦花と真実の協力を取り付けたかぐやの快進撃はあれから更に勢いを増して、それに伴うようにチャンネル登録者数も右肩上がりで増えている。

 

 それに味を占めたかぐやは、時間もお構いなしに配信をすることが増えた。新曲の要請も増えた。そして、興味の赴くままに買ってくる小物も増えた。小さなアパートの部屋がパンパンになってしまうほどに。自分で稼いだお金で買ってくるのはせめてもの救いだろうか。

 

 いつの間にか私よりもお金を稼ぐようになったかぐやは、ある時私の手を取って外に連れ出した。「買い物に付き合って」と言って。

 

「ここ、不動産屋?」

 

「そ、彩葉。こことかどう?」

 

 そう言ってかぐやが指差した先には不動産情報が。3LDKのタワーマンションの最上階、家賃35万⁉見たことのない金額に頭が痛くなる。今の部屋の家賃の何倍だと思っているんだ。

 

「こんなところに住んでたら人間おかしくなるよ…」

 

 眩暈がしてきた。阿呆なことを言ってないでとかぐやを不動産屋から引き離そうとして腕をつかんで。ずる、と手に力が入らずに下に落ちる。一瞬で収まると思っていた眩暈は変わらず視界を歪め、更に頭痛までしてきた。

 

「彩葉?どうしたの?下に何かあるの?」

 

 耐えきれなくてしゃがみこむ。目を瞑っても芯に響くような頭痛は消えてくれない。

 

「大丈夫?彩葉、身体あつあつだよ?」

 

「だい、じょうぶ」

 

 熱さによる汗ではない、冷や汗が異常な量吹き出ているのが分かる。近くにいるはずのかぐやの声が何故かどんどん遠ざかっていくのは、なんでだろうか。

 

 

 

 とんとん、と包丁がまな板を叩く音で目が覚めた。窓から差し込むのは朝日とは違う、夕方特有のオレンジががった光で。

 

「今何時⁉」

 

 飛び起きて、傍にあるはずのスマホで時刻を確認しようとするも、背中に根が生えてしまったかのように体が動かない。腕が重い。

 

「彩葉、しんどい?」

 

「平気、バイト行かなきゃ」

 

 普段よりも何倍も重い腕で何とか状態を起こし、強がって見せるも、立ち上がろうとした瞬間、足から力が抜けてすぐに蹲ってしまう。

 

「悠仁にはもう連絡したから、彩葉、もう休んでぇ…」

 

「そんな、訳には」

 

「いっぱいふかふか用意したから、ふかふかしてね。あと、おかゆももうできるよ」

 

 あたりを見渡すと、かぐやの買ってきたふかふかのぬいぐるみたちが布団を包囲していた。手を伸ばしてそのうちの一つを手に取る。ふかふかだ。

 

「…ありがとう」

 

 かぐやがこんなに気を使ってくれるなんて思いもしなかった。布団に、ぬいぐるみ。おかゆまで。宇宙人だから体調を崩した時の対処何て知らないはずなのに。頑張って調べたのだろうか。店長にも聞いたんだろうな。

 

「そうだ、バイト…」

 

「彩葉、悠仁も休んでって言ってたよ?だから」

 

「でもっ!」

 

 分かってる、こんな状態では行ったとしてもまともに仕事なんてできはしない。むしろ迷惑をかけてしまうかもしれないことだって、分かっているんだ。

 

「もう、これ以上、迷惑は」

 

「それに、何日も休んだら。もう、追いつけない。勉強も、全部」

 

 -体調管理は全ての基本や。ここで躓く奴はどんな阿呆より下や。

 

 そうだ、きっと母なら全部上手くやった。体調なんて崩すことなく、全部完璧に。店長に迷惑なんてかけなくて、店長の特別にだって、簡単に。だって、お父さんはお母さんを好きだったんだから。

 

「彩葉、ごめん。私がいっぱい無理言ったから、休んで、死なないでぇ」

 

「…おおげさな、死んだりしないよ」

 

「だって、映画やゲームじゃ人間ってすぐ死ぬじゃん!彩葉、死んじゃやだぁ…!」

 

 かぐやの大きな瞳に見る見るうちに涙がなみなみと湛えられ、次の瞬間大粒の涙を流し始めた。驚いてそれまで考えていたことが頭の中から一瞬消える。かぐやが泣くのなんて初めての事だ。そんなに私の事が心配なのか。

 

「死なない、死なないから」

 

「うぅ、彩葉ぁ…」

 

 こんな顔されたら休むしかないじゃない。相変わらずかぐやに弱いな、と自嘲しながら泣いて抱き着いてくるかぐやの背をさすった。

 

 

「彩葉、なんでそんなに頑張るの?」

 

 説明が難しいことを聞く。この話をするとどうしても暗い雰囲気になってしまうのは避けて通れない。根気よく聞いてくれた店長が珍しいのだ。どうしようかな、とかぐやを見ると、黙ってしまった私を見て、何かを言おうとして、やっぱりやめて悩んで。そしてまた何かを言おうとして、と一人百面相している姿が目に入る。そんな姿が少し面白くて、くすりと笑った。かぐやになら、話しても大丈夫そうだ。

 

 幼いころに亡くしたお父さんの話、変わってしまった家族。出て行ってしまったお兄ちゃん、幾度となく衝突したお母さんの話。

 

「私は、恵まれてるの」

 

 学費も、生活費も全部、自分の力で。自分一人で全部やらなきゃと思って。一人で生きるんだって。でも、店長に助けてもらって。周りに私の事を気にかけてくれる人が増えて。

 

 今は、すぐそばにかぐやもいて。

 

「こんなに恵まれてるんだから、もっと、もっと」

 

 そうでなきゃ、私は母と対等になれない。特別に、なることなんて、とても。

 

「私は、もっと頑張らなきゃ」

 

「でも、みんなそんなことしてないよ?お母さんのほうがおかしいよっ!」

 

「…そうかもね」

 

 きっとみんなそう言うだろう。でも、私には大切なこと。

 

「かぐやには、…」

 

「ううん、ありがとう、聞いてくれて」

 

 話過ぎてしまった。こんなにちゃんと話すつもりはなかった。心のうちにしまった本音迄零れ落ちてしまって、随分熱にやられてしまっているらしい。

 

「あ、おかゆ食べて!あっついから、ふーふーしてからね?」

 

 暗くなってしまった空気を吹き飛ばすように、そう言って笑うかぐや。随分気を使わせてしまったようだ。食べさせてあげようか、という申し出はありがたく遠慮しておいた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、悠仁」

 

「どうした」

 

「どうした、じゃないよ。そっちこそどうしちゃったの。ずっと黙ったままで」

 

 悠仁の様子がおかしい。そんなにかぐやの配信には出ちゃダメだからね、と言ったのがストレスだったんだろうか。私の時には出てくれなかったから、今回もそうしたほうがいい、ということで納得してくれたけど。

 

「ヤチヨ、ごめん」

 

「…どうしたの、悠仁。なにかあった?」

 

 やっぱりかぐやに激甘な悠仁にはきつかったかなー、と考えていると、目を伏せた悠仁からそう謝られた。本当にどうしたのだろう。悠仁が謝るようなことはなにもないと私は知っている。むしろ、謝らなければならないのは。

 

「ヤチヨ、君は」

 

 口を開いて、何かを言いかけては、やめる。

 

「君は、俺といれて、良かったか?」

 

「あたりまえだよ、悠仁」

 

 私はいつもあなたに救われてきた。一人だけでずっと過ごしていたら、何て考えたくもない。あなたがわたしの事を知らなくても、記憶の中にあるのと同じ仕草、同じ優しさに、私が何度希望をもらったことか。

 

 それなのに、こんなことをしてしまってごめんなさい。

 

「悠仁、何か気にしているのなら、私のお願いを一つ聞いてくれない?」

 

「もちろん、一つじゃなくたって、何でも」

 

「ううん、一つでいいの」

 

 私が今から言うことは、きっとあなたを傷つける。許してほしいだなんていうつもりもない。でも、きっと悠仁は私の事を許してしまうから。そんな優しさに甘えようだなんて考えている私にも嫌気がさす。

 

 だから、一つだけ。言わなきゃならない。ヤチヨが、かぐやの知っている未来にたどり着くために。

 

「すこし、彩葉とかぐやから距離を置いてほしいの。コラボライブが終わるまでで良いから」

 

「それは…」

 

 口をつぐむ。分かってる。かぐやの事を悠仁がどれだけ可愛がっているかも。分かってる。悠仁がどれだけ彩葉の心の支えになってるのかも。

 

わかってる。

 

ずっと見てきたから、きっと、誰よりわかってる

 

ごめんなさい。

 

「おねがい、ね?」

 

 

 

 自分の大切な人が自分の事を憶えていない、そのことであんなにも傷ついて。でも一途にその人の事を想い続けている君の事を知っている。

 

 それでも、声も、顔も。全部全部記憶と同じなのに、私の事を知らないところだけが違うんだ、と泣きながら笑っていた君は。本当なら笑うことすら出来ないほどに傷ついたことは疑いようもなくて。

 

 もし、もし。自分の自惚れではなくて。君が最初にあった時から俺の事を家族だと思っていてくれたなら。

 

俺は、君に。どれだけの傷をつけてしまったのだろうか。

 

 救ってもらったのは俺なのに、何もかもをもらったのは俺なのに。それなのに、俺は知らない間に口を開くたび、何かをするたびに君の心に刃を突き立てていたのだろうか。

 

 それは、どんなに。

 

 どんなに、残酷な時間だったのだろうか。

 

ごめん、かぐや。

 

 

 

あなたを傷つけてしまって、ごめんごめんなさい

 

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