[悲報]虎杖成り代わり、縄文時代に立つ[言葉が分からん]   作:夕暮れの家

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『俺だけ強くてもダメらしいよ。

 俺が救えるのは、他人に救われる準備があるやつだけだ』

 

 

 

 

 

 

「昨日のライブ良かったっ———!」

 

「良すぎてた!」

 

「「感動して泣いた——!」」

 

「あ、ありがと…」

 

 ツクヨミ内、いつものカフェ。ライブのテンションを引きずっているのか嫌に燥いでいる芦花と真実が目の前にいる。かぐやは家で魚をさばく、と言ってここには来ていない。

 

「彩葉の演奏もすごいよかったよ!」

 

「花丸あげちゃう~」

 

 私の額に花丸を書くジェスチャーをして、ようやく少し落ち着いたようだ。そのまま対面の座布団に腰を落とす。

 

「どうだったの?彩葉的には」

 

「うん、すごい、楽しかったよ」

 

 確かにすごくライブは楽しかった。推しであるヤチヨとあんなに近くで話せることなんてこの先はないだろうし、自分もステージに立つことでいつもヤチヨが見ている景色を一部垣間見ることが出来たと思う。

 

 でも、とその後の事を考えて沈みそうになる思考を何とか引っ張り上げる。2人は何も知らないのだ。あまり心配をかけるわけにはいかない。

 

「よかったね」

 

「…うん」

 

 そんな言葉に、素直に応えることのできない自分が嫌だ。

 

「そういえば、かぐやは——?」

 

 きょろきょろとあたりを見渡した真実が、ここにはないかぐやの姿をさがす。ツクヨミ内では2人で1セットだとでも考えられているのだろうか。思い返してみればここ最近はずっとそうだったな、と心の中で笑う。

 

「あー、かぐやは、魚」

 

「魚?」

 

「魚捌いてたよ」

 

 朝の、白甘鯛?を捌いていたかぐやの姿を思い浮かべる。帰ってきてからのかぐやは配信中だったようで、キッチンで騒がしく話しながら見事な手さばきで大きな鯛を奇麗に捌いていっていた。

 

「それならちょうどいいねぇ」

 

「ほら彩葉、これ見て?」

 

 そう言いながら私に見せられたのは1枚のチラシ。上の方にでかでかと、いや、書いてなくてもデザインで分かるけど、花火大会と書かれている。

 

「夏休みの終わりに花火大会何てどうでしょ~?」

 

「花火大会…」

 

「浴衣着て、屋台巡って、花火見るのもいいでしょ?」

 

「どう、彩葉?」

 

 花火大会なら1日時間を取るわけじゃないし、いいかも。今は一人で勉強をしようとしても、色んな事が頭をぐるぐると回って集中できないから。

 

「うん、良いんじゃないかな。皆で行くよね?」

 

「ノンノン、私たちは全部残ってる夏休みの宿題に取り掛からなければならないのです」

 

「彩葉達だけで行ってきな?」

 

「それじゃね~」

 

 待って、と私が口をはさむ隙も見せずに言い切った2人は、忙しいんだから、と言いながらログアウトしていってしまった。気を使わせてしまったな、と自嘲する。2人には心配をかけないように、気づかれないように隠していたつもりだったのだが、ばれてしまっていたようだ。

 

「彩葉達だけで、ね」

 

 その言葉の中にはいっているのは、かぐやだけなのだろうか。

 

 

「かぐやさん、絶好調っすか?」

 

 リビングに戻ると、かぐやはいつの間にか動画撮影を終えていたようで、私が見た時にはまだ魚の形を保っていた鯛は、かぐやの手によって寿司の形に作り替えられていた。

 

「お!彩葉、いいところにきた!」

 

 こちらを見たかぐやが、ちょうど手に握っていたお寿司を私の口に突っ込んできた。そのお寿司は、今まで食べたことのあるどんなものよりもおいしくて。

 

「なにこれ、美味過ぎ」

 

「へへー、でしょ?」

 

 明日は麺からラーメン作るんだ!と楽しそうに言うかぐや。褒められたことでいつもよりも更に楽しそうだ。

 

「かぐや」

 

 いつも通りだな、とその様子を見て思う。ここ最近は、ずっとかぐやに振り回されてきて。だから、どこかに行くときはいつもかぐやが私の手を引っ張っていた。

 

「あ、遊ぼー?」

 

 慣れないことをするものじゃない。いつも私の事を連れ出すかぐやのそれとは、比べ物にならないほどの拙い誘い方。それでも、目の前で涙を流すほど喜ぶかぐやの姿を見て、言ってよかったな、と思って。

 

 携帯に表示された店長からの着信は、見ないふりをした。

 

「すぐ行こ!」

 

「わ、ちょ、ちょっと待って!」

 

 勢いよく手を引いてくれるかぐやの元気さが、今日はなんだか涙が出てしまいそうになるほど頼もしい。ちょっと前までは、鬱陶しいだけだったのにな。

 

 

 二人そろって浴衣を着て、花火大会の会場に向かう。かぐやは黒地に向日葵の模様があしらわれた浴衣で、私のは白地で、同じように向日葵の模様のものだ。お互いに似合うと思うものを選ぼう、と言って選んだらどちらも向日葵の浴衣を選んだのだ。私には、向日葵何て似合わないと思うけど。

 

 向日葵は、きっと、かぐやみたいな。明るくて、ハチャメチャで、でもみんなに好かれるような、太陽みたいな女の子にこそ似合うものだ。

 

「彩葉、彩葉!すごいよ!面白そうなものがいっぱいだよ?」

 

 私の腕を引きながら、かぐやが並んだ屋台の数々に目を輝かせる。ツクヨミに初めてログインしたときの様な燥ぎようだ。そういえば、ツクヨミの雰囲気は、こんな祭りの日の雰囲気に似ているな、とぼんやり考える。

 

「あれ、あれなに?やりたい!」

 

「射的ね、やってみる?」

 

 かぐやが射的の為のコルク銃を渡されて、物珍しそうに両手に抱えたそれをしげしげと眺める。そして、慣れない手つきで景品の内の一つに狙いを定めて、撃つ。

 

「残念~!」

 

「うがーっ!外した!」

 

 もっかい、もっかい!と騒ぎながらもう一度構えるかぐや。楽しそうで、良かったなと思う。その後も、いつもよりもずっとテンションの高いかぐやによって、たくさんの屋台を回ることとなった。風船すくいでいくつも風船を取って、くじ引きで外れを引いて崩れ落ちて、食べ物の屋台で食べきれないくらいの沢山の食べ物を買って。

 

「楽しいね!」

 

「うん、そうだね」

 

 楽しいな、終わってほしくないな。そう思って、輝くような笑顔を見せるかぐやの事を見つめる。こんなに喜んでくれるなら、もっと誘ってやればよかったな、と思って。そんな思考一つとっても、自分がこの時間の終わりばかりを気にしていることが分かって嫌になる。

 

「ねぇ、かぐや」

 

「んー?」

 

 そんなに楽しそうな顔されたら、何も言い出せないよ。私も楽しいよ、も。私だって大好きだよ、だって。本当はもっと、私は、ちゃんと言うべきなのに。今日、聞かなければならないことばかりが頭の中を占めている。

 

 間に合った、と言ってレジャーシートの上に屋台を散々回って手に入れた戦利品を置いて、二人並んで座る。

 

「お祭り!楽しすぎる~!楽しキングダム!」

 

 なんだそれは、かぐやがそんなことを言いながら頭上に伸ばした手を合わせた。王国というよりタケノコではないのか、と思いながらなんとなく真似して手を伸ばしてみる。

 

「彩葉まねっこだぁ」

 

 む、やらなきゃよかったか。らしくないことをしたな、と顔を赤くしながら手を下げた。言わなきゃ、と口を開いても、どうしても怖くて。

 

「…」

 

 言葉が出ない、そんな私を気遣うようにかぐやの方から口を開いた。

 

「月ってさ、味も温度もなくてマジつまんないの。決められた役割をず-っと繰り返すだけなんだよね」

 

「…そうなんだ」

 

 想像がつかない、地球の中に居てもエネルギーの塊みたいなかぐやが、そんな場所でずっといたなんて。私は、かぐやはずっと、どこにいてもそのままで、元気で、皆の中心にいると思っていた。

 

「そ、だからさ。寂しいし、退屈。毎日繰り返し『退屈死にそう』

『もうイヤだどっか行きた~い』って思って窓から彩葉たちの世界を見てたの」

 

 空を見上げながらそんなことを言うかぐやの視界に入るように、光の帯が一筋夜空に引かれ、轟音と共に花開いた。

 

「皆好き勝手動いてて、複雑で、1回きりで、自由に見えた」

 

 綺麗だね、とかぐやが笑う。その瞳は、空に輝く花火を一瞬でも見逃すまいというように大きく見開かれ、目の中いっぱいに色とりどりの光が舞い踊っている。

 

 綺麗だな、とその瞳をみてふと思う。

 

「でも、こっちに来て分かった。みんな抑えてもいるんだよね。自分の気持ち。もっと大事なもののために」

 

「…なに?大人じゃん」

 

 なにらしくないこと言っちゃってるんだろう。最初は我儘ほうだい言ってたくせに。店長に幾ら使わせたか忘れてるのかこの娘は。でも、その通りだ。私も、きっと店長だって、大切な誰かのために、何かを犠牲にしながら生きている。

 

「えへへ、彩葉のまねかな」

 

 いいんだよ、かぐやは。ずっとそのままで、我慢なんかしないで、やりたいことを、やりたいって言ってよ。いつもみたいに。言ってくれなきゃ、分からないよ。

 

「ね、彩葉。彩葉は、お母さんのこと好き?」

 

「好き、好きか…。どうだろ、分かんないな」

 

 ずっと母の事を考えながら生きてきた。母の言うことはいつも正しくて、でも同時に耐えきれないくらい冷たくて。ずっと、認めてもらいたくて、褒めてもらいたくて。母みたいになりたいと思いながら生きてきた。

 

「嫌いになれたらって、何度も思った」

 

 でも、何回考えても、私の根幹にはあの人がいて。かっこよくて、綺麗で、皆の憧れの私のお母さん。私は、きっとお母さんが大好きだったんだ。だから、褒めてほしくて、よく頑張ったねと言ってほしくて。抱きしめてほしくて。その為なら、他の何もいらなくて。

 

 でも、私はどう頑張ってもお母さんみたいな特別にはなれなくて。私だけだと思っていた店長の特別も、1番も、私じゃなかった。勝手に勘違いして、期待して。馬鹿みたい。

 

「彩葉、ごめんね。『かぐやにはわかんない』って、言いたかったっしょ?」

 

「違うよ…、言いたかったんじゃない。言いたくなかったんだ」

 

 —–あんたには、まだわからん

 

 父の葬儀の時、泣きじゃくる私に向かって母が言った言葉が脳裏をよぎる。私は、大好きだったお父さんが死んでしまったのが只悲しくて。寂しくて。母にも、そう言ってほしかっただけだった。お父さんのこんなところが好きだったんだよ、って母と一緒に。ほんの少しでも話せたなら、それでよかったのに。

 

 相手からの理解を突き放す、そんな言葉。言いたくなかった。私は、その言葉がどれだけ相手を傷つけるかを知っているから。

 

「そっか」

 

 かぐやがわたしの手にそっと手のひらを重ねた。その手のひらからじんわりと温かさが伝わってくる。初めて会った時は、あんなに小さかったのに、あんなに温かったのに。何時の間にこんなに大きくなって。

 

 行かないでほしい、そんな思いを込めてかぐやの手首を握る。

 

「かぐや、帰っちゃうの?」

 

「いやー、仕事放り出してきちゃってさ、強制送還的な?

 

 かぐやは、かぐや姫だったみたい」

 

 そんな綺麗な顔でそんなこと言わないでよ、せめて悲しそうな顔してよ。かぐや姫の物語を聞いた時、そんな結末いやだ、ハッピーエンドがいいって、わめいて、泣いてたのに。

 

「次の満月の夜、お迎えが来る」

 

「お迎えって、うちに?」

 

「う~ん多分ツクヨミにかな?仮想の世界って月ととっても近いから」

 

 

 そんな、受け入れたような顔しないでよ。帰りたくないって言ってよ。かぐやがいなくなったら、私、また一人だよ?

 

「また、逃げればいいじゃん」

 

 逃げたいって、言ってよ。

 

「かぐやはかぐや姫じゃないよ。もっとハチャメチャで、もっとめちゃくちゃで…

だから、おとぎ話とは違う」

 

 私があなたの事を、かぐやって名付けたから、そんなこと言えちゃうの?

 

「そんなはちゃめちゃかぐや姫にもお迎えが来ましたが、最後の日までめちゃくちゃ楽しく過ごしましたとさってさ。そういうのがいいじゃん!」

 

 かぐやが一言言ってくれたら、私はそれに応えるのに。いつもみたいに、泣いて、わめいて。自分のやりたいことを貫き通したいって、言ってくれたら。

 

「それが私のエンディング。超~楽しく、運命に向かって走ってくっ!」

 

 なんで、ハッピーエンドって、言わないの?

 

 

 

 

 

「ね、彩葉」

 

 俯いたままの私の耳を、かぐやの静かな声が振るわせる。断続的に響く花火の音は、すぐ近くのはずなのに、どこか遠くから響いてくるように聞こえて。

 

「私は、彩葉がどう考えてるかなんて、分からないけど」

 

 らしくない、落ち着いた口調。かぐや、何時の間にそんな話し方出来るようになったの。そんなに大人になって、私だけ、置いて行って。

 

「私は、私の大切な人達がすれ違ったままなんて、やだよ」

 

 顔を上げる。かぐやは、花火から目を離して、私の事を真っすぐと見つめていた。はっきり言わなくても、それが誰の事を指してるかなんて、明らかで。

 

「彩葉、彩葉は悠仁の事、好き?」

 

「それ、は…」

 

 店長。苦しい時に助けてくれて、手を引いてくれて、頼ったらいつでも応えてくれて。でも、いつもはちょっと抜けてて。いつの間にか私の生活の中心に入ってきた、少し年上の男の人。

 

「かぐや、…聞いてくれる?」

 

 分からない、私がどう思ってるかなんて、私にも。

 

「私、かぐやが羨ましかったの」

 

「…私?」

 

「そう、会ってすぐなのに、誰より店長に大切にされてて、特別をもってたかぐやが」

 

 馬鹿みたいだよね、と自嘲気味に笑う。確かに、私はかぐやの事が羨ましかった。私だけの特別だと思ってたから。

 

「お父さんみたいだと思ってた。皆から頼られてて、いつも、何時も優しくて。撫でてくれたら暖かくて、褒めてもらえたら嬉しくて」

 

 だから、私は。

 

「お母さんみたいになりたかった」

 

 ずっと、そう思っていた。店長に出会う前から。店長に出会ってからは、きっと、もっと。

 

「お母さんなら、皆から好かれて」

 

「お母さんなら、もっとうまくやって」

 

「お母さんなら、店長の特別にだって、きっと簡単になれて」

 

 だって、お父さんは、お母さんのことが好きだったんだから。いつもいつもお母さんに否定されてきた私じゃないんだ。手が白くなるほど強く握りしめた浴衣に、消えない皺が出来る。

 

「でも、店長の1番は」

 

 綺麗な白髪が視界の中で踊る。思い描くは、世界中に愛される電子の歌姫の姿。私も、何度救われてきたかわからない、その歌声。

 

「店長の特別は、ヤチヨで」

 

「私じゃなくて」

 

「もう、どうしたらいいか、わかんないよ…」

 

 顔を伏せる。ずっと、ずっと心の奥底に秘めてきた本音。自分でもわからないまま心にたまり続けていたそれは、一度口に出すと、自分の意志ではないところまで、どんどんと零れていってしまう。

 

「彩葉」

 

「私は、悠仁と彩葉。2人一緒じゃないとやだ」

 

「…そんなとこばっかり、わがままなんだね?」

 

 ずるいな。きっと、わがままに見せて私の背中を押そうとしてくれてる。ずっと引っ張る側だったのにね。何時の間に、こんな。

 

「うん、約束する」

 

「…よかった。ね、私、ライブしたいな?最後の日、派手に!」

 

 新曲も歌いたい。作ってくれる?と立ち上がって笑うかぐや。その言葉の意図を、読み取れない私じゃなくて。だって、かぐやの考えることくらい、分かるんだから。

 

「うん、作るよ。かぐやと、店長の為に」

 

「うん、うんっ!」

 

 そう言うと、色とりどりの光を放つ花火を背に、こちらを向いて笑った。その笑顔は、光の花を背負って笑うその姿は、夜なのにとても輝いて見えて。まるで、向日葵みたいだった。

 

 

 

 

「じゃあ、集中して作るから」

 

「うん」

 

 かぐやにそう宣言して、部屋に籠る。かぐやのリクエストは、お父さんと作った、最初の曲。未完成で止まっていた、あの曲。

 

深呼吸を一つして、鍵盤に指を滑らせる。お父さん、やさしかったお父さん。この曲に向き合うということは、昔の。家族が変わってしまう前の事に向き合うことで。

 

 ずっと怖かった。でも、頼ってもいいんだよと、寄りかかってもいいんだよと教えてくれる優しい人がいた。ハチャメチャで、わがままで。でも、いつも私に笑顔をくれる人が今隣にいるよ。

 

 お父さん、私、大切な人が2人もできたよ?

 

 ずっと続きを作れていなかった曲の続きを、あの優しい日の続きを。どんどんと、思うままに指を動かして、曲を紡いでいく。

 

 一人は、お父さんみたいな人。とても優しくて、皆から好かれてて、皆から頼られてる。いつも私を助けてくれて、泣いたら話を聞いてくれて、いつも私のいいところを見つけて褒めてくれて。ずっと、支えてくれた人。

 

 私、この人の特別になりたい。

 

 一人は、太陽みたいな女の子。月から来たなんて言ってるのに、おかしいよね。いつも馬鹿みたいに笑ってて、わがままばっかりで、やりたい放題で。でも、とっても可愛くて、やさしくて。足を止めそうになる私の手を、引っ張って前を向かせてくれる娘。

 

 ねぇお父さん、お父さんもお母さんに同じように思ってたのかな。

 

 思うように音を作れなくて、詰まって、やり直して。また詰まって。

 

「ねぇ、お父さん、聞こえてる?」

 

 私、もう大切な人を失くしたくないよ。

 

 指が止まったのは、へとへとになって、もう外も明るくなったころだった。

 

 何度も、何度も繰り返して聞いて、続きを書いて。何回目だろう。少しずつ形になりつつあるそれを聞きなおした時、気づく。

 

「これ、もしかして…」

 

 耳が擦り切れるほど聞いた、ヤチヨのデビュー曲と、同じメロディ。なぜ?この曲は私と父以外知らないはずで、ヤチヨのデビューよりずっと前作って、ずっとしまっておいたものなのに。

 

「よくあること、だよね」

 

 少し考えて、違和感は胸の奥にしまい込んだ。今は、それよりも優先すべきことがあるのだから。

 

 

 

「かぐやを守りたい。皆、協力してください」

 

 集まってくれた皆に対して頭を下げる。集まってくれたのは、ブラックオニキスの3人、芦花、真実の2人、そして、ヤチヨ。

 

 全部話した。かぐやの事、月からの迎えの事。私が、かぐやに帰ってほしくないと思っていることも、全部。

 

「ヤチヨ、店長は?」

 

「悠仁は…、ダメなんだ。ごめん」

 

 ダメ、店長に何があるのだろう。店長に折り返した電話は、つながらなかった。いつもならすぐに折り返しがあるのに、それもまだ、ないまま。

 

「わかった、でも、ライブは一番前で見てって、伝えてね」

 

「…うん、もちろんだよ」

 

 ツクヨミ内でヤチヨの協力が得られれば、もしかしたらと思ったけど。やっぱりこれじゃ無理。だから、私たちだけでやらなきゃ。

 

「相手がツクヨミ内に来るなら、そこで追い返せばいい」

 

 沈んだ空気を吹き飛ばすように、帝アキラが不敵に笑う。

 

「ツクヨミでなら、俺たちが1番強い。力づくで叩き返してやるよ」

 

「わ、私たちも」

 

「うん、力になれるかわからないけど」

 

「皆、ありがとう」

 

 深く、深く頭を下げる。私も、きっとそれしかないと思っている。でも、一人じゃできないから。

 

「よし!じゃあ準備だな。乃衣」

 

「え~、あれ?めんど~」

 

「リーダーは絶対」

 

「はいはい」

 

 そんなことを会話しながらログアウトしていくプロゲーマー3人。彼らはこんなことに協力しても何の得もないのに。本当に頭が上がらない。

 

「彩葉、来年もみんなで海行こうね?」

 

「温泉も!」

 

「店長さんもつれて、ね?」

 

「ありがと、もちろんだよ」

 

 

 

 

 9/12の日は思ったよりもあっさりと訪れた。いつも通りに朝起きて、リビングに行くと、いつも通りかぐやがいて。

 

「彩葉、おっはよー!」

 

 これが最後になるかもしれないのに、そんな軽いあいさつでいいの?そんな言葉を喉の奥に押し込んで、おはようと返す。いつも通り、いつも通りが良いんだ。

 

 いつも通り最高に美味しい朝食を食べて、かぐやと何でもないことを喋りながら笑って、また美味しい昼食を食べて。

 

「よしっ!いっちょやりますか~!」

 

 何でもないことのように、ライブの準備が目の前で行われている。

 

 目を閉じて、腕を組む。準備は出来るだけやった。曲だって、今出来る最高のものが出来たと思っている。きっと、店長にだって届く。

 

「彩葉、これ上げるっ!」

 

 目を開くと、かぐやがいつも腕につけているブレスレットを私に向かって差し出していた。

 

「名前、彩葉からもらったの。そのお礼」

 

 “名前は最初のプレゼント”誰かがそう言った。かぐやの名前を付けたのは、そういえば私だったか。もう遠い過去のように感じる。

 

「ありがとう」

 

「うんっ!」

 

 かぐやがふわりと笑う。今までの笑顔とは違う、花火大会の時の笑顔とも違う、覚悟と決意をたたえた、綺麗な笑み。そうだ、かぐやはずっと、いつも通りじゃなかった。

 

 さぁ、行こうか。

 

決意を込めて瞼を閉じる。

 

次に目を開いた、そこはツクヨミだった。

 

 

 

「かぐや!」

 

 ステージ上でライブ衣装に身を包むかぐやに向かって声を掛ける。私の周りには、一緒に戦ってくれる皆がいて。きっと、たくさん集まった、あの中には、店長も。

 

「ライブの余興と思ってよ。私たちは私たちで勝手にやるから。もし勝っちゃったらドンキで買い出しして、パンケーキ食べよ!」

 

 一つ息を吸って、もう一言。

 

「3人で!」

 

「彩葉…!」

 

 かぐやが、その言葉に目を見開いて、その目を涙で煌めかせて。

 

「そっか…、そっか、みんな、自由だー!」

 

 向日葵の様な笑顔が、そこで咲き誇った。

 

 

 最初の曲のイントロがかかると同時に空が渦巻き、そこから数多の月人がどんどんと湧いてくる。侵攻開始だ。私たちの知っている人型とは明らかに違う、七福神を模したような月人の姿も見える。ご丁寧にKASSENの残機表記付きだ。こちらの思惑に付き合ってくれるらしい。

 

「…親切なことで」

 

 合図の言葉はなかった。各々が自分の武器を取り、絶望的にも見える物量差に抗うために走り出す。

 

 その背中を、始まったかぐやの歌が押してくれた。手に持った刃を振るい、一人、また一人と人型を切り捨てる。

 

『瞳映る 静かな世界 なにを見てたんだろう』

 

 ねぇかぐや、店長。あなたたちに会う前の私は、完璧であれ、という仮面だけを被って、自分を削って、叶い様がない理想に手を伸ばして。

 

『優しい思い出 ふさいだ鍵穴』

 

 私の中の1番大切な景色にだって、蓋をして、見ないようにして。目をそらしてた。

 

『わがままになって(いいの?)』

 

 でも、店長に会えて、変われた。ありがとうございます、いつも支えてくれて、甘えさせてくれて。あなたに届くといいな。

 

『遊び過ぎちゃって(いいよ!)』

 

 かぐやと出会って、救われた。ありがとう、あなたがいつも私の腕を引いてくれたから、私は前に進めた。かぐや、あなたがいないと寂しいよ。

 

『この一瞬が最高のパーティーなんだ』

 

 皆がそろったあの場所が大好きだった、何でもないことで燥ぐかぐやがいて、それを嬉しそうに見つめる店長がいて、そんな二人を見てるだけで私も楽しくて。

 

『全部ぎゅっと憶えてようよ まぶしい日を』

 

 忘れないよ、かぐやと出会ったあの日の事も。店長と二人、あたふたしながらあなたをお世話した3日間の事も。それからの、あなたに振り回され続けた日々の事も、全部。

 

『君といたあの部屋も電子の海も 胸のなか つめ込んで タカラバコにしまおう』

 

 全部、全部、私の宝物。かぐや、店長。私は2人の事が大好きだから。

 

『ねぇ もっとはしゃいで アンコールないのって おねだりして』

 

 だから、もう一回、もっと、もっと3人で

 

『とびきりキラめいてうたおう』

 

 また、3人で。

 

 

 

 

 

 

 からん、と手に持っていた武器が地面に落ちて乾いた音を立てた。どうあっても届かないことを悟り、俯く私を尻目に大型の月人は横をすり抜けていく。

 

 プロゲーマーとしての進退すら気にせずチートを行使した兄達の奮闘も、その思いを託された私の単身の突撃も、全て届かず。

 

 いつの間にかかぐやの周りには、灯篭型の頭をもった月人がひざまずいていた。

 

「まって」

 

 手を伸ばす、兄が倒したはずの月人も、私が倒したはずの相手も、いつの間にか全員がそこにいて、かぐやのもとへ向かっていく。その中心にいるかぐやの眼に、手を伸ばす私の姿が映り、かぐやはふわりと笑って見せた。あの花火大会で見せたような、天真爛漫なかぐやらしくない、何かを押し殺したような笑み。

 

「まって、かぐや」

 

 まだ、まだやりたいこと、たくさんあるって。

 

もうどうしようもない、万策尽きた。分かっているはずなのに、みっともなく手を伸ばして。

 

 

 

 

『解』

 

 かぐやの周りに跪いていた月人がその声が響くとまるで見えない誰かに切られたかのように一様に上下に分かれて、遅れてポリゴンとなり消える。明らかな異常事態。でも私は後ろから聞こえてきて声に振り返ることが出来なかった。

 

「うちの大事な看板娘を随分虐めてくれたみたいだな。」

 

 すたすたと普段と何ら変わらない様子で歩いてきた彼は、ぽん、と立ち尽くす私の頭に軽く手を置いて一歩前に出た。ツクヨミ内にも関わらず、現実と全く同じ姿で。

 

「て、てんちょう。なんで」

 

「…彩葉、ありがとう」

 

 店長が指を向けると、近づいてきていた灯篭型の月人の一団が、キンッという音と共にまとめて両断される。

 

「君が、最後に背中を押してくれた」

 

「君が、臆病な俺に勇気をくれた」

 

「やっぱり、間違ってなかった。彩葉、君は」

 

 最高に魅力的だな、とこちらを見て笑う店長の笑みは、今まで一度も見たことの無い満面の笑みで。その言葉は、嬉しいはずなのに。

 

「まどろっこしいのは止めだ、手早くいこう」

 

 両手を合わせた彼の手は、何かの印を描き出した。

 

『領域展開』

 

 結ぶは閻魔天印、付与するは御廚子、その言葉と共に目に入る全ての空が、元々暗かったのにも関わらず更に濃い黒に塗りつぶされ、印を結んだ本人の後ろには動物の頭蓋骨で根元を覆われたおどろおどろしい社が出現する。

 

『伏魔御廚子』

 

 どこかの世界にて呪いの王と称された者の領域が、ツクヨミ内に顕現した。

 

 

「――ごめんな、ヤチヨ」

 




ターニングポイントは花火大会です。

ようやく1話に追いついたわけですね。

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