二階堂ヒロの事件簿   作:赤葉忍

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序章:『俊足』の魔法少女
プロローグ


──誰かの背中を押すという行為は、基本的に善意で行われるものだ。

 

 勇気が出ない誰かの背中を押して、発言を促す。迷っている誰かの背中を押して、決断をさせる。誰かに背中を押されないと動けないという人間は、割と存在する。

 

しかし、背中を押すという行為にもし、悪意が乗っていたとしたら。それは、凄惨な事件を引き起こすきっかけになり得るのだ。

 

 

〇〇〇〇〇

 

 いつものベッドの上で目を覚ます。上体を起こし、机の上の目覚まし時計を見れば、アラームの設定時刻の5分前。早起きなのはよいことだ。アラームが鳴る前に目覚ましを止め、私はベッドからひらりと降り、少しだけバランスを崩しながら着地する。いまだに若干、二段ベットの感覚が忘れられないのは、それくらいあの牢屋敷の日々が強烈だったということだろう。

 

「さあ、今日も正しく一日を過ごそうか」

 

 顔を洗い、朝食をとり、寝巻に着ていた浴衣をベッドの上にきちんと折り畳んで置き、制服へと着替える。牢屋敷から戻ってきて一年。これが今の私の朝の日常だ。

 

「いってきます」

 

 短くそれだけ告げ、玄関を出る。死んだもの扱いになってきた娘が帰ってきたことで戸惑っていた両親は、いまだに私との距離感を計りかねているのか、あまり会話はない。ただ、元々そこまで親しい家族関係でもない。あまり気にしてはいなかった。

 

 私が今通っている高校は、元々通う予定だった高校とは別の場所だ。だが、政府が気をきかせて元々私が行く予定だった高校と同じくらいの学力レベルの高校に入学させてくれた。そのことには感謝しているが、その結果家から電車で通わなければならない距離になってしまったのは少し面倒くさい。

 

 駅のホームを歩く途中で、ピロンとスマホの着信音が鳴る。歩きスマホは正しくないので、一旦人通りの少ない脇道に移動し、そこで立ち止まってスマホを開いた。

 

『ヒロちゃん! 今日の約束忘れてないよね? 一緒に帰ろうね!!』

 

「やれやれ⋯⋯エマ、君は何度メッセージを送れば気が済むんだ?」

 

 一週間前から既に似たようなメッセージが何度も届いているのを見て、呆れたような声が漏れ出す。だが、エマがワクワクしている様子がありありと浮かんできて、同時に自然と笑みも浮かんでいた。

 

──桜羽エマ。私の幼馴染であり、あの牢屋敷の凄惨な事件を共に体験した仲間でもある。私と同じ高校ではないことにショックを受けていたエマだったが、割と頻繁に一緒に遊んだりしているので、なんだかんだで楽しそうだ。しかし、あまりにも私と一緒にいる時間が長すぎて、同じ高校で新しい友人が出来ているのか不安になってしまうのはおせっかいが過ぎるだろうか。

 

「⋯⋯まあ、エマと会えることに喜んでいる私も、これに関しては同罪だな」

 

 スマホのカレンダーには、きちんと今日の日付をメモしている。目覚ましよりも少し早く起きてしまったのも、なんだかんだで私もエマと会えることを楽しんでいる証拠だろう。

 

『忘れるわけないだろう。浮かれすぎて授業に集中できない、などということがないように』

 

 そう返信してスマホを鞄にしまい、電車に乗り込む。目的地の駅で降り、再びスマホを確認すると泣き顔のスタンプが送られていて、くすっとまた笑みが漏れる。既読スルーは正しくないので、最近レイアに買わされた彼女の顔のスタンプを送り返し、私はそのまま学校へと向かったのだった。

 

 

 

〇〇〇〇〇

 

「おはようございます、押田先生」

 

「おはようございます、二階堂ヒロさん」

 

 担任の押田スミ先生と挨拶を交わし、自分の席に座る。その途中で、数人の生徒とも挨拶を交わした。まだ朝のHRまでは時間があるからか、人数はまばらだ。そんな中、生徒よりも早く来てプリントの整理などを行っている押田先生は立派な先生だ。この高校にやって来てから私自身かなりお世話になった。まだ時間に余裕はあるので、席を立ち手伝いを申し出ると、押田先生は眼鏡をくいっと持ち上げてお礼を言った。

 

 その後のHRも簡素に終わり、授業が始まる。私は少しスタートが遅れたとはいえ、元々学力にはそれなりに自信がある方だ。問題なくついていけている。逆に、エマやココはだいぶしんどそうにしているので、たまにレイアの家か私の家に集まって勉強会を開くときがある。私はもっぱら先生役だ。レイアやナノカも勉強はできるので先生役になることが多い。生徒役になるのはもっぱらエマとココで、そこにまれにシェリーが加わる。ミリアとハンナは学力はそこそこなのであまりこちらが教えることは無い。アリサに関しては、そもそも勉強会に参加する回数が少ないが、ああ見えて理系科目はかなり得意なので、どちらかと言えば先生役に回る立場だ。意外にも説明が分かりやすく、関心した記憶がある。

 

 先生役といえば、牢屋敷に残ったマーゴも教えるのはかなり上手だ。なれ果てから戻った少女たちに、現代社会の知識と一緒に高校レベルで習う授業内容も分かりやすく教えている場面を見たことがある。ノアとアンアンに関しては⋯⋯二人とも少女たちに混じって仲良く授業を受けていた。学力レベルが過去に氷漬けにされた少女たちと同等なのは流石にどうかと思うが、二人とも家庭環境が特殊だったので仕方ないのかもしれない。

 

 少し思考が逸れた。とはいえ、考え事をしながらでも授業自体は問題なく受けられている。昼食は手作りの弁当を教室内で食べ、午後の授業も問題なく過ごし、そして放課後を迎えた。

 

「それじゃあ、また来週」

 

「二階堂さんじゃあね~!」

 

 同級生と軽く挨拶を交わしつつ、教室を出たところで一度スマホを確認する。授業中はマナーモードにしていて気づかなかったが、案の定エマからの新しいメッセージが送られていた。

 

『ヒロちゃんの高校の最寄り駅で待ってるよ!!』

 

「いや、流石に早すぎるだろう」

 

 ついそんなツッコミが漏れてしまう。エマの高校はここから2駅ほど離れた場所だ。それなのに最寄り駅で待っているとは一体どんなトリックを使ったのか。もしサボりなどだったら、叱る必要があるだろう。早くエマを問い詰めなければならない。廊下を早足で歩き、校門を出たところで私は走り出した。

 

 この時の私は、エマのメッセージに気を取られて気づけなかった。私の後ろを、こっそりとつけてきている何者かの存在に。

 

 

〇〇〇〇〇

 

 

「あ、ヒロちゃん! おーい!!」

 

「エマ!! どうやってこんな早く⋯⋯って、その膝はどうしたんだ!?」

 

 私を先に見つけたのは、エマの方だった。スマホを見つめていた顔を上げ、ぱっと笑顔になってこちらに手を振ってくる。そんなエマを問い詰めようとしたところで、私はエマが膝に大きな絆創膏を貼っているのに気付いた。

 

「あ、これ? えーっと、実は⋯⋯体育の時間でぼーっとしてたら転んじゃって⋯⋯結構血も出ちゃったから、早退していいってことで早めに学校終われたんだ。それで、着替えてここまで来たんだよ」

 

 確かに、エマの言う通り、私が学校終わりでそのままやって来たから制服のままなのに対し、エマは私服に着替えている。校則違反してそうなスカート丈と相まって、より一層膝の絆創膏が目立っている。エマの説明を受けた私は、眉間に皺を寄せていた。

 

「つまり、こういうことか? 君は、私との待ち合わせのことばかり考えていて、授業にも身が入らず、挙句の果てに怪我をして早退する羽目になったと?」

 

「うっ⋯⋯。ご、ごめんなさい⋯⋯」

 

 自分でも馬鹿なことをした自覚はあるのだろう。私の指摘を受け、エマはしょんぼりと肩を落としている。その落ち込んだ様子を見て、私は深くため息をついた。

 

「⋯⋯反省しているなら、次からは気を付けることだ。それに、君も女の子なんだ。こんな目立つ場所に傷など作るものじゃない」

 

「はい⋯⋯。気を付けます⋯⋯」

 

 ますます肩を落とすエマに対し、私は手を差し出す。その手を見てきょとんと首を傾げたエマに、私は告げた。

 

「さあ、今日は君のお気に入りのカフェに行くんだろう? その怪我じゃ歩きにくいだろうから、私が手を繋いでやる。道案内は任せたよ」

 

「⋯⋯! うん、わかった!!」

 

 途端に笑顔になったエマに吊られて、私も微笑む。エマの行いは正しくない。⋯⋯だが、私との待ち合わせをここまで楽しみにしてくれていたことへの嬉しさも、少しだけあった。

 

「なんだったら、抱えて運んでやろうか?」

 

「ええ!? さ、流石にそれは恥ずかしいよ!!」

 

「冗談だ。さあ、行くぞ」

 

 私が伸ばした手を、エマが両手で握りしめる。両手だと歩きにくいだろうと思ったが、あえて指摘することは無かった。私たちは手を繋いだまま、駅のホームへと向かった。

 

「ここから3駅ほど離れた場所であっているか?」

 

「うん、そうだよ! あ、でも各駅停車じゃないと停まらないから、乗るならこの次の電車だね」

 

 黄色い線の内側、列の最前列で、2人並んで電車を待つ。待っている間は別に手を繋ぐ意味はないのだが、エマが離さないのでそのままにしていた。

 

 快速電車が視界の端の方からこちらに徐々に近づいてくる。エマの説明通りなら、この電車には乗らない。だから、空いている方の手でスマホを取り出し、次の電車が来る正確な時間を確かめようとした。

 

 その時だった。突然、エマと繋いでいた左手が引っ張られる感覚と共に、バランスを崩す。何事かと思って横を見ると、そこには驚愕に目を見開いたまま、線路へと落ちそうになるエマの姿があった。

 

「エマ!!」

 

 咄嗟に、繋いでいた方の手でエマを引っ張り上げようとする。その結果、なんとかエマは引っ張り上げることが出来た。しかし、バランスを崩した私の身体が、代わりに線路へと落ちていく。

 

「ヒロちゃん!!」

 

 エマの叫び声が聞こえる。必死にこちらへと手を伸ばそうとするが、その手は届かない。直後、強い衝撃が身体を襲い、私の意識は暗転し⋯⋯。

 

 私は、『死』を迎えた。

 

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